ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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#28 ぶつかり合う意志と敗北

 刃羅はコンプレスに斬りかかる。

 

「おっと!」

 

 コンプレスはヒラリと躱す。

 刃羅はすぐさま脳無に標的を変えて、斬りかかる。

 

「ネホヒャン!!」

 

 脳無は背中からチェーンソーやドリルを何本も生やす。

 刃羅はすぐさま離れてラグドールの傍に下り立つ。

 

「ちぃ!」

「諦めてくれねぇかねぇ。あんまり俺もこのガスの中いたくねぇしよ」

「では、とっとと斬られろ」

「それは困るぜ」

 

 コンプレスは余裕があり、刃羅も不敵に返すが内心では顔を顰めていた。

 脳無の武器が刃羅との相性が悪いのだ。自分の武器を削られれば、刃羅の体が傷ついてしまう。

 2対1、しかも意識不明者3人という状況では下手な傷は負えない。しかも向こうの『個性』の詳細は不明だ。

 コンプレスの噂を知ってはいるが、分かっているのは人や物を閉じ込める『個性』ということだけ。

 

「多少は諦めるか……」

「殺すなよ!ってぇ聞こえてねぇか!」

「ネホヒャン!」

 

 コンプレスの言葉に眉を顰める刃羅。

 

(奴の指示には聞かないのか?まぁ、今までも死柄木の言葉しか聞いていなかったしな。それにネコちゃんって言ってるのか?)

 

 脳無の狙いはラグドール。恐らく脳無が襲ったところをコンプレスが回収する段取りだったのだろう。

 ガスだけでは捕らえられないと考えた策なのだろう。

 

(何故ラグドールを狙う?一番可能性があるのは《サーチ》。居場所がバレたら困るからか?)

 

「……ターゲットは私達だけか?」

「教えると思う?」

「その言い方をする時点で別にもいると言っているぞ。馬鹿が」

「……言ってくれるねぇ」

 

 雰囲気が変わったコンプレス。

 その様子に「もう聞き出せないな」と諦める刃羅。

 刃羅は脳無に向かって走り出す。

 脳無はチェーンソーとドリルを刃羅に向ける。刃羅は腕を戻して、紙一重で躱しながら脳無に迫る。

 

「なんて動きしやがる!?」

 

 コンプレスの驚く声が聞こえるが、刃羅は無視をして力強く地面を蹴り、脳無の股下にスライディングして滑り込む。股下をくぐり抜ける瞬間にうつ伏せに回転し、両腕を大鎌に変えながら起き上がる。

 

「ふんぬぅああああ!!!!」

 

 そして両腕を振り上げて、脳無を大鎌で引っ掛けて放り投げる。脳無は手足をバタバタとしながら上空へと放り上げられる。

 

「なああああ!?」

 

 コンプレスが脳無を見上げて驚きに叫ぶ。

 その隙にラグドールを連れて離れようとした刃羅。

 しかし、

 

「!!?いない!?」

 

 横たわっているはずのラグドールが見当たらなかった。

 コンプレスかと思い、振り向く刃羅。

 

「馬鹿な!?あの怪我で動けるわけが!しかも生徒を置いて!?」

 

 しかしコンプレスも驚いていた。

 それに嘘はなさそうだと考えた刃羅は、切り替えて葉隠達の元に向かう。

 

「逃がさねぇよ!」

 

 コンプレスが追いかけてくるが、刃羅は両腕をバトルアックスに変えて、木を数本薙ぎ倒す。

 それをコンプレスは軽やかに躱すが、すでに刃羅は葉隠達を抱え上げていた。

 そして左脚をバトルアックスに変えて、再び木を切り倒す。

 

「くそ!」

 

 その木も軽やかに躱したコンプレスだが、すでに刃羅は森の中に入り込んで見えなくなる寸前だった。

 

「なんて速さだよ!」

 

 コンプレスは吐き捨てるが、追いかけるのは諦めた。

 今の速さ、先ほどの戦闘を考えると危険と判断したのだ。

 

「まずはやりやすい方を狙うべきだな」

 

 コンプレスは飛び上がって移動を始める。移動方向は刃羅達とは違う方向だった。

 

 

 

 

 時は少し前。

 スタート地点の広場。

 マンダレイ達の前には3人の姿があった。

 

「なんでヴィランがいるんだよぉ!!?」

 

 峰田の叫びが響く。

 そしてヴィランの足元にはピクシーボブが頭から血を流して倒れていた。

 それにヴィランの1人、トカゲのような男が両腕を広げて名乗りを上げる。

 

