四説 仏、入院する
「仏の奴、入院してるんだってさ」
ある日の朝、ヘスティアから唐突にかされてベルは我が耳を疑った。
先日、ベルが仏に「豊饒の女主人」という店を紹介した所、そこで酔っぱらった状態で店員に喧嘩を売ってしまい
見事なまでにボコボコにされて病院に搬送されたらしい。
あそこの店は料金はやや高めだが出してる食べ物も酒も美味いし、何より店員も可愛い
しかし店内で揉め事を起こすと瞬く間にシメられるというちょっと怖い場所でもある。
その辺の事をあの時もっと詳しく仏に教えておけば……そんな事を思いながら人間が出来ているベルは多少の罪悪感を覚え
ヘスティアの猛烈な反対も聞かずに謝罪がてら彼の見舞いに行く事にした。
「ここが仏様が入院してる病院かー」
「ベル様、本当に大丈夫なんですか?」
ベルは早速、仏の入院する病院に足を運んでいた。
そしてそんな彼を後ろから心配そうにフードの奥から見つめる小柄な少女が一人
リリルカ・アーデ、通称リリ
ベルのサポーターを務める小人族(パルゥム)の少女であり、レベルは1。所属はソーマ・ファミリア
戦闘力は高くないがダンジョンに潜るベルを影ながらサポートに徹し、時には状況を見極めて適切な指示をベルにするなど、将来的には参謀役として更なる活躍が期待される器を秘めている。
かつては色々と悪事に身を染めてベルにも良からぬ事を働いた彼女ではあるが、彼の凄まじく大きな器に感銘を受けて改心を遂げて、所属ファミリアは違うものの、正式に彼の専属サポーターになったのだ。
「出掛ける前に散々ヘスティア様に止められてたじゃないですか? リリはその仏様という御方にお会いした事ありませんが、本当にベル様が近づいても問題ない方なんですか?」
「うん大丈夫、神様は仲が悪いみたいだけど、仏様は凄く良い方だよ、ちょっとめんどくさい所あるけれど……」
「本当ですかぁ? ベル様は少しお人好しな所があるのでリリは心配です」
こうしてリリがベルと共に仏の入院に来ているのはちょっとした訳がある。
ヘスティアから直接指令を受けているのだ「あの男がベル君にまた余計な事言い出したらお目付け役の君が止めてくれ」と
「あそこまでヘスティア様が警戒してるって事は……かなり気を付けた方が良い相手だと思うのですが?」
「仏様は本当に頼もしい方なんだよ、この前なんか僕の恋を成就させる為にキューピッドになってあげるとか仰ってくれたし」
「今すぐに縁を切りましょう」
「なんで!?」
ベルの話を聞いて疑惑から確信に代わり、やはり面倒事を起こしかねない存在だとリリは瞬時に理解した。
前からリリはベルに多大な恩と共にちょっとした想いを抱いている。
なのにその仏とかいう神は、ベルの片思いを叶えてあげるとか余計な事を言ったみたいだ。これは見過ごせない……
「見舞いなんて行かずにこのまま予定通り今日もダンジョン探索で良いじゃないですか、なんなら街でリリと一緒に食事でもしましょう、そうしましょう」
「ダ、ダメだよ! そもそも仏様が入院してしまったのは僕の責任なんだ! ちゃんと直接会ってお詫びしないと! あ、この部屋だよ!」
瞬く間に仏アンチの勢力に加わったリリをなんとかなだめながら、ベルは仏のいる病室を見つけて歩み寄って行く。
すると目の前で病室がガララと開き
「それじゃあ仏先輩、しばらくちゃんと療養して下さいね。仏先輩の仕事は私が代行する形になりますので」
部屋から出てきたのは綺麗な顔立ちの銀髪の女性であった。不自然な形で胸が盛り上がっているのが気になるが、それ以外はいかにも清楚という言葉を体現した人物だ。
そしてベルとリリとすれ違い様に微笑みながら会釈すると、彼女はそそくさと行ってしまった。
「なんだろう今の凄い美人な人、仏様の知り合いかな?」
「……あの女、偽乳ですね、リリの目は誤魔化せません」
「ええ!?」
「間違いなく盛ってます、それもかなり過剰に」
日々周りを欺く生活を送っていたリリは、他人の隠し事に対しても鋭く見極める事が出来る。
だからこそ先程の女性の胸が不自然な形であった理由もピンと来たのだ。
