デレマス◇ラブストーリーズ《完結》   作:室賀小史郎

183 / 196
村上巴編

 

 女だからと

 

 舐められたら終わり

 

 だから

 

 舐められんように

 

 勝負事には勝ちに行く

 

 いつもそうしてた

 

 でもな

 

 女っちゅうもんは

 

 好いた男を前にすると

 

 無条件で負けるもんじゃ

 

 それがよう身に沁みた

 

 ―――――――――

 

 カポーン

 

 自宅の庭にある鹿威しが静かに響く中、うちは専属プロデューサーの膝の上に頭を預けて大広間にいる。

 大きな漆塗りのテーブルを挟んで、うちらと向かい合うのは親父と母様(かかさま)。まあ周りにはうちの家で親父が面倒みてる若い衆がうちらを囲むようにしているが、今に始まったことじゃない。

 

 今日はアイドルの仕事とは別にとっても大事な話が両親からあるようじゃから、プロデューサーにはわざわざスーツ姿で来てもらった。

 出迎えたと同時にうちは謝ったんじゃが、プロデューサーは相変わらず男前に『これくらいどうってことないよ』と笑って許してくれた。懐の大きい男はええのぅ。

 でもそれに甘えてばかりいるのはいけん……とは、うちも自分でよう思うとるんじゃが、いかんせんプロデューサーはうちを駄目にするすぺしゃりすとじゃ。だからいつものように膝の上で今日もうちはプロデューサーに甘えとる。

 

「それで、お話というのは?」

 

 プロデューサーは姿勢を正してうちの両親に向き直る。でも右手は変わらずうちの髪を優しく梳いてくれてて、うちは猫でもないのに「にゃ〜♡」とつい甘えた声をあげた。

 

「いやなに、大切な話なんて一つしかないだろう?」

「そうですよ、〇〇さん」

 

 両親の言葉にプロデューサーは「はて?」と小首を傾げる。うちとしても両親がわざわざプロデューサーに何を話すのか検討がつかん。

 すると親父が豪快に笑い出し、普段は微笑むばかりの母様も僅かに笑い声をあげた。

 

「がっはっは! そう謙遜する必要はないぞ! まあそこもお主の美点だがな!」

「ふふふっ、そうですね。〇〇さんは出来た方ですものね」

 

 珍しく二人が肩を揺らして笑う。それに加えて周りの若い衆は満足そうに頷くばかり。

 そして一頻り笑い終えると、親父の目配せで若い衆を束ねるもんが御膳を運んできた。

 その上には何か達筆な文字が書かれた文らしき紙と母様が手掛けるブランドの万年筆、それもうちとプロデューサーの名前が金色で書かれた物が。

 うちはプロデューサーの膝の上で甘えていたいし、紙の内容には興味もなかったからすぐに寝返りを打って顔をプロデューサーのお腹に向け、プロデューサーの匂いを堪能することに専念した。

 しかしプロデューサーが息を呑んだ音がしたから、うちは心配になって顔を上げた。

 

「そう驚くこともなかろう。そのように儂らの娘が懸想しているならば、その手のことに署名するくらい容易いだろうて」

「それに拝見したところ、〇〇さんも巴を大層かわいがっている様子。私たちは反対なんてしません。巴を幸せに出来る殿方であるならばそれで」

 

 両親共に何を言ってるんじゃ? プロデューサーはうちが認める大和漢じゃ。変なことなんてこれっぽっちもせん。うちだって好いてもいない男の膝に甘えるほど幼くはない。

 

「…………署名をすることは出来ません。してしまうと、彼女との約束を破ることになります」

 

 重々しく、苦虫を噛み潰すようにプロデューサーが言葉を返すと、一気に周りの空気が冷たくなるのを感じた。

 いかん、このままだとプロデューサーが危ない。

 そう直感したうちがプロデューサーを庇ってその背中に抱きつくと、プロデューサーがうちの手をそっと外した。

 

「大事なことだから」

 

