ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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さて、いよいよです!


#27 そして世界は動き出す

 林間合宿3日目。

 朝、朝食を食べるために食堂に集まった緑谷達は不思議な光景を目にする。

 

「おはよう。麗日さん」

「おはよう!デク君」

 

 近くにいた麗日に挨拶する緑谷。それに麗日も笑顔で返す。

 緑谷は光景に視線を向けて、麗日に尋ねる。

 

「乱刀さんはどうしてあんなことに?」

「あ~……あははは……色々あったんよ」

「色々って……」

 

 緑谷達の視線の先には、刃羅とその左右に梅雨と百が座っていた。

 ただし、刃羅の首には黒い首輪が付けられており、その首輪には2本の鎖が伸びていた。鎖の先はもちろん梅雨と百である。梅雨の右手首と百の左手首に腕輪のようなものがあり、そこに鎖が繋がれている。

 犯罪者でも捕まえているかのような警戒態勢だ。刃羅は顔を顰めながらも、黙って朝食を食べている。

 その光景に男子陣は顔を引きつかせる。

 

「またなんか怒らせることをしたのか?」

「はっ!馬鹿が!」

「だったらお前らもするか?首輪」

 

 轟が首を傾げ、爆豪がざまぁ!とばかりに鼻で笑うが、そこに相澤が現れる。

 

「どっかの馬鹿共の暴れっぷりに比べれば、まだマシなことだ。その乱刀があんなことになってるなら、お前らもされるべきだよな?」

 

 相澤の言葉に男子達は昨日の説教を思い出して、顔を青くする。

 

「とっとと朝飯食え。お前達は今日は2倍のメニューなんだからな」

「「「「は、はい……!」」」」

 

 大人しく席に座り、食事を始める男子陣。それにため息を吐き、相澤も食事を始める。

 補習組は声を上げる元気もなく、眠気と戦いながら食事を続けており、静かだった。

 ちなみに刃羅が顔を顰めているのは、首輪ではなく、眠気を耐えるためだった。抱き枕にされたせいで、落ち着かず全く眠れなかったのだ。もちろんそれを梅雨達には気づかせていない。それを誤魔化すために不機嫌な顔をしているのだ。

 

「ハグ……ンぐ……ンマンマ……流石に~そろそろ~外してほしいな~」

「駄目よ」

「駄目ですわ」

「……アイヤ~」

 

 見向きもせずに即却下する梅雨と百。がっくりと肩を落として食事を再開する。

 そこに申し訳なさそうに拳藤が近づいてくる。

 

「あ、あのさ……そろそろ許してやってくれよ。私も止めなかったの悪かったからさ。それにあの内容じゃさ、仕方がないところもあるし」

「駄目よ」

「駄目ですわ」

 

 拳藤の言葉ですら聞き入れない2人に、男子陣は更に不可解と首を傾げる。

 クラスが違う拳藤まで関わっており、問題があったなら説明があってもおかしくない。

 

「何があったんだ?」

「さぁ?喧嘩って感じでもねぇしな」 

「相澤先生も止めねぇし」

「しかし蛙吹と八百万の怒りは相当なようだぞ?」

「麗日くん。何があったんだ?」

「ん~……ちょっと話し辛いんよね」

 

 飯田の質問に麗日は眉を顰める。近くにいた他の女性陣も困ったように頷いている。

 それに更に困惑する男子陣。

 朝から刃羅と洸汰の会話について話すのは重過ぎるし、洸汰の身の上話がどんどん広まってしまうことになる。相澤やマンダレイからも口止めをされているので、何とも言えないのだ。

 昨晩も刃羅が帰ってきた後に、女子陣で尋問紛いのことをしたが、刃羅は一切口を開かなかった。拳藤から話を聞いていたのである程度内容は知っているが、刃羅の口から聞きたかったのだが、刃羅はその話題になると一切話さなかった。

 その不満の結果が簀巻き抱き枕と首輪なのだ。

 

 その後、食事を終えた刃羅達はジャージに着替えて、昨日の修行場に向かう。

 もちろん首輪は継続中。着替えの時だけ鎖を外されて、梅雨と百にジィーっと見られながら着替える。着替え終わると同時に鎖を繋がれる。顔を顰めるが誰も助けてはくれなかった。

 

