未来への遺産   作:塩崎廻音

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第二話 小規模シェルター

「おぉ~、なんでしょう、これ。見たことがない…」

 コンクリート壁に最小限の照明と操作盤だけが取り付けられた、配管も剥き出しの硬質な通路。

 ”衝撃的”な出会いから数十分、シェルターに着いた俺は、命さんの扱いを相談すべくリーダーのもとへ向かうことにした。なにせ、シェルターに外の人間を迎え入れるなんて、”上流”との交易を除けば初めてだ。数日滞在するだけですぐに出立するつもりだとは言っていたが、流石に俺の独断で受け入れを決めるわけにはいかない。

 そんなわけでシェルター内を奥へと進んでいた俺たちだが、命さんが目につくものすべてに興味を持って立ち止まるため、その足取りは遅々として進まなかった。

「…命さん、それは照明と空調の操作盤だよ。下手に動かすと怒られるから触らないで」

「あ、ごめんなさい。つい、物珍しくて…」

「いやまあ、見る分には問題ないからいいんだけど」

「そうですか。なら良かったです……あ、歩夢さん!この部屋の植物は何でしょうか?!なにやら水槽のようなガ物に入っていますが…」

「それは室内用の野菜栽培装置。都市シェルターには人工太陽と畑があるから見たことがないかもね」

「ああ、なるほど。人工太陽の代わりに槽内の照明で育てているのですね?」

「ま、そんなとこ」

 と、そんな感じで色々なものに目を奪われてはしばらく見惚れているため、なかなか道が進まないのだ。今も野菜栽培装置に目を付け、色々と装置の周りを観察しては驚きの声を上げている。まあ、別に急いでいるわけではないので構わないのだが。

「わぁ~、すごいなぁ……小規模シェルターではこうやって野菜を確保しているんですね…」

「いや、ここでとれる野菜だけだと全然足りないけどね。精々が十数人分かな?」

「え?そうなんですか?」

「ここはもともと大人数が長期間住むことを想定していないシェルターらしいからね。色々と不足がちなんだ」

「えっと、それじゃあどうやって生活しているんですか?」

「交易。ここは上流…第三?都市シェルターが近いからね」

「ああ、なるほど…」

 得心が言ったという感じの命さん。このシェルターは狩りで得た肉の一部を上流との交易に回し、米や野菜を手に入れている。自力でそういったものをほとんど栽培できないため、他のシェルターとの交易で手に入れるしかないのだ。もっとも、その「他のシェルター」自体がほとんど存在しないが…

 そのあとしばらく考え事をしていた命さんは、やがて納得がいったように装置の前から離れて歩き出す。一通り観察し終えて好奇心が満たされたようだ。

 と思ったら、今度は配管に備え付けられた圧力計をしげしげと眺めて目を輝かせている。

 

 思うに、命さんは”上流”でも良いところの出なのだろう。操作盤、野菜栽培装置、圧力計。どれも確かに上流では珍しいものだが、庶民層の人間であればそれなりに目にする機会はある。少なくとも、改めて観察するほどの魅力があるものには思えないだろう。逆にそれらが目新しく思うような層というのは、上流の中でも裕福な家庭で、そういった裏舞台を見る必要がない人間。話し言葉からもそうじゃないかとは思っていたが、結構なお嬢様のようだ。

 そう分かってから彼女の振る舞いを見てみると、なるほど育ちの良さそうな感じがある。好奇心に任せてフラフラと歩き回るわりには騒がしい感じがないし、こうして振り回されていても不快感を感じない。たぶん、彼女の人当たりの良さとさりげない気配りが幸いしているのだろう。こちらの説明に対して素直な反応をしてくるし、なんだかんだで一つ一つの物にかける時間はそれほどでもない。好奇心旺盛な様を見て微笑ましさこそこそ感じるものの苛立たしく思う要素がないのだ。

 

 やがて、一通り目につくものを観察し終わった命さんは、ほう、と一息ついて感心したようにこう言った。

「そっか、小規模シェルターの皆さんは、こういう環境で生きているんですね…」

「命さんは都市シェルターの出身らしいけど、こういう小規模シェルターのことはあまり知らない?」

「すみません、恥ずかしながら。教養程度には知っているのですが…」

「いや、謝ることでもないけど。じゃあ、少しだけこのシェルターについて説明しよっか」

「はい、お願いします」

 そう言って、命さんはほほ笑んだ。上流の中には小規模シェルターの人間を見下す奴も多い。そんな中で、この毒気のない笑顔をする命さんの存在が嬉しかった。

「じゃあまずは、”終末戦争”のころ、このシェルターの興りから」

「核戦争で文明が滅び去って、氷河期への対応策がほとんど無くなってしまった頃ですね」

「…さすがにその辺は詳しいね」

「はい。家で色々教えられたので」

 命さんがえへんと胸をはる。仕草がいちいち可愛らしい人だ。

「…もともと氷河期への対策として都市シェルターが作られていたわけだけど、全ての人間がそのシェルターに避難できたわけではなかった」

「都市シェルターの定員もありますが、移動が間に合わなかった人も居たそうですね…」

「そ。で、ここら辺の人は都市シェルターまで行く時間がなかった」

 終末戦争では、主要都市を中心として全世界に核兵器が放たれた。氷河期への対策と共に核戦争への備えとしての機能も持っていた都市シェルターであったが、それを利用できた人間はそう多くはなかったらしい。それほどまでの早さで、終末戦争のもたらす破壊は世界を滅ぼしていったのだ。

