ステインの弟子は多重“刃”格で雄英生   作:岡の夢部

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#35 居場所

 翌日。

 爆豪を除いた梅雨達は、教えてもらった病院に集まっていた。

 エントランスにエクレーヌと流女将が待っていてくれた。

 

「おはようございます」

「おはよう諸君。少しは休めたかい?」

『おはようございます』

「……刃羅ちゃんはどうかしら?」

 

 挨拶をして、さっそく梅雨が状況を聞く。

 それに流女将とエクレーヌは眉尻を下げる。

 

「怪我は大丈夫だよ。腹部には少し傷跡は残るけど、後遺症はない。リカバリーガールも来てくれたからね」

「ただ……一言も話しません。イレイザーや私達が交代で監視しているので、逃げ出すような素振りはないですが」

「拘束もしているから、嫌な気分ではあるだろうしね」

「……そう」

 

 刃羅は両手脚を拘束されているが、暴れることもなく大人しくしている。しかし一切声を発さず、どんなに質問しても目を瞑って横になっている。食事も食べていないとのこと。

 それに梅雨達は心配で顔を曇らせる。

 

「残念ですが、やはり私達の言葉は届かないようです」

「アラジンはやはり私達ヒーローへの失望はぬぐえない様だ」

 

 流女将は悲しそうに目を伏せ、エクレーヌはそれを誤魔化すように苦笑する。

 それに考え込む緑谷達。自分達は何を伝えられるだろうかと。

 

「刃羅ちゃんは、ただまっすぐなだけ。誰よりも『誰かを救うため』に考えてると私は思うの」

「梅雨ちゃん……」

 

 梅雨が指を口の下に当てながら、考えを語る。それに緑谷達が目を向ける。

 

「『ヒーロー』という存在は刃羅ちゃんにとって、とても重いモノなんだと思うわ。【職業】ではなく【存在】として『ヒーロー』を見ているの。そして追い詰められていた刃羅ちゃんにとって、一番のヒーローがヒーロー殺しだったのよ。ヒーローとヴィランが信じられなかった刃羅ちゃんにとって、ヒーロー殺しこそが私達にとってのオールマイトなんだと思うわ」

「……なるほどな」

「でも、それだけでは解決に繋がらないことも理解しているのよ。だから、迷ってるのだと思うわ」

「迷ってる?」

「ケロ。上手く言えないのだけど。ずっと苦しんでるのだと思うわ」

 

 梅雨の言葉にまた考え込む緑谷達。

 答えは出ていないが、とりあえず刃羅のいる病室に向かう一同。刃羅は個室に隔離されていた。扉の前にはフィクスマンとミラミラが待機していた。

 病室はかなり広く、楽々A組面々が入る余裕があった。

 

 刃羅は部屋の中央のベッドに寝かされていた。両手脚を拘束されていて、相澤がその横の椅子に座っていた。ドアの近くにはオールマイトも座って俯いていた。

 刃羅は梅雨達が入って来ても、目を瞑ったまま反応しなかった。

 梅雨達は刃羅のベッドを囲む。

 

「刃羅ちゃん」

「……」

「昨日からこの調子でな。まぁ、仕方ねぇことだがな」

「ケロ……」

 

 梅雨は刃羅に近づき、刃羅の手に自分の手を重ねる。

 

「昨日ね、プールの帰りに刃羅ちゃんと行った海に行ったの」

 

 梅雨は独り言のように話しだす。

 

「そこで刃羅ちゃんの言葉を思い出したの。『誰かを助けるためには、殺す事もやむを得ない』『もしもの時は止めてくれ』。その意味が今更ながらに分かった気がするの」

「……」

「刃羅ちゃんは……両親の事が大好きだったのね。お父さんはもちろん、お母さんの事も。だから、今も苦しんでる」

 

 梅雨の言葉に全員が耳を傾ける。

 

「『エスパデス』、そして『スライシス』。響きも意味もよく似てるわ。いつから名乗り始めたのかは分からないけど、きっと誰かを助けるために命を奪った時だと私は思うの。刃羅ちゃんのお母さんが自分を殺そうとした理由を忘れないために。自分もいつか殺されることを覚悟して」

