カラードの話になります。
ロプトル
圏外圏においても辺境と揶揄されるとある宙域。
厄災戦時代の艦船の残骸やMSの骸、その他デブリが無数に漂い、放置されたエイハブ・リアクターが発生させた重力場に引き寄せられたデブリの塊がまるで墓場のように乱立する暗闇の空間。
その只中に浮かぶ小惑星。
それこそカラード最高評議会の設けられる『本部』であった。
小惑星を改築して建造された本部は一見してただの岩の塊でありながら、偽装されたMSデッキを多数配備し、防衛用実弾砲台及び対空火器を常備した要塞である。
その最奥、円卓の設けられた豪奢な装飾の一室に『仮面の男』がひっそりとたたずんでいる。
「……」
黒いコートを纏い、頭部をすっぽりと覆う鋼鉄の仮面。目元のみが切り開かれた無機質で無骨な仮面からは赤く光る相貌が覗く。
徐に席に腰掛けた男は、円卓にずらりと並べられた『モニター』を俯瞰する。
ちなみに、これらモニターにつながる通信を拾っているのはこの宙域一帯に浮かぶデブリへと偽装された『コクーン』。
ギャラルホルンの使う正規航路を形成するアリアドネ、それに使われているものと『ほぼ同じ機種』である。
壁にかけられた大きな時計が針を進める音に耳を傾けて数分。
円卓に並べられたモニターが一斉に起動した。
『予定時刻にはなんとか間に合ったか』
それらに映るのは『voice only』という文字のみ。言葉の通り音声のみがモニターから流れてくる。
「時刻ジャストです、GA代表」
モニターの声に応えるように仮面の男が不意に声をかけた。
『これはこれは、“ロプトル”殿』
ロプトルと呼ばれた仮面の男は、しかし仮面の常備機能たるボイスチェンジャーによって妙に甲高い声で喋る。
「レオーネメカニカ、ローゼンタール及びオーメルサイエンス代表もご機嫌麗しゅう」
芝居がかった口調でロプトルは声をかける。
そして、卓上で手を組みながら宣言した。
「ではこれより、カラード及び企業連最高会議を始めます」
カラードの発足は七年前。
イェルネフェルト教授の死と共に離散した研究チームと資料。離反の首謀者たちはコロニーアスピナ上層部に取り入ることでいち早く独立、一先ずの身の安全を確保した。
その他のメンバーは各々が主要企業へと亡命し、自らの技術・資料を提供することになる。
これによってギャラルホルンが起こした『AC計画』は主要企業に知れ渡ることとなり、同時に教授の確立した『AC技術』『AMS機構』の技術も流出した。
各企業はそれらの研究・開発に注力し、世界のパワーバランスは緩やかにだが狂い始めた。
この事態を重く見た『とある大貴族』は自らを『ロプトル』と名乗り、自身が保有していた『AC技術』を手土産とし、各企業への交渉を始める。
ロプトル自身の手腕はもとより、各企業も他企業のAC・AMSによる脅威を鑑みた結果、主要企業の連合体、企業連が発足することになる。
同時にロプトルは、彼らの保有するAMS適性個体、『リンクス』たちを管理するために『カラード』を起こした。
企業連も各々の研究を安全かつ円滑に進めるためにこれを承諾。圏外圏において数多活動する海賊や反体制勢力への対抗手段としてカラードの傭兵斡旋業務を認めた。
こうして誕生したカラードだったが、当然、地球圏の管理者を僭称するギャラルホルンにとっては好ましい存在ではない。
そのため、組織の摘発を避けるべくこのような辺鄙な場所に本部を設けることになった。
幸い、ロプトルには『コクーン』の在庫が豊富にあり、これをデブリに偽装した上で地球圏との通信に用いた。
現在、宇宙の番人たるアリアンロッド艦隊の標的となりつつものらりくらりと追撃を躱しこうして組織として存続しているのはロプトル配下の隠密部隊の暗躍、そして各企業の特殊部隊が奮闘しているからに他ならない。
会議はいつもどおり平穏に閉会となった。
今期の定期報告、リンクスたちの調整などなど。特に驚くこともない平々凡々とした報告を終え、ロプトルは腕時計を確認した。
「そろそろお時間です。本日はお集まりいただきましたこと誠に感謝いたします。では、また次回の会議にて」
ロプトルの宣言によって円卓のモニターが次々に消えていく。
また一人となったロプトルは、そのまま腰を深く落ち着ける。
やがて部屋に一人の女性が入ってきた。
「お疲れ様です、ロプトル代表」
