ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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#21 夏休みに向けて

 期末試験明け。

 教室では演習試験で条件達成出来なかった芦戸、上鳴、砂藤、切島が絶望の表情を浮かべていた。

 

「皆……土産話っひぐ……楽しみに……うぅ……してるっ……がら……!」

 

 芦戸が涙を流してしゃくりながら話す。

 

「今までの流れで楽しい林間学校になるのであろうか?」

「そこは気にするのは今更だと思うわよ。刃羅ちゃん」

「まっ、まだ分かんないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ……!」

「緑谷。それ口にしたら、無くなるパターン」

「もしくは更なる地獄を見せられるパターンだね!」

『……ありえる』

 

 刃羅の言葉にむしろそっちの可能性の方が高いと思った一同だが、赤点組の耳には届かなかったようだ。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿に行けず補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだ分からんのなら、貴様らの偏差値は猿以下だ!」

「落ち着けよ。長げぇ」

 

 上鳴が発狂しながら叫ぶ。

 それに瀬呂が突っ込むが、上鳴は収まらなかった。

 

「同情するなら、なんかもう色々くれ!」

 

 それを梅雨や百達と遠巻きに見ていた刃羅は、

 

「なんや地獄パターンな気ぃしてきたわ」

『うんうん』

 

 梅雨達も刃羅の言葉に頷いた。

 

 

 そして相澤が教室にやって来た。

 

「おはよう。今回の期末試験だが……残念ながら赤点が出た。したがって……林間合宿には全員行きます」

『どんでん返しだあ!』

「もしくはぁ地獄への入り口だねぇ」

「……そんな気がしてきましたわ」

 

 相澤の言葉に芦戸、切島、砂藤、上鳴が叫ぶ。

 その様子に刃羅がボソッと呟き、百は少し寒気がした。

 

「筆記の方はゼロ。実技は芦戸、上鳴、切島、砂藤、瀬呂が赤点だ」

 

 相澤の言葉に瀬呂が崩れ去る。

 

「林間合宿は元々強化合宿だ。むしろ赤点の奴らこそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん」

「なるほど」

「合理的虚偽って奴さ」

『ゴーリテキキョギィイー!!』

 

 赤点メンバーが歓喜に叫ぶ。

 

「またもしてやられた……!流石雄英……!しかし!二度も虚偽を重ねると信頼に揺らぎが生じるかと!」

「わあ、水差す飯田君」

「確かにな。省みるよ」

「なんかゴメンなのです!」

「まだ何かあるのかしら?刃羅ちゃん」

「何もないであります!梅雨教官!」

「しつけられたね!?」

 

 飯田の言葉に相澤と、何故か刃羅も謝る。

 それに梅雨が離れた席から無表情で刃羅を見ると、刃羅は冷や汗を流しながらすぐさま立ち上がり敬礼する。

 その様子に葉隠が突っ込む。

 

「ただ全部が嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補修よりキツイからな」

「……!!」

「じゃあ、合宿のしおりを配るから後ろに回して行け」

「地獄へ~ようこそ~」

「お前も行くか?乱刀」

「断るのである!」

 

 こうして全員で林間合宿に行くことになった1-Aであった。

 

 

 放課後、しおりを開いて持っていく物を確認する刃羅達。

 

「……ほとんど持ってないのだよ」

「私も買い揃えないといけないものが多いわ」

「水着までいるのか~」

「一週間の強化合宿か!」

「結構な大荷物になるね」

 

 刃羅は買い揃える金額を考えて項垂れる。

 梅雨や芦戸も買い揃える物を考えて唸っている。

 そこに葉隠が声を上げる。

 

「あ、じゃあさ!明日休みだし、テスト明けだしってことで!A組皆で買い物行こうよ!」

「おお良い!何気にそういうの初じゃね!?」

「爆豪!お前も来い!」

「行ってたまるか。かったりぃ」

「轟君も行かない?」

「休日は見舞いだ」

「ノリが悪いよ!空気読めやKY男共ぉ!」

「じゃあ!木椰区ショッピングモールに13時に集合ね!」

 

 ということで、買い物に行くことになったようだ。

 

「……そこってどこや?どうやって行ったらええのん?」

「私が迎えに行ってあげるわ。刃羅ちゃん」

「いいのです?」

「もちろんよ。一緒に行きましょ」

「サンキュー!」

「ケロ」

 

