翌朝、轟と百と合流した緑谷達は爆豪を警察に届けた後、家路に就こうとしていた。
しかし、緑谷達の顔に達成感は全くなかった。
「……乱刀の奴、帰って来ねぇ気かな?」
「……その可能性は高いだろうな……」
轟と百は緑谷達から話を聞いた。
話を聞いた直後、百は膝から崩れ落ちて涙を流した。今も顔を俯かせており、言葉を発していない。
「くそっ……乱刀に関しては手掛かりがなんもねぇ!」
「流女将達が何か掴んでればいいが……」
「とりあえず今は家に帰ろう……俺達だって家族や先生達に黙って来てるんだ」
「うん……」
その後、半日以上かけて帰宅する緑谷達。
まだ緑谷達の仲間を取り戻す戦いは終わってはいない。
数日後、オールマイトは雄英高校にいた。
先日、引退表明をしたばかりで、まだ傷も癒えてはいないが生徒達の安全確保のために動かなければいけなかった。
林間合宿での謝罪と新たな防衛策として全寮制の導入するための家庭訪問をこれから行う予定だった。
しかし、その前に話し合っておかなければならないことがあった。
「オールマイト。乱刀さんのことなんだけどね」
「……はい」
「流女将やエクレーヌが捜査を継続しているけど、未だに手掛かりは掴めていないようなんだ。ステインといるのは間違いないと思うけどね」
「……彼女にはどのような処置を?」
根津校長に刃羅の処遇を尋ねるオールマイト。
根津や相澤もあの場で戦っていたのは刃羅と言うことに気づいている。
「難しい所さ。まだ判断は出来ていないのさ。あれが彼女だと言うことは警察すら気づいていない。塚内君には伝えているけど、彼は誰かに話すような人ではないからね。乱刀さんのことはまだ雄英関係者と流女将達しか知らないのさ。つまり、今後次第ではまだ繋ぎ留めることが出来るのさ」
根津の言葉にオールマイトは静かに頭を下げる。
そこに相澤が声を上げる。
「問題は恐らくA組の連中も気づいていることです。爆豪救出に動いたあいつらが何もしないとは思えないですね」
「そうだね。けど、これは私個人の考えでしかないけど……彼女を繋ぎ留めれるのはクラスメイト達の存在な気がするんだ」
「……」
相澤も内心では根津の言葉に同意する。
「相澤君達はそこも含めて生徒達に声を掛けて欲しい」
「「分かりました」」
そして相澤達は家庭訪問に赴く。
ありがたいことに全寮制には同意してくれる保護者達。
しかし、生徒達はやはり刃羅のことで思い詰めていた。特に梅雨と百は今にも崩れ落ちそうな程憔悴していた。
刃羅以外の家庭訪問を終えて、一度流女将の元を訪れる相澤達。
「……昨日、刃羅と思われる女の子がコンビニの監視カメラに一瞬写っていました」
「本当に……!?」
「はい。ですが、それだけです。それ以外の監視カメラには全く写っていませんでした。なので今、その周辺に我々独自にカメラを設置しています」
「私達に出来ることはあるかい?」
「お2人には刃羅さんを見つけてからお力を借りようと思っています。……私達の言葉だけでは、きっと彼女の心には届かないでしょうから」
流女将は寂しそうに目を伏せる。
それに相澤とオールマイトは声を掛けられなかった。
「そう言えば、全寮制のお話でしたね」
「……ええ」
「もちろん賛成です。むしろ刃羅さんにとっては最適の環境だとも考えています。……蛙吹さん達は大丈夫ですか?」
「……正直、かなり参っています。やはり神野での事は全員気づいてました」
「……流石、なんて私が言える立場ではありませんね」
「そんなことはないでしょう」
相澤が流女将の言葉を否定するが、流女将は僅かに微笑むだけでそれ以上は語らなかった。
事務所を後にするオールマイト達は車の中で考え込むように黙っていた。
その時、相澤の携帯が鳴る。
「……プッシーキャッツからです。乱刀捜索に力を貸してくれるようです」
「!!……そうか……ありがたい」
