●後の事件に至る鍵
事件現場に訪れる度に何かが見える。
だから何度も確認しろとは言うが、これほど犯人とかけ離れた相手と遭遇するのも珍しい。褐色の肌を持つ美少女が床に手を突き何やら探っている。
「アトラスの連中が捜査に協力するなんて珍しい事もあるもんだ」
「訂正を要求します。当方の観測対象であるかどうかを確認しているだけです」
ジュリアンが面倒そうに放った質問へ少女は立ち上がることも無く答えた。
そして一定の成果を得たのか、白衣を羽織ると器具をポケットにしまい込む。
「それで何か判ったのか?」
「当方の観測対象で無いことは確認しました。事件収束後に観測対象が起動するか、持ち出された事を確認するまでホームに居ます」
「承知いたしました。ラニⅥ。良い御時間を」
言葉の半分はジュリアンに、残り半分はアグリッパに聞かせていたようだ。
必要最低限だけを告げると、ホールの方へ向かい始める。
ジュリアンは舌打ちをすると少女の後頭部を一瞬だけ見た後、視線を手元に移して言葉を掛ける。
「死徒が出歩いているというのに随分と不用心じゃないか?」
「その件は直ぐに収束するでしょう。出逢う事も無い相手を警戒するのは無意味です」
身も蓋も無い言葉が返ってくる。
だが少女の言葉は色々と示唆に満ちている。おそらく先ほどジュリアンが逡巡したのは、どうやったら事件解決へ向けた言葉が引き出せるかを考えたのだろう。
「ってことは居場所が判ったんだな? 倒す方法も」
「ミス・エルメロイの元にエーデルフェルトが居るとか。ならば解決は自明の理です」
「ちょっと、それじゃあ意味が判んないでしょうが。あんただけ判って居ても仕方無いのよ!」
態度はYes。
しかしその後に続く言葉は無い。ジュリアンが何度目かの舌を打つ前に、リンが続けて言葉を放った。
「先ほどの言葉をミス・エルメロイにお伝えください。それで事件は解決します」
「はあ!? あんた私の言ってることが聞こえたの!? 一人で納得してんじゃないわよ!」
なんとさっきの言葉が答を兼ねていたらしい。
しかしながらサッパリ判らない。というよりも言葉が少な過ぎて解釈が他に出来るとは思えないのだ。
「お前にとって事件は解決した、もう口を挟む気は無いということだな?」
「正確には事件には最初から口を挟む理由がありません。しかしながら計測のついでで判明したことですので、アンサーを口にしたまでです」
「だーかーらー! んっとにもー頭きた! あのね……むぐ」
ジュリアンは前に会った事があるのか、慣れたように言葉を遮る。
むしろ先輩を制止するのと違って、リンの口を素早く塞いで考えを巡らせる余裕すらあった。
「なら提案だ。終わった後でいい。お互いの協力できる範囲で探索の……いや、あんたが観測する対象への危険対策をしねえか?」
「貴方が理解できているかは別として、非常に魅力的な回答です」
ジュリアンは探索に関しての協力要請は行わなかった。
遺産を分けあう事を決める権限など無いし、そもそもアトラス院から派遣されて来たチームは興味がなさそうに見えたからだ。
ならば協力対象は、彼女達が確認した対象に関して。
もしそれが危険なモノであるならば、対策を一緒に練ろうと持ちかけたのだ。仮に死徒以上の危険であれば、この一言だけで情報収集としても協力要請としても十分だ。
「ミス・エルメロイにもう一つお伝えください。ウェイバー・ベルベットと名乗って居た男性の協力を仰げるのであれば、こちらとしても情報を開示する事はやぶさかではないと」
「「ウェイバー・ベルベット?」」
事情を良く知らない二人は、今ではあまり聞くこともない名前に首を傾げた。
ただ一つ判ることは……。
「ホントーに自分が言いたいことだけ喋っていったわね」
「仕方ねえな。ありゃホムンクルスだろう。
言われてみればラニの言葉も姿もシンプル過ぎた。