「ただ、国が用意していた都市シェルターとは別に、国とは別の組織や裕福な個人が持っていたシェルターも各地に点在していた」

「それが、いわゆる小規模シェルターですね」

 終末戦争は予想以上に早くその戦火を広げていったが、予想外の事態に備えた人間は国以外にも存在した。そう言った人々の備えによって、都市シェルターに避難できなかった人間たちも数多く生存することができた。

「もっとも、俺はここ以外の小規模シェルターは一つしか知らないけど」

「…私は一つも」

 そう言った小規模シェルターは所在がはっきりしていないものも多く、実際にどの程度のシェルターがどこにあるのかを知る人間は、恐らくいない。少なくとも、この近くには上流のシェルターと一つの小規模シェルター以外はなさそうだ。

「でだ。俺の先祖はこの小規模シェルターに逃げ込んだ人たちな訳だけど、このシェルターは元々小さな組織の持ち物で、核戦争から短期間逃げ延びるためだけに作られたシェルターらしくてね。終末戦争が終わった後、氷河期の本格的な到来に対して十分な機能を持っていなかったみたいなんだ」

「そういえば、先ほども十数人分の野菜しか採れないとか…」

「それも問題の一つ。野菜以外にも米や肉なんかの自給ができないとか、あとは医療施設が備わってないとか色々。一応、電力は自前で賄えるみたいだけど」

「それは…」

 命さんが軽く息をのむ。都市シェルターはそれ自体が一つの完結した世界であり、人工太陽を利用した田畑や牧場によって食料を完全に自給できるし、医療施設をはじめとした様々な公的機関が備えられている。その中で生まれ育った命さんからしてみれば、小規模シェルターの生活は不安定で仕方がないように思えるのだろう。

「そんなわけで、特に初めのころは大変だったらしい。特に、食料の調達は本当に大変だったみたい。当時の避難民の中に高位の適応能力者がいなかったら、すぐに全滅していたかも」

「…当時の記録か何かが?」

「うん、ちょっとした手記がね。リーダーが保管しているんだけど」

 前に一度見せてもらったことがあるが、初期の人たちは相当な苦難を乗り越えてきたようだ。手記には簡潔な行動記録が書かれているだけだが、その内容からはかなり悲惨な日々を送っていたであろうことが分かる。

「初期は周りのシェルターと交流することもできなかったからね。このシェルターの人間だけですべてを乗り切らなくてはいけなかった。それがどれだけ大変なのかは、ちょっと想像もできない」

「そうですね…きっと、沢山の……」

 そう語る命さんの表情は暗い。当時の苦難を推し量っているのだろうか。「沢山の」の後に続く言葉は考えないことにする。

「ま、そういう偉大なご先祖様が土台を作ってくれたから、今俺たちはこうして何とか生きていけるってわけ」

「…そうなんですね」

 ただ、結局は不完全なシェルターであるため今だ「取りこぼし」も多い。小規模シェルターには高位の適応能力者が多い、などと言われているが実態はそうでなければ生き延びられなかったというだけだ。そして、そんなことは命さんも承知の上だろう。なにせ、あの上流でさえ年に十数人は…

 

「さて、話はこの辺で終わり。リーダーの部屋にも着いたし」

 そうこう話しているうちの俺たちはリーダーの部屋の前までたどり着いていた。シェルターの奥深く、このシェルターの中では唯一「生存以外の目的」で用意された部屋。

 書庫。

 このシェルターを作った組織は、人間の営みの中でも文字による文化の継承を重視していたようだ。最低限核戦争を乗り切るための設備しか要されていない中で、唯一この書庫だけは生存にすら関係ないにもかかわらず備え付けられた設備だった。

 そして、これがあるがゆえに初代の手記が今まで残されていたわけである。終末戦争から数百年。電子データの類は軒並み利用不能になっている中で紙媒体の記録だけは今も変わらず残されている。多少の劣化はあるが、この書庫は書物の保存に適した環境を整える機能が備えられており、今も変わらず昔の資料を参照できる唯一の場所だ。

 ガチャリと、書庫の入り口の重い扉を開ける。この書庫は代々リーダーの書斎として使われているが、部屋の外から中にいる人間い来訪を伝える機能はなかった。ノックをしても、この重々しい扉は大した音が出ないし、簡易の防音効果もあるらしいこの部屋の中心まではノック音は届かない。

 そんなわけで、この部屋はリーダーの許可を待たずに入室していいことになっていた。

「リーダー居ますか?ちょっと相談したいことが」

「お、お邪魔します…」

 書庫に入り、リーダーを呼ぶ。命さんは俺の後ろに隠れるように、おずおずと中に進んできた。

 この時間、リーダーは通常書庫で仕事をしている。何か問題でも起きていなければこの部屋のどこかにいるはずだが…

「ああ、歩夢さん。早いお帰りですね。狩りは上手くいきましたか?」

 果たして、書庫の奥から声がして、書架の間から人影が姿を現す。

 壮年と言うには少し若い、眼鏡の男。

 名を、茂垣源一。

 若くしてこのシェルターの一切を切り盛りする、皆の信頼も厚いリーダーである。

 


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