入院中の仏から謝罪の意を示した手紙を受け取ったベルは、リリと共に、彼をボコボコにした店員がいる飲み屋、豊饒の女主人へとやってきた。
「ベル様、今からでも遅くないです、その手紙を今すぐ燃やしてなかった事にしましょう」
「ここまで来て引き下がる事なんて出来ないよ、ていうか燃やすって……」
「リリの女の勘がさっきから訴えてるんです、その手紙が元で面倒なトラブルに巻き込まれると」
「ハハハ、大袈裟だなー」
店に来るまでずっと「燃やして下さい」と後ろからブツブツ呟いているリリ。
しかし彼女の警告に耳も貸さずに、あの勇者を導く仏様が、自分に指令を下さったと内心ちょっと喜んでるベルは意気揚々と店の中へと入って行った。
「失礼します!」
「クラネルさん? 今日は随分と早くやって来ましたね」
店に入って早々現れたのはこの店で働く店員のリュー・リオンだった
『豊饒の女主人』で住み込みで働く薄緑の髪のエルフの女性であり訳アリの元冒険者
謹厳で実直な性格であり、口調も厳しめだが、気を許した相手には若干柔らかい態度になる
つまり気を許さない相手にはとことん厳しい、必要とあらば躊躇なく手を出す程容赦ない。
「すみません、シルはまだ厨房でクラネルさんのお弁当を作っている所なんです、呼んできましょうか」
「あ、いえ、今日はちょっとリューさんに用事があってですね」
「私に?」
彼女の同僚であるシル・フローヴァはベルに気があるのだろうと思っていたリューは、すぐに気を回して厨房にいる彼女を呼ぼうとするが、それをベルがすぐに止めて歩み寄る。
「あの、先日、仏様という神様がこの店にやって来たと思うんですけど……」
「ええ、来ました、シメました」
「あ、やっぱりリューさんがシメたんですね……」
「シメました、店内で無作法をやり続け挙句の果てに私に喧嘩をお売りになったので、遠慮なく買ってシメました」
表情一つ変えずに淡々とした口調で先日起こった出来事を短絡的にまとめて話すリューに、ベルは若干強張った顔付きで
「相手が一応、神様だというのは知ってました?」
「知ってましたがなにか問題でも?」
「いえ……」
相手がお客様だろうが神様だろうが、この店で度を越えた騒ぎを起こすのは当然ご法度。
だからこそ躊躇なく仏をボコボコにしたと自ら白状するリューに、女性である彼女がちょっと漢らしいと思ってしまうベルであった。
「それで先程仏様が入院している病院へ行ってきたんですけど……」
「生きてたんですか?」
「生きてますよ! 包帯グルグル巻きの状態で! それでその仏様にリューさんへお手紙を預かったんです!」
「その手紙燃やして頂いて結構ですよ」
「なんでリリといいリューさんといいこの手紙を頑なに燃やしたがるんだろう……」
手紙一つでさえ拒絶されてしまう仏にベルはちょっと可哀想だと思いつつ、懐から彼からの手紙をササッとリューに差し出す。
「いいから受け取ってください! 仏様が言ってました! 店で騒いだ事は反省してる! 謝罪の意味が込められたこの手紙をどうか彼女に渡して欲しいって!」
「なるほど……胡散臭いですが一応受け取っておきます、クラネルさんがわざわざ届けてくれたんですし」
「ありがとうございます!」
人の良いベルだからきっと断れずにここまで持って来てくれたんだなと解釈すると、リューは素直にその手紙を受け取ってあげた。
ようやく仏からの指令を全う出来たとベルがホッと一安心したのも束の間、彼の下へリリが恐る恐る近寄って
「大丈夫なんですか、彼女に手紙を渡してしまって」
「大丈夫、リューさんは確かに厳しい所があるかもしれないけど根は本当に優しくて良い人なんだよ」
「リリはその優しくて良い人に一度腕折られかけたんですけど?」
かつてリリがベルをターゲットにして彼の持つ武器を盗んだ時に偶然リューと出くわしてしまい、尋問という名の拷問を受けた事を思い出しブルッと震えるリリ。自業自得なのだがあの時ばかりは命の危機を覚えた。
そんな彼女をよそに、リューは早速封筒から仏直筆の手紙を取り出して黙々と読み始める。
そして読み始めてすぐに