知性も容姿もかなりの物だが、必要以上を行おうと言う気がそもそもない。機能として兼ね備えているが、対応しようとしないという点でアグリッパに良く似ていた。
あえて違いがあるとすれば、意図して観測や計算を行うことくらいだろう。
二人は釈然とし居ないままに現場のデータを集め、一度キャンプ地であるホールに戻るのであった。
●その時、何が起きたのか? これから何が起きるのか
ジュリアンはホールに戻った後、定められた手順でライネスに報告を送った。
現時点で少なくない魔術師が死んだことや、ラニⅥと名乗るホムンクルスからの伝言を伝える為だ。
「本当にその名前を?」
「ああ、ウェイバー・ベルベットの協力が得られるならば。とな」
ホールに現われたライネスの唇は奇妙に歪んで居た。
面白い事を見付けた微笑みであり、同時に面倒な事になったという態だ。
「知ってるの?」
「知って居るもなにも兄の本名だよ。エルメロイを一時的に継がせる前は、そんな誰も知らない名前だったのさ」
「ロード・エルメロイ二世か。確かに協力させることを確約なんぞできねえよな」
意外なことにライネスは首を振った。
ロードの中でも今をときめくロード・エルメロイ二世といえば、魔術師を育てる
「どうしても必要だと言えばあの兄ならば文句は言わないさ。それにアトラス相手の学術談義程度ならば問題にもならない」
「……なるほど。問題なのは学術的な助言じゃねえってことか」
今度こそライネスは頷いた。
何かの魔術をアトラス主体で実現する為に、ちょっとした助言をする程度の内容に収まらないからだ。
「そもそも魔術の開発だろうが礼装の開発だろうが兄には無理だ。アプローチが間違っているとか正しいとかの助言は可能だがね」
「それはそれとして、理解できるだけでも凄いことだと思うんだけれどね」
「じゃあ何がマズイんだ? やっぱり他の組織と協力態勢を築くことか?」
進まない話にジュリアンが強制的に鞭を入れる。
他愛ない御話を終えて、ライネスはトントンと机を叩きながら口を開く。もうちょっと引きのばしておちょくってやりたかったのだろうが、まあ仕方あるまい。
「それも問題だがね。……そもそもウェイバー・ベルベットの名前を指定したのが問題なんだ」
「本名が知られて無いから、表沙汰にせずに接触したかったとか?」
「いや、そうじゃない。それなら他の名前でも良い筈だ。その名前の当時に起きたことが関係している……」
その通り。
だから困って居るとライネスは楽しそうな顔で答えた。
「とある問題を引き起こす為にウェイバー・ベルベットは日本まで出向いた。帰還ルートでも色々やらかしたかもしれないが、まあ些細なことだ」
「まさか……」
ライネスの言葉にリンが僅かに顔を青ざめた。
もし聡明な姫君が気がつかなかったとしたら、ソレはあまりにも語り慣れたできごとと、良く見た変化だったかもしれない。
「聖杯戦争……」
「極東で行われた儀式と言う名前の殺し合い。まあそこで起きた秘儀にせよ、サーヴァントにせよ、研究対象にするとしたらロクなもんじゃないな」
「ふん……なるほどな」
少女二人が話し込む中で、ジュリアンは得心いったと頷いた。
そして肩をすくめながら、まだ見ぬ脅威に思いを馳せたのだ。
「ということは死徒の次はそのサーヴァントとやらが出て来る可能性があるってことか。面倒ってのは中々収まらねえもんだ」
「だからこそ困って居るのさ。嫌だと突っぱねるのは簡単だが、サーヴァントが出て来る可能性があると判っては無碍に断れん」
「ちょっと! サーヴァントって大事じゃない!」
そこからは三者三様だった。
サーバントという単語を確りと理解してはいないジュリアン。知っているからこそ困っているライネス。そしてとてつもない脅威だとだけ知っているリン。
もはや死徒など山の前の丘に過ぎず、いかにして大過なくやり過ごすかが問題となった。
「サーヴァントが何か知って居るのかリン?」