ラグドール、ピクシーボブはリカバリーガールの協力もあって活動に支障がないレベルまで回復した。残念ながらラグドールは捕まっている間の事は憶えていなかった。しかしラグドールを保護した者達と刃羅は繋がっている可能性が高いと判断して、ラグドールが捕まっていたビルやその周辺を捜索していた。全く情報は得られなかったが。
「……彼女を救えるだろうか」
「……救うしかないでしょう」
「……そうだね」
相澤とオールマイトも悔しさは変わらない。まだ雄英生である以上、出来る限りのことをする。
そして事態が動いたのはその翌日の事だった。
翌朝。
流女将の事務所には人が集まっていた。
「これはこれは。豪華な面々が集まったものだね」
「オールマイトは?」
「今回の作戦には不向きなので、申し訳ないが待機してもらった」
「引退しましたし、怪我も治っていないですからね」
「目立つのもあるでしょうがね」
「それもあるね。さて……それでは、始めようか」
エクレーヌの言葉に私語を止めて、顔を引き締める一同。
「まずは神野や雄英もあって忙しい中、ご協力してくれることを感謝するよ」
「私からも。本当にありがとうございます」
エクレーヌと流女将が集まってくれた者達に頭を下げる。
「気にしないでよ。私達だってあの子の事は気になってたから」
「しかも我らはラグドールを救われている」
「私達モ生徒ノタメニ動クノダ。礼ヲ言ワレルコトデハナイ」
集まったのはプッシーキャッツのラグドール、マンダレイ、ピクシーボブ、虎。
そして雄英からは相澤、エクトプラズム、ハウンドドッグが参加している。
そこにエクレーヌと流女将、そしてそれぞれのサイドキック達。
「見つけたのは東京の外れ。アラジンは一昨日確認されたコンビニの近くにある廃屋マンションにいる」
エクレーヌの説明と共に目の前のモニターに映像が表示される。そこには間違いなく刃羅の姿が映っていた。
「現在、望遠の監視カメラで見張っているが、朝に3階の部屋に入ってからは一度も出ていない」
「他に仲間は?」
「今の所は確認されていない。ヒーロー殺しもね」
エクレーヌの言葉に悩まし気に顔を顰める相澤達。
「マンションの見取り図を手に入れている。部屋は6畳程度の1K。彼女の部屋の周りは空き部屋で、特に目隠しなどもされていない」
「……隠れ家にしては妙に警戒が薄い気がするな」
「そうだね。廃れたマンションって言うのも、すぐに手が伸びるって分かりそうだけど」
相澤とマンダレイの言葉に同意するように頷く他のメンバー。
それに流女将とエクレーヌも頷く。
「なので今回は罠であると想定して動きます」
「……なるほど。それ故の面子なのだな」
「その通りです。部屋へ突入するのは私、エクレーヌ、イレイザーヘッド、フィクスマンです。プッシーキャッツはマンションの外で待機してラグドールの《サーチ》で刃羅さんを目視することを最優先にしてください」
「分かった!」
「エクトプラズムは分身でマンション周囲を囲んでください。ハウンドドッグも逃走された際の追跡・捕獲を」
「了解シタ」
「分かった」
「ミラミラはマンション周囲に人が通れるサイズの鏡を設置してくれ。モリアガ、ローテリアはその手伝いと、もしもの時の避難誘導の準備を」
「あなた達もミラミラ達の手伝いを」
エクレーヌと流女将の指示に全員が頷く。そして、作戦開始に向けて動き始める。
その時、流女将の事務所の外で動く気配には、誰も気づかなかった。
夕方、ミラミラの鏡で廃マンション前に移動した相澤達。
「マンションの入り口には特に仕掛けはないようだぞ」
「確かに人が出入りしているな。匂いが残ってる」
「ここからは迅速に」
流女将の言葉に頷いて配置に着くヒーロー達。
相澤、エクレーヌ、流女将、フィクスマンが音を立てないように刃羅がいるはずの部屋のドアの前に立つ。
そしてフィクスマンが逃げ道を塞ぐように、空間を固めて壁を生み出そうとする。
ドガァン!!