「……」

「ヒーローに固執してたのはお父さんがヒーローだったからだわ。自分達を守ろうとして1人で頑張って、それでも倒れてしまったお父さんの職業を……汚されたくなかったから。見返りを求めず、名誉を求めず、ただ助けを呼ぶ声に応える。きっとお父さんはそんな人だったのよね?」

「……」

「『マイスタード』。家に帰って少し調べたんだ」

 

 今度は緑谷が口を開く。

 

「マイスタード。調べたらさ……事務所もなければ、サイドキックも雇っていなかったことが分かったんだ。『お金がないから』って取材で答えてたけど……それはヒーローで得た報酬は全て孤児院やヴィラン事件の被害者の支援に無名で寄付してたからだったんだ。マイスタードは、ヒーロー活動も生活も全て副業だけで賄っていたんだってネットの古い書き込みがあったよ」

 

 緑谷の言葉に梅雨達や相澤、オールマイトも含めて驚きに目を見開く。

 ヒーローの給料は歩合制。だからこそヒーロー達は事件解決に競争のように走る。副業なんて微々たるもので、それで全てを補うなんて無理に決まっている。

 

「きっとマイスタードは本当に眠る暇もないほどギリギリだったと思うんだ。そんな中でヴィランだったお母さんや乱刀さんも守っていこうとしていたんだ。……凄い人だったんだね」

 

 緑谷は両手を握り締めて俯く。

 

「……せやけど、この社会はそんなお父んを馬鹿にしよった」

 

 刃羅は目を開けて、声を上げる。

 

「刃羅ちゃん……」

「家族と人のために自分をギリギリまで追い込んで頑張っていた父を、周囲は鼻で笑い、または憐れんだ。オールマイトのように常に笑顔を浮かべて走り回っていた父を、この社会は『ヒーローとしては普通以下』と烙印を押す。見返りも名誉も求めず、ただ人助けに命を賭けていただけなのに。事務所がなく、サイドキックが雇えないという事実だけで。その理由も知ろうとせずに」

 

 その言葉で刃羅が父親を尊敬していたことが伝わる。

 

「ただ……その信念のために、おいらとお母が苦しんだんも事実だべ。お父が家に帰ってきたのなんて、月に1回くれぇだったべ。けんど、お父の笑顔を見れるのが嬉しかっただよ」

「……家族を守ろうとすれば他の苦しむ人を取りこぼし、その人達を救おうとすれば家族が苦しむ。……ジレンマだな」

 

 飯田が顔を顰めて、マイスタードの苦悩を思い浮かべる。

 間違ってはいないが、間違っている。素晴らしいことだが、どうしようもなく愚か。

 立場が変わるだけで大きく評価が変わってしまう。

 

「母は父を支えようと必死に働こうとするが、ヴィランとして顔がそこそこ知られていたことが邪魔をする。偽名を名乗っても、すぐにバレてしまい、家を転々とした。かと言ってヴィラン仲間を頼るわけにもいかん。それこそ父の邪魔になる」

「……ヴィランに引退はねぇからな。スライシスは自首しても確実に無期懲役だ。耐える以外になかった…か」

 

 一度犯した罪は消えない。

 それによって普通の幸せを得ることが出来なくなってしまった。

 

「父を支えられず、犯した罪を自責する母にとって、吾輩は……母とほぼ同じだった吾輩の『個性』はまさしく【罪の象徴】だったのである。それでも『娘だからと』必死に耐えて、吾輩を育てていた」

「……だから刃羅ちゃんは誰にも助けを求められなかったのね。お父さんは家にいないし、お母さんは更に苦しめてしまうだけだった」

「そして、それは乱刀さんの御両親も同じだったのですね」

「そこをオール・フォー・ワンがつけ込んだ」

「儂は……首を絞められた時、母になら殺されてもいいと思った。されど、その思いが最悪を呼び寄せた」

 

 運良く、または運悪く父が帰って来て、母を止める。止められたことで自分がしていたことに気づいた母は家を飛び出し、暴走させられる。そしてヒーローに殺されてしまった。

 それを刃羅もマイスタードも己を責めたに違いない。

 その2日後に事件が起きた。マイスタードの死だ。

 

