ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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#23 林間合宿の始まり

 いよいよ林間合宿当日がやってきた。

 A組面々は校門前に集合していた。

 

「現在夏休みだが、ヒーローを目指す諸君らに安息の日々は訪れない。この林間合宿で更なる高みへ、Plus Ultraの精神で臨んでもらいたい」

『はい!』

 

 相澤の言葉に頷くA組の面々。

 

「いよいよ林間合宿だね!デクくん!」

「そ、そうだね!」

 

 麗日が笑顔で緑谷に顔を近づけ、緑谷は顔を真っ赤にして妙な動きをする。

 

「刃羅ちゃんは昨日寝られたの?」

「流石にな。それに昨日も体動かしたしな」

「でも、どこか元気がないように見えるわ」

 

 梅雨は後ろの方で何やらどんよりとしている刃羅に声を掛ける。

 刃羅は拗ねたように頬を膨らませる。

 

「カップ麺持って行こうと準備してたの!でも、流女将に没収された!酷いよね!?」

「いや乱刀。どこでカップ麺食べる気だったんだよ……」

「寝る前に決まっておるじゃろう」

「体によくないんじゃないかしら?」

「だから普段から動くようにしてるのである」

「なるほどな」

 

 刃羅の言葉に砂藤や梅雨が突っ込む。

 

「ミーはすでにアンハッピー。どうにでもなれスピリット!!」

「すでにやけくそなのか」

「……不幸常駐」

「やめてあげて常闇ちゃん」

 

 両腕を振り上げて叫ぶ刃羅に、障子と常闇が呆れる。

 すると、離れた所で麗日、芦戸、上鳴が「合宿!合宿!」と踊り始める。

 

「なんや?お茶子はんテンション高いやん?」

「お茶子ちゃんも妙にやけくそ感出てるわね。どうしたのかしら?」

「分かるわけないのだよ」

 

 刃羅と梅雨は首を傾げて麗日を見る。

 すると、今回合同で合宿を行うB組が近づいて来た。

 

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なはずなのにぃ!?あれれれれれぇ!?」

 

 物間が開口一番、何やら喧嘩を売ってくる。

 

「ホアチャ!」

「ゴブゥ!?」

「うわぁ!?」

 

 いつも通り拳藤が手刀を叩きつけようとした瞬間、刃羅が物間の腹に飛び蹴りを食らわせる。

 物間は全く避けることも出来ず、くの字に3mほど吹っ飛び、手刀を入れようとしていた拳藤は驚きの声を上げる。

 刃羅は両指をジャキンとナイフに変えて、物間に詰め寄る。

 

「朝からやかましいんだよゴラァ!喧嘩なら喜んで斬り殺してやんよ!」

「どうどう!乱刀!うちの奴が悪かった!だから、そこまでにして!?」

 

 ギャリギャリと両指ナイフ同士を擦り合わせて研ぐ刃羅に、拳藤が慌てて肩を掴んで抑える。

 その時、刃羅の胴体に梅雨の舌が巻き付き、引っ張られる。

 

「おお!?」

「ホイ!キャッチ!」

「よくやった。黒影」

「ケロ。刃羅ちゃん、爆豪ちゃんになってるわ。それに相澤先生が睨んでるわ」

 

 指を戻して、常闇の黒影にキャッチされる刃羅。

 その様子を相澤が髪を逆立てて、目を光らせて睨んでいる。

 ビシ!と固まり大人しくなる刃羅。

 その間に拳藤が物間を回収する。

 それを見ていたB組陣。

 

「物間と乱刀、怖」

「まぁ、慣れてるうちらでもイラッとすることあるしね」

「ん」

「綺麗な飛び蹴りだったな」

 

 B組女子陣を見て、峰田がジュルリと涎を流す。

 

「より取り見取りかよ!」

「お前駄目だぞ、そろそろ」

 

 峰田に切島が真顔で突っ込む。

 刃羅は黒影に抱えられたまま、大人しくぶら下げられていた。

 そこに飯田がバスの横で声を上げる。

 

「皆!A組のバスはこっちだ!席順に並びたまえ!」

「えー!自由に座ろうよー!」

 

 飯田の言葉に芦戸が抗議する。

 その声に上鳴や他の者も同意し、飯田が解決策を出そうとすると、

 

「邪魔だ。さっさと乗れ」

「「「はい!」」」

 

 相澤の鶴の一声で、無造作に乗り込むA組。

 

「どうするー?女子って7人だし、誰か男子と一緒になっちゃうけど」

「峰田が隣じゃなかったら、別に誰でもいいよ」

「ふざけんな!俺の隣に座れや女子ぃ!」

「刃羅ちゃん、隣いいかしら?」

「ええでぇ」

「ケロ」

 

 耳郎が女子陣に声を掛け、芦戸が答える。

 それに峰田が叫ぶが、女子達は無視して席を決めていく。

 刃羅は適当に窓際に座ると、梅雨が隣に座る。

 その反対側にお茶子が座り、その隣は空席となった。

 

「……寂しいわ」

「お茶子ちゃん、交代する?私、別に補助イスでも大丈夫よ」

「ううん!そんな悪いよ!別に梅雨ちゃん達の声が聞こえないわけじゃないし!」

 

 ブンブン!と首を横に振る麗日。

 刃羅達の前が芦戸、葉隠。麗日の後ろが百、耳郎となった。

 

 

 バスが走り始め、スピードが上がってくると、バスの中はすぐに盛り上がり始めた。

 

「音楽聞こうぜ!夏っぽいの!」

「夏と言えばキャロルの夏の終わりだろ」

「終わるのかよ」

「そしたらさー!」

「ええー!すっごいねー!」

「皆!席が立つべからず!べからずなんだ!」

「飯田君……!危ないから座った方がいいよ」

「む!俺としたことが!」

 

 相澤は注意しようとするが、諦めて眠ることにした。

 その後もバスの中はワイワイと賑やかだった。

 梅雨は1人で座っている麗日にお菓子を差し出す。

 

「お茶子ちゃん、ポッキー食べる?」

「食べるー!ありがとー!って、刃羅ちゃんは?」

「ケロケロ」

 

 笑顔で梅雨からお菓子を受け取る麗日は、首を傾げて梅雨の隣にいる刃羅を見る。

 それに梅雨は笑いながら、刃羅を振り返る。

 刃羅は靴を脱ぎ、席の上で膝を抱えて眠っていた。顔を膝に埋めているので、寝顔は分からない。

 

「走り始めてすぐに寝ちゃったわ。やっぱり昨日眠れなかったみたいね」

「あはは。ショッピングモールに行くときも寝れなかったんだっけ?」

「らしいわ。ケロケロ」

「なになにー?刃羅寝てんのってよくそれで寝れるね!?」

「でもなんか猫?みたいだね~」

「「確かに!」」

「かわいいな~!」

 

 梅雨は微笑ましく刃羅を見つめる。

 それに麗日も笑い、話が聞こえた芦戸や葉隠達が覗き込んでくる。

 芦戸は目を見開き、葉隠の例えに芦戸と麗日が噴き出して笑う。

 葉隠が刃羅の髪を撫でようと手を伸ばした瞬間、

 

ジャキン!!