「「「!!?」」」
「ぐぅ!?」
突如ドアが吹き飛び、ドアの正面にいたフィクスマンが柵と挟まれる。
そしてドアの内側には髑髏の仮面を被った刃羅がいた。
「思ったより早かったですわね」
「刃羅さん!」
「ほな、さいなら」
「逃がさ……!!」
相澤が『個性』を発動し、捕縛武器を放とうとした瞬間、部屋から煙が勢いよく噴き出す。
それにより視界は塞がれ『個性』を妨害されてしまう。その隙に刃羅は飛び出してマンションから飛び降りる。
「準備いいじゃないか!」
エクレーヌと相澤もすぐさま後を追う。
流女将はフィクスマンと共に固定した空間を床にして走る。流女将は袖から竹筒を取り出して、蓋を開けて竹筒を振る。すると穴から水が蛇のようにうねりながら現れ、刃羅に迫る。
さらにエクレーヌも光散弾を放つ。そして相澤が髪を逆立て、目を見開いて刃羅の『個性』を封じる。
「派手でござるな!」
刃羅は腰に吊っていた鎖鎌を振り回して、水の蛇を斬り払う。光弾は側転やバク転して躱される。その後も攻撃を続けるが、全く足を止めることなく、廃マンションの敷地の外に出る刃羅。
「本当に厄介な身体能力だね!」
「エクトプラズム!」
相澤が叫ぶと刃羅の目の前にエクトプラズムが3人ほど現れる。
「止マッテモラオウ!」
「いやだ~!」
先頭にいたエクトプラズムの蹴りをスライディングで躱しながら軸足を鎌で斬りつけ、鎖の分銅を2人目のエクトプラズムの頭に振り投げてぶつける。そして起き上がる勢いのまま飛び上がり、3人目に飛び蹴りを浴びせる。
消滅を確認することなく、走り出す刃羅。その後ろから相澤達が再び追い迫る。その上、10体近くのエクトプラズムが現れる。更にハウンドドッグ、ローテリアが駆けつける。
「ワァオ!?」
「諦めろ!」
「大人しくなさい!」
「いやなのです!」
刃羅は身を捻じる様に回りながら、10本以上の苦無を相澤達に投擲する。相澤達はそれを容易く払うが、その隙を狙って刃羅は閃光弾と発煙弾を起動する。
「何本持ってるんだ!?」
「たくさん!」
「待ちなさい!」
「嫌だっつってんだろ!!ババア!」
「バっ!?誰が!!」
ローテリアが目を閉じたまま、小さな風の渦を生み出して煙を吹き飛ばす。エクレーヌはサングラスをしていたので、閃光弾の影響はほぼなかったので、煙が晴れたのを確認して周囲を見渡す。
刃羅の姿は消えていた。それにエクレーヌはため息を吐く。
「はぁ。普通に突破されてしまったな。学生相手にプロが何人もいて情けない」
「ハウンドドッグ!匂いは!?」
「追える!」
相澤がハウンドドッグに声を掛ける。ハウンドドッグは鼻をスンスンと鳴らして匂いを確認して頷く。
そして相澤達が追いかけようと頷いた時、上から何かが落ちてきた。
カン!バシュゥン!!
