ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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今更ながら、B組からは蟷螂顔の鎌切君がいなくなっております。
鎌切ファンの方、すいません。



#25 『個性』を鍛えろ!

 合宿2日目。朝5時30分。

 A組一同はジャージに着替えて、寝ぼけ眼で外に集まっていた。

 

「お早う諸君」

 

 相澤は変わらぬテンションで挨拶する。

 

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように」

 

 相澤の言葉にゴクリと息を飲む緑谷達。

 

「というわけで爆豪。こいつを投げてみろ」

 

 相澤がボール状のものを爆豪に手渡す。それは体力テストの時のソフトボール投げに使ったものだった。

 

「前回の入学直後の記録は705.2m……どれだけ伸びてるかな?」

「おお!成長具合か!」

「この3か月色々濃かったからな!1kmとか行くんじゃねぇの!?」

「いったれバクゴー!」

 

 爆豪は前に出て、肩を回してほぐす。

 

「んじゃ、よっこら………くたばれ!!!!」

 

 物騒な言葉を叫びながら爆発と同時にボールを投げる。

 ボールは空高く飛んでいく。

 そして相澤の持つ端末に結果が表示される。

 

「709.6m」

「!!?」

「あれ?思ったより……」

 

 結果に爆豪はもちろん全員がほとんど結果が変わらないことに騒めく。

 

「約3か月間。様々な経験を経て、確かに君らは成長している。しかし、それはあくまでも精神面や技術面、後は多少の体力的な成長がメインで『個性』そのものはそこまで成長していない」

 

 相澤の言葉に目を見開く一同。

 

「だから、今日から君らの『個性』を伸ばす。死ぬほどきついが……くれぐれも死なないように」

 

 ニヤっと笑いながら相澤が告げる言葉に、緑谷達は息を飲んで顔を青くする。

 

「それでは特訓場所に移動する。ついてこい」

 

 相澤が背を向けて歩き出し、それに全員もオドオドと付いて行く。

 

「死ぬほどきついって……!」

「な、何するんだよ……!?」

「ふわぁ~」

「余裕そうだね!?刃羅」

「んあ~……ねむ~……」

 

 刃羅はあくびをしながらフラフラと歩く。

 その呑気な姿に耳郎や上鳴は苦笑する。

 

 移動した先は開けた岩場だった。

 

「それにしても……こんなにバラバラの『個性』をどうやって鍛えるんですか?」

「そうだよな?体を鍛えて強くなる『個性』だけじゃねぇし」

 

 切島と瀬呂の言葉に全員が頷く。

 

「だからここで、彼女達だ」

「そうなの!!あちきら四身一体!!」

 

 相澤の後ろに4つの人影が現れる。

 

「輝く瞳でロックオン!」

「猫の手手助けやってくる!」

「どこからともなく~やってくる~!」

「キュートに!キャットに!スティンガー!」

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」」

 

 ビシィ!とポーズを決めるマンダレイ達。

 再びポカンとするA組面々。

 

「あちき『ラグドール』の『個性』《サーチ》!見た人の情報100人まで丸わかり!居場所も弱点も!」

「そして私『ピクシーボブ』の《土流》で各々の鍛練に見合った場を形成!」

「私『マンダレイ』の《テレパス》で一度に複数の人間にアドバイス!」

「そこを我『虎』が殴る蹴るの暴行よ!」

「最後『個性』関係ないやんけ」

 

 虎の言葉に刃羅が突っ込む。それに他の者も同意するように頷く。

 最後の一言で一気に凄さが無くなった気がする一同だった。

 

「この広範囲をカバーできる4名と俺達担任で短期の底上げを行う。では、これより俺達が考えた特訓内容を伝える」

 

 相澤がリストを取り出す。

 

「青山。お前は連続でレーザーを発射し続けろ。トイレは用意してある。腹の痛みに慣れるのと射出時間を伸ばす」

「地獄☆」

「芦戸。溶解液を長時間使用して皮膚の耐久度を強化」

「は、はい……!」

「蛙吹は壁を登って舌の筋力と跳躍力を鍛える」

「ケロ」

「飯田は走り込みだ」

「はい!」

「麗日はゴムのボールに入って、身体を浮かしたまま転がり三半規管を鍛え、酔いにも慣れてもらう」

「は、はい!」

 

 鍛練内容に顔を真っ青にする芦戸と麗日。

 その後も一人一人に指示を出していく相澤。それに一喜一憂するA組面々。

 

「八百万。お前は砂藤同様甘いものを食べながら、並列して創造し、クオリティと種類の拡大を目指してもらう」

「わ、分かりました」

「最後に乱刀。お前は走り込みと同時に刃を形成する速度と範囲の拡大だ」

 

 相澤の言葉に首を傾げる刃羅。

 

「同時にけ?」

「そうだ。途中でピクシーボブが作った土人形がお前に襲い掛かる。それを()()()()()()()()()

「……筋力、体力も鍛えながらってことか」

「そういうことだな。流石に武器を増やすわけにもいかん。武器を2種類出すにしても、まずは基礎を重点にすることにした」

「……まぁ、ええか。微妙な気ぃしよるけど」

 

