刃羅は小さな離島に降り立っていた。
「ここにゃあ小屋しかねぇんだよなぁ。もう閃光弾もねぇし、武器もねぇ。ラグドールの《サーチ》の効果もいつまでか分かんねぇ」
ここに居ることはバレている。
岸に向かわなかったのは、船をそう簡単に手配は出来ないだろうと考えたからだ。
陸地なら車やら他のヒーロー達も追いかけやすいが、海だと活動しているヒーローも限られるし、接近も気づきやすい。
ただ問題は相手にイレイザーと流女将がいることだ。
海水に囲まれた船や離島では流女将の武器が尽きることはない。ただでさえ厄介なのに、そこに相澤がいることで『個性』が使えない。そこにエクレーヌやA組の面々とやり合うのは限界がある。
刃羅は顔を顰めながら小屋を目指して歩く。
「……この1日でぇ隠れ家2つもぉ無くすなんてぇ最悪ぅ」
この離島は無人島だと知っていただけだ。小屋には漁師が使っていると思われる道具や囲炉裏などがあるだけ。食料などはない。ここまで来たボートも何も乗せてはいない。相澤達がいつ来るか分からないから下手に食糧調達も出来ない。
刃羅はため息を吐く。
「携帯も圏外……ちゅうか、この携帯も処分せなあかんなぁ」
バキン!と携帯をナイフに変えた指で刺し壊す。そして海に向かって放り投げる。
「さて、いつ逃げるか」
小屋に近づく刃羅。
その刃羅に更に近づく影があったが、まだ刃羅は気づいていなかった。
梅雨達はまだ倉庫街にいた。
しかし、梅雨達の前には一艘の船が着岸していた。船の名前は『沖マリナー』と書かれている。
「シリウスさん!」
「梅雨ちゃん!」
船から現れたのは船員服を着た青髪の女性。梅雨の職場体験の教育担当のシリウス。『個性』《グッドイヤー》を持つ海難ヒーローのサイドキックだ。
梅雨はシリウスに走り寄り、シリウスは梅雨に笑顔で抱き着く。
そしてその後ろから大柄の人影が現れる。
「よぉ!フロッピー!」
「船長!」
梅雨に声を掛けたのは、アザラシ顔で筋肉質の男。
海難ヒーロー『セルキー』。《ゴマフアザラシ》という梅雨と同タイプの『個性』を持つヒーローだ。
「久しぶりぃ!」
セルキーが突如、両手を顎に当てて裏声で可愛い子ぶる。それにシリウスが顔を覆い、百達は苦笑いする。
セルキーと梅雨は可愛いと思っているのだが、他には不評だった。
「さてぇ、挨拶はこれくらいにしておくか。急ぎなんだろ?フロッピー。真面目なお前があんなSOSを送ってくるんだからな」
「船長……」
「ただし、しっかりと説明はしてもらうぞ。辛い言い方になっちまうが、俺達だって何でもかんでも手を伸ばせるわけじゃない。お前以外にも助けが必要な者が出るかもしれない」
セルキーは真剣な顔で梅雨を見つめる。シリウスは梅雨を心配そうに見るが、セルキーの判断に従うのがサイドキックとしての役割だ。私情で動くわけにはいかない。
セルキーの言葉にしっかりと頷く梅雨。そこに相澤と流女将もセルキーに近づく。
「あんた達は……」
「こいつらの担任の相澤です。イレイザーヘッドで通してます」
「久しぶりですね。セルキーさん」
「流女将にフロッピー達の担任まで出てるってことは、それなりの山ってことか。しかも怪我してるじゃねえか」
腕を組み、目を鋭くするセルキー。
そして相澤と流女将が刃羅の事について説明する。そして現在の状況についても。
「……なるほど。確かに厄介な状況みたいだな」
悩まし気に唸るセルキーに、梅雨が頭を下げる。
「本当は私達だけで解決しなくちゃいけないことだわ。でも、情けないけど私じゃ刃羅ちゃんに追いつけないわ。このままだと二度と会えなくなってしまう。それだけは我慢出来ないの」
「……梅雨ちゃん」