それは地面に落ちた瞬間に再び煙を一気に噴き出す。煙に包まれた相澤達はすぐに異変を感じた。
「またか!?っ!?ゴホッ!!ゴホッ!」
「さ、催涙弾!?ゴホッ!!」
「グオオ!?は、鼻がああ!?」
目が痛み、喉や鼻に痛みが走る。
ハウンドドッグは鼻を押さえて悶える。コーリネアが再び風を起こしてガスを上に巻き上げる。
相澤達は目や口を覆って足を止めざるを得ない。そこにミラミラ達が駆けつける。
「大丈夫ですか!?」
「ゲホっ!か、完全にしてやられたね。ゴホッ!」
「ハウンドドッグ。無事カ?」
「グルル!鼻がやられグルルゥ!」
相澤は目を押さえながらラグドール達に顔を向ける。
「見れましたか?ラグドール」
「バッチシ!!位置も分かるよ!」
「それにしても完敗だねぇ」
「『個性』や動きばかりに気を取られてました。枷が外れるとここまで厄介になるとは……」
ラグドールは笑顔で胸を張る。マンダレイは相澤達を見て苦笑する。
相澤は顔を顰めて、頭を掻く。
「とりあえず一度撤退するよ」
「そうですね」
ピクシーボブの掛け声で相澤達は仕切り直すことに決めた。
ピクシーボブ、モリアガや流女将のサイドキック達は刃羅がいた部屋の調査に赴き、相澤達はミラミラの《ミラーゲート》で流女将の事務所に戻る。
「ラグドール。乱刀はどうです?」
「凄い速さで移動中だよ!豊巣区あたりを目指してそう!」
「海か……。それに倉庫街だな」
「また誘ってそうだね」
ラグドールは地図を確認しながら、距離と方向を考えて推測を立てる。
それを聞いて相澤とエクレーヌは腕を組んで考え込む。
もうすぐ日も暮れる。夜の倉庫街となると色々と厄介そうだと考える。
そこにピクシーボブ達も戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
マンダレイが声を掛ける。
それにピクシーボブは肩を竦め、モリアガ達は顔を顰める。
「収穫無しだね。カップ麺の空はたくさんあったけど、それ以外は武器とか簡単な着替えだけ。特別なものはなかった」
「逆にどうやって過ごしてたのか気になるぜ」
「……まぁ、上の部屋でもほとんど物がありませんからね」
「問題はあの催涙弾やら閃光弾やらをどう防ぐかだね」
「確カニ」
ここにいる者で閃光弾などを防げる可能性があるのはピクシーボブくらいだ。しかし《土流》で壁を作ったところで意味はない。逃げられる隙が増えるだけだ。
さらに豊巣区の倉庫街は人工島で場所によっては土がない可能性がある。
「さらには仲間がいる可能性もある。次は我も前に出る」
「あの戦いにいた連中が出てくると、かなりの被害が出る可能性があるね」
マンダレイの懸念に全員が顔を顰める。
ステインはもちろん他の仲間も出られると、混戦になることは確実である。そうなるとマスコミなどにバレる可能性があり、刃羅の事が知られる可能性がある。
ちなみに先ほどの戦闘は前もって警察が周辺住民に根回しをしており、出歩いたり撮影は控えるように伝達していた。
作戦会議をしている間に、刃羅がやはり豊巣区の港の倉庫街で止まったことをラグドールが知らせる。
それに流女将が車の手配をして、相澤達は再出撃の準備をする。
「オールマイトはどうします?」
「……一応連絡します」
「お願い」
その時、事務所の外では建物の壁にもたれ掛かっている人物がいた。
その者は携帯を取り出し、電話を掛ける。
「もしもし?……うん。聞けた。豊巣区の倉庫街だって。今から行くみたい。皆、行けそう?……オッケー。お願い。うちは直接向かうよ」
電話を切り、すぐさま走り出す人影。すぐに人の雑踏に紛れ込んで姿を消す。
その存在に最後まで相澤達は気づくことはなかった。
そして、夜。
相澤達は倉庫街近くで車を降りて、ラグドールが示した場所に向かう。