「知ってるけど後でね! ……まずは死徒を片付けないとゆっくり寝てなんかいられないわよ?」
「ああ、そっちは半分解決した。君達の伝言のおかげだな、ありがとうとでも言っておこうか」
もはや興味が無いのか、ライネスは死徒に関しては投げやりだった。
確かにサーヴァントと比べたら大したことは無いかもしれないが、笑って見て居られる相手ではないはずなのだが。
「見付けたのはアトラスのホムンクルスでしょ? 褒めるんなら出逢った時にでも言ってあげたらどうよ」
「言われて判ったことなんだがね、時間の問題だったからさ。もし君達が尋ねなければそうだな……数日後に犠牲者を大量に出して倒したんじゃないかな」
「ということは居場所の検討が付いたという訳か? だとしたら……」
妙な公正さでラニの事を告げるリンに対し、ライネスは笑って二人の影響だと切り替えした。
ジュリアンはそのことから、告げられた内容に関して精査を始める。
『ミス・エルメロイの元にエーデルフェルトが居るとか。ならば解決は自明の理です』
これがラニの言った全文だ。
直球過ぎて謎を入れる余裕も無い。
となればライネスが口にした、数日後には確実に判ると言う言葉が最大のヒントだ。
「あんたかエーデルフェルトならば確実に思い付く場所。あるいは虱潰しにすれば必ず辿りつく場所に死徒は居る」
「そういう事だね。言われなければ疑わなかった自分が恥ずかしい」
穴があれば入りたい、入って隠れて居たいものだとライネスは笑った。
もちろん穴を見付けられたら簡単に殺されてしまうのだけれども。
「ここは霊的加護付きの修道院だから霧になって隠れるのも不可能。ゆえに可能性は二つ。一つ目は推理小説よろしく死徒が殺した魔術師の死体。これと入れ替われば盲点だ」
「はぐらかすな。それだったらとっくに見付けてるよ。基本中の基本つーか、転化しないように術を施したっていう話だからな」
そう、推理小説と違って死体は入念に調べられる。
モノが吸血鬼としての特性を備えた相手だけに、ゾンビならぬ低位の死徒に転化されては困るからだ。何度もチェックするし、場合によっては焼却してでも処分するだろう。リスクが大きいどころの話ではない。
「ならエルメロイでなければ無事で居られない部屋に貴女が居たように、他の弟子の部屋に潜んで居るってこと?」
「まあ、そういうことだね。言われてみればとてもあっけない」
ゆえに死徒の件は、ほぼ解決して居るのだ。
後はルヴィアが宝石を山の様に使って仕留めるか、死徒の方が先に気が付いて情けなくも逃げるかのどちらかになるだけだ。
「死徒が何をしにやって来たのかという『ホワイダニット』が判らなかったが、まあサーヴァントが絡むならば聖遺物の可能性が高いな」
「サーヴァントとやらを呼び出せるようなブツってことか」
「ここにそんなモノがあるってことね。とんだ遺産だわ。それともまさに遺産として相応しい……かしら」
聖遺物級の品であれば死徒が挑むのも納得が行く。
魔術師だらけの場所に危険を承知で飛び込んでも、『そのくらい』でお釣りが来るほどの対象だ。サーヴァントを呼べる可能性を抜きにしても、強力過ぎるアイテムだからだ。
(「もう一つ不明なことがあったか。死徒は誰に……」)
口にしても解決できない推論だ。
ゆえにライネスは言葉には出さなかったし、ラニⅥもまた告げなかったのだろう。まずは死徒を倒す為の戦いに全力を向けることに成ったのである。
●仕組まれた戦い
もし正面から死徒と戦えば、危険どころでは済まなかっただろう。
仮にも魔術師の集団を瞬殺しており、単純な戦闘力だけならば相当な能力を持つタイプだからだ。そんな相手を前にして、一流の魔術師と言えど楽勝というのは難しいだろう。
だが何事にも例外はある。
もし黒幕がこの戦いの事を仕組んで居たら?
もし特異な能力を持つ魔術師たちが手を組み、黒幕が想定する以上の能力を示したら?
