インターン説明会の翌日。
爆豪も復帰して、全員が揃った。
「えー……1年生のインターンですが、昨日協議した結果、校長を始め多くの先生が『やめとけ』という意見でした」
HRでの相澤の説明に切島は残念そうに声を上げる。
「えー!あんな説明会までしてもらったのに!」
「でも、全寮制になった経緯を考えれたらそうなるか」
「ざまぁ!!」
上鳴も残念そうだが、現状を考えると仕方がないかと納得し、仮免を取得できなかった爆豪が嬉しそうに声を上げる。
「が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針として『インターン受け入れの実績が多い事務所に限り、1年生の実施を許可する』という結論に至りました」
「クソが!!」
相澤が告げた方針に爆豪が悔し気に叫び、他の者達は職場体験で受け入れてもらったヒーローの事を思い浮かべる。
「船長はどうなのかしら?」
「ガンヘッドさんはどうなんやろ?」
「私、指名なかったからなー」
それぞれインターンの事を考えながら、その日の授業をこなす一同。
そして放課後となり、寮に戻って早速とばかりに動き始める梅雨達。
しかし、
「あぁ~……」
「どうしたの?麗日」
「ガンヘッドさんとこ、インターン駄目やった~」
「船長も駄目だったわ。直接お礼を言いたかったのだけど……」
「セルキーさん?あぁ~、そうだよね。刃羅の事でお世話になったもんね」
「ええ」
ソファでだらけながら話す女性陣。
刃羅は砂藤が作ったお菓子をハムハムと食べている。
「ウワバミも無理でしょうし……」
「職場体験で学校がオファーした事務所も怪しいよね~」
「やっぱり流女将さんにお願いすべきかなぁ?」
「いきなりは駄目でしょ。流石にもう少し自分達で動かないと」
百はため息を吐きながら頬に手を当て、葉隠が唸りながら職場体験で行った事務所の事を思い出し、芦戸がソファにもたれながら流女将の手紙の事を思い出し、それに耳郎が指摘する。
「結局刃羅ちゃんはどうなるのかしら?」
「行けへんなら行けへんでかまへんて」
「それはもったいないですわ」
「でも、困ったよね~。私達、誰もインターン受け入れ先ないじゃん」
「職場体験先決める時にインターンのこと言ってくれてたらなぁ」
「それは指名が無かった私達への嫌味かー!」
「え!?ご、ごめん!?」
麗日が眉を顰めて体育祭直後のことを思い出して呟くと、スカウトが無かった芦戸が叫び、慌てて謝罪する。
その後もインターンの話で盛り上がり、爆豪がキレて怒鳴り、轟がどこか寂しそうに緑谷達を眺めていた。それに緑谷達が慌てるという騒ぎがあったが、刃羅は遠巻きにカップ麺をすすりながら、それを眺めていたのだった。
翌日の昼休み。
食堂に向かおうとした梅雨と刃羅達に声を掛ける者がいた。
「あ!いたいた!ねぇねぇ!蛙吹さん!麗日さん!」
「乱刀、八百万」
「ケロ?」
「あ、波動先輩?」
「ほえ?」
「相澤先生?」
ハイテンションでねじれが梅雨と麗日に、ローテンションで相澤が刃羅と百に声を掛ける。
ねじれは2人に顔を近づけて、話しかける。
「ねぇ!2人はインターン先決まったの?職場体験のヒーローはオッケーだったの?ねぇ、教えて?」
「ケロ?2人とも駄目でした」
「どうしたんですか?」
「じゃあね、私が行っている所はどう?楽しいよ?2人は面白そうだと思ったの!不思議~!」
「不思議なんですか?」
ねじれの畳みかけるような会話に押され気味の麗日。しかし、インターンのお誘いには興味がある。
「で?そっちはなんじゃ?」