そこは海の傍の倉庫だった。しかも、挑発するようにその倉庫だけ明かりがついている。
「罠ですってか」
「私ガ先ニ行コウ」
エクトプラズムは分身を生み出して、倉庫の入り口に近づく。
すると、倉庫の入り口が自動で開き始める。相澤達は構えるが、完全に開ききっても何もなく、中にエクトプラズムが入っていく。
少しするとエクトプラズムが顔を覗かせて、入ってくるように促す。
「……どういうことだ?」
「ラグドール。中にいるんだよね?」
「いるよー!」
「行くしかないだろう」
「行きましょう」
訝しむ相澤達だが、虎と流女将の言葉に頷き、倉庫に突入する。倉庫の中は中心にコンテナが1つあるだけで、後は何もなかった。
そして、そのコンテナの上に刃羅が腰掛けていた。左脚は膝立てて、右脚はぶら下げており、両手は後ろに着いている。
刃羅は入り込んできた相澤達を無表情で見ていたが、ラグドールの姿を見て顔を顰める。
「ラグドール……。そうか。夕方の時に離れた所から見ていたのか。どうりで来るのが早いはずだな」
「……お前1人か?」
「そうやで。あの後、自由行動になったんや。お師匠はふらりとどっか行ったわ。まぁ、オールマイトのことで完全に吹っ切れたわけやないんやろ。他の連中は元々集まりたいときに声掛けるって感じやしな」
「……刃羅さん。ここまでにしましょう。戻ってきてください」
「戻るぅ?おかしなこと言うねぇ。私はぁ戻って来てるよぉ?ステインの弟子ってぇ立場にぃ。こっちがぁほんとの私さぁ」
刃羅の言葉に悲しそうに顔を歪める流女将。他の者達も顔を顰めて、刃羅を見つめる。
「……大人しくする気はねぇんだな?」
「あったらとっくに捕まっているのだよ」
「そりゃそうだ。じゃあ……」
相澤が構えた瞬間、刃羅は右踵でコンテナの壁をガン!と叩く。
するとコンテナの壁が倒れて中身を晒す。中身は大量のカンが横に重ねられており、噴射口と思われる蓋が相澤達側に向いている。
目を見開いて足を止める相澤達。
「もちろん中身は分かってんよなぁ?言っとくけどよ、反対側からも噴き出るぜ?」
「……よくもまぁ、そこまで集めたねぇ」
「……乱刀少女」
マンダレイが呆れていると、そこにオールマイトが現れた。
マンダレイ達はオールマイトに道を譲り、オールマイトは相澤の横に並ぶ。
「おやまぁ。もう戦えまへんのに何しに来はったん?」
「君と話がしたかったからさ」
「ふむ……もう他力本願しか出来なくなったというのに、もう一度ヒーローを信じてくれとでも言う気ではないじゃろうな?」
刃羅の言葉に悔し気に顔を顰めるオールマイト。顔を俯かせて、左手を握り締める。
「……言えないさ」
オールマイトが握り締めて開いて左手を見つめながら答える。
その言葉に相澤やエクレーヌ達が目を見開く。
「爆豪少年を助けられず、緑谷少年達に助けられて、乱刀少女に守られた。そして力も失った。ヒーローでは無くなった私がヒーローの何かを伝える資格はないさ」
「では、何を話す気なのです?」
「……蛙吹少女達には何も伝えないつもりかい?」
「はぁ?」
オールマイトの言葉に顔を顰める刃羅。
その声には少し苛立ちが込められているように感じられたオールマイト達。
「はぁ~……ここまで来て、そんなくだらないことを聞きに来たのか?」
「……くだらない……ですか?」
「まさか本気で仲良くしていたとでも思っていたのでござるか?」
流女将は信じられない言葉を耳にし、目を見開いて固まる。
刃羅はゆっくりとコンテナの上で立ち上がる。その両手には抜身の刀が1振りずつ握られていた。
「私が~雄英に入ったのは~お師匠の指示さ~。ヒーローなんて~どうでも良かったんだよね~」
「なんでヒーロー殺しが?」
「視野を広げろとかぁん言ってたわねぇん。あんまり変わった気はぁんしないけどねぇん。さてぇん、もういいかしらぁん?殺し合いを始めてもぉん」
