▶つづきからはじめる   作:水代

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 吐き出す息が白く濁る。

 吹雪が止んだとは言え、雪山の頂上の空気は凍えるほどに冷たい。

 呼吸するたびに肺腑が軋み、痛みを発するほどの冷気の中で。

 

 そんなことすら気にする(いとま)が無いほどに、ただ目の前のことだけの意識を集中させる

 

「――――!」

 

 叫ぶ、何かを……叫んだんだと思う。

 ただ自分でも何を言っているのか分からないほどの意識は朦朧としていた。

 それでもまだレッドは立っている……立って、ピカチュウに何かを叫んでいる。

 自分もまた立っている……立って、ライチュウに何かを叫んでいる。

 ピカチュウも立っている……まだまだと言わんばかりに全身から電撃を放ちながら走っている。

 ライチュウも立っている……絶対に負けないと言わんばかりに視線を尖らせ、自分の言葉に応えんと走っている。

 

 まだ誰も折れていない。

 だから自分も折れることなどできるはずが無い。

 戦い始めて一体どれだけの時間が経つのかも分からないほどにただ戦った。

 

 自分の伝えたかった言葉はきっと彼女にはすでに届いているだろうし。

 レッドの抱えていたはずの言葉はもう受け取った。

 つまりもうお互いの言いたいことは言い合ったといって良かった。

 それでも戦うことを止めないのは。

 

 結局、自分たちがトレーナーだから、なのだろう。

 

 迸る電撃が視界を焼く。

 それでも目を逸らすこと無く、ただ眼前を見つめ。

 

「――――」

 

 何かを呟けば即座にライチュウが動きを変える。

 硬化した尾を叩きつければ地面が爆ぜ、一瞬隠れた視界の中で素早くピカチュウの横に回り込む。

 けれどさせまいとレッドがさらに指示を出し、ピカチュウが即座に反応して電撃で足止めする。

 

「――――!」

 

 足を止めようとするピカチュウの電撃に、一切の躊躇無くライチュウが突っ込む。

 その身に電撃を浴びようと構わず突っ込んでくるライチュウにレッドが指示を出すがもう遅い。

 吹き飛んだピカチュウを追撃しようとライチュウがさらに加速し……。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 足を動かそうとするその意思に反するかのように止まった足に、ライチュウがそれでもと足掻こうとして……そのまま雪の中に倒れる。

 すでに限界だった、一体どれだけの時間戦い続けたのか思い出せないほど、両者の戦いは続き。

 

 けれどライチュウが倒れた。

 

 つまり、自分の負けであり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何故なら……ピカチュウもまた起き上がることができないから。

 

 相打ち。ダブルノックダウン。

 

 言い方は何でも良いが。

 ここまで続いた戦いの幕引きとするには余りにも呆気ないほどの終わり方に。

 自分も、レッドも、張り詰めていた糸が切れたかのように崩れ落ちたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンバトルをすると体が熱くなる。

 単純に運動量が多いというのもあるし、精神的な意味でも熱くなるのもある。

 真冬のような寒さの中で、雪に埋もれながら逆にそれが熱くなった頭を冷やしてくれた。

 すっと熱が引いていく感覚に心地よさを覚えながら、見上げた空は曇天だった。

 今にもまた吹雪がやって来そうな天候ではあったが、どうやら今はまだ空も静観しているらしい。

 

「…………」

 

 ここまでやってきた理由を考えるならば、こうして二人の頭が冷えた時にこそ何か言うべきなのだろうが、何を言えばいいのか考えてしまい、言葉が出てこない。

 

 ごめん、と謝ればいいのか? 今更? あんなことを言っておいて?

 

 それとも先ほどのように強くなったなと褒める? どの面下げて師匠面すれば良いのだ。

 

 ぐるぐると思考は回る、回るが……から回る。

 所詮は言い訳、結局自分から言い出せないだけ。

 なんて意気地なし、ここまで来ておいて、そんな自嘲を内心で呟き。

 答えは出ない、出ないまま二人の間に沈黙だけが流れて。

 

「ごめんなさい」

 

 沈黙を破ったのはレッドからだった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、私気づかなかった、気づけなかった……。ずっと……ずっとセンセイを傷つけていたことに……気づけなかった」

 

 声が震えていた、僅かに混じった嗚咽が今の彼女の感情を如実に示していた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と謝る彼女の声に胸がきゅっと締め付けられた。

 

「違う! 全部、違うんだ……全部、悪かったのはこっちだった」

 

 だから咄嗟に否定した。

 もう自分に言い訳することすら止めて。

 