「ご機嫌麗しゅう雄英高校!!我ら敵連合・開闢行動隊!!」

 

 敵連合という名前に緑谷達は顔を青くする。

 

「敵連合……!?なんでここに!?」

 

 するとサングラスを掛けて布に包まれた棒状のものでピクシーボブの頭を押さえている男がにやける。

 

「この子の頭、潰しちゃおうかしら。どうかしら?ねぇ、どう思う?」

 

 それに虎が憤る。

 

「させぬわ!このっ……」

「待て待て!早まるな!マグ姉!虎もだ!落ち着け!」

 

 トカゲ男が2人の間に入り込み、制止する。

 

「生殺与奪はすべて、ステインの仰る主張に沿うか否か!」

「ステイン……!当てられた連中か!」

 

 トカゲ男の言葉に飯田が反応する。

 その声にトカゲ男も反応する。

 

「俺はそうそう!おまえ!君だよ!メガネ君!保須市にてステインの終焉を招いた人物!申し遅れた。俺はスピナー」

 

 スピナーは背中の武器を抜きながら名乗る。

 抜いた武器は多数の刃物を無理矢理纏めた大剣だった。

 

「彼の夢を紡ぐ者だ!」

 

 その武器の異形さに緑谷が後退る。そこに飯田がスッと近づき、声を掛ける。

 

「緑谷くん。今の聞いたか?」

「え……?」

 

 飯田の言葉に首を傾げる緑谷。

 

「奴は今、ステインの終焉を招いたと言った。夢を紡ぐとも」

「……あっ」

「轟くんの話では、奴は逃げだしたはずだ……!なのに奴らがそれを知らないと言うことは……!」

「ヒーロー殺しと敵連合は、やっぱり通じていない……!」

 

 緑谷の結論に飯田は頷く。

 やはり刃羅の推測は正しかったと確認する飯田達だった。

 その時、虎が前に出る。

 

「どうでもいいがなぁ……貴様ら……!ピクシーボブは最近婚期を気にし始めててなぁ!女の幸せ掴もうって、いい歳して頑張ってたんだよ。そんな女の顔、キズモノにして!男がヘラヘラ笑ってるんじゃあないよ!!」

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

 

 スピナーが飛び出そうとした時、

 

「まてぇい!」

「「「「!!!」」」」

 

 残ったヴィランが初めて声を上げる。

 それにスピナーも足を止める。

 

「なんだ!?『鎧関(よろいぜき)』!何故止める!」

 

 鎧関と呼ばれたのは身長2mを超える関取のような体格と浴衣を着た男だ。黒髪の髷に細い目、右頬に一筋の切傷がある。

 ドスン!ドスン!と歩み出て、マンダレイ達に声を掛ける。

 

「乱刀刃羅嬢!ここにいるだろう!?」

「「「!?」」」

 

 刃羅の名前に緑谷達は目を見開く。

 鎧関は右手を前に出す。

 

「彼女を渡せ!ステイン殿の弟子にして正位継承者である彼女は我らといるべきだ!彼女を明け渡せば、おいどんはここで引いてやる!」

 

 鎧関の言葉に緑谷達は怒りが込み上げる。

 

「ふざけるな!!!」

「彼女は立派な雄英生だ!!誰が貴様たちなどに!!!」

「ちょっと鎧関!何いきなりバラしてるのよ!?こいつらを殺して、探せばいいじゃない!」

「おいどんは優先順位を間違えたくないだけ。おいどんがここに来たのは彼女の保護のため。ヒーローやそこの眼鏡坊主は今はどうでもいい」

「ああ、もう!!ほんっとやり辛いわぁん!」

 

 マグネが鎧関の言葉に頭を抱える。

 そしてやり辛いのはマンダレイ達も同様だった。

 

「まずいよ、虎……!2対3だ。誰か1人抜けられたら止めきれないかも……!」

「それでもやるしかない!《テレパス》で彼女に連絡して、何としてでもここで奴らを押さえる!」

「分かった!!皆行って!!いい!?戦闘はしないように!!委員長引率!!君もターゲットだよ!」

「わ、分かりました!!行こう!皆!」

 

 マンダレイの言葉に飯田は悔し気に頷き、残ったクラスメイトを促す。

 その時、緑谷がマンダレイに振り向く。

 

「マンダレイ!!僕!!知ってます!!」

 

 そう言って緑谷だけ別の方向に駆け出した。

 