 緑谷や飯田は「やめたらどうだ?」と声を掛けるが、梅雨と百の無言の抗議の視線に屈した。

 今は心配そうに麗日と共に後ろで刃羅を見つめている。

 

「緑谷」

 

 そこに相澤が声を掛けてきた。

 緑谷は戸惑いながら、相澤に近づく。

 

「なんですか?」

「……昨日、乱刀が洸汰君に声を掛けたそうだ」

「!!」

 

 相澤の言葉に緑谷は目を見開く。

 

「その内容は俺からは話せん。麗日達にも口止めしてある。乱刀も全く話さないそうだ。あれはそのせいだな。まぁ、話した後少し外に出たのもあるだろうが」

「……」

「あれから洸汰君も考え込んでいるそうだ。気になるかもしれんが、あの子が答えを出すまでは待ってやれ」

「……はい」

「乱刀から何を話したのか聞くのは止めんが、無理矢理聞き出すのは止めておけよ。その理由は言わなくても分かるな?」

「はい」

 

 頷いた緑谷を見て、相澤は歩みを速めて離れていく。

 それを見送った緑谷は考え込みながら飯田達の元に戻る。

 

「大丈夫かい?」

「うん」

「……刃羅ちゃんのこと?」

「……うん。僕が巻き込んだみたいなものだから」

「そっか」

 

 それを聞いた麗日は駆け足で、梅雨達に近づき声を掛ける。そして緑谷を指差し、緑谷を呼ぶ。

 緑谷は少し慌てながらも刃羅達に近づく。

 

「どうかしたのかしら?」

「え、えっとぉ……乱刀さんのことなんだけど」

「刃羅ちゃんの?」

「き、昨日の事は僕が発端なんだ。僕が乱刀さんを巻き込んだから」

「どういうことでしょうか?」

「実は……」

 

 緑谷は昨日の夕食時の洸汰との会話と、その後の刃羅との会話について話す。

 それを聞いた梅雨達は事情に理解はするも、どこか納得しきれない自分達がいて顔を顰める。

 刃羅は特に反応せずに腕を組んで黙っている。

 緑谷は頭を下げて刃羅達に謝罪する。

 

「ごめんなさい!」

「……はぁ~」

 

 緑谷の後頭部を見て、刃羅は深くため息を吐く。

 

「何に謝るアルか?まだ結果が出たわけでもないヨ」

「……それは」

「私は唯1人で勝手に話しただけだ。謝罪される筋合いも、礼を言われる筋合いもない」

 

 そう言って刃羅は前を向いて歩き出す。鎖に引っ張られて梅雨と百も歩き出す。

 その後ろ姿を緑谷は申し訳なさそうに見つめるしかなかった。

 

 

 

 訓練場に着いて流石に首輪を外された刃羅。

 他の者達はさっそく訓練を始める。

 

「ミーは?」

「お前はこれだ」

 

 相澤が指差したのは昨日も付けた重りだった。

 

「……」

「重さは変わらん」

「……」

「それにグローブとプロテクターを着けろ。これも重さは変わらん」

「……」

「今日は切島と緑谷、B組の鉄哲を同時に相手にしてもらう。もちろん本気でやってくれて構わない」

「罰したいなら、もう口にしてくれないかね!?確か男子は2倍とのことだったが、自分の方が増えているのだがね!?」

「最後まで聞け。その代わり、走り込みはなし。奴らが倒れている間は休憩と言うことで構わん」

「……3人同時に倒れさせろと?無茶苦茶だろうに」

 

 相澤の言い分に顔を顰める刃羅。

 それでも重りを身に着けていく。決まっている以上変わることはないだろうし、視界の端で準備運動している切島達がいるからだ。

 グローブとプロテクターも身に着けて、刃羅も柔軟を始める。

 

「本気でいいんだべな?」

「……ああ」

 

 もう一度確認する刃羅に、頷きながらも少し嫌な予感がする相澤。

 許可を得た刃羅は、パン!とグローブ同士を打ち合って前に出る。

 

「ほな、やろか」

「おう!まずは俺からだ!」

「全員だと言ってるだろうが」

「け、けど相澤先生!やっぱ、いくらなんでも!」

「構わぬ。全員で来るがよい。大して変わらんからのぅ」

 

 その言葉に切島と鉄哲は流石にカチンときた。緑谷はどうすればいいのかとアワアワしている。

 

