コードキャスター   作:ノイラーテム

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死徒の跳梁

●君は何を得るのか

 死徒が居る。

 恐ろしい事実である筈なのに、ライネスは平然と微笑んで居た。

 

「随分と余裕だな」

「これでも私は当主だからね。籠城を決め込ませてもらうに決まって居るだろう? とはいえ……」

 聞きたいことは聞いたとジュリアンが元の口調に戻る。

 そんな様子も含めて愉しそうにライネスは笑った。嘲笑ったと言い換えても良い。

「一人で安全地帯に籠るのも気分が悪い。解決に向かう道筋くらいは示してあげようじゃないか」

「矢面に立たないことは否定しないんだな」

 当たり前だろう、私が居て何の役に立つ。

 そう傲然と微笑みながらライネスは指先をタクトの様に振った。

 指揮者が指差すのは、向こうの方で準備を始めているルヴィアの姿だ。

 

「時間がくればルヴィア(あの女)が何もかもを吹き飛ばして解決する。それまで彼女の負担を減らすのが君の役目だ。もし場所を特定できれば、ちょっとは被害が減るんじゃないかな」

「エーデルフェルトの宝石魔術か。見たくはあるけど物騒で困るな」

 ライネスは最初、ルヴィアの宝石を鍵にするつもりだった。

 探索作業も並行せねば名がすたるが、相手が死徒とあれば彼女とて全力を振るわねば勝利は確定できまい。ならばその代わりにジュリアンが鍵を務めれば良いという訳だ。

「具体的には何をすればいい?」

「自分で考えたまえ。ああ……そうそう。こちらのチームの安全と、お宝の回収に繋がるなら私の名前を出すのは構わない」

 淑女の微笑みから悪戯娘のニヤニヤ笑いに変わる。

 知らないが知って居ても答えない。あるいは最初から関わる気の無いという風情だ。まあ本来はエルメロイのロードはこの娘なのである。働けと言うのは筋違いなのだろうが……。

 

「勘違いして欲しくないが私が無事であり続けることは重要なんだよ? 籠城をして居るなら兄は援軍を出すに決まって居るし、協会だけではなく教会が来てしまったら交渉できるのは私だけだ」

 くつくつと喉の奥で笑う押し殺した笑い。

 この娘が見て居る出し物は自分なのだとジュリアンは悟る。一挙一投を監視され評価……ではなく見世物として愉しんで居るのだ。

「大惨事になっても構わないってのか?」

「死徒なんてモノが出た時点でとっくに大惨事になるのは決定して居るとも。シュレーディンガーの猫なら到死性の毒薬でも半分は生き残るんだろうがね」

 大惨事であろうとも、自分だけは生き残って成果を掴み取る。

 そう信じて居る者だけがこの場に残っているという訳だ。あとは自分と相手の実力を勘違いして居た者と、運の悪い奴が死んでいく。

「運に頼るのが嫌なら精々可能性を積みあげないといけない。重要なのは……」

 二人の会話と同じ様な言葉が、少し離れた場所でも行われていた。

 笑顔など無かったけれども。

 

 

「重要なのは何を残すかではなく、何を得るかですわ」

「判ってるわよ、そのくらい……」

 ジュリアンと同じ様にリンもまた危険の臭いをかぎ付けた。

 協力を申し出た彼女にルヴィアが要求したのは法外な取引だ。結界を踏破した術式の内容の説明、場合によっては礼装……リンにとって残された家財を譲り渡せと言うのだ。

「死徒を倒せる腕前というのを買いたい人も居るでしょうけれど、その先はどうしますの?」

「どうせ私が死徒と相対したら、倒せたとしてもコレは無くなっちゃう」

 問題なのはリンが再現できないということだ。

 母親が造り上げた礼装ゆえ、今のリンでは再生産できない。死徒を倒した業を見せてくれと言われても、また同じことをやってくれと言われても無理だ。

「自分で倒すもよし、功績が欲しい人に協力してもよし。……ただ私に譲り渡すならば同じモノを定期的に供給してあげてもよろしくてよ」

「増えるのは嬉しいけど……。ソレをやってしまったら、もう私の家の魔術じゃなくなるわね」

 ルヴィアに売り渡した場合、選択が増える。

 解析した後にエーデルフェルト家で再生産して、その報酬の一環として礼装を受け取るのだ。現時点で再生産の目途が付かないリンにとって、報酬込みで喉から出る内容ではある。