「緑谷君!?」

「くっ!どこに!委員長!!まずは施設に戻ってイレイザーに!」

「くそっ!承知しました!」

 

 飯田はマンダレイの指示に従い、施設に向かって走り出す。

 それと同時にスピナー達は話が付いたのか、再びマンダレイ達に武器を構えて迫って来ていた。

 

「てめぇらのような利己的なヒーローもどきは粛清対象だ!!」

 

 スピナーの攻撃を躱したマンダレイは《テレパス》を発動する。

 

『スピナー。ヴィランながらかっこいいじゃない。好みの顔してる』

「え!?」

「何照れてんの?初心ね!!」

「いでっ!?」

 

 マンダレイの《テレパス》に惑わされたスピナーが一瞬動きをる。その隙を突いて、マンダレイはグローブの爪でスピナーの脇腹を引っ掻く。

 

「なんてっ……不潔な手を!尻軽女が!」

 

 スピナーが怒り叫ぶ。マンダレイの後ろから大きな影が迫る。

 

「!!」

「どすこい!」

 

 バッ!と横に飛んで躱すマンダレイ。浴衣の上だけを開けた鎧関がマンダレイのいた場所に突っ張りを放つ。

 しかもその姿は先ほどとは随分と変わっていた。

 

「っ!!鎧を纏う『個性』!」

「如何にも!《肉鎧》という」

 

 鎧関の全身は鋼の鎧に包まれていた。ドズン!ドズン!と重厚な足音を響かせる。

 洋風を思わせる鎧姿に浴衣を腰に巻いているのが非常に違和感がある。

 

「さて、どうするのだ?虎はマグネに手一杯だ。お前ではおいどん2人は無理だと思うが?」

「くっ!ラグドール……!?どうしたの?返事が来ない!」

「どすこい!」

 

 ラグドールから通信が来ないことに焦りの表情を浮かべるマンダレイ。戦闘中だとしても何もないというのは一度もなかった。

 つまり通信すら出来る状態ではないと言うことだ。

 ピクシーボブの姿を見て、嫌な予感が強くなるマンダレイ達だった。

 

 

 

 

 

 刃羅は2人を抱えながら森の中を走っていた。

 

「私がぁターゲットだってぇ言うのはぁもう分かってるんだけどなぁ」

 

 コンプレスから逃げ出して、すぐに届いた《テレパス》。刃羅は戦闘を避けるようにと言われたが、それを聞いている場合ではない。

 

「……あの《テレパス》からするとマンダレイ達も戦闘中。ラグドールは行方不明。敵の数も不明。ここまで用意周到だと施設側にも手が伸びてそうだな」

 

 足を止めて、葉隠と耳郎を見つかりにくそうな場所に寝かせる。

 自分が標的である以上、下手に連れ回るのも危険だった。幸い今いる場所はガスが薄い。ガスマスクの使用限界を迎えるまで時間を稼げるだろう。

 

「……さて!ここはスタート地点と中間地点の真ん中くらい!」

 

 現在地を確認する刃羅。ルートに出るにしても、下手に接敵するとクラスメイトやB組に迷惑がかかりそうだと考える。

 かと言って、来た道を戻って脳無やコンプレスにまた出くわしても厄介だ。

 ということで、むしろ敵の目を集中させるためにマンダレイ達の元に向かうことにした。

 

 木の上に飛び上がり、木を飛び移りながら移動する刃羅。その途中でガスマスクを捨てる。

 すると遠くで地鳴りのような音がする。木の上に飛び出して、周囲を確認すると施設近くの小山で土煙が上がっていた。

 

「あっこにも敵かいな。しかも戦闘中。施設付近にも何や炎が見える。イレイザーは期待出来ん。周囲もガスに山火事。これはどっちかっちゅうと逆方向……ガスはともかく山火事はなんであないなところで?施設から目を離すため?」

 

 敵に関する情報が少なく、推測が纏められない。

 顔を顰めながらも、とりあえずスタート地点を目指すのだった。

 そしてスタート地点が見えてきた。戦闘中とみられる人影が複数目視出来た。

 刃羅はそのまま速度を緩めずに、広場に飛び込むのだった。

 

ズザザザザァ!!

