「こ、紅茶を。お持ちしました」
「うむ、配慮、痛み入る」
「へ……あ、はい! 失礼します!」
そう言って頭を下げた少女は急いで部屋を出て行ってしまった。
幼女を愛でるのは紳士の嗜み、危害を加えるつもりはないのだが。
確か、今の少女はアトラ・ミクスタであったと記憶する。
「トール一佐」
名前を呼ばれ、対面するモージへと視線を移す。もう少し、貴重な癒しを味わいたかったのだが。
仕方ない。
「……成長したなモージ。まあ、未成年のうちに放り出せばこうもなるか」
「その節はどうも。……いや、今はそういう話をしたいわけじゃなくて」
この程度の会話で話題を逸らされるなど未熟。
もう二年くらいは早めにカラードへ修行に出させるべきであったか。
などと、場違いなことを考えているとモージの隣に座る女性が声をかけてきた。
「まずは、初めまして。
私はクーデリア・藍那・バーンスタイン。火星独立自治区クリュセより参りました」
いつまでも話を切り出せないモージを見兼ねたようだ。
無駄な会話は必要ないと、彼女は私とサシで交渉をするつもりのようだ。
ならばこちらも真剣な話し合いを始めよう。
「挨拶は重要だな。
私はトール・イブン・ファルク。
セブンスターズが一角、ファルク家の当主を務めさせていただいている。末席の身ではあるが、ファルク家の家名をかけて此度の交渉に臨ませていただく所存だ」
「っ、はい。私も、私の全てをかけて臨ませていただきます」
いや、そちらまで全力で来なくても構わないのだが。
いつの間にか冷や汗を垂らしながらこちらを凝視している。
「そう堅くならずとも良い。……して、私はそちらのモージ准尉からの打診に応じて参上した次第なのだが。
交渉はクーデリア嬢が担当するということで構わないかな?」
「いえ。これは俺のワガママです。俺がーー」
「私と、彼で担当させていただきます」
横から言葉を重ねたクーデリアは、モージを一瞥して軽く頷く。それに対してモージは少々頬を染めながら目を伏せた。
アオ◯ルかな。
ぶち壊したい。
……思考に妙なノイズが入ったようだ。まずは相手方の話を聞くとしよう。
さて、モージは一体どのような変化を私に見せてくれるのか。
「まず、俺……私が受けた任務に背いたことをこの場で告白させていただきます」
まあ、そうだろうな。あのような場所で所属を明らかにし私に話しかけるなど任務放棄と同義である。
「申し訳ございません」
ソファを立ち、私の横まで来て膝をついた彼は恭しくこうべを垂れた。
……ふむ?
「いや、モージ。そのような
無駄な時間を使わせるな」
「は……? あ、はい。分かりました……」
一瞬、きょとんとしながらもモージは改めてソファに座りなおす。
横ではクーデリアも些か驚いた表情でこちらを見ている。
だが、興味がないので無視する。
私が欲しいのは『口実』だ。
当初の予定では、私の方から適当な理由をでっち上げて鉄華団へと協力要請を出そうと思っていたのだが、モージが思わぬ行動に出たために、そちらをまずは聞いてみることにしたのだ。
現在、我々は孤島にある施設の一室にて交渉に臨んでいる。
モージがストレイドでコンタクトを取ってきた後、彼の言葉に興味を抱いた私は戦闘行動を中止。部隊を撤収させたのちに、部下を二人連れて再度、この場まで赴いた。
鉄華団側でどのようなやりとりがあったのかは知らぬが、到着した頃にはオルガ・イツカ、ビスケット・グリフォン、三日月・オーガス。そしてこの二名だけがおり、交渉を始めるにあたって我々三人だけがこの部屋まで赴いていた。
一体、鉄華団の面々にどういう言い訳をしたのか、それとも全てを打ち明けてこの場に赴く状態まで持ち込んだのか。定かではない。
とはいえ、私の興味はモージの話のみなのでどうでもいいことだ。
「ハーフメタル?」
クーデリアから提示されたのは、なんの変哲も無い。これまでマクマードやその他に語ってきたハーフメタルの取引に関する譲歩だった。
まさか、そんな話をするためだけにわざわざこんな場まで用意したのか?
だったら期待はずれ過ぎる。
ハーフメタルに飛びつくのはエイハブ・リアクターに全てを依存する古き者たちだけだ。
すでに『新エネルギー』とそれに関する条約を地球圏企業と結ぶ私にとっては全く興味ない話。
「……加えて、今後の火星圏発展において。トール・イブン・ファルクの介入権限もお付けいたします」
それを付け加えたのはモージだった。
ふむ、ハーフメタルでは動かないことを彼は知っているし、何かを付けてくることは容易に予想していた。
しかし。
「それだけか?」
「っ!!」
そんな権限だけで私が動くと?
