▶つづきからはじめる 作:水代
負けた。
負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた。
バッジを全て揃え、挑戦したポケモンリーグで。
対策は完璧のはずだった。それぞれに有利なポケモンを出し、相手の攻撃を読みながら先手を打って行く。
実際にここまでやって来れた、はずだった。
結果は惨敗。
最初の一人、カンナすら突破できずにいとも簡単に負けた。
そう……負けたのだ。
この世界において、初めての敗北に愕然とする自分にけれどカンナは冷徹に告げる。
―――その様ではどれだけ足掻こうと結果は変わらないわ。
目の前が真っ暗になった。
* * *
レベルが足りない。
真っ先に行きついた答えがそれだった。
なるほどさすがは四天王。
このカントー地方において最強の四人だ、ジムリーダーと同じレベルで見てれば負けるのも納得できる。
この世界で一番純粋な力とは『ステータス』であり、ステータスを強化するためには『レベル』を上げるのが一番手っ取り早い。
カントーで最もレベルを上げるのに適した場所と言えば真っ先に思いつくのはハナダの洞窟だが恐らく入ることはできないだろうからチャンピオンロードで修行するしかない。
そうして一か月かけて、レベリングをする。
戦って、戦って、戦って。
幸いにもセキエイ高原はそういう類のトレーナーが多くいて、そのための施設もあって、だから一か月生活に困ることも無く戦い続けた。
そうして一月前よりもさらに強くなったと自負が生まれ。
けれどまだ足りないと考える。
最初のカンナであれだけの強さだったのだ。
だったら四天王の大将であるワタルは一体どれほどの物か。
四天王最後の一人、チャンピオンのワタル。
正式には『ジョウトチャンピオン』であって『カントー四天王』らしいのだが、事実上このワタルに勝利することが『殿堂入り』の条件らしいのでカントー四天王の顔役として、実質上のチャンピオン扱いされている。
使用するタイプは『ドラゴン』と自分で名乗ってはいるが、実際のところパーティの半分くらいは『ドラゴン』タイプじゃない。
カイリュー三体にリザードン、プテラ、ギャラドスと実際には『ひこう』統一された怪獣グループパーティである。
『でんき』タイプに対する一貫性(同じタイプがどのポケモンに対しても通用する)があり、プテラ以外は四倍弱点を抱える最強と謡ってはいるものの実際には弱点を突けば脆いパーティである。
そこを突けるのならば十分に勝機はあると考える。
だがそのためにもまずはレベルが必要だ。
いかに弱点を突こうと、能力が低ければ痛手にはならない。
だからレベルを上げる。ひたすらに、徹底的に、上げ続ける。
体感故に上限は分からない。
だが何となくこれ以上はもう上がらないという予感が唐突に沸いた。
レベル100
ゲームにおいての強さの限界。そこに達したという感覚が確かにあった。
故にここからは反撃の時だ。
圧倒的な能力値の暴力で四天王を蹂躙してやると息巻き、実に三カ月ぶりにポケモンリーグへと再挑戦し。
―――敗北した。
レベルも、能力も、タイプ相性や戦術まで完全に上回っていたはずだった。
実際途中までは四対二とかなり追い詰めていたのだ。
けれども……負けた。
最後の一体、カンナの切り札たるラプラスに三体倒され、負けた。
―――同じよ、何度やろうと。アナタが変わらなければ結果は変わらない。
冷めた目で自分を見つめながら告げるカンナの言葉に、頭が真っ白になり。
目の前が真っ暗になった。
* * *
すでに限界だった。
それでも勝てなかった、四天王の最初の一人すら突破できないまま、惨敗し途方に暮れ。
気づけばトキワシティだった。
カイリューの背から降り立ちながら見渡したそこは懐かしい故郷だった。
途端に溢れ出す郷愁の念に走り出し、生まれ育った実家へと帰る。
家族との再会は随分と久々だったような気がしたが、その実まだ半年も経っていないことに言われて初めて気づく。
普通の子供たちは数週間内に挫折して戻ってくるらしいが、トレーナーとしてやっていける人間はそのまま数年は帰ってこないのが普通らしいので、たった半年で帰って来た自分を家族は随分と心配してくれた。
それから一週間くらいは家で無気力に過ごしていた。
何もやる気が起きなかった。
全力を振り絞った。
死力を尽くした。
それでも届かなかった。
いわゆる燃え尽き症候群というやつだろうか。
それ以上に
つまり、諦めのようなものが心中に巣食っていた。
どうせ自分はここが限界である、と半ばそう思ってしまっていた。
もう一度四天王に挑戦する気力も起きず、ただ無気力に日々を過ごしていく。
幸いというべきか、旅の途中で参加した大会で荒稼ぎした金は数年生きていくだけのものがあり、両親も旅で疲れたんだろうと何も言わなかった。
二週間くらい経った頃、不意にトキワの森へ赴いた。
気まぐれと言えば気まぐれだったのかもしれない。
ただ何となく、ふらっと赴き、立ち止まったのは盛り上がった土に石を並べて木の棒が刺してあるだけの簡素な墓の前だった。
ああ、まだあったんだ。と少しだけ驚きながらピカチュウの墓の前で呆然としていた。
そうこうしていると雨が降り出してくる。
朝から天気が悪かったからそうもなろうと思いながらも傘も持っていなかったため全身が雨に打たれた。
濡れて肌に張り付く衣服の心地悪さを感じながらも、けれどそれをどうにかしようと思う気力すら今は無くて。
―――大丈夫、ですか?
