コードキャスター   作:ノイラーテム

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シュポンハイムの別院にて

●陸の孤島

 とある有能な魔術師が死が確認され、形見分けが派手に行われた。

 遅ればせながらもエルメロイ教室にその話がやって来たのは、エルメロイ家に伝わる事物が関わって居たからである。

 もっとも亡きロード・エルメロイが仕掛けた厄介な罠が掛けられて居なければ、出番が回ってくることも無かっただろうけれど。

 

「判り易い田舎町ですわね」

「兄が言うには森というものは最も身近な衝立らしいからね。ちょっと何かあれば直ぐに陸の孤島になる」

 古来、村々は木々で囲まれた弧島であった。

 森と言う海に囲まれて行き帰もままならず、その小さな生活区域の連なりを、他者が便宜上から国と呼ぶに過ぎない。

「孤立し易いがゆえにさせやすい。つまるところ管理がし易い」

「マクロ・コスモスでありミクロ・コスモスでもある……でしたっけ」

 ただ一地域で全てを賄う小さな集合体。

 社会コミュニティ論にいわく、彼らは一つの地域で全てを完結する。他の地域を必要とせず自己完結するがゆえに、見慣れぬ他者を異様に警戒する。住民はすべて親類縁者で旅行者の滞在などとても珍しい。身近な他者と言うのは行商人と、……領主くらいのものだ。

 

 だからこそ……。

 

「だからこそ魔術師の棲み処には丁度いい。それだけなら特に珍しくも無い、単にビンテージものの『領地』だよ」

 ああ嫌だ嫌だ。と少女は笑う。

 此処には居ない筈なのに彼の声が聞こえた気がする。授業だとか事件だとかで彼が言いそうな……迂闊にも神秘のベールを横殴りする声が聞こえる気がするのだ。

「ではアレがシュポンハイムの別院で間違いないようですわね」

「正確には次期院長であった男の研究室の一つ(持ちモノ)というべきかな。一部の弟子と一緒に籠ることもあったそうだから、どんな研究をしていたやら」

 神秘はすべからく秘匿すべきモノだが……。

 次期院長として優遇されているのだ、修道院に用意された研究室で十分に神秘は隠せるだろう。利便性を捨ててまで隠す必要があるというのは、いかなる秘儀なのだろう。

 

「ライネス」

「何かなルヴィア」

 他愛ない思考を破る強い瞳。

 顔色こそ変えないが、少女はひどく愉快さを感じさせられた。今時、自分を呼び捨てにするなんて、オルガマリーを除けばこの女くらいだ。傲岸不遜な相手をどうにかして這い蹲らせようという暗くて浅ましい(ほほえましい)思いよりも、『今は』格上の敏腕魔術師に自分を認めさせたいという欲求の方が勝って居る。

「そろそろ、わたくしを相方に選んだ理由を聞かせて下さるかしら」

「ああ、それはね。単純に性質と才能と意志を兼ね備えている人間が身近に少なかっただけさ。三つ全部が一人前と言うのは贅沢にしても、せめて二つは揃えて居て欲しいと思ってね」

 第一条件として性質が最も重要だ。

 かといって才能が足りなければ使い捨ての駒にも成らない。それらを兼ね備えて居ても、やる気の無い者を翻意させるのは大変だ。それなら最初から全部持っている人間を雇えばいい。

 

「俄然、興味が湧いてきましたけれど……。まるで答に成って居ませんわよ。わたくしで無ければならない理由を訊かせて欲しい物ですわね」

「寄宿舎よろしく愛でも囁けば良かったかな? ……冗談だから本気にしないでくれよ」

 性質と言う言葉を初めに出したことで理解しているだろうに、つれないことだと少女は思った。

 詳細を聞き出すついでに迂闊なことでも言えば、招待状を持っている自分をも追い出す気なのだろう。油断ならないが、だから良いとすら思う辺りが我ながら救いがないとも思うのだが。

「兄が言うには鍵と言うのは二種類に別れるそうじゃないか。此処で使われている必要な鍵は、必要な属性が変化するタイプという訳さ」

「ああ、それで……。宝石魔術ならば一時的に揃えることができますものね」

 難易度が異様に高いだけで、誰もが解放可能な鍵。

 特定の条件を揃えなければ、誰であっても不可能な鍵。

 基本的にはこの二系統に分かれ、そこから条件が派生したりクロスしたりする。例えば日に寄る条件があったとして、一年に一度で済めば判り易い例だろう。

 

 それはそれとして宝石魔術が使えるならば第一条件はクリアし易いが、変更ペースによっては難易度があがる。

 そもそも属性鍵は関門の一つであって、他にも警戒要因は多々あろう。

 だからこそルヴィアはライネスを裏切る気はないし、笑顔の裏でお互いに探り合っているのはちょっとしたお遊びの様な物だ。

 

