555EDITIØN『 PARADISE・BLOOD 』   作:明暮10番

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継がれなき

 明滅する、赤、紅、緋。

 その紅い光に照らされた天井には、電子ケーブルが夥しいほど絡み合い、埋め尽くされていた。

 

 他の管を押し退け合い、絡まっては離れ、餌を求める魚のように部屋の中央へ中央へと向かう。

 張り巡らされたケーブルが収束する中央。天井のそれらは一点に集まり、垂れ下がる。まるで幹と枝、電子ケーブルの集合体が大木となっていた。

 

 

 ケーブルの最終目的地は、丸い透明のケースの中。血のように赤い液体に満ちたそのケースの中へ、分厚いケーブルの束が集められていた。

 

 

 液体の中に浸されていたのは、ベルト形の機械。

 ケーブルは、その機械と結合されていた。

 

 同時に、部屋を染める紅い光も、機械から放出されている。血管のように巡らされたライトケーブルより発せられ、液体の通過し、揺らめく蝋燭のような妖しい明かりで暗闇を払った。

 

 

 機械の周りには、防護服に身を包んだ科学者たちが、手元の電子パッドと記録表を持って見守っていた。

 目覚めを待つかのように、王の謁見を待つかのように。

 

 

 

 

 

 

「進捗は?」

 

「順調です」

 

 

 その部屋を、ガラス一枚を超えた先で俯瞰する男が一人。

 感情を伺えさせない冷えた目に、逆に期待を伺えさせる微かに上がった口角。目鼻立ちの整った、有能そうな顔立ちの、高級スーツの男。

 左胸のポケットからは、シルクのハンカチが顔を出していた。

 

 

 

 

「……まさに、『上の上』……それ以上だ」

 

 

 両手を組ませ、賛美を送る。

 

 

 

「このプロジェクトは我が社のみならず、この世界の均衡すら変える。『人間と魔族』、それら互いの生存競争すら出し抜ける」

 

「既に最終フェイズです。『眠り姫』の状態も、安定しています」

 

「ついに我々が、世界の覇権を握る時……フフフ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべる男。

 

 だが、その愉悦に水を差す事態が発生する。

 緊急事態は、男のスマートフォンから報告された。

 

 

「私だ」

 

 

 話を聞いた途端、男の顔が歪む。

 

 

「なに?……何とか引き止めろ」

 

 

 スマートフォンをしまった男には、先ほどまで伺えていた余裕が無くなっていた。

 

 

「……何処で嗅ぎ付けた」

 

 

 代わりに焦燥が現れる。

 男の合図を受け、助手が手元の機器を操作すると、紅い部屋を望ませていた窓がホログラムを纏わせ消失した。

 

 

 

 消失した窓の場所には、『SMART BRAIN』のロゴが大きく貼り出されている、ただの壁が残った。

 

 

「招かれざる客が来たらしい。私が直々に会って来る」

 

 

 踵を返し、部屋から出ようとした彼だったが、振り向いた目線の先にいた人物を見て顔を引きつらせた。

 

 

 

 

 

「面倒が省けて良かったろう。『村上峡児』社長」

 

 

 扉を開け放ち、舌足らずな宣告をする、黒服を着た二人の男を引き連れた人影。

 だが驚いた事に、上司と思われるその人影は、年端も行かない少女だった。

 

 

 そのビジュアルに混乱するよりも、村上は少女の正体を知っていた。知っていた事により、溜め息が出そうだった。

 

 

「……『特区警察局』の『国家攻魔官』様方が、どう言った御用件で?」

 

「しらばっくれるな。貴様らの動向は既に掴んである」

 

 

 少女は一歩一歩、村上の方へ近付く。威圧と敵意に満ちた目で睨み付けながら。

 

 

 

 

「『焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)』は何処だ?」

 

「………………」

 

「……いや。『第四真祖』の方が一般的か」

 

 

 忌々しげに村上は一瞬目を逸らし、憎悪が表出した顔を隠した。

 

 

「…………第四真祖ですか。確か、世界最強の吸血鬼でしたね。しかし、国家攻魔官とあろうお方が、そんな眉唾物を信じて我が社に踏み入る……正気とは思えませんが?」

 

「さっきも言ったハズだが? 動向は掴んである……隠すには大き過ぎるんだよ、この会社は」

 

 

