自分の名前が嫌いだった
童謡に出てくる子どもっぽい名前
自分はそんなに子どもじゃない
でもこの名前である限り
周りからは見下されると思ってた
だから下の名前を呼ばれるのは嫌い
なのに最近では
この名前でもいいと思えてきた
その理由は
魔法使いさんの魔法に掛かったから
かもしれません
―――――――――
「は〜い、ありすちゃ〜ん、もう少し目線を下げて〜……そうそうそんな感じ! いいよいいよ〜!」
「…………」
皆さんこんにちは。橘ありすです。私は今、全国にチェーン展開している写真店の宣伝用ポスターのモデルとして撮影に臨んでいます。
撮影が始まった時には『子どもっぽくぬいぐるみで遊んでる風景を』とのことでしたが、私専属のプロデューサーさんが『彼女はもうプロですから』と言ってくれたので、本当に大人のモデルさんみたいに撮影が進んでいます。
当初の予定では可愛い白のワンピースを着用するはずだったのに、今は空色のドレスでの撮影。確か……Aラインドレスという種類で、袖がロングスリーブになってます。この袖にはパンジーの刺繍が施されていて、本当のお姫様になれたみたいでちょっと嬉しい。
ただ今は造花のバラさんたちが飾られている中心に私がいる状態で撮影してるのですが、今回はハイヒールを履いているので立ってるのはちょっと辛いです。
大人になれば履き慣れるのでしょうか?
「一回休憩挟みま〜す!」
「分かりました」
休憩時間になりました。少しだけ気を脱いてもいい時です。
「大丈夫か、ありす?」
「これくらい平気です」
プロデューサーさんが来てくれましたけど、これくらいで手を借りてられません。私は早く一人前になってプロデューサーさんと肩を並べられるアイドルになるんですから。
でも―――
ふらっ
―――履き慣れないハイヒールと長時間同じ体勢でいたのもあって、私は大きく体勢を崩してしまいました。
すると側にいたプロデューサーさんがしっかりと私のことを抱きとめてくれました。前の私なら恥ずかしいと思っていましたが、今の私は喜んでしまっています。
だってプロデューサーさんのことが大好きだから♡
「ほら言わんこっちゃない。素直に甘えとけ」
「はい……♡」
「それじゃ運びますよ、素直になれないお姫様」
「♪♡」
大好きなプロデューサーさんは私をお姫様抱っこしてくれて、休憩スペースまで運んでくれます。前の私なら周りの目を気にして照れ隠しに怒っていたかもしれませんが、今はそんなことしません。怒ったって余計に子どもっぽく映るだけですからね。
「お、なんかその画いいね! 一枚いいかな?」
「自分の顔は写さないで、彼女にだけ合わせてください」
「一枚くらいそういうのがあってもいいじゃないですか」
「ありすちゃんの言う通り! んじゃ撮るよ〜♪」
パシャパシャ、パシャ!
(一枚じゃなくて三枚も撮ってるじゃねぇか、このカメラマン)
「それ、良かったらデータください、思い出に残しておきたいので♡」
「ならあとでプロデューサーさんのパソコンに送っておくよ♪」
「ありがとうございます、お願いします♡」
(……ありすが楽しそうだからいいか)
―――
「写真のデータが送られてきたら絶対に私に送ってくださいね? 消したらもうプロデューサーさんとおしゃべりしませんから」
「分かったって……てかこの短時間でそのこと言うの五度目だぞ?」
「だってプロデューサーさんだったら消しちゃうかもしれないじゃないですか〜」
「だからしないって」
プロデューサーさんは私と写真に写ることが苦手みたい。なんでも私が隣に写ってると自分がおじさんに見えて嫌なんだそうです。私はそんなこと全然思ったことないのに。
私は事務所に内緒でプロデューサーさんと大人のお付き合いしてます。私はまだ小学生でプロデューサーさんは私と十六も歳の離れた大人……世間から見ればそれはおかしなことですが、私は本当にプロデューサーさんのことが大好きです。
早く大人になりたいと、周りの大人はみんな嘘つきだと、変に背伸びしていた私と同じ目線になってアイドルにしてくれた運命の人。そんな人だからこそ歳の差なんて気にしてられません。プロデューサーさんが誰かに取られちゃわないように私が結婚出来る年齢になるまで、何としてでも繋ぎ止めてなくてはいけませんから。
恋は脳内麻薬の一種で長くても三年しか効果は保たないとインターネットで情報を得ました。しかしそれと同時にインターネットにはどうすれば相手がその状態になるかという方法も載ってます。だから私は努力して、これからもプロデューサーさんが私にドキドキしてくれるように、また私もプロデューサーさんをずっとずっと好きでいられるように食べ物とか習慣とか身近なことから取り組んでます。
「プロデューサーさん」
「? 何か飲むか?」
「違います。あ、でも苦めのチョコレート欲しいです」
「ほいほい……ありすは最近よくこのチョコレート食べてるけど、食べ過ぎるなよ?」
「合間合間で食べるだけですから、ご心配なく。これもプロデューサーさんのためですし♡」
「???」
プロデューサーさんはチョコレートにどんな効果があるかなんて知りません。
チョコレートのカカオにはPEAという別名「ときめきホルモン」という恋愛系ホルモンが含まれてます。それを食べることでPEAの分泌量を増やし、より恋に落ちやすくします。