その答がここに、この時にある。
「珍しいな。爪に化粧なんて」
「何を言ってるのよ。今時の女の子は普通にしてるわよ。それにコレは礼装だし」
「まあ体色に近いとか、桜色とかまあ良くある色合いだけれどね」
恐ろしいことに姫君であるライネスが戦場に居た。
もちろんエルメロイの血が必要なのではなく、楽勝で倒す事にしたからだ。そしてもう一つの条件を叶えつつ、見たいモノ……見ておかねばならないモノがあるからに他ならない。
「ではラニ君。今回の周知を頼む」
「了解しました。ミス・エルメロイ」
白衣のラニが注釈する姿は学会か何かを思わせる。
無論、こんな少女が論文を立ち上げ吸血鬼に関する作戦を読み上げるなど、科学者から見れば噴飯物ではあろう。だが魔術師の中では普通の光景だ。弁者がアトラスのホムンクルスだとあればむしろ当然の帰結とさえ言える。
「死徒は捜索の盲点を突き探索を確実とする為に、
「エルメロイの御姫様がやってる事と、ほぼ同じことをしてるって訳よね」
コルネリウス・アルバは俗物的だったので弟子は結構居るが、この別院に居たのは四人ほどだ。
それぞれが頭のおかしい仕掛けを施して、当然ながら他にも仕掛けた罠と合わせて万全の態勢を敷いていた。何しろ弟子同士だからといって、魔術師相手に油断するほど愚かな奴は居ない。
「
「それで何処の部屋が確実なの?」
いずれも極め付きのトラップ部屋だ。
一番まともそうなのが水没した部屋というのが、まったくイカれている。しかし死徒は水に弱いという伝承もあるので、系統にも寄るが無いだろう。何しろソレを基盤に魔術を撃ち込まれたら、アッサリと存在が瓦解しかねない。
「知って居れば対処できる唯一の場所が、思考が漂白される部屋です。あそこは居るだけで狂気に陥る部屋ですが、そもそも思考を停止してプログラム通りに動けば問題ありません」
「そんな事ができるのは、てめえ達だけだよ」
「ありがとうございます。ミスター・エインズワース」
褒めてねえよ。とジュリアンが苦笑を洩らした。
平然と常人には出来ない事を口にするホムンクルスのラニⅥと、人間とはそもそも違う思考で動く人形のアグリッパ。確かに二人からすれば意識が漂白されて器物に成る程度の事はいつも通りなのだろう。
「勘違いとか目算違いって路線はねえのか?」
「正しく認識できない部屋では外の様子を把握する事も、指定した時間に出る事も不可能です。これでは何のために探索に訪れたのか意味すら無くなります」
「共犯がいて撹乱の為に参加したとしても、その役にも立たないって訳ね」
極論を言うと認識が歪んで居るので中がまともかも判らない。
もしかしたら内部空間の直進性すら歪んでおり、仮に部屋全域に魔術を掛けても聞かない可能性があるのだ。
一時的な退避を行ったつもりで数年後に出てこれれば運が良い方だろう。埋葬機関にでも襲われない限りは逃げ込む場所ではない。
「……此処に間違いはねぇ。そして中に居る奴は魔術的にプログラムされた通り、逃げ出して来るってことだな?」
「その通りです。しかしプログラム内容に迎撃もあるかもしれません。貴方の決断は危険だと申し上げておきます」
ジュリアンの思考を先読みしてラニが懸念を伝えた。
彼女としては可能性レベルであったが、それでもゼロではない以上は忠告しておくべきことだった。
「ねえよ。エーデルフェルトに狙われて巣に籠ったまま死ぬなんざ、真っ平御免だろうさ。どうせなら戦って勝利を奪うって方が面白そうだ」
「なるほど、思考をトレースされたのですね」
「置換を応用したの? むちゃくちゃな事するわね」
ジュリアンの言動を上回るペースでラニが先を口にした。
何故断言できるのかという疑問を踏まえたうえで、思考をトレースしたのだとさらりと口にする。それがとんでもないと知って居るリンは思わず二人の話を遮った。
「普通はね。対策をした上で一時的なモノである投影で済ませるの。人格置換なんかしたら。制御技術も無いのに人格が汚染されるわよ」
「生憎と他に方法は知らねえんでな。それに……ウッお!?」
