緑谷との会話を終えて事務所を後にした刃羅は、梅雨達と合流した。
「風呂の時間がズレた?」
「ケロ。峰田ちゃんの覗き未遂があったからだと思うわ」
「また洸汰くんに監視してもらうわけにもいかないもんね」
「男子達の後に女子だって」
刃羅の男湯覗きは事情が事情であることと、その後に男子が打ちのめされたことから不問とされたようだった。
ということで、刃羅達は時間までは部屋でのんびりすることになった。
刃羅は昨日同様窓辺で涼み、他のメンバーはトランプをしていた。
「そういえば、明日の肉じゃがのお肉って結局どうなったんやっけ?」
麗日が大富豪をしながら首を傾げる。
肉じゃがの肉とは、本日の夕食後にピクシーボブが明日の夕食のメニューを告げたことがきっかけだった。豚肉、牛肉ともに1クラス分しかなく、どっちが使うを決めとくようにと言う話だった。最初はじゃんけんで決めようとしたが、そこに毎度の物間が挑発し、それに男子が見事に釣られたのだ。
「確か……この後男子で決めるということになりましたわ。……不安ですが」
「物間が絡むと変な方向に行くもんねぇ」
「でもさぁ、その時間って三奈ちゃん達補習じゃないの?」
「うがぁー!!嫌なこと思い出させないでぇ!!」
「相澤先生の補修はきつそうやもんね」
「そうね」
百が憂いを帯びた顔でため息を吐き、芦戸は補習の事を思い出し、頭を抱えて悶える。それに麗日と梅雨が同情の目を向ける。
刃羅はぼ~っとしながら「麺……」と呟いている。
「それにしても結構きつかったねぇ。今日の特訓」
「私は裸で突っ立ってるだけだったしなぁ。じっとしてるのが辛かったけど!」
「透ちゃんって、それ以上どうやって『個性』強くするん?」
「気配を隠す?」
「なるほどね」
「一番辛そうだったのはお茶子ちゃんと百ちゃんね」
「吐き気に耐えるのと延々と甘いものを食べ続けるんだもんね」
「私は乱刀さんの方が可哀想でしたが……」
「刃羅ちゃんは先生方も迷走してただけな気がするわね」
本日の『個性』伸ばし訓練についての話題になる百達。
お菓子を食べながら創造する百と、吐き気に耐え続ける麗日の名前が挙げられ、百は刃羅の名前を上げる。それに梅雨が考えを述べて、それに他の面々も頷く。
「50Kgの重りだもんね」
「それでも切島をフルボッコにしてたけど」
「カレー作り始めるまでは凄い落ち込んでたよね」
「仕方ない気もするわ。切島ちゃんは『個性』ありで重りもなしだったのに、刃羅ちゃんに手も足も出なかったんだもの」
「最後のは刃羅の八つ当たりだった気がするけどね」
「あれは痛そうやったなぁ」
「硬化してても倒れたもんね」
梅雨達は刃羅に目を向けるが、当の刃羅は梅雨から分けてもらったポッキーを食べながら、ぼ~っとしていた。昨日のことからカップ麺の事を考えているのだろうと推測した梅雨達は、顔を見合わせて笑う。
そして耳郎が時計を確認する。
「あ。そろそろうちらの時間だよ」
「準備しよ!」
「おっ風呂ー!」
「刃羅ちゃん。お風呂の準備しましょ」
「んお?はいな」
「ねぇねぇ」
「ん?どうしたの?葉隠」
「峰田君。また来ると思う?」
「「「「……」」」」
葉隠の言葉に全員が腕を組んで考え込む。
峰田のこれまでの言動を考えて、全員が出した結論は、
『来る』
だった。
「どんな手で来ると思う?」
「昨日と同じ手で来るとは思えないよね~」
「穴とか開けてくる?」
「可能性はあるじゃろうな」
「B組にも伝えとく?」
「そうですわね」
「むしろB組の時間の時も最初に私達も含めて監視したらどうかしら?」
「そうだべな」
準備をして風呂場に向かう刃羅達。
風呂に入ってしばらく警戒していたが、特に異常はなかった。
そこからB組が狙いの可能性が高いと判断した百は、やはりB組が入る前に一度罠を仕掛けることを提案し、それに梅雨達が頷く。刃羅はどうでもいいので、のんびりと温泉に浸かっていた。