 

「「うわああ!?」」

 

 突如、刃羅が顔を埋めたまま、右腕を刀に変えて葉隠に突きつける。

 葉隠と隣にいた芦戸は悲鳴を上げながら後ろに倒れ込み、相澤が寝ている前の座席に体をぶつける。

 それに他の男子達も顔を向ける。

 

「どうしたって、大丈夫か?芦戸、葉隠」

「「び、びっくりした……」」

「おいおい。どうしたんだよ乱刀?」

「乱刀くん!!バスの中で何をしているんだ!」

「ちょっと待って、飯田ちゃん」

「梅雨ちゃんくん?」

「……刃羅ちゃん?」

「……何を騒いでやがる」

「相澤先生……!」

「……乱刀。なにしてる?」

 

 隣の列にいた上鳴が芦戸と葉隠に声を掛ける。

 芦戸達は頭を抱えて唸る。

 飯田が刃羅に詰め寄ろうとするが、隣にいた梅雨が止める。

 梅雨は刃羅に声を掛けるが、反応を示さない刃羅。

 それに飯田は訝しむが、そこに相澤が苛立ちを顔に浮かべて立ち上がる。

 相澤も乱刀の刀を見て、目を鋭くする。

 しかし、乱刀は全く周囲の声に反応しない。

 

「乱刀くん!」

「……寝てるわ」

「「「「え?」」」」

 

 飯田が改めて声を荒げて、刃羅を呼ぶ。

 刃羅を観察してた梅雨は刃羅が寝ていることに気づく。

 それに全員が目を見開く。

 

「いやいやいや!!寝てるのに刀出すとか怖すぎるだろ!?」

 

 切島が声を上げ、それに周囲も頷いていると、相澤が梅雨に声を掛ける。

 

「蛙吹。経緯を教えろ」

「ケロ。寝ている刃羅ちゃんの頭を、透ちゃんが撫でようとしたらこうなったわ」

「……無意識の防衛反応ってことか」

「防衛反応……ですか?」

 

 梅雨の言葉を聞いた相澤が推測を呟くと、それに芦戸が質問する。

 

「……特殊な環境にいたことによる名残……ってぇとこだな。寝てるときも油断出来ない状況で長い事過ごしていたんだろう」

「……ヒーロー殺し……」

「だろうな……」

「ケロォ」

「恐らく体に触れられることがトリガーだろう」

 

 相澤の言葉に緑谷がステインの名前を上げて、相澤も頷く。

 それに梅雨が悲し気な視線を、刃羅に向ける。

 刃羅は周囲の視線に起きることもなく、腕を戻していく。

 

「じゃあ……この寝方も……」

「すぐに動けるようにするためだろう。今起きないのは殺気がないから……かな」

 

 相澤の言葉に改めて刃羅が抱えているステインの呪縛の強さを理解する梅雨達。

 実際は呪縛ではないのだが。

 

「到着したら俺の『個性』を使って起こす。しばらくはそのままにしとけ」

「……分かったわ」

 

 梅雨達は心配そうに眠り続ける刃羅を見つめながら頷く。

 相澤も頭を掻きながら、ドカッと座席に座る。

 

(思ったより厄介だな。いや……まだ1年も経ってないんだ。当然か)

 

 相澤は自分の認識が甘かったと考える。

 考えれば刃羅の性格は未だ不安定であり、戦闘スタイルはステインによって培われたものだ。

 更にステインの事が無くても、両親の件でヒーローと言う存在に対して歪んだ見方をしてしまっている。本人はそれを自覚しているからこそ、雄英に入ったのであろうが。

 USJや保須、ショッピングモールでの行動はある程度目撃したヒーローや緑谷達からも聞いている。

 やはり要所要所でステインに近い言動が見え隠れしている事実を、相澤は重く考えていかなければならないと再認識するのだった。

 

 

 それから約1時間後。

 バスは休憩と言うことで停車する。

 

「よし、休憩だ。各自降りろ」

 

 相澤の言葉で動き出す一同。

 相澤や梅雨は刃羅を起こそうとすると、刃羅がモゾモゾと動き出し、顔を上げる。

 眠そうな半目でキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「んあ~……?もう~……着いた~……?……んん~~!!」

 

 グイー!と伸びをする刃羅を相澤や梅雨達はポカンと見る。

 目を擦り、脚を降ろす刃羅。

 

「はぁ~……ん?どうしたんじゃ?」

「普通に起きるんかい!」

「あぁん?何だよ……?」

 

 身構えていた芦戸の突っ込みに刃羅は訳が分からず顔を顰める。

 そこに梅雨が刃羅の左手に自身の右手を重ねる。

 梅雨の行動に刃羅はキョトンと首を傾げる。

 

「梅雨ちゃん?」

「刃羅ちゃん、さっき透ちゃんを刺しそうになったのよ」

「はぁ?……あ~……そういうことか」

 

 刃羅は梅雨の言葉に何が起こったのか理解する。

 後頭部をボリボリと掻き、顔を顰める。

 周りを見ると女子達や緑谷に飯田も心配そうに刃羅を見ている。

 

「癖になってもうてるんよ。寝とる時はどうしよ~もないねん。こればっかりは」

「……辛かったのね」

「辛い、というか、これが出来ねば生き残れなかったのだよ。自分を襲うのはステインだけではなかった。ステインを狙うヴィランとかもいたのだよ」

 

 何でもないように話す刃羅の言葉に、梅雨は目尻に涙を溜め始める。

 刃羅は慌てるが、見れば百なども涙を浮かべ始めていることに気づく。

 