 刃羅はまだ地理に詳しくなく、ショッピングモールなどに興味もなかったので場所を知らなかった。

 それに梅雨が同行を申し出る。

 刃羅が礼を言うと、梅雨はニコリを笑う。

 そこに葉隠と百も同行を申し出て、昼前に刃羅の部屋に迎えに行くことになった。

 

 

 

「ってぇことで……金が足りねぇ!」

「……確かにほとんど買い揃えないといけないですね。はぁ~……私としたことが」

 

 夜、流女将にしおりを見せて、買い揃えるだけのお金がないことを伝える。

 それに流女将は顔を覆う。

 刃羅は全く服やら物やら欲しがらないので、余り気にしていなかった。しかし、考えてみれば早くに両親を亡くし、3年も攫われていた(ことになっている)刃羅が、服などに興味が出るわけがないことに気づいた。

 普段の生活でもほとんどタンクトップにスウェットズボン。良くて甚平だった。それどころか買い物自体、流女将や女子のサイドキックが誘わないと買いに行かない。他では買い物に行ったなど聞いたことも見たこともなかった。

 

「明日、梅雨ちゃん達が迎えに来てくれるって!」

「ありがたいことですね。お金は今回は私が出します。ついでに服や下着も見ておいでなさい」

「ありがとうなのです!」

 

 流女将は刃羅がちゃんと学生生活を送れていることに安心した。

 ワクワクが抑え切れていない刃羅を微笑んで見つめるのだった。

 

 

 

 翌日。

 まだ10時前だが、梅雨、葉隠、百は流女将の事務所に顔を出して、刃羅の部屋に案内してもらった。

 

「……ごめんなさいね。刃羅さん、楽しみで遅くまで起きてたみたいで……。さっき起きたばかりみたいなんです」

「ケロ」

「大丈夫ですわ。まだ時間は十分ありますので」

「どんなお部屋なのかな!?ちょっと楽しみ!」

 

 流女将が申し訳なさげに3人を部屋まで案内する。

 そして刃羅の部屋について、チャイムを鳴らす。

 

「刃羅さん!皆さんが来ましたよ!」

「うい~……ちょ~……待って~……」

 

 少しするとガチャリとドアが開く。

 出てきた刃羅は下着姿で、髪もボサボサだった。

 

「おはよ~」

「おはよう。刃羅ちゃん」

「おはようございますわ」

「おっはよう!眠そうだね!」

「はぁ~……なんて恰好してるんですか!」

「んあ~……眠いの~……」

 

 ニヘラァと笑う刃羅にため息を吐く流女将。

 それに百は苦笑し、梅雨はニコニコしている。葉隠は透明なので分からない。

 

「何にもないけどぉ良かったらぁ中で待っててぇ」

「お邪魔します!」

「お邪魔するわ」

「失礼します」

「では、私はここで。刃羅さん、楽しんでらっしゃいね」

「うん~」

「「「ありがとうございました」」」

 

 流女将は事務所に戻っていく。

 梅雨達3人は頭を下げて、部屋に入っていく。

 

 

 それを気配で感じ取っていた流女将は、ため息を吐いて眉尻を下げる。

 

「はぁ~……あの子の部屋を……お友達はどう思うでしょうか。これをきっかけに変わればいいのですが……」

 

 自分にも責任はあるが、あまり踏み込むのも違うだろうと思っている流女将。

 親代わりになりたい気持ちもあるが、刃羅の今までを考えれば容易く踏み込めることではないと考えている。

 実際、刃羅はここに住み始めてから今まで、流女将が呼ばない限り一緒に食事をすることはない。刃羅からご飯を催促してきたことはないのだ。買い物もまた然り。

 あまりにも他に興味を示さない刃羅。

 今回の同年代との買い物でそれが少しでも好転することを願う流女将だった。

 

 

 

 部屋に入った梅雨達は、刃羅の部屋を見て言葉を失っていた。

 

「……これが刃羅ちゃんの部屋?他の部屋に荷物があるとかじゃないの?」

「ないのです。ここにあるのが全部なのです」

 

 部屋にはベッド、教科書類が入れられている小さい本棚くらいしかなかった。机もカーペットもない。

 クローゼットの中にもほとんど物はなく、制服や体操服が一番目立っている。カラーボックスにも下着類や甚平などでおしゃれとは無縁な物ばかりだった。

 洗面台にもドライヤーや歯磨きなど最低限の日用品しかなく、キッチンにもほとんど物がなかった。

 

