▶つづきからはじめる 作:水代
正確にはこの前誕生日だったので、仕事中にふとネタ浮かんだこともあって作者から読者にプレゼントだ。
ジョウトの空は今日も青々として晴れやかだった。
窓から差し込む日の光に照らされて、少年ヒビキがぴくりと瞼を揺らした。
「……ん……うーん」
ゆっくりと目を開き、差し込む日の光に少しだけ呆ける。
寝ぼけ眼でゆっくりと半身を起こし。
「うーん!」
上半身で伸びをすると少しずつ意識が覚醒した。
ベッドから降りて窓辺に向かう。
薄いカーテンを開けば途端に室内の光量が増していく。
「今日も良い天気だな」
呟きながら振り返り、ポケモン用のベッドで未だすやすやと眠る相棒のヒノアラシを起こす。
まだ眠いとベッドにかじりつくヒノアラシをなんとか引き剥がしながら連れて階下に降りる。
リビングでくつろぐ両親におはようと挨拶をして、用意された朝食を食べるとまた自室に戻り、服を着替える。
「よし、じゃあ今日も行こうぜ、ヒノアラシ」
気だるげに鳴くヒノアラシにまだ眠いのかよと内心で呟きながらまあいつものことかと切り替える。
どうせ昼前になれば勝手に元気になるのだから放っておけば良い、付いてこいと言えば付いてくるのだからそれで良い。
ワカバタウンは端的に言ってド田舎だ。
家の外に一歩踏み出せば、街中にも関わらず自然の匂いが強く香るようなそんな場所だ。
まだ十歳、遊びたい盛りの子供であるヒビキにとってそんなワカバタウンは少しばかり退屈な場所だったかもしれない。
とは言えそれは一人ならば、の話であり。
「ヒビキ」
家の外に出て周囲を見渡すヒビキの後ろから声がかけられる。
少しびっくりしながら振り返ればそこに白いキャスケット帽を被った少女がいて。
「おはよ、コトネ」
「おはよう、ヒビキ」
ヒビキにとって親友と言える少女コトネがそこに居た。
* * *
「ワカバタウン、ですか?」
「そうそう……そこにウツギ博士って人がいるんだよ」
「ああ、博士が言ってた」
アサギシティはジョウト地方最大の港町である。
と言うか、他に海に面した街がコガネかヨシノシティしかない。タンバも一応そうと言えばそうなのだが、あれはカントーにおけるグレンよりも孤立した面があり、ホウエンにおけるムロタウンのような過疎化が進み、正直なところタンバジムに行く用事でも無ければほぼ行き交う人もいない。
「だからまあ着いて早々だけど、また船の旅だね」
陸路を行くより海路でヨシノシティへ向かうのが手っ取り早い。
そこから陸路でワカバタウンへ向かえば大幅な時間の節約になる。
「だったら最初からヨシノシティに行けば良かったんじゃ?」
「ヨシノシティってシティって言う割に小さな町だから、ぶっちゃけ海外便なんて無いんだよ、行きも帰りも」
ジョウトで唯一海外便のある港町がアサギシティだ。そこからコガネ行きの船、ヨシノ行きの船、タンバ行きの船が出ている。
「他の地方の話なのに……センセイ、良く知ってますね」
「他所の地方行くなら交通事情くらいは知っといたほうが良いよ? 目的地があるならともかく、無いなら特に」
自分たちの旅に目的地は無い。
観光旅行というわけでもないが、まあこの世界の住人的には色々な地方を巡って旅するのは割と普通なことらしいので自分たちの突飛な行動も家族たちに普通に受け入れられた。
強いて言うならば見聞を広めることが目的、と言えるだろうか。
まあその道中にオーキド博士の頼みを聞くくらいは問題無いだろう、別に急ぐ旅でも無いし。
それに、オーキド博士と言えばその筋では世界的に有名な権威でもある。残念ながら自分とは直接的な関係は無いが、恩を売っておいて損は無いだろう。
「ウツギ博士ってどんな人なんでしょうね?」
「確かオーキド博士の元助手だったか弟子だったかじゃなかったっけ」
ゲームとしての設定としての知識もあるが、幼少の頃に新聞だったかニュースだったかバラエティだったかでそんな話をちらっと聞いた覚えがある。
ゲーム知識として語るならば四十かそこらの眼鏡をかけた男性だった覚えがある。
「携帯獣学者の中でもポケモンのとある生態の発見に一役買った人だったはずだね」
「とある生態?」
まあゲームの都合と言えばそれまでだが、第二世代金銀から実装されたポケモン世界の闇たる『厳選』に大きな一石を投じた新システム。
「ポケモンの卵生の発見、だよ」
『タマゴ』システムの発見者である。
* * *
お隣カントーと違ってジョウト地方における正規トレーナー資格の取得制限年齢は十二歳である。