「家の近くでぇヴィランが現れてぇ、私はぁ父さんを送り出したのぉ。ヒーローだからぁ。それがぁまた最悪を呼んだのぉ」

 

 ヒーローである父を尊敬していたからこそ、自分が我慢して耐えればいいと思った。困っている人達の所に行ってほしいと思った。ただそれだけだったのだ。

 しかし父は帰って来なかった。母の元に旅立った。それを責めることは刃羅には出来なかったのだ。

 

「だから刃羅ちゃんは、家族を苦しめ、家族を奪った『ヒーロー』と『ヴィラン』という存在を恨んだのね。そして、それを可能とし、家族を苦しめた『個性』も。そしてそんな時にヒーロー殺しの存在を知ったのね」

「『英雄回帰』。もしそれが為されれば、それはアラジンにとって『マイスタードは真の英雄だった』と社会に認めさせることになる…か」

「命を賭けるには十分やよって。マイスタードを『ヒーロー』やと認めさせたれば、母様の死は無駄にならへん。そのためにわっちの『個性』を使い潰すと決めたんや」

 

 刃羅は拘束された腕を持ち上げて、両手を見つめる。

 

「この血濡れた手では、例え贋物でも『ヒーロー』なんて名乗れないわ。だからヴィランとされようとも、母が憎んだ【罪の象徴】になろうとも、私は『本物のヒーロー』を取り戻す。だから……もうぶぅ!?」

 

 いきなり刃羅の顔を梅雨が両手で挟む。

 そして刃羅の顔を覗き込むように顔を近づける。

 

「つ、梅雨ちゃん!?」

「勝手に決めつけないで」

 

 梅雨は更に力を込めて刃羅の顔を掴む。

 

「誰かを救うために血に染まったから名乗れないなんて、そんな安っぽいモノは『英雄』なんかじゃないわ。それに刃羅ちゃんが犠牲になって、取り戻した『英雄』なんて私は認めないわ。だって刃羅ちゃんが救われてないんだもの」

「……」

「……蛙吹さん」

「私は刃羅ちゃんが傍にいないと嫌。刃羅ちゃんが犠牲になるなんて許せないわ。例えそれで傷つく人がたくさん出ても、私は嫌よ」

「……そうやって死んでいくのだ」

「死なないわ。だって、ここには皆がいるんだもの。刃羅ちゃんの御両親とは違うわ。ここにいる皆で刃羅ちゃんも苦しんでいる人達も助けるわ。マイスタードとは違う。1人じゃないわ」

 

 梅雨の言葉に緑谷達も頷く。

 刃羅の過去を知っても、刃羅に手を差し伸ばすと決めた。ならば1人で苦しむことはない。

 

「私達が刃羅ちゃんの居場所になる。だから……まだ全てを見捨てないで」

 

 刃羅は梅雨をまっすぐに見て、目を瞑る。

 

「……どっちにしろ私は囚われた身。好きに決めればいいわ」

「雄英に帰るわよ。刃羅ちゃん。皆で考えましょう。『ヒーロー』とは何かを」

 

 梅雨の言葉に緑谷達が頷く。

 相澤達はそれを後ろで聞いていた。

 

「……いい子達が揃っていますね。A組は」

「……それ故に様々な壁にぶつかる。今回は特に響くだろうね」

「それをいい方向に手助けするための俺達です。まぁ、手が焼き過ぎる連中ばかりですがね」

「全くだね」

「だからこそ、期待したくなる。こいつらがどういう『ヒーロー』になって行くのかを」

 

 相澤はゆっくりと梅雨達に近づく。

 

「さて、乱刀の処遇についてだが、全寮制になったことで乱刀を保護・監視がしやすい環境にもなった。だから乱刀には基本的にはこれまで通り雄英に通ってもらう」

「よっしゃ!」

「よかったぁ!!」

「乱刀。お前には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仮免試験にも出すからな。落ちたら反省文かつ留年だ」

「……」

 

 相澤の言葉に上鳴と芦戸がハイタッチをする。刃羅は顔を顰めて相澤を睨む。

 

「で、ヒーロー殺しに関してだが……」

「何も話す気はねぇ」

「だろうな」

 

 期待はしていなかった相澤。

 結局刃羅を説得したわけはないのだから仕方がない。

 とりあえず繋ぎ留めれただけでも良しとするべきだと考える相澤だった。

 