作戦を立て終えた百達は、昨日同様刃羅の髪をトリートメントするために刃羅を担ぎ上げた。今回は梅雨のトリートメントを使用し、今回もツヤッツヤのキラッキラにして満足するのだった。
その後刃羅はぐったりと湯船に浮かんでいたが、今度は「刃羅ちゃんの肌荒れてる!?」と騒ぎ出し、今度は部屋に帰った時に誰のボディクリームを使用するかで盛り上がり、刃羅は顔を真っ青にするのだった。
百達は温泉から出て着替えを終え、準備をしながらB組が来るのを待つ。
「あれ?どうしたんだ?」
そこに拳藤を筆頭にB組女子が現れる。
「拳藤さん。少しご相談がありまして」
「相談?」
「うちの峰田さんの事です」
母親のような言い方をする百に、拳藤達は言いたいことを理解した。
顔を顰めて首を傾げながら、百に尋ねる拳藤。
「昨日、覗こうとしたって奴だよな?昨日の今日で覗きに来るのか?」
『来る(来ますわ)』
「そ、そうか」
真顔で断言するA組女子に顔を引きつらせる拳藤。
そして百は作戦を説明する。それに拳藤達が頷いていると、刃羅がふと風呂場の方に視線を向ける。それに梅雨が目ざとく気づいた。
「刃羅ちゃん、どうかしたの?」
「……呆れた奴じゃのぅ」
刃羅は呆れた顔で呟く。それに梅雨は誰が来たのかを悟った。
「響香ちゃん。来たみたいだわ」
「了解!」
「百ちゃんも準備して頂戴」
「分かりましたわ!」
梅雨の号令に行動を始める女性陣。拳藤達も顔を引き締めている。
刃羅が静かに内扉を少し開く。すると壁の一部でギュルルルと音がする。
「……ドリルまで持って来とるんかい」
「その熱意を何で他に向けられないのかしら?」
ジト目を音源に向ける刃羅と梅雨。
その後ろで百がドライアイスを作り出して、湯気に見せかけて視界を悪くする。
そこに拳藤、塩崎、小大の3人が服を着たまま、扉から出て温泉に入る演技をする。
3人が出た瞬間に耳郎達が静かに壁に近寄り、穴を探す。刃羅は音もたてずに壁を登り、逃走時に逃げ道を塞ぐ役を担う。
そして穴を見つけた耳郎が速やかにイヤホンプラグを穴に突っ込んで、『個性』を発動する。
「ぎゃあああああああああ!?」
穴の向こうから叫び声が聞こえる。
しかし女子達は手を緩めない。今度は芦戸の『個性』で壁を溶かし、溶解液を峰田に浴びせる。
「うぎゃあああ!?」
峰田は叫びながら転がり、風呂場に出てくる。
刃羅は壁から降りて、地面に落ちたドリルを回収する。
「本当に用意周到でござるな。ん?」
刃羅はジト目を峰田に向ける。峰田のポケットに何やら巻かれた布ような物が入っているのを見つけて、悶えてる隙を突いて回収する。
布を開くと中に入っていたのはピッキング道具一式だった。
「なるほどぉ。これでぇ壁の隙間にぃ入れたんだぁ」
「本当に警戒しておいてよかったですわ」
「いつか捕まるわよ。峰田ちゃん」
心底呆れた刃羅は女子達に睨まれた峰田に目を向ける。
百が本気で嘆く隣で梅雨もジト目を向ける。拳藤が百に声を掛けて「助かったよ」と礼を言う。
峰田は逃げようと一度女子達に目を向けると、その顔が何故か怒りに歪んでいき、最後に叫んだ。
「風呂場で服着てるなんざ、ルール違反だろうが!!!」
『……はぁ!?』
その叫びに女子達の顔も怒りで歪んでいく。
刃羅は「ここまで開き直ると逆に感心してまうなぁ」と思っていた。
峰田はもはや自分の状況を忘れて叫び続ける。
「おいらは旅番組の温泉で、バスタオル使うタレントは許せない派なんだよー!!!」
「どういう訴えなのかね」
「はぁ!?サイッッッッッテーーー!!!」
「ルール違反は!!お前だ!!」
的外れの暴論を叫ぶ峰田に、刃羅は呆れ、芦戸が叫び、拳藤も我慢できずに手を巨大化させて峰田を思いっきり叩く。
「ぶごぉ!?」