ポケモン保有資格自体は十歳から取得できるので、単純に野良トレーナーとしてバトルしたいだけならば十歳からでもできるのだが、リーグ公認ジムへの挑戦、そしてバッジの取得、最終的にポケモンリーグへの挑戦、これらは正規トレーナー資格が必須となる。
正規トレーナー資格の取得自体にそれほど難しい物はなく、カントーで十歳の子供でも獲得できる程度の難易度と言えばその程度が分かる。
ただこの正規トレーナー資格、資格であると同時に職でもある。
と言うと少し分かりにくいかもしれないが、正規トレーナー資格所持者は『ポケモントレーナー』と言う職業として登録される。
これ自体に特に何等かの仕事の義務が発生するわけではないので、資格は持っていても本業は別にある、みたいなトレーナーが大半なわけだが、正規トレーナー資格所有者同士でバトルした場合、互いの賞金を設定し勝敗の結果によって設定された賞金を払う義務が発生する。
まあとは言え払う賞金など精々数千円程度。まだ子供ならば三桁で済む場合も多く、所持金額の最大何%までという規定が地方自治体ごとに決められているのでそれほど難しく考える必要も無いわけだが。
「つまり私たちがトレーナーになるにはあと二年はいるってことなんだよ」
「知ってるよ……知ってるけどどうにかなんねえかなあって思うだけだよ」
木陰に座りながら開いた本の説明をするコトネを
たかが二年、されど二年。
少なくとも、二年という期間は十歳の子供にとって自らが生まれてから生きてきた時間の五分の一に相当する時間である。
それが大人の言う二年と比べて随分と長く感じるのもまた仕方のないことと言える。
「コトネ、バトルしようぜ」
「また? だから私はポケモン持ってないよって言ってるでしょ?」
「じゃあ博士にもらえばいいじゃん、俺だって十歳になった記念にって博士がこいつくれたんだぜ」
両腕でヒノアラシを抱えながら見せればコトネが目を輝かせる。
「可愛い……私もポケモン欲しいな」
「じゃ、行こうぜ!」
告げる言葉に、けれどコトネは苦笑しながら首を振る。
その表情がどこか寂し気に見えたのは、果たしてヒビキの気のせいだったのだろうか?
「ううん……良いんだ、私は。今は、まだ」
すでに何度目になるか分からない同じやり取り。
だから最初から答えは分かっていたはずなのだが。
「はー……詰まんねえの。早く大人になりてえな」
無遠慮なヒビキの言葉にコトネが笑う。
「そうだね……早くなれれば良いね」
街にカントーからの客人がやって来る前日の話である。
* * *
ワカバタウンはジョウトでも下から数えたほうが早いくらいの小さな街だ。
というかポケモンの研究所というのは研究内容にもよるが、大概ポケモンを住まわせる場所が必要になるので大きな土地を要求される。
そしてその場合、都会のほうだとそんな敷地確保できないので必然的に田舎町に建てられることが多くなる。
ゲームだと研究所はそれほど大きくなかったりするのだが、アニメ版など見れば分かる通り、ポケモンのための牧場のようなものがあったり無かったりする。
ウツギ博士は感じの良いおじさん、と言った風な人でレッドも最初は少し緊張していたが、すぐにそれも解れたようだった。
オーキド博士の用件とはポケモン図鑑のカントー版とジョウト版の更新らしい。
カントーとジョウトは同じ大陸にある別々の地方だが、環境の違いからか生息するポケモンにも大きな違いがある。
その違いを現在調べているらしいのだが、まあ研究者でも無い自分からすればよく分からない話である。
ポケモンの分布なんて
「まあトレーナーには関係の無いことだけど」
「そうですね……グリーンみたいにポケモン図鑑の完成を目指しているならともかくですけど」
レッドの幼馴染のグリーンだが、現在はオーキド博士の手伝いをしているらしい。
その主な内容がカントーを旅してポケモン図鑑を更新させること。
現状のポケモン図鑑は過去の調査によって明らかになったポケモンの生態や分布がデータ化されて入っているが、当然ながらポケモンだって生物な以上、住処を変えたりもする。環境が変われば生態だって全く同じとは言えないだろうし、そういう些細な図鑑との食い違いを訂正して行っているらしい。
「まあでもこれでやらないといけないことも終わったし……どうする? 何か予定決めてる?」
「あはは……実を言うと何も」
苦笑しながら告げるレッドの言葉にそんなものか、内心呟きながら考える。
「取りあえずヨシノシティに戻ろうか、ワカバタウンじゃポケモンセンターすら無いからね」
「そうですね」
トレーナーが宿泊できる施設はいくつかあるが、一番安くて安全なのがポケモンセンターである。