 刃羅は効果があるのか訝しむが、指示に従うことにする。

 

(……やはり自分の『個性』の鍛え方は熟知しているか)

 

 昨晩、マンダレイや流女将と電話で鍛練法について話し合っていた相澤。学校でも刃羅の『個性』の方向性について話題になっていた。

 刃羅の『個性』は体育祭で刃羅本人も話していたが、殺傷力しかないヴィラン向きである。武器を増やすのはあまり意味はない。2種類出させるにしても、今回の趣旨とは違うように思えたのだ。

 なので、あくまで本来の『個性』の使い方に注目し、そこを強化することに決めたのだった。

 

「では、それぞれの場所に移動して開始だ。手を抜かず、全力で取り組め」

『はい!』

 

 相澤の言葉に気合を入れて頷くA組一同。

 

 刃羅はピクシーボブと相澤に声を掛けられていた。

 

「土人形の出現はランダムだし、土人形だけが出るとは限らん。それを対処しながら外周を走り続けろ」

「出来る限り必要な箇所だけを変化させるようにね!」

「了解じゃ」

「それとこれだ」

「む?重りか?って重い!?」

「それぞれ8Kg。それを手足に着けろ」

 

 相澤から渡されたのはリストアンクルウェイト4つ。

 昨日の森での移動を考えて、ただ走らすだけでは効果はないと考えた相澤はとりあえず重さを着けてみることにした。もちろん走らせるコースも起伏を多く作り、そこに土人形との戦闘も加える。かなり実戦を意識させる鍛練となってしまった。

 刃羅の手足にガチン!と鍵付きで固定される。

 

「裸足でもよろしおすか?」

「構わんが、滑るなよ」

「……分かったのである」

 

 見透かされて顔を顰める刃羅は、大人しく走り出す。

 飯田とは違うコースのようだ。

 

「ちっ!重りのせいでバランスがズレやすい。これで戦って振り回されない様にしろってことか」

 

 刃羅は走りながらバランスを調整していく。

 すると目の前の地面が盛り上がり、のっぺらぼうの人型が2体ほど出現する。

 

 刃羅は速度を緩めずに迫り、前に出てきた土人形の1体の顔面に右拳を叩きつける。顔を崩しながら後ろに倒れる土人形。刃羅はそのまま右脚を前に出して、2体目に向かって左脚を振り抜く。胴体に当たる直前に、脛に刃を生やす。ズバン!と胴体を真っ二つになる土人形。

 そのまま一回転して前を向き、再び走り出す刃羅。

 

 すると今度はほぼ直立の3m程の壁が現れる。

 

「走り込みじゃないのです!?」

「あぁ。手は使うなよ」

「ファッキュー!!」

 

 刃羅は脚裏に刃を生やして、壁に突き刺して駆け上がっていく。

 

「ぐぅ!?重りが邪魔で……!」

 

 一気に駆け上がりたくても手足の重りで後ろに体が倒れ、脚が持ち上がらない。手が使えないので腹筋に力を込めて体を起こす。

 そして上まで登りきり、降りようとすると。

 

「降りるときは腕だけで降りろ」

「イジメであろう!もはや!」

「お前はそれくらいが丁度いいんだ。あぁ、滑るなよ」

「どチクショウが!!」

 

 吐き捨てながら指から刃を生やし、壁に突き刺して腕だけで降りていく刃羅。降りるのはすぐさま終えるが、この壁を越えただけで、体の疲労が溜まる。

 その後も走り続け、壁や坂を上り下りし、土人形を倒して行く。

 1周走り終わるだけで2時間もかかった。

 スタート地点に戻ると、いつの間にかB組も参加していた。

 

「ふぅ~」

「ふぅ~じゃねぇ。さっさと2周目行け。勝手に休むな」

 

 足を止めた瞬間、相澤の捕縛武器でビシィン!と尻を叩かれる刃羅。

 

「っだい!?びぃえ~ん!!」

 

 再び走り始める刃羅。

 その後、再び壁を掛け上げるときに足が滑って、地面に叩きつけられて後頭部を押さえて痛みに悶えることになり、周りで見ていた生徒達に同情される刃羅だった。

 そして、また2時間かけて1周する。

 

「……なんか……我だけ……おかしくないか……?緑谷や飯田にも……同じことさせないのか……?」

「奴らとお前では元々の身体能力が違うんだから当然だろ」

「納得がいかん……!」

「とりあえず、これはここまでだ。切島と組み手だ。刃は出さずにな」

「……」

「あぁ、それと手にはグローブ、脛にはプロテクターを着けてもらう。重さは5Kgだ」

「鬼畜過ぎるでござろう!?」

 

 流石に本気で叫んだ刃羅。

 しかし相澤は取り合わずにグローブとプロテクターを投げつけて、切島の元に向かう。

 刃羅は顔を顰めて睨むが、ため息を吐いて大人しくグローブとプロテクターを身に着ける。

 切島は土人形3体にフルボッコにされていた。

 