「私はエルメロイで無ければ安全に居られない場所で作業して居るから、貴女は好きにして欲しい」

「他で勝手に何をして居ようが自由にという事ですわね? 想うことはありますが、コルネリウス・アルバの遺産を手に入れられるならば目を瞑ることにしましょう」

 コルネリウス・アルバの遺産、それがこと(・・)の起こりである。

 次期院長の死による騒動は当然、蜂の巣をひっくり返したような事件になった。優秀な弟子が派閥を引き継いだり見限ったり、礼装や資料の奪い合いに始まって、ただでさえ貴重な資料が散逸するなどの失態も起きた。

「突然の死と言うやつは厄介だね、実に身につまされる。まあ……エルメロイから持ち出されたモノが却ってくるなら、ちょっとは笑顔を慎んでも良いかもしれない」

 ちっとも笑いごとではないが、他人の不幸は対岸の火事である限り笑い話にしかならない。

 自分の家で同じことがあったから同情しようなどいう、殊勝な気持ちをライネスは持ち合わせて居なかった。あえて笑顔を見せないのが淑女らしい慎みというやつだろう。

 

「それはそうでしょうけれど……。ところで顔を合わせる人間は少ない方が良いのではありませんの?」

「確かにそうだ。出逢うのが身内ばかりだったら、私も表情筋を鍛えずに済むかもしれない」

 美しきハイエナの提案を若き姫は否定しなかった。

 味方で居続けてもらうには断るのは得策ではないし、そもそもトレジャーハントであるならば、チャレンジャーは少ない方が分け前が多いのは当然のことだ。適当な理由があれば館を封鎖してしまうのは悪くないだろう。

「どうせ重要な物は既に修道院や時計塔の上層部が持って行っていかせているしな。縁があるのは私達で最後だろうから、警備の都合もあるし構わないんじゃないだろうか」

「では遠慮なく」

 姫は止めなかったという言質は取られない様に呟き。美しきハイエナは止められ無かったという言質だけは確保しておく。

 今ではない。此処ではない。

 そんな迂闊なことを二人がする訳は無い。

 

 あくまでそれも仕方無い、安全確保の為にという状況が見えたら封鎖する。

 単にその共犯になるだけで、そういう話題を造るという相談などしない。なに、どうせ有象無象の足切りレベルだ。強者が居れば勝手に入って来るし、雑魚が何人帰っても問題にもされまい。

 

●闖入者

 結論から言うと二人の企みはアッサリと図に入った。

 招待客は一通り参入しており、そもそも不審者の陰には枚挙にいとまがないくらいだ。

 館の内外を遮断する程度であれば問題無いと、肯定もされなかったが止められもしなかったという方が正しいだろう。誰も彼もがエーデルフェルトと敵対してまで、封鎖に反対する理由が無かったと言っても良い。

 

「何よコレ。話に聞いてるのと違うじゃない……」

 すごすごと引き返す者も居る中、一人の少女が結界の入り口で佇んでいる。

 協会から派遣されて来た中でも、お役所仕事の連中はさっさと踵を返して居る。何人かはチャレンジしても破れずに引き返していた。

「封鎖されてるなんて聞いて無い……。今更引き返せないのにどうしよう……」

 少女が周囲と違うのは、破るだけならば問題にしていないからだ。

 貴重さを考えないのであれば、何とかできるだけの方法(リソース)を少女は有して居た。

 

 もっとも彼女と同様の者は他に居ない訳でも無い。

 リソースという言葉は有益で消耗するがゆえに貴重なのだ。さらに結界の術者と対立するリスクを背負ってまで実行する必要性を感じなかったと言っても良い。

 

「仕方無い……」

 少女は溜息を吐いた。

 ここで引き返した連中と同じ溜息。ただ違うモノがあるとすれば……。

「母さんゴメンね。ここで使っちゃうわ。領域を設定(セット)……、侵入開始(アクセス)

 少女が周囲と違うのは、引き返す様な場所も諦めるような心も持って居ないことだった。

 持たない者特有の向こう水さと、地獄に向かって真っ逆さまでも笑える気概がソコに在る。

 

 少女はガラス板と宝石を順番に置くと、金色の髪を融かして疑似的な魔術回路を作りあげた。

 それはただの摸写、この結界の構造を映し出しただけだ。ここまでならば特に失うことを考慮はしない。

 

「やっぱり今の私のレベルじゃどうしようも無いわね。障害制圧(ルート)……裏口設置(バックドア)

 青色の瞳は状況を把握すると躊躇せずに実行に移した。

 迷うのは先ほど散々やったのだ。ならば後は確実に事を為すのみである。

「ハイ、状況終了。私は行かせてもらうわね」

「おい!? 結界をこじ開けたんじゃないのか!?」

 そんな訳は無い。

 少女は何より貴重な資産の一つを食い潰してまで行ったのだ。こじ開けるだけなんてもったいない。自分用の裏口を設置して、結界を美味しく利用させてもらっただけだ。

 

