世界はシャボン玉とともに(another version) 作:小野芋子
最近の目覚まし時計はなんて高性能なんだ。
まさか、主人を確実に起こすために蹴りを入れる機能がついてるなんて!(現実逃避)
腹への鈍い衝撃とふわっとした宙を浮く感覚。極めつけは地面へと墜落。
目を開ければそこには蹴り上げた姿勢のままこちらを睨むデブみたいなフグ。訂正、フグみたいなデブ。
間違いない!俺は!今!蹴られたのだ!
などとちょっとテンションを上げてみたが当然気分は最悪。
昨日でこれより下は無いと思っていたが、なんだ、結構あるじゃねぇか。止まるんじゃねぇぞ…。
ゴメン嘘。是非とも止まって欲しい。さらに下があるとか、流石に耐えられないよ。
「よお、ウタカタ。こんなところで眠るとは、いい身分じゃねえか」
あれ?なんか声が聞こえる。
そう思い声のした場所に目を向ければそこにはフグみたいなデブ。訂正、デブみたいなフグがいた。
むしろデブみたいなフグしかいなかった。
あれれ?おかしいぞー?声が聞こえたのにそこに人がいないぞー?(煽り)
あと、俺が寝てたのちょっと湿った芝生なんだけど。そこで寝てたくらいでいいご身分とか。この町の人いつもどこで寝てんの?
食事はゴキブリ、お風呂はトイレ。布団は褌とかなら確かにちょっとはマシに感じるけど。流石にそれは無いよね?え?無いよね?
さて、そのデブフグはと言えば、碌に反応しない俺の態度が気に食わないのか、それとも単純に虫の居所が悪いのか苛立ったように地面を蹴りつけている。
おいおい、地球に優しくしましょうって親から教わってないの?それともそれが新手のダイエットなのだろうか?足だけムキムキになりそうだな。なにそれ気持ち悪い。是非とも半径1キロ以内に入って欲しくないね。
「おい!聞いてんのか!?ウタカタ!!」
いよいよ我慢の限界が来たのか、ついに叫んだフグデブは射殺さんばかりにこちらを睨んでいる。
それよりも確認させて欲しいんだけど、そのウタカタって俺のこと?
だとすれば、とんでもないところで俺に関する知識を得た結果になったな。
正直感謝の言葉はないけど。代わりに唾とか吐き掛ければいいかな?
ショタの唾…。なんだ最高のご褒美じゃないか!
「いい加減にしろよ?」
――え?
声が聞こえる。今度は正面からではなく真横から。
おかしい。この声はあのフグデブのものだ。けどデブフグは確かに正面にいた筈。
じゃあこの声は?
チラリと伺おうとして、それより早く鈍い痛みが腹部を襲った。
お腹が痛くて、背中も痛くて、最後には頭が痛くなって。
そこで漸く自分は蹴り飛ばされたのだと気づいた。
背中の痛みは多分地面を転がった時のもの。頭の痛みは、ああ、後ろにある木にぶつかったときに思いっきり打ったのか。
不思議なことに理解が追い付けば途端に痛みが襲い掛かってくる。
「――ッ!?」
痛い。滅茶苦茶痛い。辛うじて声を出すのは抑えたけど、その分の痛みが腹に来ている。
意識も遠ざかってきた。やばい、何がヤバいって、何がヤバいのか分からないのがヤバい。
言葉には出来ないのに、脳内がガンガン警報を流してるって、かなりまずい状況だと思うの。
けど、おかげ様と言っていいのかいろいろ思い出すことも出来た。
そうだ、確かに腹は痛いが、それだけしか痛みがないのだ。
昨日ぱっくり割れたはずの頭からはまるで痛みを感じはしない。
ちらりと自分が寝ていたであろう場所を見る。そこには確かに血痕があって、俺が昨日血を流していたことをありありと生々しいくらいに伝えてくる。
けれど、今の俺から血が流れてはいない。つまりは少なくとも止血は終わっているということだ。
だが、あくまで昨日の様子を見た限りだが、俺にそんなことをしてくれる存在がいるとは思えない。
ではなぜ?
或いは誰が?
だめだ、上手く頭が回らない。これはあれだ、腹の痛みとは別の吐き気とか眩暈とか頭痛とか、そういうのが思考を邪魔している感じだ。
そう言えば昨日、酒を浴びてビショビショになったんだっけ?そんで碌に体も拭かずにこんな場所で寝ていたと。
間違いなく風邪をひいてますね。
そう考えてみたら凄く体がだるい気がする。
それも、野宿してたから関節が痛いとか、そんな理由じゃなくて。
だとしたら色々納得できる部分もある。
さっきのあのデブの蹴り。本来であれば恐怖を感じても可笑しくないものだ。けど、今の俺にそれは無い。
早い話が、この危機的状況に俺の認識がまるで追いついていないのだ。どこか夢心地になっている。まあ、そうでもなければ初対面のあのデブの威圧感相手にシカトなんて出来ないしね。
そして、それを認識した今でも、まるで危機感が持てない。
やばいと頭は分かっているのに体が追い付かない。もしくは、思うようにしているが出来ていない。
これは本格的にまずいな。思考回路が鈍っているせいで碌に会話も出来そうにないし、なんなら喉も痛いから言葉が話せるかも怪しい。
しかし、そんな俺の状況など知る筈もないデブフグは今なお殺気立った目でこちらを見ている。
あれ?よく考えたらなんでこんな状況になってるんだっけ?