「丁度いいことに明日は入寮日だ。全員、程々で帰れよ」

『はい!』

 

 こうして何とか刃羅を繋ぎ留めたA組だった。

 

 

 

 

 

 昨日。深夜。とあるビル。

 

「お疲れ様です。お2人方。どうでしたか?」

「駄目だった!!だった!!」

「やれやれ……まさか雄英やヒーロー達がなだれ込んでくるとはねぇ」

「そうですか。それは残念」

「どこが残念だ!!残念だ!!ドクトラ!!お前はこうなると思っていただろ!!だろ!!」

「まさか。そこまで早く駆けつけるとは思っていませんでしたよ」

 

 カンパネロ、マガクモの言葉にドクトラは肩を竦める。

 ドクトラは2人を椅子に座らせて、自ら紅茶を淹れる。

 

「ところで!で!刃羅を雄英に戻らせるとは何がしたい!?したい!?」

「おいおい……やっぱりそういうことだったのかよ」

「おかげであいつから本気で睨まれたぞ!!たぞ!!」

「それは申し訳ありません。ただ、これはステイン様からの依頼でしたので」

 

 ドクトラの言葉に目を見開くカンパネロ達。

 ドクトラは微笑んだまま紅茶を一口飲む。

 

「今回の依頼料などは後程お振込みします。これで刃羅さんはまたしばらくは雄英にいることが出来るでしょう」

「やれやれ……手の込んだことだねぇ。まぁ、随分と無茶な依頼だと思ったけど」

「おかげで刃羅の地雷をガンガン踏んだな!!だな!!」

 

 カンパネロとマガクモは依頼を受けたときに、なんとなく目的を予想していた。だから、わざと刃羅が悪ぶったり、意固地になっている理由となる部分を暴露したのだ。

 それを雄英やヒーローに聞かせることで、刃羅が戻りやすくするために。

 

「それは……怒るでしょうねぇ」

「しかしステインは何がしたいのだ?のだ?」

 

 ドクトラは刃羅の怒りを予想する。しばらくは連絡しない方がよさそうだと決める。流石にその地雷はドクトラでも中々踏めない。

 そんなことを考えていると、カンパネロが首を傾げてステインの依頼してきた理由を聞いてきた。

 それにドクトラは紅茶を置く。

 

「オール・フォー・ワンとの戦いで、叱咤された仕返し……またはお礼ですかねぇ。オールマイトのあの姿には流石に驚かされましたし」

「うんうん……あれは驚いたねぇ」

「刃羅さんの御両親のこともありましたし」

「あれは驚いたな!たな!」

「最近、刃羅さんが悩んでいたのも知っていたようですし、もう一度突き放して自分の考えを見つめ直せということでしょう」

「おやおや……思ったよりしっかり弟子を見てるんだねぇ」

 

 ステインの親心にマガクモが意外とばかりに目を見開く。

 それにドクトラも内心同意する。まさかステインがそんな依頼をしてくるとは思っていなかった。

 

「まぁ、刃羅さんはまだ若いですし、色々と多感な時期ですからね」

「あいつは良くも悪くも純真だからな!からな!ヴィランとヒーロー両方を良く知った方がいいだろうな!ろうな!」

「そういうことです」

「やれやれ……何だかんだで俺達もあいつの選ぶ道を尊重したいってことか」

「あいつに捕まるならまだ納得出来るからな!からな!」

「妹分と思われてることに気づくのはいつでしょうかねぇ」

 

 3人は苦々しく顔を顰める刃羅の顔を思い浮かべて笑う。

 

 良くも悪くも純真。

 理想を追い求めて走り続ける刃羅の行く末を見たいと思うようになっているドクトラ達。

 

 刃羅本人も気づかない間にたくさんの居場所が出来ている。

 

 それに気づくのはいつか。気づいた時にどんな反応をするのか。

 楽しみな3人だった。

 

 




とりあえずは元鞘?に。
しかし、まだまだ刃羅はステインの思想を追い求めています。

今回の決着にモヤッとする方も多いかもしれません(-_-;)

最終的にどのような道を刃羅は進むのか。もう少し見守って頂きたいと思います。

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