▶つづきからはじめる 作:水代
「そう言えばヒビキ、今日ウツギ博士の研究所にカントーからお客さんが来るんだって」
いつもの通りコトネと二人でトレーナーとしての勉強をしている最中、ふとコトネがそんなことを言った。
ワカバタウンは基本的に外部から人が来ることは非常に少ない。
まあヨシノシティと多少交流があるし、あちらのほうが街の規模が大きいので何か買いに行ったり仕入れたりとそういう面での人の流れはあれど、それ以外の人間が来ることというのは滅多に無い。
基本的にワカバタウンというのは何も無い街だ。
他の街のように規模が大きいわけでも無いし、ポケモンジムがあるわけでもない。
唯一誇れる物と言えばウツギ博士の研究所があることだが、それだって結局凄いのはウツギ博士であって、別に街自体が特別なわけじゃない。
そんなわけで、ワカバタウンに来る人間の大半はヨシノシティの人たちで、それ以外に極稀にウツギ博士目当ての人間がやってきたりするわけだが。
「てことはその人たちトレーナーかも」
「そうだね」
ウツギ博士はポケモン研究の博士だ。
つまりそれに用事がある人も大半ポケモン研究に関係した人間か、もしくは何かを知りたがっているトレーナー。
もしくは十二歳になってトレーナー資格を得たのでウツギ博士にポケモンをもらいに来た近所の子供のどれかになる。
「噂だけどね……カントーから来たすごいトレーナーらしいよ」
「カントーから?」
二年後にヒビキが旅に出たらまず巡ることになるのはジョウト地方だろう。
ジョウト各地のジムに行き、バッジを集めることでポケモンリーグに挑戦することができる。
だがその後……ポケモンリーグに勝ったとしても負けたとして、次に向かうのは恐らくカントー地方になるのだろう。
基本的に同じ大陸にあるだけあって、ジョウトとカントーは交流がある程度ある。
とは言え今はまだ交通の不便があるのでそれほど規模が大きいわけではないが、最近コガネシティとヤマブキシティを繋ぐ路線を作ろうとしている動きがあるらしいのでそれが開通すれば交流はさらに盛んになる。
「と言っても、ジョウトリーグとカントーリーグは別のリーグだし、ジョウトとカントーのバッジ数が合計されたりはしないけどね」
「それぐらい知ってるっての……まあでも色んなところ旅出来たら面白そうじゃん」
「……そうだね」
ヒビキは残念ながらワカバタウンを出たことが無い。
ワカバタウンは基本的に長閑な田舎町でヒビキとて親友がいなければ随分と退屈していただろうことは間違いない。
とは言え生まれ故郷だ、愛着もあるし決して嫌っているわけではないが。
「まだ知らない世界を旅する……それってきっとサイコーに楽しいよな!」
ワカバタウンの子供の外の世界に対する憧れはきっと一際大きいと思う。
ワカバタウンはジョウトにおいて東端に位置しており、一番近いヨシノシティまですら野生のポケモンが飛び出す道を一時間近くかけて歩く必要がある上、流通はヨシノシティからの一方的なものであり、一部大人が時たまヨシノシティへ行くくらい。
つまり子供の身からすれば外部との接触の機会が皆無に等しいのだ。
だからこそカントーからの来客という名目に非常に惹かれる。
「行ってみようぜ、コトネ」
「え……?」
告げた言葉にコトネがきょとんとする。
「行くって、どこに?」
「だから、カントーから来たってトレーナーに話を聞きにだよ!」
心臓が早鐘を打っていた。
幼い頃からトレーナーに憧れ、けれど年齢制限のせいでずっとなれなかったトレーナーというのは、ヒビキにとって今や一種憧れにも似た存在と化していた。
今にも飛び出そうとする体にコトネが待ったをかける。
「何だよ?」
「そもそもまだ来てないし、いつ来るかも分からないのに」
とは言えまだ相手が来てないのでは仕方ないと納得して腰を降ろす。
「あー……早く来てくれねえかなあ」
「来たって相手してくれるか分からないけどね」
「そこは聞いてみねえと分かんねえだろ?」
そうして午前中はいつものようにコトネとトレーナーとしての勉強をしたが、まるで内容は頭に入ってこなかった。
昼過ぎ、家で昼食を食べ終えた後、コトネと街中をふらふらしているとウツギ博士の研究所へと入る二人組が見えた。
「なあ、コトネ、さっきの二人組もしかして」
「そうかもね……本当に行ってみるの?」
「当たり前だろ?」
当然だと頷けばコトネが少し呆れたように嘆息する。
「私今日はもう帰るから付いていけないからね?」
「え……マジか? コトネも聞いてけば良かったのに、勿体ねえな」
「なんで相手してくれることを前提に考えてるのかそっちのほうが私には分かんないわよ」
告げながら去って行くコトネにまたな、と手を振ればコトネもじゃあね、と手を振り返す。
そうしてその背中が見えなくなるまで手を振って、やがて止める。
「何の話してるんだろうな……」
親友が居なくなれば次に興味が移るのは当然カントーからやってきた二人組なわけで。
「出るまで待つか」