「いいから、そろそろ降りろ」

 

 そこに相澤が口を挟み、緑谷達は慌てて外に出る。

 刃羅も靴を履いて、バスを降りる。

 

 停車した場所は広大な山々と森を見渡せる高台のようなところだった。

 地面は舗装されておらず、周囲に休憩出来る店や建物も目に入らない。

 さらにはB組のバスも見当たらなかった。

 刃羅と梅雨は空気を吸いながらも、違和感全開な状況に首を傾げる。

 それは他のクラスメイト達も同様だった。

 

「B組は?」

「ここ何?」

「トトト、トイレは?」

 

 全員が訝しみながら周囲を見渡している。

 

「なにやら変なところじゃの」

「そうね」

 

 刃羅と梅雨はバスの傍で突っ立っていた。

 ふと、バスの近くに停まっている乗用車に目が留まる刃羅。

 

(……このタイミングで、こんな場所に……嫌な予感がするでござるなぁ)

 

 刃羅がさりげなく姿勢を整える。

 

「何の目的もなくでは意味が薄いからな」

 

 その相澤の言葉と同時に停まっていた車のドアが開き、誰かが降りてくる。

 

「よーう!イレイザー!!」

「ご無沙汰してます」

 

 降りてきた人物が相澤に声を掛け、相澤は頭を下げる。

 すると、降りてきた人物は突如ポーズを取り始める。

 

「煌めく眼でぇロックオォン!」

「キュートに!キャットに!スティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 猫をイメージしたコスチュームを着た女性2人が何やら決めポーズをしながら名乗る。

 その横には帽子を被った少年が憮然として立っている。

 

 その姿に緑谷は何やら目を輝かせ、他の者達は唖然と2人を見る。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

「連盟事務所を構える4名1チームのヒーロー集団!!山岳救助などを得意とするベテランチームだよ!!」

 

 相澤の紹介と共に興奮した緑谷が説明を始める。

 ヒーローオタクの緑谷を、全員が生暖かい目で見る。

 刃羅は頭の中で『プッシーキャッツ』の登場について、頭をフル回転させていた。

 

(確かにベテラン。ステインやドクトラの情報にもあった。……確かこいつらの『個性』は……)

 

 必死に一度見たはずの情報を思い出そうとする刃羅だったが、中々思い出せなかった。

 

「お前ら挨拶しろ」

『よろしくお願いします!!』

 

 相澤の言葉に挨拶する一同。

 梅雨は話が聞こえるようにか、お茶子達に近づいていった。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね」

 

 赤のコスチュームを着た『マンダレイ』が、森を見渡しながら話す。

 そして、その森の一角を指差す。

 

「あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

「「「「遠っ!?」」」」

 

 今いる場所からでも5km近くはあり、建物も見えない。

 それを聞いて騒めく一同。

 

「え……?じゃあ、なんでこんな半端なところに……?」

「これってもしかして……」

「いやいや……」

「ハハ……バス、戻ろうか……早く…な?……」

 

 嫌な予感がした一同は苦笑いをしながら、バスに戻ろうとする。

 するとニヤァとマンダレイが笑みを浮かべる。

 

「今は午前9時30分。早ければぁ12時前後ってとこかしら?」

「駄目だ……おい……」

「戻ろう!」

「バスに戻れ!早く!」

「12時半までに施設に着かなかったキティはお昼抜きね」

 

 マンダレイの言葉に、走ってバスに戻り始めるA組一同。

 すると目の前に水色のコスチュームを着た『ピクシーボブ』が現れる。

 ピクシーボブは地面に両手を着ける。

 

「悪いね、諸君」

 

 緑谷達が立っている地面が蠢き始める。

 

「合宿はもう、始まっている」

 

 地面は盛り上がって波のようにうねり、緑谷達を飲み込んで高台から下に落としていく。

 

「「「うわあああああ!?」」」

 

 緑谷達は土砂がクッションとなり、怪我無く地面に不時着する。

 起き上がり、土を払ったり、吐き出していると上から声が掛けられる。

 

「おーい!!私有地につき、『個性』の使用は自由だよぉ!今から3時間!自分の足で施設までおいでませ!!」

 

 その言葉に緑谷達は目の前に広がる森に目を向ける。

 

「この……魔獣の森を抜けて!!」

 

 マンダレイの呼称に緑谷達は目を見開く。

 

「魔獣の森!?」

「なんだよ……!?そのドラクエめいた名称は!」

「雄英こういうの多すぎだろ……!」

「文句言ってもしゃあねぇよ。行くっきゃねぇ」

 

 うんざりと言った顔をしながらも、立ち上がるA組面々。

 峰田が股間を押さえながら、森に駆け込む。

 すると、その先から巨大な獣がドスン!と現れた。

 

「「ま、マジュウだーーーー!?」」

 

 全員が目を見開いて叫ぶ。

 魔獣が動き出そうとした時、口田が『個性』を使って止めようとするが、止まることはなかった。

 

「口田の『個性』が通じない!?」

「あ、あれ……動物じゃない!土で出来てるぞ!」

 

 そこに緑谷、飯田、轟、爆豪が飛び込んで魔獣を吹き飛ばす。

 

「やったな!爆豪!」

「まだだ!!」

 

 切島が近づき声を掛けると、爆豪は奥を睨みながら声を上げる。

 すると、周囲からドスンドスン!と足音や羽ばたく音が聞こえてくる。

 

「何匹いるんだよ!?」

「どうする!?逃げる?」

「冗談!12時までに着かないと、昼飯抜きだぜ!」

「なら、最短ルートで突っ走るしかありませんわ!」

 

 芦戸が逃走を質問し、砂藤がそれを否定する。

 その言葉に百が方針を提案し、それに全員が頷く。

 

「よし!!行くぞ!A組!」

『おう!』

 

 飯田の号令に応える一同。

 走り出そうとした瞬間、梅雨があることに気づいて周囲を見渡す。

 

「ケロ!?皆!ちょっと待ってちょうだい!」

「っとぉ!?な、なんだよ!?梅雨ちゃん!」

「どうしたの!?」

 

 梅雨の呼び声に飛び出しかけていた切島が慌てて足を止める。

 麗日が梅雨に声を掛けると、梅雨は周囲を見渡しながら、

 