「組み手しとるやん」

「あれはただ攻撃に耐えているだけだ」

 

 そして相澤は切島に声を掛ける。近くで見ていたピクシーボブが土人形を止める。

 

「切島」

「はぁ……はぁ……うす!」

「次は乱刀と組み手だ」

「押忍!頼むぜ!乱刀!」

「ちなみに乱刀は両手足に重りを付けて『個性』なしだ。お前は重り無しで『個性』ありだ。思いっきり殴りかかれ」

 

 相澤の言葉に切島は目を見開いて、刃羅の手足を見る。そして顔を顰める。

 

「……それは流石に……」

「文句は1本取ってから言え。乱刀も本気でやっていい」

「いいのかね?」

「構わん」

 

 刃羅の言葉に相澤は頷く。

 刃羅は切島の前に立ち、ボクシングスタイルで構える。

 

「行くぞ!しっかり硬化しといてね!」

「こぉい!」

 

 切島も切り替えて構える。しかし、次の瞬間刃羅の右拳がブレ、気づいた時には目の前にグローブがあった。

 

パァン!

 

「ぶぅ!?」

 

 鼻頭に衝撃を受けて、顔を仰け反る。

 

「せい!」

 

 続いて刃羅はがら空きになった切島の腹に左正拳突きが突き刺さる。

 

「ごぉ!?(こ、硬化してんのに……!?)」

 

 切島は腹を押さえて後退る。顔を顰めて痛みに耐えている。

 刃羅は追撃せずに、拳を構えたまま切島を見つける。

 

「柔い。その程度の硬さでは、衝撃は止められん。結局、痛みの半分近くは受けていることになる」

「っ!!」

「人間である以上、体の大半は水分であり、血液も流れておるからのぅ。格闘術は衝撃を如何に通すか、じゃ」

「なるほどな」

「貴官は小官を攻めながら、動き回りながら、常に最硬度を保てなければならないであります!」

「よっしゃあ!やったるぜ!こぉい!」

 

 切島は刃羅の言葉に納得し、再び硬化する。

 その瞬間、刃羅が殴りかかる。今度はワン・ツージャブ。

 切島は顔を腕でガードする。

 

「足を止めない!硬いからこそ攻める!」

「お、おう!」

「おらぁ!どんどん行くぞぉゴラァ!」

 

 今度は無茶苦茶な軌道で連続で拳を放つ刃羅。

 切島は前に出ようとするも、顔、肩、腹、脇腹を殴られる。切島も攻めようとするが、腕を構えた瞬間に刃羅が素早く移動して攻撃範囲からいなくなってしまう。

 

(っ!!う、動かせてもらえねぇ!こっちが動いた瞬間、攻撃したい範囲からいなくなる!)

 

 正面に向き合っても、殴ろうと構えた腕を先に殴られてしまう。殴られても無理矢理に拳を振っても、全く力が乗らず簡単に避けられてしまった。

 

「攻撃が大振りばっかりだべ!硬いその拳ならジャブレベルでんも十分な威力が出るべさ!」

「くっ!」

「ホアチャ!」

「ごぉ!?」

 

 切島が右ストレートを放った瞬間、刃羅は左腕で円を描くように切島の拳をいなし、その動きに合わせて右拳を腹に叩き込む。

 殴られた衝撃に体をくの字に曲げる切島。直後、刃羅が腰を捻り、左拳を切島の右顔面に叩き込む。

 

「ぶえ!?」

 

 切島は堪えられずうつ伏せに倒れる。

 

「あ~……顎にも入ったかね?」

「ぐ……うぅ……」

「これはあきませんなぁ」

 

 刃羅が声を掛けるが、切島は答える余裕もなく、立ち上がることも出来なかった。

 それに刃羅はため息を吐いて、ピクシーボブを呼ぶ。

 

「ピクシーボブ!!切島氏を休ませてほしいでござる!」

「りょーかい。もうすぐ昼だし、あんたも休みな」

「分かったのです」

 

 重りを外して、地面に座り込む刃羅。

 切島は土人形で運ばれて、地面に敷かれた大きな布の上に寝転がされる。そこにピクシーボブが布を濡らして額に置く。

 そこに他の者達も草臥れた様子で歩いてくる。

 麗日は今にも吐きそうな程に顔を青くして、フラフラしながら近づいてくる。その隣を飯田が心配そうに肩を支えている。

 

「よし!全員、1時間の昼休憩だ!しっかり休んで午後に備えろよ!」

『は~い』

「アハハハハ!!ボロボロ!!お昼はおにぎりだよ!!たくさんあるからね!」

 

 ラグドールが笑いながら、おにぎりが並んだ皿を並べていく。

 刃羅は3つほどおにぎりとお茶のペットボトルを受け取り、木陰に移動して木を背に座る。

 そこに梅雨や葉隠、麗日、百がやってきた。

 

「お疲れ様。刃羅ちゃん」

「お疲れ~」

「お茶子ちゃん、ヤオモモ。大丈夫?」

「う、うん。うっぷ」

「あまり食欲はありませんが……」

「百ちゃんは食べ続けてたものね」

 