峰田は体を捻じって回転しながら飛んで行き、地面を転がって止まる。
ピクリともせず五体投地で横たわる峰田に駆け寄る者は誰もいなかった。
それどころか拳藤に向かって拍手するくらいだった。
「お見事ですわ!拳藤さん!」
「そ、そう?」
「今の内に捕まえましょう!」
百が作った縄で峰田を拘束し、麗日が呼んだマンダレイ達に渡す。
こうして悪は撃退されたのだった。
悪を退治した刃羅達は部屋に戻り、一息つく。
「これで今日はもう安全だね」
「ドリルとピッキング用品まで持ってきていたなんて……」
百は峰田の執念に呆れて、深刻そうにため息を吐く。
それに他の面々もげんなりと同意するように頷く。
「明日もまた警戒するの?」
「相澤先生達と入れればええんちゃうか?」
『それだぁ!』
うんざりと言う表情で耳郎が言うと、刃羅が解決策を告げる。それに女性陣は盲点だったとばかりに声を上げる。
解決策が出たことで、その後は和やかな雰囲気で過ごす刃羅達。
なにやら時折叫び声が聞こえる気がするが、男子が騒いでいるのだろうと気にしなかった。
またトランプをしていると、ノックの音が響く。
「はい!」
「拳藤だけど、ちょっといいかい?」
「拳藤さん?」
拳藤の訪れに首を傾げる百達。
百が立ち上がり、ドアを開ける。そこには拳藤、塩崎、小大、柳がいた。
「どうしましたの?」
「これ、さっきのお礼」
「お礼?」
百が首を傾げる。そこに芦戸が顔を出し、袋を覗き込むと中にはお菓子が詰め込まれていた。
「お菓子だー!」
「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」
「もしかして峰田さんの件でしょうか?でも、あれはこちらが迷惑をかけたので、当たり前の事をしただけですわ」
「そこまで気にしなくていいよ。これは私達の感謝の気持ちなんだから。ほんの気持ち」
「でも……」
「まーまー、ヤオモモ。あんまり断るのもよくないよ?」
百は納得出来ないようだったが、芦戸が手を伸ばし袋を受け取る。
そこに葉隠が声を掛ける。
「だったらさ!皆で食べようよ!女子会!女子会!」
その言葉に女子達の顔に笑みが浮かぶ。
「さんせー!女子だけで集まるなんてなかったもんねー!」
「まぁ!初めてですわ!」
「いいのかい?」
「どうぞどうぞー!狭いかもだけど!」
「では、お邪魔します」
「ん」
「女子会だー!」
盛り上がった女子達は飲み物を購入し、お菓子を出して場を整えていく。
窓際でぼ~っとしていた刃羅はキョトンとしていたが、梅雨達に促されて場所を開ける。
布団を端に寄せてクッションのようにして車座で座る一同。
そしてジュースで乾杯してお菓子を食べ始める。
「女子会って一体何をするのでしょうか?」
「こうやって女子で集まって盛り上がるのが女子会でしょ?」
何やら期待にワクワクしている百に、芦戸が答える。
そこに葉隠もハイテンションで声を上げる。
「いやいやー!高校生の女子会と言えば!恋バナでしょうがー!」
その言葉に更に盛り上がる女子達。
刃羅だけは変わらぬテンションでチビチビとジュースを飲んでいる。
「恋バナ!恋バナ!」
「恋ねぇ」
「え~……」
「そういうテンションか~」
「ん」
少し戸惑う耳郎に、苦笑する拳藤。
百と塩崎も戸惑い、柳と小大はよく分からない。
それでも何だかんだで恋バナに決定した。
「で!今、付き合ってる人がいる人ー!!」
テンションを上げたままの葉隠が音頭を取り、挙手を促す。
それに他の女子達は同時にぐるりと周囲を見渡すが、誰も手を上げることはなかった。
『……え?』
誰も手を上げない状況に、目を見開いて愕然とする。改めて周囲を見るが、誰も隠しているようには見えなかった。刃羅は我関せず過ぎて逆に疑われなかった。
「……まぁ、中学は受験でそれどころじゃなかっただろうし、入学したらしたらでそれどころじゃないもんな」
