俺、本当はラブコメが書きたかったんだ……
追記
誤字修正いつもありがとうございます!!
ーーエドモントンでの開戦から遡ること数日。
ヴィーンゴールヴに向かったトールは、同施設内に在住するギャラルホルン高官との密談を開始した。
当初、自身とマグニの二人のみで各所に回ろうと考えていたトールだったが、鉄華団の要求によって監視役として押し付けられたエーコ嬢が同行を申し出たことで仕方なく三人で回ることになる。
ただでさえ、慎重を要する行動に余計な心労を加えられた彼の心中は察するに余りある。事実、『現体制、およびイズナリオに反旗を翻す』ことを唆しにいった高官の何人かは、シリアスな雰囲気を醸し出す男二人に対してダイナマイトボディを晒しながらあっけらかんとするエーコ嬢が同席していることに困惑していた。
そのことにトール自身気づきつつも「反応したら負け」と必死に耐え抜き、無事に目ぼしい輩との密談を終えるのであった。
「……シヴ。今更だが、そのはち切れんばかりの肉玉はどうにかできなかったのか?」
帰り道、マグニが耐え兼ねたように声をあげた。
あからさまなセクハラだが、俺もシヴ……エーコ嬢の行動には思うところがないわけではない。なので黙認した。
「あー、セクハラですよセクハラ。トールさま、聞きました? この人、今完全にセクハラしてきましたよね?」
口に手を添えながらわざとらしく俺に告げ口するエーコ。
名瀬のところにいたくせにセクハラもなにもあるまい。
「閣下、なんかコイツ、めちゃくちゃムカつくんですけど?
いや、昔から俺には懐かない可愛くないガキでしたけどね?
普通に人の神経逆撫でするムカつくガキにランクアップしてません?」
額に青筋を浮かべたマグニが真顔で進言してくる。だからって俺にどうしろと。
エーコが鉄華団からの監視役として送られている以上は俺も下手な真似はできない。精々が普段の素行を注意するくらいだ。
だが、こいつ、普段はとても礼儀正しくブリッジクルーや俺ら以外の人物からは概ね好感を持たれているのだ。
まあ、いたずら娘とでも認識しておけば特に腹は立たないのだが。
「エーコ嬢は鉄華団からの監視役としてここにいる。これ以上の強制はこちらの立場を悪くするだけだ」
「ぐ……!」
俺の言葉にマグニは悔しげに呻いてそれ以上の進言を控えた。それでいい。俺も彼女に関してはこれ以上意識しないようにしているのだ。そうでなければこの“どシリアス”な作業の妨げにもなりかねん。
「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、エーコ、って呼んでくださいよトールさま。
なんなら昔みたいにシヴって呼んでくれても嬉しいですけど?」
「……」
「えー! なんで無視するんですかー!?」
……やかましい。
大抵、こういう輩は一睨みすれば閉口するのだがコイツは全く堪えない。逆に「凄んでも無駄ですよ〜、トールさまの恥ずかしい秘密いっぱい知ってるんですから」と煽ってくるのだ。
いや、俺に恥ずかしい秘密などないのだがな?