「……刃羅ちゃんはどこ?」

『え?』

 

 梅雨の言葉に、全員が周囲を見渡して刃羅の姿を探す。

 しかし、それだけ見渡しても刃羅の姿を見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

 相澤はバスに乗り込み、マンダレイ達の車先導で施設に向かっていた。

 

「さて……晩飯までには着くかね……」

 

 昼飯には間に合うとは思っていない相澤。

 ひと眠りしようとした時、頭に声が響いてきた。

 マンダレイの《テレバス》だ。

 

『ちょ、ちょっとイレイザー!?バスの上に生徒らしき姿が見えるわよ!?』

「はぁ!?」

 

 テレパスの内容に相澤は目を見開く。

 運転手に路側帯で止まる様に伝えながら、窓を開けてバスの外に飛び出して上に上がる。

 

「乱刀……!?」

「げ!?見つかった!?」

 

 上にいたのは刃羅だった。

 刃羅は慌てて周囲を見渡して逃げ道を探すが、バスの上に逃げ道なんてあるわけがない。

 相澤は『個性』を発動させ、首元の捕縛武器をうねらせて刃羅を拘束する。

 

「アイヤ!?」

「全く……上手く逃れやがって……」

 

 その後、路側帯にバスと車を止めた相澤達は、ため息を吐いて縛り付けられた刃羅を見下ろす。

 

「まさか……あの《土流》を躱してたなんて」

「この子が例の……?」

「ええ。乱刀です」

「いやぁん♡……もっとぉ♡……きつくしてぇ♡……縛り付けてぇ♡」

 

 刃羅は目を潤ませて、頬を赤らめている。

 それを聞いたマンダレイ達は、更にジト目になる。

 

「……この歳で目覚めてるの?」

「いえ……そういう性格で誤魔化す気なだけでしょう」

「ああ、そういえば多重人格だったね。洸汰は車に乗せといてよかったよ」

「では、ここらでも始めますか」

「なんでやねん!?ここは危機回避したことを褒めるとこやろ!?」

 

 相澤の言葉に目を見開いて、抗議する刃羅。

 変わり身の早さにマンダレイとピクシーボブは目を見開いて唖然とする。

 慣れている相澤はギロリと刃羅を睨む。

 

「確かに見事だが、お前1人だけ助かっても意味がない。他の連中が必死になってるときにお前だけ許すわけにはいかん」

「差別だぁ!拷問だぁ!びゃ~~ん!!」

「文句は……施設に着いたら聞いてやるよ!!」

「ノォーーーーウ!!ファッキューーー!!!ティーーーチャーーーー!!!」

 

 相澤は砲丸投げの如く、刃羅を振り回して森に向かって放り投げる。

 刃羅は罵倒を叫びながら、宙を舞って森に落ちていく。

 

「本当に大丈夫なのかい?縛ったままだし」

「まぁ、奴ならいけるでしょう」

「さて!私は魔獣を作ってやるにゃん!」

「お願いします」

 

 投げ飛ばされた刃羅を見送って、再び車とバスに乗り込む相澤達だった。

 

 

 

 

 

 刃羅は縛られたまま、森に向かって墜落していく。

 

「あのクソ教師ぃ!!ぜってぇぶっ殺す!!」

 

 ズバン!と拘束を斬り飛ばして、体勢を整える。

 森に突っ込んだ瞬間、両腕を鎌に変えて木々を斬りつけながら勢いを削ぐ。

 ある程度、速度が落ちた所で腕を戻し、今度は鎖鎌に変えて木の幹に絡ませて振り子のように動かして落下を止める。

 腕を戻して、地面に着地する。

 

「ふぅ!さて……施設はまっすぐでいいのかのぅ」

 

 ネクタイを完全に外して、靴も脱いで裸足になる。

 

「森かぁ……久しぶりだなぁ。とりあえずぅまっすぐ行ってぇ果物や木の実や鳥でも集めよぉ」

 

 方針を決めて走り始める刃羅。

 ステインとの修行でよく森に来ていたので、移動は特に苦にならない。

 トン!トン!と軽やかに進む刃羅。

 

 そこに何かが近づいてくる気配を感じた。

 

「……獣臭さはしないでござるな」

 

 速度を緩めると、現れたのは四本脚の土くれ獣だった。

 

「ピクシーボブの《土流》で造ったもんだべか。思ったより使い勝手良いんだべなぁ。……まぁ、生き物でねぇなら」

 

 刃羅は正体に気づいた瞬間、右腕をバトルアックスに変えて土魔獣の頭に叩きつけて砕き割る。

 

「遠慮なく殺すだけだべ」

 

 腕を戻して、再び駆け出す。

 そこに更に複数の足音が近づいてくる。

 

「……なるほど。障害を排除しながら目的地に如何に早く着けるかを見ているのか。……梅雨達との連携を視野に入れていたのだろうなぁ」

 

 目の前に牛顔で2本脚の土魔獣と犬みたいな土魔獣が現れる。

 

「まぁ……どうでもよいか」

 

 スゥと目を細める刃羅。

 ドン!と地面を強く蹴り出し、スピードを上げて犬土魔獣の懐に潜り込む。 

 

「よよい!」 

 

 左脚を薙刀に変えて、飛び上がりながら振り抜いて首を一閃する。

 振り抜いた勢いを利用して、もう1体の顔に迫る。

 左脚を戻し、今度は右脚を大鎌に変えて後ろ回し蹴りの要領で土魔獣の顔を横に一閃する。

 

「きひひぃ!快感だねぇ!思いっきりぃ斬れるのはいいねぇ!」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、右脚を戻して地面に下り立ち、走り出す。

 その後も襲い掛かる土魔獣を一刀の元に首を斬り落としていく。

 

「ふはははは!!もっと来い!!鈍っていた我が刃を研ぐにはちょうどいい!!」

 

 刃羅は高笑いをしながら、進み続ける。

 

 もし梅雨達がその姿を見ていたならば、全力で殴りかかって止めたことだろう。

 

 

 

 

 相澤達は施設に到着していた。

 時間は13時半。

 昼食を食べ終えて、外で待機する。

 

「……ねぇ、イレイザー」

「なんですか?ピクシーボブ」

 

 ピクシーボブが複雑な顔をして、相澤を見る。

 その様子に相澤やマンダレイは首を傾げる。

 