「本当に最低限の物しかありませんわね……」

「服も寝間着みたいなのしかないよ……」

「ケロォ」

 

 本当に過ごしているのかどうかすら怪しく感じてしまう3人だった。

 髪をポニーテールに纏めた刃羅は3人の戸惑いに気づかずに着替える。

 赤のショート丈キャミソールタンクトップでヘソを出し、カラーボックスの奥の方に仕舞っていた白のホットパンツを履く。もちろんベルトには武器を模したバッジがたくさん付いている。

 百と同等以上の巨乳に括れた腰、鍛えられた健康的な太ももがかなりの色気を醸し出している。

 

「じゃあ、行こうかの」

「色気の暴力!」

「それで行くと峰田ちゃんが暴れそうだわ」

「そう言われても外出に適しているのはこれぐらいしかないのだが……」

「……これは林間合宿の買い物以前に乱刀さんの衣服を揃える方が先ではないでしょうか?」

「そうね」

「今から行って、先に服とか見に行こうよ!響香ちゃん、三奈ちゃんやお茶子ちゃんにも連絡入れとく!」

「それはいいですわね!」

「……どういうことになるんや?」

「皆のお着替え人形ね」

「うえ~……」

 

 刃羅はややうんざりと顔を顰めるが、問答無用で連れ出される。

 梅雨達は流女将に事情を説明する。

 それに流女将は微笑みながら、カードを取り出す。

 

「買い物にはこれを使ってください。金額は気にしなくていいのですよ。せっかくなので気に入ったものを買ってきなさい」

「ありがと~」

「財布と鞄は?」

「あ。忘れた!」

「はぁ……早く取ってきなさい」

「おうよ!」

 

 刃羅はドタドタと部屋に戻る。

 それを見送った流女将は梅雨達に顔を向ける。

 

「何もなかったでしょう?あの子の部屋」

 

 それに頷く梅雨達。

 

「あの子が自分から欲しいといったのはバッジと甚平とカップ麺くらい。それ以外は何を勧めても、適当に頷くだけ。衣服に関しては、あのような服だけです。本当に何も興味を示しません。買い物だって、今日のあなた達みたいに私達が無理矢理連れ出さないと、休日中に出かけることもありません。家具に関しては、いつの間にか事務所に置かれてたりします」

 

 流女将の言葉に悩ましそうに眉間に皺を寄せる梅雨達。

 

「だから、あなた達で好き勝手にして頂いて構いませんよ。友人であるあなた達と買ったものならば、与えられた物とは違うでしょうから。連れ回してあげてください」

 

 流女将の微笑みながらの言葉に梅雨達は力強く頷き返す。

 そこに刃羅が戻ってきた。

 黒の巾着型バッグを背負って、サンダルで降りてくる。

 

「行ってくるべ」

「行ってらっしゃい」

「「「お邪魔しました」」」

「またいつでも来てください」

 

 そして4人で駅に向かう。

 途中で耳郎達も合流して、刃羅にどんな格好をさせるかで盛り上がる梅雨達に、刃羅はこの後の重労働を想像して顔が引きつるのだった。

 

 

 

 

 

「ってな、感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」

「いえーい!」

 

 芦戸と葉隠がハイテンションでハイタッチする。

 刃羅はキョロキョロを周りを見る。

 

「ぎょうさんの店と人どすなぁ。圧倒されてまうわぁ」

「じゃあ、どこから行く!?どのジャンルから行く!?」

「ジャンルってなんじゃ?」

「刃羅ちゃんは黙って付いてきて!」

「我の意見は無視か!?」

『もちろん!!』

 

 刃羅の抗議に力強く頷く梅雨達。

 刃羅はそれにがっくりと肩を落とし、梅雨に腕を引かれて店に連れ込まれる。

 

「まずはパンク系!!」

「刃羅って背も高いし、体つきもいいから、なんでも似合いそうだよね」

「顔も細いしね」

 

 耳郎主体で始まった刃羅ファッションショー・パンク部門。

 まずは今の服の上から黒の薄手のジャケットを着させて、サンダルをニーハイブーツに変える。

 

「おお!もうカッコいい!」

「髪も銀色だから映えますわね!」

「じゃあドンドンいこー!!」

「このジャケットとシャツはどうかしら?刃羅ちゃん」

「もう……好きにしてくれ……」

「じゃあ、これとこれと、これにこれ。着てみてくれないかしら?」

「おぉ!梅雨ちゃんセンスいい!」

「……」

 