そうして待つこと三十分、出てきた二人組に声をかければ自分と同い年くらいと想像以上に若かった二人に驚いたヒビキだったが、どうにか二人を自宅に連れてくることができたのだった。
* * *
「改めてだけど、俺ヒビキ。よろしくな! それで……えっと」
「レッドです……こっちがセンセイ」
「センセイ?」
「昔この子にトレーナーとしてのイロハを教えたってだけだよ。だからセンセイ。まあもうニックネームみたいになってるから好きに呼んで」
「じゃあ俺もセンセイって呼ばしてもらうぜ」
快活な子だな、という印象。
一見すれば馴れ馴れしいとも思われかねないのだが人のパーソナルスペースにするりと潜り込んでくるような、踏み込まれることにそれほど抵抗を感じないのは単純にヒビキの明るさが為せる技かもしれない。
「それで……何が聞きたいの?」
招かれたリビングのテーブルに三人で座りながら出されたカップに口付ける。
紅茶だった、それも冷えた。印象的にもうちょっと大雑把な子かと思ったが、想像以上に気が利く子らしい。
というか普通に美味しい。冷えているにも関わらずすっと香りが抜けていく感覚がする。淹れ方が良いのか、茶葉が良いのか……少なくとも自分ではこれは淹れられないなと苦笑した。
「何でも良いんだ……さっきも言ったけどジョウトじゃトレーナー資格は十二にならないと手に入らない。あと二年はこの街で大人しくしてなきゃならないってことだ。そんでこの街田舎だろ? 俺たちみたいな子供は街の外には出られないし、ましてカントーなんてな。レッドもセンセイも二人ともスゴイトレーナーだって聞いたんだが旅とかしたんだろ?」
確認、というよりそうあって欲しい、と言った感じだが言ってることは間違っていない。
「そうだね……カントーならレッドと二人でぐるっと一周したね」
因みにレッドに付き合ったので自分の場合二周だ。
そんな自分の返答にヒビキが顔を輝かせる。分かりやすい子だった。
「聞きたい! 旅の話とか、何でも。それにトレーナーならポケモンだっていっぱいいるんだろ? どんなやつらなんだ?」
興味津々と言った様子のヒビキの言葉に思わず、あー、と声が漏れた。
「ポケモンね……いたんだけどね」
「……置いてきた」
「……え?」
ぼそっと呟いたレッドの一言に、ヒビキが目を丸くした。
そう実はレッドの提案で、サトシ君プレイしているのだ。
つまり。
「まあ一体だけいるんだけどね……ライチュウ」
「……ピカチュウ」
ボールを投げればライチュウとピカチュウが飛び出してくる。
ライチュウはともかく、レッドのピカチュウは基本的に出しっぱなしなのだが、さすがに研究所で『でんき』ポケモンを出しっぱなしにするのは色々と危ないのでボールに入れるように言っておいたのだ。
研究所のみならず、病院や飛行機の中で『でんき』ポケモンを迂闊に出したりしないのはマナーだ。うっかり放電させてしまうと大惨事になる。
ピカチュウは普段が普段なためどうやらボールの中が窮屈だったらしい、体を震わせたり動かしたりと自由を満喫している様子だった。
うちのライチュウは特にそう言ったことも無く、突然ボールから出した自分に何だよと言った感じの視線を送っていた。
「わあ……ピカチュウ、それにライチュウだ」
「知ってる……まあ知ってるか」
「ウツギ博士の研究所にいるしな」
確かタマゴと共にピチューを発見したのがウツギ博士だったはずだ。
当然ピカチュウ、ないしライチュウも研究所にいるのだろう。
まあそもそもピカチュウはプリンなどと並んでマスコット的な可愛さからポケモンの中でも知名度は高いし、トレーナーでなくとも知っている人は多いだろう。
「うわあ……可愛いな」
「あ、不用意に触ると」
「あばばばばばばばばばばばばば」
頬は電気袋と言われる発電器官の一つなので、不用意に顔に触ると電気が走って痺れるのだが少し遅かったらしい。
迂闊にピカチュウの頬を両手で掴んだヒビキの全身の電流が走り椅子から転げ落ちる。
とは言え技を出す時とは違い、発電器官の活性化はされていないので流れている電流も大した量でも無い。イテテ、とまだ少し痺れるらしい手足をぶんぶんと振りながらヒビキが起き上がる。さすがポケモン世界の住人である、この程度へっちゃららしい。
「ポケモンって言えばヒビキのヒノアラシってウツギ博士にもらったの?」
「そうだぜ……まあこいつちょっと臆病で人見知りしちゃうんだけどな」
「レッドみたいだね」
「センセイ?」
「あ、いえ、何でもありません」
思わず口を突いて出た一言に、隣でレッドが少し冷めた視線を向けてくる。
一度互いの本音をぶつけ、バトルし合ったせいか、最近レッドが少し遠慮が無い。
まあそれはそれで良いことなのだろう、自分たちだってまだ十歳の子供なのだし、以前のレッドのような盲目的な信頼は
「ヒノアラシは良いポケモンだよ。それも臆病な性格ならなおさらだ……大切に育ててあげなよ?」
「勿論だぜ……こいつは俺の相棒だからな」
清々しい笑みでそう告げるヒビキに、ライチュウがジト目でこちらを見てくる……ナンノコトデショウネ?