今の場所と、俺が寝ていた血が滲んだ場所を見てみるが、大通りからは十二分に離れている。多分だけど。
だって周りにあるのは木とか草とかそんなもんだけで人が通れる場所でもないし。
何より昨日あんなことがあったのだ、あれが一部の人間がやってることだとしても人通りの多い場所を避けるのは当然のことだ。いや、最後の方記憶なかったけど。
兎に角、少なくともここにいて人と出会うことなどまずない。
と言うより、態々ここに来るやつはいない。なんせ、ここには本当に草とか木以外に何もないのだ。
だとしたら、だ。なんでこのデブフグはここにいる?
ここが大通りへの近道なのか?
可能性はある。けど、それで俺が道の邪魔になることがあるのか?
もう一度俺が寝ていた場所を見る、周囲を草に覆われていて俺のような子供が寝ていてもまず気づかれないだろう。
だとしたらやはり分からない。なぜ俺はこんな怒りをかっている。
無視したことか?話しかける必要もないのに話しかけておきながら?なんだそれ無視もクソもないだろそれ。
「おや、
ふと湧いてきた新しい声。視線を向ければそこには鮫みたいな人。もとい人みたいな鮫がいる。
いつからこの場所は擬人化水族館になったんだろう?
ああ、なんだ最初からか。
むしろ擬人化水族館に俺が来たんじゃないだろうか。何それ地獄。
「突然いなくなったと思ったらこんなところでいったい何を……。おや?そこにいるのは確か人柱力の…」
じんちゅうりき?何それ?ってか今俺見ながら言ったよね?つまりは俺はじんちゅうりきだったのか。
なるほど、また一つ賢くなったぞ。……でじんちゅうりきって何?
そんな俺を放っておいて鮫の人はフグの人に話しかけている。時折俺に対して憐れんだような視線を向けながらではあるが。
なんだ?じんちゅうりきというのは憐れまれるようなものなのか?
「西瓜山さん。人柱力への危害は現水影様によって禁止されている筈ですよ?」
「うるせぇぞ鬼鮫。どうせそんなもの誰も守ってやしねぇだろ!」
「そうですね。しかし、西瓜山さん、我々里の上忍が率先してそれを破るのは如何なものでしょう?」
「てめぇ。まさかあの餓鬼に告げ口する気か?」
「餓鬼とは。仮にも水影様に向ける言葉ではありませんよ?」
……ふむふむ。分からん。分からんが何だか二人の間に流れている空気は不穏なものだ。何でここは関係のない俺はクールに去るとしよう。
アデュー!もう二度と会うこともないだろう!
「何処に行く気だ?」
視線は外さずに、けれど確実に俺に向けられたそのセリフ。背中にでも目ん玉ついてんの?それでもまだ地面に這い蹲っている俺をよく見つけられたな。
見た目はフグで背中に目玉。これなーんだ?怪物ですね。それも確実にキャラデザ失敗した。
などと冗談を言っている場合でもない。なんだか本格的に体調も悪くなってきたし、こんな若干湿った草木が生えた場所に長居したくもない。
けどどう考えても俺を逃がしてくれる雰囲気でもないため不用意に動くことも出来ない。完全に詰んでる。
だが、そんなこと知ったことか!こんな場所に長居できるか!俺は帰らせてもらおう!
「西瓜山さん。忍刀七人衆でただ一人任務に失敗したとは言え、その鬱憤を子供で晴らそうなんて大人げないですよ。大人しく水影様に報告に行きましょう」
丁寧な口調だが、その実確実に相手の傷口に塩を塗るセリフを吐く鮫の人。
ってか待て?え?俺が攻撃されたのってもしかしてそんな理由なのか?
え?何それ?
ふざけてんの?
そんな鮫の人のセリフが図星だったのか声を荒げて何やら言い返しているようだが、なんだか上手く声が聞こえない。
うるさいくらいに高鳴る心臓と、沸き立つどす黒い感情が周囲の情報を遮断しているみたいだ。
ああ、頭が痛い。熱の所為だろうか?苛立ちの所為だろうか?それとも……
ああ、憎い。うざい。目障りだ。
今なお二人は何やら言い争っている。
正確にはフグのほうが激情を露わにしていて、鮫の人は冷静に言い返している感じだが。
まあ、どうでもいいけど。
ムカつくし、イライラするし、胸が軋むし。
――ああ、殺したいよな?
ん?それはおかしい。
確かにムカつく。イライラもする。頭は痛いし、目障りという気持ちもある。
――ああ、そうだ。殺したいよな?