「ベル様、己の見た目を誤魔化そうとするああいう女に騙されてはいけません。ありのままの自分を堂々と曝け出す人を信じるべきです」
「ハハ……それ、リリが言うの?」
長けた変装能力で周りを誤魔化し続けた彼女が言うと自虐に聞こえる様な……
頬を引きつらせながら苦笑すると、ベルは仏のいる病室へと入って行った。
「失礼しまーす、ってああ! 仏様!」
中へと入ると早々、ベルはすぐにギョッとした表情で声を上げた。
こじんまりとした殺風景な部屋で、ポツンと置かれたベッドの上で
「やぁ……よく来たねベル君……」
「まるでお手本みたいな凄い重体だ!」
体の至る所を包帯に巻き、両足を吊るされた痛々しい姿をした仏が苦しそうな声を上げて弱々しく笑みを浮かべた。
「僕が思ってた以上にボコボコにされてますね! 大丈夫なんですか!?」
「いやもう多分……私死ぬ」
「死ぬんですか!?」
「ほんっと容赦なかったからね、あそこの店のむっつり店員……」
「むっつり店員!?」
むっつり店員とは一体……いや物凄く心当たりある人物が一人浮かぶが今は黙っておこう
「あの、とりあえず仏様がこうなったのも僕の責任です、本当にすみませんでした、店を紹介したのは僕なのに詳しく教えて上げられなくて」
「どんだけよい子なんだ君は、もう仏の中で君の株が上がる一方だよ……あの、ベル君は気にしなくていいから、悪いのは全部……あのむっつり貧乳ド腐れ店員です」
「そこまで言わないで上げて下さい!」
わざわざ見舞いがてらに自分の非礼を詫びに来たというベルに、仏は心底彼の事を高く評価しつつ、一方で自分をボコボコにした張本人にさり気なく悪態をつく。
しかしそこで、ベルの後ろから病室にひょこっと入って来たリリがそんな仏にジト目を向けて
「それは違うんじゃないでしょうか?」
「ん? 誰そこのちっこい、ちっこいミニマムレディー?」
「お初にお目にかかります、ベル様の専属サポーターをやっているリリルカ・アーデです、以後お見知りおきを」
「ああそう、はいよろしく」
不自然なくらいご丁寧に挨拶してくるリリに、仏は怪しむ様に見つめながら頷くと、リリはすぐに顔を上げて見つめ返し
「それとさっきのお話の続きですが、リリはここに来るまで仏様が入院した経緯をベル様から聞きました。その話を聞いた限り、確かにやり過ぎかと思いますが、元はと言えばお店に迷惑を掛けた仏様自身が悪いんじゃないですか? そこん所キチンとわかっておいでですか?」
「なんかお前、すげぇ裏切りそう」
「はい!?」
ここはハッキリと言っておくべきだと相手が神であろうと堂々と意見を主張するリリ
だが仏はそんな話に全く耳も貸さずに、リリに向かって目を細めながらいきなり失礼な事を言い出す。
「ベル君、コイツにはちょっと気を付けた方が良いよ、その腰にぶら下げてるナイフとか狙ってるぜきっと」
「あ、大丈夫です仏様、このナイフもう以前にリリに盗まれた事あるんで」
「いや大丈夫じゃねぇだろそれ、なに? 一度盗んで来た奴を仲間にしてるのベル君? やだそれ、ちょっと仏心配なんですけど……」
一応神様の類な訳で、妙な所が鋭かったりする仏。リリの過去の過ちまで見抜いてる様子で、ベルに対して心配そうに呟いた後、再び胡散臭いモノを見る様な目をリリに向けて来た。
「やっぱあの紐にベル君を任せる訳にはいけないなぁコレ……やっぱ仏・ファミリアだわ」
「リ、リリはもう反省しています! ベル様にはもう絶対に愚かな真似はしません!」
「いやなんかもう、ぶっちゃけ始めてこの部屋にお前が入って来た時、頭の中に「明智光秀!」って言葉が浮かんだんだよね私」
「誰ですかそれ!?」
疑問に思いながらリリはツッコミを入れると、仏と顔を合わせてまだ数分しか経ってないのにどっと疲れた気分に。
「ベル様、やはりヘスティア様のご忠告通りこの神様相当ふざけ過ぎてリリ苦手です……」
「会ったばかりなのにもう!?」
「あ~私の無自覚に迸る威光が凄すぎて、一般ピーポーの嬢ちゃんにはちょっと刺激が強過ぎたかなー?」
「威光!? そんなの放てるんですか仏様! 凄い! けどリリが弱ってるからちょっと威光を抑えて下さい!」
