シル・フローヴァは、オラリオでも人気の酒場「豊饒の女主人」で働く店員だ。
ベルに対して好意を抱いている節があり、同僚のリューもそれを知ってか、度々彼女に気を回したりする事がある。
そんなリューの事をシルはただの同じ職場で働く同僚としてではなく、心優しき友人だと心から思っている。
そして今、シルの目の前では
「な、何が起きてるの!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「ファイト! ファイトですベル様!」
「お~凄い凄い、グルグルだよベル君、頑張れ~」
想い人であるベルの叫び声が聞こえたので慌てて厨房から駆けつけて来た彼女であったが
そこでは友人のリューが無表情でベルの両足を掴み
店内で豪快にジャイアントスイングをしている真っ最中であった。
それを離れた場所で観戦し声援を送っているのはベルの専属サポーターであるリリと
前に一度だけ店内で見かけた事がある仏の姿があった。
「ちょっと皆さん! コレは一体どういう事ですか!?」
このまま騒がれては直に店主がスッ飛んでくる、そうなったらもう色々と一巻の終わりだ。
騒動を終わらせる為にシルは身を挺してベルをぶん回しているリューの方へ駆け寄る。
「あなたまで何やってるの!」
「シル、実はこれには訳がありまして」
「ふぎゃふッ!」
「ベルさん!」
回してる途中でシルに言い寄られたリューは、反射的に回るのを止めてポイッとベルの両足を離してしまった。
そのまま遠心力で吹っ飛び壁に頭から直撃してズルズルと床に崩れ落ちるベルに、シルは慌てて駆け寄る。
「しっかりして下さい、意識はありますか!?」
「ちがう……ちがう俺は悪魔じゃない……明だ、不動明だ……!」
「はい!? 何をおっしゃってるのかわからないんですけど!? 本当に大丈夫なんですか!?」
どうやら打ち所が悪かったのか、朦朧とした感じで意味不明な戯言を呟き始めるベル。
シルは知らないが、これは以前彼が仏に頂いた漫画の中で出てきた主人公の台詞であり、無意識にその台詞を呟いてしまったみたいだ。
「聞こえますかベルさん! 聞こえていたら返事して下さい!」
「おぉ、なにやらヤバめな雰囲気……よし、ここは私の仏ジョークで周りを和ませよう」
急いで彼の上体を抱き起してしっかりしろ耳元で叫ぶシル
そしてそれを見ていた仏が車いすを動かして彼女の方へ近寄り
「あなたは不動明なんて名前じゃありません! ベル・クラネルです!」
「違うよ、人間の心を持つ、デビルマンだよ」
「は?」
「ハッピーバースデー! デビルマン!」
「これ以上ふざけた事言いますと本気で怒りますよ私?」
「はい……すみません」
流石におふざけが過ぎたと、若干イラついているシルを前にしょんぼりと頭を下げて素直に謝る仏
そしてそれからすぐに「う、う~ん……」とシルに抱き抱えられたベルがゆっくりと目を開ける。
「あれ、僕は……」
「良かった、意識が回復したみたいですね……念の為確認しますけどご自分の名前はわかりますか?」
「デビル……ベル・クラネルです」
「……なんか出だしがおかしかった気がしますけどまあ良しとしましょう」
一瞬また変な事を言い出そうとしたベルにまだ心配は残るものの、とりあえず無事みたいだとホッと一安心するシル
だがそれも束の間、目覚めたばかりのベルは彼女に抱き抱えられている事に気付き、すぐに顔を赤くさせて慌てて起き上がった。
「なな! なんでシルさんが僕を抱き……!」
「当然の処置です、覚えてないんですか? リューがあなたを投げ回して思いきり壁にぶつけたんですよ?」
「僕が、リューさんに?」
恥ずかしがるベルを前に平然とシルが説明すると、自分を投げ飛ばしたらしいリューがツカツカとこちらに歩み寄って軽く頭を下げた。
「申し訳ないクラネルさん、つい力を入れ過ぎて思い切り投げてしまった」
「い、いえいいんです、元々僕がリューさんに勝負を挑んだのが原因ですし……」
「え、ベルさんがリューに勝負?」
自分でもやり過ぎたと反省している様子のリューと後頭部をさすりながらポロッと漏らしたベルの言葉に、いち早くシルが反応した。