「あの乱刀って子さぁ……」

「乱刀……何か問題でも?」

「私の土魔獣を全部、首か顔を一撃で斬り落として、猛スピードで来てるんだけど……」

「「!?」」

 

 ピクシーボブの言葉に相澤達は目を見開く。

 

「まぁ、土魔獣だって分かってるんだろうけど。あまりに迷いがないよ」

「……やはり影響は大きい、か」

 

 相澤は腕を組んで顔を顰める。

 マンダレイやピクシーボブも顔を顰めていると、

 

「み゛~づ~げ~だ~!!」

「「「!!」」」

 

 森から声が響き、相澤達は声がした方向を向いて構える。

 飛び出してきたのは、何かを口に咥えながら鬼のような形相で相澤達を睨む刃羅だった。

 刃羅は相澤に向かって殴りかかる。

 相澤達は飛び下がるが、刃羅は相澤だけを標的にして身を低くして迫る。

 

「獣か、お前は……!」

「グルルルル!!」

 

 相澤のツッコミに応えるように刃羅は唸りながら拳に蹴りを放つ。

 相澤は『個性』を発動しているが、刃羅は始めから『個性』を使ってはいなかった。

 

「こいつ……!」

「グルグラァ!!」

「本当に獣になってない!?」

「どうするのイレイザー!?」

 

 マンダレイとピクシーボブはどう手を出せばいいのか判断出来ず、刃羅の周りを囲むように動いている。

 相澤は捕縛武器を使い、刃羅を拘束しようとする。しかし、その前に『個性』が切れてしまう。

 その瞬間、両腕を太刀に変えて捕縛武器を斬り散らす。

 

「ふぁんほもふはひふぇへんへ!」

「咥えてるの鳥じゃない!?」

「本当に獣みたいな子だね!」

「いい加減満足したか?」

「むぅ……グルルルル!」

「満足しないんだね!?」

 

 相澤を睨んで唸る刃羅だが、構えを解いて鳥を口から放す。

 口周りと制服の胸元は血だらけだった。さらに足は裸足で泥だらけだった。

 

「調理場どこ!?お腹すいた!鳥捌きたい!」

「この子……どうなったらいいの?」

「……今分かんなくなったところです」

 

 ニパッ!と笑いながら鳥を掲げる刃羅に、マンダレイ達はガクっと肩を落とす。

 刃羅はそんな相澤達にお構いなく動き回り、炊事場を見つけて鳥を捌き始める。

 

「薪ってどこや?焼きたいねんけど」

「……あぁ、そこだよ。火はいるかい?」

「用意してるべ」

 

 スカートのポケットから取り出したのは、木の棒と板。

 原始的な火おこし道具にマンダレイ達は唖然とする。

 薪を持ってきた刃羅は指をナイフに変えて、1本の薪を細かく切り分ける。

 さらに切り分けた薪をスパイラルカッターで削り、木くずや繊維状にする。

 そして火を起こしていく。

 

「……最後は原始的だけど、ちゃんと『個性』使えてんだね」

「まぁ、焼くのは鳥の丸焼きだけどね」

「……こんな生活よくしてたのか?乱刀」

「ん?まぁな。ステインはあっちこっちどっか行くし、金なんかねぇんだ。こういうことも出来なきゃ死んじまっかんな」

 

 木の棒に鳥を刺して、炙り始める刃羅。

 胡坐を組んで火の前に座り込む刃羅の姿に、本当に自分達の想像が甘かったことを叩きつけられる相澤だった。

 

「それにしても、この森ちょっと動物や木の実が少なすぎませんこと?これだけ広さなのに猪や兎もいた形跡がありませんわ」

「……あぁ~土魔獣とかの訓練のせいかも」

「おかげで鳥1匹だけじゃのぅ。むぅ……まだ他の連中も来ぬようだし、狩りにでも行こうかのぅ」

「「やめて頂戴」」

「……仕方ないアルねぇ」

 

 鳥から目を離さずに考え込む刃羅にマンダレイ達が突っ込む。

 相澤は手で目を覆い、言葉も出なかった。

 鳥が焼けたのか、火から遠ざける刃羅。

 それを見たマンダレイ。

 

「ああ。ちょっと待ってな。調味料を今……」

「ハグ……ング……ンマンマ……」

 

 刃羅は焼き立ての鳥に齧り付き、目を閉じて味わう。

 

「……美味しい?何も味付けしてないわよ?」

「んぐ?肉の甘味で十分美味いでござるぞ?新鮮で脂ものっているでござるしな」

「「「……(プロよりもたくましいんじゃ?)」」」

 

 刃羅の齧り付く姿に相澤達はもう言葉もなかった。

 

 鳥を食べ終わった刃羅は腕で口元をぬぐって、火の始末をする。

 

「小官はどうすればいいでありますか?」

「……そうだな。施設で休んでていいぞ。他の奴らが来るまで着替えて待ってろ」

「どれくらいで来そうのぉん?」

「まだ2、3時間はかかるだろうな」

「じゃあ、迎えに行ってくる!暇!」

「……別に構わんが……奴らが来たら飯は出るからな。鳥なんて捕まえるなよ?」

 

 刃羅は相澤の言葉にシュバっと立ち上がり、森に向かって歩く。

 呆れた目で刃羅を見送りながら、声を掛ける相澤。

 その言葉に刃羅はしゃがみ込んで、指で地面をグリグリする。

 

「ぐずっ……なんだよぉ……危険回避したら放り込まれるしさぁ……ぐずっ……自分で食糧調達したら引かれるしさぁ……ぐすっ……食事抜きにしたのそっちじゃん……うぅ~……」

「……捕まえる気だったのね」

「まぁ、間違ってるわけでもないしねぇ」

「はぁ……」

 

 マンダレイはその様子に刃羅がそれが目的だと悟り、相澤はため息を吐く。

 

「……分かった。ただ『イヤッフーーーー!!』し、生では食う……な……よ……」

 

 相澤が渋々許可した瞬間、ハイテンションで森に飛び込み消えていく刃羅。

 続けて話していた相澤の言葉は尻すぼみになっていく。

 相澤の肩をマンダレイとピクシーボブが「ドンマイ」とばかりにポンポンと叩くのであった。

 

「そういえば……口元も服も血だらけのままで行ったけど……大丈夫?」

「……恐らくは」

 

 

 

 