苦笑しながら拳藤が言い訳のように話すと、それに同意する一同。
USJ襲撃に体育祭、職場体験に期末試験、そして普段の授業だけでも手一杯。そんな状況では恋する時間までは足りなかったのだ。
「じゃあ!片思いしてる人は!?」
ステイン。
と、心の中で即答するが、言えるわけもないので黙っている刃羅。ぶっちゃけ恋バナほど刃羅に不向きな話題はない。自分の話は出来ないし、他人の恋に興味はない刃羅だった。
片思いと言うフレーズで麗日が顔を赤くし、それに周囲も気づく。
「麗日!もしかしている!?」
「え!?お、おらん!おらんよ!?」
「その反応は怪しいな~!」
「吐いちゃえよ~!」
芦戸と葉隠の追及に麗日は更に顔を赤くして、手を振り乱す。すると、手が自分に触れたのか、浮き上がる麗日。
「違うから!ひ、久々過ぎて、こ、興奮しただけ!!」
「どんな理由やねん」
「刃羅ちゃん!?」
まさかの人からの追及に再び顔を真っ赤にして布団に倒れ込む麗日。
麗日の隣にいた塩崎が落ち着かせるように麗日の頭を撫でる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……」
「他に片思いしてる人ー?」
もちろん誰も手を上げなかった。
それに葉隠と芦戸は唸る。
「うー……じゃあ!次はA組とB組男子で付き合うなら誰!?」
葉隠の言葉に再び悩まし気に考える女子達。
「今までそんな風に見たことなかったからなぁ」
拳藤の言葉に百は同意するように頷く。
刃羅はもはや胡坐を組んで、布団にもたれてくつろいでいる。
「刃羅は……いなさそうだよね」
「昨日ぶった切ったものね。刃羅ちゃん」
「なにしたんだよ……」
芦戸と梅雨の言葉に拳藤が呆れるが、それに百が昨日の事を説明する。話を聞いて納得の表情をする拳藤達B組女子。
「なるほどねぇ。っていうか、覗いたんだ。乱刀」
「だから興味もねぇ奴の裸なんて覚えてねぇって」
「哀れ……」
「ん」
刃羅の言葉に柳が呟き、小大が頷く。
その時、百が耳郎と芦戸に目を向ける。
「耳郎さんと芦戸さんは上鳴さんや切島さんとよく話していらっしゃいますけど……どうなのですか?」
百の言葉に恥ずかしそうに顔を顰める耳郎。
「ないない!上鳴はしゃべりやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気する」
「私は切島とは中学一緒ってだけだしね。あいつは浮気はしないだろうけど、あの熱血漢は付き合うにはないかな~」
芦戸はあっけらかんと笑いながら、手をパタパタする。それに百は「そうですか……」と何やら残念そうにする。
そこに刃羅の横で座っていた梅雨が参加する。
「上鳴ちゃんは意外と付き合ったら一筋になってくれそうね」
「えっ、梅雨ちゃん。上鳴君が好きなタイプなん!?」
「いいえ、全然。でも、上鳴ちゃんは女性には優しいでしょ?」
「女好きってだけでしょ?」
耳郎は少し照れ臭そうにしながら言う。
その内容に芦戸は拳藤達に顔を向ける。
「B組って峰田や上鳴みたいな奴いるの?」
「いないいない。結構硬派が多いよ。物間みたいなのもいるけど」
拳藤はひらひらと手を振りながら話す。
それに柳と小大、塩崎も反応する。
「物間はな~」
「ん」
「物間だな~」
「ん」
「彼の荒れた心を癒すことは私では難しい…悲しい事です」
どうやら物間はB組でも諦められているようだ。
その後も名前を上げては付き合った姿を想像する女子達。
「そういえば轟は?イケメンじゃん?」
「そういえばって、言っとる時点であかんやろ」
「でもイケメンだし、マイペースなところはあるけど……そこまで酷いわけじゃないし……」
「あれ?アリ?」
「吾輩はエンデヴァーに紹介されたくはないのである」