「まぁ、同じくインターンに関してだ」
「え?」
相澤の言葉に首を傾げる2人。
刃羅はインターンへの参加に関してはまだ何も許可されていない。それに関してだとしても、そこに百を呼ぶ理由が分からない。
「蛙吹さんは……」
「後でお前から伝えてくれればいい。蛙吹は波動の話を聞いておけ。せっかくのお誘いだ」
「……ケロ」
「それに波動が誘っているだけで、まだインターンが出来るか分からないんだ」
「……分かったわ」
「じゃあ行こ!」
「俺達も行くぞ」
それぞれに分かれて、話を聞くことに。
刃羅と百は面談室に連れていかれる。
椅子に座ると、相澤は早速と本題を話し始める。
「さて、インターンについては昨日話したな」
「受け入れ実績が多い所のみでの実施を許可する、ですね」
「そうだ。そして乱刀についてもある方針が決まった」
「わっちの?許可出はったん?」
「ああ。現在お前に対して、あるヒーローからインターンの受け入れを希望されている。まぁ、スカウトだな」
「スカウトですか?」
「希望したのはナイトヒーロー、ヴァルキリ。エクレーヌの同期で……マイスタードのはとこだそうだ。つまり、乱刀の親戚ということになる」
「「!?」」
目を見開く刃羅と百。
2人もヴァルキリの名前は知っているからだ。
「職場体験ではチームアップでの仕事のため、受け入れが出来なかったそうでな。エクレーヌから話を聞いて、かなり後悔しているらしい」
「……だから、そこでと?」
刃羅は顔を顰めて腕を組む。
「お前の場合は他の生徒と状況が少し違う。それは理解してると思う」
「そらぁなぁ」
「敵連合、そしてカンパネロ達の襲撃の可能性を考えると、受け入れ実績が多いだけではお前の安全が確保されない。しかしヴァルキリは実力もあり、更に流女将とエクレーヌもお前のインターン時にはチームアップで護衛を担当する。しかもヴァルキリの所にはBIG4の1人、変衝がインターンを行っている」
「最後の情報がどうしても受け入れられねぇべさ!」
「それに私が呼ばれた理由は何でしょうか?」
好女の名前に刃羅と百は盛大に拒否感を露わにする。しかし、今までの話だと百が呼ばれた理由が不明だった。
「お前を1人で行かせるのも不安でな。だから監督役である蛙吹か八百万のどちらかの受け入れを条件に出した。それに向こうが指定したのが八百万だったんだ」
「……つまり私は乱刀さんの監督役兼抑止力だと?」
「もちろんお前の成績や『個性』で判断されたことだ。確かにもう1人誰かいれば、よほどのことが無ければ暴走も逃走もしないだろうとは考えたが、それは俺の目論見だ。ヴァルキリは断ることも出来たからな」
刃羅と百は眉を顰めて考え込んでいる。
それに相澤は当然とばかりに頷く。
「すぐに決めろとは言わん。それに本題はもう1つある」
「もう1つぅ?」
「今週末、顔合わせということでヴァルキリに会ってもらおうってことになった。流女将も同行する。久々の外出でもある。インターンをするしないはともかく気晴らしにはなるだろう」
「逃がす気ないのです」
「まぁ……向こうがかなり強く希望しているからな。ただ……親戚ということに対して、お前が思うところがあるとは思ってる」
「……」
刃羅の両親が死んだ5年前、ヴァルキリは間違いなくヒーローとして活動をしていた。その頃はまだ新米でサイドキックだったが、マイスタードについては知る機会あったはずだ。しかし、ヴァルキリは刃羅を見つけられなかった。もしくは……見つけていたが手を伸ばさなかった。
どっちであっても刃羅にとってはどうでもよかったが。あの時、姿を見せなかった時点で手を伸ばさなかったことと同義であるからだ。
