▶つづきからはじめる 作:水代
―――止めてくれ。
結局それは嫉妬だったのだろう。
―――もう関わらないでくれ。
自分よりも才能に溢れた彼女への嫉妬。
―――お前と居ると、惨めになるんだ。
だから、だから、だから。
―――お前となんて……。
センセイと散々呼び慕ってくれていたはずの少女を、自分は。
―――出会いたくなかったよ。
酷く傷つけた。
* * *
一か月。
レッドが自分の弟子となってから全てのバッジを取得するまでの時間である。
トレーナーになるための多少の勉強こそあれ、何の努力も無く十歳から旅を始めたばかりの子供が。
幼いころより何年もかけて積み重ねていた自分よりも早く、あっさりと。
レッドは8つのバッジを集め、
成長の早い少女だと最初は思った。
将来が楽しみだと少しだけ期待した。
いつの間にか教えることがほとんど無くなっていて。
気づけば、互いの実力は逆転していた。
それでも少女はセンセイ、センセイと自分を慕う。
純真な瞳で、自分を見つめて。
まだ何か教えてくれると、期待している。
もう何も残っていないのに。
自分が教えることができることなんて、とうに尽きているのに。
リーグに行けと言ったのは
或いはそれは妬みだったのかもしれない。
カントーの頂点に挑み、負けて帰ってくればそれは
だから、少女が自分の言う通りにリーグに挑み、ひと月帰ってこなかった時、負けて帰ってこれなかったのだと思っていた。
ざまあみろ、と思わなかったと言えば嘘になる。
どうやって慰めてやろうと暗い悦びがあったのも本当で。
同時に心底醜く腐っていたそんな自分の内心を自覚して、最低だと吐き捨てた。
ああ、もしそこでレッドが負けてしょげて帰って来たならそれでこの話は終わりだったのだろう。
レッドを慰め師弟で共にリーグを目指す、そういう展開になっていたのかもしれない。
―――レッドが勝ってしまったことで、全ての歯車がズレた。
勝った……勝ったのだ、レッドは。
その持ちうる才覚で、教え込んだ知識で、旅の中で得た経験で、カントーの頂点へと立った。
一月もかかったのはつまり新しいチャンピオンの就任のための手続きに手間取っていた期間であり。
自分が醜い嫉妬心から出た言葉を吐き出していた頃にはすでにレッドはカントーのトレーナーの頂点に立っていた。
まるで道化だった。
だが何よりも、それを嬉しそうに報告してくるレッドに心が悲痛な叫びを発した。
どうして、と言いたかった。
そこは自分が目指したはずの場所だ、自分が手に入れるはずだった場所だ。
なのに、どうしてお前がそこに立っているんだ、どうしてお前が……自分より後から旅立ったお前が、自分が居なければ勝てもしなかったお前がそこに居るんだ。
どす黒く薄汚い感情が胸の内から溢れて止まらない。
目の前で自分の心中も知らず無邪気に笑う少女に憎悪すら覚え。
そうして言ってはならない言葉が吐いて出た。
自分が少女を傷つけたと理解したその時。
* * *
過去最年少のチャンピオンレッドが隣のジョウト地方にあるシロガネやまへと姿を消して一か月が経った。
チャンピオンの早々の失踪は世間でも大きく取り上げられ連日話題となった。
そしてその理由を唯一知る自分は……。
―――自宅で安穏と惰眠を貪っていた。
弟子
けれど自分には何の変化も無かった。
当然だ……だって自分はもうすでに折られ、諦めてしまった人間なのだ。
今更簡単に変われるはずも無い、変わる気も無い。
それでも、去り際に見た少女の目に薄っすらと浮かんでいた雫が記憶に焼き付いて離れなかった。
だからどうした、と言う話ではある。
だからって自分が少女を探しに行くこともできない。
シロガネやまはカントージョウト両地方でもぶっちりぎりに危険地帯であり、立ち入るためにはリーグチャンピオンとなり、殿堂入りとして名を刻むしかない。
あの四天王ですら立ち入ることのできない魔境である。自分ごときに何ができるという話でも無い。
そう、だからもう良いのだ。
全部無かったことにすれば良いのだ。