だが、万が一ということもある。昔、俺がポケットにカルタの写真を入れていたこととか。
何はともあれ、これから向かうのはいよいよマクギリスの執務室。アーヴラウへ出向中でイズナリオがいないファリド家の屋敷なのだ。
クローズプランのこともある。余計な情報を彼女に与えないよう気を引き締める必要がある。
「待ちくたびれたよ、トール……おや、今日は可愛らしい従者がいるな?」
執務室に入るなり、マクギリスは窓辺に立ち実に絵になる姿で出迎えてくれた。
が、傍のエーコを見るなりピクリと眉を動かし警戒の色を僅かに見せる。
この様子なら彼が何か口を滑らす危険はないと見ていいだろう。
「ああ、お前もお気に入りの鉄華団からの……なんだ、雑用係? みたいなものだ。気にするな」
まさか「監視役です」と素直に言うわけにはいかないのでお茶を濁す。
そんな俺を他所に、エーコはしずしずと歩み出て綺麗なお辞儀をした。
……嫌な予感がする。
が、俺が口を出す前に彼女は口を開いた。
「初めましてマクギリスさま。トールさまの『妻』のエーコ・シヴ・ファルクと申します」
「っ!!!?」
彼女の言葉に、マクギリスの顔は一瞬で引きつった。俺も見たことないような顔芸に、こちらの反応もしばし遅れる。こいつ、こんな顔もできたのかと妙に感慨深い。
「不束者ですが、よしなに……」
「ん。あ、え……うん。こちらこそ、よろしくファルク夫人」
いや納得するな。
即座にいつもの紳士的な態度を取り戻した彼には感心するが、生憎と俺は妻を娶っていない。
「嘘だぞ?」
「は?」
その後、小一時間かけてマクギリスの誤解を解いた。
シリアスな雰囲気をぶち壊したエーコは部屋の隅でマグニからのお説教を受けている。
それを視界から意図的に排除した俺は、マクギリスに声をかけた。
「首尾は上々だ。予定以上の連中を丸め込むことができた。これもお前が提供してくれた『ネタ』のおかげだ」
交渉をするにあたり、高官それぞれに関連する『やましいこと』、いわゆるネタというものをマクギリスに集めさせていた。
今日の腐敗したギャラルホルンの高官ともなれば、叩けばいくらでも埃の出る骨董品ばかり。これを使って少し揺すってやれば奴らは容易に堕ちる。
事実、『中立』へと追い込んだ輩の殆どは脅迫によるものだ。
「君のそのブレない姿勢は私も見習いたいところだよ。
……本題についてだが、私の方でも幾らか手勢を集めることに成功した。まあ、若手の、青年将校たちだがな」
ふむ、この段階で彼はすでに手駒を揃えつつある、か。
それは僥倖、彼には今後も独自の活動をお願いする予定だ。自分の身は自分で守ってもらいたい。
「そうか。俺はこの後、予定通りにエドモントンへと向かう。お前には事前に話していたようにイズナリオの妨害を頼みたい」
「お安い御用だ。……すでにボードウィン家は君が制したようだがな」
その通り。ボードウィンには“高官巡り”のついでに挨拶しておいた。イズナリオの不正、『性癖』、ご子息の動向についても。
アルミリアからは睨まれたが致し方ないことだ。
……というより、彼女は昔から俺のことが嫌いらしく、顔を出すたびに兄の背に隠れて口も聞いてくれなかった。子ども心に『危険』を感じ取っていたのだろう。
別に寂しくはないが?
「……その様子では、またアルミリアから罵倒されたようだな」
またとか言うな。
「少し、睨まれただけだ。たぶんに人見知りなのだろう」
虚勢を張る俺に、マクギリスは生暖かい視線を送りながら優しく肩に手を乗せてきた。
なんとなくムカついた俺は乱暴にその手を払いのけた。
ロリコンに慰められるほど落ちぶれてはいない。
「まあ、アルミリアには私の方からフォローを入れておく。ボードウィン卿にも同様にな」
「……頼む。どうにもあの家の者には好かれていないようなのでな。理由はわからんが」
いや、本当にわからない。なんでかボードウィンだけ俺への当たりが強いというか、冷たいというか。
別にアルミリアに変な視線など向けていないはずだが、現当主も娘を俺から遠ざけようと必死になっている。
「結婚を控えた愛娘だ、過剰に警戒してしまうのも仕方ないと思うがね」
どの口がほざくのか??