刃羅の言葉に想像していた女子陣は思考停止する。あの巨漢と炎の体を目の前にして、上手くやっていける自信がない。
『……確かに……無理!』
全員が刃羅の言葉に同意し、轟の選択肢が消える。
「飯田ちゃんはどうかしら?」
「あぁ。委員長の……」
「絶対浮気はしませんわね。付き合っても真面目そうですわ……」
「真面目過ぎて色々と時間がかかりそうだし、斜め上の事ばっかりして疲れそう!やだ!」
『……確かに』
刃羅の言葉に飯田とデートする姿や手を繋いだりする姿を想像出来ないA組女子。
やや思い込みも激しいところもあり、確かに求めてる以上の事ばかりしてきそうで逆に疲れそうだ。
「……手を繋ぐとか食事に行くだけでも時間かかりそう」
「食事とか高級料理店とか選びそう」
「流石にそこまでじゃないだろ?」
「ありえるわ。飯田ちゃんなら……」
梅雨の言葉に真面目な顔で頷くA組女子陣を見て、拳藤達は少しげんなりとする。
その後も話していくが、結局全ての男子が「彼氏としては微妙」となってしまった。
その結果に芦戸が布団でバタバタする。
「駄目じゃ~ん!もうちょっとキュンキュンしたいよ~!」
「じゃあ!逆に考えよう!私達が男だとしたら!?男子が女子だとしたら!?」
「選択肢が変わってないべ」
「……確かに!」
テヘッ!と笑う葉隠。見えないが雰囲気だけでなんとなく分かった。
その時、梅雨が刃羅を、柳が拳藤を見る。
「刃羅ちゃんが男子だったら、彼氏にいいかもしれないわ」
「一佳も男ならモテそう」
「ぬ?」
「へ?私?」
刃羅は首を傾げ、拳藤は目を丸くする。
その言葉に女性陣は納得するように頷く。
「B組で一佳は一番カッコいい」
「誰にも公平で、厳しくも温かい……中々出来る人はいません」
「ん」
「刃羅ちゃんも話し方はコロコロ変わるけど、頼りがいはあるし、子供っぽくてかわいいところもあるしね!」
「それに期末試験でも悩んでいた私に声を掛けてくれて叱咤激励してくれましたわ。昼間だって切島さんや緑谷さんに的確なアドバイスをしていましたし」
「なんだかんだで皆の事見てるものね。それに危なくなったら、いの一番に助けてくれそうだもの」
刃羅と拳藤は恥ずかしそうに顔を顰める。
「やめて、テレんじゃん」
「ぬぅ」
2人を尻目に周囲は2人を男にして付き合っている場面を想像して、黄色い声を上げる。
そこに耳郎が拳藤と刃羅を見比べて、あることに思い至る。
「拳藤と刃羅って……お似合いじゃない?」
「「は?」」
拳藤と刃羅はきょとんと目を丸くして、お互いを見る。
それに他の女性陣も目を輝かせて盛り上がる。
「確かに!」
「姐さん女房の一佳。でも、ここぞというところで守ってくれる乱刀。……アリ」
「ん」
「儂が男なんじゃな……」
「身長的にそっちの方がしっくりする!」
「そーそー!」
「や、やめろよ!乱刀もなんとか言えよ!」
「この状況で勝った試しないのです!」
「諦めるなよ!」
周囲の盛り上がりに拳藤は顔を真っ赤にして刃羅に詰め寄るが、刃羅は胸を張って諦めの言葉を吐く。
それに拳藤は呆れるが、実際周囲はどんどん盛り上がって割り込むところではなくなったのを見て、ため息を吐いて項垂れる。
刃羅はトリートメントの事を思い出して、大人しくジュースを飲む。
触らぬ神に祟りなし。
刃羅はそれを学んだのである。
「おや、飲み物が無くなったのである。吾輩ちょっと買ってくるのである」
「私も行くよ。この状況でここにいるのはきつい……」
刃羅と拳藤は財布を持って、部屋を後にする。
そして自販機でジュースを買っていると、そこに2つの人影が現れた。
「む」
「あ、マンダレイ」
「おや、珍しい組み合わせだね」
「……ふん」
現れたのはマンダレイと洸汰だった。
洸汰はポケットに両手を突っ込んで、憮然として顔を背ける。それにマンダレイは少し顔を曇らせるが、先ほどの事もあって声を掛けれなかった。