 プロデューサーはいつも以上に優しい表情と声でそう言って、うちの髪をまたひと撫でしてから両親に向き直る。

 

「自分はご両親がこうして認めてくださっても、署名は出来ません。私には彼女をトップアイドルにするという彼女との約束があります。それを果たすまではどうか……」

 

 プロデューサーはそう言うと、うちの両親のすぐ側まで移動して土下座した。そしてその間も「私は彼女との約束を違えたくないのです」と懇願するように畳に額をつけていた。

 

 うちはそこで初めてちゃんと御膳に乗った紙に目を通した。

 そこにはうちと婚約をするという内容の文があって、うちは顔が熱くなった。

 

 ―――――――――

 ――――――

 ―――

 

 うちはアイドルではあるものの、プロデューサーと付き合うとる。

 こんな異色のうちを演歌アイドルとして世に知らしめ、しかもCDデビューまでさせてくれた御仁じゃ。

 チャラチャラしたアイドルを好いてないうちを真っ向からアイドルにして、その上でうちを常識の型に嵌めずにうちらしく輝かせてくれた。

 そんな人に惚れるなという方が酷な話じゃ。

 

 今でもうちはプロデューサーがうちを演歌アイドルにするという方針を事務所のお偉いさんたちに話したことを、今でも鮮明に覚えとる。

 

『君ね、うちはアイドル事務所なんだよ。確かに新しい試みはいいとは思うけど、それでは売れない確率の方が高いと思うよ』

『何もアイドルじゃなくて演歌部門の方に回せばいい。君に任せたいアイドル候補生はいるんだから』

 

 支部長とその側近がプロデューサーに苦言を言う。考え直せと。

 それは当事者のうちも思った。

 なのにプロデューサーは―――

 

『新たなジャンルを生み出すことも私の仕事です。私は彼女の歌を聴き、惚れました。なので型を破ろうと決意しました』

 

 ―――全責任は私が負います。必ず事務所にも彼女にも不利益を生じさせません。ですからどうか……と頭を下げて説得した。

 プロデューサーは27歳にして事務所にとって既に凄腕の粋で、既に彼の手腕によって世に出たアイドルは個人やグループ問わず多くいる。

 そんなプロデューサーがここまで言うならと、お偉方は頷いてくれた。

 

 そこまでうちの可能性を信じてくれて、いつも自分の仕事をしながらもうちのために動いてくれた人。

 だからうちはプロデューサーの女になりたいと願い、両親もプロデューサーを認めてくれたから今の関係になれた。

 

 ―――

 ――――――

 ―――――――――

 

 なのに婚約までいくなんて聞いてないぞ!

 いや、それはそれで嬉しいんじゃが、うちまだ13だし……ちゅ、ちゅうもまだしてないし……恋人というか、彼女としてまだまだ甘えてる最中だし……婚約者になるなら母様から花嫁修業も請わねばならぬし。

 いやいやいやいや、そもそもその前に―――

 

「親父! 母様! うちはトップアイドルになるまではプロデューサーと婚約せんぞ!」

 

 ―――約束を果たしてないのに婚約者になぞなれんじゃろ!

 

「巴はそれでいいのか? こやつを好いているのだろう?」

「そうよ巴。早い内に話を纏めとかないと、こんな良物け……んんっ、いい人を狙う雌ぎつ……んんっんっ、ハイエナがうろつくでしょう?」

 

 母様、言い直したのにハイエナとは酷い言い様じゃ。色々とツッコミたいところはあったが、そんなことよりもうちの気持ちを伝えることの方が先決じゃ。

 

「いいも何も、プロデューサーはうちだけだと言ってる。現にいつもうち以外の女と話す際にはうちも同席させてくれるし、うちがいない時は警察も使ってる特殊ボイスレコーダーで会話内容を録音して潔白を示してくれとる。正直、こんなにもしてくれる男はそういないと思う」

 

 だからプロデューサーは約束を破る男じゃない。

 

「それとも二人はうちが認めるプロデューサーを信じられんのか?」

 

 それだったらそれで悲しいが、まだ13の娘だからそれも仕方ないのかもしれん。

 うちがそう思ってると両親は揃って勢い良く頭を振る。親父、この前首が痛いと言っていたが、そんなに振って大丈夫なん?

