デレマス◇ラブストーリーズ《完結》   作:室賀小史郎

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八神マキノ編

 

 未だにアイドルをする自分を

 

 客観的に見てみると

 

 つい笑いが込み上げてくる

 

 だって

 

 一番自分にはないと思っていた

 

 ありえない自分の姿だから

 

 でもやってみて

 

 本当に面白いと思ってる

 

 私をそういう風にしたのは

 

 きっとずば抜けて馬鹿か

 

 もしくは天才の

 

 魔法使いのせいでしょうね

 

 ―――――――――

 

 私はアイドルの八神マキノ。高校3年という自分の今後の進路を大きく左右する時期に、私はアイドルになった。

 大学受験は一応受けるつもり。それでアイドルの方も辞めるつもりはない……というか、そっちは私が心配する必要がないの。だって私の専属プロデューサーに任せておけばいいんだもの。適材適所よ。

 それで私は今何をしているのかというと―――

 

「マキノは紅茶でいいかな?」

「ええ、ありがとう、プロデューサー」

「熱いから火傷しないようにね」

「ありがとう」

 

 ―――オフをプロデューサーのマンションの部屋で過ごしてる。

 

 どういうことか簡単に説明すると、私とプロデューサーは事務所には関係を秘密にしている恋人同士。

 普段ならレッスンをしたり、何かの仕事に出向いたりするけど、今日はオフなの。そしてプロデューサーは仕事だけどそれは在宅でもいい仕事みたいだから、今日は自宅で仕事をする。だから私はお邪魔したの。

 普段から仕事の話は良くするけど、恋人らしく過ごせる時間が私たちには圧倒的に少ない。だからこの機会を逃してはいけない。私はもっとこの人を知りたいから。

 

 ―――――――――

 ――――――

 ―――

 

 私たちの出会い方は不思議なものだった。

 最初に街で声をかけてきたプロデューサーは頭が悪そうに見えて、実は狡猾な人。

 だからその口車に乗せられてアイドルになった。

 

 アイドルをやってみて思ったことは頭を使う仕事だということね。

 己を知り、己の強みを見出し、己を売り込む……頭をフル回転させないと分からないことよ。

 

 でもその全てのノウハウを私に叩き込んでくれたのが、この人。

 その考えや物事の捉え方に感銘を受けた私は、いつしか彼に憧れを抱くようになった。

 

 でもそんな日々を過ごしていると、いつの間にか私の中に占める彼の割合が憧れでは収まらない程に膨れ上がっていたことが分かったの。

 自分で自分を常に分析するのが大切だと習った。だからこれが憧れから恋に変わったんだとすぐに理解したわ。

 でもこれが不思議でね、頭では理解しても心が理解していなかった。彼に声をかけられただけで私の胸はときめき、彼と目が合っただけで私は呼吸をすることすらも忘れて彼に夢中になっていた。

 どうすればいいのか分からなかった。でも前の私とは全く違う。だってアイドルになってから堂々と胸を張って友達と呼べる仲間がいたから。

 

 私は彼とどうなりたいのか、頭では理解出来てた。

 あとはどうすればいいのか、仲間たちに相談し、やっとの思いで告白まで行ったの。

 

 ―――

 ――――――

 ―――――――――

 

 でも彼って酷いのよ。私が頑張って、やっとの思いで告白したのに、『あぁ、その言葉を待ってた』だけなんだもの。

 私の好意を知っててほくそ笑んでたのよ。この人。

 

「そんなに睨まれてると気になるんだけど?」

「っ……睨んでないわ」

「そう? ならいいや。マッキーなら何かあれば言ってくれるもんね」

「……そうね……」

 

 またこれよ。私は彼限定で、彼から微笑みを向けられると途端に態度を軟化させてしまう。惚れた弱みというはこういうことを言うのかしらね。実は睨んでいたのだけれど、彼を睨んだところで私の負けは確定している。だって私と彼の間には圧倒的に差があるもの。