「…………このペド野郎が」
「ん?」
「いや、なんでもない。……それよりもエリオン公の動向は?」
宇宙での活動が中心の彼だが、ギャラルホルン最大戦力を率いるその権力は侮れない。単純に正面から武力衝突すれば確実にこちらは惨敗する。それだけでも脅威というものだ。
また、圏外圏における『パイプ』も数が知れない。いずれ潰すとはいえ今は刺激しない方がいいだろう。
「静観、だな。さすがに藪蛇はごめんということだろう。奴自身も真っ黒な『大人』の一人だからな。特に“暴動の鎮圧”に限定して見れば我が父以上に埃塗れと言えよう」
とはいえ、奴が漁夫の利を狙う狡猾な狸である以上警戒は緩めるべきではない。
あちらには通称『ヒゲのおじさま』とかいう面倒極まりないジョーカーがいるのだしな。
家紋がヨルムンガンドというのも気に入らない。こっちのニーズヘッグと取り替えてほしい。
その後、エドモントンに関する計画の些細を確認し合い、退出する運びとなった。本当は『クローズプラン』について話し合いたいことがあったのだが、エーコの存在を考えると後日に改めた方がいいだろう。
「マクギリス、バクラザンには気をつけろ。あの御老体が何を考えているのか分からんがこちらの誘いにもビクともしなかった所を見るに、何か隠している可能性がある。
特にエリオンと繋がりを持たれては面倒だ」
「ふ、ニーズヘッグとフレスベルグの仲の悪さは私も知っている。そう心配するな」
「いつの話をしている。それは初代当主同士の頃の話だろう。それにアレはイシュー家の仲介が下手くそだったからだと伝え聞いている。
そういう話ではなく、現実的な話をしているのだ」
こんなとこまで元ネタをなぞらなくてもいいだろうに。
ともかく、俺はバクラザンが謎の静観を保っていることについて再三にわたって注意を促し、ようやく部屋を後にする。
「マグニ、エーコ。用事は済んだ、行くぞ」
部屋の隅でまだ説教を続けていた二人を呼び戻す。というか側から見ると喧嘩にしか見えない。どちらも我が強い傾向にあるせいか。
「あ、はい! 今行きます!」
「はーい、トールさま!」
俺を見るなり二人揃って営業スマイルに戻っていた。実は兄妹なんじゃないかこいつら?
「トール、
ドアノブに手をかけたところで不意に声がかかる。
マクギリスの言う彼女という言葉で思い当たるのは一人しかいない。
「当然、話す必要がある。俺の『行動原理』を知っているはずだろう、マクギリス?」
一切の迷いなく答える。それが俺の存在意義であり、命の価値である。
「相変わらずお熱いことで……」
少し小馬鹿にしたように苦笑する彼にこちらもお返しする。
「アルミリアのことは心配するな。『兄君』には私が直々に手を下す。そのあとのボードウィンについては煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。
無論、アルミリア嬢の幸せもお前に一任しよう」
「それこそ君が心配することではないさ。『同志』として彼女の幸せは私が保証する」
くっ、顔がいいからって!
懐かれてるからって!!
ふざけるな、バカヤロウーーー!!!!