正直、今更という思いしかない。謝罪されても、言い訳されても、何かが変わるわけではない。
「……」
「何を話すかも、どうするかも、お前で判断してくれて構わん。別にインターンはすぐに始めなければいけないわけじゃないしな。それに八百万は乱刀に関係なく、行きたいと思うならば積極的に行け。後で乱刀が行きたくなっても、お前が行っているなら俺達が止める理由はない」
「……はい」
「話は以上だ」
「あの……週末の外出、蛙吹さんは……」
「別に構わんが、波動のインターンも恐らく週末での面談になるはずだ。そこはしっかり考えさせろ」
「はい」
「……」
刃羅は俯いて考え込むように黙ったままだった。
百は心配そうに見つめるが、声を掛けることは出来なかった。
その後、食堂で食事を摂り、午後の授業を受ける。
その間、刃羅は黙ったままで他の者達も心配そうに見つめるのだった。
そして授業が終わり、寮に戻る。
刃羅は部屋に閉じこもり、1階には降りてこなかった。
流石に気になりすぎて、百や梅雨から話を聞くことにした緑谷達。
「ナイトヒーロー、ヴァルキリが乱刀さんの親戚!?」
「それでスカウトを受けていて、週末に会うってことか」
「はい」
「ケロォ。困ったわ。波動先輩のインターンのお誘いと被ってるの」
「そうなんよねぇ」
「普通なら良い事なんだろうけどなぁ」
「微妙なタイミングだよね」
梅雨と麗日はねじれのインターン先を訪れる約束をしてしまっていた。もちろん約束した以上、今更キャンセルは出来ないがどうしても気になってしまう。
芦戸と耳郎、そして緑谷達も百や梅雨の不安を理解しており、悩まし気に顔を顰める。
「マイスタードの話になるんだろうけど……」
「乱刀くんにとっては地雷になりかねないな」
「親戚でヒーローだものね。ある意味、刃羅ちゃんにとっては一番許せない存在かもしれない」
梅雨の言葉に全員が頷く。
そこに意外な人物が声を上げる。
「けど、それはヴァルキリにとってもそうかもしれねぇ」
「轟君?」
轟だった。
轟は俯きながらも言葉を続ける。
「ヴァルキリもマイスタードや乱刀の事で、後悔してることがあるかもしれねぇ。それをずっと引きずってるかもしれねぇ」
「……そうですわね」
「良いか悪いかは……会ってみないと分からねぇ。長い時間がかかったからこそな」
「轟君……」
緑谷達は轟の母の事を思い浮かべていた。体育祭の後から毎週のように病院に見舞いに行っていることも知っている。少しずつ歩み寄れていることも。
だから轟は刃羅が今、悩んでいることがなんとなくだが理解出来る。
「今は待つしかねぇ。こればっかりは乱刀がその気にならねぇとな」
「……はい」
「……ケロ」
百と梅雨が眉尻を下げて頷く。
すると、そこに刃羅が降りてきた。
「乱刀さん」
「刃羅ちゃん。大丈夫なの?」
近づいてきた刃羅に百と梅雨が声を掛ける。緑谷達も心配そうな視線を向ける。
刃羅は首を傾げて、不思議そうな顔をする。
「何が?ウチがどしたの?超イミフー」
「どうした乱刀」
「ケロ。新しい子ね」
轟が真顔で声を掛け、梅雨が少し目を見開いて新しい刃格であると気づく。
その言葉で緑谷達も納得して、ホッとする。
「で、なんやねん?大丈夫って」
「週末の事です」
「ああ、別にどうも思ってないから気にするな」
「本当に?」
「うむ。別にはとこだとか今更どうでもよいしの」
「「「……」」」
それは大丈夫ではない。
全員がそう思ったが、先ほどの轟の言葉を思い出して、自分達が口を出すべきことではないと思い留まる。
