お空を飛びたいです。
カツカツ、と硬い床を革靴が歩む音が響く。
ここは世界の最高権力者が集う場、海上施設『ヴィーンゴールヴ』。
その廊下を歩むのは三人の男。
真っ白な髪をオールバックにした三白眼の男。
茶髪を短く切った優男風の青年。
黒髪を総髪にした壮年の男。
先頭を歩く三白眼の男こそ、ファルク家の
前当主の急死により幼くして当主の座を継いだ彼はその後、年に似合わぬ華々しい功績を次々にあげ、急速に勢力を拡大。セブンスターズでも無視できない権力を手に入れていた。
各当主が放置してきた海賊対策に始まり、世界各国の経済援助、難民救済、また貧困地域への援助なども行ってきた。
もちろん、世界の全てというわけにはいかなかったが、それでも世界が無視できないほどには活動は活発だった。
また、ファルク家の地盤を半数以上も受け継げたことも大きい。
さすがに若輩であるトールを見下して手を切った勢力も存在した中でなんとかパイプを保ってきた。
当然のことながらそのために
大扉を抜けて、セブンスターズの会議場へと辿り着いたトールは、ファルクの席へと腰を下ろす。
その最中、各当主が彼の一挙手一投足注目していた。
護衛の二人は部屋の隅で待機している。
「おや、私が最後だったか」
とぼけたように宣うトールに、イズナリオがわざとらしく咳払いをする。
「ええ、随分遅いので先に始めてしまうところでしたよ」
にこやかに微笑みをたたえながらも据わった瞳で述べるイズナリオ。
その脇ではボードウィン家当主たるガルス・ボードウィンが気まずそうにしている。
「それは失礼した、では始めるとしようか。世界平和を維持する会議を」
現在のセブンスターズはトールが『原作』として認識している記憶とは大きな食い違いを見せていた。
まず、本来であれば絶大な権力を獲得していたイズナリオは、セブンスターズ内に限っては実家とボードウィンしか取り込めておらず。
エリオン家もクジャンを抱き込んだまま、残るバラクザンは静観を決め込んでいた。
そして、現在当主が病床に臥せっているイシュー家に至っては代行たるカルタ・イシューの後見人を
この事が現在のセブンスターズに不和を齎す根本的な原因になっている。
つまり、セブンスターズはすでに三つの勢力に分かれているのだ。
厳密にはエリオンとファリドは協力関係にあるので、トールはイシュー以外のセブンスターズを敵に回しているとも言えた。
幸い、ファリド以外は様子見に徹しているためにトールが干されることはない。
セブンスターズの大方の見解としてはファルクがファリドに勝るとは誰も思っていないのだ。
結局、会議は世界情勢など二の次の、ファルクとファリドの足の引っ張り合いに終わった。
最も、民衆の受けがいいファルクにこれといった汚点は見当たらずファリドは無駄骨を折るだけであったが。
会議を終え、それぞれの当主が会場を去る中、イシュー家当主代行たるカルタはトールに駆け寄った。
「トール、これでよかったのか? イズナリオ様はお前のことを……」
恐らくは会議中に終始イズナリオが口にしていたアーヴラウの件。
具体的には、トールがアーヴラウの蒔苗氏と癒着しているというスキャンダルのことだろう、とトールは考えた。
不安げなカルタの言葉を、トールは鼻で笑う。
「どうせ根拠のない戯言だ、言わせておけ。それに、お前の後見人の件は父上とお前の父上との約束だと言っているだろう?」
カルタの後見人をトールが務めるのはトール自身の発言のみならず、先代とイシュー家現当主の間に結ばれた盟約であることは確かだった。
イシュー家現当主ルグ・イシューも認めている。
「何も心配することはない。
そう言い残し立ち去ろうとするトールに、カルタは何とも言えない表情で黙ってその後ろ姿を見送っていた。
「トール様、『ゲリ』『フレキ』共に準備が完了したとの報告が」
会場を離れたトールに素早く耳打ちするのは茶髪の青年。
それを受けたトールは顔色ひとつ変えず、淡々と返答する。
「わかった、“屋敷”に集めろ、すぐに行くぞ」
「はっ」
頷く青年と、短い返答を返す総髪の男を伴い、トールは自身の屋敷へと向かった。
ファルク家の屋敷は当然ながらヴィーンゴールヴの内部にある。
それとは別に、彼の私邸として確保してある小さな屋敷が郊外に存在していた。
海上施設を抜け、海を渡り、大陸の森の中にあるその屋敷に辿りついたトールは、二階にある一室へと入る。
「おかえりなさいませ、トール様」
部屋の中には二十人ほどの黒ずくめの者たちが跪いていた。
それらを一瞥しトールは口を開く。
「ご苦労。フレキ、ゲリ共に問題はないな?」
トールの問いに、集団の中で一番手前に跪く男が応える。
「共に万全の状態で待機させております。出発前に全員を集めろとのことでしたので」
「ああ、恐らくはこれが直接会う最後の機会になるだろうからな」
その言葉に集団の中から僅かなざわめきが響いた。
「勘違いするな、別に死ぬわけではない。……もっとも、これから世界は激動の時代へと突入する。その中で俺が貴様らと直接会うということが限りなく難しい状況になることは考えるに容易い。