色気のないメガネをかけ、
その口調は淡々としていてあまり感情らしきものを感じられない。
「ふむ、通信の『細工』は無事に終えたのか?」
「はい。マニュアルは全て把握済みですので」
間を置くことなく即答した彼女に満足げに頷いたロプトルは、徐に席を立ち部屋を出た。
女性も随伴するようにその後を追う。
二人で廊下を進む中、ロプトルは多くの質問を投げかける。
「鉄華団へのコンタクトは無事に終えたのか?」
「はい。レイン室長自ら赴かれ、無事に契約を取り付けたとのことです。報告書はすでにロプトル様のPCに」
「ご苦労。……アンジェの方はどうした?」
「予定通り休暇に入られました。今回は妙に大人しく休んでくださったので少々不安ですが」
「…………行先は分かるか?」
「月のアバランチコロニー群だと聞いていますが」
「……まあ、よかろう」
数秒間を置いて、再びロプトルが声をかける。
「もう業務には慣れたのか?」
「ええ、まあ。似たようなことはこれまでもしてきましたので」
まあ、そうか。とロプトルも特に言葉を返すことなく無言のまま二人は廊下を進んでいった。
そして執務室たる一室にたどり着いたところでロプトルが手を上げた。
「ここまでで結構だ。ご苦労だったな」
「いえ、仮にも秘書として雇っていただいた身。ご一緒します」
「義理堅い奴だ。好きにしろ」
そう言って二人は揃って入室する。
部屋の中は簡素な作りになっており、調度品の類や豪奢な家具もない。机と椅子、そして業務に必要な機材だけが置かれた殺風景な有様だった。
椅子に腰掛けたロプトルは、そのまま机のPCを起動し執務を開始した。
そこへ、お盆を抱えた眼鏡の彼女が近寄る。
「お茶でよろしかったですか?」
「礼を言う。……ふ、『日本茶』など珍しかったかな?」
受け取ったお茶を徐に口元へ運ぶ。
すると、仮面の下半分がカシャリと開き、露わになった口で程よい熱さのお茶を啜った。
女性はその光景に目を見開く。
当たり前だ。
てっきり、自分が立ち去った後にこっそりと仮面を脱いで飲むのだろうと考えていただけに。まさか仮面の下部が開いてそこからお茶を啜るというシュールな光景を見せつけられるとは思わなかったのだ。
そして、ボイスチェンジャーを通さない地声が妙に聞き覚えのある声であること、その声の主人を思い出し再び目を見開いた。
一連の反応をチラ見していたロプトルは、先ほどまでと異なり柔らかな声音で声をかけた。
「君には特に隠す必要もないと判断したまでだ。不満か?」
「いえ……しかし、色々と納得しました」
「それはクーデリアに関することか」
「っ!!」
ロプトルの言葉に女性はあからさまに反応を示した。すぐに取り繕ったものの後の祭りである。
「別に責めているわけではない。君が望むなら彼女に会わせてやることもできるが?」
「お気持ちだけいただいておきます」
「律儀だな。ま、君がそう言うならそれでいい。私としては仕事さえキチンとやってくれるなら構わない」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀した彼女を手で制す。
「まあ、安心するといい。私は『最期まで』クーデリア嬢を害するつもりはない。彼女の目的と私の『目的』は奇跡的に合致している。
無論、『カラード』に属した君にも相応の仕事を任せることになる。
期待しているぞ」
「勿体なきお言葉です。……ですが、何故、私のような者にそこまでの信頼をお寄せいただけるのか。少々疑問に思います」
複雑そうな表情で呟く彼女に、ロプトルは「だろうな」と一言返す。
「まあ、これでも人を見る目はあるつもりだ。たとえノブリスの白豚に仕えていた人間であろうと、これまで君を見ていて『信頼できる』と判断したからこうして『重要機密』を語って聞かせている」
「それはつまり……遠回しな『脅し』ということですね?」
「無論だ、聡い女好きだぞ。
尤も、これまで業務をこなしてきて『我が組織の本質』は薄らと理解していると思うが」
「……僭越ながら、『何か大きな事を成そうとしている』と。そう認識しております」
「
咳払いを一つ。気を取り直してロプトルは語る。
「聡い君のことだ。私の正体に気付いたからには、先の戦いで『私』が協力を求めた企業、そしてカラードに所属するリンクス。その辺についても理解していると見ているが?」