 手を拭いて、おにぎりを頬張る刃羅と梅雨。

 すると、そこに切島、芦戸、耳郎、緑谷、飯田がおにぎりとお茶を持ってやってくる。

 

「すまねぇ乱刀!手合わせしてもらったのに!」

「構いませんわよ。あの結果も講師方は予想していたようですし」

「ぐっ……それはそれで悔しいぜ……!どこを直せばいいか教えてくれ!」

「ボッコボコにされてたもんね。切島」

 

 切島は座っていきなりガバッ!と頭を下げる。

 それに芦戸が苦笑する。

 

「というか刃羅はなんであれだけ走りこんだ後に、あんなに殴り合い出来るのさ?」

「しかも重りつけてたんだよね?」

「重りなんてつけてたの!?」

「アンクルが8Kg、グローブとプロテクターで5Kgだそうだ」

「……それでも俺は何もさせてもらえなかったのか……」

 

 芦戸の横で見ていた耳郎が呆れたように話し、さらに我ーズブートキャンプをしていた緑谷が重りについて話し、その事実に切島がさらに落ち込む。

 その事実に梅雨や飯田は考え込むように唸る。

 

「私も重りをつけたほうがいいかしら?」

「俺もそうだな。それに乱刀くんのコースも使わせてもらいたい!」

「僕もやってみたいなぁ」

 

 梅雨達の呟きに緑谷も腕を組んで考え込む。

 しかし、それに刃羅が口を挟む。

 

「緑谷はもっと力の扱い方に慣れてからのほうがよいじゃろ」

「……そうかな?」

「完全に緑谷坊っちゃんの『個性』を知っとるわけやありまへんけど。まだ全身なら安定させられても、一部だけやと0か100やないどすか?」

「……そうだね」

「ああいうコースは力の入れ所を細かく変える必要があるのです。それが出来ないなら、あまり意味はないのです」

 

 刃羅の言葉に落ち込んだように俯く緑谷。それに周囲は心配そうに見つめる。

 雰囲気を変えるように刃羅は、今度は切島に向けて声を掛ける。

 

「切島氏も同じでござるな」

「え?」

「攻撃がぁ大振りなのもぉそうだけどぉ、一度決めたぁ攻撃のことしかぁ集中出来てないかなぁ」

「……確かに」

「一撃で倒せるなんてことの方が稀なのである。常に次を考えるのである。確実に相手が崩れたと確認出来るまでは、全ての行動は繋がっているべきである。それが出来てないから、攻められ続けるのである」

「……なるほど。けどよぉ……めっちゃムズいだろ、それぇ」

 

 切島は腕を組んで唸り、がっくりと肩を落とす。それに芦戸が励ますように背中をポンポンと叩く。

 刃羅は苦笑しておにぎりを頬張る。

 

「簡単に出来るなら、ここでやらされたりしないだろう。それを常に意識しながら硬度を保てるようにするのが、ここでの課題だろう」

「そういうことか……!」

「刃羅、もう教師側じゃない?」

「相澤先生も刃羅ちゃんの扱いに困ってるみたいだものね」

「その結果が~重り~。まぁ~『個性』の~鍛え方が~難しいのもあるけど~」

「刃ですものね」

「切れ味を上げるわけにもいきませんものね」

 

 刃羅の言葉に梅雨と百が悩まし気に顎に指を当てる。

 

 

 休憩が終わり、再び特訓に戻る生徒達。

 

「で?拙者は如何に?」

「切島の特訓に付き合ってもらう。ただし……」

「ただし?」

「重さを8Kgから13Kgに増やす。グローブとプロテクターは変わらん」

「……18Kg×4で……72Kg!?20Kgアップ!?殺す気アルか!?期末試験の教師陣のハンデより重いアルよ!?アタシよりも重いアル!」

「さっきの様子だと余裕がありそうだからな」

 

 「ほれ」と重りを渡される刃羅は顔を引きつらせる。

 やはり自分だけ鍛練の目的がズレている気がする。

 

「筋力向上ならぁん切島ちゃんにもぉん着けたらぁん?」

「それも考えたが、お前との差が大きすぎる」

「これほどの重さだと、おいらも手加減しきれねぇだよ」

「構わん。それに硬化で耐えるのが切島の課題だ」

「そうでっか」

 

 呆れ顔で重りを付けていく刃羅。リストアンクルだけでもかなりの負荷だ。

 グローブとプロテクターを着けると、腕を上げるだけでもきつい。

 顔を顰める刃羅に、相澤は切島に聞こえないようにボソリと呟く。

 

「お前……さっき()()()()()使()()()()()()だろ。手加減のつもりか知らんが」

「……」

「腕を満足に使えんなら、嫌でも使うだろ。切島には足元にも意識を向けさせろ」

「……はぁ~……クソが……!」

 

 吐き捨ててドスドス!と切島の元に向かう刃羅。

 その背中を相澤は見送る。そこにマンダレイが近づいてくる。

 