「こんなことダメだって分かってる。わがままだって分かってる。それでも、私は刃羅ちゃんを救けに行きたい。だからお願い!船長!シリウスさん!力を貸してほしいの!」
「……」
セルキーは梅雨の後頭部を黙って見下ろす。すると、梅雨の後ろに緑谷達も近づいて、一緒に頭を下げ始める。
それに相澤と流女将も頭を下げる。
シリウスはセルキーに縋るような目を向ける。
するとセルキーが梅雨の頭にポフっと手を乗せる。
「確かにわがままだ。そのわがままで、もしかしたらここに来なかったら助けられたかもしれない、なんてことが起きるかもしれねぇ」
「……ケロ」
「しかし!だからと言って、目の前で助けを求める声を無視するなんてヒーローとして選ぶわけにはいかん」
「船長……!」
「お前が、お前達がそこまでしてるんだ。先輩ヒーローの俺達が見捨てるわけにはいかねぇよなぁ?シリウス」
「はい!」
梅雨が頭を上げる。
セルキーは梅雨を見て、ニカッと笑う。そして、船に顔を向ける。
「野郎どもぉ!出港準備だ!!フロッピーの仲間を救けに行くぞぉ!!」
『了解!!』
「船長……!」
「乗れ!フロッピー!そして雄英のヒヨッコ共!海難救助は迅速が鉄則だ!」
『ありがとうございます!!』
船に乗るのはA組一同、相澤、流女将、エクレーヌとミラミラ、ラグドール、マンダレイ、オールマイト。残りのメンバーは港で待機して、ミラミラの鏡を通して駆けつける方針となった。
出港し、ラグドールで場所を聞いたセルキーは先行すると海に飛び込む。
全速力で離島を目指す梅雨達に相澤が声を掛ける。
「まぁ……本当なら怒らなきゃいけねぇんだが……今回に限っては、やはりお前達が鍵だ」
相澤の言葉に力強く頷く梅雨達。
「だが、次が最後だ。次で逃せば、もう雄英でも庇えん。この状況がすでに特例に近いってことを忘れるな。そして俺は本当に危険だと判断すれば、お前達を縛りつけて撤退する。いいな?」
『……はい!』
「……」
「……オールマイト」
オールマイトは進行方向を見つめて、黙り込んでいる。その後ろ姿に緑谷達が心配そうに声を掛ける。
「……私は……本当に失敗ばかりだ。これで平和の象徴だったなんて情けない」
「そんなことは……!」
「乱刀少女の苦しみが分かった気になって、さらに苦しめてしまった。戦えなくなっただけで、ここまで無力になるとは。本当に情けないよ」
先ほどの刃羅の涙を思い出す緑谷達。
人を殺したことがある。
この事実にこれからどのように向き合っていくかは緑谷達も考えなければいけない。それに自分達だって事故で殺してしまうことだってあり得る。決して他人事ではないのだ。
「……あの刃羅の言葉って実際のところどうなんですか?」
芦戸が相澤に質問する。
「……何とも言えん。嘘とも本当だとも断定する証拠はないからな。それに殺したとしても、どのような状況だったかというのも必要になる」
「刃羅ちゃんのお母さんの命を奪ったヒーローはどうだったんですか?」
「オール・フォー・ワンが関わってたって話だしね」
「……それに関しても証拠がない。それに……そのヒーローは捕まった後、故意だったと自供したらしい。だから、これまで誰も気づかなかったんだろ」
「そうですか……」
「今はまずあいつを説得することを考えろ」
相澤の言葉に頷く緑谷達。
その時、海から水柱が立ち上がり、中からセルキーが飛び出てきて甲板に降り立つ。
「船長!」
「離島に小舟があるのを確認した!だが、ちょっと様子がおかしい」
「というと?」
「おそらく戦闘だ。それもかなり激しい」
『え!?』
セルキーの言葉に目を見開く一同。
「あの離島は無人島だったはずだ。時折漁師が休憩に使うくらいで、こんな夜更けにあんな激しい戦闘をするなんてことはない」
「まさか他のヒーロー?」