彼女に声をかけられたのはそんな時だった。
* * *
十歳くらいの少女だった。
肩口が白い赤のジャンパーと青のジーンズ、赤い帽子が特徴的な少女だった。
背負ったリュックと腰に下げたボールを見れば少女がトレーナーであることはすぐに察せられた。
少女は『レッド』と名乗った。
初代主人公と同じ名前だと思った。
というかよく見れば初代主人公と同じ服装だった。
そうしてぼんやりとした思考で理解が追いつくと同時に目を見開く。
何で主人公TSしてんだ、と思ったが……そこで叫ばなかったのはファインプレーだっただろう。
どうやらつい最近マサラタウンでトレーナーになり、ピカチュウを相棒にして旅を始めたばかりらしい。
トキワシティに来て早速ジム戦といこうかと思ったらトキワジムが閉まっていたためニビシティへ向かうためにトキワの森へ入ったら雨に降られ、慌ててトキワシティへ帰ろうとしたところで自分を見つけたらしい。
まだ原作序盤か、と内心で思いながらもどうでもいいかとすぐに断じ、大丈夫とだけ答えて少女から視線を外す。
残された少女は何度かこちらを見やりながら、少しだけ迷った素振りを見せて。
―――あの、良かったらこれ……どうぞ。
手にしていた傘をこちらに渡し、同時にトキワシティへと走り出す。
突き出された傘に驚き、咄嗟に受け取ってしまったが代わりに少女がずぶ濡れだった。
だが返そうにもすでに走って遠くに行ってしまっていて。
今度出会ったら返せばいいか、なんて。
もう会うことも無いだろうと考えながら同時にそんなことを思った。
再会は早かった。
フレンドリーショップの軒下でずぶ濡れになった髪をタオルで拭いながら雨宿りする少女の姿を見つけたのはそれから少ししてのことだった。
少女との邂逅によって、何となく墓の前に居続ける気分にもなれなくて、仕方なく帰ろうとしたその帰路で少女を見つけ、嘆息一つと共に家へと連れ帰った。
聞けばこの雨のせいでポケモンセンターの宿泊施設が満員になってしまったらしい。
かと言ってどこかの宿泊施設に泊れるだけのお金が新人トレーナーにあるはずも無く、仕方なくフレンドリーショップの下で雨宿り、止まなければそのまま野宿するしかないかと覚悟を固めていたらしいが、そんな覚悟十歳の少女が固めなくても良いと呆れる。
突然ずぶ濡れで帰って来た自分と連れの少女を見た母親が驚いていたが事情を説明すればすぐに少女を風呂場へと連れて行ってくれる。
多少濡れはしたが自宅なのでそのまま着替える。
着替えている間に少女は風呂から上がったらしく、頬を上気させながらバスタオルで髪を拭いていた。
……何故か自分の服を着て。
どうやら雨で着替えの類が全部濡れてしまったらしく、替えの服も無いらしい。
サイズ的に自分のが一番近いので着ているようだが完全にだぼだぼだった。
そうして宛ての無い少女を一晩泊めることになり、部屋の余りが無いので子供同士部屋で寝ることになった。
まあトレーナーになったばかりということは自分と同じ十歳の子供なのだから当然の成り行きなのかもしれない。
そうして部屋に少女のための布団を敷いていると、少女が目ざとく部屋の机に上に置いたバッジケースに気づいた。
そうして自分がバッジ8つ全てを集めたトレーナーであることを知ると、当然だがはしゃいだ。
カントーのトレーナー人口は約十五万と言われている。
これは世界でもトップレベルの数であり、カントーがポケモンバトルの本場と言われているのにも関係しているのだろう。
だがその中でバッジを持っている人間となると途端に数が減る。
ただトレーナーをするだけならばバッジは必要無いし、腕試しついでに取ったとしても自分の住む町のジムくらいだろう。
わざわざ他の街、それもカントー中を巡って8つ全てのバッジを集めようとするトレーナーなど限られてくる。
十歳になって旅に出た子供の大半は旅の途中で挫折して戻ってくる。
だがいくらかの子供たちはそのままトレーナーとして大成することを夢見て旅を続ける。
その中でバッジ8つを集めることのできる人間はほんの一握り。