そこで、貴様らへ最後に直接指令を与えたいのだ」
集団が黙ってトールの言葉に耳を傾けるのを確認し、彼は言葉を続ける。
「これから貴様らには
まずは、地球圏における隠密活動及び情報収集に動いてもらうフレキ」
「はっ」
「貴様らは当面はイズナリオの周囲を動いてもらう。残りにはエリオンの監視だ」
「承りました」
集団の一人、フレキ隊隊長グリオは恭しくこうべを垂れた。
「次に、ゲリには圏外圏、つまり火星方面で動いてもらう。細かい指示は追って伝えよう」
「かしこまりました」
集団の一人、ゲリ隊隊長グラドは神妙な面持ちで頷いた。
「そして、ロヴン。お前には俺との通信役になってもらう。お前を通して各隊へと指示を下す」
「お任せください」
集団の先頭にいたロヴンが首を垂れたのを最後に、トールは集団全員に向かって宣言する。
「貴様らには一番危険な任務を遂行してもらう。おそらく命を落とす者も出てくるだろう。
死ぬ時は俺を恨め、遠慮などいらない。この俺が許す」
宣言を終え集団から誰一人として異論が出ないのを確認するとトールは部屋を去る。
「話は以上だ、諸君の働きに期待する」
そう言ってトールは扉を閉めた。
屋敷を出たトールは側を歩く総髪の男に問いかける。
「ここまでで、何人仕留めた?」
それは、海上施設から屋敷までの道中と屋敷にて隠密部隊に指令を下している間にトールたちの動向を伺いに来た他勢力の密偵のことを言っていた。
「四人ですな、思ったよりも少ない」
「そうか、大方、イズナリオの手の者だろう。……では、こちらも動くとしよう」
そう言った直後、背後から声が聞こえてきた。
「ま、待ってくださいよトール様!」
それは16、7歳の少年。トールの側近と似た顔立ちの茶髪の少年が走り寄ってきた。
「ばかっ、お前大声出すんじゃねぇ!」
すかさず嗜める茶髪の青年の言葉に、少年はビクッと反応した。
「ご、ごめん兄貴……でも、もう密偵は片付けてあるんだろ? じゃあいいじゃんか」
「そういう問題じゃーー」
「いい、マグニ」
叱る青年・マグニを手で制しトールは少年に歩み寄る。
「貴様には個別に指令を用意していた。極秘任務というやつだ」
「マジかよ! さっすがトール様、見る目あるねぇ」
「おい、モージ。あんま調子のんじゃねぇぞ」
ふ、と笑みをこぼすトールに少年・モージはいたずらっ子のような笑顔を見せる。
そんな彼にトールは懐からだした紙を手渡す。
「これが指令書だ。覚えたら焼却しろ。それと、護衛対象を守れるんなら後は好きにして構わん」
「は?」
あまりにもあんまりなトールの雑な指示に、マグニが呆気に取られていた。
「えーと、なになに……オルガ・イツカとクーデリア?」
指令書に載せられた顔写真と文字の羅列に疑問符を浮かべるモージ。
どちらも見覚えない顔に名前だとモージは思った。
「そいつらは火星圏の掌握に今後役立つ。そいつらだけは死ぬ気で守れ」
「はっ!」
真剣な顔で告げるトールに、モージも先ほどとは打って変わり真剣な表情でキビキビとした動きで敬礼する。
「よろしい。ならばこれまでだ、ターゲットの下まではミミルが面倒を見てくれる。頼むぞ?」
そう言って、総髪の男に語りかけるトール。
総髪の男・ミミルは顔色ひとつ変えず一礼で返した。
それを受けトールもこの場を立ち去る。
「モージ、死ぬなとは言わねぇ。だが、任務は何としても果たせ」
「ああ、分かってる。俺らをここまで重用してくれたトール様が直々に下してくれた命令だ、死んでも果たす」
決意の篭った瞳で告げるモージに、マグニは満足げに頷きトールの元へと向かった。
トールたちが去った後、モージはミミルに連れられ船で移動を開始していた。
「宇宙に上がってからはデリングが引き継ぐ。閣下から下された命は覚えているな?」
「心配しすぎだぜ、ミミルのじーさん。俺だってもうガキじゃねぇ。ようやくあの人から指令をもらえたんだ、絶対達成する」
「……ふむ、まあよかろう。だが、対象を護衛するだけの任務ではないということは覚えているな?」
「ああ、自由にってやつか? うーん、自由にって言われてもなぁ。これまでも結構自由にやってきたし」
モージが思い出すのは、トールに引き取られてからのこと。
かつて、モージとマグニの兄弟は孤児だった。
モージ自身はまだ幼かったこともあり記憶にはないが、彼ら兄弟を引き取り教育を施し、兄を自らの側近にまでしたのは紛れもなくトール・イブン・ファルクという男だった。
そのため、兄マグニは絶対の忠誠を誓うまでトールを敬愛しているのに対してモージはいまいちその感覚が理解できなかった。
確かにトールに感謝してはいる、信頼もしているが兄ほど絶対の忠誠を誓っているわけではなかった。
モージの知らぬことではあるが、トールはそういう人間だったからモージをこの任務に就かせていた。
その意味を彼が理解することになるのはもう少し先となる。
あっさり風味で進みます。