「いや、だったら無線で連絡があるはずだ。海域での戦闘は他の船に避けるように常に連絡をしなければならん。それがないってことは、すくなくとも海難に携わる奴じゃねぇ」
セルキーは顔を鋭くして、緑谷の言葉に丁寧に説明する。
嫌な予感がする梅雨達は早く到着することを祈ることしか出来なかった。
そして離島に近づく。
島からは明らかに戦闘音が響いてくる。
「刃羅ちゃん!」
「一体何が……!?」
「お前らは後から来い!エクレーヌ!!」
「もちろん!ミラミラは他のヒーロー達を呼んでからおいで!」
「はい!」
相澤とエクレーヌが先頭で飛び出し、その後ろにマンダレイ、ラグドール、セルキーが続く。その後ろに緑谷達が走り、流女将とシリウスが殿を務める。
走った先で見たのは、
「はーはっはっ!!大人しくしろ!!しろ!!」
「やれやれ……そろそろ大人しく捕まってくんねぇかねぇ」
「いっきなり攻撃仕掛けてきやがって勝手なことばっかほざくなゴラァ!!」
カンパネロとマガクモが刃羅に攻撃を仕掛けている光景だった。
その状況に混乱する相澤達。
「あいつら確か……」
「神野で乱刀さんと一緒にいた人達だ!」
「なんでそんな奴らが乱刀を攻撃してるんだよ!?」
「知るかよ!?」
「刃羅ちゃん!!」
梅雨達の声に刃羅達も気づき、刃羅は顔を顰め、カンパネロ達は目を見開いて驚く。
「だから来るの早過ぎるだろう……!?」
「これは驚いた!!驚いた!!まさか雄英やヒーローが現れるとは!!とは!!」
「おいおい……聞いてないねぇ」
刃羅はあちこちに切り傷を負っており、左脇腹から出血して服に血が大きく滲んでいて荒く息をしている。
「……君達は仲間だと聞いていたが?」
「『金で繋がる』が前に付くがな!!がな!!」
「そうそう……俺達はただお金の回収に来ただけだよ」
「だから何の金じゃ!!前の依頼分は払ったじゃろうが!!」
「いやいや……神野のお金さ。後は長野でのお金」
「はぁ!?」
マガクモの言葉に刃羅は盛大に顔を顰める。
金を払うようなことはしていない。それに自分だってタダ働きなのだから。
するとカンパネロがビシィ!と刃羅を指差す。
「1つ!!お前の回収での人件費!!」
「ホワイ!?」
「2つ!!ラグドールの治療費と受け渡しによるビルの損失!!」
「治療は確かに我の提案だが……」
「3つ!!お前を庇った私の治療費!!」
「おめぇ、あの後も元気だったべ!?」
「4つ!!私達の依頼金だ!!」
「なんでやねん!?」
ラグドールの治療費以外は明らかにおかしいと断言できる。
「計1000万だ!!さぁ払え!!払え!!」
「誰が払いますか!!」
「やれやれ……残念だねぇ」
「お前らの依頼金はアタシじゃなくてステインに請求するアル!!」
「断る!!断る!!」
「そうそう……元々お前さんの紹介だしねぇ」
「どんな理屈かね!?」
カンパネロとマガクモが動こうとした瞬間、閃光が2人に向けて放たれる。
カンパネロが右手を向けるが、何かに気づいて慌てて飛び下がる。
「『個性』が使えん!!使えん!!」
「おいおい……あれ、イレイザーヘッドかよぉ?」
「悪いけどお2人さん。その子はこっちが先客でね。ここは退いてくれないかい?」
「断る!!断る!!」
「やれやれ……悪いねヒーローさん。こっちも仕事なんでね」
相澤が目を見開いてカンパネロ達を睨み、エクレーヌが右手に光弾を生み出しながらカンパネロ達に声を掛ける。
そこに虎達も追いつき、状況に目を見開く。
「おいおい……随分と来たねぇ」
「はーはっはっ!!エスパデス!!どっちか選べ!!選べ!!向こうに捕まるか、こっちに捕まるか!!捕まるか!!」
カンパネロの言葉に顔を顰める刃羅。
(……どういうつもりだ?ドクトラの奴。何がしたい?)