残念ながらワカバタウンにはそれが無い。
どこに行くにしろ、取りあえず寝床の確保は急務だった。
研究所が街の端のほうにあることもあって、ヨシノシティまでだいたい一時間弱といったところか。
そう遠いわけでも無いし、歩いて行こうかとレッドと話していると。
「なあ、おい!」
元気な子供の声が聞こえ、振り向く。
「アンタらもしかして、カントーから来たっていうトレーナーなのか?」
黄色と黒の帽子に赤い服を着た少年とその少年の足元に隠れながらこちらの様子を窺うように頭を覗かせているヒノアラシがいた。
「えっと? そうだけど、キミは?」
年齢的に同い年くらいだろうか、どこかで見た覚えがあるような、と内心首を捻っていると隣でレッドがそう尋ねた。
「俺ヒビキ、この街に住んでるんだ。良かったら旅の話とか聞かせてくれね?」
ヒビキ、その名前を聞いてようやく思い出す。
歴代ポケモンシリーズの主人公兼ライバルの1人の名前だと。
確か
「どうする? レッド」
「えっと……どうしましょう、センセイ」
困ったような表情をするレッドの問い、とは言っても別に嫌そうというわけでもないらしい。
少し人見知りの気があるのではないかと思っていたが、単純に自分より年上が苦手というだけなのかもしれないと思い直す。
「まあ良いんじゃない? そんなに急いでるわけでも無いし」
時刻は午後二時と言ったところか。
一時間か二時間くらいならまあ問題無いだろうと言ったところ。
「サンキュー! ならさ、うちに来ないか?」
「え、えっと?」
「オッケーオッケー。なら行こうか」
少年、ヒビキの勢いに若干押されがちなレッドの困惑した様子に苦笑しながら代わりに返事をする。
友達……もう一人の主人公だろうか? 確か女版主人公がいたはずだし。
なんてことを考えながらヒビキの後ろをついていく。
「なあ、アンタらトレーナーなんだよな?」
「え、あ、そうだよ……センセイも、私も、トレーナーだよ」
「そっかあ、良いなあ……ジョウトは十二歳にならねえとトレーナーになれねえんだよな」
「正直その方が良いよ、十歳でトレーナーなんてやるもんじゃない」
「えー、俺も早く旅に出たいぜ」
「まあカントーくらいだよね、十歳大人法なんて実施してるの」
十歳みんな大人法。
狂気とキチガイの産物によって生まれたネーミングセンスからしてすでに狂っているポケモン世界随一の悪法である。
『10歳を成人とする』という極めてシンプルな法ではあるが、責任感とか社会的秩序とか全く考えない十歳児を一人の社会人扱いし、労役に就かせるという誰が聞いてもおかしいと言えるような法にも関わらずカントーではそれが『普通』なのだ。
イッシュ地方では『クレイジー&クレイジー』とまで言わしめたカントーの悪法であり、同じ大陸にあるジョウトですら『いや、無理だろ、というかそんな無茶な』と却下されている。
ぶっちゃけた話、ロケット団とかああいうのが生まれた背景は間違いなくこの法の存在があるだろうことは明白である。
何せ十歳で小卒そしてそのまま就職させるのだ、真っ当な職業訓練も無しに一体どんな仕事につけというのか。
そしてこの年齢に合わせてポケモントレーナーの正規資格の条件年齢を合わせているせいで、まだ碌に仕事もできない子供たちが次々とトレーナーになるべく旅に出ては心を折られて帰って来ている。
何せ理性的という言葉の欠片も見当たらないような小さな子供たちが旅のやり方すら教わらずに飛び出すのだ。
ポケモンセンターの存在がまだ多少の救いにはなっているが、大半の子供たちは世間の荒波に揉まれて荒む。その中でも取り分け堕ちてしまったようなトレーナーたちが徒党を組んで最終的にはロケット団のような『悪の組織』を作り出すのだ。
それに対抗するためにカントーではジュンサーたちの警察機構も広くトレーナーを集めてはいるが、そもそも根本的にそういう堕ちざるを得なかった人間たちを作ってしまう土壌がカントーにある限り永劫問題は解決しないだろう。
たかが二年、されど二年だ。
十歳と十二歳の違いは非常に大きい。
前世で言えば小学校四年生と六年生くらいの違いと言おうか。
自立心が養われ始める時期であり、子供が理性を持って大人への第一歩を踏み出す時期でもある。
「正直十五からでも遅くないと思うんだけどね」
だが個人的に言わせてもらえば思春期を過ぎてからでも遅くは無いと思う。
思うのだが……この世界は少し性急に生きているようだった。
口を尖らせるヒビキを見れば、本当にそう思う。
とは言え。
自分だって大して変わらないだろ、と言われればその通りだった。