……いかんな、孤島での交渉の時のように思考に妙なノイズが入る。
無論、無論心配などしていない。ただ、◼︎歳という多感な年頃の彼女に『変態知識』を豊富に携えたマクギリスが接するという事実はどうにも心配でならない。そもそも、ガルスも俺ではなく先ずあいつを警戒すべきではないだろうか? ほら、今も胡散臭いことこの上ない笑顔で俺たちを見送っている。あの営業スマイルに騙されるなどお人好しにも程があるのでは? というか◼︎歳の娘に許婚を用意するなど正気の沙汰ではない。今は中世どころか西暦でもないポスト・ディザスターなのだぞ? 無論、俺は健全な成人男性としての分別を弁えているし、一般常識と照らし合わせてーー
俺は『原因不明』の敗北感を抱えたままファリド邸を後にした。
イシュー邸に向かう途中、俺の後ろで二人がヒソヒソと話し始めた。
「……マグニさん、トールさまが去り際に怒ってたアルミリアって?」
「ボードウィン家の長女だ。兄のガエリオとは年の離れた兄妹で今年で◼︎歳になる。さっきのマクギリス殿の許婚だよ」
「あっ……成長した私に反応しなかったのって、そういうーー」
「まさか、そんなしょうもないことで口論を始めるなんて俺も思わなかったよ。第一『お前はロリコンの気持ちが分からない』とかアーサー王に失礼だと思わないのかな?」
「トールさまにそんな趣味があったなんて……」
「見事に言い負かされてたしな。部下として恥ずかしくて死にそうだった」
「そもそもロリコン同士の口論とか醜すぎませんか?」
「閣下。俺も、さすがにアレは見るに耐えませんよ」
「……何の話だ?」
俺はマクギリスといたって真面目な話をして、真面目な雰囲気のままに屋敷を後にした。それ以外は何もなかった。
嫉妬など、していないが?
そもそも口論とかした覚えがないのだが?
「そろそろイシュー家の屋敷だ。エーコ、分かっていると思うがこれ以上ふざけた真似をすれば鉄華団に送り返すことも検討せねばならん。マグニ、しっかりとエーコを見張っておけよ」
「……ちょっと、そんなことする気分じゃないんですけど」
「すいません、俺もちょっと閣下の命令を聞ける気分じゃないです」
気分ってなんだ。特にマグニ、お前気分で俺に従っていたのか。
「お前らには失望した、もう何も期待しない」
「こっちのセリフなんですけど……」
クソ、ああ言えばこう言う。
俺は二人を無視してイシュー邸へと足を運んだ。
「ご機嫌よう、カルタ。調子はどうだ?」
カルタの部屋に入るなり俺は笑顔で声をかけた。
「よくもまあ、平然と……なんて思ってはいないわ。あなたがわざわざヴィーンゴールヴまで私を呼び寄せるなんて。余程大事な話があるのでしょう?
宇宙ネズミを取り逃がしたのも今回の話に関係があるのね?」
カルタは真剣な顔のまま腕を組んで俺の答えを待った。さすがにこれだけ長い付き合いだと気付くこともあるか。
その時、俺の隣にいるエーコに気付いたのかちらり、と視線を向けてすぐにピクリと麻呂眉を動かした。
「……その娘は?」
「気にするな、新しい従者に過ぎん」
「ふーん」と言いつつカルタの視線は冷たい。やはり、真面目な話の席にグラマラスかつ愛らしい顔立ちのエーコが同席しているというのは気になるらしい。
「時に、カルタ。お前は現状のギャラルホルンの体制についてどう思う?」
「藪から棒に、何?」
「教えてくれ」
有無を言わせず答えを促す。カルタはしばし考え込み、口を開いた。
「……よくは、ないのでしょうね。汚職と隠蔽、腐敗の横行する現実というのは私も知っているわ。
でも、ギャラルホルンの存在によって『平和』が保たれてきたのも事実。今、この組織が崩れるようなことがあれば、地球圏……四つに分かれた経済圏は間違いなく戦争を始めるでしょう。