 少女はどんどんと、村上に近づいて行く。

 

 

「情報は全て提供しろ。貴様、魔族でも魔術師でもないだろ。私が指を振るだけで、貴様の人生を終わらせる事も出来る」

 

「……一般人を殺すつもりですか?」

 

「一般ぶるんじゃない、人面獣心が。喋る気がないなら社員全員を拘束し、勝手に捜索するまで」

 

「……仕方がない」

 

 

 村上は諦めたように、眉を寄せた。それに合わせ、少女も止まる。

 

 

「諦めが早いな。何か、手でもあるのか?」

 

「いえ。貴方がたの面倒を省こうと思いまして。そこまで自信を持って詰められれば、どう弁舌を尽くした所で太刀打ち出来ませんから」

 

「……私は貴様の、その余裕ぶった態度が気に食わないな」

 

 

 

 

 最初のように、口角が上がった。

 

 

「えぇ。そう言う、性格ですから」

 

 

 ニコッと、紳士的な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 同時に、彼は隣に立ち竦んでいた助手を掴み、恐るべき怪力で放り投げた。

 悲鳴をあげながら少女の方へ飛ばされる助手だが、衝突する前に透明な壁が彼を弾く。

 

 

 だが助手は囮。

 彼に気を取られている一瞬の隙に村上はロゴの方へ飛ぶ。ホログラムを通過して窓を蹴破り、紅い部屋に突入した。

 科学者らのどよめく声と、ガラスが落ちる耳触りな音が響く。

 

 

「この怪力……あの男、魔族でも何でも無かっただろ?」

 

「そ、そのハズですが……!?」

 

 

 大人を片手で掴み、空中に大きく放り投げるなど、普通の人間が出来る訳がない。

 少女は情報と違う事に多少驚いたが、動揺は見せない。感情を切り替え、村上を捕らえようと、出現した窓から自身も飛び出た。

 

 

 高さは十メートルもあったが、彼女にはなんて事ない高さだ。

 傷一つなく着地した少女は村上より目を離さなかった。

 

 

 彼は逃げる事はせず、あろう事か少女を待ち構えていた。

 腰に、あの機械を装着して。

 

 

「……貴様。踏み越えてはならない線を越えたな」

 

「何を言うんですか。線なんかで括らないでいただきたい」

 

 

 彼の手には、前時代的な『ガラパゴスケータイ型』の機械が握られている。

 

 

「世界に、新たな『王権』を確立する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械のボタンを四回押す。

 

 

『STANDING BY』

 

 

「人間と魔族がのさばる世界に…………変身」

 

 

『COMPLETE』

 

 

 村上の身体に紅い線が流れ、眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血を望む者は、予てより血を求めよ。

 求めざるなら、決して血に辿り着けまい。

 深い欲と罪を、最後の血に捧げよ。

 鮮血の記憶が、新たなる『種』を目覚めさせん。

 戦いの意思が、勝利の先の真実を伝える。

 

 

 

 

 一人の青年の、『人間としての戦いの物語』があった。

 だが、物語は終わらない。

 

 

 彼を、世界は戦いに引き戻す。

 

 

 

 この物語は、青年の戦いの世界とは違う。新たなる、戦いの世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっくんは、たっくんだって!」

 

「そのベルトは、今は君が持っている方が都合が良いんだ」

 

「君を信用したい……そう思っている」

 

「十年後も生きていてくださいね」

 

「心配しないで。私が貴方を助けてあげるから」

 

「そして……真の英雄となるのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢を持つとね、時々すっごく切なくて」

 

「時々すっごく熱くなるんだ」

 

「……だからかな」

 

 

 

 

 目を覚ませ。

 君が君でいる為に。

 君が強くある為に。

 

 

 

 

 open your eyes,for the NEXT faiz.