 

 滑りながら着地する刃羅。

 その姿をマンダレイ達やスピナー達は目を見開いて、見つめる。

 

「っ!?あ、あんた!!何でここに!?」

「ラグドールはヴィランに襲撃されて、一度助けたのだがいつの間にか行方不明でござる!!申し訳ないでござる!!」

「「!!」」

「脳無、それにもう1人ヴィランがいましたが、狙いが私であるならば逃げ回るよりここの方に来た方が敵の目も集中できるかと思ったのですが……」

 

 刃羅は顔を顰めながら倒れているピクシーボブを見る。

 ここも完全に劣勢だった。

 刃羅の判断にマンダレイ達は異を唱える事は出来なかった。状況的には最悪だが、刃羅が知りえる状況だと確かにその判断は正しかった。問題はプロヒーローが対応し切れていないことに帰結する。完全に後手に回っているからだ。

 

 そこに鎧関とスピナーが笑みを浮かべて、刃羅を見る。

 

「ステインの弟子!!」

「待っていたぞ!」

「あぁん?」

 

 スピナーと鎧関の声に顔を顰める刃羅。

 刃羅の顔がピクピクと引きつっているのだが、マンダレイ達は気づいていない。

 

「俺達と来い!!ステインの意志を俺達で甦らせよう!!」

「……ステインの意志だと?」

「聞いちゃ駄目!!施設に向かいなさい!」

 

 表情を消す刃羅にマンダレイは叫んで、鎧関に飛び掛かる。

 それを見たスピナーが刃羅に歩み寄る。

 マンダレイと虎が止めようとするが、今度は逆にマグネと鎧関が詰め寄り足止めをする。

 

「俺達と!!腐ったヒーロー共とメガネ君を粛正しよう!!ステインの夢を叶えよう!!」

 

 両腕を広げて高らかに叫ぶスピナー。

 刃羅は無表情のままスピナーをまっすぐ見つめている。

 そして刃羅はスピナーに向けて右手を差し出す。

 スピナーはそれに笑みを浮かべる。

 

「分かってくれたかぁ!!やっぱりステインは偉大だぁ!」

「駄目!!!」

 

 マンダレイが叫ぶが、刃羅は反応しない。

 そしてスピナーが刃羅の手を握り返そうと手を伸ばした瞬間。

 

「死ね」

 

 刃羅の右腕がパルチザンに変化する。槍先はスピナーの胸に向かって伸びていく。

 

「!!?がぁ!?」

 

 スピナーはギリギリで身を捩って躱そうとするが、胸を横一文字に斬り裂かれて血を流す。しかし、致命傷ではなかった。

 スピナーは慌てて後ろに下がって、武器を抜く。

 それに他の全員も目を見開く。

 

「な、何を……!?」

「ステインの意志?夢を叶える?本当に貴様はステインの思想を理解しているのか?」

「え?」

 

 刃羅の言葉にスピナーは唖然とする。

 腕を戻した刃羅は、一瞬でスピナーに詰め寄る。

 

「!?」

「……砕」

 

バッキィン!!

 

 両腕を大剣に変えてスピナーの武器を砕く。

 

「えぇ!?」

「グルルァ!!」

 

 両腕を戻しながら、左足をマムベリに変えて蹴り上げる。

 

「うぅわぁ!?」

 

 スピナーは尻餅を着くように後ろに転んで躱す。

 刃羅は足を戻して、後ろに下がる。直後に両腕を鎖鎌に変えて飛ばし、スピナーを絡めとる。

 

「なぁ!?」

「速い!」

「なに!?あの子!?」

 

 刃羅の動きにヴィラン3人は目を見開く。

 そして刃羅は体を捻り始めて、スピナーを振り回し始める。

 スピナーは慌てるが何も出来ずに、ただ振り回される。そして最後は砲丸投げのように鎖を解除して、スピナーを森に向かって投げ飛ばす。

 

「ぬおおおおお!?」

 

 刃羅はスピナーを追いかけて森に向かって走る。

 それにマンダレイは目を見開く。

 

「ちょっ!?待ちなさい!!」

「おお!!」

「くぅ!」

 

 マンダレイが呼び止めるが、鎧関の突っ張りが飛んできて、また足止めされる。

 

「……逆鱗に触れたな。あいつはもうダメだろう」

「はぁ?」

「こっちの、ことだ!!」

 

 鎧関の呟きにマンダレイは眉を顰めるが、それに鎧関は突っ張りで答える。

 

(まぁ、不快であったのは同意する。やってしまえ。『エスパデス』)

 

 鎧関は刃羅達が消えた森に目を向ける。

 

 

 

 

 スピナーは森の中に落ちて四つん這いで呻いていた。

 

「ぐ……うぅ……なんて奴だ……!?」

「ステインの思想を言ってみろ」

「!!?」

 