「確かに漂白されるならば同じことですね。判りました、では私も本格的に協力するとしましょう。問題ありません」
人格が汚染されると言う事に対して三人のスタンスは違っていた。
リンはとんでもないことだと思っているし、ラニは良くあることだと精神洗浄込みで手段を許容して居る。そしてジュリアンに至っては自分を大切にすると言う気持ちが無い。
「てめえ、何を、しや……」
「既に答はインストールして居る筈です」「貴方に接続して」行動をプログラム」」方法はエーテライト。「貴方が人格を置換した様に、私もまた「「演算によってトレース」「再現」「問題ありません」
ジュリアンの思考は突如として間延びし始めた。
正しくはラニの思考と接続し、並列思考の中に巻き込まれたのだ。普段からこのスピードで演算して居る彼女に合わせて居ては、ジュリアンがただで済む筈は無い。
『問題ありません』
『確かに漂白されるならば同じことですね』
『判りました』
『これが私が本気で協力するということです』
先ほどの言葉が順番を修正されてジュリアンの脳裏に蘇る。
どこまで覚えて居ないか判らないが、漂白された人格を幾つか上書きして行く。
「大丈夫ですの? 今更準備を無駄には出来ませんわよ?」
「問題ありません。私はトートの
動きを止めたジュリアンを見て、精神を出有させて居たルヴィアが口を開いた。
敵対者であれば失われても気にしないだろうが、流石に協力を申し出て、彼女達の代わりに危険な場所に飛び込むと言う男を見殺しにする気は無い。それではエーデルフェルトの名が泣こうと言う物だ。
「簡単に説明しますと、彼の動きを七刻分まで制御しています。あくまで彼の能力内ですが、出口に向かう動きくらいはかわせるはずです」
「やれやれ相手次第か。仕方無い、少し守ってやれ。お前なら問題無いだろう」
『イエス→マイ↑ロード↓』
また何か妙な動画でも見たのか、トリムマウが
それは姫君を守っている本体の一部なので守ることはできないが、イザとなればジュリアンを押し倒すくらいは可能だろう。ライネスの掛けたささやかな保険と言う奴だ。
そしてジュリアンの思考が漂白される心配そのものは気にしないことにした。
ラニが直接操っている状態であり、思考が消えるとしても彼女の与えたプログラムの方が先だろう。そのくらいの優先順位を割り振ってあると保証されたようなものだ(脳機能に支障をきたしたら、補填にアトラスが術式でもくれるだろう)。
「出て来ます。今から皆さんに移動場所を送りますので各自行動してください」
「わぁおう。何これ、あんたこんな風に世界を見てるわけ?」
「っ!」
ラニの声にリンは声を漏らし、ルヴィアは呻き一つで耐えきった。
脳内に直接画像が飛び込み、相手が行うモーションを表示したのだ。画像が粗く音の方が鮮明なのは、部屋に飛び込んだジュリアンの能力限界だろう。
「ちょっとした3D画像だね。映画で見たことくらいはあるが。まあ科学が魔術に追いついたと思っておこう」
「来るわよ!」
動けば動くほど画像が鮮明になる。
それは一挙手一挙到ごとに演算をし直して居るせいだろう。相手の思考をエミュレートし、ルヴィアやリンが牽制に撃ったガンドを計算に入れて再調整して居るのだ。
「まずはこれでも喰らえ! 釣瓶打ちよ!」
「ガンドなど……。ぬっ!」
魔力で編まれた呪いを弾いた瞬間に、リンが向けたネイルアートが輝く。
そこで停滞したのは僅かな時間であるはずなのに、まるで判って居たかのように五色の魔術弾が飛来する。
「温いわ!」
「怨敵退散! グッバイ、アディオス、さようなら! アデューやヴォナノッテも良いけどね!」
死徒が張り巡らせた魔力の鎧が魔術弾をことごとく防いだ。
しかしその効果はそこからだ、五色の色彩が魔力の鎧ごと周辺を縛り上げ始めた。
「私の行動がことごとく読まれている!? 馬鹿な、こんな小娘一人に!」
これが集団で魔術砲撃を掛けたのであれば判る。