「「後悔すんなよぉ!!」」

 

 切島と鉄哲が硬化しながら走り出す。緑谷は駆け出さずに、まずは乱刀の動きを見ることにした。

 切島と鉄哲が殴りかかろうとした瞬間、刃羅はしゃがんで右脚で足払いを繰り出す。殴りかかっていた2人はもちろん避けれるわけもなく、足を払われて前に倒れ込んでいく。刃羅はバク転して後ろに下がりながら、切島と鉄哲の顎を蹴り上げる。

 

「「ごぉ!?」」

 

 逆立ちになった瞬間、刃羅は脚を開いて体を右に捻じりながら左脚から着き、右脚を前に出して上半身を起こしながら右拳を振り抜き、鉄哲の腹部に叩き込む。

 

「ばがぁ!?」

 

 鉄哲は背中から地面に叩きつけられる。緑谷はその光景に目を見開く。

 切島は蹴り上げられた勢いで後ろに倒れる。そこに刃羅は詰め寄り、I字バランスの如く左脚を振り上げて一気に振り下ろす。緑谷は一瞬叩きつけられると思ったが、左脚は空振りする。緑谷は「え?」と驚いたが、空振りした刃羅は左脚を後ろに振り上げながら飛び上がり、空中で一回転して左脚を踵落としのように切島の体に叩きつける。

 

「ぐぼぉ!?」

「重り付きやよって。効くやろ?」

「ぐ……ごほっ……」

 

 切島は口から朝食を吐き出して悶える。鉄哲も吐くまではいかなかったが、腹を抱えて起き上がることが出来なかった。

 

 その光景に緑谷は完全に硬直し、相澤やブラド、近くで訓練していた生徒達も訓練を中断して注目する。

 

 刃羅は緑谷を見据えて飛び出す。それに慌てて緑谷は全身に力を回して、近づいてくる刃羅を見据えて、拳を構える。

 刃羅が目の前に来た瞬間に右拳を振り抜こうとする緑谷。それを見た瞬間、刃羅はすり足に変えて、左足を後ろに下げて半身にしながら右拳で緑谷の右ストレートを逸らして空振りさせる。

 緑谷の腕が伸び切った瞬間、体を捻り左ストレートを緑谷の右顔面に叩き込む。

 

「ごっ!」

「一辺倒だよね!アッパァー!!」

「!!?」

 

 刃羅はすぐさま右アッパーを繰り出して、緑谷の顎に突き刺す。緑谷は両脚が地面から30cm近く浮き上がり、大の字で後ろに倒れる。

 

 刃羅は右腕を下ろして、3人を見渡す。緑谷、切島はまだ起き上がれず、鉄哲は四つん這いにまではなっているが、立ち上がれてはいなかった。

 

「ふぅ……重いでござるなぁ。走るのも一苦労でござる」

((((どこが!?))))

 

 見ていた全員が心の中で突っ込んだ。

 

「で。起き上がるまでは休憩ということでいいのだな?」

「……ああ」

 

 刃羅の言葉に相澤は顔を顰めて頷く。

 まさか本当に3人同時に倒すとは思っていなかった。しかも切島、緑谷に関しては回復までに時間がかかりそうだった。

 

「……70Kg近く重くなってるのに、あの動きか」

「……底がしれんぞ。本当に」

 

 相澤とブラドは腕を組んで唸る。

 それを尻目にぐるぐると右肩を回しながら刃羅は3人に声を掛ける。

 

「何のために3人いるんだべか?せっかく《硬化》出来る2人がいんのに、並んで真正面から来れば対処なんて簡単だべさ」

「ぐ……!」

「ち……くしょ……」

「切島はんは昨日のこと教えとらんのか?しかも、いきなり足元おろそかになっとるやないか。鉄哲はんも切島はんとわざわざ同じ攻撃してどないすんねん。逃げ道を減らしや。緑谷はんは全身強化しとんのに、攻撃手段がいつも同じ過ぎてオモロないわ」

「お……なじ……?」

 

 刃羅の言葉に今の戦闘を振り返る3人。

 

「ほれ。戦場でいつまで寝ておるのじゃ!」

「ぐっ!うおおおおおお!!」

「ぬうあああ!!」

「ううううう!!」

 