 

「…………二人の気持ち、しかと受け取った。こちらとしては少々不満だが、二人がそれでいいと言うのなら部外者がこれ以上差し出がましいことをする訳にもいかぬ」

「巴が幸せなら私たちはそれで満足です。一人きりの大切な可愛い娘。幸せを願いこそすれ、無理強いはしないわ」

 

「親父、母様……!」

 

 うちはなんて幸せ者なんだろう。愛する家族に、将来を託せるプロデューサー。こんなに幸せなのに、プロデューサーと一緒ならもっとこれから幸せになれるんだから、震えてくる。

 それが嬉しいからなのか、不安からなのかは分からない。

 でもすぐにプロデューサーから肩を抱かれ、嬉しさからの震えに変わった。

 

「必ず君をトップアイドルにする。そうしたら、改めてご両親とご挨拶させてくれ」

「うん、うちも頑張ってトップアイドルになる!♡」

 

 もう我慢出来ない。そう思ったうちはプロデューサーに抱きついて、その勢いのままちゅうをした。

 一瞬だけだったけど、プロデューサーは「これは俺からしようと思ったのに」って笑ってくれた。もちろん両親も笑顔で頷いてた。ただ若い衆はみんな下を向いて肩を震わせてた。笑うことなかろうに!

 ※若い衆の中には幼い頃から巴を見守っていた者も多く、YES巴嬢NOタッチという巴ガチ勢である。よって巴の成長と幸せに歓喜のあまり声を押し殺して皆は泣いていた。

 

 ―――――――――

 

 両親との話も終わると、うちはプロデューサーの手を引いてうちの部屋に連れてきた。

 家ならどこでもイチャつけるが、やっぱり二人きりの空間の方がいいからの。まあそれでもうちの部屋の戸の前には若い衆の誰かが立っているんだけど……それもうちがまだ13だからであって、16になったらここまではしないと母様が言っていた。

 

「プロデューサー、ぶちかっこ良かったんじゃあ♡」

「俺は当然のことを言ったまでだよ。巴こそ、言ってくれてありがとう。これからも俺は巴だけを愛し続けるから」

「はぅ〜、そういうのやめ〜、にやける〜♡」

「今は俺だけだから、存分に可愛い巴を見せてほしいな」

 

 プロデューサーにそう言われて、顎の下を優しくこしょこしょされると、うちは気持ちよくなってプロデューサーが掻いたあぐらのとこに向かい合うようにして座ってしまう。

 こうするとプロデューサーとの距離がとても近くて、一番安心する。事務所でも常にこうしてたいけど流石にそれはまずいから我慢して、控室とかでしてもらってる。

 

「プロデューサーの匂い、好き〜♡」

「匂いだけ?」

「全部好き〜♡」

「俺も巴の全部が好きだよ」

 

 そう言ってからプロデューサーはうちの髪に優しくちゅうしてくれた。でも今は髪じゃなくて―――

 

「今度はプロデューサーからちゃんとちゅうしてほしい〜♡」

「あぁ、もちろん。巴が望むだけ」

 

 ―――恋人同士のちゅうがいい♡

 

 それからうちらは若い衆が声をかけてくるまでずっとちゅうして過ごしてた。

 じゃがちょっと反省。ちゅうが気持ちよくて毎日いっぱいされないと満足出来なくなった。

 まあでも、それもプロデューサーはちゃんと責任とってくれるじゃろ。なんたって将来を約束した仲だから!―――

 

 村上巴⦿完




村上巴編終わりです!

巴嬢は危ない組織の姫様ではなく、ちょっと厳つい組織の姫君である。
そんな彼女と付き合う覚悟あるプロデューサーって凄いですよね!

お粗末様でした☆

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。