そこに刃羅が動いた。
「ほれ、とんがり坊主。ジュースはいるかえ?」
右手のジュースをプラプラさせて洸汰の前に差し出す。
それにマンダレイと拳藤は意外とばかりに少し目を見開く。
差し出されたジュースを一瞥して洸汰を刃羅を睨みつける。
「いらねぇよ。言っただろ。ヒーローを目指す奴なんかとつるむ気はねぇよ!」
洸汰の言葉にマンダレイと拳藤は顔を曇らせる。
しかし、次に聞こえた言葉に息を飲んで固まる。
「どうせいずれヴィランに殺されていなくなるからかね?両親のように」
「「「!!?」」」
「いなくなる連中と仲良くして、死なれたらまた苦しい思いをするかもしれない。だったら、初めから仲良くしなければいい。違うか?」
刃羅の言葉に洸汰は目を見開いて固まる。そして、すぐさま歯軋りをして思いっきり叫ぶ。
「テメェに何が分かる!!」
「分かんだよ。しかもテメェよりな。俺っちも親を殺されてっかんな」
「……え?」
刃羅の言葉に洸汰は動揺する。
「しかも貴様より悲惨だぞ?我は母親をヒーローに、父親をヴィランに殺された。しかも母親にはその直前に首を絞められて殺されかけた。我の『個性』が憎い。世に出してはいけないと言われてな」
「……っ!!」
「その後はお主と同じじゃ。ヒーローを、ヴィランを、『個性』を、この社会を憎み、否定した。その結果、ヴィランに攫われた。最近噂のヒーロー殺しにの」
刃羅の話に洸汰は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
マンダレイと拳藤も声を掛ける事は出来なかった。
「まぁ、攫われた時の事はどうでもええわ。問題なんはその前や」
「……前?」
「そうだべ」
洸汰は刃羅の話に耳を傾け始めた。
刃羅はしゃがんで洸汰と視線を合わせる。
「私はヒーローを否定した。そしたら、こう言われた。『お前はヴィランの仲間だ』と。石も投げつけられた。今度はヴィランを否定した。そしたら今度は『歪んだヒーロー信者かよ』と言われて、指を刺されて笑われた。次に『個性』を否定した。そしたら最後には『じゃあ、この社会にお前の居場所はないな』と憐れみの目で諭すように言われた。それでも『この社会』を否定した。そしたら遂に誰も近づかなくなった。誰も助けてくれなくなった」
その内容に洸汰達は目を見開いて固まる。
「わっちはどないすればよかったと思う?とんがり坊っちゃん。ヒーローとヴィランは親の仇や。それを容認しはる社会や信じられんかった。親に『個性』を否定されたわっちには親族やって信じることが出来へんかった。どないなったと思う?」
「……」
「諦めたのです」
「……諦めた?」
「そうである。憎むことも、信じることも、期待することも、諦めたである」
刃羅はゆっくりと立ち上がってマンダレイに顔を向ける。
「ヒーローなんてぇ所詮その場だけのぉ存在さぁ。【命】は救えてもぉ【人】は救えないぃ」
「……」
マンダレイは言い返す言葉が出なかった。実際に目の前に2人の犠牲者がいるのだから。
親戚の洸汰すら救えていないのだから、少なくとも自分に言い返す資格も言葉もない。
「じゃ、じゃあなんでお前はヒーローを目指してるんだよ……?」
洸汰はズボンを両手で握り締めながら、刃羅に質問する。
それに刃羅は少しだけ首を傾げて考える。
「そうでありますなぁ。最後の審判……でありますな」
「……最後の……審判……」
「今のヒーローはぁん信じられないしぃん、期待できないわぁん。だからぁん、これからぁん生まれるであろうぅんヒーローを間近でぇん見るためよぉん」
「自分が信じられるヒーローが?」
「そして、そのヒーローの手伝いが出来るのであれば……少しは前に進めるであろうな」
「……じゃあ、そのヒーローが見つけられなかったら?」
洸汰は意を決した様に刃羅に質問する。
刃羅はまっすぐ洸汰の目を見据える。