 

 しかしソレをやってしまったが最後、母親が造り上げた礼装はエーデルフェルト家の物だ。

 場合によっては他の魔術師にも供給されてしまうだろうし、協会が買い挙げる可能性もある。事実、そうやって世間を巡った礼装や魔術と言うのは多かった。

 もちろん売った方に最初以上の見返りがある筈も無い。どうしてもというならば、手下になって使い倒されるくらいの覚悟で契約する必要があるだろう。

 

「それが判って居るなら判断は早い内にすることですわ。貴女に取って後悔しない道筋を、ね」

「協力だけなら勿論するわ」

 速やかな回答を求められない内からリンは即決した。

 そのスピードにルヴィアは満足そうに頷いた。相手が死徒であればソレが一番の自衛手段だ。迷っている時間も、交渉して値段を釣り上げられる相手では無い。

「特別な指示が無い限りチャンスがあったらコレをぶっ放すし……特殊な能力があれば情報はちゃんと伝える。今のところはこれでOK?」

「それが正解ですわ」

 エクセレント♪

 そう言わんばかりの表情でルヴィアが微笑む。チャンスがあれば躊躇しない事、そして最重要なのは情報であることをちゃんと理解して居るからだ。

「私は自力で倒すつもりですし、死徒の能力で一番厄介なのは文字通り死に損なう(アンデッド)ということですからね」

「後は……死徒の居場所を特定するってことで色を付けて欲しいわね」

 一般的に死徒退治で困るのは、相手の居場所が判らないことだ。

 これに加えて不死性が輪を掛けた難題で、倒しても倒し切れないという事態が多々ある。とはいえ有名な死徒(ランクA以上)がこの辺に居ると聞いては居ないので、『リンの切り札を浴びてどう生き残ったか』をしれば、おのずと対処手段が見つかるだろう。

 

 だ、それは実戦慣れしてないがゆえの甘い認識だ。

 死徒というものはそんなに甘くない。そのことを思い知らされるまでそれほどの時間は掛らなかった。だからこそルヴィアは倒してしまおうとする覚悟よりも、情報を渡そうとする重要性を評価して居たのである。

 

●領域の設定

 ライネスに預けられた魔術師や、協力を申し出るフリーの魔術師たちが集う。

 ジュリアンやリンもその中に参加しており、先輩達の言葉に可能な範囲で答えて居た。

 

「結局、エーデルフェルトの張った結界は破壊して居ないんだな?」

「そうよ。元もとあの結界は修道院のソレを利用したものなの。だから壊すのは簡単じゃないし、私も相乗りしただけ」

 死徒対策の最初の一歩は大抵が居場所の特定から始まる。

 入念な防護も受け身に回っては穴を見抜かれ易いし、そも結界を破るノウハウなど古今東西に存在するからだ。ならば先に相手の行動を把握する他あるまい。

 把握さえしているならば防御に入っても攻勢に回っても良いのだ。

「なら霊的防御を越えて出入りできまい。あくまで修道院の中と言う訳だ」

「招待客の確認は済んでるわよね? ということは未知の区画の何処かで決まりよ」

「じゃあ警戒しながら探索を続ければ良いってことだな」

 そして話の流れは協会に属する中から腕の立つや古株の者が握り、フリーの者にも作戦の内容を任せるという風に振って行った。

 

(「ねえ、アンタが話を持ってきたんだと思ったけど?」)

(「その通りさ。話を持って行っただけ。まあ俺は見習いだし、こうなるのは当然の結果だな」)

 ジュリアンは激し易い性格の割りに意外と冷静だった。

 権限から功績からみんな持って行かれている筈なのに、まるで動じた風はない。最初から気にもして居ないという感じだ。

(「責任を果たして終わりワケ? ちょっとは上を目指そうっていう気は無いの?」)

(「素人同然の俺が先輩達の手並みを拝見出来るだけありがたいさ。それに……」)

 ライネス(おひめさま)の言い付けをこなして満足なのか?