包帯に巻かれた方の手で頭を掻く仕草をしながら、してやったりの表情を浮かべる仏。
そんな彼にベルが純粋に称賛を上げるも、そこは冷静にリリが口を挟む。
「もういいでしょうベル様、用は済ませましたしとっとと帰りましょう……」
「はぁ! ベル君……今、仏、超死にそう……」
「うわぁ! しっかりして下さい仏様!」
「さっきまで凄い元気にふざけてたじゃないですか!」
帰ろうとリリがベルに促した途端、ベッドで横にまま急に苦しみだす仏。当然ベルはすぐに駆け寄る。
「しっかりして下さい仏様!」
「うう……あの窓から見える木の枝にある、最後の葉っぱが落ちた時私は……」
そう呻きながらチラリと窓から見える一本の木に視線を向ける仏
見事な位手入れが届いている、緑の葉っぱに覆われた木だった。
「葉っぱ沢山あるじゃないですか! 全然余裕じゃないですか!」
「うう……あのチビのツッコミがうるさくて死ぬ……」
「リリ! 仏様の体に障るツッコミは止めるんだ!」
「どんなツッコミですかそれ……ベル様までふざけないで下さい……」
仏だけでなくベルにまでボケに回れたらツッコミが追い付かない。
こんな空間から一刻も早く脱出したくてたまらないリリは、渋々といった感じで
「それで? なにかリリ達にして欲しい事でもあるんですか? 出て行こうとした時にいきなり下手な演技したのもそれが理由なんですよね?」
「え、うっそ! お前どうしてそこまでわかんの!? 凄くない!?」
「やったー仏様が復活した!」
リリの洞察眼は瞬時に相手が偽乳だと見抜く程鋭い。相手が仏であろうとなに企んでるのかぐらいお見通しだ。
未だ騙されたままベルをよそに、仏は素直にそんな彼女を「お前ヤバいな」と高く評価しつつ、ベッドの横にあった棚から一枚の封筒を取り出す。
「あの、実はこれ、私をボコボコにした店員さんに渡してくれない?」
「なんですかこの手紙? 恨み事でも沢山書かれた不幸の手紙かなんかですか?」
「おい! この仏がそんな器の小さな仕返しをする様に見えるのかコノヤロー!」
「バッチリ見えますが?」
店員に渡して欲しいと手紙を無理矢理押し付けようとして来る仏に、リリはそっと一歩後ずさりして受け取ろうとしない。
「悪いですけどリリ達は冒険者です、そういう運び屋みたいな仕事は別の人に頼んでください」
「あのね、違うのよ、ここに書いてある手紙の内容を疑ってるみたいだけど、実は謝罪文なのよコレ」
「謝罪文?」
「確かにこうしてボコボコにされたけども、全ては私のせい! 全ては私の責任! もう全面的に私が悪いんであなたは気にしないで下さいって書いてあるの!」
見た目は重体に見えて結構ハキハキと喋るし、わざと過剰に包帯グルグル巻きにしてるだけで、本当は大して怪我してないんじゃないかと新たな疑いが芽生え始めたリリに対し、仏の次の手は自分をシメてきた店員への謝罪の意。
だがリリはそれでもなお仏に向かって目を細めて首を傾げ
「本当ですか? なら一度中身を確認して読んでも構いませんよね?」
「……」
「……目逸らしましたね、今確実にわかりやすいぐらい目を逸らしましたよね?」
「ピュー……ヒューヒュー」
「下手くそな口笛で誤魔化さないで下さい」
中身を確認させて欲しいと言って来たリリに対し、仏はあからさまに誤魔化すと
「それでは冒険者・ベルよ! 仏の謝罪を込めた手紙をすぐに店に持って行くのだ!」
「わかりました! 仏様の謝罪の意! 全速力で送り届けます!」
「あ、ズルい! 私だと無理だと悟ってベル様に!」
リリではなく隣に立っているベルへ手紙を渡して店に届けようと仕向けた仏。
ベルは迷いなくその手紙を受け取ると、一目散に駆けだして病室を後に行ってしまう。
「ベル様ー! その手紙には嫌な気配がします! 渡しに行ったらきっとベル様にもめんどくさい事が! って速ッ!」
慌ててリリも彼の後を追うがもう後ろ姿さえ確認できない
ここはもうベルの目的地であろう豊饒の女主人に出向くしかない。
「あーもう!」
そしてリリもまた、「ベル君超速ぇー!」と驚いている仏を残して急いで病室を後にするのであった。
次回、仏、復讐する