「第2のヒーロー殺しが生まれる……それだけだ」
刃羅の言葉に目を見開いて固まる洸汰達。
「もはや私は止まれませんわ。あなたはどうするのですか?あなたにはまだまだ時間があります。周りには人がいます。何より……両親を嫌っているわけではないのでしょう?ヒーローであった両親を憎んでいるわけではないのでしょう?あなたが一番大事にしたいのは何か。それを考えてみてくださいな」
そう言うと刃羅は右手に持っていたジュースを洸汰の前に置いて背を向ける。拳藤に近づき、手に持っていた残りのジュースを拳藤に渡す。
「少し頭を冷やしてくるべ。梅雨ちゃん達には謝っといて欲しいべ」
「……あんた」
戸惑う拳藤を尻目に刃羅はひらひらと手を振りながら、外へと向かう。
その背に声を掛けることは、誰も出来なかった。
刃羅は森の中の木の枝の上で胡坐を組んで座り、星空を眺めていた。
そして、先ほどの洸汰との話を思い出していた。
「あれだけ緑谷に警告して斬り捨てておきながら……情けないというか恥ずかしいというか……」
自分に呆れてしまう刃羅。
何をしているのかと思う。しかし、放っておけなかったのも事実。体育祭で轟に叫んだ『自分と同じ者を生み出さない』というのは本心だからだ。
それを為すためには今のヒーローでは、今の社会では無理だと言う考えは変わらない。
無報酬で人を助けるのは酷であると言うのは理解している。
刃羅が一番納得出来ていないのは『ヒーロー活動で優劣を競っている』ということだ。
ヒーロービルボードチャートJP。現役ヒーローの番付。これによって多くのヒーローが事件解決や支持率向上のため名誉を求め、競い合っている。
だから、蹴落とされる者が減らない。社会から弾かれる者が減らない。苦しむ者が減らない。そう刃羅は考えている。
正しき社会のため、誰かが血に染まらねばならない。
そこまで歪んでしまっていると刃羅は考えている。
「……部屋に帰っても~梅雨ちゃん達に~怒られそうだな~。でも~戻らなかったら~先生に怒られそうだな~。ラグドールの《サーチ》で~ここも分かってるだろうし~」
拳藤とマンダレイから洸汰との会話は伝わっているだろう。
ステインになるかもしれないとまで言ってしまった。間違いなく、梅雨達や相澤は問題視するだろう。
唸りながら考え込みながら、星空を見上げる刃羅だった。
そうして2時間が過ぎた。
いい加減戻らねばヤバいかと思い、枝から飛び降りる。
地面に下り立った瞬間、気配を感じて目を鋭くする刃羅。
腕を変えようとするが、変えることが出来なかった。
「っ!!ということは!?」
『個性』が封じることが出来るのは唯1人。
それに思い至った瞬間、刃羅の全身を包帯のような布が縛り付ける。
相澤の捕縛武器だ。
「ぐぅえ!?」
「全く……峰田と言い、男子と言い、お前と言い……元気にも程がある」
「まぁまぁ……若いんだからさ」
「アハハハハ!見っけ!」
現れたのは髪を逆立てた相澤、マンダレイ、ラグドールだった。
刃羅は縛り付けられて、横に転がる。
「マンダレイや拳藤から話は聞いた。まぁ、緑谷のお節介がきっかけだし、お前の事情も事情だ。無断外出は見逃してやるが、いい加減戻れ。蛙吹達が騒いでるぞ」
「……む」
梅雨の名前に刃羅は顔を顰める。
それを見たマンダレイが申し訳なさそうに声を掛ける。
「ごめんよ。洸汰と私達のことで辛い話ばかりさせちゃって。しかも他の子にも聞かれたから帰り辛かったんだね」
「……はぁ。とりあえず戻るぞ。蛙吹達にはちゃんと自分で話せ。こればっかりは俺達でフォローできることじゃない。それもお前の課題でもある」
「むぅ」
拘束を解かれて、立ち上がりながら顔を顰めたまま唸る刃羅。
その後、施設に戻った刃羅は梅雨に舌で拘束され、布団で簀巻きにされ、梅雨と百に抱き枕にされて寝ることになるのであった。