 彼の手腕でアイドルの私はそのままの私でファンに受け入れられているし、東京のテレビ番組からも度々ゲストとして出演オファーが届いてる。

 自分だから言えるけど、自分みたいなアイドルって可愛げもなくて応援する気なんて起きないと思うの。いつも理屈っぽくて、私にその気はないけど相手へキツい言葉を返してしまう。

 でも彼はそんな私の自分のイメージを変えぬまま、新しいアイドルとして世に出した。そして私の最愛の人にまでなった彼を私は愛せずにはいられない。私も口や頭では理屈をこねてもただの女だったということね。

 

「マキノも見てみる?」

「貴方の邪魔にならないのなら」

「じゃあ隣においで」

「っ……今行くわ」

 

 声が思わず震えてしまった。変な奴だと思われてないかしら。

 だって急に笑顔で「おいで」なんて言われたらときめくじゃない。それが好きな相手からなら余計によ。

 

 平静を装いつつ私がプロデューサーの隣に移動すると、彼は自然な動作で私の肩に手を回し、その距離を0にしてくる。

 彼のノートパソコンの画面には、今彼が計画している私が入っているユニット『ロワイヤルスタイルND』の大掛かりなライブについてのことが映し出されていた。

 でも私の心はそんなのどうでも良くて、彼との距離の近さに感動を覚えている。

 

 普段ならこんな距離でいられない。今だからこそいれる恋人という距離に、私はこの上ない幸せを感じている。

 

「そんなに睨まないで」

「っ……睨んでない」

「マキノは眉間にシワを寄せ過ぎだ。濃くなる前に直した方がいいぞ」

「何を……きゃっ」

 

 私は突然のことに小さく声をあげてしまった。だって彼ったら空いている手で私の眉間をぐりぐりと押さえてくるんだもの。

 

「はは、マキノでもそんな可愛い悲鳴あげるんだね。僕にそっちの気はないんだけど、確かにこんなマキノを見るとゾクゾクするから、こういうのが好きだっていう人の気持ちが少し分かるよ」

「きゅ、急だったから驚いただけよ。それに貴方は十分にサド気質だと思うわ。腹黒いところとか特に」

「そうかな? 僕はノーマルなNくんなんだけど?」

「貴方みたいなのがノーマルなはずないでしょ」

 

 そもそも私みたいに可愛げのない女とこうしてるだけでノーマルじゃないし、人が困ってる様を嬉々として見ていられるなんてノーマルの人に失礼だわ。

 

「マキノが言うならそうなんだろうね。ところでキスしてもいいかな?」

「は?」

「だからキスしてもいいかな?」

「……どうして?」

「せっかくの2人きりだし、マキノがずっと睨んでたからキスして欲しいんだと思って」

「…………好きにしたら?♡」

 

 口では相変わらず可愛くないことを返した私だけど、その口から出た声色は弾んでいた。

 それを聞いたプロデューサーは『ほらね』とでも言いたげに愉快そうに笑う。

 そうよ。キスしたかったわよ。素直じゃなくて、可愛くない彼女でごめんなさいね。

 

 だって好きな人が手を伸ばせば届く空間にいるんだもの、ときめくでしょう。

 そんな人に肩を抱き寄せられたら、期待だってするでしょう。

 自分はこの人にとって特別なんだって気持ちをより一層強くさせるでしょう。

 

「するなら早くしてくれない?♡」

「早く済ませていいのかな?」

「それくらいも察せない人だとは思ってないわ♡」

「光栄だね。じゃあ、僕の目を見て」

「…………っ♡」

 

 優しい眼差しに吸い込まれる私。まるで夢の中にいるみたい。

 でもプロデューサーにキスされた途端に、それは夢ではないのだと現実に戻される。

 でも戻されたところで、好きな人とのキスというまた幸せな夢の中に誘われる。

 