 バッ!と顔を上げると、目の前に刃羅が立って見下ろしていた。

 刃羅の無表情で無機質な目に背筋に悪寒が走るスピナー。

 

「どうしたの~?ステインの~意思を~継ぐんでしょ~?ほら~言いなよ~」

 

 ふらつきながら起き上がるも一歩後退るスピナー。

 それに合わせて刃羅も一歩前に出る。

 

「ひぃ!?」

「……はぁ。仕方ないのぅ。儂が教えてやろう」

 

 怯えているスピナーを見て、刃羅は無表情なのにため息を吐くという器用なことをやって見せる。

 

「ヒーローとは見返りを求めてはならず、自己犠牲の果てに呼ばれる称号であらねばならない。現在のヒーローは金、名誉などの私欲に塗れた贋物であり、真の英雄を取り戻すためには、粛正が必要であるのだよ」

「そ、そうだ!だ、だから俺達がそれを!」

「そしてもう1つ!!」

「!?」

「己が私欲のために徒に力を犯罪者も……粛清対象なのである!!!」

 

 刃羅の叫んだ言葉にスピナーは目を見開いて固まる。

 

「貴様は随分と高らかにステイン、ステインと叫んでいたが……今回の仲間には随分と粛清対象がいるように思えるが?そこはどうした?」

「……あ……ああ」

「マグネ、脳無、それにあの無差別なガス使い。少なくとも3人は信念よりも快楽が目立ってはるなぁ。なんで仲良うしてはりますのん?ステインは……お師様は、同じ組織やからって見逃すと思てますのん?……随分安っぽい信念やよって」

 

 スピナーは後退りして木の根に躓いて、尻餅を着く。

 

「仮初の信念を自慢げに語るな。屑が」

 

 両腕をロングソードに変えて、高速で振るう刃羅。

 スピナーは何も出来ずに全身を斬り裂かれる。

 

「がぁ……!?」

 

 全身から血を噴き出して、仰向けに倒れるスピナー。

 その頭元に立つ刃羅。

 

「あ……ああ……」

「冥途の土産に教えといてあげるわ。ステインは私達がすでに助け出してるの。敵連合に帰ってきた?」

「……!?」

 

 虫の息だが目を見開くスピナー。

 それを無表情で見下ろしながら、右腕を切っ先が丸い剣、エグゼキューショナーズソードに変える。

 

「死になさいな。正しき社会への供物」

 

 そして刃羅は腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 森の中を歩く刃羅。

 そこに再びマンダレイの《テレパス》が響く。

 

『A組B組総員、戦闘を許可する!!そしてヴィランの狙いの1つがさらに判明!!生徒のかっちゃん!!かっちゃん、乱刀刃羅は戦闘を避けて、単独では動かないこと!!』

「……めっちゃ単独行動しとるけどなぁ。しかし爆豪はんとは……。あの凶暴性かいな?ヴィランに欲しいかぁ?」

 

 いつもの雰囲気に戻っている刃羅は敵連合の狙いに首を傾げる。

 どうにも敵連合の目的が分からない。

 

「爆豪ちゃんとぉん私をん手に入れてぇんどうしたいのかしらぁん?……まだぁんステインの脱走をん知らないのぉん?」

 

 それならば自分が狙われる理由は分かる。ステインに変わる広告塔ではあるだろう。

 しかし爆豪は狙いが分からない。あの凶暴性だけで決めたのだろうか。

 

「まぁ、あれはある程度接していないと分からんか。それにしても鎧関は何故いたのか……ドクトラあたりか」

 

 現状、敵連合は『此処を襲撃する』という目的は果たした。これだけでもかなり雄英にはダメージだろう。

 ラグドールの失踪に関しては敵連合が行ったにしてはコンプレスの反応がおかしかった。しかし雄英生徒だとしても思い出す限り心当たりがない。

 爆豪に関しては情報は無し。肝試しの順番とマンダレイの《テレパス》からして、まだスタート地点に戻っていない。ならば考えられることは4つ。ガスで倒れているか、戦闘中か、森を突っ切って施設に戻っているか、すでに攫われているか。

 刃羅はコンプレのことを思い出した。未だに刃羅の元に来ないと言うことは、爆豪の元に行っているということ。

 

 そこに刃羅が向かうというのは、悪手だろう。

 刃羅は再び木の上に飛び上がる。そして周囲を見渡す。

 

「む?ガスが消えたでありますな」

 

 森を漂っていたガスが消えている。ということは生徒の誰かが倒したと言うこと。

 反対側に目を向けると、森の一部が凍り付いており、木が薙ぎ倒されている。

 