カンパネロ達の目的を考える刃羅。
相澤達から逃がすのが目的なら、戦う必要はない。なのに明らかに殺す気で仕掛けてきた。
意図が読めずに、両陣に警戒する刃羅。
「やれやれ……じゃあ、こっちが貰うよ」
マガクモはナイフを構えて、一気に刃羅に攻めかかる。
刃羅は両腕をロングソードに変えて迎え撃つ。
「ちぃ!」
「おっとぉ!イレイザーヘッド!!ヘッド!!私を無視していいのか!?いいのか!?」
「!!」
刃羅の所に向かおうとした相澤に、カンパネロはすかさず《鎌鼬》を放つ。
エクレーヌが光弾を発射して鎌鼬を相殺しようとするが、光弾とぶつかった鎌鼬は拡散して飛びかかってきただけだった。
「相性悪いね!」
「くそ!」
「刃羅ちゃん!」
相澤はカンパネロを睨みつけ、『個性』を封じる。
その隙にマガクモが糸を束ねて槍のように固め、刃羅に向けて10本近く放つ。刃羅は躱しながら斬り払うが、斬り払ったロングソードが欠けてしまう。
「ぐっ!」
「やれやれ……俺の【
マガクモの《糸》は粘着性、硬度を自在に変えられる。鋼糸を束ねて回転させながら放つ今の技は刃羅の刃を削る。なので【荒刃刃鬼】も通じない。
それを警戒して刃を展開させなければ、カンパネロの《鎌鼬》が飛んできて刃羅の体を斬り刻む。
基本的に刃羅の仲間は、刃羅が苦手な戦い方をする連中ばかりだった。体術が優れていても、どうしようもない攻撃をする連中が多いのだ。
「やれやれ……それにしても愛されてるねぇ。エスパデス。お前さんのためにここまで来てくれるなんてねぇ」
「……うるさい」
「おぉおぉ……地雷だったかな?まぁ、お似合いじゃないか?実際、苦手だろ?人殺し。実際、今までヴィラン相手に突発的に殺してしまっただけって聞いたよ?」
「シャラーップ!!」
「はーはっはっ!!誤魔化すな!!すな!!お前が今まで殺したのは子供や妊婦に襲い掛かっていたヴィランだけだろう!!だろう!!しかも拘束するだけでは間に合わなかったときばかりだ!!ばかりだ!!殺さなければ助けられなかったんだよな!?だよな!?」
「黙りなさい!!!」
マガクモとカンパネロの言葉に、苛立ちを隠さずに怒鳴る刃羅。
その様子にカンパネロ達の言葉が正しい可能性が高いと思う相澤達。
「やれやれ……強情だねぇ。スピナーだっけ?殺そうとしたけど殺せなくて、その隙に逃げようとしたら血で足滑らせて後頭部打って死んだ馬鹿って。それをわざわざ自分が殺したことにするために、首を斬り落としたんだろ?健気だねぇ」
「うるせぇって言ってんだろうがぁ!!!」
目を血走らせて叫ぶ刃羅は、両手を圏に変えてマガクモに殴りかかるが、動きは精細さを欠いていた。そこに糸を絡められて身動きが取れなくなる刃羅。刃で斬ろうとしたが、束ねられた鋼糸で斬ることが出来なかった。
「マガクモォ!!」
「やれやれ……諦めっ!?」
暴れる刃羅にマガクモが近づくと、そこに氷結が走りマガクモと刃羅の間に氷壁が出来る。
「飯田!!緑谷!!」
「おおおおお!!!レシプロ・エクステンドォ!!!」
「やああああ!!!」
飯田が脚を振り抜くと、その足に掴まっていた緑谷がマガクモに向かって高速で飛んでいく。
マガクモが糸を出そうとするが、糸が出ることはなかった。目を見開いて相澤に目を向けると、相澤が目を見開きながらマガクモに迫っていた。
マガクモは刃羅を捕らえていた糸を切り離し、後ろに下がる。
そこに緑谷が思いっきり
「おいおい……今のが子供の放つ蹴りかよ……!?」
「乱刀さんは……連れて行かせないぞ!!」
「下がれ!緑谷!!」
相澤がマガクモに迫る。捕縛武器を振るうが、マガクモもナイフで斬り払いながら対応する。
「やれやれ……そういう武器の挙動は熟知してるよ」
「ちぃ!」
「イレイザー!鎌鼬が行くぞ!」
「っ!」
エクレーヌの声に相澤が後ろを振りろうとするが、マガクモが手を動かしたのを見て動きを止める。