刃羅はいつも通りの雰囲気に戻っており、ソファに座る。
「梅雨達はどうだったのだ?」
「私達も週末に面談することになったわ」
「よかったでありますな。頑張るであります」
「ケロ。刃羅ちゃんもね」
「別に吾輩はどちらでもいいのである」
刃羅は肩を竦めて、百を見る。
「百はんが決めればよろしおす。わっちはそれに付いて行きますよって」
「それは……」
「正直、おいらは『エスパデス』の時に十分現場を見てるべ。まぁ、ヴィラン側からだけんども。だから別にインターンに魅力を感じてねぇべさ」
刃羅の言葉に百は悩まし気に顔を顰める。
ヴァルキリは刃羅が目当てで、百はあくまで刃羅をスカウトするための条件に過ぎない。なので、刃羅が断れば百の受け入れもなくなる可能性は高い。
だから、刃羅は『百がヴァルキリの所に行きたいなら、行けるように自分も行く。行かないならば、自分も行かない』と言っているのだ。
それは刃羅を道具のように扱っているようで、受け入れがたい百だった。しかし、百が断れば刃羅も断る。それはそれでヴァルキリに申し訳ないとも思う。
それに今の刃羅の言葉にもどこか納得が出来ない。もちろんステインといた時による経験が元だからだろう。それにヴィラン側とヒーロー側で見るものが同じであるとは限らない。同じだと決めつけている刃羅の言葉には納得出来なかった。
そして何より、誰よりも『ヒーロー』を追いかける刃羅の言葉とは、とても思えなかった。
(……何かから逃げているような……ヴァルキリから? でも、それならインターン自体拒否してもいいはず……)
違和感の答えが見つからない百。
そして、それは梅雨も感じたらしく、百と目を合わせて共に首を傾げる。
小さな違和感ではあるが、それは恐らくとても大事な事。
2人はそう感じたのだった。
そして週末。
刃羅と百は制服に着替えて、ソファに座っていた。
緑谷は慌てて走って寮を出て、麗日と梅雨も後髪を引かれながらもねじれと合流するために寮を出た。
「いつ行くの?」
「流女将さんが迎えに来てくれるそうです」
「なーる」
芦戸は眠たげに目を擦りながら、百達に声を掛けてくる。
そこに、
「失礼します」
流女将が玄関を開けて、中に入ってきた。
「「「「おはようございます!」」」」
「おはようございます。お久しぶりですね」
1階にいた生徒達が挨拶する。それに流女将は微笑みながら返し、頭を下げる。
そこに百と刃羅が近づいて行く。
「今日はよろしくお願いします」
「おひさ~」
「乱刀さん……」
「ふふ、元気そうですね。刃羅さん。八百万さんもよろしくお願いしますね」
百は礼儀正しく頭を下げて、刃羅はにへらと笑って挨拶をして、百に呆れられる。
流女将はどこか安心したように微笑み、百に頭を下げる。
「では、行きましょうか」
流女将に従って、外に出る刃羅達。
校舎の外に車が待機しており、それに乗り込んで走り出す。
「さっそくではありますが、ヴァルキリの事務所に向かいます」
「はい」
「へいへい」
「今日は変衝さんはいないので、安心してください」
「……やっぱりあの趣味は知られているのだな」
流女将の言葉に刃羅は呆れ、百も苦笑いを浮かべる。
そして、しばらく車で移動して千葉県にある5階建てのビルの前で止まる。
車から降りて、流女将に続いて中に入る刃羅と百。
「ヴァルキリ……連れてきましたよ」
「む……感謝致す。流女将」
3階に上がり会議室のような広い部屋に入り、声を掛ける流女将。
刃羅達に背を向けて部屋の窓際に立っていた者は、流女将の声かけに礼を言いながら振り返る。
ガシャ!ガシャ!