「クラネルさん、この手紙、全く謝罪の意を込められた反省文とはとても思えない」
「ええ!?」
「冒頭からいきなり私に対しての罵詈雑言から始まり、中間からは私を侮辱する歌がラップ調で書かれています」
「ラップ調!? どんなラップですか!?」
「それと物凄く字が汚くて凄く読み辛いので、それが更に神経を逆なでます」
どうやら仏は全く反省する気無しだった様だ、仕返しと言わんばかりに恨み連ねた文章と歌を送る事で少しでもスカッとしたかったんだろうか
あんなにも弱々しい状態だったからてっきり本気で反省していると思ってたのに……してやられと、ベルは頬を引きつらせていると、一応最後まで読み終えてくれたリューが静かに彼の方へ顔を上げ
「それと最後の文章に、「我が仏・ファミリアのエースのベル君が! お前にギャフン!言わせる為に! 私の代わりに戦ってくれるから覚悟するがいいわこのむっつり貧乳娘!!」って書かれてましたけど?」
「へ!? どういう事ですかそれ!? ていうか僕、仏ファミリアに改宗した覚えないんですけど!?」
「私と戦いたいんですか? 私にギャフンと言わせたいんですか?」
「なんで! なんでこっちににじり寄って来るんですかリューさん! やる気なんですか僕と!?」
どうやら仏がベルに直接リューに手紙を渡してくれと言ったのは策略だったらしい。
しかしいくらなんでも彼女とこんな所で戦えるわけないと、こちらへ歩み寄りながら今にも仕掛けて来そうなリューに対してベルが必死に首を横に振って否定しようとするも……
「行けー我が仏ファミリアの絶対エース! 私を酷い目に遭わせたそのムッツリウーマンをしばき倒すのだ!」
「ってええー!?」
店の入り口から車椅子の状態で、入院中である筈の仏が復活して舞い戻って来たのだ。
「なんで仏様がここにいるんですか!?」
「後輩のエリスを呼んで! ここまで車椅子で運んでもらったのだー!」
「なんでそんな元気そうなんですか!?」
「仏パワーでちょっと回復したのだー!」
「す、凄い!」
「ベル様そこ感心するとこじゃありません、呆れる所です」
両足と首はまだ包帯グルグル巻きだが、そんな状態でも相変わらず偉そうに叫ぶ仏にベルは感動しリリはしかめっ面
そしてまたもやノコノコと店へと戻って来た仏にリューは早速振り返り
「あんな手紙を書いた上で本人までやって来るとは……しかし、一度落とし前を付けた相手を痛めつける趣味はありません。大人しくこの場から去りなさい」
「おいおいお~い! ここまで! ここまで私をボコボコにしておいてよく言うぜ鉄仮面! そしてお前の胸は鉄壁! オーイエィ!」
手紙に書かれていた自分が作曲した歌の一部を叫びながら挑発的な態度を取る仏、そしてすぐにベルの方へ視線を送り
「よし行け、超行け、超倒せ」
「や、やっぱり僕が行くんですか!?」
「うん、そりゃだって、君しかいないじゃん?」
かなり雑に指示を飛ばしながらベルをリューと戦わせようとする仏。
しかしこればっかりはベルも頬を掻きながら申し訳なさそうに
「いや流石に今回は仏様の言う事は聞けないですよ、だって相手がリューさんですし……」
「うんわかってる、紳士な心構えを持つ優しいベル君の心境はちゃんと仏わかってます、だがこれは、私が与えるベル君の為の試練なのです」
「試練?」
リューがジッと見てる中でこえを潜めて耳打ちを始めるベルと仏、リリもまた仏が彼に余計な事を言い出さないか怪しむ様に見つめている
「君が好きな人はさ、君よりずっとずっとず~っと強い訳じゃん?」
「はい、アイズさんは僕なんかよりも遥かに強いです」
「でもいずれは追いつきたいとは思ってるんだよね?」
「勿論です、いつか追いつきたいです」
「よっしゃ! だったらここで、予行練習としてあの女を倒して来い!」
「えー!?」
無茶苦茶な試練の理由は更に無茶苦茶だった、ベルが困惑する中、いよいよ黙っていられないとリリがすぐに二人の下へ
「な、なにをベル様に言っているんですかあなたは! どうしてベル様が彼女とそんな理由で戦わなきゃならないんですか!」
「では娘よ、お前に一つ尋ねよう、この少年は今彼女に戦いを挑んで勝てるかどうか」