「随分と色々と無茶させるね。まぁ、流女将の話を聞いたら仕方がないかもしれないけどさ」

「正直、乱刀の『個性』はほぼ完成されていると言ってもいいですからね。複数の武器を出す術も検討が付いているようですし」

「そして体術はすでにプロ並み。ならば後やれるとしたら筋力と体力面。そして……他人とのコミュニケーションを増やすってことだね」

「そういうことです……蛙吹から夜の事も聞きましたしね」

「横になって寝れない…か」

 

 相澤とマンダレイは蛙吹から刃羅の寝方について様子を見に行った時に聞かされた。休憩中に流女将に連絡したら、家でもそうらしいとの返答があった。

 ラグドールの《サーチ》でも、特に体調不良ではなかったので特に問題視はしなかった。ただし、刃羅を見たラグドールが「異常なほど鍛えられている体」と断言したことには頭を抱えたが。

 精神面でも「びっくりするほど揺らぎがない」とまで言ったラグドール。

 

「実際、午前の時や休憩中のアドバイスも的確だったけどね」

「そうですか……」

 

 相澤達の目の前で切島と組み手を始める刃羅。先ほどとは動きが変わり、切島は戸惑っている。

 その変化にはマンダレイも目を見張るものがある。

 刃羅はステップではなく、すり足での移動に変わり、攻撃もカウンターの関節技狙いになっている。しかし時折、鋭いアッパーやボディブローを繰り出し、足払いも使い始めていた。

 

「完全に状況に合わせて戦闘スタイルを即座に組み上げられてるわね」

「ですね……まぁ、武器の特性故の動きでしょうが」

「回転も使ってるから、攻撃が硬化を上回っているね」

「そこは元々の狙いなので」

「ぐおえ!?」

「「「あ」」」

 

 刃羅のアッパーが見事に切島の顎に突き刺さり、思いっきり後ろに倒れる切島。

 それに刃羅、相澤、マンダレイは声を上げる。

 刃羅は恐る恐る切島を覗き込み声を掛ける。

 

「お~い……起きれるか?」

「……ぐぅ」

「……駄目っぽい!」

「だろうな……」

「こりゃしばらくは無理だね」

 

 切島は完全に伸びていた。

 マンダレイがピクシーボブに《テレパス》を飛ばし、土人形で切島を運ばせる。

 刃羅はグローブとプロテクターを外しながら相澤を見る。

 

「どうすればいいのです?」

「そうだな……また走り込んで来い。2時間を切るのが目標だ」

「へ~い……」

 

 うんざりとした顔で走り出す刃羅。グローブとプロテクターを外して、軽くなったつもりでいる刃羅だが、実際は最初より重くなっていることに壁を登り始めたときに気づいて、また背中から落ちて後頭部を打つのだった。

 

「いっっっだ~~~!!?」

「受け身取ろうにも重りのせいで取れなかったのね……」

「アハハハハハハ!!」

 

 ピクシーボブが可哀想な目で見て、ラグドールは爆笑する。

 それに近くで鍛練していた者達も注目する。

 

「あれぇ!?おっかしいなぁ!?A組は優秀なのに随分と滑稽だねぇ!」

「物間。お前は自分の事に集中しろ。滑稽だと思うならお前も重りつけるか?52Kgだそうだぞ?」

『52Kg!!?』

 

 B組の物間がここぞとばかりに虚仮にするが、ブラドが注意して刃羅が付けている重量をバラすと聞こえた者達が目を見開いて驚く。

 流石に物間も顔を真っ青にして黙った。

 

「さっきまではそこに更に各5Kgのグローブとプロテクターを手足に着けて組み手をしていたそうだ。お前達もやってみるか?ちなみにあそこで倒れている切島は重り無しの『個性』ありで、乱刀は『個性』なしだったそうだぞ」

 

 ブラドの言葉にブンブン!と首を横に振る生徒達。

 そして誤魔化すように自分の鍛練を再開する。

 その時、

 

「づあああああああ!!!」

 

ガァン!!

 

『!!?』

 

 叫び声と轟音が響き、全員が発生源に目を向ける。

 そこには右足を壁に突き立てている刃羅の姿があった。

 

「このクッソがああああ!!!」

 

ズガァン!!

 

 刃羅は声を荒げながら、右脚だけで体を持ち上げ、左足で壁を踏み抜くように壁に突き刺した。

 その光景に全員が唖然とする。刃羅は周りに注目されていることにも気づかず、どんどん壁を突き刺しながら登っていく。もちろん腕は使わずに。

 

「50Kg着けて脚だけで登れとかよぉ!!テメェらも出来んのか先公ゴラァ!!」

 

ガァン!!