 報酬を確約されたわけでもないのに。そう尋ねるリンに対し、ジュリアンの方はあくまで平静だった。根底から考え方が違っていると言っても良い。

 

(「……何があるってのよ)」

(「いや、知ってるなら教えて欲しいくらいなんだけどな」)

 あまりにも無関心なのでリンは更に追及して行く。

 ジュリアンの方は知ってか知らずか、頬に手をついたまま気の無い返事を返す。

(「なんでこいつら吸血鬼相手に楽勝できる前提なんだ?」)

(「そりゃ神秘の存在強度(ねんげつ)が低い相手だから、自分達の攻撃が通じ……る」)

 魔術師にとって神秘の強度(ふるさ)は再重要だ。

 多少の格差ならばともかく、大きな差があるとちゃんと攻撃したのにまるで通用しないことがある。

 

 対して今回の死徒は有名な死徒(ランクA以上)でも、自然現象に近い規格外(ランクEX)ではない。

 しかし死徒を吸血鬼と呼んでしまうほど素人なジュリアンにも判ることがある。

 

(「攻撃を喰らったら死ぬってごく当たり前の状態になっただけだ。だいたいゾンビ映画よろしく戦闘担当が奇襲で殺されたとは限らねえだろ」)

 時計塔から派遣されたチームは戦闘担当が殺されている。

 他のチームで殺されている魔術師は雑多だが、それでも弱いと決まった訳でもない。奇襲であえなく殺され得たならば良い、だが実力勝負あったらどうする気なのだろう。

(「で、でも。それほど強い相手が今更何しに来たって言うのよっ」)

(「だからだろ? 強さを証明する為か、それとも足りない神秘を補強する為に着てるのさ」)

 死徒の目的は狩り、ここは猟師の狩り場である。

 でなければ危険であることを承知で魔術師のたむろする修道院に来るわけがない。魔術師たちが死徒を倒せば名声を挙げられると思っている様に、死徒もまた彼らの生命と礼装を狩りに来て居るのだ。

 だからこそライネスやルヴィアは油断して居ないし、特定し次第最大級の攻撃を叩き込むつもりなのである。

 

●狩人の時間

 そして、その予感は当たって居る。

 そこではない何処かで、死徒は自分を探しまわる気配に気が付いた。

 

『向かって来るか、それもよろしい』

 死徒を倒す名誉の為、あるいは自衛の為に。

 それぞれの目的で魔術師たちは協力し合う。なまじ死徒のことを知って居た為に、彼らは致命的な勘違いを犯した。

『ならばチキンレースといこう。君たちが先に私を追い詰めるか、私が先に君たちを追い詰めるかの勝負だ』

 死徒が隠れるのは逃げる為ではない。

 獲物を追い詰める為の捕食行動である。そのことを理解する前に彼らは行動を始めてしまっていた……。

 

 

 さて、この館は例外を除いて区分けされたエリアに居続けることができない。

 絶えず変わりゆく属性鍵に対して、対応する属性を持った者が対応する必要があった。部屋に限らず直進して居るはずの道すらも分断されており、隣のエリアがどうなっているか覗いてみないと判らないという仕掛けだ。

 

「見付けたぞ!」

「やっぱりここだな!」

 よって真っ直ぐに進む事すら協力し合わねば困難。

 独りであれば、おのずと死徒が潜んで居る場所は特定できる。移動できる方向に逃げるにせよ、その次の場所に逃げるにもルールが合致してないと無理だ。

「追い詰めたぞ! 逃がすな、とり囲んで……」

本当に(リアリィ)?』

 見付けられた当人、ダークスーツの男はむしろ驚きの方が強かった。

 この程度の腕前で。あるいは、この人数で。どちらでも良いが、まあ結果は同じことだ。

 

「減らず口をほざくな! 烈風よ!」

『術そのものは悪くないスピードだが、いかんせん使い手が悪いな』

 ワンカウントで放たれる烈風を軽快なステップで回避。

 その瞬間に魔術師たちは気が付いた。凶悪な死徒であれば踏みつけて魔術を崩壊させるだとか、極端な相手であれば涼風同然なこともある。

「だがやれるぞ! 距離を詰める時間を与えるな!」

「炎よ!」

「光よ!」

 この死徒は倒せる。

 ならば遠慮は不用と壁ごと火球が炸裂し、光の矢が無数に撃ち込まれる。ファンタジーゲームの様な攻撃に隠れて影が蠢き、あるいは直接効き難い呪訴に呪物を捧げてインスタントの儀式を行っていた。

 