 刃羅の言葉に歯を食いしばりながら立ち上がる3人。

 それを見届けた刃羅は、すぐさま緑谷に向かって走り出す。

 緑谷はふらつきながらも拳を構える。そして再び右腕を引く。

 

「だから一辺倒!」

「ぶっ!」

 

 刃羅は左ジャブを素早く放ち、緑谷の顔にパァン!と軽く当てる。それにより目を瞑ってしまい、攻撃が止まる緑谷。

 

「そして足はただの移動手段か!?」

「ぐぅ!?」

 

 緑谷の左膝横に右下段蹴りを放つ刃羅。それにバランスを崩す緑谷だが、追撃はなかった。

 刃羅は後ろを振り返る。そこには鉄哲と切島が迫っていた。刃羅が腰を下げた瞬間、2人は足払いに備えて速度を緩める。しかし、直後刃羅は飛び出す様に前に出て、右ストレートを切島の顔に叩き込む。

 

「!?」

「切島!?」

「人の心配してる場合かね!?」

 

 ガァン!と鉄哲の左脛に、左ローキックを叩きつける刃羅。

 

「ぐっ!」

「反応が遅いよ!」

「!?」

 

 痛みに呻いた鉄哲の顔に左フックを叩き込まれる。それに鉄哲は倒れ伏す。隣には切島も仰向けに倒れていた。

 その時、刃羅の後ろから緑谷が飛び掛かってきた。両手を伸ばし、掴みかかろうとする。

 それに刃羅は前に飛び出して、鉄哲と切島を飛び越えて躱す。

 

「!?」

「背中を向けていれば、そこを狙うよな?それが分かってれば、逆に前に出ればむしろ安全ってわけだ。まぁ、てめぇらの手内が分かってっからのやり方だがな」

「くっ!」

 

 後ろを振り返りながら話す刃羅に顔を顰める緑谷。

 刃羅は間に倒れている2人を見下ろす。

 

「貴様らは人の忠告を聞く耳はないのか?背を向けているとはいえ、何故2人同時で来る?」

 

 ゆっくりと緑谷に向かって歩き始める刃羅。緑谷は後退りしながら構える。

 

「下がるんじゃねぇよい!!出久屋ぁ!!」

 

 刃羅の声に足を止める緑谷。その瞬間、刃羅は横たわっている鉄哲の頭を蹴り上げた。

 

「が!?」

「「!?」」

「自分と敵の間に仲間が倒れとるのに下がるアホがどこにおるんや!!そして倒れとる時に攻撃が来んとか何思てるんや!!戦闘中やぞボケェ!!」

 

 刃羅の剣幕に飲まれる緑谷達。

 刃羅は飛び上がり、切島と鉄哲の真上に移動し、踏みつけようとする。

 

 それに慌てて転がって避ける切島と鉄哲。起き上がろうとした時には、身を低くして緑谷に迫っている刃羅。

 緑谷は逆に前に出て掴みかかろうとする。しかし、刃羅も両腕を伸ばして緑谷の両腕の内側に差し込み、緑谷の頭をグローブで挟む。

 それに慌てて緑谷は刃羅の両腕を掴もうとするが、その瞬間に刃羅は両腕を広げて緑谷の腕を弾く。そして、そのまま突っ込んで緑谷の鼻に頭突きを叩き込む。

 

「!!?」

 

 今度は切島と鉄哲が刃羅の左右から挟み込むように迫る。

 刃羅は切島に向かって走り出す。それに一瞬驚いてしまい、動きが鈍った切島。再び右ジャブが切島の顔に放たれ、怯んだ瞬間に切島の右腕を抱えて一本背負いを放つ。あまりにスムーズな流れに切島は何が起こったから分からず受け身が取れずに地面に叩きつけられる。

 

「がはっ!」

「くっ!」

 

 背中を強打して、肺の空気が吐き出されて一瞬呼吸が止まる切島。そして刃羅の背後から迫っていた鉄哲は切島が投げられたことで妨害され、足を止めてしまう。

 その瞬間、刃羅は大きく鉄哲に向けて飛び上がり、飛び蹴りを放つ。鉄哲の胸に飛び蹴りが突き刺さり、後ろに吹き飛ぶ鉄哲。

 着地した刃羅は3人を見渡す。3人は仰向けで倒れており、起き上がる気配はなかった。

 