あの少女のことも、少女を傷つけたことも、全て忘れて安穏と過ごせば良い。
幸いにも四天王は倒せずとも都市大会で優勝する程度の強さはあるのだから、それで金を稼げば一生トレーナーで生きていける。
だから……もう、何もせずとも良い。
もう、何もしたくない。
これ以上、傷つけるのも傷つくのも、ごめんだった。
* * *
ある日の夜、目を覚ませばボールの中からライチュウが出てきていた。
それ自体は時々あることだ。好奇心が旺盛なのか、ピチューの時からちょくちょくボールを抜け出しては家の中を探検したり、外を歩き回ったり、トキワの森へ帰郷したり。
それでもだいたい翌日には戻ってきているので放っていたのだが、その日に限ってどこかに出かけるでもなく、ベッドの上で眠る自分をじっと見つめていた。
視線を目を覚まし、自分を見つめるライチュウに首を傾げる。
目を覚ました自分に、けれどライチュウは何も言わない。
まるで初めて会った日の夜のように、じっと見つめたまま動かない。
何となくバツの悪さを感じて視線を逸らす。
昔と同じように。
そうしてライチュウがどことなく呆れたような視線で、ぱしん、と尻尾で自分を叩く。
痛めつけるというより振っただけという感じで、痛みは無かったが突然の行為にぽかんとする自分を置いて、ライチュウが器用に窓を開いて飛び出していく。
まるでピチューだったあの日と同じように。
ただ一つ違うのは。
それだけだ。
腑抜けた自分に愛想でも尽きたのだろうか。
一週間経っても戻ってこないライチュウにやがて逃げ出したのだと理解するとそんな感想が浮かんでくる。
時折だがそういうことはあるのだ、トレーナーが嫌になって逃げだしたポケモンが野生に帰る、というのは。
追いかけよう、という気にはなれなかった。
ライチュウというポケモンは実のところそこまで強いわけでも無い。
同じ『でんき』タイプでももっと強いポケモンだっているし、そもそも『でんき』に拘らなければ選択肢はさらに広がる。
今のパーティの面子からして、ライチュウは別になくてはならない存在、というわけでも無いし、切り捨てるという選択肢はアリかナシかで言えばアリだった。
そもそもどうして今まで自分と一緒にいたのか、あの日何故自分から捕まりに来たのか、それすら分からなかった相手だけに、勝手に出て行ったのだって、そんなものか、とそれだけの感想で終わった。
少なくとも、今の自分は数年共に過ごしてきたことを差し引いても目に余るらしい。
幸い、というべきか他のポケモンたちはボールの中で大人しくしているが、パーティに一匹空きができてしまったな、とそんなことを考えた。
日がな一日家にいるわけだが、ニート生活するにしても両親の目というものがある。
特に母親の目は厳しく、偶に買い物に行ったりして手伝いをしなければその内追い出されそうだった。
夕飯の買い物の帰り、ふと道端で話している人たちの会話が耳に飛び込んだ。
最近トキワの森で新しくヌシとなった強いライチュウを捕まえようとロケット団が動いている、という内容らしい。
どうやら派手にやっているらしく、時折トキワの森のほうから激しい雷の音が響いてくるらしい。
ロケット団はカントーにおいて立派な犯罪者なので恐らくすぐにジュンサーが動いて捕まえてくれるだろう。
助ける必要も無い……そもそも自分のところから抜け出したのはライチュウ本人なのだから、自分が行ってやる義理も無い。
そんな屑みたいな思考をしながら帰宅し、夜ベッドに入って眠る。
どうしても眠れなかったので、きっとそんな表現になるだろう。
予感がした。
嫌な予感、とでもいうべきか。
妙な胸騒ぎ、とでもいうべきか。
放って置けばいい、と頭の中で結論は出ているのに、胸を焦がすような焦燥感がいつまで経っても収まらない。
眠ろうとする意志を妨げるかのようにせっついてくる焦燥感に、苛立ち、けれど結局それを消すための手段は一つしか無く。
行けば良いんだろう、と手持ちを叩き起こして単身トキワの森へと向かう。
トキワシティからはすぐ傍であり、巡行行路を辿ればニビシティまでもそう遠くはない。