「へ? ん~まあ……相手の戦闘力は把握できてませんが、日々この店にやってくる荒くれ者を相手にしているだけあって相当強いのは確かです、レベル2になったばかりのベル様でも……骨も残らないかもしれません、本気で挑んだら間違いなく死にます」
「酷い!」
顎に手を当て現実的な意見を出すリリにベルがショックを受けていると、仏は厳しい顔を浮かべて腕を組む。
「そう、あの妖怪ムッツリーニは挑んだら絶対に勝てない強敵、でもだからこそベル君は、一度彼女に挑むべき、何故なら絶対的な格上に挑む事を経験し続ける事こそが、己をより成長させ強くなる為の近道とも言えるのだから!」
「いやまあ……冒険者の端くれであったリリもその根性論はよく知っていますけど、それって相手がモンスターだった時の場合ですよね? 飲み屋の店員は倒しても経験値貰えませんよ?」
「だから経験値はいらないの、自分より強い者と戦うという意気込みを、私はベル君に教えたいの!」
「それで本音は?」
仏の力説を唱えるのを遮って不意にリリがボソリと尋ねると、つい流れで仏は一層力強い口調で
「私をこんな目に遭わせたいけすかないあの女店員を! どうか私の為に倒して下さい!」
「ほらー! やっぱり自分の目的の為にベル様を利用してるだけじゃないですかー!」
「あ、いっけね! 乗せられちゃった! てへぺろ~!」
「全然可愛くないしムカつくんで止めて下さいその舌出すの!」
してやられたと舌をチョロッと出して頭をコツンと叩く仏、全く可愛くない。
「聞きましたかベル様! もうこんなバカバカしい茶番に付き合うのはよしましょう! とっととこの場から立ち去ってリリとデートしましょう!」
「いや待ってリリ……確かに仏様が言う事も正しいと思うんだ」
「はい!?」
どさくさに紛れてちゃっかり自分とのデートを持ち掛けるリリだが、彼女に腕をグイグイ引っ張られながらベルは目を鋭く光らせる。
「もっと強くなるには強敵と剣を交える……アイズさんに数日だけ鍛錬を指導してもらった事あったけど、あれのおかげで確かに強くなったかもと自覚できた、そしてそのあの後すぐにダンジョンでミノタウルスと戦い、運よく勝つことが出来て……その結果、レベル2になれた……」
己の経験を踏まえながら一人でうんうんと頷くベルを、仏とリリが
「ねぇ、なにブツブツ言ってんの彼?」
「まあ……たまに自分一人の世界に閉じこもるクセがあるんですよベル様……」
と困り顔で見守っているとベルは意を決したかのようにリューの方へ顔を上げ
「格上の相手と戦う事が強くなる為の近道! 決めましたリューさん! 僕はもっと強くなりたいんです!」
「そうですか、その心意気はシルも不安に思いますがきっとわかってくれるでしょう、じゃあこちらから」
「え、ちょ! なんの躊躇いもなく……うぶへ!」
「ベル様ーーー!」
「うわ痛そう! ラリアットモロに入った!」
ベルの誘いを即座に受けると、相手の準備も確認せずにリューは容赦なく彼の首に腕をめり込ませて地面に叩き落とす。
実を言うと彼女は今、店の準備の真っ最中である、だからぶっちゃけこんな面倒事さっさと終わらせたくて仕方ないのだ。
「クラネルさん、肝に銘じて欲しい、格上と戦うという事はより命を失う可能性も高まるという事、焦って強くなろうとして無謀な真似をするのは冒険者としては愚の骨頂だ」
「は、はい、すみません……」
「ではもっと念入りに覚えてもらいたいので、更にお灸を据えさせてもらいます」
「へ!?」
元冒険者としての適切なアドバイスを優しく送るリューに、ベルが鼻を押さえて倒れたまま返事すると彼女は更に本気を出す。
かつて『疾風』と呼ばれていたその強さを片鱗を見せつけ、ベルに焦らず徐々に強くなろうという意味を込めながら
「あぁぁーーーー!!!」
「ベル様ーーー!!!」
「うわ凄い、ベル君ぐるんぐるん回ってる」
店内で仏が呑気に呟いてる中、リリの悲鳴とベルの叫びが響き渡る。
そして当然、他の店の者がその声を聞いて慌てて駆けつけるのも、さほど時間はかからなかった
次回、仏、逃走する