コードキャスター   作:ノイラーテム

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女の話をしよう

●今は遠き過去の事

 女の話をしよう。

 その家の魔術はとっくに神秘が干上がって居た。

 今時の時代に呪符学(スクロール)など必要であっても必須では無い。致命的であったのは呪刻の概念が広まってしまった事だろう、今では宝石を使うことで地道に文字を刻印する必要すら無くなって居る。

 

「軽蔑する? 時臣くん」

「最後まで根源を目指し続けただけだろう? その生き方を尊敬する事はあっても否定する気には慣れないね」

 女は一流ではあったので己の代で根源に辿りつくことを目指した。

 家の神秘は尽きて居たが、女の実力は折り紙つきだったから、魔術師に必要なスクロールを用意する業者として稼げたことも拍車を掛けた。

「しかし現実問題として実験はどうしているのかね?」

「回数を抑えて質を向上させることにしているわ。今の所は考察する角度を控えるだけで済んで居るしね」

 だが根源を目指すには足りる筈が無い。

 仕方無く辿りつく為に至る要素を絞り、可能性はあっても不確定な実験を切り捨てることで誤魔化して居た。そう……誤魔化して居たのだ。ただでさえ少ない可能性を切り捨てて居てはとうてい先を望む事は出来まい。

 

 何事にも準備を怠らず、余裕を持って当たる男にはそれが我慢できなかった。

 どうでも良い相手ならいざしらず、尊敬に値する人物がただ零落するのを見て居られなかったのだ。もっとも自分の予定が女の未来にバッティングしていたから、都合が良かったというのもあるだろう。

 出なければ魔術師が他人など早々手助けなどすることはあるまい。

 

「君さえ良ければだが雇われる気は無いかね? この屋敷の霊脈や呪物を管理できる人間を探して居たんだ」

「どういうことかしら?」

 丁度良かったと男は言うが、女は簡単に信用する事は無かった。

 当然だろう、都合が良過ぎてあまりにも奇妙だ。とはいえ魔術師ならば必要に応じて臨機応変に当たるのも当然ではあるが。

「私の家系が関与して居る儀式を知って居るだろう? 間も無く開催される手はずだが、ただ戦えば勝てると思う気は無くてね」

「時計塔で情報や呪物を集めろということ?」

 男には必勝の策があったが、それでも過信する気など無かった。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。その原理に基づいて、可能な限り情報や礼装の類を集める気だったのだ。

 その為には欧州に留まって情報を集め、オークションに足を運ぶ人間が必要だったという訳だ。

 

「判らなくは無いけれど信用できないわね。迂闊に管理権を委ねれば軒を貸して母屋を乗っ取られる。そんな事は当然でしょう?」

「うむ。ここからは条件交渉だ。第一に私は管理権の設定を弄る気は無い」

 女の眉がピクリと動いた。

 管理権の変更をせずに霊脈や呪物を動かす方法など、それほどありはしない。警戒を要する提案、報酬が魅力的でも断るべき提案、そして女にとっては都合の良過ぎる提案。幾つもの思考が流れて、結局は男の言葉を待つことにした。

「もし私に身を任せる気があるならば、血の契約の範囲で持って行けるモノを全て持って行くと良い」

「正気なの?」

 その提案は一般社会では破廉恥に当たることだった。

 血の契約というのは、性行為に他ならないからだ。

「そんなに良い条件を出してしまっても」

 だが魔術師の社会では逆を意味する。

 血の契約を行えば、パスを繋げるほか管理権の一部を受けることが出来る。更に男の家は上がって行くところで、女の家は逆に下がって行く一方だ。後継者を残す為の相手も、年々難しくなって行くばかり。

 もちろん女の実力と容姿を考えれば、本当に手段が無い訳でもない。

 名家だが一流の血が出なくなった家に嫁ぐだとか、権門の家の愛人になるだとか。しかし前者は更に未来が無くなるだけで、後者はやはり後継者争いを避ける為に様々な誓約を貸される羽目になる。

 

 ここで決断を分けたのは、女は自分一代で何とかするつもりだったことだ。

 男の提案は女に手段を用意してくれ、かつ、次の世代へ保険をくれるということだ。ほぼ同レベルの相手だから、後継者問題で誓約を受けることも少ないだろう。ならば愛人として手下として扱われることなどに問題はありはしない。