 

(((((……無理かな)))))

 

 刃羅の叫びに相澤達はサッと視線を外す。

 そして刃羅が登りきると、壁が45度ほどの傾斜に変わったことで教師陣の答えが分かった生徒達だったが誰も突っ込むことはなかった。

 刃羅を除いて。

 

「自分らも出来ねぇ筋トレをガキにやらせんなゴラァ!!クソ髭に猫ババア!!」

「バ!?」

「やめな、ピクシーボブ。確かに出来ないことをやらせたのは問題だったんだから」

「くぅ~……!」

「……クソ髭……」

 

 ピクシーボブが飛び掛かろうとしたが、マンダレイに止められる。そして相澤も地味にダメージを受けるのであった。

 その後も刃羅は顔を顰めたまま走り続けた。

 1時間後、復活した切島と再び組み手をする。しかしやや苛立っていた刃羅は開始早々顔面にクリーンヒットさせて再び切島を気絶させ、また走り込みをすることになり更にイライラが募るという悪循環に陥り、近くにいた者達が刃羅の怒気に顔を引きつらせるという全く鍛練に集中出来ない環境となったのであった。

 

 

 

 

「よし!今日はここまでだ!」

『は~い』

 

 相澤の号令で地面に座り込む生徒達。

 

「ふん!」

 

バギン!!

 

 刃羅は刃を生やして手足の重りの鍵部分を斬り壊して、重りを外す。

 ドスン!と鈍い音を響かせて地面に落ちる重りに、音を聞いた生徒達は疲れ切った顔を青くする。

 

「あれを4つに、グローブとプロテクターも重かったんだよな?なんで普通に走って、今も立ってられんだよ……」

「あんま疲れたようにも見えねぇし」

「バケモンかよ……」

 

 刃羅の異常性をあまり知らないB組は衝撃が大きかった。

 倒れている切島にB組の鉄哲が走り寄る。

 

「切島ぁ!!しっかりしろぉ!」

「だ、大丈夫だ……」

 

 切島は目を覚ましていたが、まだ眩暈が強く起き上がれなかった。

 そこに腕を組んで顔を顰めた刃羅も歩み寄ってくる。

 

「すまねぇだ。イライラして手加減効かなかったべ」

「き、気にすんな……元々手加減無しでって話だったしな。防げなかった俺が情けなかっただけだ」

 

 切島は寝ころんだまま、苦笑いする。

 刃羅は腕を組んだまま、相澤を睨みつける。

 

「明日もこれを繰り返すのか?我はもちろん切島にも効果がある様には思えんぞ。まだそこの鋼男のほうが組み手の相手に相応しいだろう」

「……そうだな。少し考える」

 

 刃羅の言葉に頷く相澤。

 それに刃羅は「ふん!」と鼻息を荒げて、施設へと戻っていく。

 その後ろを他の生徒達もノロノロと施設へと足を進める。

 

「で?実際どうするんだい?イレイザー。確かに今日と同じじゃ、あの子もそうだけど男子の方も倒されてばっかりじゃね」

「そうですね……ブラドとも話して決めます」

「頑張りな」

 

 マンダレイの言葉に考えるように顔を顰める相澤。

 しかしすぐに答えが出るわけではないと諦めて、とりあえず施設に戻ることにしたのだった。

 

 

 

 16時。

 施設の外に設置された炊事場に集まる生徒達。

 

「さぁ!昨日言ったね!世話を焼くのは今日だけって!!」

「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!!」

『……イエッサ……』

 

 ピクシーボブとラグドールの目の前にはカレーの材料や飯盒が並べられていた。

 それに生徒達はグタッと燃え尽きた様子で返答する。刃羅は後ろの方でブスっと両手をポケットに突っ込んだまま立っている。

 その様子にラグドールが大笑いする。

 

「アハハハハハハ!!全員全身ぶっちぶち!だからって雑なネコマンマは作っちゃ駄目ね!」

 

 その言葉に項垂れていた飯田が、ハッとする。

 

「確かに……災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……流石雄英!!無駄がない!!」

 

 何やら1人で納得して声を上げる飯田。

 そして、生徒達に振り返って叫ぶ。

 

「世界一美味いカレーを作ろう!!皆!!」

「オ……オォ~……」

(飯田……便利……) 

 

 こうしてカレー作りが始まった。

 

 いざカレー作りが始まると、生徒達は活気づいた。

 

「轟ー!こっちにも火ィ頂戴!」

「爆豪。爆発で火ィつけれねぇ?」

「つけれるわ!クソがぁ!」

ボォン!

「えぇ……!?」

「皆さん!人の手ばかり煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんよ」

「……えぇ?」

 

 テーブルの方でも野菜を切っていた飯田は張り切っていた。

 

「カレーの具材はどれくらいの大きさが最適のだろうか!?どんな切り方がいいのだ!?」

「いや、そこまで決めてたら時間もったいねぇよ」

「カレーを待っている人を待たせるのは良くないぜ?」

「は!?その通りだな!」

「行くぜ!乱刀!」

「うむ」

「ん?」

 

 切島の声に飯田や砂藤が後ろを振り向くと、両手に人参を抱えた切島と梅雨に机を挟んで目の前にボールを置いて立っている刃羅がいた。

 飯田達が首を傾げた瞬間、人参を放り投げる切島と梅雨。

 

「短刀十指・乱れ斬り!!」

 

シャキキキキキキキン!!! 