相澤に鎌鼬が迫る。
「黒影!!」
「おおおおお!!!」
「切島君!?」
切島が黒影に投げられて、硬化しながら鎌鼬に突撃する。その腕には盾が取り付けられていた。
緑谷が目を見開き驚いていると、急に切島が空中で止まる。切島の腰には瀬呂のテープが巻かれており、その先は砂藤と障子が握り締めていた。
「っつう~!?」
「大丈夫!?」
「おう!少し切れただけだ!」
「おいおい……ほんとになんて子達よ……」
「バカばかりなんだよ。全く」
「おやおや……そこにエスパデスまで含めるなんて頑張るねぇ」
「あいつらが取り戻すって決めたからな」
相澤とマガクモが睨み合っている間に、刃羅に近づく梅雨や芦戸達。
「刃羅!待ってて!この糸溶かすから!」
「帰るわよ!刃羅ちゃん!」
「……」
芦戸が刃羅に絡まっている糸を溶かしていく。
梅雨が刃羅に声を掛けるが、刃羅は顔を顰めるだけだった。その間に他のA組の面々も近づいてくる。
「大丈夫!?刃羅ちゃん!!」
「もう大丈夫だぞ!!乱刀くん!!」
「心配かけんじゃねーっての!」
「後はあいつらだけだな」
「ぶっ殺す!!」
「……私を捕まえに来たのだろうに……何をしているのだ……」
刃羅を背に庇い、マガクモやカンパネロを睨みつけるA組の面々。
それに更に顔を顰めて、唸る様に声を絞り出す刃羅。
「流石に2人ではキツイか!!キツイか!!」
「うんうん……イレイザーヘッドがいるのは厳しいねぇ」
「こっちには鎌鼬が跳ね返されてしまう!!しまう!!それにピクシーボブが厄介だ!!厄介だ!!」
「残念だったね!」
「風ならこっちのもんよ!」
カンパネロの言葉に不敵に笑うのはピクシーボブとローテリア。
ローテリアの《回転》は動いているものであれば対象に出来る。《鎌鼬》を回転させてカンパネロに投げ返し、ピクシーボブの《土流》で周囲に土魔獣や土壁を作り出し、カンパネロの動きを阻害していた。そこにエクレーヌやエクトプラズムの分身が襲い掛かってくる。モリアガの《声援》でパワーが上がっているので、更に厄介さが増していた。
しかし、内心ヒーロー達はカンパネロの実力に舌を巻いていた。逆にこれだけの攻撃を仕掛けているのに、未だに傷1つつけられていない。
「しかし!!このままでは帰れん!!帰れん!!」
両手をクルクルと回すとゴォウ!!と音を立てて風が渦巻き、両腕を振り上げて一気に振り下ろす。
巨大な鎌鼬が緑谷達に向かって放たれた。
「っ!しまった!?」
「危ない!」
ピクシーボブとローテリアが巨大な鎌鼬に目を向けるが、エクレーヌが2人を引っ張り後ろに下げると、2人がいた場所に小さな鎌鼬が飛んでくる。
巨大な鎌鼬の接近に緑谷達は考えていた。
「まずくない!?」
「俺がまた行く!」
「そのデカさは無理だろ!?」
「氷で防ぐ!どけ!」
轟が氷結を放つが、壁を作り切る前に砕かれてしまう。
「くそ!」
「常闇!!黒影は!?」
「あれを防ぐとなると確実に暴走する!!危険だ!」
「まずいよ!?来るよ!?」
「ちぃ!!やっぱ俺が!!」
切島が硬化して前に出ようとすると、その上を飛び越える影があった。
その影はギリィ!と音が響くほどの歯軋りをして体に力を籠める。そして両腕をロングソードに変え、両前腕に鎌を生やして、空中で両腕を振るう。更に全身を刃で覆い、全身を振り回し空中でブレイクダンスを踊る様に舞い、鎌鼬を斬り払う。
「ハアアアァァ……!」
「乱刀……!」
「刃羅ちゃん!」
ズシャン!と重厚感ある音を響かせて着地し、息を吐く刃羅。
その姿に切島達は目を見開く。
「はーはっはっ!流石だな!!だな!!」
「こ奴らは余の獲物……!勝手に手を出すな。殺すぞ下民!!」
ギラン!とカンパネロを睨む刃羅。
本気の殺意を感じ取ったカンパネロは、一瞬目を見開く。
(今のは本気だな。やはりお前は……。なるほど……そういうことか)