だからそれがおかしい。なんでいきなり殺そうとするの?
もっとあるじゃん。恥かかせたいとか、一発殴りたいとか。蹴り入れたいとか。そういうのあるじゃん。
なんで一発目から殺意全開なの?もっと穏やかに行こうぜ?
――……殺したくはないのか?
正直言って俺は聖人君子じゃないけど、それでも一時の感情に流されて殺したいとは思わない。
ましては今の俺は熱で思考が上手く回っていない状態だ。こんな時にそんな決断をするほど馬鹿では無い。
結論から言って俺は殺さない。
――どうして?
理由は色々ある。けど強いて言えば。人には改心する余地があるから。
もちろん俺は神でも王でもない。そんなこと言える立場にはないんだろけど。
それでも、直ぐに決断を下して、自分がルールだなんだと思いあがって、私怨で人は殺したくない。
……人の命はきっと尊いものだから。
そこに善悪を付けるのは、所詮は人の価値観でしかないからね。
――そうけ。ウタカタは優しいんやね。
優しくはない。ただ綺麗事が好きなだけだ。
……それで?俺誰と会話してんの?
なんか突然脳内に直接声が聞こえてきたから対応したけど、結局何だったの?
それともあれか?今のが俗にいうair友というやつなのか?やだ、俺の中二レベル高すぎ!
「……ウタカタさん、あなた…」
そして何故かそんな俺をしょっぱい顔して見ている鮫の人。
あれ?もしかして今の声に出てた?あのレベルの高い独り言を聞かれてた?
ヤバい。死にたい。恥ずかしいとかそんなレベルじゃない。
よく見たらフグの人はもういないし。
あれかな?急に独り言言い始めた俺を見て怖くなったのかな。
分かる。俺も逃げるわー。絶対に分かり合えないと思ってたけど妙なところで気が合ったなフグの人。
もう二度と会いたくないけど。
まあ、そんなことは置いといてね。
膝に力を入れて立ち上がる。少しふらついたが、そこは根性で踏ん張った。よろめいてコケるとか、これ以上恥をかいてたまるか。
そして、何か言いたげにこちらを見る鮫の人にかき集めた勇気をもって一言だけ。
「僕の家は、何処ですか?」
のどが痛くて掠れたが、何とか声になったような気がする。
取り合えず家帰って布団かぶってああああああって叫びたい。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
気を失い、体から力が抜けたウタカタを背負い、鬼鮫は歩みを進める。
記憶の欠落か、或いは別の理由か、自らの家の所在を尋ねたウタカタの声は酷く掠れていた。
耳のいい鬼鮫ですら、辛うじて聞き取れるほどの小さな声。
その意味を履き違えるほど、鬼鮫は馬鹿でも、無垢でもない。
六尾の人柱力・ウタカタ
人柱力とは、この世に存在する九匹のチャクラの塊、尾獣を封印された人を指す蔑称のこと。
早い話が、ウタカタの正体とは人型の生物兵器なのだ。
その存在は疎まれ、人として扱われることは無い最低の存在。それがウタカタだった。
だから、鬼鮫には分かった。
『僕の家は何処ですか』
それは所在を示す問い。居場所を尋ねた純真無垢な疑問。
ウタカタは居場所を求めた。自分の存在していい場所を望んだ。
自分が苦しまなくて済む世界を欲した。
それが分からないほど、鬼鮫は馬鹿ではない。この世界の醜いものを知らないほど、無垢でもない。
霧隠れの忍びでありながら、霧の忍びを殺す。
今日の鬼鮫の任務はそれだった。
いや、正確にはもうずっとそれだった。
一度目の任務をなまじ完璧にこなしたが為に、鬼鮫はそれが出来る忍びだと認識され、今日もまた任された。
もう何人の同胞を殺めたのかもしれない。それでも自らは霧隠れの忍びであるし、額にかけた霧の紋章を裏切る気もない。
それでも時折考えてしまう。自分はいったい何なのかと。自分はいったい誰なのかと。
霧隠れの忍びでありながら、霧の忍びを殺す。
それが鬼鮫だ。それが鬼鮫に課せられた任務だ。
同じ志のもと、同じ地で、同じ空気で育った同胞を手にかける。
自分の居場所を、或いは自分の里を守る為に、同胞の居場所を奪う。
ここは本当に自分の居場所なのか、自分は本当に霧の忍びなのか。
鬼鮫はここにいてもいいのか。
らしくもない問いだと自嘲し、僅かにずれたウタカタを背負いなおす。
軽すぎるその身にどれ程の重責を背負っているのかなど、鬼鮫に分かる筈もない。
けれども
(どこか、似ているのかもしれませんね)
何処か穏やかな顔で笑う鬼鮫の姿は、忍びのそれではなく人間のそれだったと気づくものは誰のいなかった。
(それはそれとして、先ほどの
気づけば前の投稿から一月経過していて一番驚いている作者です。
可笑しいな、作者的にはもう完結していた筈なんだけどな……。