まだ蒔苗との交渉も成立していないのに、発展などと。
そもそも、そのような介入を無くすためにここまで来たのではなかったか?
ダメだ。どういう了見か知らぬが、相手側から足元を見せに来ている。これでは交渉など成り立たぬ。
一体全体、どうしてこうなる。
「……私は、火星で多くの悲劇を見ました。そしてこの旅路で火星だけでなく、我々人類全体が今、抱えている闇を見ました。
私はそれを変えたいと思っています」
「私に演説は効かぬ。私は私の理念でのみ動く。
……スポンサーなら他を当たるんだな」
その理想は気高く、きっと正しいのだろう。
しかしすでに私の価値観はその域を逸脱しており、善悪や正否で物事を見る目はないのだ。
「ギャラルホルンにとって、貴殿は不倶戴天の敵に他ならない。
角笛の威光によって今日まで守られてきた世界の平和は揺るぎなく、また、それを揺るがすことによる弊害、末路を見据えていないものに加担する由縁はない。
……火星のみの平和では事足りぬのだ。
少なくとも私は、全人類規模での平和について俯瞰的視線に立って話をしている」
「ならばなぜーー」
「この交渉に応じたか、か?
簡単なことだ。
私は、私以外の視線から見た人類救済の意見に興味を抱いた。少なくとも、モージの言動から貴殿らがそれを携えて我が前に現れたと認識していた。
要するに、私に予想外をぶつけてくれることを期待している」
「っ!」
ーーその瞬間、クーデリアは目の前の男が『人ではないナニカ』に見えた。人の価値観、人類種としての本能的価値観から逸脱し、まるで人類を管理しているかのような傍観者的視線で彼は物事を見ているように思えた。
否、それよりももっと根幹の部分。
彼がそもそも『人を人と認識していない』という事実に気づき、その悍ましさ、得体の知れなさに恐怖を抱いた。
「相変わらず、無茶を言ってくれる……」
「そちらも随分な無茶を言っていると思うぞモージ。ギャラルホルンという体制に対して真っ向から反対する思想、理念、行動を起こそうという貴殿らを、そのギャラルホルンの重役たる人物に見逃してほしいと要求しているのだ。
ん、そういえば結論はそこに行き着くということに間違いはないな?」
その程で話を進めてきたが。
「ええ、間違いありません」
「ならば、其れ相応の対価を用意せよ。無条件の助けなど生ぬるい。そのような無茶が通るのは、相手が思念なき俗物である場合に限る」
金のなる木、とクーデリアを見込んだ輩は早々に彼女に取り入った。結局は、クーデリアの働きよって発生する利益に群がるハイエナである。
そうではない。私が望むのはそのような腐り果てたものではない。そんなものは物語の幕引きに似合わない。
「私が求めているのは此度の協力
クーデリアと鉄華団は、トールとは何ら関係ない。そう言い張れるほどのビジネスライク。
今回の共闘のみに絞った対価を望む。
現在、彼女らはなんら実績を示していない。ドルトの改革であっても、あれは労働者の長き戦いがクーデリアのほんの一押しで達せられただけであり、彼女だけの功績は未だ無い。
実績がないにも関わらず、秩序を乱すなど、ギャラルホルンとしては見過ごせない。
……と、ここまで屁理屈を述べたきたが実のところ、正義などどうでもよい。ただ、ふざけた条件での協力など不本意なので少々いじわるをしてみようというわけだ。
さてさて、次はどのような譲歩が飛び出すのか。
「……貴方は、いったい何を守るのですか?」
「ふむ? 質問の意図が読めんな」
「この腐敗した秩序とは名ばかりのディストピアを維持して一体何を守ろうというのですか?
民ですか?
ならば民とは一体誰のことを言っているのですか?
一部の腐敗した上流階級の者たちですか?
それとも、ドルトに変革を齎したような虐げられる者たちですか?」
「それは語弊を生む。
私が守るのは秩序であり安定。
今の状態こそが数百年の人類の繁栄を支えた概念である事実に変わりはない」
「ならば、なぜ。海賊退治を行うのですか?」
む。
「不条理から民を救うことを使命とするならば、その根本的原因であるこの腐敗した秩序を守るのはなぜですか?