「流石にぃここまでかなぁ?ちょっと休もうかぁ。水飲みたいしぃ。いいぃ?」

「構わん」

 

 相澤に確認を取って、休憩に入る刃羅。

 グローブとプロテクターを外して、ピクシーボブから水とタオルを受け取る。

 水を飲みながら3人の様子を見る。緑谷は鼻血が出ているようで鼻を押さえながら、ピクシーボブから水を受け取っていた。

 

「午後も続けるアルか?」

「いや、午後は違うメニューだ。今のを見てると、緑谷はやはりまだ早すぎるようだしな」

「それがよろしおす」

「緑谷、切島、鉄哲。もう一度、乱刀の言葉をしっかりと反芻しとけ」

「「「……はい」」」

「乱刀もヒント程度で構わん。考えさせろ」

「んなら、もうあんまり言うことないべなぁ。……ただ」

「ただ?」

「拙者がヴィランだったら、殴られた回数分、お主らは死んでおるぞ。拙者の『個性』ならばな」

「「「!!?」」」

 

 刃羅の言葉に目を見開いて顔を真っ青にする3人。

 確かに『個性』アリだったら、殴り合うことすら無理だ。

 

「まぁ、今回はそれ前提だから構わんが。それにしてもお前達の行動は殺されないことが前提過ぎる。体育祭の試合ではないのだぞ?なにより全員攻撃が『拳』一択だから、対処が非常に楽だな」

「あ……」

「……確かに」

「言われてみれば……」

「なんのための~全身硬化に強化なのか~考えてみれば~?」

 

 刃羅の言葉に唸って考え込む3人。

 それを横目に重りを外して、伸びをする刃羅。

 

「ん~!!……ふわぁ~」

「あんなに動いて、今伸びしたのに、なんで欠伸なのよ」

「眠いものは眠い!」

 

 水でタオルを濡らして、顔を拭く刃羅。

 その様子をピクシーボブは呆れたように見つめる。

 刃羅は切島達に目を向ける。3人はぐったりとしながらも、反省点や改善点を話し合っているようだ。

 まだ時間がかかりそうだと思った刃羅は、岩場に顔を向け、足を進める。

 岩肌の前に立った刃羅はペタペタと触り感触を確かめる。

 

「……う~ん。行けるかなぁ?」

 

 少し首を傾げながら、一歩後ろに下がる刃羅。

 その様子にピクシーボブも「何してるの?」とばかりに首を傾げる。

 すると、

 

「ふん!」

 

ガァン!

 

 いきなり岩肌に右拳を叩きつける刃羅。もちろんグローブはしていない。

 音が轟き、岩肌に少し放射線状に亀裂が入る。

 

「ふん!」

 

ガァン!

 

 続いて左拳を叩きつける。

 それに周囲の者達は目を向ける。

 

「乱刀……何してる?」

「ん?拳鍛えてる。殴る瞬間に刃生やしてるけどな」

 

 相澤に刃で覆っている拳を見せる刃羅。それを見て、目的は理解した相澤。

 

「攻撃の瞬間に刃を変える速度と強度を高める訓練か」

「なのです。木や土人形じゃ強度が足りないのです!」

「まぁ、だろうな」

 

 相澤はヒビ割れた岩肌を見る。岩肌は拳の形にへこんでおり、そこから放射線状にヒビが走っている。

 

「ん?」

 

 その時、そのヒビに違和感を感じた相澤。近づいて確認し、あることに気づく。

 拳の指に当たる部分の亀裂が深かったのだ。まるで()()()()()()()()()()()に。

 相澤はギロリと刃羅を睨む。

 

「おい、乱刀」

「……ノーコメント!デース!」

「ふざけるな」

 

 逃げようとした刃羅に捕縛武器を飛ばす相澤。

 刃羅は捕まる直前に這いつくばるように身を低くして躱す。

 

「ガル!」

「この……!」

 

 相澤は続けて縛ろうとするが、刃羅は四肢に力を入れて、後ろに飛び跳ねて躱す。

 

「グルルァ!」

 

 着地を狙って鞭のように捕縛武器を振るう相澤。

 それを刃羅は獣のように四つん這い主体の動きで躱す。

 

「獣かよ!?」

「なんちゅう動きを……!」

 

 刃羅は一気に走り出して、相澤から離れる。

 