ただし道から外れれば果てしなく広く、深い森だ。
正直ライチュウがどこにいるかもわからず、森の入口で足を止めて。
雷撃が弾ける音が聞こえた。
音のするほうへと歩く。
道中何度も雷撃が弾けたので迷うこと無く真っすぐに目的地へと進み。
全身傷だらけであり、もう電撃を撃つだけの体力すら無いのかぐったりとして動かない。
けれど目だけは敵を射抜き、竦ませてはいるが、けれどそれだって虚勢に過ぎない。
ロケット団が十人ほど。
全員が『じめん』タイプのポケモンを出し、ライチュウを袋叩きにしていたらしい。
『じめん』対策とて持たせてはいたが、それでも多勢に無勢だ。所持数制限すら無視して場に三十匹以上のポケモンがいて、さしものライチュウとて数の暴力に削られてしまったらしい。
そんな光景に呆然としていると、団員の一人がこちらに気づく。
下卑た笑みを浮かべながらライチュウへとモンスターボールを投げようと構えて。
「奪うな……そいつを、奪うな!!!」
―――咄嗟に体が動いた。
最速の動きでボールを投げ抜き、ライチュウをボールに入れる。
最早瀕死、どころか重体の身で抵抗すらできず、ライチュウが捕獲され、直後に投げた五つのボールからダグトリオが、ヘルガーが、ギャラドスが、カイリューが、ハッサムが現れ。
―――蹂躙しろ。
殺意すら込めそうになりながら呟いた一言で、五体が暴れ回る。
ロケット団など所詮は幹部格以上を除けばトレーナーにもなれなかった半端者の集団でしかない。
レベル100五体の暴力に晒されて全員が伸される。
だがそんなことはどうでも良いと、ライチュウの入ったボールを手に取り、カイリューの背に乗ってトキワシティまで一気に飛ぶ。
急いでポケモンセンターに運ぶ。
まるで過去の焼き直しのように、
見捨てられなくて、助けたくて、それでも助けられなかった。
ああ、そうだ……あれで
死の恐怖を。
* * *
後になって気づいたことだが、自分がバトルに勝てなかった理由は酷くシンプルであり、けれど簡単にはどうにかすることはできない類の物だった。
要するに、ビビっていたのだ。
ポケモンバトルにおける細かい規定というのは実はそれほど無い。
まだそこまでこの業界が発達していないというのもあり、その場その場で決定されることも多い。
そしてゲーム時代では全く気づけなかったことだが、実際のバトルというのは自分の目の前にポケモンがいて、互いが互いに向けて攻撃を放つ。
つまり、目の前……ほんの数メートル先を人間など一瞬で焼き尽くせそうな炎や人間など簡単に圧潰させれそうな水流、電撃、氷結や光線などが飛び交うわけで。
それに恐怖していたせいで指示はワンテンポ遅れ、フィールドから視線を逸らし状況の把握が遅れ、さらに無意識に逃げの方向性に指示が偏って行く。
確かにそれで勝てるはずが無かった。
ポケモンの強さ、とかトレーナーの才能、とかそれ以前の問題であり。
それでも今まで気づかなかった……気づけなかったのは、自分が育てたポケモンが強かったからだ。
そんなダメな指示でも勝ててしまうほどに、自分の育てたポケモンが強かった。
けれど同時に、そんなポケモンという人間をいとも容易く殺せる強者に対しても恐怖を抱いていた。
敵のポケモンどころか、味方にまでそんな感情を気づかないうちに抱いていたのだ。
そんな様でポケモンを信じるなんてことできるはずが無い。
そしてトレーナーに信じてもらえないポケモンが全力を尽くせるはずも無く。
だからこそ、負けるべくして負けた。
才能なんて、最初から関係ない部分で自分は負けていた。
答えなんてそんな簡単なものであり……結局自分がどうしようも無いほどに馬鹿だった。
全部それだけの話だったのだ。
* * *
目を覚ましたライチュウを見て、涙が流れた。
まだ怪我が治りきっていないためぼんやりとした瞳を自分を見つめるライチュウに、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。
―――ごめん……ごめん。