心当たりがあり過ぎて心が痛かった。
* * *
午後四時半と言ったところか、気づけば良い時間である。
ヤンチャな少年、と言った印象が一転するほどにはヒビキは勉強熱心なようだった。
少なくとも旅に出たばかりの頃のレッドよりも格段にポケモントレーナーとしての勉強を積んでいることが会話の端々に分かった。
レッドもレッドで何だかんだトレーナー談義には興が乗ったようで、気づけば随分と打ち解けていたように感じる。もしかしたらそれもヒビキの人徳かもしれない。
とは言え余り遅くにポケモンセンターにたどり着くのもよろしくない。
突然行って部屋が空いていなかった場合もあるし、その場合どこかホテルを探す必要もある。
暗くなってから宿を探すのは手間だし、ここから辺が潮時だろう。
それをヒビキに伝えれば、少し残念そうな表情をしながらも頷いてくれる。
聞き分けがいいなあ、と考えて……直後に自分がどれだけ外見でヒビキという少年を色眼鏡で見ていたのか改めて思い知る。
人は見かけによらない、と言うが今回の場合、自分が穿ち過ぎていただけに罪悪感があった。
また来るから、とレッドが告げたのがその直後のこと。
珍しく自発的に動いたレッドに少し驚きながらも歳の近い
幼馴染のグリーンはアレだし、自分はあくまでセンセイだ。対等の友達と言えるかどうかは知らないがヒビキはまさに何のしがらみも無い相手だった。
成長したな、と何だか娘を見守る親のような目線に気づいたのかレッドが首を傾げていた。
* * *
「あーあー……帰っちゃったな」
去って行く背を見送りながら、ヒビキが嘆息する。
楽しかったのだ。カントーから来たという二人はヒビキの知識を以てしても追いつかないほどのトレーナーというものを知っていて、それこそがまさに二人が本物のトレーナーである証とも言えた。
そんな二人から聞く話はどれもこれも新鮮であり、衝撃的であり、何よりも楽しかった。
また来るから、とレッドが言ってくれたのは驚きもあったが、それ以上に嬉しくてついその背を見えなくなるまで手を振っていた。
「楽しそうね」
背後から声が聞こえた。
「……コトネ?」
振り返れば帰ったはずの親友がいて。
「カントーから来たっていう二人、良い人だったみたいだね」
「え、あ……ああ、そうだな。面白い二人だったな。というかお前、帰ったんじゃなかったのか?」
「そんなのどうでも良いじゃない」
あっさりと告げるコトネの様子に首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「……別に」
どこかいじけたような、つまらなそうな、怒っているような、そんな複雑そうな表情をしているコトネに。
「もしかして、拗ねてる?」
「……は? 私? 何に?」
「あの二人と楽しそうにしてたから?」
「つ! べ、別にそんなこと無いし」
その感情の理由を察して、思わず笑みを浮かべる。
「何笑ってるのよ!」
「いや、悪い……そっか、拗ねてんだな、悪かったよ、今度はコトネも一緒に会おうぜ」
「いいわよ! 別に!」
「あはははは」
「笑うなあ!」
楽しい、楽しい、楽しい。
そんな風に、感情が渦巻いて。
渦巻いて。
「ヒビキ?」
聞こえた声に振り返る。
それはコトネの声では無かった。
そう、ついさっきまで会っていた。
「センセイ?」
先ほど別れたはずの二人の片割れがそこにいて。
「あ、ああ……ちょっと忘れ物してな……いや、それは良いんだけど、なあ、ヒビキ」
不思議そうに、まるでおかしなものを見たかのような表情で、センセイが尋ねる。
「
ぽつり、と空から一筋の雫が落ちて、頬を濡らした。
あと二話で終了予定。