「轟だべな。戦闘しているようには見えねぇべ」

 

 少し集中すると、すぐ近くの森の中を移動する複数の気配を感じた。

 向かっている方向は施設。元来た道は氷が張っている森。

 つまりあの気配は轟達。爆豪もいることだろう。

 

「じゃあ、あそこにぃ行くのは駄目だなぁ」

 

 木の下に下りる刃羅。

 そこに近づいてくる気配を感じて構える。

 しかし、現れた人物を見て、目を見開いて構えを解く。

 

「……なんでてめぇが?」

 

 

 

 

 

 森の中を全力疾走している影が3つ。

 

ヴィイイイイイ!!

 

「やばいって!やばいって!!やばいってこいつぅ!!!」

 

 叫んでいるのはB組の泡瀬だった。その腕には頭から血を流した百が抱えられている。

 その後ろから脳無が追いかけてきていた。

 

「八百万!!おい!生きてるか!?頼む走れ!追いつかれる!!」

「大……丈夫です……!」

 

 百は答えるが、意識は朦朧としていた。

 泡瀬の『個性』《溶接》で何とか抱えていたが、どんどんと距離が詰まっていた。

 

「やばいってええええ!!!」

 

 チェーンソーが目の前まで迫った時、

 

「はぁ!!」

 

 脳無の真横から刃羅が飛び出してきて、脳無を蹴り飛ばした。

 脳無は吹き飛ばされるも、すぐに起き上がる。

 

「ネホヒャン!」

「元気なやつだな!」 

「乱刀!!」

「ら…がた…な……さん?」

 

 刃羅の登場に足を止める泡瀬。

 

「はよ、逃げんかい!!」

 

 横目で百の出血を見ながら怒鳴る刃羅。

 それに泡瀬が慌てて走ろうとするが、百が制止する。

 

「駄目……です!乱刀さんも……!」

「何言ってんだよ!邪魔になるだけだぞ!」

「でも……!ヴィランの狙いは……!」

「だから言っているのである!吾輩は殺せないはずである!!」

 

 刃羅が再び怒鳴った瞬間に、脳無は刃羅に向かって突撃しチェーンソーを振るう。

 刃羅は紙一重で躱すが、背中にハンマーが叩き込まれた。

 

「ごぉ!?」

「乱刀!!」

「づあぁ!!」

 

 吹き飛ばされながら、左腕をパルチザンに変えて脳無の脇腹に突き刺そうとするが躱されてしまう。

 刃羅はすぐに起き上がるが、すでに脳無が詰めてきており、正面からドリル、左右からチェーンソーが迫って来ていた。

 

(躱しきれねぇ!)

 

 刃羅は歯軋りをしながら両腕をバトルアックスに変えて振り上げる。

 そして横にずれながら刃で腹部をコーティングする。

 

ギャリギャリギャリギャリ!!

 

 刃羅の左脇腹をドリルが火花を散らしながら通過する。それに顔を顰めながら両腕を振り下ろして、左右から迫るチェーンソーに叩きつける。チェーンソーの腹を狙ったが、僅かに刃に当たりバトルアックスの刃が欠ける。それでも腕を振り下ろす。

 右のチェーンソーは地面に、左のチェーンソーはドリルの腕を斬りながら下に叩きつけられる。

 

 その隙に後ろに飛び下がる刃羅。

 

「っつぅ!」

「ら、乱刀!」

「乱刀さん……!」

 

 刃羅は左脇腹と両前腕から血を流していた。

 

「少し抉られただけアル」

 

 両手を離握手して状態を確かめる刃羅。

 痛みはあるが、特に問題ないと判断する。しかし状況は依然と悪いままだ。

 脳無はほぼ無傷。《再生》持ちではない様だが、痛覚はやはり無いようだ。

 想定外なのは脳無は、刃羅も殺す気満々であるということだ。

 

「……ちょっとぉ厄介かもぉ」

「ちょっとかぁ!?」

「このままでは……!」

 

 脳無が一歩前に出る。

 刃羅は腰を据えて構える。

 すると脳無は急に足を止めて、武器を戻して背中を向けた。

 

「ネホニャン!」

「はぁ?」

「え……!?」

「何故……?……まさか……」

 

 歩き去っていく脳無に刃羅達は首を傾げる。

 その時、百が何かに気づき、泡瀬に声を掛ける。

 

「泡瀬さん……!『個性』でこれを……!奴に!」

「何これ?ボタン?」

「いいから早く!行ってしまう!」

 