何を謝っているのか、自分でももう分からないくらい胸がいっぱいで、ただ助かってくれた、それだけが嬉しくて。
今度は助けられたのだ、そう思えばまた涙が止まらなくて。
―――ありがとう……ありがとう。
ごめん、とありがとうを繰り返す自分を一体ライチュウはどんな心境を見ていたのだろう。
分からない、分からないけれど、一つ言えることは数日後、ライチュウは無事退院し、そして自分の家に戻って来た……真夜中に。
夜ふと体に重みを感じて目を覚ませばライチュウが居るのだから驚く。
十日ほど前の焼き直しのように、自分をじっと見つめるライチュウに無意識に手を伸ばす。
その頬に触れると同時にびり、っと僅かに電撃が頬袋から漏れ出し、手を引っ込める。
少しだけ電気の流れた手を見つめながら。
もう一度伸ばす。
今度は両手、そしてその体を抱き留めて。
「……謝りにいこっか」
呟いた一言。誰に、とかどこへ、とか色々抜けてはいたが。
ばちん、と一瞬弾けて体を駆け抜けた電気、びっくりして手を離せばライチュウが少し離れて。
―――。
僅かに鳴き声を上げる。
やっとかよ、そんなことを言われた気がした。
* * *
ぴたり、と……吹雪が止んだ。
まるで一つの終わりを告げるかのように、陽光が山頂を照らし、白嶺に落ちた銀雪が眩いほどに輝いた。
「……強くなったな」
呟いた言葉に、けれど目の前の少女は何も答えない。
トレードマークの赤い帽子を目深に被り、表情すらもこちらに隠したまま。
「――――」
ぼそり、と少女が呟いた言葉はけれど少女の目の前にいた彼女の相棒にだけ届き。
ばちり、と稲妻が迸る。
尻尾を逆立ててこちらを威嚇するその姿はまるで、さあ来い、とでも言っているかのようで。
「……はぁ」
何も言えない。自らの過ちの結果と言えばそれまで、結局自業自得なのだ、こんなもの。
自分が語った言葉も、そこに込めた思いも、きっと百分の一だって目の前の少女には伝わっていないのだろう。
傷つけた、突き放した、見放した。
全部自分が目の前の少女にやったことで、今尚続く後悔の一つで、だからこそ、そうだからこそ。
伝えなければならないのだ。
一度は途絶してしまった自分と少女の関係を思えば、今更どんな言葉で語ろうと伝えることなど、届けることなどできるはずも無く。
だからこそ、たった一つ、唯一を掲げる。
「……頼むよ、相棒」
突き出した腕の先に持つ最後の一つ。
ぐっと握りしめれば僅かにかたり、と揺れたそれが自身の相棒たる彼の意思を何よりも物語っていた。
何度も負けて、何度も立ち上がって、その度に傷ついて。
それでもと吼え続けた相棒を自分は一度だけ裏切った。
どうしようも無いくらいに弱い自分は、ずっと相棒に縋って生きていたのだと気づいたのはそのしばらく後で。
手放した絆をもう一度手繰ろうとして、喧嘩して、互いの意思をぶつけあって。
だから二度と疑わない。
二度も裏切れない。
それは目の前の少女もまた同じことであり。
結局、ずっと願っていたはずの自分の夢すら通過点にして。
自分はこの場所に立っている。
もう二度と会うことも無いと思っていたはずの少女の前に。
絶対に勝てないと理解していたはずの少女に勝つために。
そのために、ここまで来て、ここまでやって、ここまで戦った。
だから、これが最後だ。
正真正銘、これが最後だ。
「勝たせてくれ……」
呟き、振りかぶる。
「ここで勝てなきゃ、全部意味がないんだ」
投げる。
―――たった一つ、伝えたい言葉があった。
けれど今更どんな言葉で語ったって無意味が過ぎるから。
だからこそ、たった一つ、唯一を選ぶのだ。
戦うこと。
ポケモントレーナーにとってそれ以上の言葉は無いのだから。
「最後の勝負だ」
その時、初めて少女と視線を合う。
ぶつかり合い、弾け合い。
「レッド」
少女の名を呼んだ。
そして冒頭に戻る……さあ最初から読み直しだ。
すまんな、仕事中にふと思いついたものを3分で纏めただけの一発ネタなんだ。
プロットも十分で作ったガバプロットなので文字数もばらばらだったり、話が飛び飛びだったりするが、まあ一発ネタの短編と思って許して。