「はーはっはっ!流石にそのお前とイレイザーヘッド相手にはもう限界だな!!だな!!」
「やれやれ……任務失敗だねぇ」
「しかしエスパデス!!お前への請求は無くなったわけではない!!ない!!いずれしっかりと払ってもらうぞ!!もらうぞ!!」
「逃げれると思うのかい?」
エクレーヌ達が飛び掛かろうとすると、カンパネロは右手でエクレーヌ達に向けて巨大な鎌鼬を放ち、続いて相澤と緑谷達に向けて小さな竜巻を放った。
ローテリアが鎌鼬に手を伸ばして、回転させようとした時、強力な閃光が輝く。
「っ!?また閃光弾!?」
「ローテリア!!鎌鼬は!?」
「行けます!」
「上に飛ばして!!」
閃光に目を閉じたローテリアは言われるがまま両手を上に振り上げて、鎌鼬を上に飛ばす。
竜巻と閃光に目を細めてしまった相澤は、マガクモに糸を伸ばして逃げられてしまう。それに顔を顰めた相澤だが、竜巻を見てそっちの対処に向かう。
竜巻を目の前にした刃羅は、竜巻目掛けて走り出す。
「刃羅ちゃん!?」
「それは無茶だろ!」
梅雨達の声を無視して竜巻に向かう刃羅は、両腕の鎌とロングソードを戻して、両腕をフランベルジュに、両脚を揃えてスパイラルカッターに変えてコマのように高速で回転する。
そして竜巻に突撃し、せめぎ合う。
しかし20秒ほどで体を持ち上げられ、吹き飛ばされる。
「刃羅ちゃん!!」
「竜巻が弱まった!!轟君!!かっちゃん!!」
「分かった!!」
「命令すんな!!クソナードォ!!」
梅雨が刃羅に向かって走り出す。緑谷は竜巻が弱まったのを見て、轟と爆豪に声を掛ける。
それに轟が氷結を放ち、爆豪が飛び出して竜巻に向けて右手を叩きつけるようにして爆破する。氷結と爆破で竜巻は霧散する。
カンパネロとマガクモは姿を消していた。
しかし、今は全員がそれどころではなかった。
「刃羅ちゃん!!しっかりして!!」
「乱刀さん!!目を開けてください!!」
刃羅は仰向けに倒れていた。全身傷だらけで、特に左脇腹と両腕からの出血が酷かった。
「ハッ……ハッ……あ…ぐ……コフッ!……」
「動くな!!すぐに病院に連れて行く!!」
「刃羅さん!ジッとしてください!!」
「は……なせ……」
浅く速く息を吐く刃羅は目を開け体を起こそうとして、吐血してまた倒れる。しかし、すぐにまた動こうとして相澤と流女将に止められる。それでも動こうとし、相澤達から離れようとする。
そこにミラミラとモリアガ、虎が鏡を抱えてやってくる。相澤達が刃羅を抱えて鏡の中に飛び込んでいく。
「刃羅ちゃん!」
「大丈夫よ」
梅雨達が慌てるが、マンダレイが制止する。
「病院は手配してあったからね。そこに鏡を繋げたから、もう治療を受けているはずだよ。明日には面会させてもらえるはずだよ」
「……よかったわ」
「それにしても……色々と厄介な状況になったね」
「敵連合とあの2人から守っていかなければならんな」
「それに本人もまだ荒れそうだしね」
「とりあえず港に帰るぞ。あの閃光弾で誰か来るかもしれん」
セルキーの号令で船に戻る一同。
梅雨達は病院を教えてもらい、明日病院に集まることになった(爆豪以外)。
オールマイトは船で待機していたが、もはやパニック状態だった。緑谷達が宥めて、刃羅の事を聞いて顔を真っ青にして座り込んでしまう。しかし、他の者達も達成感がないため、悔し気に顔を歪めたまま帰路に就く。
梅雨や百達は甲板に座って、黙って海を眺めていた。
「フロッピー」
「ケロ……船長……」
セルキーとシリウスが梅雨達に近づいて来た。
「船長。本当に助かったわ。何度お礼を言っても足りないほどだわ」
「よせやい。まだ終わってねぇだろ」
「ケロ?」
「あいつがお前の傍に帰って来て、ようやく成功だ。分かってんだろ?ありゃあ、これからが大変だぜ」
梅雨の頭を撫でながら、語り掛けるセルキー。