 その後もその店だけで1時間近く試着をさせられ、途中からは店員も加わっていた。

 

「ここはこんなもんじゃない?」

「よし!じゃあ次に行こう!」

『おー!』

「まだやるんか!?」

「「ありがとうございました!またのお越しを心の底からお待ちしております!」」

 

 現在刃羅は赤のショートTシャツの上に黒の薄手のジャケットに黒のネクタイを緩めに着けている。下は紺のスラックスの上に黒のメンズスカート、そしてアンクルストラップのヒールを履いている。もちろん会計済み。

 その他にも革ジャン、Gジャン、シャツにズボンと買い込んだ。

 もう十分だろうと刃羅は思っていたが、まだまだ梅雨達は気合を入れていた。

 

 その後もギャル路線、アクティブ路線、ファンシー路線、綺麗め路線、クール路線とジャンル別に周り、そこからさらに買ったものを組み合わせていくという強行軍となった。

 もはやどれだけ買ったのか分からず、気づけば百が買ったものを刃羅の部屋に速達で送るということまでしていた。

 そして男子との集合時間まで30分前となって、ようやく終了となった。

 

「……」

「お~い、刃羅~。生きてる~?」

「ん~!楽しかった!」

「刃羅ちゃん、やっぱり何でも似合うから迷うねぇ!」

「流石にゴスロリは無理だったけどね」

「でも、森ガールでも行けるのは意外やったわ~」

「可愛かったわ。刃羅ちゃん」

「張り切ってしまいましたわ!」

 

 カフェで休憩する一同。

 刃羅は白目を剥いて椅子にもたれていた。

 周りは何故か顔をつやつやさせて、笑顔で話している。

 

「一週間の合宿ってどんなことするんだろうね?」

「『個性』も伸ばすって言ってたし、きつそうだよね」

「今年はヴィラン襲撃もありましたからね」

「相澤先生だものね。厳しいものであるのは間違いないと思うわ」

「……私はそれに補習あるしな~」

「あははは……」

「……」

 

 話題は林間合宿になる。

 刃羅は未だに復活しないが。

 

「それに聞いた?夏休み、遠出は控えるようにって話」

「マジで!?」

「ヴィラン襲撃があったからでしょ?ヒーロー殺しの件もあって、A組は特に注意しろだって」

「残念ですわ。両親とベネチアに行く予定でしたのに」

「金持ちやないか~い」

「大丈夫?お茶子ちゃん。刃羅ちゃんも、そろそろお茶飲まないとダメよ」

「うい~……」

 

 梅雨に言われて刃羅はストローを口にして、ズズズ~と飲み物を飲む。

 

「せっかく新しい水着買ったのにぃ!」

「じゃあさ!学校のプール使おうよ!」

「お!それいいね!」

「では、私が申請を出しておきますわ」

「ありがとヤオモモ!」

「刃羅ちゃんも来るのよ」

「……マジでか」

「プール嫌なん?」

 

 プールで盛り上がる芦戸達。

 梅雨に誘われた刃羅は少し顔を顰める。

 それに麗日が首を傾げる。

 刃羅はズズズ~とお茶を飲みながら、さらに顔を顰めて顔を背ける。

 その様子に芦戸があることに思い至る。

 

「まさか刃羅……泳げないの?」

「「「「え?」」」」

「……悪いでござるか?」

 

 身体能力抜群の刃羅が泳げないという事実に目を見開く耳郎達。

 刃羅は拗ねたようにズズズ~と氷だけになったコップをストローで吸い続ける。

 その様子に全員が噴き出して笑い始める。

 

「ぷくくく……刃羅ちゃんでも苦手なものがあるんだね」

「苦手やない」

「でも、泳げないんでしょ?」

「……ふんだ!」

「大丈夫よ。私が教えてあげるわ」

「……そりゃどうも……」

「ケロ」

 

 刃羅は頬を赤くして顔を背ける。

 それに梅雨は微笑んで頷く。

 

「あ。そろそろ男子来るんじゃない?」

「そうだね。行こうか」

「……もう帰りたいのである」

「まだ林間合宿の買い物全くしてないわ」

「ホントだよね」

 

 ぞろぞろと集合場所に向かう刃羅達。

 男子達もすでに集合していた。

 