 

 両手の指を短刀に変えて、高速で両腕を振る刃羅。すると、投げられた人参がぶつ切りに分かれて目の前のボールに収まる。

 

「すっげー!!」

「綺麗に切れてるわ」

「次!ジャガイモだな!」

「切島くん!自分でやらなければ意味がないがないぞ!」

「飯田ちゃん。別に全部ではないわ。それに早く出来ることはいいことよ」

「梅雨ちゃんくん……しかしだな……」

「まぁ、別に梅雨達に投げてもらう必要はないけどな」

 

 腕を組んで唸る飯田に、刃羅が自分でジャガイモを投げて両手を振るってぶつ切りにしていく。

 その後もヒョイヒョイと投げては斬り投げては斬る刃羅に、飯田は悩まし気に唸る。

 

「あ。肉も切り終わっとるで」

「はや!?」

「そら、おいらは片手だけでも包丁5本分だべ」

「なるほどなぁ」

 

 ジャキン!と指に刃を生やす刃羅に砂藤が納得した様に頷く。

 

「適材適所やよって。確かに出来はるに越したことはあらへんけど、出来るもんがおるなら遠慮なく使こうたらええどす。下手に時間かけてしもて体力使うほうが問題でっしゃろ」

「むぅ!そういう考え方もあるか……」

「ほれ、腹が減っとるんじゃ。まずは早う作るのじゃ。被災者達は待っておるぞ」

「そうだな!作業を再開しよう!」

「ケロケロ」

 

 その後はスムーズに調理が進み、カレーが完成する。

 

「いただきまーす!」

「うめー!」

「……うどんは」

「流石にそれは無理じゃないかしら。刃羅ちゃん」

 

 カレーにがっつく生徒達。

 刃羅はカレーうどんを思い浮かべるが、梅雨に諭されて落ち込みながらカレーを食べる。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「緑谷だ」

「ケロ?」

 

 ふと目を向けると緑谷がカレーを持って森の中に入って行った。

 それに首を傾げる刃羅と梅雨。

 

「どないしたん?あいつ」

「どこに行くのかしら?」

「まぁ、1人で考えたいことでもあるんだろう」

「ケロ」

 

 梅雨は心配そうにしていたが、刃羅はカレーに注意を戻して食事を再開する。

 その後、緑谷が手ぶらで帰って来るのを目撃し、再び首を傾げる刃羅達だった。

 

 

 

 刃羅はカレーを食べ終えて片づけをしていると、そこにマンダレイが近づいて来た。

 

「ちょっといいかい?」

「あん?」

 

 マンダレイに声を掛けられて、施設内にある事務所に連れて行かれると、そこには緑谷とプッシーキャッツの面々がいた。

 不思議なメンバーに首を傾げる刃羅。

 

「急に悪いね」

「あっしに何用だよい!」

「彼が君に聞きたいことがあるんだよ。その内容がちょっと私達も無関係じゃなくてね」

「む?」

 

 刃羅はマンダレイの言葉に更に首を傾げる。

 緑谷はオドオドした様子でキョロキョロしている。

 

「え、えっとね、乱刀さん。ちょ、ちょっと、というか……かなり?き、聞きにくいことなんだけど……」

「……何なのだ?」

「洸汰のことなんだよ」

 

 緑谷の要領を得ない言葉に刃羅はイラっと顔を顰める。

 それに苦笑してマンダレイが口を挟む。

 

「洸汰?……あぁ、あのとんがり坊主かいな」

「そう」

「その坊主と拙者がどう繋がるのだ?」

「……悪いけど他言無用で頼むよ」

 

 マンダレイは洸汰とその両親の事を話し始める。その内容に緑谷はもちろん、プッシーキャッツの面々も悲し気に顔を曇らせる。

 話を聞いた刃羅は腕を組んで目を瞑り、事務所の壁にもたれ掛かっている。

 その様子に申し訳なさそうに俯きながら緑谷は話を引き継ぐ。

 

「さっきも洸汰くんと話したんだ。洸汰くんはヒーローだけじゃなくて『個性』、超人社会そのものを否定しちゃってるんだ。それは……とても辛い事なんじゃないかと思って。それで……」

「似た境遇である私から話を聞いて、何か出来ることはないか……と?」

「……うん。どうにも気になっちゃって……」

「ない」

「え?」

 

 刃羅の言葉に緑谷は顔を上げる。

 刃羅はまっすぐに緑谷を見つめる。

 

「傲慢にもほどがある。否定する事が辛い事だと?では、肯定すれば楽になれるのか?肯定すれば親の死は立派な事だと思えるのか?」

「そ、それは……」

「ヴィランから一般人を守って死んだことはヒーローとして立派である?その考え方が歪であると何故考えぬ?貴様らは」

「……」

「名誉ある死?そんなものあるわけがない。死は全てにおいて残酷で無価値なものでしかない。そこに意味を付けるから歪みが生まれる」

 

 刃羅の言葉に緑谷は反論しようとするが、言葉が出なかった。

 

「儂もヒーローが嫌いじゃ。ヴィランも嫌いじゃ。この『個性』も好かん。この3つを容認する社会も好かん」

 