青を基調とし、縁は銀色の甲冑、兜を全身に身に着けており、肌の露出は一切ない重騎士。腰には紅いマントがはためいている。
鎧の凹凸や細さから女性であることが辛うじて分かる。
そして両腕には凧型の盾が装備されており、腰のマントの上には剣の柄が数個ベルトに固定されている。
兜が動き、刃羅を見る。
「……よく来てくれたな。我がヴァルキリだ」
ヴァルキリは挨拶をして、着席を勧める。
椅子に座るとサイドキックと思われる者が紅茶とポッドを配って退室する。
「楽にしてくれ。危険がある中、わざわざ呼びつけたのだ。スカウトしている以上、本来なら我が其方達に品定めをされる側だ」
「い、いえ……!こちらとて未熟な中、御声を掛けて頂いたのですから」
「先にインターンについて話しておこう。我はクリエティ、其方にも是非我が事務所に来てほしいと思っている。決してアラジンを受け入れる条件だからではない。そこははっきりと否定させて頂く」
「……ありがとうございます」
ヴァルキリの言葉に頭を下げる百。
そしてヴァルキリは刃羅に顔を向ける。
「護衛を請け負う面もあるため、アラジンには少し息詰まるかもしれないが、基本私と行動を共にしてもらうことになる。流女将とエクレーヌもいてくれるが、あくまでも護衛。インターンとしての指導役として申し分はないが、そこまで頼るのは違うからな」
「好きにしな。俺っちがインターン受けるかどうかは百に任せてっからよ」
「乱刀さん……!」
「……刃羅さん」
「……そうか」
刃羅は興味なさげに紅茶を飲みながら答える。
それに百が慌てて、流女将は少し寂しそうに見つめる。ヴァルキリは兜で表情が分からないが、声はどこか悲しそうだった。
その後もインターンの説明を続けるヴァルキリ。仮免であっても報酬は出る事、授業は公欠になる事など。
「といっても出来る限り学業は重要視したい。なので、インターンは基本週末がメインになる。つまり休みは無くなるに等しい。もちろん毎週というわけではないが」
「……なるほど。だから必修ではないのですね」
「もちろん試験の時期などは考慮する。しかし、あまりに学業が疎かになるならばインターンは中止となる。その場合、大抵の事務所は再びインターンを引き受けることはない。例えスカウトをして受け入れたとしてもだ。学校側が許可を出さんだろう」
それは当然だと百は頷く。
実際今もすでに特別な許可の元で動いている状態だ。そこで学業が疎かになるならば、郊外活動どころではなくなる。
「まぁ、あなた達は1年生ですからね。今回は駄目でも2年生や3年生でチャンスはあるでしょう。体育祭は毎年ありますから」
流女将も補足してくれる。
そしてヴァルキリは2人に意思を問う。
「どうだろうか?我の元でインターンをしてみないか?」
「……」
百は刃羅に目を向ける。刃羅は肩を竦めて、百に手を向ける。
それに百は顔を顰めて、ため息を吐く。
「……プロヒーローの活動には興味あります。なので、是非ともよろしくお願いします」
百は少し考えて、その後まっすぐにヴァルキリを見つめてから頭を下げる。
それにヴァルキリは大きく頷き、刃羅を見る。
「其方はどうする?」
「どうするも何も拙者は百の決定に従うと決めているのでな」
「……そうか。……まぁ、そこの意識を変えるのも我らの役目か」
ヴァルキリは少し唸るが、小さくため息を吐いて頷く。
その後、契約書にサインをしてもらい、正式にインターンが決定した。
「……では、もう1つの話題の方に行かせてもらおう」
「私達は外しますか?」
「構いませぬよ。……彼女の事は我より貴女方の方が知っているだろうしな」
少し緊張した声でヴァルキリが刃羅に顔を向ける。
流女将が退室を申し出るが、ヴァルキリは問題ないと首を横に振り、少し自虐的に呟く。
それに流女将と百は困ったように少し眉尻を下げるが、ヴァルキリはそれには気づかなかった。
「我の本名は
「……器変?」
「乱刀は母の姓じゃの」
ヴァルキリの名乗りとマイスタードの本名に首を傾げる百。
それに刃羅が理由を説明する。しかし、それに流女将が首を傾げる。