「ごめーん。待たしたぁ?」

「さっき揃ったばっかだから気にすんな。って、女子は先に集まってたのか?」

「刃羅ちゃんの服を買って、コーディネートしてたの!」

「乱刀の?って、イカすじゃん乱刀!」

「でっしょー!」

 

 刃羅はさらに服が変わっており、黒の深めVネックシャツの上に濃赤のミニGジャン。首に黒のチョーカー、左手首にはシンプルなチェーンを巻いている。下は赤のホットパンツにブーツを履いている。髪もポニーテールではなく、ハーフアップにしている。

 上鳴が服を褒めて、それに芦戸達が胸を張る。

 地味に峰田が刃羅の胸元と太ももを見てニヤニヤしていたが、そこに梅雨が舌ビンタを浴びせて黙らせる。

 

「やっぱ服が変わると、雰囲気も変わんだな」

「刃羅、着こなせる幅が広くってさ!盛り上がったわ~」

 

 切島が腕を組んで何やら納得したように頷いていた。

 それに芦戸も同じように頷いていた。

 

「着せ替え人形の気持ちがよく分かったのです……」

「大変だったんだな」

「3時間近く着せ替えさせられてみろ。100回は着替えたぞ」

「……大変だったな」

 

 刃羅はうんざりとしており、そこに障子が労いの言葉をかける。

 そして目的別に分かれて買い物に向かう一同。

 刃羅は梅雨、百、耳郎と行動する。

 

「ん~……デッカイバッグに~靴に~タオルに~……」

「水着は学校のでもいいのかしら?」

「一応無難なの買っとく?1着だけだと怖くない?」

「そうですわね」

 

 鞄や水着、靴などを購入していく刃羅達。

 そして再び百の手配で荷物を家に送り届ける。

 

「これである程度は買い終えたね」

「少しお茶しませんか?」

「ちょっと休みたいのぅ」

 

 その時、ふと刃羅は下の吹き抜け部のベンチに目を向ける。

 そこには緑谷がフードの男と肩を組んでいた。

 

「緑谷……?知り合いか……?」

「緑谷ちゃん?」

 

 刃羅の呟きに梅雨達も下を覗き込む。 

 しかし刃羅は妙に違和感を感じた。

 

「随分と親しそうですわね」

「……あいつ……どこかで……?」

「どうかしたの?刃羅ちゃん」

「梅雨ちゃん……あいつ、どっかで見たことねぇか?」

 

 刃羅の様子に梅雨は首を傾げる。

 そして刃羅の言葉を聞いて、男を注視する梅雨。

 しかし、フードのせいでよく分からなかった。

 

「ここからだと顔が分からないわ」 

「場所変えてみるべ」

「どうしたの?2人とも」

「あの男がどうにも気になるのだよ。それに……緑谷君の様子も少しおかしい。爆豪君よりも緊張しているように見える」

 

 刃羅の言葉に改めて緑谷達に注目する梅雨や耳郎達。

 

「確かに……」

「……っていうか……あの男の手……妙に緑谷の首に添えられてない?」

「言われてみれば……」

 

 耳郎達も違和感を感じた。

 その時、刃羅は男の雰囲気が変わり、背中に怖気が走る。

 それにより刃羅は男の正体を思い出す。

 

「梅雨!!警察に通報しろ!!」

「え?」

「じ、刃羅!?」

「ヴィランである!!USJに来ていたのである!」

「「「!?」」」

 

 目を見開いて固まる耳郎達。

 それを刃羅は無視して、柵を乗り越えて飛び出す。

 刃羅はまっすぐ2人の元を目指す。

 すると、男が刃羅に気づいて飛び下がる。

 刃羅は男が座っていた場所に下り立つ。

 

「ゲェッホ!ゲホゲホ!」

 

 緑谷は男が離れると思いっきり咳き込む。

 

「デクくん!?」

 

 そこに麗日が走って近づいて来た。

 周囲も刃羅達の様子に気づき、注目し始めた。

 

「お前は……。連れがいたのか……」

「白昼堂々とは恐れ入るアルよ。ヴィラン連合、死柄木弔!!」

「え?死柄木……って……」

「ちっ……っとぉ!!近づくなよぉ。周りを殺すぞ」

 

 刃羅は飛び掛かろうとするが、死柄木の言葉に足を止める。

 近くにいた買い物客は顔を真っ青にして、慌てて死柄木達から逃げていく。

 