 やはりトレジャーハントであるならば、競い合うチャレンジャーは少ない方が良い。

 俺も入れろと騒ぐ連中を後にして、少女は館の方に向かって颯爽と歩いて行った。

 

 

「おや、新人さんかな、あのツインテール。私と変わらないだろうに中々腕の立つことだ」

 その光景を窓からライネスが見て居た。

 最初こそ次々に帰還する負け犬を見て暇潰しをして居たのだが、おかげで何やら礼装を取り出すところから他愛なく結界の中に侵入したところまで目撃したのだ。要するに全部見て居たと言っても良い。

「ふん。言うほどの防壁じゃなかったんじゃないか?」

「……っ」

「そうかな。少なくとも私だったらあのレベルの礼装を使い潰そうとは思わんね。今回の収入に見合うかすら怪しい。あの子の気風の良さを褒めるべきか、情報収集の甘さを笑うべきか」

 協会から派遣されており、運悪く使い走りにされている少年をルヴィアが睨む。

 自信たっぷりに張った結界を越えられて機嫌の悪い彼女に対して、少年は生来の目付きの悪さで睨み返すのだが……。ライネスはその様子すら愉しげに見つめて居た。

 

 

「今回は随分と収穫だな。いいじゃないか、殺し合うにしても愛し合うにしても楽しくやろう」

 更にその様子を楽しげに見つめる目があった。

 財宝に挑むチャレンジャー達よ。心せよ、トレジャーは財宝ばかりとは限らない。チャレンジャーもまた挑むだけの存在とも限らないのである。




 と言う訳で、ロード・エルメロイ二世の事件簿モノのシリーズになります。
今回は状況説明会で、次回は登場人物とその能力紹介回。
タイトルは『女の話をしよう』の予定です。

●現時点での登場人物
「コルネリウス・アルバ」
 シュポンハイム修道院の次期院長であったが、所用で出かけている最中に帰らぬ人と成った。
とても悲惨な死に方をしたらしく、魔術刻印は欠片も残らなかったそうである。

「ロード・エルメロイ二世」
 言わずと知れた時計塔のロードで、現代魔術科を統べる君主。
神秘の理解者であり、それゆえに破壊者とも言われる。そこにおらずとも弟子たちは論説の断片を思い出せるほどの存在感を持つ。
今回は登場しないものの、物語そのものには登場する。

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト」
 登場人物の性格の明るい方(良いとは言って無い)。公明正大で真っすぐな気質を持っているので、怒らせなければそんな酷い目に遭うことはない(はず)。
宝石魔法を得意とし、今回の探索に必要な属性鍵を容易く突破できるレベルの使い手。
登場はして居ないが執事と共に訪れており、滞在中も優雅に暮らしている。

「ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ」
 登場人物の性格の悪い方。「そこまで行けばいっそ恰好良い」と思えるほどネジ曲がった性格をしている。
ただし黙って居れば淑女なので、怒らせなければ胃が痛いだけで済むかもしれない。どっちみち玩具にされるだろうが。
今回はアルバの遺産に関して、エルメロイでなければ突破が難しい厄介な品があったために御呼ばれされている。
もちろん真に貴重な物は強引に持って行かれているので、どちらかといえば物見遊山と経験を積む為に近い。

「金髪ツインテール」
 ルヴィアの張った結界を突破して来た少女。
貴重な財産食い潰して侵入してきたため、色んな連中に目を付けられることになる。
その正体は以下次号。

「目付きの悪い見習い少年」
 協会から派遣されて来た魔術師見習いで、基本的な魔術だけ教えられて便利に使われている。
それなりに才能はあっても血統(魔力)の問題で使い走りとみなされるタイプの人間。
その為に誰もやらなさそうな基礎系の魔術ばかりを教えられており、今回の属性鍵突破用の術を教えてもら見返りに探索に参加している。
ライネスはトリムマウを連れて居るのに、良い様に扱われているのは単に面白いからである。

「?」
 不審者です。ありがとうございました。

●属性鍵
 鍵と言うものは、つまるところ解放を前提に設置されている。
使い手の実力を越えれば突破できるモノ、条件が整わなければ使い手でも無理なモノに別れる

鍵A:解放条件は、使い手の魔術能力以上の干渉
鍵B:解放条件は、特定の状態が満たされた場合

 この場合の属性鍵とは、特定の魔術属性でなければ解放する事が出来ない物を指す。
もちろん一属性だけ、一瞬だけで済む物では無いので、逐次変更して行く必要がある。
一定のルールさえ満たせば誰でも解放できるタイプに加えて、その条件を頻繁に変更する事で解放を難しくしている。
なおルヴィアは宝石を消耗品にして宝石が持つ特定の属性を満たせる上、消耗する鍵そのものを無数に用意できるので反則級である。
凛は自前の五属性だけで可能だが、途中にアルバが掛けた魔術鍵があるのでレベル的に突破が難しい。そのたびにブースター用の宝石を使えば別だが……。
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