経済圏の中にある『主要企業』。彼らの技術力、影響力がギャラルホルンを脅かす域に達しているのも事実。
加えて、戦争になれば圏外圏の反政府勢力の活動は活発になる。
だから、下手に『変革』をするのは慎まれるべきと考えるわ」
ふむ。
カルタにしては実に良く考えていると言える。
率直に言って満足のいく答えだ。
「正しい状況認識が出来ているようで何よりだ。まさに君の言う通り、三百年の安寧を支えて来たギャラルホルンの崩壊は好まれることではないだろう。
……しかし、すでにギャラルホルン、ひいては『世界』という『大樹』そのものが限界を迎えているのも事実だ」
「? 圏外圏はアリアンロッド艦隊の存在によって容易な侵略行為は行えない。まして地球圏に不穏な気配などーー」
「組織の腐敗は言うに及ばず。先にお前が語った『主要企業』。ひいては経済圏の動きもお前の予想を超えている。
すでに各行政府は独自の軍事力の保持を画策しているのだぞ」
「っ、ばかな。ギャラルホルンの本部を置く地球で、そんなーー」
残念だが、事実だ。
「SAUは事実上の支配者であるGAを主軸に、子会社であるアイリス社と協働で『連携を前提としたMS群の開発計画』を進めている。
オセアニア連邦は予てより反政府的傾向が見られた人類革新連盟の主導のもとで非人道的な人体実験『超兵計画』ならびに『量産型MS』の開発を急いでいる。
アフリカンユニオンは、ローゼンタールの影に隠れたオーメルが絶大な権力を有し、インテリオルグループは近年、モスクワの代表と密談を行なっている。
遂にはアーヴラウのテクノクラートも中東のイクバールと密かに兵器貿易を開始した。
……どうだ、すでにこの世界は『終末』へと向かっていると思わないか?」
立て続けに齎された情報に、カルタは額に薄っすらと汗を浮かべながら沈黙した。
「これはほんの一部に過ぎない。世界はもはやギャラルホルンなどという旧時代的組織に御せる領域にはいないのだ。
だからこそ、『私』は変革をなす必要がある。
世界の恒久平和。真なる平穏を齎すためには今一度、腐りきった政府を掃除する必要があるのだ。
……だが、私は所詮末席。後見人とはいえ、第一席の地位にあるイシュー家の同意を得る必要がある」
畳み掛ける。この場で彼女に断られるのは今後の計画に支障を来す。故にこの場で何としても『私』の計画に賛同してもらわねばならない。それこそが彼女を『幸福』に導く道であり、私こそがこのどうしようもない世界を『洗浄』し『整地』する力と意思を持っているのだから。
「……話は分かったわ。要するに、『イシュー家の威光』が必要なのね?」
「っ! 否定はしない」
「そう……相変わらずね、貴方は」
だが、予想に反してカルタは何かを悟ったように苦笑した。
「どういう、意味だ?」
……よくない流れだ。このまま彼女に断られたら計画の見直しもあり得る。
そもそもの話、彼女の説得においては『その高潔さを刺激するほどの世界の腐敗』を延々と提示し続ける作戦でいた。
この腐敗したギャラルホルンにおいて未だに貴族としての誇りと義務を重んじる彼女は稀有な存在だ。悪く言えば『世間知らずのお嬢様』。クリュセにいた頃のクーデリアに通じるものがある。
だからこそ、先のクーデリアとの会話で得た経験をもとに口説き落とすつもりだったのだが……。
「一つだけ聞かせてもらえないかしら?」
俺の疑問を無視して彼女は続ける。
「何を?」
「『以前の貴方』と『今の貴方』。どちらが本当なの?」
「……」
それはーー
「俺にも答えられない質問だ。俺は俺であり、変わらず
たとえ、『精神が異常を来そうと』、『肉体が損傷しようと』。何があっても俺は必ずお前の『幸せ』を約束する。
だから、今回も俺に協力してくれないか?