「追ってくんなよ。どうなるか分かるよな?」

 

 死柄木は両手をピラピラさせて、下がっていく。

 

「ま、待て……死柄木……」

 

 そこに緑谷が喉を押さえながら、声を上げる。

 それに死柄木は足を止める。

 

「『オール・フォー・ワン』は何が目的なんだ……?」

「……オール・フォー・ワン……?」

「……知らないな」

 

 緑谷の言葉に刃羅は訝しむ。

 死柄木はそれにまともに答えなかった。

 そして刃羅に目を向ける。

 

「よぉ、お前。ヒーロー殺しに誘拐されて鍛えられたって……本当か?」

「……だったら、どうした?」

「親もヒーローに殺されたんだってなぁ。お前は今の世の中をどう思う?オールマイトをどう思う?」

「てめぇ……何が言いてぇんだゴラァ」

「そこにいるのは窮屈そうだと思ってなぁ」

 

 ニヤァと笑みを浮かべる死柄木に、刃羅はゾクゥとして一歩後退る。

 

(……なんや……こいつ。雰囲気が……前とちゃう……!?目つきも……力強くなっとる……!)

 

 刃羅は冷や汗が流れ始める。

 前に敵対した時と雰囲気がまるで違うかった。

 ブレブレだった気配が、今は静かな水面のように落ち着いている。

 

「……悪いが貴様といるよりは気楽でいられる」

「それは嫌われたもんだな。まぁ、今はいいか」

 

 死柄木は肩を竦めて刃羅達に背中を向けて、歩き始める。

 それを刃羅達は見送るしか出来なかった。

 死柄木の姿が見えなくなると、刃羅は深く息を吐いて緑谷に振り返る。

 

「ふぅ~……大丈夫かえ?緑谷坊っちゃん」

「……うん。ありがとう。乱刀さん」

「いや。ちょっと慌てて飛び出してしまったのです。前のあいつだったら、ちょっと危なかったのです」

 

 麗日が携帯を取り出して、警察に通報している。

 そこに梅雨達が駆けつける。

 

「大丈夫?緑谷ちゃん、刃羅ちゃん」

「無茶し過ぎですわ!」

「すまぬ」

 

 緑谷の横にドカっと座り込む刃羅に、百達は心配そうな顔を向ける。

 麗日と百が警察に、耳郎がヒーローに通報したとのことから、すぐに駆け付けるはずだ。

 しかし、捕まえられるかは微妙と考える刃羅だった。

 

「厄介なことになったようですわね」

「……うん」

「我も人の事は言えぬが……緑谷」

「なに?乱刀さん」

「オール・フォー・ワン」

「!!」

 

 刃羅が呟いた言葉に緑谷は目を見開いて固まる。

 それを見た刃羅はため息を吐く。

 

「お主は少し不用心じゃの。間違いなく、その言葉はここで出すものではないじゃろうに」

「……乱刀さんは、知ってるの?」

「知らへん。やからこそ、死柄木がおったとて軽々しく言うなっちゅうてんねん。それが向こうにとって絶対の秘密やったら、どうなっとったか」

「……ゴメン」

 

 その後、警察が到着しショッピングモールは一時封鎖となった。

 死柄木はやはり見つけることは出来なかったそうだ。

 緑谷と刃羅は事情聴取で警察署に連れて行かれた。

 と言っても、刃羅は直ぐに解放された。

 『いきなり飛び掛かるんじゃない!』とお叱りは受けたが、緑谷の状況を考えれば仕方がないとも言われ、流女将は迎えに来て解放された。

 

「無茶ばかりして。通報を指示出来るなら、飛び掛かったらどうなるか分かるでしょう」

「……いやぁちょっとぉ嫌な予感がしてぇ」

「だったら余計に状況を見極めなさい!!」

「うい~……」

「全くもう。それにしても随分と買い込みましたね」

「着せ替え人形にされたのでな。私の意見など聞いてもらえなかった」

「でしょうね。まぁ、せっかく選んでもらったのです。大事になさい」

「へいへい」

 

 部屋に帰ると、部屋を埋め尽くすほどの買い物袋が並んでいた。

 それを見て、改めて本日の苦行を思い出し、顔を引きつかせる刃羅だった。

 

 こうして刃羅の初めての友人との買い物は、楽しくもほろ苦い思い出となったのであった。

 

 


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