貴方の正義はその時点で矛盾している」
むむ。
これは失態だな。先に正義と理念を語ったのは私だ。
語るに落ちた。
「……続けたまえ」
「っ、わ、私は。私はあなたのその行いが善意からのものであると。そう思っています」
「……」
「もし……もし私の考えに間違いがないのならば、共に、その正義を貫いてみてはもらえませんか?
私が望む変革。そのための力はまだまだ足りません。
ですが、あなたが手を貸してくださるならば。辿り着くべき目標への道のりは大きく縮まることになる。
あなたが語った不変の秩序。そして、あなたが行ってきた人々の救済。
後者があなたの本心であるならば、どうか私と共に来ていただきたい。
……だって、その想いを、『嘘』で終わらせるのは勿体無いですから」
言い切った。清々しいほど爽やかな笑顔で彼女はそう述べて、私に手を差し出した。
……予想以上だ。まさか此の期に及んで私を味方に引き込もうとするとは。中々に肝が据わっている。
私がネチネチ語った嫌味も突破して、その決意をぶつけてきた。
「……」
「トール様……」
緊張の面持ちでこちらの返答を待つ両人。対して腕を組み沈黙する俺。側から見れば結婚の挨拶に向かったカップルと父そのものである。
だからア◯ハルなのか?
いつの間にそんな仲になったんだ。
グラドからそんな報告は聞いていない。
「いいだろう。クーデリア・藍那・バーンスタイン。
貴殿の申し込み、受けさせてもらう」
「っ!! では……!」
「ああ。この時より、私、
「クーデリア!」
俺の言葉にモージは、居ても立っても居られなかったのかクーデリアの手を取ってはしゃぎだした。
「うぇえ!? ちょ、まだトールさんがいらっしゃるので!」
「大丈夫、トール様の『アレ』を乗り切ったらもう何やったって許されるんだから!」
なんでも許すとは言っていない。というかアレってなんだアレって。
「まあ、構わんがな」
「トールさん!?」
この後もしばらく手を取り合ってはしゃいだ二人だったが、落ち着いたのか赤面し恥ずかしげにもじもじしながら謝罪してきた。
……モージだけに? やっぱりア◯ハルぶち壊したい。
いかんな、今日は思考に妙なノイズが入る。
早急にこの二人から距離をとった方がいいだろう。
「今後については明日改めての方がいいだろう」
色々とな。……やっぱりア(ry
「……分かりました」
真剣な顔に戻ったクーデリアがそう応える。
モージも同じく真剣に頷く。
……しかし二人の手はそこはかとなく繋がれたままでおまけに恋人繋ぎだったことを俺はしっかりと目にしていた。
やっ(ry
「……待ってくれ」
空気に耐えられず退出しようとしたところで、ひとりでに扉が開かれる。そこから現れたのは鉄華団が長、オルガ・イツカであった。
「何用かな? 交渉は無事に済んだ。今後、
「いや……それよりも確実な方法がある」
「なに?」
そう言ってオルガがスッと横にズレる。
その後ろから現れたのは、ラフな格好をしたツインテールの女性だった。
必死に記憶を探り、該当する人物を探す。しかし脇役だったのかどうにも思い出せない。喉元までは出掛かっているのだが。
対して女性の方は、目をキラキラさせながら興奮気味で口を開いた。
「お久しぶりです、トールさん!!
……やっと、お会いできましたね」
目端に光るものを携えながら彼女は言う。
いや、誰だ。
すまんが知らない顔だ。
素直にそう述べると目に見えて落ち込んだ。
が、すぐに立ち直り、怒気混じりで問い返す。
「正気ですか!? 覚えていらっしゃらない!?
コロニー21の事件で会いましたよね!?」
事件は覚えているが。
「……知らんな」
このような活発な女性と知り合った記憶はない。
それにあの頃は若く、弱かったので賊を殺すことで精一杯だったから他のことを気に留める余裕はなかった。
その後も事件に関連した質問が飛んでくるが、やはり覚えがない。まさか新手の美人局か?
そう思い始めていると痺れを切らしたように青筋を額に浮かべた彼女が吠えた。
「ほら、十年前に海賊から助けてもらった!!
エーコ・
エーコ。
どこかで聞いた覚えのある名前だ。
次回……!!
まだエドモントンに着かない!!!!
いや、ほら決闘(という名の公開処刑)が無しになった関係の尺合わせとかさ……
今後の展開について参考程度に(2回目
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光堕ちトールくん
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闇堕ちトールくん
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ド外道トールくん
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世にコジマのあらんことを
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おい、ガンダムしろよ