「ぷはぁ……プロデューサー……好き♡」

「僕もマキノのことが好きだよ。不器用で甘え下手で、でも実はとっても乗せられやすくて、可愛い」

「納得出来ないけど、貴方からの評価は信頼してるから受け入れてあげるわ♡」

「受け入れられなくても僕は嘘を吐かない」

「そうね♡」

「あぁ、でも最後の可愛いってのは色眼鏡だろうね。僕はマキノのことが好きだから」

「り、理解してるわ♡」

 

 不意にかけられた言葉に思わず狼狽した私を、プロデューサーはまた愉快そうに笑う。私が恥ずかしい思いをしていると頭では理解しているのに、心はそれを心地良く思っている。

 きっとそれは彼色に染まってしまったからなのかもしれない。

 

「可愛いよ、僕だけのマキノ」

「っ……ずるいっ」

「何が?」

「わ、私も貴方のこと褒めたい!」

「? いつでもどうぞ?」

「か、格好いい、わ♡」

「もう30歳目前のおっさんだけどな」

「頭がいい、わ♡」

「伊達にこの業界に入ってそれなりに経つからね」

「は、博識だわ♡」

「それはマキノと一緒で好奇心に従って色々と調べただけだよ」

「もう、どうしてそうやって素直じゃないのよ!」

 

 私ばっかり素直にさせられて不公平よ。少しは私みたいに照れたり、恥ずかしがったり……せめてはにかむとかしなさいよ!

 

「僕は思ったままを言ってるだけだよ?」

「全部屁理屈じゃない」

「大人ってのはそういうものだよ」

「理解はするけど、心ではし難いわ。私はもっと素直な貴方の反応を見たい」

「結構欲望に忠実なはずなんだけど?」

「もっと欲しいの」

「案外欲張りなんだね」

「いいじゃない。私は貴方の特別なんだから、望みを言う権利はあるわ」

「それもそうだね。じゃあ照れるからあんまり褒めないでくれ」

「"じゃあ"の意味が理解し難いわ」

 

 照れ隠しで屁理屈を返していたのね。ならもっと褒めてやるわ。

 

「素敵よ、プロデューサー♡ 私をプロデュースするその手腕は見事だし、私を扱う天才だわ♡ もっともっと私を惚れさせて、今よりもっともっと私を貴方に夢中にさせて♡」

「おぉ、いつもより情熱的」

「…………謀ったわね?」

「はは、でも嬉しいよ。本当だよ?」

「悔しいけど信じてあげる」

 

 そうよね。プロデューサーに私が勝てるはず無いものね。勝てているなら、私はアイドルなんて未知の領域に進んでいないもの。

 彼だから今の私がいて、彼だから今の私の幸せがある。十分に理解出来るわ。

 

「ねぇねぇマキノ」

「何?」

「これからも僕と幸せになろうね」

「何を言い出すのかと思えば……全く♡」

 

 そんなの当たり前過ぎよ。でもこうして言葉にされると、なんとも言えない幸福感があるわね。

 

「言葉にするのは大切だからね」

「ええ、そうね♡」

「高校を卒業したら東京で僕と同棲しない?」

「あら、そんなこといいのかしら?♡」

「ご両親に挨拶しに行かないとね」

「本気なのね……いいわよ♡ 責任取ってくれるんでしょう?♡」

「東京でならより確実にトップアイドルにすることが出来るからね。東京の本社からも声はかかってるし、プランもいくつも練ってある」

「なら私は貴方を信じるだけね♡ 次のオフにでも私の家に来てもらおうじゃない♡」

「そうしよう」

「その前に私をより本気にさせるプランを実行してもらおうかしら♡」

「マキノは焦らされると喜ぶから、この仕事が終わったら決行するね」

「イジワル♡」

 

 でもそんな彼を私はとても愛してる。

 だからこれからも私はきっと彼の隣にいると確信してるわ。

 この愛を心が深く理解しているから―――。

 

 八神マキノ♢完




八神マキノ編終わりです!

クールでも思いの外首ったけなマキノちゃんは可愛いと思って!

お粗末様でした☆

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