「それってどういう事ですか?」
「い、いや実は……もっと早く強くなる為には、格上の相手との経験を積み重ねるのが大事だと言われたんで、ついリューさんに勝負を……」
「誰にそんな事を聞いたんですか? ヘスティア様な訳ありませんよね?」
「えと……」
微笑を浮かべているが、ちょっと怒っている感じが見受けられる彼女にビビッて頬を引きつらせつつ、すぐ近くにいる仏を指差し。
「仏様です」
「言ってません」
「ええー!?」
「私は、何も、言ってません」
「酷い!」
ハッキリとした口調と真面目な顔を取り繕って平然と嘘をつく仏。
それに対してすぐにあんまりだとベルが嘆くと、仏の隣にいたリリがシレッとした表情で
「ベル様をそそのかしてそこの店員さんに勝負を挑ませたのは全てこの仏様のせいです、リリは全て見て聞いていましたので間違いありません」
「おいおま! お前ぇー! なんで言うんだよー!」
「本当ですか仏様?」
「あ……」
リリに告発されてすぐにヤバいという表情を浮かべる仏に、シルが微笑んだまま静かに歩み寄って行く。
するとリリはまたしても
「純粋でお人柄が良いベル様の性格を利用して、自分を病院送りにしたそこの店員に仕返しようとしたんです」
「え、待って! そこまで言う!? この追い込まれている仏を前にしてそこまで言っちゃうの!? ねぇ! リリちゃん!」
「気安くリリをちゃん付けで呼ばないで下さい」
「なるほど、大体わかりました」
「いやん……シルちゃん笑ってるのに、目だけ笑ってないよ……」
トドメと言わんばかりにリリの二度目の告発を受けて更に慌てる仏、そしてそんな彼にシルは更に顔をニコニコ、目はギラギラと輝いていた。
「リューは昔からちょっとやり過ぎな所がありました、この後私から彼女にきつく言っておきます、ですがもう一人、この場できちんと言わなきゃいけない相手がもう一人いるみたいですね……」
「やだ怖い、シルちゃん超怖い、仏ピンチ、仏、車椅子だから動けなくてマジピンチ、でもそんな時は……」
このままだとシルにきついお叱りを受けてしまうと、そんな事されたら散々馬鹿にしているヘスティアにざまぁみろと笑われてしまう(彼が入院したと聞いた時点で既に彼女は笑っている)
それだけは己とプライドとして許されないと、仏は狼狽えつつも突然天井を見上げて
「後輩! ヘルプミ~~~~!!!」
「!?」
いきなり大声で叫び始めた仏に周りの者はビックリする。
急にどうしたんだとシルが眉をひそめていると、店の外からこちらに向かって勢い良く駆け込んで来る足音が
店のドアが勢いよくバタン!と開かれる。
「ハァハァ……! な、なんですか仏先輩、急にまた呼び出して! 私、今ヨシヒコさん達にお告げをする所だったんですけど!?」
「あ! 仏様の病室にお見舞いに来てた綺麗な人!」
ここまでどういう経緯でやって来たのか知らないが、汗だくの様子で綺麗な銀髪を乱しながら清純そうな女性が息を荒げながら現れた。
ベルはすぐに病院で見た彼女だと気付くや否や、仏の方はすぐにバッと彼女の方へ振り返って
「カモン! 今すぐ私を連れてこの場から脱出しろ! 早く車椅子を持て!」
「えぇ~……さっきは連れて行けって、無理矢理ここまで運ばせたばかりじゃないですか……」
「バカ野郎! 状況は刻一刻と変わるモンなんだよ! 急ぎ私を連れてこの場から避難しろ!」
「わかりましたよもう……」
相変わらず勝手な先輩だと不満を募らせつつ、渋々彼の言う事に従って車椅子の取っ手を掴むと、その女性は勢いよく仏を出口の方へと引っ張って行く。
「こういうのはこれっきりにしてくださいよ!」
「フハハハハ! さらばだ諸君! また会おう!」
「あ!」
悪役の捨て台詞みたいなのを吐きながら、高らかに笑い声を上げて仏は女性に連れ去られて逃げてしまった。
しかし相手は車椅子、追うのは容易い。
「シル、私が追ってシメてきましょうか?」
「はぁ、もういいわ……なんだか疲れちゃったし、ベルさんが無事なら私もそれで満足だしね」
「シル、私が追ってシメてきましょうか?」
「……追いかけたいのあなた?」