「っ、レイレナード。カラードランク、リンクスNo.の上位は彼らで占められている……いえ、そもそもカラード自体が」
「理解したか? なら覚えておくといい。
「彼らは、ということは貴方の目的は……」
「さて? それを今後の課題としておこう。答え合わせはいつでも受け付ける。遠慮なく声をかけるがいい」
そう言い放つロプトルに、彼女は言い表せぬ『恐怖』を感じた。
その思惑の深さ、ではない。そもそも『その思惑さえなんとも思っていない』ような『人としての異質さ』に恐怖した。
だが、同時に『なぜそこまで自分に話すのか』という純粋な疑問が彼女の中に生まれる。
無論、本来であればおいそれと語るべき話ではない。が、彼女がクーデリアと密接な関係にあること。今後の計画において『彼女に些細を知っていてもらう必要がある』ことからロプトルは彼女にこの話を語って聞かせた。
要はいつもの『合理的判断』である。
一通りの業務を終えたロプトルは後を秘書以下本部勤めの社員たちに任せてMSデッキへと向かっていた。
「各リンクスへの『対処法』は分かっているな?」
「はい、レイン様から一通りの手ほどきを受けております」
「ならいい。奴らは特に個性的過ぎるからな。対応を誤れば何をするかわからん。
セシール嬢からの連絡には無難に受け答えしてくれ。彼女一人ならばどうとでもなるが、バックの企業は腹黒狸だ。十分注意してくれ」
「はい」
「ジョージは特に問題はない。が、君相手となると『ナンパ』を仕掛けてくる可能性がある。それに関しては君の裁量で判断してもらって構わないが」
「存じております」
「アディも特に問題はない。少々、オーメル上げの口調がシャクに触ると思うが持ってくる情報は他よりはマシだ」
「了解しております」
「あとはーー」
「ロプトル様」
格納庫の入り口でいつまでも立ち話をするロプトルに、秘書の彼女が思い切って声をかける。
「すべて、把握済みです。心配はいりません。それに、分からないことはレイン様に伺いますので」
「そうだな、そうしてくれ。では、後は任せた
「はい、いってらっしゃいませロプトル様」
深々とお辞儀するフミタンを一瞥してロプトルはようやく愛機へと搭乗する。
濃紺のカラーリングが施された機体は、ゴーグルアイを携えた丸みのある頭部、ほっそりとした腕部、スカート状の補助ブースター、腕部と同じくほっそりとしつつも接地部がヒールのような形状をした脚部。
そして長大な槍によって構成されている。
コクピット内に入り、各種機材を起動させたロプトルは表示されたモニターで各部の点検を済ませる。
そして、準備を終えた彼は本部管制室に通信を繋ぎ声を発した。
「ロプトル、
『ご武運を』
対して管制室から返ってきたのは、
ところで、ロプトルという人物はとある大貴族の仮の姿なわけだが。
彼はカラードにおいても独自の技術の開発に執心している。
彼が『前世の知識』を基に子飼いの研究者へと無茶振りをして完成した新技術というものが幾つか存在するのだ。
当然、その殆どが実戦では役に立たない代物であるものの、中には特定の条件下において真価を発揮する機能というのもある。
その一つが『ミラージュコロイド・ステルス』と呼ばれるものである。
コズミック・イラという暦を持つ異世界において開発されたこの技術を、ロプトルは半ば無理やりにこの世界でも実現させていた。
その機能をざっくりと説明すると『光学迷彩』と俗に称されるものである。
とはいえ流石にエイハブ・リアクターの発するエイハブ・ウェーブを遮断することは出来ない。
が、その問題はシグルドリーヴァの動力源たるエイハブ・リアクター[
無論、リアクターの効率やエネルギー精製量、MSという莫大なエネルギー消費を伴う兵器への使用にはそれなりのコストは掛かるものの。
移動のみにMSの機能を制限し、他の無駄な機能を全てカットするという節約によってなんとか実用段階へと持ち込んだ。
要するに今のシグルドリーヴァは誰の目にも写っていないのである。
なぜ、このような手間を要するのかと言えば当然アリアンロッド対策である。
他にも『カラード本部社員』や『関係者』以外に本部の場所を知られる危険性を鑑みてこのような実験機の使用を決断した。
ミラージュコロイドが完成するまでは、動力源を実用型燃料電池に切り替えてデブリの影を渡り歩くという面倒な手段をとっていた。