「逃げるが勝ちであります!」

「駄目よ」

 

 刃羅の左脚に梅雨の舌が巻き付く。

 足を引っ張られて転び、顔から地面に叩きつけられる。

 

「むぎゃん!?ぬぎゃああああ!?」

 

 顔を押さえてジタバタと痛みに悶える刃羅。

 相澤と梅雨が近づいてくる。

 

「よくやった。蛙吹」

「ケロ」

「さて、説明してもらうぞ。乱刀」

「ぐぅえ!?」

 

 相澤に縛り付けられる刃羅。引っ張り起こされ、相澤に見下ろされる。その隣には舌をブラブラさせている梅雨もいる。

 

「ふん」

 

 刃羅は顔を背けて返答を拒絶する。

 それに相澤は目を鋭くして拘束をきつくするが、刃羅は顔色を全く変えなかった。

 

「……はぁ」

 

 相澤はため息を吐いて、拘束を解く。

 

「分かった。何も聞かん。ただし、その修業は今後するな」

「……はいな」

 

 刃羅は肩を竦めて頷く。

 再びため息を吐いて、他の生徒の所に向かう相澤。

 刃羅は立ち上がり、切島達の元に戻る。それを梅雨は少し寂し気に見送った。

 

 

 

 その後も訓練は続き、緑谷達3人は再び刃羅にボコボコにされた。

 

 昼休憩中、刃羅は森に入っていて梅雨達の前から姿を消していたことで、梅雨達を心配させていたが、休憩終了直前にふらりと戻ってきた。

 梅雨達が声を掛けるが、あまり答えてはくれなかった。

 午後の訓練、刃羅は重りを付けて走り込みになり、顔を顰めたまま走り続けていた。今回は無茶苦茶な壁はなかったので、終始大人しく走り続けていた。

 

 そして夕食の準備の時間。

 

「さて、今日は肉じゃがだよ!」

「が、昨日男子が問題を起こしたので、男子は肉抜き。女子で話し合って決めろ。そのため、調理は男子と女子で分かれて行え」

『……は~い』

  

 そして拳藤と百の話し合いの結果、A組が牛肉、B組が豚肉となった。

 男子は沈んだ様子で調理を始める。女子も申し訳なさそうな雰囲気で調理を進める。

 

「なんか……申し訳ないな」

「分けたお肉も余ってしまいますね」

 

 耳郎と百が男子の方を見て憐れむ。しかし、相澤達が決めたことを破るわけにはいかない。

 刃羅はいつも通りサラサラと指を刃物に変えて、野菜の皮を剥き、肉なども切っていく。

 

「ケロ?刃羅ちゃん、そんなお肉は使えないわ」

「だべなぁ」

「じゃあ、どうして?」

 

 刃羅はほぼ全ての肉を切っていた。それに梅雨や麗日は首を傾げて尋ねる。

 それに刃羅は答えずに、肉の3つの更にそれぞれ盛り付け、その内の2つを持って男子の方に向かう。

 男子達は切った野菜を炒め始めていた。

 

「ん?乱刀?」

「おっとぉ。肉が飛んでったぁ」

「「「おぉ!?」」」

 

 刃羅はポイ!と肉を放り投げながらわざとらしい言葉を言う。炒めていた鍋2つに肉が投じられる。

 

「ら、乱刀!?」

「乱刀くん!なにを!!」

「おや、肉が男子の鍋に入ってしまったのである。しかし、ここで取り出しても勿体ないだけであるなぁ」

「……お前」

「どうするアルか?先生。ここで肉を取り出すのも、作り直すのも非合理的アルよ~」

 

 確信犯にしか見えない行動だが、すでに投じられたのも事実。

 それに相澤は顔を顰め、マンダレイ達は苦笑する。

 

「……残すわけにもいかないだろ。そのまま作れ」

『ありがとうございます!!』

 

 相澤の言葉にA組男子がガバァ!と頭を下げる。

 その隙に刃羅は何でもないように女子達の元に戻る。

 

「刃羅ヤルゥ!!」

「お見事ですわ!」

「ケロケロ」

 

 芦戸達が笑って刃羅を称える。刃羅はなんでもないように、追加でくべる薪を準備する。その姿をクラスメイト達は微笑んで見つめる。

 これによりB組男子も肉許可が出て、喝采が上がるのだった。

 