ただ一言、『世の腐敗を斬り捨てろ』と命じてくれればいい。
後見人という立場を『手に入れた』俺だが、仕えるべき『主』を違える気はない。
我が『王』たるカルタ・イシュー。君の幸せを守るためなら俺は何者をも斬り裂く剣であり続ける」
胸に手を当て心の底から思うことを全て伝える。結局のところ、俺はこうする他に術を知らない。
何者にも代え難い最愛なる彼女、その幸せを守るためならなんだってする。最後に生き残り『世界を統べる』のは彼女だと確定している。その障害となるならば全て敵だ。
……いずれ、マクギリスすら『妾』として彼女にあてがうつもりだ。アルミリアには悪いが彼女の『幸せ』には代えられない。
でなければ、『洗脳』でも『改造』でも。いっそ『新しいの』を与えるのもいいかもしれない。
すると、彼女は一瞬で顔を真っ赤に染め麻呂眉を釣り上げた。
「怒った……のか?」
それはよろしくない。ああ、よろしくない。
俺は彼女の笑顔と『幸せ』だけを求める。そのためなら何でもするというのに。
「あの、トール? もう一つ聞いておきたいのだけど。
毎度毎度、本気で言っているのよね、それ?」
「当たり前だ。ああ、なるほど。言葉ではなく行動で示せと? いいだろう、では見ていてくれカルタ。『私』は必ず世界の腐敗どもを焼き払い、清浄なる世界を君に見せよう。
マグニ!」
「ああ、待って! 分かったわ、貴方の気持ちは分かったから!
……でも、私は、どう受けとればいいのかしら?」
「?? どう、とは?」
「え、とね、トール? 貴方が私の『幸せ』を願ってくれてるのも、貴方が私を『想って』くれてるのも理解したわ。いえ、理解していたわ。
要するに、つまり……そういうこと、なのね?」
????
「????」
「いや、そんな不思議そうな顔されても……分かるでしょう?
お互い、いい歳なのだし、わざわざ言葉にしなくても」
まったく、分からない。
どういうことだ。何か足りないのか?
もしかして、俺の『計画』だけでは彼女の『幸せ』には届かない?
それはいけないな、ああ、いけない。
「まだ満足できないか……」
「は? いや、そういうことじゃなくてーー」
「わかった、なら今度『金髪イケメンランド』を開設しよう。案ずるな、お前の趣味趣向は理解している。
古今東西から選りすぐりを集めてみせよう。
場所はーー」
「そうじゃなくて!」
突然、大声を出したカルタにびくりと反応してしまう。何事だ。
あと、大声でも可愛い声をしていると思った。
今更な話だが。
「そもそも金髪イケメンランドって何!? 私にそんな趣味はないんですけど!?」
嘘をつくな。
「照れることはないだろう、お前がそういう『性癖』なのは今更なことだろうに。
俺が推薦した艦隊メンバーも気に入ってたじゃないか」
「貴方の推薦だったの!?」
地球外縁軌道統制統合艦隊の金髪イケメンの殆どは俺が裏で手を回して加入させた面々だ。
「なかなかセンスがあるだろう?」
「貴方ねぇ!」
その後、なぜか小一時間ほど叱られることになる。
俺としては誠に遺憾なのだが、その反面、彼女との時間を作れたことは素直に嬉しかった。
「……で、結局、話ってなんだったの?」
いつの間にか退室していたマグニとエーコに気付いた俺に、カルタが声をかけてきた。
これまでずっと叫んで暴れていたせいか、髪型が乱れている。
窓から差し込む夕陽に照らさて、いつもの倍以上に美しい彼女にしばし見惚れた。
「ん、ああ。
なんて事はない。瑣末事だよ」
「前置きはいいわよ、さっさと言って」
俺と話すときは昔のような砕けた口調になることに、改めて喜びを感じながら、俺は率直に要件を伝えた。
もはやまどろっこしい交渉をする必要はないと思ったからだ。
ここまで彼女の想いを聞くに、必ずや『私』の考えにも賛同してくれることだろう。
「イズナリオ・ファリドを拘束する。罪状は『経済圏への過剰な干渉及び政治活動への介入』だ。まあ、簀巻きにして叩けばいくらでも余罪は出るだろう。
その後は、『統制局 局長』の地位を受け継ぐ。
つまり、
「……………………………………は?」
長い沈黙の後、彼女は呆けた声を出した。
ーーその頃、部屋の外で待機していたマグニとエーコは手持ち無沙汰に談笑を始めていた。
「なんか、いつものトールさまと雰囲気違いましたね」
「ん、そうか。お前はまだ『あの』閣下を見たことなかったか」
「“あの”?」
訝しげな様子のエーコに、マグニは説明する。
「カルタ様と話される時の閣下はいつもああだよ。俺が『拾われた』頃から変わらずな。
まったく、閣下の拗らせ具合も相当なものだよ」
「拗らせ? え、と。つまりトールさまはあの
「ばっ! お前、滅多なこと言うんじゃねぇよ!