他にもチーズだったり、私は飲めませんが赤ワインなんかにも含まれてます。
「私はプロデューサーさんのことが大好きですから、プロデューサーさんと私の幸せな未来のために努力を怠りません♡」
「へいへい、あんがと。でも危ない発言はよくない」
「素直になれと私に言い聞かせてきたのは、プロデューサーさん自身ですよ?♡」
「TPOを弁えてくれ」
「わがままなプロデューサーさんですねぇ♡」
でも大好きです♡ プロデューサーさんに恋をしてからの私は背伸びではなくて、心から早く大人になりたいと思うようになりました。
だってこれだけ大好きなプロデューサーさんと結婚出来たら、これまで以上に幸せになれるんですから、なりたいじゃないですか♡
「まあ、何にしたってまだ仕事中だから気をつけてくれ」
「は〜い♡」
―――――――――
撮影も無事に終わり、私とプロデューサーさんは事務所へと戻ってきました。上への報告も終わり、私たちはプロデューサーさん用にあてがわれたオフィスに戻り、プロデューサーさんのデスクの前にいます。もちろんプロデューサーさんは私をお膝の上に乗せている状態です。
「監視なんてしてなくてもちゃんと送るよ」
「この目で確認しないと嫌ですから」
「はいはい……ほら送ったぞ」
ブブッ
良かった♡ ちゃんと私のタブレットの方に通知が来ました♡ 来なかったらプロデューサーさんのほっぺたをプロデューサーさんが痛がらない程度にペチペチしてしまうところでした。
「コピー機借りますね♡」
「はいよ〜」
もう使い慣れたここのコピー機。家でやってもいいんですけど、やっぱり今回のはすぐに欲しくて私は急いで作業に移ります。それが終わったらプロデューサーさんのお膝の上にまた戻る予定です♡
「……なぁ、ありす」
「はい、どうしました?」
「何枚現像する気なんだ?」
「え?」
プロデューサーさんの質問の意図が分かりません。それに私はまだ五枚しか現像してませんよ。変なことを訊くんですねプロデューサーさんは。
「一枚もあれば十分だろ? データはあるんだから」
「一枚なんかでは足りませんよ」
「どうしてだよ?」
「今回のは今までの中でも一番のお気に入りです。ですからアルバム用と手帳に入れておく用、お部屋に飾る用、額縁に入れて飾る用、ペンダントトップに入れる用、それから――」
「うん、もういい。好きにしてくれ」
「はいっ♡」
全く、変なプロデューサーさん。でも大好きです♡
「〜♡」
「…………」
(彼女が可愛くて浄化されそう……)
―――
私の作業も終わり、あとの私は大好きなプロデューサーさんのお膝の上に戻って大人しくプロデューサーさんのお仕事が終わるのを待ってます。
その間に何回か事務員さんが訪ねて来られましたが、私は気にしません。私くらいの年齢であれば、まさか私たちが付き合ってるだなんて誰も思わないからです。
でも来年からは私も中学生ですし、少し弁えないといけません。この時間がなくなるのはとても寂しいですし、辛いです。こういう場合だけはまだ子どもでいたいなんて思ってしまうくらい。
「ありす、今日ご両親の帰りは?」
「いつも通りですよ。両親は忙しいですから」
「そうか」
私の両親は共働きで忙しい。でも決して私を放置しているのではなく、私を育てるため、生活のためにと働いてる。最初こそはそれが嫌で早く大人になって自立したいという気持ちがありました。でも今は違います。
実際に自分が親とは職種が全く違くても、お仕事をするようになって分かりました。そしてプロデューサーさんのお仕事に対する姿勢や取り組み方も、これまでの私の考えを覆すのに十分なお手本です。
だから私は親の帰りが遅くても今では素直に待てますし、親がすぐ寛げるようにお風呂とかの準備もしています。家族だからこそ支え合う……親がいなければ私はこの世に生まれてなかったし、プロデューサーさんと出会うこともなかったんですから。
それに―――
「んじゃ、何か食べたいのあるか?」
「これといったのはないです」
「そうか……ならスーパーで安売りしてるの見て決めるか」
「はい♡」
―――今ではプロデューサーさんが私の両親が帰ってくるまで私の家にいてくれますし、プロデューサーさんが手料理をご馳走してくれますから♡
両親はプロデューサーさんが私にそこまでしてくれていつも助かってるようですが、私としては一番恋人らしく過ごせる時間なので両親に感謝しつつ、ちょっとごめんなさいと思ってます。
「いちごが安売りしてたらまた私がいちごパスタ作ってあげます!♡」
「…………いや、その時はそのいちごでいちごパンケーキ作ってやるよ」
「っ……いちごが安売りしてるといいですね!♡」
「そうだな」
(まあ高くてもいちごくらいならいつでも買ってやるんだがな)
このように私たちは晩ごはんのお話で盛り上がり、プロデューサーさんのお仕事が終わってからスーパーに寄って私の家に行きました。
流石にそのあとのことは恥ずかしいのでお見せするのは無理ですが……いっぱいちゅうしちゃいました♡―――
橘ありす♢完
橘ありす編終わりです!
ありすちゃんはやっぱり可愛い。大人振ってても溢れ出るキュートさがありすちゃんの魅力です!
お粗末様でした☆