●アルバの遺産
一つの報告が探索隊に届けられていく。
それを悲劇と呼ぶか喜劇と呼べばその人の性格が判るだろう。大抵の人間は黙して自分の情報を隠すのだから。
「討伐隊が全滅しました」
「ちっとも笑えねえ冗談だな」
アグリッパと呼ばれる派手なドレスの女が静かに言葉を告げる。
ジュリアンは不機嫌な様子を返し……彼はいつもこの調子だが、決して笑顔を浮かべない訳でもない。単に現実が滑稽なだけだ。
「別に冗談を言ってる訳でもないと思うわよ」
リンが弁護にもならなら相槌を打つと、小さく皮肉げな笑いが帰って来る。
「誰も討伐隊なんぞ組んじゃいねえんだがな。要するに、抜け駆けした連中が居たわけだ。これを冗談と言わずになんて言うんだ?」
そうなのだ。対策会議以上の事をしてはいない。
場所を特定し追い詰める為の筋道を立てて、討伐する為の用意をするところだった。いつかはそうするにしても、今はまだ確実に居場所や移動経路を抑える為の段階だった筈だ。
「何が一番笑えねえかと言うと、連中が素直に協力してればとっくに事件は終わりってことだな」
「そこは弁護の使用も無いわね。まあ弁護する義理も無いけど」
現実は酷く単純で滑稽だった。
皆で結集してエーデルフェルトが順当にトドメを指したという結末ではなく、少数精鋭で駆逐しましたという名声欲しさにマヌケが出た訳だ。
もっとも成功すれば下働きも卒業とあれば気分が判らない訳でもない。
問題なのは死んだマヌケの中には、おそらく死徒の位置を特定する事が出来る術者が居たという事。
それが失われこれからの捜索が面倒になった上に、ベースキャンプであるホールを守る為の人数まで減ったと言っても良い。
「まあ泣き言を言ってるような余裕は無いとして……。現場を見せてもらっても?」
「構いませんが原則として鍵はご自分でご用意ください」
「ちょっと、こんな時くらいマスター・キーを使いなさいよね」
アグリッパという女は静かに首を振った。
原則を曲げることは無い。ソレはルールの順守を怪しくさせる行為であり、同時に侵入者を引き付ける行為だからだ。
「そもそもマスター・キーは存在しません。グランド・マイスターと各マイスターはその都度に鍵を生成されておられました」
「徹底してるのね。……判ったわ。できれば案内して欲しいんだけど」
堅い調子で説明され、ためいき突きながらリンも納得の表情を示した。
だがその顔が歪んだのは、僅か後の事である。
「構いませんが原則として鍵はご自分でご用意ください」
「あ……?」
なぜここで同じ言葉を繰り返す必要があるのか?
怪訝な顔で尋ね返そうとすると、やはり同じ様な流れで返答が返ってくる。
「どういうこと……?」
「マスター・キーは存在しません。よって皆さま方は各自で鍵をご用意ください」
疑問と答えがイコールで結ばれない。
まともに考えれば、リンの問いが『何故、鍵の用意の話』を繰り返す必要があるかだと判断できるからだ。何故こんなに杓子定規に回答する必要があるのだろう? これではまるで……。
「アグリッパさん……。いや、答えろアグリッパ。お前は人形だな?」
「その通りです。個体名アグリッパと申します」
「うそ……。こんなに表情が豊かなのに……」
白磁の肌に蜂蜜色の髪や青い瞳、こんなにも美しいのに人形であるのか。
いや、それとも美しさの代名詞を並べ立てただけだから、やはり人形なのか。言われてみれば造り物めいた笑顔を浮かべたままだ。
「オートマター……」
「正確には人体の再現性を確保する為、ホムンクルスを主原料にした生体式人形です」
人体では強度が足りないならば、その部分は機械であれば良い。
人間として見るならば違和感が出るならば、人間に極めて近い存在を使えば良い。ホムンクルスならば性能としても魔術の馴染みも上々だ。だからこそパっと見では人間に見えるほどの出来なのだろう。
「なるほど。ようやく先輩達の気持ちが判った。……お前も遺産だな?」
「その通りです。最も貢献した魔術師に譲渡が決定しております」
「だから先走ったマヌケが出たのね。これだけの作品が前菜なら、残っている遺産にも期待できそうだもの」
もちろん上層部ならばこのレベルの物を作れるだろう。
だがこの場で探索を行っている者にとっては垂涎の的だ。アルバの研究の一端を垣間見れる上に、もっと素晴らしい遺産も残って居るかもしれない。
「個体名アグリッパ、生体式人形です。食事として摂取は……」
「あーもういいわ、いきましょ。……こういうところは人形なのね」
まだ若く未熟な二人にとってショッキングな出来事だった。
ある程度納得したし理解もする。だからこそ見逃してしまった。裏の常識に慣らされた他の魔術師と違って違和感を持ちながら……『誰が譲渡条件を決めた』のかを尋ね損ねたのである。