 

「その代わりに子供が生まれた場合には、男でも女でもリンと名前を付けてくれ。ただし、漢字を習った場合でも文字を選ばない事」

「漢字……東洋の象形文字だったわね。真名を使った呪術防御……」

 男には子供が居て、名前をリンと言う。

 その子には漢字で名前が付いているので、真名として機能する。だが生まれて来る子には存在しないので、名前と血統で呪術が掛けられた場合にはその子に呪いが向かうだろう。

「まあただの保険だがね。もちろん……君がこの提案を断ったとしても私は気にしない」

「未来の無くなった女魔術師には過ぎた提案だわ。前向きに考えさせてもらうわね」

 こうして契約は完了した。

 しかし男には甲斐性があったので、女の研究の為に日本の魔術資料を用意してくれた。東洋における呪符学の中で用意できる物を集めてくれたのだ。

 もちろん有益なデータは共有していたはずであるが。

 

 そして女というのは母の事で、男と言うのは父にあたる人物の事だ。

 父が迂闊だとしたら、母が本気で自分に惚れるなどとは思ってもみなかったことだろう。用意周到な父の事だ、知って居たら某かの配慮をくれたかもしれない。

 だが母は律義だったので父の家系の話はしてない。父が夢半ばで倒れたらしいことと、形見として連絡用の宝石ペンの片割れをくれたくらいだ。

 

 結局のところ母は根源に至ることは無く、私は才能だけあって家財も無い状態で放り出されることになった。

 フリーの魔術師として生きることにした私は、いつか時計塔に招かれる為に研讃を積まなければならない。

 そして今ここに至る訳である。

 

●新人たちの顔合わせ

 最後の客人が館を訪れる。

 時間が迫ればやがて通達なり会議でも開かれるだろう。

 

「エインズワース。あの子に茶でも出してやってくれ。ああ、私には良いぞ」

「っ!? 自分のところのメイドにでもやらせろよ。それとも作法まではインプットできてないのか?」

 ライネスが目付きの悪い少年に声を掛けた。

 見習いではあるが彼女付きでもなんでもなく、協会から派遣されて居るだけの彼としては命じられる言われもない。

「判って居ないな。君の所はポっと出だろう? 一つでも魔術を覚える機会を得、有能な魔術師と知り合うチャンスを逃すものでは無いと思うのだが?」

「俺をコキ使いたいだけだろう……とことん意地が悪いなっ」

 だがそれは真実だった。

 目付きの悪い見習いの少年……ジュリアン・エインズワースは魔術の家を興したばかりだ。

 元は金持ちが護身用に手習いを受ける程度の間柄で、時々金を払って警護させたりする程度のものだった。

 

 それが運命を変えたのは、彼に才能があったことと家庭内の問題が原因と言う判り易いものだ。

 そのまま諍いをもたらすよりも、魔術師へ弟子入りした方が良いと思える程度の知恵が彼にはあった。そうすれば家を魔術的に助けることは、以前よりも容易くなるのだから。

 

「優しいのね、ライネス」

「なに、情報収集は必要だろう? さっきの娘がどこの誰なのか知っておいて誰も損はしない」

 ライネスがジュリアンにやらせたのには理由がある。

 協会の使い走りとして連れられている以上はどうせ何か命じられるのだろうし、それが招待されている自分がやって悪い道理は無い。彼としてもただの下男として働かされるよりは、他の魔術師と交流できる方が良いだろう。

「わたくしの腕前に彼が文句を付けた事を言っているのですけれどね」

「そちらはただの趣味だよ? うん。どうせ誰かにイビられるならば私がやっても良いだろう?」

 先ほどルヴィアに口答えして苛立たせていた。

 だから代わりにイビってやったのだとライネスは薄く笑う。放っておけばルヴィアが制裁するか、協会の中に居る狐が意を汲んで意地悪をするだけだろう。ならば自分が状況をコントロールすれば四方八方win-win……。

 と言う訳では無く、単に生意気な奴を使い倒したかっただけである。

 ゆえに趣味だと正面切って告白したのだ。

「ジュリアンに同意してしまいそうですわね。良い性格をして居ますわ」

「それはありがとう。良く言われるんだ」

 ライネスが皮肉を笑って受け取ると、ルヴィアは珍しく難しい顔を浮かべた。

 性格の悪い連中の中でナンバーワン。そう言うことは図らずも自分の性格の悪さを認めることであるのだから。

 