 

 

 そして夕食後。

 

「さて!腹も膨れた!皿も洗った!お次は……」

「肝を試す時間だー!」

「「試すぜー!!」」

 

 芦戸達補習組が無理矢理とばかりにテンションを上げる。

 

「その前に大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と補習授業だ」

「ウソだろ!?」

 

 芦戸が絶望の表情で叫ぶ。そして相澤に縛り付けられる補習組。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになっていたので、こっちを削る」

「「「うわああああ!?堪忍してくれえ!!試させてくれえ!!」」」

 

 引きずられていく補習組を憐れみながら見送る一同。

 

 クラス対抗肝試しは2人1組で3分置きに出発。

 脅かすのはB組先行となった。

 組はくじ引きとなり、刃羅は百とのコンビで4番目の出発となった。

 

「よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ~」

 

 何だかんだで女子は女子で固まったようだった。

 峰田がそれに憤慨していたが、誰も反応することはなかった。

 

「で?百はん、肝試しは?」

「初めてですので何とも……」

「お化け的なのは大丈夫なのかね?」

「大丈夫ですわ」

「わっちもや」

 

 全く怖がる気配がない2人だった。

 

 そして1組目の障子・常闇ペアがスタートする。

 2組は轟・爆豪ペア。

 

「なんでっ……半分野郎と……!」

「くじだから仕方ねぇだろ」

「うるっせぇ!話しかけんな!」

「仲が良い切島と上鳴がいないから、宥め役がいないのです」

「心配ですわね。……B組の方に迷惑を掛けないと良いですけど」

「無理なことは望んじゃダメだべ」

「おめぇもぶっ殺すぞ!イカレ女ぁ!」

「やってみるがよい」

「はいはい!次のペア!」

 

 不安なペアが出発した。

 3組目は耳郎・葉隠ペア。すでに腕を組み合って震えている。

 どうやら苦手な2人だったようだ。

 

 そして6分後、耳郎達の悲鳴が聞こえながら出発する刃羅。

 

「なんか……ここまで悲鳴が聞こえると逆に怖くなくなるでござるなぁ」

「そうですか?結構B組の方々も工夫されているようですし、案外怖いかもしれませんよ?」

「あ~……ん~……」

「?どうしましたの?」

 

 何やら言い淀む刃羅に、隣を歩く百が首を傾げる。

 刃羅はホットパンツのポケットに両手を突っ込んで、顔を顰める。ちなみに上はへそ出しタンクトップだ。

 

「……気配が分かっちまってよぉ……隠れてんの分かんだよなぁ」

「……あははは、なるほど」

 

 刃羅の言葉に百は苦笑して納得する。

 静かな夜の森なのもあって、こっちを窺う視線や気配をはっきりと感じてしまう刃羅だった。元々動物が少ない森のため、特に分かりやすい。

 

 しばらく歩いていると、刃羅はふと目の前の地面に視線を向ける。それに気づいてしまった百。

 

「……いますか?」

「……聞いたらあかん」

「……すいません!」

 

 会話が聞こえてたのか、左右の茂みから音がする。

 それに刃羅はさらにげんなりする。

 

「動揺するでないわ。そこに潜っておる者が余計に憐れではないか」

 

 その声に拳藤と骨抜が茂みから顔を出す。そして地面が蠢き、ひょこっと小大が顔を出す。

 

「……なんでわかるんだよ」

「気配ダダ洩れ過ぎるのです。だから、黙ってたのです。でも百ちゃんが気づいて聞いてきたのです」

「……ごめんなさい」

「それに動揺して音を出すから、誤魔化しようが無くなったのだよ」

「「……」」

「……すまぬでござるな。唯殿」

「んーん」

 

 刃羅の謝罪に小大が首を振る。

 

 刃羅達は微妙な雰囲気の中で進み始めるが、再び刃羅が足を止める。

 

「乱刀さん……?」

「……」

 

 百はまたB組を見つけたのかと思ったが、刃羅の眼が鋭くなっており、忙しなく視線が動いている。

 ポケットからも手を出しており、明らかに警戒態勢だった。それに百も異常を感じ取る。

 

「この臭いは……?」

 

 少しだけ焦げ臭いのを感じた百。

 

「……それだけではない」

「え?」

「……耳郎達の声が……消えた」

「!?」

 