 緑谷達はすでにボロボロだった。

 数は減ったが、土魔獣は時折出現していた。

 

「……腹減った」

「うっぷ……」

「お茶子ちゃん大丈夫?」

「ぐぅ……」

 

 『個性』の使用し過ぎで体調を崩している者が多発していた。

 今も1体倒して、休憩していた。

 

「後どれくらいで着くの~?」

「半分は来たはずですが……」

「まだ半分!?」

「もう5時間経ったぞ……どこが3時間だよ……」

 

 芦戸の言葉に百が悩まし気に応える。

 それに瀬呂が目を見開き、切島がスマホを見て顔を顰める。

 空腹と体力、気力の限界を迎えていたA組面々であった。

 

「!!足音だ!」

 

 その時、障子が複製した耳で音を拾う。

 

「マジかよ!?」

「無限ポップにも程があんだろぅがぁ!!」

 

 その事実に瀬呂と峰田が叫ぶ。

 

「数は!?」

「近づいてくるのは1体だけだ!」

「その周りに数体いる……けど……」

「どうしたの?響香ちゃん」

「足音が減ってる?」

 

 飯田が立ち上がりながら、障子に数を確認する。

 障子がそれに応え、耳郎がプラグを地面に挿して音を確認しているが、首を傾げる。

 梅雨が質問すると、耳郎が訝しみながら口にする。

 しかし、確かめる前に土魔獣が姿を現す。

  

「来るぞ!!」

「くっ!まずは目の前の事に集中しよう!」

 

 飯田の号令に動こうとする面々。

 飯田、緑谷、爆豪が飛び出そうとした瞬間、

 

「っ!?待て!何かが高速で接近中!」

「増援かよ!?」

「いや、足音が違うよ!」

「はぁ!?なんだよそれ!?」

「切島君!来るよ!」

「っ!?」

 

 障子と耳郎の報告に切島が混乱する。

 しかし緑谷の声に、土魔獣に意識を戻す。

 土魔獣が駆け出して、緑谷達に攻めかかろうとする。

 

 その土魔獣の首元に、真横から何かがもの凄い勢いで突き刺さる。

 

「「「!?」」」

 

 接近戦を仕掛けようとしていた緑谷、飯田、爆豪は目を見開いて足を止める。

 土魔獣の首元に突っ込んだのは、銀色の髪をした人だった。

 

「乱刀!?」

「「「「えぇ!?」」」」

 

 複製した眼で姿を捉えた障子が声を上げる。

 それに全員が目を見開く。

 土魔獣は首と胴体が分かれて崩れ落ちる。

 飛び掛かった刃羅は飛び上がって、木の枝に飛び移る。

 その背中と口元には何やら茶色いものが見える。

 

「刃羅ちゃん!無事だったのね!」

「良かったですわ!」

「けど……あいつ、何背負ってんだ?」

 

 梅雨と百が安堵の表情を浮かべる。

 瀬呂や切島は刃羅の背中のものに目が行く。

 刃羅が枝から地面へと飛び降りる。

 全員がそこに近づくと、鳥を咥えて口元と胸元を真っ赤にした刃羅がいた。

 

「「「「「ぎゃあああああああ!?」」」」」

  

 その姿に芦戸、葉隠、耳郎、麗日、口田が悲鳴を上げる。

 飯田や緑谷、轟達も刃羅の姿に後退る。

 百は悲鳴こそは上げなかったが、口元を押さえて顔を真っ青にする。

 

「ら、乱刀さん!?だ、大丈夫!?」

「ぷは。それはこっちのセリフじゃわい。まだこんなところにおったのか?日が暮れてしまうぞ?」

 

 緑谷が慌てて安否を尋ねると、刃羅は鳥を口から放してジト目で緑谷達を見る。

 

「まだって……」

「乱刀くん!!君こそ一体どこに行っていたのだ!!心配したんだぞ!!」

「どこって施設に決まっとるやないか」

「「「「え!?」」」」

 

 刃羅の言葉に全員が目を見開く。

 

「刃羅ちゃん。施設に辿り着いてたの?」

「13時半くれぇにな。で、待つの暇だったし、腹減ったからよ。狩りのついでに、探しに来てやったぜ」

「13時半!?」

「しかも狩りって……」

 

 梅雨の言葉に刃羅は胸を張って語る。

 その言葉に緑谷が驚き、他の者達も目を見開く。

 

「まぁ、いい。おい、轟」

「……なんだ?」

「ちょうどいいのである。火を貸すのである」

「なんでだ?」

「こいつらを捌いて食うからに決まっているのです!」

 

 轟の言葉に刃羅は手に持っている鳥と背中に蔦で縛った猪を下ろす。 

 その言葉と死体、刃羅の血まみれ姿に顔を真っ青にするA組面々。

 その様子に首を傾げる刃羅。

 

「どうしたでござるか?」

「マジでここで食べんの?」

「狩ったばかりで、血抜きも終えてる新鮮な肉だぞ?いらんのか?腹は空いていないのか?」

「減ってるけど……」

「お前達のペースでは後2時間はかかるわよぉん?保つのぉん?それにぃん焼鳥、焼豚は美味しいわよぉん?」

『う……ゴクリ……』

 

 刃羅の言葉に唾を飲み込む一同。

 

「別に貴官達が捌け、などと言うつもりはないであります!小官は唯、火が欲しいだけであります!分けて欲しいかどうかは出来てからでも聞くのであります!」

 

 そう言うと、刃羅は薪になる枝や焚火のための石を拾い始める。

 それに緑谷達は顔を見合わせる。

 すると、梅雨も石や枝を集め始める。

 

「刃羅ちゃん。枝や石はこれでいいかしら?」

「ん?えっとねぇ、枝はぁそれでいいよぉ。石はぁ出来れば平坦な面があればいいなぁ」

「分かったわ。他には何かあるかしら?」

「大丈夫~。あ~、集めたの~そこに置いといて~」

「ケロ」

 

 石や枝を集めた刃羅と梅雨は、石を積み重ねてその中に枝を敷く。

 2人でちらりと轟を見る。

 目が合った轟はゆっくりと歩み寄る。

 

「ここでいいのか?」

「うむ。助かるのじゃ。いちいち擦って火をつけるのは面倒でのぅ」

「まぁな」

「ねぇ!刃羅ちゃん!私は!?出来ることある!?」

「俺も!」

「俺も俺も!肉食いてぇ!」

 