突然、焦ったように捲し立てたマグニの様子にエーコもドン引きする。
しかし続く彼の言葉に納得した。
「ったく、閣下に聞かれたら殺されるぞ?」
「やっぱり、
エーコの真剣な問いかけに、マグニも気まずそうに応える。
「まあな。でも、見ての通り
「……?」
「分かるだろ、あの
マグニの言葉をエーコも理解する。
常軌を逸した執着。本人の想いすら耳に届かない熱意。とても『恋』や『愛』とは呼べない『異常』な様子だった。
可愛く言えば『カルタの前ではIQの低下するトール』。
「とにかく、『カルタ様絡み』のことには
命が惜しかったら口を噤め。今日のことも忘れた方がいい」
子どもに言い聞かせるようにマグニはくどいほど忠告する。エーコはそれには納得しつつも、自分の意思について改めて口に出した。
「それは分かりました。でも、私だって諦めませんから」
エーコが執着を見せるのはトールである。
そのことは『シヴ』の時代から知っていたマグニだが、その想いが多分に『吊り橋効果』によるものだとも理解していた。
それはトール自身も同様の考えであり、ゆえにこそエーコへの対応が雑になっている。
だが、マグニ個人としては『その恋』が『本物』になることも願っていた。
たとえ、始まりが吊り橋効果であっても、ベタなヒロイン的展開であったとしても。これからトールと関わることで改めてその想いが『愛』へと変わる、それを彼は願っていた。
「トール、それは、
俺のエドモントンでの計画を聞いたカルタは、神妙な面持ちで問いかけてきた。
「……ふむ。
それは、
ああ、俺自身にも
そこには『利害』も『呵責』もない。
俺が
そうだ、果たすべき義務。
俺が俺である為であり……この『抑えきれない衝動』を誤魔化すためのーー
「……やっぱり変わったわね、トール。もう、私には貴方が何を考えているのか、まったく
「そうか、残念だ」
彼女に理解されないのは悲しいことだ。
だが、
俺は必ず彼女に世界を捧げる。
邪魔な『ゴミ』を纏めて『焼き払い』、清浄なる『ギムレー』へと作り変えた上で献上する。
それこそが使命で、俺の存在意義。
「でも、そんな貴方だから
……もとより、あなたが後見人になってくれなければ没落していたような威光だけど」
そんなことはない。カルタという存在を『生み出した』だけでもイシューの家系には多大な恩がある。父君たるルグ殿にも最大限報いるつもりだ。
「イシューの輝きはいずれ、カルタ、君の輝きそのものとなるだろう。安心して俺に任せておけ。
彼女の手を取り宣言する。それは俺への戒めでもある。
帰り道はない、引き返すつもりもない、背水の陣の中で『常に』戦って来た俺に、今更変える道など存在しないのだから。
そのために、
「美しきイシューの女王に栄光あれ」
俺は、複雑そうな表情を浮かべた彼女の手の甲に口づけした。
ーーカルタの承諾は得た。
もはや懸念はない。
エドモントンにおいて、今こそ始めよう。
世界を『再生』する『人形劇』を。
散らばり、穢れた人類を『地球に墜とす』。
次回からまたエドモントンになります。
カルタ様の出番について参考程度に
-
出番多
-
麻呂眉でBBAとかちょっと…※出番少
-
普通。
-
ポンコツ可愛い式部が見たい
-
そんなことよりエーコ