「待ってくれないかい?ヒーロー殺しが逃げたのに君は関係してるのかい?」
エクレーヌが声を上げる。
「当たりめぇだべ。おいらが依頼金出しただよ」
「あいつら、あんたが呼んだの!?」
「メンバーを揃えたのは他の奴なのである。吾輩は金だけ出したである」
ローテリアが目を見開いて驚いていたが、刃羅は肩を竦めるだけだった。
刃羅からすれば1500万消えたムカつく事件でもあった。思い出しただけでもドクトラやカンパネロを殴りたくなる。ちなみに今回もタダ働きだった。
「じゃあ、なんで保須でヒーロー殺しと戦った?わざわざ救出で金を出す必要もなかっただろう」
「……あれは少し予想外だたアル。まさか緑谷達に負けるとは思てなかたヨ」
「そうじゃない。なんで緑谷達に加勢したのかって意味だ」
「……」
相澤の質問に刃羅は答えなかった。その反応に相澤はまだ希望はあると考える。
さらに声を掛けようと相澤が口を開こうとした瞬間、刃羅が右足を持ち上げてコンテナを思いっきり踏みつける。
バシュゥン!!!と莫大な音を響かせて、煙が勢いよく噴き出す。
「っ!!オールマイト!!」
「ぐっ……!」
相澤がすぐさまオールマイトを縛って、後ろに投げる。エクトプラズムの1人がオールマイトを掴み、後ろに下がる。
ローテリアが前に出て腕を振り、風を巻き起こす。
エクレーヌが光弾を放とうと、竜巻の横に飛び出す。そこで目に入った光景に目を見開く。
コンテナの上にいる刃羅の手に火が付いたライターが握られていた。ライターが刃羅の手から放り投げられる。
「っ!!火が付くよ!!」
『!?』
「まずい!流女将!!」
「横に飛べ!!」
『!!』
ガスに引火して一瞬で炎の竜巻が出現する。
相澤が流女将に怒鳴った直後、後ろから聞こえるはずがない声が響く。直後、冷気を感じてすぐさま横や上に飛び上がるヒーロー達。
氷結が炎の竜巻に突撃し、炎を一瞬で鎮火させる。氷結はそのままコンテナに到達し、コンテナを氷漬けにしてガスの噴出を止める。
刃羅も飛び上がって氷結を躱すが、その表情は驚愕に染まっていた。
ガッシャーーン!!
倉庫の2階の窓が突き破られ、複数の人影が倉庫に飛び込んできた。
「黒影!!コンテナを吹き飛ばせ!」
「アイヨ!!」
黒い影がコンテナを押し飛ばして、壁を突き破って外へ飛んでいく。
「おらぁ!」
「レシプロ・バースト!!」
「はあああ!!」
「しゃああ!!」
「どりゃあ!!」
白いテープが刃羅に放たれ、その周囲から複数の人が刃羅に迫る。
刃羅は刀でテープを斬り払い、高速で放たれた蹴りを両腕をクロスして防ぎ、後ろに飛ばされることで残りの攻撃を躱す。空中で体勢を立て直し、地面に着地すると上から網が降ってくる。
「っ!」
刃羅は横に飛んで躱す。そこにピンク色の鞭が刃羅の右手首に巻き付く。
引っ張られそうになった刃羅は足裏に刃を生やして地面に固定する。
「……これは……」
「もう放さないわ。刃羅ちゃん!」
梅雨が突き破られた窓のすぐ下にへばり付いて、舌を伸ばしていた。
そして刃羅の周りに常闇、瀬呂、飯田、緑谷、切島、砂藤が囲み、緑谷の後ろに百と麗日が降りてくる。
更に入り口からは轟を先頭にA組の面々が走り込んできた。
「蛙吹さん……!?」
「……お前ら……なんで……!?」
「耳郎と障子、葉隠に流女将の事務所を見張ってもらってたんだ」
「で、うちの《イヤホン・ジャック》で会話を盗聴して、全員に連絡したんです……!」
「爆豪は流石に来れなかったけどな」
轟と耳郎が倉庫を突き止めた理由を話す。
それに相澤は頭を抱え、マンダレイやエクレーヌ達は苦笑する。
オールマイトも後ろで驚いて、どこか安心した様に微笑んでしまう。
「相澤先生!オールマイト!そしてヒーローの皆様!申し訳ありません!!規則違反は承知しています!!先生方の信頼を裏切ったことも!!」