が、コスパも悪く原始的かつ危険性の高い手段ゆえにロプトルはミラージュコロイドの使用へと踏み切ったのである。
「タウだからこそできた機能だが、さて……」
呟きつつ、機体が本部から十分な距離を取ったことを確認した彼は遠方からこちらに向かってくるウェーブの反応を確認した。
そしてその反応が自らの望んだ相手であると確かめた彼はミラージュコロイドを解除し、反応がある場所へと機体を発進させた。
「こちら、シグルドリーヴァ。ロプトルだ、応答せよ」
前方に近づく強襲装甲艦へとLCSをつなげる。
ロプトルの短い問いに、すぐさま返信が来る。
『こちら
「世辞は不要だ。どうかハッチの解放を」
端的に要件を告げるロプトルに、通信に応じた『名瀬・タービン』はやれやれと肩を竦めてからMS発着デッキを解放した。
「感謝する」
短く礼を述べたロプトルは一直線にデッキへと機体を向かわせた。
〜ロプトルside〜
「お久しぶりです、ロプトル様」
MSから降りると、既に待機していたタービンズの構成員が声をかけてきた。
「ああ、ブリッジまでの案内を頼む」
「はい」
当然、道のりは知っている。が、あくまで部外者である俺が勝手に艦内を出歩くわけにはいかない。それに一応『俺』は客なのだ。
大人しく構成員の女性に付き従ってブラッジまで歩んでいく。
見慣れた扉を抜けた先に、目的の男はいた。
「ようこそ、親愛なる友よ」
いつかどこかの世界で『騙して悪いが』してきそうな、或いは『真人間のまま変態機動』しそうな声が耳に響く。
「大袈裟な真似はよしてくれ。『私』はただの取引相手、そうだろう?」
そう言いつつも悪い気はしない。こういうフランクな態度が名瀬という男の長所でもあるからだ。
「マクマードは元気か?」
「聞くまでもねぇだろ? テイワズが落ち着いてるってことはそういうことだ」
「それもそうか」
まあ、社交辞令というやつだ。
「時に、ウチの『山猫』が一匹、世話になったらしいな。礼を言う」
一匹、という発言にタービンズの何人かがピクリと反応した。おそらくは『人外扱い』したことに対する忌避だと推測する。
だが、それでいい。
『ロプトル』とはそういう人物なのだから。
まあ、名瀬には『私の正体』を教えてあるのだが。
「気にすんな、別件で請け負っただけだ。……それよりも、今回の『仕事』は、ちと危険が過ぎるな。それなりの報酬をいただくことになるぜ?」
笑顔のまま、しかし『威圧感』を交えて名瀬が告げる。
当然、それは承知の上だ。
「無論だ。対価は払う」
「ま、アンタはそうだよな、分かってたさ。
ただ、ウチも『非戦闘員』を抱える身だ、こういうのはこれっきりにしてもらいたいがね」
渋面で語る通り、ハンマーヘッドには名瀬の『家族』がわんさかと乗っている。中には赤子や妊婦までいる。
詳しい内情は省くが、ここはそういう組織なのである。
「とはいえ、他に頼める奴らがいないのも事実だ」
「JPTトラストがいるじゃねぇか」
「正気か? 豚に大砲を持たせたところで扱えるはずもない。あのような烏合の衆に任せるなど万が一にもあり得まい」
「そりゃそうだ」
そんじゃ仕事しますかね、と名瀬は嫌々ながらも業務に戻る。
と言っても『こちらが指定したポイント』に到達するまでは彼はブリッジの指揮官席に座る以外に仕事はない。
必然、手持ち無沙汰に声をかけてくる。
「そういや、仕事内容は『デブリ帯への送迎』で間違いないよな?」
「そうだが? 言っておくがキャンセルはしないぞ。私にも私の目的がある」
「ああそうかい」
どうやら最後の悪足掻きだったようだ。当然、即答する。
というのも、今回彼らに送ってもらうデブリ帯というのは『近年活動が活発化している宇宙海賊が多数出没する危険地帯』なのだ。
例えるなら、絶賛戦争中の地域に正面から乗り込むようなものだ。
だからこそ名瀬は嫌がっている。
だが、そこは『昔馴染み』というのを盾に無理強いさせてもらった。
そうしてハンマーヘッドのブリッジで仁王立ちしていると、構成員の一人に「どうぞ」とゲスト用の席を勧められたので素直に着席する。
その様子を横目で見ていた名瀬が「相変わらず律儀な御仁だ」と呆れた声を出していたが無視する。
だが、これからしばらくの間は大人しくしているしかない。目標地点までは少し距離があるのだ。