「……つまり結婚していなかったと?」
「戸籍上はね~」
「……しかし、保護された時には……」
「仕込んでたにぃ決まってるよねぇ。知り合いに頼んでぇ警察に潜り込ませてたのさぁ。雄英にぃ行きやすいようにねぇ」
「そういうことですか……」
「なんという……」
保護された時に話した女性警察官は、ドクトラに依頼して忍ばせた者だった。そこで情報を入れ替えさせたのだ。
その事実に流女将と百は頭を抱えた。
「……だから……誰も其方を見つけられなかったのか……」
「そうやろな。家もお母んの名義で借りとったしな。施設に入ったんも両親が失踪したと思われたからや」
「……何も……知ろうとしなかった」
「そうだろうとも。父は親族から縁を切られていたようだからね。貴女もそうだったのだろう?」
「……」
刃羅は淡々と話す。
それにヴァルキリは言葉に詰まりながら、兜を俯かせる。
「……訳が分からなかった。ヒーローになる前から怪我をしても、嫌味を言われていても、ずっと笑っていた。ヒーローになってからもそれは変わらない。しかしチームアップとかで会う度に顔色も悪く、痩せていく。なのに笑って動き続けるマイスタードが怖かった。しかも収入は全て寄付。何がしたいのか……我らには理解できなかったのだ」
「……」
「マイスタードが死んだ後、遺品整理を手伝うことになった。その時、親戚内で他にヒーローだったのは我だけだったからな。しかし……何もないに等しかった。あったのはボロボロの軽ワゴンだけ。それが全てだった。余計に訳が分からなくなった」
「……たったそれだけ?」
ヴァルキリの独白に近い話に、百は唖然とする。
「そうだ。10年以上ヒーローをしていて、その結末が軽ワゴン1台だった。その事実に困惑しながらも片づけしようと近づいたら、子供達に石を投げられた」
「え?」
「……」
「子供達はこう言った。『僕達のヒーローの家を襲うな』と。我は理由を説明した。『マイスタードは死んでしまった。だから遺品を整理しに来た』と。そしたら、また石を投げられた。『やっぱりヒーローは、マイスタードを見捨てた。帰れ、この贋物達め』と言われた」
ヒーローになって感謝ばかりされてきたヴァルキリにとって、それは初めて向けられた悪意無き敵意だった。
「そして、マイスタードについて調べた。寄付先も、寄付を匿名でしていたことも、そしてその子供達はその寄付先の施設の子供達だったことも。解決した事件の内容もヴィラン退治よりも人命救助ばかりだった。その子供達は全員、マイスタードによって救われていた。マイスタードは隠していたつもりだったようだが、その施設や周囲の住民達は全て知っていた。マイスタードの努力や功績も……我々、他のヒーローから馬鹿にされていることも」
ヴァルキリの話に、百と流女将は病院で刃羅が話していた言葉を思い出していた。
「我は……ヒーローとは何か分からなくなった。どう考えても我よりマイスタードの方がヒーローだった。子供達が描いたのであろうボロボロの軽ワゴンのあちこちに描かれていたマイスタードの似顔絵が、とてつもなく輝いて見えた。公安委員会から知らされるヒーロービルボードチャートの内容や報酬に、何の魅力も感じなくなった。……ずっと忘れられない光景がある。マイスタードの軽ワゴンの運転席のドアに描かれていた似顔絵だ。それだけ上からフィルターを張って、汚れも丁寧に磨かれていた。マイスタードの死後、子供達もその似顔絵だけは毎日磨いていたそうだ。『マイスタードが毎日、優しい笑顔で磨いていたから』だそうだ。今なら分かる。……あれは……其方が描いたのだろう?」
「……ええ。5歳くらいだったかしらね。頑張ってる父への御褒美とか言って、描いてたわ」
「ご褒美……。あぁ……そうか。マイスタードにとって、その似顔絵を見ることがヒーローとしての報酬だったのか……」
ヴァルキリは兜の目元を手で押さえて俯く。
この5年間、考え続けた答えをようやく知ることが出来たヴァルキリ。それは自分ではどうやっても手に入らない報酬だった。