●
赤いコートに着替えたアグリッパに道を教えられ道を進んだ。
ジュリアンが先頭に立ち、探索や護衛を兼ねてリン達が付いていく。
「ねえ、参考までになんでそんな事をやってるわけ?」
「人の魔術を尋ねるのは御法度じゃねえのか?」
嫌そうな顔をしてリンが尋ねると、ジュリアンはいつもの不機嫌な調子だ。
それもそうだろう。彼は説明が好きではない上に、普通は尋ねることではないからだ。
「判らない事を聞く気は無いわよ。なんでそんな馬鹿な事をしてるかって言いたいの」
「仕方無いだろ。俺が習ったのはこの方法だけで、宝石魔術なんて高尚なもんは知らないんでな」
彼が使用したのは金色のカード・キー。
道をねじまげる空間に出逢う度に、彼はそれを使用してこじあける。そのたびに金色のキーは徐々に鈍い色に代わり、ついには鉛色になってしまう。
誰でも判る遠回り、それだけがジュリアンの知っている方法だった。
彼はこんな調子で何枚ものカード・キーを消費し、その都度に少なくない財貨……材料である金自体の消費を行っているのだ。
「置換魔術が悪いだなんて言って無いわよ。ただね、その方法は間に一手間かますの。あんたここに来るまでに一体幾ら使ったのよ」
「それの何が……俺が副業で稼いだ金を浪費しただけだろう」
無駄使いであることはジュリアンも否定はしなかった。
ただ、それを指摘してくれる人間など彼には居なかったし、見習いである彼にとってまずは使い勝手を試してみる段階でしかなかった。
「ふ~ん。浪費ってことは認めるのね? じゃあ私が間にかます触媒を売ってあげようか?」
「チッ。足元を見やがって。だが、それだけだとお互いに割りに合わうとは思えねえな。そうだな、せめて……」
悪戯っ子のようなリンの笑顔だが、不思議とライネスのような意地悪さは無い。
共通するのは後を引かないところだが、おせっかいなリンに愚痴を言うべきか、それとも明確な悪意を載せておいて文句のつけようの無いライネスを呪うべきか判らなかった。
判って居るのはジュリアンはまだ未熟であり、差しのべられた手は例え罠でも貪欲に受け入れるべきだということだ。
今は損をする事があっても、現状の危機を生き延びる手段であり、将来に芽を伸ばす為に仕方無いと割り切れる感性と判断力が彼にはある。
「ちゃんと過程と費用を説明した上で、浮いた金を折半ってことなら構わない」
「~♪ 随分と太っ腹じゃない。いいわ、そのくらいの魔術なら教えてあげる」
メンツの問題か、それともプライドか。
リンは思わずはしたなく口笛を吹くが、聞くのがジュリアンと人形のアグリッパだけなら問題無い。
「…もし時計塔に入れたら、あんたに色々教えて小遣いでも稼ぐのも悪くないわね」
「言ってろ。何年もしねえ内に、習うもんか無くなるだろうよ」
リンの軽口にジュリアンはそのまま切り替えした。
簡単に魔術を教えるようだと、手持ちのカードが無くなるぞと忠告めいて悪態を突く。
だがその裏で、自分が何も知らないことは否定しない。
妙な正直さとプライドを垣間見て、リンの微笑みは止まらない。
「男の子って大変ねぇ。まあいいけど……エインズワースってそんなにお金持ちなのに、何も知らないの? 聞いたこと無いけど分家なのかしら」
「正式には俺が始めみたいなもんだからな」
いつもは不機嫌なジュリアンがその時ばかりは無表情だった。
ぶっきらぼうに人に語るべきではないことまで喋ってしまう。まるで自分の事など、どうでも良いという風に。
「驚いた。それにしては筋が良いのね」
「元を辿ればメディチにも連なる家系と聞いてるが、眉唾だな。どこかで魔術師の血でも混じったんじゃねえか」
滅びたメディチ家は表でも裏でも大家だった。
古くは行商人として道なき道を駆け抜けるマレビト。
そして医師であり錬金術師であり聖職者であり、都市すら金融で支配した大商人でもある。……要するに凄腕の魔術師だった。
もし真実そうであるならば、ジュリアンもきっと救われたことだろう。
だが彼が信じているのは、むしろ後半部分。どこかで魔術師の血が入り込んだ可能性。……最悪、自分は巣を手に入れようと企んだカッコウだとすら窺っているかのようだった。
「そこは『我こそはメディチの再来だ』とでも言っておけばいいんじゃない? 置換魔術にも適性あるみたいだしさ」
「なんだよソレ。天才の自称なんぞ馬鹿馬鹿しくてできるか」
ソレができないからこそジュリアンは不機嫌なのだ。
彼は自分自身を誇ることができない損な性質で、オマケに他者を騙して自分を誇る様な性質でも無い。要するに男の子は大変なのである。