目尻に涙を溜めていた梅雨は、その言葉に少し俯くもしっかりと頷く。
「俺達が出来るのはここまでだ。いい報告、期待してるぜ?」
「……ええ!絶対に繋ぎ留めて見せるわ!」
「その意気だ!」
「頑張ってね!梅雨ちゃん!」
「ケロ!」
涙を拭いて力強く頷く梅雨。それにセルキーとシリウスも笑顔で頷く。
港に着港し、一度解散となる梅雨達やヒーロー達。
梅雨は家に帰る前に、刃羅と来た砂浜に顔を出す。
なんとなく足を運んだが、今はその理由がよく分かる。
ここでの刃羅との会話を思い出していたからだ。
「……止められなかったわ。ずっと刃羅ちゃんは苦しんでいたのに」
今更ながらに理解したのだ。あの時の言葉こそが刃羅のSOS信号だったのだと。
恐らくだが、今まで刃羅は本気で助けを求めたことなどないのだろう。そう梅雨は考える。
林間合宿での洸汰に話した内容は拳藤やマンダレイから聞いている。
ヴィランだった母は刃羅の『個性』で苦しんでいた。首を絞めてしまうほどに。そんな母に助けを求められるわけはない。
ヒーローだった父は虐待していたどうかは分からないが、助けを求めても、どうしようもなかったのかもしれない。妻がヴィランだったことを誰かに伝えても、逮捕されるだけだろう。刃羅を隔離するのも出来なかったに違いない。刃羅に罪はないし、施設に入れるにしても母の事がいずれバレることは想像がつく。家族を守るために、ヒーローとしてあるために雁字搦めになって、最悪の結果を招いてしまったのだと梅雨は考える。
両親を失った刃羅の味方は少なかったのだろう。体育祭で叫んでいたように、ヒーローとヴィランと言う存在が両親を奪い、そのきっかけが自身の『個性』だ。洸汰のように全てを恨んで当然である。洸汰と違ったのはその恨みを受け止めてくれる人がいなかったこと。恨むことを諦める程に。
そんな刃羅にとって、『英雄回帰』を掲げてヒーローもヴィランも粛清していたステインと言う存在は、オールマイトが世の中に現れたときに近い衝撃だったに違いない。
手を伸ばすのも当然だろう。誰が責められるのだろう?
刃羅はただ『ヒーロー』に手を伸ばしただけだ。助けを求めただけだ。そしてステインもそれに答えただけ。
「刃羅ちゃんは人を殺した。でも、それは誰かの命を守るため……」
それはここでも言っていた。
『誰かを助けるためには、殺しこともやむを得ない』と。そして船でオールマイトからも話を聞いた。『彼女は私を助けるために殺す覚悟を決めた』と。
殺す事は間違っている。しかし、そうしなければ助けられなかったとしたら?
自分だったらどうするのだろうと梅雨は考える。
「違うわ……。どうするのかなんて考えてる時点で、ヒーローとしては遅れてるのね」
そこが刃羅や緑谷と己との違い。
絶対に曲げられないことにすぐさま動く。ただ結果が違うだけ。
緑谷は『自分が代わりに傷ついても弱き人を守る』。
刃羅は『敵の命を奪ってでも弱き人を守る』。
もちろん、そのままではいけないから雄英で学んでいる。
「けど、刃羅ちゃんはそれでは救えない人が多いと思ってしまったのね。だから、雄英を去ることにした」
良くも悪くもまっすぐだっただけ。緑谷や爆豪よりも不器用なのだ。けど、それを理解してもいる。だから1人で消えた。
「……私は刃羅ちゃんに何が出来るか分からない。だからって、何もしないなんて出来ない。少なくとも傍にいる事は出来るわ」
梅雨は決めた。
「世間の言う『ヒーロー』としては間違っているかもしれないわ。それでも私は私が正しいと思う道を進む。刃羅ちゃんと並び立つために」
梅雨は両手を強く握る。
「例え刃羅ちゃんに恨まれたとしても……それでも、私は諦めないわ。だって、傍にいて欲しいのだもの」
梅雨は明日に向けて備えるために帰路に就く。
「私は刃羅ちゃんと、親友になりたいの」
覚悟を言葉にして、梅雨は刃羅と向かい合う。