 百は手の平から何かを生み出して、泡瀬に渡す。受け取ったそれに泡瀬は首を傾げるが、百に促されておっかなびっくりで近づき、脳無の背中にそれを取り付ける。

 脳無は特に反応せず、そのまま歩き去る。

 

「よし!付けたぞ!もういいか!?」

「ええ……」

「逃げるぞ!乱刀!お前も!って、おい!?」

「乱刀さん!?」

 

 泡瀬は百を担いで避難を開始する。刃羅にも声を掛けるが、刃羅はそれを無視して脳無を追いかけ始める。

 

(誰かの救援にしては余裕で移動しているのです。つまりは一定の目標は達成したと言うことなのです!私は捕まえられてないのです!つまり爆豪君が捕まった!)

 

 脳無の進行方向を確認して、木の上に飛び上がり、先回りすることにする刃羅。

 するとその先で青い炎が燃え上がった。

 

「あそこ!」

 

 刃羅は森の中に下りて、音を出さないように移動する。

 近づいて茂みに隠れて様子を伺う。

 そこにいたのは緑谷、障子、轟とコンプレス、そしてヴィランと思われる3人の男女。

 

(緑谷坊っちゃんボロボロやないの。爆豪坊っちゃんは……コンプレスやね。難儀やなぁ)

 

 状況に顔を顰める刃羅。

 コンプレス以外のヴィランの顔は知らないため、『個性』が分からなかった。少なくとも青い炎はあの内の誰かだ。

 

(あと数分もせずに脳無も来る。爆豪救出は絶望的だな!)

 

 コンプレスに狙いを絞る。

 刃羅は勢いよく飛び出す。

 

『!!』

「Mr.!!後ろだ!!」

「!?」

「しぃ!」

「っとぉ!」

 

 緑谷達が目を見開く。ツギハギの男がコンプレスに声を掛ける。

 刃羅はコンプレスの背後から飛び蹴りを放つが、コンプレスは横に躱す。

 

「逃がっさん!」

 

 通り過ぎる直前に左腕をパルチザンに変えて突きを放つ。

 パルチザンはコンプレスの仮面を砕く。

 

「ぐぅ……っぶねぇ!!」

 

 仮面を壊しただけだが、その時にコンプレスの口から2つほどのビー玉のようなものがこぼれる。

 地面に着地した瞬間に両脚もパルチザンに変えて飛び出して、ビー玉に手を伸ばす。刃羅はそれが何かは知らないが、このタイミングで吐き出された物は怪しいと判断して無我夢中で飛び掛かる。

 とりあえず1つ、左腕のパルチザンを戻しながらキャッチする。もう1個にも手を伸ばそうとするが、そこにツギハギ男が手を伸ばして、先にキャッチされる。

 

「くっ!」

「お前も来てもらうぞ」

「お断るよよい!!」

 

 ツギハギ男は刃羅にも手を伸ばす。刃羅は両脚を戻しながら、右腕を薙刀に変えて無理矢理後ろに下がる。

 後ろに転がり、すぐさま起き上がって更に距離を取る。

 

「乱刀さん!」

「とりあえず1個掴んだ!!何これ!?」

「どれかが常闇と爆豪だ!」

「常闇!?ラグドールでねぇべか!?」

「ラグドール!?」

 

 轟の声に目を見開きながら、緑谷達に合流する刃羅。

 ラグドールの名前に緑谷達も目を見開く。

 

「とりあえずツギハギのも取り換えすんだな!!」

「いや!逃げるぞ!」

「障子君!?」

「俺も確保した!」

 

 障子は左手から2つのビー玉を取り出す。

 

「奴が右ポケットに入れていた奴だ!」

「じゃあコレは何ですの!?」

「それに奴のもだ!」

 

 障子の言葉に混乱する刃羅達。

 

 その時、森から脳無が現れる。

 更に、

 

「合図から5分経ちました。行きますよ。荼毘」

「待て。まだ目標がそこにいる」

「ワープの……!」

「くっそ!俺のショウが台無しだ!」

 

 黒い靄がヴィラン達の周囲に現れる。

 荼毘と呼ばれたツギハギ男が刃羅に顔を向ける。コンプレスも顔を押さえて叫ぶ。

 

「一度解除しろ。確認だ」

「ちぃ!」

 

 荼毘がコンプレスに声を掛ける。コンプレスは舌打ちをしながら、指を弾く。

 すると刃羅の手から常闇が、障子の手からは氷が、そして荼毘の手に爆豪が出現する。

 