「自分の事だもの、好きにしたら? ……それじゃ、さっそくレクチャー始めるわよ」
リンはくすくすと笑いながら即席の抗議を始める。
もちろん時計塔の専門家であれば恥ずかしいレベルだが、それでも素人のジュリアンには十分役に立つだろう。
「まずは今習ってる置換魔術の概念から。これは錬金術から派生して、その価値を別の何かに置き換える物」
「その程度は知っている。置き換える度に劣化して行くって事もな」
ここまでは良いわね? というリンの言葉に不機嫌そうに頷いた。
いつもの調子が戻ってきた。……という風には知らないが、それでも元気を取り戻したことくらいは判る。
「あんたが習ったのは不変の価値を持つ黄金を元に、幾つかの置換を経て求められる属性を得ている。まっ何処に行っても通用する、『万能の鍵』を教えてもらったんだと思えば意味はあるんだけどね」
「なるほど。万能ゆえに効率が悪いってか」
今度はリンが満足げに頷いた。
ジュリアンの呑み込みは悪くない。むしろ鋭いくらいに感受性が高い。まあでなければ豊富な魔術回路があるからと言って、一代で魔術師になろうとは思わなかったろうが。
「価値を基準にするなら、それこそ魔術基盤ごとの貴重性重視で良いのよ。例えばナポレオン帝政時代の価値観を持つ触媒を使えば、アルミニウムで金以上の価値を持たせられるわ」
「要するに自分用の賢者の石を造れ、必要に合わせた杖を振るえって事だな」
よくできました。との言葉にジュリアンは顔を歪める。
そしてお返しとばかりに一つ尋ねることにした。発想や説明といった考え方の基盤と言うモノは、その顕わし方で根本が露わになるからだ。
「おまえの魔術は転換がベースか?」
「鋭いのね」
意外なことにリンは指摘されても顔色を変えなかった。
秘密だからと隠すのではなく、むしろあっけらかんと表に出して来る。
「と言っても私も私の代で始めた分野だけどね」
「お前も?」
だからこそジュリアンは思わず尋ね返す。
本来は人に話す事ではないからだ。彼が自分の身の上を語ったのは、それこそどうでも良いと思っていたからに他ならない。
「そっ。うちの家の神秘はとっくに枯渇して居るのよ。だから新しく色んな魔術を組み入れたんだけど、一番しっくり来たのは転換だったってわけ」
語りはしなかったが、それは父親に当たる人物が残した資料だ。
ソレを覚えてから皮肉なことに、彼女の家のお家芸である呪符を駆逐した……宝石魔術が新しく彼女の力になった。
「お前も苦労してんだな」
「まあ私は良いのよ。物心着く頃には見切りが付いて、新しく方策を探して居た時期だったから。苦労したのは母さんの方じゃないかな」
まさに発想の転換だった。
宝石を使って呪符を造る。呪符の効果を宝石やその他の触媒で高めて行く。いわば電子回路の様な魔術に発展した。領地替えで失われた魔術基盤も、東洋の呪術である符蟲道で補えたのは幸運だったろう。
「それはそれとして……」
「そろそろ着きますよ」
それまで黙って居たアグリッパが声を掛ける。
そんな風に必要な事以外は無関心で喋らないところは、なるほど人形の様だった。最初こそ人間と間違えたが、細かな仕草は確かに人ではない。
「それならさっさと調査しちゃいましょ。講義はまたの御愉しみって事で」
「その前に、先客が居る様だな。……意外だな。アトラスの連中が事件解決に手を貸すなんて」
そこに居たのは褐色の肌を持つエジプシャンの美少女だった。
騒々しくなった場を気に掛けるでもなく、そのまま調査を続けている。肌をさらして居るのはムスリムではないからか、それとも単に魔術から来る必要性なのだろうか?
と言う訳で第四回の追跡回であり、キャラ紹介の続きと成ります。
説明が長くなったので、後でするつもりだった内容を先に入れて、戦闘解決は次回に持ち越しとなった感じです。
●二人の事情
リンとジュリアンの家設定は捏造なので、ここで簡単に説明。
ジュリアンの方は血筋のどこかでダリウスの血が入り、魔術師の能力を得ていた。
家でも色々あって、飛び出してきた感じです。
リンの方はエクストラのコードキャストに繋ぐ予定なので、遠坂の転換・宝石を混ざった段階。今から発展して行く感じになります。
●アグリッパ
派手なドレスを来た人形。機械人形おいうよりはホムンクルスを材料にした生体人形である。
外見はタイプムーンエースに登場した女アルバのイラストのまんま。
冷静な思考というよりは、いまいち人間に成りきれない精神性を持つ。というかあんまり自分で考える方では無い。
●エジプシャンな美少女
アトラスから回収に来た。という理由で実際には別の用事があった模様。
優れた演算力で今回の事件もあらかじめ予想して居たのかもしれない。