 目を見開いて耳を澄ませる百。先ほどまで響いていた声が全く聞こえなくなっていた。

 それに駆け出そうとする百だが、刃羅に腕を掴まれる。

 

「乱刀さん!?」

「有毒ガスであります!!この先からであります!!」

 

 刃羅は口元を手で覆いながら叫ぶ。

 それを聞いた百はすぐさまガスマスクを作り出す。

 

「これを!」

「謝謝!!」

 

 ガスマスクを装着する2人。

 

「まずは耳郎さんの元へ!」

「百はガスマスクを量産しろ!B組にも渡せるようにな!」

「はい!」

 

 走り出す刃羅達。

 

 すぐに2人は見つかった。すでに意識はないようだった。

 

「耳郎さん!葉隠さん!」

「マスクを!」

「はい!」

「おい!お前ら!」

 

 現れたのはB組の泡瀬だった。

 

「大丈夫か!?」

「俺っちたちはな!これを付けろや!」

「すまねぇ!」

「他のB組連中は分かるかよい!?」

「分かる!」

「百!拙者はこの2人をラグドールのところに連れて行く!お主はB組にマスクを配るのだ!」

「分かりましたわ!」

「行くぞ!」

 

 刃羅は2人を肩に担いで、中間地点に向かって走る。

 百達は森の中に入って、他のB組の元へと走り出した。

 

『皆!!!』 

 

 そこにマンダレイの《テレパス》が響く。

 

『ヴィラン3名襲来!!!他にも複数いる可能性あり!!動ける者はすぐに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!!!』

「無茶言うべなぁ!!いや!!このガスはマンダレイ達まで届いてないんだべかってぇ!!?」

 

 中間地点と思われる場所に見えた光景に目を見開く刃羅。

 

 巨漢の上半身裸の男が、ラグドールを後ろから不意打ちして倒す光景だった。

 

「脳無!?敵連合じゃと!?おのれぇ!!」

 

 刃羅は歯軋りをして、抱えている2人を下ろしてスピードを上げて脳無に迫る。

 左腕をロングソードに変えて、脳無を斬りつける。

 

「しぃ!!」

「ネホヒャッ!?」

 

 脳無の左手を斬り落として、すぐさまラグドールを抱えて距離を取る。

 

「ラグドール!!」

「……う……あ」

「シィット!」

 

 死んではいないが、かなりの出血だった。戦闘は不可能と判断する。

 

(意識不明3人!しかも相手は脳無!絶望的状況であるな!)

 

 絶望はさらに加速する。

 

「おっとぉ!これはラッキー!」

「!!」

 

 脳無の後ろに現れたのはシルクハットと仮面を被り、コートを羽織った男。

 刃羅はその姿に心当たりがあった。

 

「……Mr.コンプレス……!」

「おや?俺の事知ってるのか。流石だねぇ。ステインの弟子だっけ?」

 

 コンプレスはお道化たように両手を広げる。

 

「随分とぉ思い切ったことぉするねぇ」

「だからいいんだろ?いい狼煙になるってな!」

「そういうことかえ……」

「自己紹介しとこうか。こいつ喋れねぇしな。我ら!敵連合・開闢行動隊!!ってな」

 

 その名乗りに顔を顰めながら、ラグドールを抱えて逃げる手段を考える刃羅。

 それに気づいたのかコンプレスが刃羅を指差す。

 

「おっとぉ!悪いけど逃がさねぇよ?お前さん達は一緒に来てもらうぜ?」

「……何?」

 

 コンプレスの言葉に訝しむ刃羅。それにコンプレスは両腕を広げる。

 

「ラグドールはよく知らねぇが、乱刀ちゃん。君はヒーロー側にいるべき人材じゃあねぇ!ステインの意志、継がなくていいのか?」

 

 コンプレスの言葉を聞いた刃羅の顔から表情が消える。

 ラグドールを下に寝かせる。

 

「お?やっぱ抵抗しちゃう?」

「抵抗?違う」

 

 両腕をロングソードに変える刃羅。

 

「これは粛清だ。社会の屑ども!!正しき社会の供物になるがいい!!」

 

 刃羅はコンプレスに向かって走り出す。

 

 

 楽しい林間合宿は、一瞬にして崩れ去っていった。

 

 世界を揺るがせる戦いが遂に始まった。

 

 


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