『!?』

「どうされますか?他の者達はすでに回収してしまっています」

「……ちっ。今回はこいつだけで満足するか」

「かっちゃん!!!」

「「爆豪!!」」

 

 靄の中に入っていく荼毘達。

 それに緑谷、障子、轟が走り出す。刃羅は常闇を抱きかかえて出遅れる。

 

 爆豪は首を掴まれたまま靄に包まれていく。

 緑谷が目の前まで迫った時、

 

「来んな。デク」

 

 そして靄がズズッと消えた。

 緑谷は飛び込もうとしたが、間に合わずに地面に落ちる。

 

 刃羅達は靄が消えた空間を唯見つめることしか出来なかった。

 

「あ……ああ……あああああああああああ!!!」

 

 緑谷が痛みと悔しさで構成された叫び声を上げる。

 その叫び声に刃羅や轟達はどうしようもなく、敗北を実感したのであった。

 

「……はぁ~……完全にしてやられたのぅ」

「……すまない……俺が油断したばっかりに……」

 

 刃羅の言葉に常闇が悔し気に俯く。

 それに障子や轟が首を振る。

 

「お前のせいじゃねぇ。俺達だって気づかなかったんだ」

「あの男が声を掛けて来なかったら、お前達がどうやっていなくなったのかさえ分からなかったんだ」

「最初で躓いているのだ。この状況では、むしろよく耐えた方だろうな。学生としては、な」

 

 刃羅の言葉に複雑な気持ちになり、素直に頷けない轟達だった。

 

「とりあえず施設に向かうでござる。炎が近づいているし、緑谷氏を早く治療せねばいかんでござる」

 

 刃羅の言葉に頷き、障子が緑谷を背負う。

 

「デクくん!皆!」

「刃羅ちゃん!」

 

 麗日と梅雨が駆けつけてきた。

 しかし爆豪の姿が見えないことと、緑谷の姿に状況を理解し、顔を強張らせる。

 

「ヴィランは撤退したで。施設、戻ろか」

「刃羅ちゃん……怪我を……」

「そこに背負われてる男よりはマシだ」

「ケロ……緑谷ちゃん……」

 

 梅雨は緑谷を心配そうに見つめる。

 緑谷はすでに気を失っていた。

 

 スタート地点に戻った刃羅達は、相澤達や飯田達と合流した。

 そこにはB組の面々、葉隠と耳郎が横たわっていた。

 

「お前ら!」

「相澤先生!」

「……なんとか無事か」

「爆豪は攫われたべ」

「っ!?」

「そんな!?」

 

 相澤や飯田達が刃羅達に駆け寄る。少しほっとしたような表情をする相澤だが、刃羅の言葉に目を見開き、切島達も目を見開き悔し気に顔を歪める。

 刃羅はマンダレイ達の様子を見る。マンダレイと虎は必死にB組の看病をしていた。

 

「……やっぱラグドールは見つかってねぇか」

 

 刃羅はマンダレイ達に近づいていく。

 それにマンダレイ達も気づく。

 

「あんた……!無事だったんだね……!」

「よかった……!」

「結局、ラグドールは見つけられておらん。すまんのぅ」

 

 刃羅の言葉に一瞬顔を曇らせる2人だが、すぐに微笑んで刃羅の肩に手を乗せる。

 

「確かに心配だけど……それは私達に任せて、今は休みな」

「その通りだ。むしろよくやってくれた」

 

 それに黙って頭を下げて、梅雨達の元に戻る刃羅。

 梅雨達は百のところにいた。百も意識を失っていた。

 

「刃羅ちゃん。簡単にしか出来ないけど、手当てするわ。せめて傷口を保護しないと」

「ごめん!」

「いいのよ」

 

 百の横に座り込んで、大人しく応急処置を受ける刃羅。

 

 その後、救急と消防が到着し、刃羅達は病院に搬送される。

 

 そして雄英林間合宿への敵連合強襲は大々的に世間へと報じられた。

 

 刃羅達の林間合宿は雄英史上最悪の事件として、幕を閉じるのであった。

 

___________________________

新!刃格!(前にも出てるけど!)

 

エグゼキューショナーズソード(斬首剣):話し方は普通の女性。一人称は「私」。体育祭で殺意マックスを表出したのはこの子。なので、基本的に雄英の中では表には出ない。

 

鎧関の紹介は次回!

 

 




スピナーさんファンの方、ゴメンなさい!
原作でもまだ過去とか語られてないのに……(-_-;)

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