「ごめん」

 

 出てきたのはそんな陳腐な言葉だった。

 

「自分で弟子にしておいて、勝手に嫉妬して、勝手に嫌って、勝手なことばっかり言って、挙句の果てに傷つけた……本当に最低で、最悪だ。自分勝手にもほどがある」

 

 四天王に勝てなかった。才能が無かったから、実力が足りなかったから、届かなかった。

 そんな自分の後ろから才能を振りかざしてあっという間に追い抜いていく彼女に嫉妬した。

 自分の教えのお陰でここまでこれたのにと、自分を無視して進んでいった彼女を嫌った。

 チャンピオンに至った彼女に、師として褒めることもせずに勝手な台詞ばかり吐いて、彼女を傷つけた。

 

「レッドは何も悪く無いのに……」

 

 彼女は何も悪く無い。

 全部全部、自分の身勝手が悪い。

 こんな様では。

 

「師匠なんて、言えないよね」

 

 自嘲するように呟いた言葉に。

 

「そんなこと、無い!」

 

 いつも物静かな彼女が荒げた声に驚く。

 

「私に……教えてくれたのは! 私が、ここまで来るために身に着けた物、全部、全部……教えてくれたのは、センセイ、です」

 

 静かな声音、けれどその中に確かな力強さを滲ませて。

 

「私のセンセイは……センセイ、だけ……ですよ」

 

 その言葉に、返す言葉が……返せる言葉が無かった。

 

 ただ、嗚咽だけが響いた。

 

 空もまた泣きだしたかのように、ひらり、ひらりと粉雪が舞った。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンバトルとは本来、単なる勝ち負けを決めるためのものでは無い。

 ポケモンとトレーナーの絆を確かめるための一種の儀式だった。

 それが段々とスポーツのような感覚として一般に広まり。

 

 最終的に、ポケモンバトルはトレーナー同士の()()()()()()()()()となった。

 

 トレーナーならばバトルで語れ、とはジムなどでもよく聞く言葉であり。

 

 そういう意味で、死力を尽くしあったレッドとのバトルのお陰か、自分たち師弟の関係は以前に戻ったと言える。

 

 あのバトルの後、レッドはシロガネやまから降りてきた。

 まあ当然ながら失踪していたチャンピオンが戻って来たということで騒ぎにはなったが、レッドはそのままチャンピオンを返還し、1人のトレーナーに戻る意思を表明、世間を二度騒がせた。

 

「そう言えば、センセイ。シロガネやまに来たってことはリーグ勝ったんですよね?」

「ああ……まあ、うん、そうだね」

 

 ライチュウを助け、もう一度ボールに収めた日から少しずつ自分の中で何かが変わったような気がしていた。

 具体的に何が、と言われても困るのだが、どこか以前よりも手持ちとの連携がスムーズになったように感じる。

 あれほど才能が無いと言って諦めていたはずの四天王たちすら蓋を開けてみれば圧勝するほどに。

 

 ―――そう、アナタは変われたのね……おめでとう、勝者。

 

 そう告げるカンナの言葉に、けれど何が変わったのだろうと首を傾げ。

 考えてみた時に気づいたのはバトルの際中に感じていた手の震えが無くなっていたこと。

 ポケモンバトルという一瞬の間も見逃せない状況の中で、緊張で震えていただけだと思っていたそれは、考えてみれば恐怖だったのかもしれないと気づく。

 何せポケモンの攻撃技、どれか一つでも自分に当たれば多分自分はそのまま死ぬ。

 トレーナーというのは言わば目の前で弾丸が飛び交うような戦場の中を一切の動揺なく冷静に指揮できる、そういう存在なのだから。

 前世の死因が事故死というのもきっとトラウマを増長していたのだと思う。

 

 だがそれは自分や仲間たちが強くなった、と言うわけでは無いのだろう。

 

 ただあるべき実力が出ただけ。

 今まで蓋して押し付けていた物を取り払っただけに過ぎない。

 

「間違ってなかったんだ」

 

 トレーナーになることを決めて、チャンピオンを目指して。

 ずっと考えていた、どんな仲間を集めよう、どんな育て方をしよう、どんな技を覚えさせよう。

 ずっと努力していた、強くなれるように、勝てるように、ずっと、ずっと。

 

 それは間違いでは無かった。

 

 結局、その努力こそが今の自分を形作っていたのだから。

 もし最初から才能に折れて努力すらしていなければ、今のように本来の実力を発揮できたところで意味など無かっただろう。

 