『温いな。それとも私が魔術の一つも……』

「そんな事は先刻承知よ! 烈風よ荒れ狂へ、大河が時として大地を呑み込むように。風もまた森を呑み込まん!」

 カウントは四つか五つか。

 最低源で最大限の強化が施され、指揮を取って居た男が隠れて練り上げた魔術を行使する。ワンカウントの魔術攻撃と防壁がぶつかり合っている間に完成させたのだろう。

「足を止めたが貴様の不覚よ! コレを受けては……」

『狙いは悪くなかったのだがね。それならば味方ごと撃たねば駄目だよ。安全地帯が丸判りだ』

「なに、何時の間に!?」

「ひぃ!?」

 死徒は一足飛びに魔術師の一人に組みついていた。

 後ろから優雅に抱き付いてとはいかないが、それでも恐怖を思い起こさせるには十分だ。

 

 そして非情なセリフを口にする死徒に、油断も隙もあるものか。

 安易な捕食行動に出ることなど無く、強引に腕を掴んで放り投げたのである。

 

「ぎぃ……あ……」

「避けろ! いや、その前に奴を……」

『遅いね。まあ月並みだがそれ以外に言葉は無いよ』

 死徒の剛力が容易く人体を宙に回せる。

 ワンハンドであるはずなのに何と言う剛速球。しかもその直ぐ後に走り出すという人外い振りを発揮して居た。

「烈風よ!」

『勲章代わりにソレはもらっておくとしよう』

「あっ……」

 死徒は平然と指揮を取って居た魔術師に接近した。

 相打ち、あるいは相殺し合わないようにして居る為、それが最も安全なコースだ。もちろん人間には不可能な再生力があったればこそであるが。

 

 死徒の体が再生して行く。

 烈風が切り裂いた胸の傷だけではなく、手や足の関節に筋肉なども含めて一気に。人間では自滅しかねない程の身体強化も、死徒の前にはただのダッシュに過ぎない。

 シンプルな貫手が魔術師の胴を貫き、心臓でこそないが何処かの臓器を露出させた。

 

『なんとも不甲斐ない。しかし何だな……。今後に備えて私も幾つか反省すべき点もあるか』

 もし場所を予測して、罠を張って居たら危険だったかもしれない。

 もし相討ち覚悟で仲間の放つ魔術に対し、十分な防御を張って居たら乱戦だったかもしれない。死徒は不敵にもそんな予習復習をするほどの余裕を見せていた。

「き、貴様! 貴様ほどの死徒が何でこんな所に!?」

『……? 決まって居るだろう、依頼だよ』

 最後の一人を捕まえ首筋に牙を突き立てる。

 溢れ出す血潮がダークスーツを濡らすが、僅かな時間が経つと何も無かったように染みは消えて行った。

 

 捕食自体は死徒であれば普通の行為。

 しかし不思議なことが一つあるとすれば、彼は『依頼』と言ったのだ。財宝などではなく……。




 と言う訳で第三話になります。
今回と次回は事件簿というよりはfateとか月姫よりのストーリーでしょうか。活躍するのは味方じゃないですけれど。
戦闘の解決回は12-13日予定で、『切り札(エース)捨てる(つかう)時』になります。

●ダークスーツの死徒との戦闘
 比較的に若い死徒なので、強力な魔術が当たれば普通に倒せます。
それはそれとして弱いという訳ではないのと、本人は別件で来ている戦闘重視型なので、探索のついでに戦闘を試みた連中よりはよっぽど強いです。
二十七祖な連中と比べたら常識の中ですが、まあそう言うのと比較する方が悪いので。

●館の問題
 一定エリアごとに特手の属性を要求する鍵が付いています。
問題なのはこの鍵が時間経過ごとに変化することで、同じ場所に居続けることができません。
例外というのはホール周辺、そしてアルバやその弟子たちの研究室でのこと。つまりはそれぞれに替えようがない条件鍵が存在することになります。
条件鍵の一つがエルメロイの血族であることで、これは新しく弟子になった……引き抜かれたエルメロイの縁戚の魔術師が持ち込んだモノ。
ライネスはその部屋に籠った上で、水銀ちゃんに守ってもらっているので、ほぼ安全な状態。同じ様な条件はありませんが、これは単に持ち込む前に先代が施したキーが強大なだけで、他のキーは部屋の中に居ると発狂するとか、体が融けるとか防御できないと危険なモノばかりになるとか。
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