 

 

 ここから先は、また別の戦争だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………起きて」

 

 

 深淵より、声が響いた。

 

 

「……起きて……ねぇ」

 

 

 幼く、儚い、その風のような声。

 

 

「起きて…………早く」

 

 

 その声が、揺すり起こそうと、何度も呼び掛ける。

 

 

 

 

「…………起きてって……ほら……起きなよ」

 

 

 声は段々と近付いて来た。語気に強さを滲ませつつ。

 

 

 

 

「朝だよ!! ほら! 起きなよ、たっくん!!」

 

 

「うおわぁ!?」

 

 

 シーツを引き剥がされ、滑る形でベッドから転落。冷たいフローリングに、全身をぶつけた。

 

 

「今日からアルバイトなんでしょ。浮浪人のたっくんが、やっと社会貢献出来るんだから」

 

 

 怒りを含んだ抗議の目で、『たっくん』と呼ばれる青年は顔を上げる。

 眼前にいたのは、明るい橙色。それはエプロンと気付き、更に視線を上げると、呆れた顔で彼を見下す少女の顔が見えた。

 

 

「お布団も干すし、たっくんの部屋汚いから掃除するよ。朝ご飯も出来てるから、早く食べちゃってよ、冷めるよ」

 

「……………………」

 

「どうしたの、たっくん? あ、昔から寝起きが悪かったっけ。まだ寝惚けているの?」

 

「……………………」

 

 

 その少女の顔に、見覚えはない。

 

 

 

 

 

「……おめぇ、誰だよ?」

 

 

 

 

 

 

ー PARADISE・BLOOD ー

 

 

 

 

 

 

 

 朝八時のマンションに、喧騒が走る。

 

 

「ちょっとたっくん! 朝ご飯は!?」

 

「いらねぇよ! てかお前誰だよ!? ここ何処なんだよ!」

 

「なに意味分からない事言ってんの! 自分の妹も忘れたのぉ!?」

 

「俺には妹はいねぇよ! 人違いだ人違い!」

 

 

 引き止めようとする少女の腕を振り払い、『たっくん』と呼ばれる男は廊下を疾走し、消えた。

 

 マンションの七階。照り出した太陽が、街に朝を呼び込んでいる。眼下に広がる集合住宅街が、黄金を纏わせているようにも見えた。

 

 夏のような蒸した空気を吸い込みながら、少女はマンションの入り口から駆けて行くたっくんを眺め、溜め息吐く。

 

 

「……ここまで寝起きが悪いとは思わなかった。久々の社会復帰で緊張でもしているのかな。たっくんの馬鹿ぁ!!」

 

 

 可愛らしい悪態が、朝の街に響く。

 

 

 その声を聞きつけたかのように、階下のたっくんは睨み付けた。

 

 

「なんだよここ……真理や啓太郎に連絡しねぇと」

 

 

 彼はポケットを弄るが、携帯電話が出て来ない。

 

 

「……ない。もしかしてあそこに置いて……メンドクセェなぁ!」

 

 

 耐え切れず叫ぶ。

 折れないケータイとは言え、重要な連絡手段だ。思えば財布もないし、色々な物を謎の少女の家に置きっぱなしだと気付いた。

 

 

「バイクもねぇし、何もねぇし! 俺は一体何があったんだぁ?」

 

 

 彼の髪は、茶髪混じりのロングヘア。それをガシガシ掻き毟り、自分の立ち位置が何処なのかと辺りを見渡す。

 

 

「俺は確か、草加と一緒に戦ってて…………」

 

 

 記憶を辿ろうとする。

 しかし、思い出そうとした時、自分の思考が霞の中に入っている錯覚が発生。

 

 

「…………草加と、戦って…………」

 

 

 忙しなく動かしていた身体が、ピタリと止む。

 

 

 

 

 

 

「……草加って、誰だ? 真理と啓太郎って、誰だ?」

 

 

 思い出そうと必死に脳を回転させる彼。

 一頻り考え、思考の中に蹲っていたが、やっと何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、バイトだ。バイト行かなきゃ!」

 

 

 彼は走る。夏の日差しを身体全体で受けながら、焦燥感を持ってバイト先へ駆け出す。頭の中から、財布も携帯電話も消えていた。

 帰ったら『凪沙』にもっと早く起こせと言うつもりだ。熱い料理を出したら容赦しないぞとも考えた。

 兎に角、今はバイトだ。やっと現れたやる気だ、無駄にしてはならない……いつまで続くか知れないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは『楽園』でもあり、『檻』でもある。しかし、楽園に秩序は必要だ。

 穢れをしまい、出さない、絶対の檻が必要だ。

 楽園は完璧なまでに白く、眩いものでなくてはならない。

 

 

 楽園を目指す者たちは、戦火を掲げ、その火で暖を取る。

 楽園は戦わねばならない。永劫まで、消え去るまで。楽園を失うその日まで。


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