 梅雨と轟の行動に他の者も手伝いを申し出る。

 梅雨はニコニコと微笑んでいる。

 

「水って見ぃひんかった?流石に血塗れの肉は嫌やろ?」

「見なかったなぁ。障子ぃ、耳郎ぅ。水って近くにあるか分かるか?」

「ここからは見えないな」

「うん。水の音もしない」

「俺の氷を使えればいいんだが……」

「でしたら私が鍋を出しますわ。それに氷を入れて水にしましょう」

「ヤオモモと轟サイキョー!刃羅もサイキョー!」

 

 百が鍋を創造して、そこに轟が氷を生み出す。

 炎を出して、氷を一気に溶かしていく。

 

「よし。では、先に猪を捌く。グロいから見たくない奴は離れてろ」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 ドピュン!と梅雨と刃羅を除いた女子がダッシュで離れて木の陰に隠れる。

 それに口田や青山、緑谷も付いて行く。

 

「梅雨様はよろしいですの?他の皆様も」

「ケロ。大丈夫よ。それにちょっと興味もあるの」

「俺も俺も!」

「滅多にそのまま解体なんて見られねぇもんな」

「吐くなら離れるべよ」

 

 刃羅の言葉に頷く見学人達。

 刃羅は右腕を刀に変えて迷いなく捌き始める。 

 

グジュ!ブチュグチュ!プシュ!ゴリゴリ!

 

 生々しい音が森に響く。

 離れている面々は音だけでも顔を真っ青にする。

 

「うっわ……内臓グロぉ」

「結構食べられるのって少ねぇんだな」

「弱肉強食」

「ほい、これ洗って!」

「あいよ!」

「ボアはジ・エンド!!ネクストはバード!」

「おぉ~!すっげぇ!」

「猪は百が作ったクシで焼き始めるアル。味付けはないアルよ」

「「「十分!」」」

「あいつら呼んでくる!」

 

 上鳴が避難したメンバーを呼びに行き、ワイワイと焼き肉を始めるA組。

 鳥も捌き終え、焼き始める刃羅。

 鳥は全員は無理なので轟、百、刃羅で分けることになった。

 

「んめぇ!!」

「調味料使ってねぇのにな!」

「おいし~!」

「これで頑張れるぞ~!」

「マジ助かったー!」

 

 笑顔で食べる面々。

 爆豪だけ終始しかめっ面でいたが、さりげなく解体を見学していた。

 刃羅は梅雨と一緒にハグハグと肉を頬張る。

 梅雨や百は刃羅がどうしていたのか質問していた。

 話を聞いて呆れていたが。

 

「バスの上に逃げるって……」

「アリなの?」

「ナシだったから、捕まって放り投げられたんじゃないの?」

「それで1人で森を移動して、昼過ぎに着いたんだから凄いよね」

「しかも鳥を食べた後に、猪と鳥を捕まえて、ここまで来るなんて……」

「私達は何て情けない……」

「19倍なのにね」

 

 刃羅はハグハグと頬張りながら、百達に首を傾げる。

 

「でも、この中で森で過ごしたことがある人なんているのか?」

「いなさそうだよね」

「経験があるかないかは大きいのです。森を移動するのは」

「しかも土魔獣もいるもんね~」

 

 肉を食べ終わり、後片付けをする。

 鍋とクシは百に風呂敷を出してもらい、刃羅が担ぐ。

 

「乱刀くん!やはり鍋は俺達が持つべきだ!」

「あ!構やしね~え!」

「しかし!」

「てめぇらはまず施設に着くことに集中しろや!道案内はしてやるが……」

 

 飯田の言葉に頷く男子陣だが、刃羅はそれを歌舞伎ながら拒絶する。

 それでも粘る飯田だが、突如刃羅が飛び上がり、木の枝に上がる。

 それを飯田達は唖然と見送る。

 

「気合を入れねば、置いて行くぞ!」

「マジかよ!?」

「行くぞ!皆!置いてかれるぞ!」

 

 どん!と移動を開始する刃羅。

 それに急いで追いかけ始める飯田達。

 

「肉食わせてもらった分は取り戻さねぇとな!」

「頑張るぞー!」

「「「おおー!!」」」

 

 ピョンピョン!と枝を飛び移る刃羅。

 緑谷達はかなりの速度で走っているが、刃羅は緑谷達の様子を見ながら余裕を見して移動している。

 

「凄い……!あんな身軽に……!」

「俺達だって本気で走っているのに!」

「森の中を~!走るコツは~!常に次の足場を~!確認すること~!」

「次の足場を……」

「確認……」

「姿勢は出来れば前傾!!太ももを上げるのではなく、前に出す!足は開くな!進む方向にまっすぐ出せ!!」

「ぜ、前傾!」

「前に、まっすぐ……」

 

 刃羅のアドバイスを復唱しながら走る。

 

「足場を探すのが難しいならば、列を組むのだよ!前の者が走ったところを走るといい!」

「なるほど」

「ちょ、ちょっと上鳴!あんた先に行って!」

「分かったよ!」

「大丈夫?お茶子ちゃん」

「う、うん!大丈夫!」

 

 慣れてきたようで少しずつ速度が上がる緑谷達。

 しかし、そこに水を差す者が現れる。

 土魔獣である。

 

「ほれ。お気張りやす~」

 

 刃羅は眺めるだけのようだ。

 

「くっそがぁ!!」

「行くぞ!!」

 

 爆豪と飯田が飛び出して撃退する。

 その後も追い打ちとばかりに土魔獣が連続で襲い掛かる。

 それに再び容量限界を迎え始めるA組。

 刃羅はそれを木の上から見守っていた。

 

「気張れやゴラァ!」

「刃羅ちゃん手伝って~!」

「うっぷ……」

「お茶子ちゃん!頑張って!」

 

 葉隠が叫び、麗日が口を押さえて顔を青くする。

 

「あ!仕方ねぇ~なぁ~!」

 

 刃羅が飛び下りて、葉隠と麗日を抱える。

 

「「うわぁ!?」」

「わっちが運んだるよって。回復したら走りや。ほな行きまっせ。梅雨嬢ちゃん」

「ケロ」

 

 ドピュン!と走り始める刃羅。

 それに梅雨が付いて行く。

 