 今の自分があるのは過去に努力した自分がいるから。

 

 そう思えば、少しだけ自信だって沸いてくる。

 

「だから、レッドのところに行こうって思えた」

 

 カントーのどこにもいないという時点できっとシロガネやまの最奥にいるのだろうことはゲーム知識で何となく分かっていた。

 そのために四天王を倒し、『殿堂入り』という称号を得た。

 そうしてレッドのいるだろうシロガネやまへと向かおうとし、最初に思ったのは。

 

「何て言おうか……迷ったんだ」

 

 結局それは、レッドと出会うまで明確な答えとして出ることは無かったけれど。

 それ以上に、傷ついたレッドが自分の言葉を受け取ってくれるはずが無いと思った。

 

 だから。

 

「語ろうと思った……バトルで」

 

 カントー最強のポケモントレーナーへ挑もうと決めたのだ。

 

 結果は……まあ見ての通り、ということで。

 

 

 * * *

 

 

 ざあざあ、と音を立てる漣に揺られながら段々と遠のいていくカントーの景色を見やる。

 

「何だかなぁ……」

 

 たった十年、前世と比較すれば半分ほどの時間しか過ごしていないのに、遠のく景色に郷愁にも似た念に駆られてしまった自分に苦笑する。

 そもそもこの船の行き先だってそう遠いわけでも無い。

 ジョウト地方はカントーと陸続きなので実際のところ、ちょっとした旅行、と言ったところか。

 

「センセイ」

 

 デッキチェアに寝転ぶ自分の後方から聞こえた声に顔だけ振り返れば、両手に紙コップを持ったレッドがやってきた。

 いつものジャンパーやジーンズを脱いでティーシャツに短パンにサンダルという極めてラフな格好に着替えているのは新鮮味があって面白かった。

 

「南国でも行くの? って感じの恰好だね」

「えぇ……センセイがもっとラフなのって言ったんじゃないですか」

「そうだけどさ……その服装はホウエンかアローラにでも行くの? って感じだわ」

 

 なんて話をしながら食堂でもらってきたらしいジュースの入った紙コップを受け取り、少しだけ喉を潤す。

 

「旅程だけど、まずはジョウトで良いんだよね?」

「はい。しばらくジョウトを回ったら、今度はホウエン……それからシンオウ、イッシュ、あとカロス。それと噂のアローラも」

「長旅だね」

「きっと楽しいですよ」

 

 楽しそうに笑みを零すレッドの姿に、まあそれも良いかと思わされてしまうのは少しずるいと思う。

 でもやっぱりそうやって笑っている姿を見ると、そんなこと言えなくて、自分もまた笑みを浮かべる。

 

 ―――旅をしましょう。

 

 チャンピオンの座を返還したレッドが真っ先に言ったのがそんな台詞だった。

 カントーはバッジを取得のためにすでにぐるっと一周した。

 だから今度はジョウト、ホウエン、シンオウなどまだ行ったことの無い地方を巡って旅をしたい、つまりそういう話。

 それだけなら自分がついて行くことも無かったのだが。

 

 ―――センセイも一緒に行きませんか?

 

 笑顔でそう告げる弟子に少しだけ考え。

 

 ―――ダメ……ですか?

 

 少しだけ悲しそうな表情でそんなことを言うので、思わずオッケーしてしまった。

 まあ確かに、あのままカントーに居続けて何をするのだと言われても何も浮かばなかったのも事実。

 あのシロガネやまでのバトルで、レッドとの関係性に一区切りをつけたところで完全に燃え尽きてしまった部分はあった。

 夢だと言っていたはずのリーグ制覇すら通過点として過ぎてしまった以上、今更チャンピオンに拘るのも何か違うし。

 そういう意味ではレッドの提案は渡りに船ではあった。

 

 そんなこんなで、いざ船の旅に出て見れば、やっぱり少しだけカントーから離れることに心残りはあったが。

 

「……まあ、いいか」

 

 呟き隣に立つ少女を見る。

 そうして自身の視線に気づいたのか少女がこちらを振り返り。

 

「ま、何はともあれ……これからもよろしく、レッド」

 

 告げる言葉に少女が少し目を丸くして。

 

「はい! よろしくお願いします、センセイ」

 

 こぼれるような笑みを浮かべた。

 

 




あとがき書こうかなって思ってるが、取り合えず本編はこれで完結です。

さてここまで読んで主人公とレッドさんの関係性ににやにやしてる読者さんたちに作者から一つ、この小説最大の謎を投げかけよう。


タグの『性転換』って誰のことなんだろうね??

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