同じ事を二度繰り返すリューに、そんなに先程の仏が嫌いなのかとシルは対応に困ってしまう。
そういえばあの仏、前にこの店で酔っ払っていた時、彼女の事をむっつりだの貧乳だの罵倒していた様な……
「この街にいる限りまたどうせ会えるわよ、だから今はあの人を追いかけるより店の準備が先、でしょ?」
「……そうですね、今の私達は働いてる身だというのを忘れていました……居所は掴んでますし、いずれ始末しに行くとしましょう」
「シメるから始末に変わってるんだけど……お願いだから神様を殺すなんて真似は止めてよね……」
躊躇いも無くヤバい事を口走るリューにシルはジト目で軽く忠告して上げた後、仏が逃げてしまった事に口をポカンと開けて立ちすくんでいるベルの方へと振り返った。
「ベルさん、私からもすみませんでした、ウチの店の者がとんだ御無礼を」
「いやいやだから僕の方が悪いんですって! リューさんに勝てたらもっと強くなれるかもと、レベル2になれて調子乗ってしまった僕のせいです!」
「ベル様はなにも悪くありません、その店員さんも勿論悪くありません、悪いのはあの仏様だけです」
「リリ!?」
シルにまで謝られたら申し訳ないとアタフタしながら自分に非があったと叫ぶベルであったが
そこへリリが口を挟んで、恨めしい目つきで仏が逃げて行ったドアを見つめる。
「自分の都合で他人を振り回した挙句、反省する素振りも見せずに逃げ出すなんて全く酷い神様です、ベル様、もうあんなのとは付き合うべきではありません、リリはそれを今確信しました」
「そ、そんな事無いよ! 仏様は確かに変わっているけど優しい神様だよ!」
何を根拠に言ってるのだとジッと見つめて来たリリに、察した様子でベルは言葉を付け足す。
「この前謝りに来た時なんか凄い面白い書物をくれたんだから!」
「面白い書物ですか? それは一体?」
「デビルマン! ちょっと残酷だったけど凄く考えさせる物語だったよ!」
「デ、デビルマン……? そんな物語、リリは聞いた事ありませんけど……」
「なんだか、人間誰しも狂気に目覚めて心が歪めば、醜いモンスターになり得る事があるって痛感したよ……」
「はぁ……なんだか複雑そうなお話ですね……リリは難しい話は苦手なので遠慮します」
感傷に浸ってる様子で天井を見上げながら完全に作品にのめり込んでいる様子のベル。
しかしリリの方はなんだか物騒な名前と内容だなと思うだけで、正直あまり読みたいとは思わない……
「なんだか怖そうなお話ですね……ベルさんってそういうの好きなんですか、ちょっと意外かも……」
「シルさんも絶対ハマりますよ」
「いや私はどちらかというと明るく愉快なお話が好きなんで……」
「ジンメンっていうモンスターがいるんですけど、凄い残酷な方法でデビルマンを陥れようとするんです、シルさんも絶対トラウマになると思いますよ、今度貸しましょうか?」
「いやベルさん、今私明るく愉快な話が好きって言いましたよね? なんでそんな人に笑顔でトラウマになりますよとか言って更に貸そうとするんですか? 私の事嫌いなんですかベルさん?」
読んで欲しいのだろうか物凄くテンション上がった様子で見所を言い始めるベルだが、シルはジト目で彼の提案を全力で拒否するのであった。
そしてそれを傍で見ていたリューは「ああ」と短く呟くと静かに頷くと
「私はサイボーグ009派ですね」
「「「サイボーグ009!?」」」
なんかまたいきなり変なタイトルの名前が現れて、思わずそのタイトルを叫んでしまう一同。
「大切な人から頂いた物なんですが、よろしければ貸しましょうかクラネルさん?」
「なんか面白そうなんで是非!」
「即決ですかベルさん! ていうかリュー、あなたってそういう書物読むのね……」
「シルは読んではいけない、間違いなくトラウマになる」
「……なんでみんなそういうトラウマ抱えるダークな本ばかり読んでるのよ……」
想い人と友人の意外な一面を垣間見て、シルはちょっと複雑な気持ちを抱くのであった。
「私も頑張って読んでみようかしら……」
「!?」
ため息交じりにボソッと呟いたシルの一言をリリは聞き逃さなかった。
オラリオ、ここでまさかの漫画ブーム到来か?
次回、仏、舞浜へ行く。