「あ。スカート押さえとくのです」

「「きゃあ!?」」

「んお?梅雨ちゃん。背中に乗るべ。おいらまだ行けるべよ」

「ありがとう。刃羅ちゃん」

 

 どんどんと抜き去っていく刃羅。

 梅雨も刃羅の背中に張り付いている。

 

「はぁ!はぁ!3人抱えてんのに!はぁ!はぁ!なんであんなに速えぇんだよ!」

「まさに野生児」

「……いや、違うよ」

「緑谷?」

「凄く繊細な走り方してる。さっき言ってたアドバイスを実践してくれてるんだ。実際、麗日さん達にほとんど衝撃が行ってない」

「ケロ。緑谷ちゃんの言う通りよ。走ってるとは思えないほどよ」

 

 砂藤が息を荒げながら驚き、それに常闇も頷く。

 しかし緑谷がそれを否定し、隣で走る轟や飯田が目を向ける。

 緑谷の推測に梅雨が頷き、実体験を話す。

 それに抱えられている麗日も右手で口元を、左手でスカートを押さえながら頷く。

 

 その後も30分程走る。

 途中で葉隠、麗日は下ろされ、芦戸、耳郎が抱えられた。

 梅雨も麗日と一緒に下りて、並走している。

 

「そろそろ自らの足で走るのである。吾輩、先に行っているのである」

「「え?わぁ!?」」

 

 ポイッ!と上に投げられて、慌てる耳郎と芦戸。

 直後、刃羅はドピュン!とスピードを上げて走り去っていく。

 

 それを唖然と顔を引きつらせて見送る緑谷達。

 

「はは……バケモンかよ……」

「俺達も負けてられないぞ!」

「うん!頑張ろう!」

 

 気合を入れ直す飯田達だが、土魔獣が現れて悲鳴を上げることになるまで後8秒。

 

 

 

 

 16時半過ぎ。

 相澤達は施設前で待機していた。

 

「B組もまだのようだな」

「そうだね。まぁ、こんなものじゃない?1年生だし」

「1人規格外だったけどねって、帰ってきた!」

 

 目の前の森から人影が飛び出し、相澤達の前で着地する。

 刃羅である。

 

「ただいま!楽しかったし、美味しかった!」

「おかえり……」

「後1時間くらいで着くじゃろ。『個性』使い過ぎなければじゃがの」

 

 ニパッ!と笑顔で報告する刃羅に、苦笑して答えるピクシーボブ。

 相澤に顔を向けて、肩を竦めて報告する刃羅。

 

「……ご苦労さん。で?美味しかったって何喰ったんだ?」

「猪と鳥でござる」

「「……」」

 

 刃羅の血に汚れた服を見て、少し顔を青くするマンダレイとピクシーボブ。

 

「……生か?」

「轟君を見つけたのでね。彼にご協力を申し出たのだよ」

「なるほどね。途中、動きが止まったのはそのせいか」

「イエア!」

 

 刃羅の言葉に納得は出来た相澤達。

 その後、余りにも汚れている刃羅は着替えるように言われ、ジャージに着替える。

 

 そして17時20分。

 空もオレンジ色に染まって、カラスの声が響く。

 刃羅は近くの椅子で寝転がり、相澤達は立って森を見ている。

 

「お!やぁっと来たにゃ~ん」

 

 ピクシーボブの声に目を開けて、起き上がる刃羅。

 森に目を向けると、ノソノソと歩いてくる人影が見えた。

 

「疲れとりますなぁ」

 

 ボロボロの飯田や梅雨達、森からゆっくりと歩いてくる。

 

「手助けがあったわりには、随分とヘロヘロだねぇ」

 

 マンダレイは苦笑して、A組の面々を見る。

 施設前に着いて、数人が座り込む。

 

「何が3時間ですかぁ」

「悪いね。私達ならって意味。あれ」

「実力差自慢のためか……やらしいな……」

「もう腹減った。死ぬぅ」

「1人おかしな子もいたけどね」

「乱刀さんですわね……」

「暇だたアル」

「……なんでそこまで元気なんだよ」

 

 梅雨に近寄りながら頭の後ろで手を組む刃羅に、呆れる百達。

 

「まぁ、これで森での活動もある程度は理解出来ただろ。いい見本もいたようだしな」

「見習えるかは分からないですけどね……」

「とりあえずバスから荷物降ろせ。部屋に荷物運んだら食堂にて夕食。その後入浴で、就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。早くしろ」

 

 相澤の言葉にノロノロと動き出す一同。 

 

「お腹減ったぁ。足痛いぃ」

「うぅ……」

「お茶子ちゃん。荷物運べそう?」

「……荷物少なくしとけばよかったなぁ~」

「うちが運んだるわ。荷物どれやねん」

「マジで!?」

「でも、お肉まで頂いたのに……これ以上助けられてばかりでは……」

 

 刃羅の提案に喜ぶ芦戸。しかし百は顔を顰めて申し訳なさそうにする。

 刃羅はそれを無視して、ヒョイヒョイと女性陣の荷物を抱えていく。最後まで渋っていた百だったが、自身事抱えられそうになり、荷物を渡すことになるのだった。

 

 A組女子に与えられた部屋はシンプルな和室で、七人分布団が敷かれていた。

 寝るだけの部屋のためか、布団でほぼ部屋を占領されている。

 

「ほれ。後は自分達で整理するんじゃな」

「「ありがとー!」」

「ありがとね、刃羅ちゃん」

「いいよ~」

「思ったより狭いのですね」

「合宿だし、相澤先生だし、こんなもんじゃない?」

「そうなのですか」

「寝るとこあんだけ十分だべさ。野宿させられたっておかしくねぇべ、この森」

 

 百が部屋の狭さに驚いていたが、耳郎の言葉に納得する。

 そして刃羅の言葉にありえそうだと顔を青くする女性陣。

 

「あ。ご飯だっけ!」

「そうだ!行こう行こう!お腹減ったぁ~!」

「刃羅のお肉なかったら、もっとヤバかったよね」

「本当ですわね。そうですわ。乱刀さん、夜にでも森での活動方法について教えてもらえないでしょうか?」

「かまへんよ」

「ケロ」

 

 ワイワイと話しながら食堂に向かう刃羅達。

 

 こうして初日の苦行を突破したA組なのであった。

 

_______________________

・新!刃格!

 

マムベリ(湾刀):獣。お肉大好き。

 

 

 


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