 

「コーヒーとコーヒー、どっちが良い?」

「美味しい方」

 答え難い質問に少女は真理で応えた。

 正解の無い質問へ真面目に取り合う必要も無い。

「名前……家名だけでも教えくれたら良い情報をやるよ」

「ヘザークリフ家のリン。これで良いかしら?」

 リンと名乗った少女はコーヒーをブラックのまま手を付けると、角砂糖をツマミに啜って行く。

 ジュリアンはどっかりと座って、残ったもう一カップにミルクを注いで行った。

「スコットランド出身?」

「家系はね。……ところで情報とやらはいつくれるの?」

 ヘザーというのはヒースのことだ。

 そう呼ぶのはスコットランド出身者なのを思い出したが、イントネーションやコーヒーの呑み方があちらの人間とは異なっている。本当かはともかくとして尋ねておくべきだろう。

 

「意地の悪い女狐に目を付けられたぞ。悪いことは言わないからとっとと帰れ」

「ふうん……。でもお生憎さま、帰れるもんならとっくに帰ってるわよ」

 案外、優しいじゃない。

 そう言おうとしたが止めておいた。

「最低でもここで名前を上げて協会に入っておかないと、後のち厳しいのよね」

「なんだ、同類か。また会う事もあるかもな。俺はジュリアン・エインズワース」

 招聘されないような魔術師は、誰もが似たようなものだ。

 苦労して入っても下働きが精々。それでも協会に居ると居ないとでは資料や機材の面で段違い。いずれフリーになるにせよ時計塔に居たことがあるとないとでは、待遇すら変わってくることもある。

 

『さっきの手品は何だ?』

 ジュリアンは結局その質問を出す事は無く、リンも殊更に答える事も無い。

 魔術師にとって神秘の秘匿は前提であると同時に、何が出来るかという切り札は最重要の情報なのだ。今はその辺りの常識が通じる相手だと、顔繋ぎで留めておく。

 

 もっとも早い段階で、お互いのことを知り合う羽目になるのだが……。

 

●事件の幕開け

 ジュリアンが先輩達に押しつけられた雑用込みで片付けて、ライネスの元に訪れた時にはとっくに幕が上がって居た。

 ざわつくホールの中央で、司会を務める鮮やかなドレスの女が対応に追われている。

 

「何が起きたんです?」

「こういう遺産分けの時にはよくあることだよ。聞きたいかい?」

 質問に質問で帰って来るドレスコード違反の笑顔。

 とびっきりの美少女ではあるが、これっぽちも信用できなかった。優れた魔術師には必須とされる豊かな感受性を持ってジュリアンはただ事ではないことに辿りついた。

「お願いしますレディ。可能な範囲でご助力いたします」

「つまらないな。ここで噛みついたら囮にしてやるつもりだったのに。……良いニュースと悪いニュースのどっちから聞きたい?」

 ここは頭を下げてでも素早く情報を得るべきだ。

 例え後から同じことを先輩から聞くにせよ……。それを既に知って居たことと、押しつけられることでは意味が百八十度異なるのだから。

「貴女にとって面白い方で」

「ふっ、はは……。これは気の効いた答だね。その意気に免じて教えてあげよう。変死体が出たんだよ、連続でね」

 くすくすと笑う声は淑女と言うよりは童女のものだ。

 冴えた回答例をカンニングした身としては、ささやかな御礼を同類の少女に届けてやろうと思うくらいの義理をジュリアンは感じた。もちろんライネスに気に入られた場合は、有難迷惑を押しつける為だ。

 

「罠……じゃないですよね」

「鍵役を押しつけられた君を置いてかい? だとしたら死んだのも頷ける惜しくも無い奴だね」

 危険な罠があると最初から判って居るのだから、罠に引掛ったくらいで大騒ぎになる訳が無い。

 馬鹿が何人か居ましたと、食事の時にでも笑い話にするくらいだ。

「ということは一人はウチの上ですか?」

「それが判るならギリギリ及第点かな。誰かまで特定できていたら待遇改善を考えてあげても良かったのだが」

 ジュリアンが鍵役の一人を務めるのは協会だ。

 だから協会から派遣されて来た魔術師が死んだというのは、まあ想像力があれば判ることである。だがもっと特定する様な情報が今の言葉の中に在っただろうか?