「……その軽ワゴンは今もその施設にある。どうする?」
「いらないのだよ。渡した御褒美が返ってきて喜ぶとでも?」
「……そうだな。……そして5年後、其方の存在が知らされた。マイスタードに娘がいた事、しかもヒーロー殺しに攫われて……いや、ヒーロー殺しの元にいた事は、余りにも衝撃だった。会いたかったが、子供達の『ヒーローは見捨てた』という言葉を思い出して、どんな顔をして会えばいいか分からなかった。そして体育祭の話だ。母親の話を聞いて、マイスタードが何故1人で戦い続けたのかを理解した。そして、この前の神野区でのオールマイトの姿を見て、それがマイスタードと被った。其方達に起きた事を聞いて、ようやく覚悟が決まった。其方に会い、其方がヒーローになる手伝いをしようと」
「……」
「我はヒーローを名乗る資格はないと思っている。だから、せめて本当のヒーローになりえる其方の手伝いをさせてほしい」
ヴァルキリは刃羅に頭を下げる。
それを刃羅はしばらく黙って見続ける。
流女将と百は固唾を飲んで、2人を見守る。
「……私はヒーローを信じていない。なれるとも思っていない。私はただマイスタードをヒーローにしたいだけだ」
「……」
「貴女がわたくしをヒーローにしたいなら、勝手にすればよろしいかと。わたくしにそう思わせられると思うならば、ですが」
「……努力させてもらう」
「期待はぁしないよぉ。まぁ、せめて百ちゃんはぁ失望させないでねぇ」
「もちろんだ」
「じゃあ、今日はもう帰るわ。もう用はないでしょ?」
話が終わったと判断した刃羅は椅子から立ち上がる。
それにヴァルキリは少しソワソワして、伺う様に刃羅に声を掛ける。
「……食事でも、と思っていたのだが……」
「そんな仲ではないのです。私は貴女と家族ではないのです」
「……」
バッサリと切り捨てられたヴァルキリは明らかにガックリと肩を落とす。
そこに流女将と百が助け舟を出す。
「明日からのこともありますし、食事しながらでもいいのでは?刃羅さんの学校や寮での様子も聞きたいですし」
「そうですわ。乱刀さん。これからご指導して頂くのですから。交流するのは良い事だと思いますよ」
「明日でもかまへんやろ」
「……」
更にガックリするヴァルキリ。
それに流女将は少し悩んで、唐突にヴァルキリの兜に手を掛ける。
「仲良くしたいなら、ちゃんと顔を合わせましょうね」
「え!?ちょっ……!」
慌てるヴァルキリを無視して、兜外す流女将。
兜の下から現れたのは、黒髪をシニヨンに纏めた鋭い瞳の美女。
目元がどこか刃羅に似ていると思った百。
「はい。改めてご挨拶なさい」
流女将は微笑みながら首を傾げる。
それにヴァルキリは先ほどの喋り方からは想像できないほどオロオロしている。
そして刃羅と目が合う。
「……」
「……」
「……ひぅ」
「ほえ?」
30秒ほど見つめ合うと、突如ヴァルキリの目尻に涙が溜まる。
それにポカンとする刃羅と百。
そして、
「う……うぅ~……うあ~~ん!!」
「ホワイ!?」
「えぇ!?」
「はぁ……駄目でしたか」
突如、子供のように大泣きを始めたヴァルキリ。先ほどまでの雰囲気と、顔つきからは想像できないほどの泣きっぷりだ。
刃羅と百は目を見開いて驚き、流女将はため息を吐く。
「うあ~~ん!!ごべんなざい~!!何もでぎなぐで~!!」
「……これは?」
「この子は兜を脱ぐと、弱気になってしまうのですよ。まぁ、こっちが素ですけど。いい子なんですが……マイスタード関連になると、どうもよく泣くようになってしまって……」
「うあ~~ん!!」
「……こいつと、そしてあの変態と一緒にインターンするのか?百」
「……乱刀さんも加わるとなると……ちょっと……」
「同類にされた!?びえ~~ん!!」
「うあ~~ん!!ながぜてごめんなざい~!」
「……あぁ」
「頑張ってください。ファイト!」
「……」
もはや姉妹とも呼べそうな泣き方をする刃羅とヴァルキリに、頭を抱える百。
流女将は他人事のように百を励ましてくる。
(……早まったかもしれません……)
早くも後悔を感じ始めた百なのであった。