 刃羅は顔を歪めながら吐き捨てるように話す。

 その内容に緑谷とマンダレイ達は目を見開く。

 

「当然やろ?うちはこれらに家族も、普通の人生も奪われたんや。なんで好きになると思てるんや?」

「なら……」

「何故ここにいるのか、かね?簡単な事だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。しかし母と同じヴィランになっては、それこそ最低だ。ならばヒーローになる方がまだマシなのだよ」

「……嫌うことすら……」

「そうなのです。ヒーローを否定すればヴィランの仲間だと言われ、ヴィランを否定すればヒーロー信者と言われ、『個性』を否定すれば社会に馴染めず生きていけないと言われるのです。いや……()()()()()()()

 

 刃羅の話に息を飲む緑谷。プッシーキャッツの面々も顔を顰める。

 【超常】が【日常】になってしまったが故に、『個性』を否定すると社会の成り立ちそのものを否定してしまうことになり、一気に社会の弾かれ者になってしまう。

 

「そんな歪んだ世界で5歳の少年に「否定するな」と?それこそ酷な話ですわ」

「……じゃあ、どうすれば……」

「だから無理だって言ってるべ。逆にどうなって欲しいんだべか?ヒーローを好きになって欲しいんだべか?自分の親が死んだ原因で、死んだ事を良い事だなんてほざく連中を?」

「!?」

「かと言って、ヴィランにもなれぬでござろうな。親を殺した連中と同じになれば、親を否定することになるでござる。親の死が苦しいからこそ、親を穢す事は出来ぬでござろう。ならば少年に出来ることはただ1つ。この社会を否定する事のみでござる。そんな少年にヒーローを目指す者達がしてやれることなどあると思うでござるか?」

 

 緑谷は自分の思いと刃羅の言葉が頭の中でグルグルと巡り続ける。『無個性』だった緑谷も社会に馴染めない辛さは分かる。だからこそ、刃羅の言葉に共感も出来る。しかし、()()()()()それを否定したい自分もいるのだ。

 オールマイトに見出され、ここまで来れた自分がいるのだから。

 緑谷の葛藤を何となく察した刃羅。

 

「……納得できないならぁ好きにすればいいよぉ。私にぃそれを止めるぅ権利はないしねぇ」

「……うん」

「ただ~」

 

 刃羅は壁際から一瞬で緑谷に迫り、首筋にロングソードを添える。

 

『!?』

 

 緑谷は硬直し、マンダレイ達は止めようと椅子から立ち上がる。

 しかし、刃羅からプッシーキャッツに向けて殺気が放たれて、うかつに動けなくなる。

 

「覚悟を持て」

「……か…くご……?」

「あの少年の人生を背負う覚悟だ。貴様の思いを聞いたうえで少年が決めた人生の結末を背負う覚悟だ」

「……人生…を」

「お前の言葉を聞いてヒーローになるかもしれん。しかしヴィランにもなるかもしれん。更にこの社会を否定することになるかもしれん。その責任の一部を背負う覚悟を持て。ただ命を救うとは違うのだから」

 

 刃羅は殺気を消して、腕を戻す。ホッと息を吐く緑谷やプッシーキャッツに、刃羅は背を向けて事務所を後にする。

 

「ふぅ~……焦った~……」

「アハハハ……ちょっと怖かった」

「我でも押さえられたかどうか……」

「大丈夫だった?」

「あ……はい……」

 

 全員が冷や汗を拭う。それだけ刃羅の殺気は凄まじかったのだ。

 緑谷は刃羅の最後の言葉が強く胸に刻まれる。

 

「……命を救うのとは……違う……」

 

 その呟きにマンダレイも頷く。

 

「悔しいけどね。あの子の言う通りだよ。洸汰の事は君達が習っている人命救助とは違う。私達だって、未だに答えが見つからない」

「……はい」

「それにしても、思いっきりヒーロー嫌いを口にしたね。あの子」

「まぁ、事情が事情だからね。仕方がない部分もあるけど……」

「彼女は洸汰を突き詰めた1つの姿とも言えるな」

 

 ピクシーボブが椅子に座って手で顎を支えながら顔を曇らせる。

 それにマンダレイは苦笑し、虎が腕を組んで唸る。

 

「彼女の体育祭での試合は私達も見てたけどね。想像以上に厄介だねぇ。あの子も」

「君も一度戻りな。そろそろ入浴時間だし」

「……はい」

 

 緑谷は更に悩みが深くなってしまって困惑している。

 緑谷の頭にマンダレイがポフッと手を置く。

 

「難しいかもしれないけど、今は自分の合宿に集中しなさい。ヒーローになって、その答えを活動で示してくれれば、洸汰も見てくれるかもしれないからね」

「……はい」

 

 緑谷は事務所を出て、クラスメイトの元に向かう。

 

(オールマイトなら……どう答えるんだろう?)

 

 緑谷は憧れであり、自身に力をくれた最強のヒーローのことを頭に浮かべながら、答えを考え続けるのだった。

 

 

 


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