 

 一番上では無いだろう。

 責任者が死んだのであれば去就を確認する為に、協会組全体が動いている筈だ。下働きであるジュリアンが知らされるかは別にして、もっと色んな用事を言い渡されている。

 

「エリアの中に侵入してもおかしくはなく、探索チームを縮小せざるを得ない状態なら……」

「ヒントをあげ過ぎたかな? と言う訳で私が君の上司だ、確りと励みたまえ」

 ジュリアンがライネスの元で働かされるから、待遇問題が出て来る。

 そう考えれば逆算することが出来る。戦闘面を担当していた魔術師が死んだのだ。ゆえにチームを縮小し、守り切れないメンバーを帰還させるか、交流のある場所に落しつけることになる。

 

 その前提がある上で、他の招待客の元でも同じ様な事態が起きて居たらどうだろう?

 あるいは恩義を売る相手が減って居たら、ライネス……この場合ならエルメロイ家の元に貸し出される可能性はある筈だ。

 

「事情は判りました。ただもう一つだけ聞かせてください。何故……」

「どうして我々が疑われないということかな? それは簡単だよ」

 探索チームが減ったのであれば、ライネス達が疑われない筈は無い。

 であれば、何故スムーズに話がまとまったのだろう? そのことに気が付いたことで笑顔はグっと強い物になった。

「死体を確認してみたらまあ大変、首筋に穴があったんだ。もちろん転化しないように封印はしてあるそうだが」

 血を吸う魔物。

 かつて人であったモノ、死にぞ来ない。

 

「修道院を襲う死徒とは、こいつは気が効いている」




 という訳で事件簿物の第二話になります。
事件の内容というよりは、登場人物の紹介回になります。ボーイミーツ・ガールかは不明。
今回は最初の構想なので速かったですが、次回は他のシリーズを書くのでやや時間が掛るかもしれません。
第三回は『死徒の跳梁』。戦闘回なので、事件簿というよりはfateや月姫よりの展開になる予定です。

●キャラクター紹介
「リン・ヘザークリフ」(名前・設定は未出に付き、ほぼ捏造)
 エクストラのリンの先祖(という設定)で、廃れた家系に属して居た。
スクロールという魔術師には有用なアイテムでも、既に必須では無いアイテムを扱っていた家系。
現在では幻想種の皮を使ったスクロールや、年月の経ったスクロールよりも、最初から年月の経過した宝石を利用する宝石魔術を利用する事が多くなっているので廃れて居る。
もちろんそうでないスクロールの家系もあるのであろうが、リンの家系はちょうど被って居るといえる(という設定)。
 代わりに東洋の呪符の知識を組み合わせることで、符蟲道のような能力を織り交ぜて居る。
ただしこの技術は母親が苦労して作りあげたもので、現在のリンには実現不可能である。よってこの能力は使えば使うほど、リソースが張って行く。
(同じ術が白黒兼ねるとか、同じ術を重ねると一角増えるごとに+1修正とか、そういう和風呪術モノになります)
その為、まずは時計塔に入って能力を磨きつつ、様々な呪物を集めるのが目標である。根源? 凛が目指して居るくらいには目指しているかもしれません。

「ジュリアン・エインズワース」(この世界にはエインズワースという魔術の家が無いそうなので、ほぼ捏造)
 表の名家から裏の魔術師の世界へ流れて来た少年。
元は金持ちが自衛を兼ねて手習いに魔術の知識を覚え、必要ならば護衛に呼んでいた程度の関わりであった。
だが彼の才能が高かったことと、そして家庭内に出たとある問題から、ジュリアンは魔術師としての道を目指す。
とはいえ彼レベルの才能など掃いて捨てるほど居るのが時計塔であり、現在は見習いとしてコキ使われている。

「派手なドレスの女」
 シュポンハイム側と思われる。

「死徒?」
 一同が居るシュポンハイムの別院を襲撃して居る。

●現在の館の状況
 協会込みで複数の探索チームが襲われ、死徒が相手だと推測した段階。
既に楽に回収できる物は回収して居るので、撤退するチームは多数。協会は縮小してライナス達に人員を提供して恩を売って居るところ。
ぶっちゃけ事件簿的内容の本編に入る前に、人数多いのが面倒なので減ってもらいました。
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