バッジ8つを集めなければポケモンリーグに挑戦できない。
逆に言えばトレーナーの頂点を決めるリーグに挑戦するだけの権利が保障されるのがバッジ8つというラインである。
これを集められた時点でエリート中のエリートと言っても過言で無く、当然新人トレーナーからしたら憧れの的と言ったところか。
興奮した様子の少女の姿に僅かに感じる物はあれど、けれど結局自分は
たった半年で、自分の夢は折られた。
挫折し、諦観し、屈折し、達観し、最早今となっては何かをしようとする気力すら沸いてこない。
だから自らの夢を持てる少女が眩しくて、輝かしくて、少しだけ泣きそうだった。
* * *
弟子にしてください。
朝、少女はそう言った。
一晩明ければすっかり空は青く、太陽は輝いていた。
自分はともかく、少女はまだ旅の途中だ、いつまでもここに居るわけにもいかない。
そのために出発の準備を整えた少女は、自分にそう言った。
曰く、同時期に旅に出た
―――勝ちたいんです。
そう告げる。
だがこのままでは勝てない、少女もまたそれが分かっていた。
ポケモンバトルにおいて負けることはトレーナー本人もそうだが、それ以上にポケモンたちに強いストレスを与える。
ポケモンは根本的に闘争を望む本能のようなものがあるため戦い勝利することが一番の喜びとなる。だが逆に戦い負けることは酷く負担がかかる。
そうやって何度も負けていると、トレーナーを信用しなくなり、ほとんど野生のポケモンと変わらなくなってしまうのだ。
そうなってしまえばトレーナーとして成り立たなくなる、つまり事実上の引退である。
勿論他のポケモンをゲットして再び出発、というのもありだがそもそもそこまで堕ちるほど勝てないならばトレーナーに向いていないのだと大半の人間は割り切って諦める。
このままでは目の前の少女もまたそうなるのかもしれない。
原作主人公だろうと、この世界、現実においてはただの人間で、一人の少女だ。
このまま放って置けば……もしかすると。
しばらく思考し、多少の打算も含んだがそれでも自分は頷く。
そうして少女は自分の弟子となった。
* * *
どうして自分は勝てないのだろうか、と考えたことは何度もある。
自慢では無いが自分のポケモンたちは強い。
ゲーム時代の知識に裏打ちされた育成は、自分のポケモンたちに確かな強さを与えた。
見えない数値とは言え、レベルは疾うに限界まで育っているだろう、それだけの戦いをしてきた。
技も揃えた、基礎ポイントだって振ってある、タイプ補完まで考えてパーティを作っている人間など自分を含めて少数だろうし、正直考えつく限りの育成は施した。
もしこれ以上を求めるとするならば。
厳選、その二文字が脳裏を駆け巡り、けれどそれを打ち消す。
ゲーム時代ならばともかく、現実においてそれは余りにも非道であり、外道であり、論外だ。
つまりポケモンに関して、自分はこれ以上強くはできないということに他ならない。
そこまで育てたトレーナーというのはほぼ居ない。
それこそ四天王くらいだろう。
それでも勝てない。
タイプ相性で有利を取って、レベルでも不利を失くし、ゲーム時代の知識という有利を持ってして挑んだにも関わらず惨敗。
何が悪いのか。
そんなもの一つしか無かった。
有体に言えば。
自分に
否、全く無いわけでは無いのだろう。
何せ実際にジムバッジを8つ集めたのだから。
並みのトレーナーよりも遥かに高みにいることは間違いない。
だがカントーの頂点に手が届くほどでもない。
言うなればゲーム時代においてチャンピオンロードの屯っていたトレーナーたち、今の自分の立ち位置とはつまりそこなのだ。
そして同時に、それを踏破しリーグを制する主人公たちと違って。
自分ではそこが限界だと気づいてしまった。
否、正確に言えば、気づかされてしまった、と言うべきか。
自分よりも半年も遅くトレーナーとなった少女に。
幼少よりずっと努力してたどり着いた今に、たった一月で追いついた少女を見て。
何の準備も無く、たった一月で8つのバッジを集めきった少女を見て。
黒い感情が胸の内に渦巻いた。