強力な結界を築くためにこちらもかかりきりになるし、大きなステップで良ければそれはそれで待避先を読まれ易くなる。
「解せん! ……これは時間の掛る呪訴だろう! どうして……」
「呪訴というよりは秘儀ってやつよ。うちの家財全部持って逝きなさいな」
リンが放ったのは繰り返すたびに強度を増す魔術式。
たが一度繰り返すごとに、ルールを変える必要がある。五倍掛けであれば五つのルールが必要なのだ。簡単に実行できるような魔術ではない。
異なる言語で五度、五つの異なる色彩で放たれる魔弾。五つの方位に放ち……。
咄嗟に判断できたのはそれだけだが、こんな少女が一瞬にして判断したというのは無理がある。
「動け、動け、動け……」
「無駄ですわ」
ルヴィアが先ほどは成ったガンドは牽制ではない。
マーカーであり、リンのソレと重ねることで魔力的に感染する補助式でもある。既にリンの魔術攻撃が当たった以上はもう外す事は無い。
「この矢は当たりますわ。必ず、何をしようが」
「宝石の形状をした弓だと!」
左手はガンドの指先、右手に大粒の宝石を握り込む。
周囲に配置した煌びやかな宝石たちがプリズムのように光を放てば、極光にも似た輝きが矢を形成し、地面には影がエイワズのルーンを刻んで居た。
「まさかイチイバ……」
「いいえ……これぞエーデルフェルト流射弓術!
ルヴィアがくすりと笑った時。
小粒な宝石が次々と砕けて、直撃した光の矢に力を載せて行ったのである。
こうして死徒の跳梁は計画通りに終了した。
それが黒幕の予定の内か、それともライネス達の計画の内かは別にして。
と言う訳で死徒との戦闘回を終わります。
なんというか場所を見付けたら終わりと言う、謎解き回に近くなってしましました。
次があればもっと直接対決っぽくしたいと思います。
●ラニⅥとその能力
アトラス院のホムンクルスで、彼女達の演算通りかを観測しに来ている。
徹頭徹尾自らの研究と、その成果を確認する為に行動して居る。今回協力したのも、結果をより良い方向に修正する為。
分割思考と未来予測を行うのみで、実質何もせずに死徒を倒し、ジュリアンやライネス達の協力を得た。
能力:『七刻の予見』、『遡る砂時計』
相手の生体波長などを七回分予見する能力と、味方の行動を七回分修正する能力。
簡単に言うと運命やテンションによる行動誤差がサイコロの様な物だとして、そのサイコロの目を記録、そして味方であれば修正できる。
ただしこの能力には大きな制限があり、あくまでサイコロの目の分だけで、能力値修正が大きい場合にはあまり意味が無い。
相手が何秒後に大きく態勢を崩すと判って居ても、そのタイミングで確実に成功する行動を取って居ては意味が無いというもの。
とはいえこのまま戦えばどうなるか予想が出来るし、敵の不調と味方の絶好調を組み合わせれば、高い確率で勝利を得ることが出来るだろう。
この能力は互いが互角である時、明確な相性がある時、そしてとえもウッカリな味方が居る時などに役立つ能力である。
モデルはTRPGのイースRPGと、カードゲームの紋章喰らいの一部
●リンの切り札
東洋の呪術である符蟲道を織り込んだ物で、その秘儀を呪符(と宝石魔術)でアレンジしている。
今回は繰り返せば魔力強度・神秘強度を増すという秘儀を使用しており、本来は勝てる筈の無い呪訴合戦に勝利した。
この秘儀は強力な半面、一度繰り返すごとに別のルールを繰り返す回数分だけ上乗せする必要がある。
今回は方位(図形)・色・指・言葉・香りの五つを使用しており、それをネイルアートに落とし込む事で一瞬では判らないようにしている。
以前から繰り返す様に、この術用の礼装は今のリンには使用できない。
モデルはテーブルトークのAYURAファンタジー退魔戦記の一部
●ジュリアンの人格置換
思考をトレースし仮構築した人格を自分に上書きする事で、敵ならばどう動くかをプロファイルしている。
本来は投影であるとか、他の魔術を使用するはずだが、今の彼は属性鍵を間に合わせる為に、置換魔術を教えてもらっただけなので、この方法を取って居る。