飯田が刃羅を見つめ続けながら叫ぶ。飯田の言葉にA組の面々も頷く。しかし、誰の顔にも後悔の表情はなく、覚悟を決めていた。
「それでも!!これで除籍処分になったとしても!!乱刀くんに何も出来ぬまま別れるのだけは、A組総員誰一人として納得が出来ませんでした!!乱刀くんの言葉を聞いて、僕達の思いを伝えて、向き合った上で答えを出したいと!!」
梅雨が轟達の前に降りてくる。
刃羅は右腕を引っ張られながらも、黙って飯田の叫びを聞いている。
飯田の言葉を聞き、A組面々の顔を眺めた相澤は盛大に顔を顰めて考え込む。根津の言葉が頭に浮かぶも、教師として、プロとして認めるわけにはいかないという思いも前に出る。
「……あほらし」
そこに刃羅の言葉が響く。全員が刃羅に注目する。
刃羅は無表情で立っており、左手の刀で梅雨の舌を突き刺す。
「ケロッ!?」
「梅雨ちゃん!!」
梅雨は痛みで拘束が緩む。
刃羅は右手の刀を手放し、緩んだ隙に右手を抜いて再び刀を掴む。
痛みに呻いた梅雨に芦戸が駆け寄る。
「乱刀……!」
「たかだか数か月学校で一緒だっただけで、よくもそこまで必死になれますわねぇ」
「おまえ……!」
「友達ごっことしてはぁ、まぁまぁだったかなぁ。けどぉ、結局はぁその程度だよねぇ」
切島や砂藤が悔し気に顔を歪めて、刃羅を見つめる。
刃羅は腰を落とし、左手の刀を中段に、右手の刀を上段に構える。
「次に来るなら、少なくとも手足の1,2本は覚悟しなさいよ。私はもう……血に染まる覚悟は出来てるのだから」
鋭く睨み、殺気を発する刃羅に緑谷達は息を飲む。
それに百と梅雨は悔し気に顔を歪める。
相澤達も前に出て、緑谷達を庇える場所に着く。
「オールマイトとオール・フォー・ワン。正義と悪の頂点が同時に消えたわ。ねぇ、ヒーローとその卵。オールマイトの変わりは誰?いる?今すぐ、誰もが納得する象徴なんて」
その言葉に相澤達は答えられない。オールマイトすらも。後継者たる緑谷も、バラせないこともあるが、それでもオールマイトに変われるかと言われたら絶対に否である。
「そう。いないわ。つまりそれは他のヒーロー達が利己的だと何処かで思っている部分があるからよね?強さも別格だったのもあるけど。ステインの言葉を否定出来る?今の状況で」
ヴィランでは死柄木弔という存在がいる。
対してヒーローには誰もいない。エンデヴァーには不安視する声が根強い。他のヒーローに関しては名前すら上がらない。たった1人が折れたら、ここまで崩れる。それは多くの者がヒーローという存在は『オールマイト』だったという何よりの証。他のヒーローを名乗る存在は、ヒーローとして認められていないことと同義ではないのだろうかと刃羅は考える。
「次のヒーローが現れるまで、どれだけ無意味に血が流れるの?私にそれを我慢しろって言うの?」
「刃羅ちゃん……」
「審判は下った。ヒーローは信じるに値しない!!私は『次の私』を生み出さないために、血に染まる!!それを否定するならお前達の全てを掛けて挑んできなさい!!!」
ゾアッ!と刃羅から気迫が放たれる。
飯田、緑谷、轟はその眼と気迫に覚えがあった。
ヒーロー殺し『ステイン』。刃羅の師。
更に刃羅はオール・フォー・ワンに立ち向かった者。
緑谷、飯田、轟、切島、百はその凄さを改めて実感する。緑谷達は目も合っていないのに心が折れかけていたのに。
「私の名は『エスパデス』!!ステインの一番弟子!!」
ザン!と一歩踏み出す刃羅に、相澤達も気圧される。
もはや一生徒として見る余裕はない。
「この【刃】!!折れるものなら折ってみろ!!ヒーロー共!!」
『エスパデス』=『エスパーダ』+『‐ess』(動物の雌につける。例:leopardess)
刃羅の母『スライシス』も同様。『スライス』と『-ess』の組み合わせから言いやすくしたもの。