俺も手持ち無沙汰になり、徐に懐からペンダントを取り出す。チェーンに繋がれた円形のペンダントは開閉式になっておりそこを開けば一枚の写真が保管してある。
それを眺めると少しだが『安らぐ』。俺の数少ない『癒し』なのである。
が、少し気を抜き過ぎてしまったらしい。
不意にハンマーヘッドが小さく揺れた。本来なら気にするほどの揺れでもないのだが、どういうわけか体勢を維持出来ずに俺は席から転げてしまった。
「っ、おい大丈夫か?」
無重力の艦内にふわりと浮かんだ俺を慌てて引き止めてくれたのは名瀬だった。
そのまま元のゲスト席まで俺を戻してくれる。
「ちゃんとシートベルト付けておけよ?」
「ああ、悪い。いや、普段は問題ないのだが」
「ホントに大丈夫なのかよ……?」
「無論だ。気にしないでくれ」
「アンタがそういうなら、構わねぇが」
納得がいっていない様子で頭を掻きながら名瀬も席へと戻った。
チラリと周囲に目を向けるとブリッジの面々も何事かとこちらに注目していた。
なのでなるだけ平静を保つ。
……しかし、あの程度の揺れで転げてしまうなど。自分で思うよりも疲労が溜まっていたらしい。
自己管理を見直す必要があるな。
思いながら仮面の下部をカシャリと開き、懐から取り出した『薬』を口内へと放り込む。
中身は『強化人間用の調整薬』である。これでしばらくは問題ないはずだ。
そんなことをしていると、ふと、ブリッジがざわざわしていることに気がついた。
何事かと思い声をかける。
「どうかしたか?」
それに答えたのはちょうど隣のブリッジクルーとヒソヒソ話していた女性だった。
少々戸惑い気味にこちらに移動してきた彼女は、何かをこちらに手渡してきた。
「え、と。落としましたよ?」
それを見た俺は不覚にもビクリと反応してしまった。
俺が落とした物とは、何を隠そう先ほど『癒し』を得ていたペンダントだったからである。
慌てて首元を確認すると、どうやらチェーンが外れていたらしく写真が入った部分だけが艦内を漂っていたらしい。
それを理解して少しの羞恥に苛まれる。
さらに厄介なことにブリッジクルーの全員が写真を目撃したらしく、ニヤニヤした顔をこちらに向けてきた。
おまけに名瀬までそんな顔でこちらに振り返ってくる。
「こいつぁ驚いた。アンタ、『子持ち』だったんだな」
「っ、断じて違う。全力で否定する。彼女は、親戚の子どもだ」
まさか『人造人間です』と正直に答えるわけにもいかない。だが咄嗟にいい言葉が思い浮かばず苦しい言い訳になってしまった。
当然、彼女らには嘘だと見破られた。それどころか余計に誤解を深めてしまった感がある。
口元に手を当てて「ふーん」とか「ほーん」とかわざとらしい相槌を打ってくる。
なんというか、妙にぶっ飛ばしたい態度である。
「……というか、私の『素顔』を知っていたのか? 全員?」
ふと気付いたが、写真の『俺』はバリバリ素顔である。
そして共に笑顔で写っているのが『ジュリアンヌ』。それも『肉体年齢』が五歳ほどの時期に撮ったものである。
それを即座に『俺』であると判断したということはそういうことになる。
「あー、そうだな。ここにいる奴らは皆、『両方のアンタ』と面識があるからな。自ずと気付くさ」
そういうものか?
よく分からんが、よくはない。
「まあ、バレたのが貴殿らならまだマシな方か」
「そういうこった。今更、『アンタ』を裏切る真似はしねぇよ。『恩』もあるわけだしな」
「ありがたい。是非ともこの事は内密に。『今』厄介な奴らに知られるわけにはいかないからな」
それはそれとして。とんだ大失態である。面目次第もない。
まさか、こんな凡ミスを俺が犯すとは思わなかった。十分に注意していたつもりだったのだが。
どうも、最近の『激務』のせいで『健康調整』に不具合が生じていたようだ。
俺は改めて気を引き締める。この先、今のような失態は許されない。今が一番大事な時期なのだ。
これまでの人生に意味を与えるためにも必ずや計画を完遂させねばならない。
「あ、その写真について詳しく聞くのはアリだよな?」
「無しだ」
ちなみに三話辺りでトールのPCに写っていたのも彼女です。なんか思わせぶりに書いたら披露する機会を逸してしまった…
ミラージュコロイドは深く考えないでくださいお願いします何でもしますから!