555EDITIØN『 PARADISE・BLOOD 』   作:明暮10番

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忘れられない 2

 目を覚ませ。起きなければ、何も出来まい。

 ずっと眠っていても、仕方がないだろう。

 聴き取れ、掴み取れ、読み取れ、感じ取れ。

 

 今日と言う日は、己に嘘を吐く日でもあり、忘れられない日となる。

 彼は彼として、戦わねばなるまい。

 

 

 

 

 だから、目を覚ませ。

 とっくに暁は迎えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪物は、獣人の攻撃を身体一つで受け止めた。

 受け止め、無傷のまま殴り返す。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 身長二メートル、怪物より一回り大きな身体は、易々と吹き飛ばされた。

 獣人は空を舞って落下し、ガードレールを破壊しながら着地する。

 

 

「……ちぃっ! なんだこいつはぁ!? 俺を飛ばしやがって!」

 

 

 だが彼は頑丈だ。彼もまた軽傷のまま、立ち上がる。

 その様を見て、怪物は獰猛な見た目に反し、知的に顎を触りながら分析。

 

 

L種完全体(ライカンスロープ)、狼男。感嘆に値する強健さですね』

 

「おい。俺を忘れんじゃねぇ」

 

 

 もう一人の男が立ち塞がる。その目は真紅に染まり、牙が露出していた。

 変貌を遂げた姿を見て、巧は男が何の魔族か理解する。

 

 

「おめぇ、吸血鬼かよ! 吸血鬼がチャラチャラしてんじゃねえ!」

 

「お前の吸血鬼感なんざ知らねぇよ!」

 

 

 巧の持つ吸血鬼感は、貴族的で高貴なイメージだった。詐欺だろこれはと突っ込んだ。

 

 

 ともあれ吸血鬼も、怪物に対し憤怒している。張り倒さねば気が済まない。

 即座に吸血鬼は飛びかかる。少し屈んだだけとは思えない、驚異的な跳躍力だ。

 

 腕を大きく広げ、牙を剥き出しに怪物に迫る。その形相、羽根を広げ獲物を食らわんとする鷹が如く。

 

 

「だぁ! オラァ!!」

 

『ほぉ!』

 

 

 吸血鬼は両拳で一気に殴り付ける。威力は高く、怪物は防御したとは言え二歩、後退りさせられた。

 だが追撃だ。今度は身体を捻り、怪物の頭部を蹴った。

 そのまま、また飛び上がり、街灯のポールへ足をつけたと思えば、再度突撃。今度は腰を軸にし、強力な一撃を胴体に食らわせた。これには怪物も堪らずよろめき、膝を突く。

 

 吸血鬼は取るに足らない相手と判断し、巧の前に戻り余裕の笑みを浮かべた。

 

 

「見た事ねぇ魔族だったが、何て事ねぇなぁ!」

 

「……つえぇな。言っちゃあなんだが、喧嘩しなくて良かったぜ」

 

「はぁ! 土下座する気になったか人間!」

 

 

 すっかり感覚を忘れていたが、今の彼は鉄板のような熱さの路上に座り込んでいた。

 臀部が焼けている事に気付き、大袈裟な動作で立ち上がる。

 

 

「誰がするか! まぁ、攻魔官には掛け合ってやるよ」

 

 

 サイレンはまだ鳴り響いている。魔力を不当に行使した魔族へは、攻魔官による追及が待っている。ただ、巧が証人となれば、軽い謹慎で免れる。

 元を辿れば向こうが悪いが、一応助けて貰っている分には感謝する。

 

 

 

 

 片膝突き、息を整えていた怪物は再びスラッと立ち上がった。吸血鬼と獣人は再び構える。

 

 

『貴方は「D種」でしたか。非常に素晴らしいですね』

 

「よぉ、良いな! もっと称えやがれ!」

 

『えぇ。本当に素晴らしい……これの、「試験体」としてッ!!』

 

 

 怪物は突然、元の人間の姿に戻った……どっちが元かは分からないが。

 逃げるつもりかと思ったが、男はアタッシュケースを開き、中から何かを取り出した。

 

 

 

 金属製の、大型なベルト。前方のバックル部分には横長方形のスペースがあり、右側にはライトのような装置が張り付いている。

 彼はそれを装着し、手に持っていた『折りたたみ式の携帯電話』を見せた。赤いラインの入った、奇抜なデザイン。

 

 

「なんだ携帯か? お仲間でも呼ぶつもりか?」

 

「……おい。さっさとやれよ」

 

「人間が指図するな。俺らにとって、取るに足らねぇ相手だぜ?」

 

「攻魔官が来るんじゃねえか?」

 

「お前が掛け合ってくれるんだろ? なら思う存分やってやんよぉ!」

 

 

 魔族は血気盛んな者が多い。

 一説には、人間は社会の安定を重視した生物であり、攻められない事を考え対人力、想像力の面で発達したらしい。

 対して魔族は古来より生存競争に明け暮れた生物であり、攻める方を考え戦闘力、適応力の面で発達したらしい。

 

 全ての魔族に当て嵌まるかと言われればそれは違うが、生存競争の点は確かであり、本能的に戦闘を望む気質である事は確かだ。

 巧は彼らがイキイキしている様を見て、そう思った。

 

 

 

「……なんで俺、こんな学説知ってんだ?」

 

 

 再び現れた、記憶に対する違和感。

 その違和感は、男が装着したベルトに対しても注がれる。知らないハズなのに、初めて見るハズなのに、あのベルトが『危険』だと分かっていた。挑発する魔族二人に反し、巧は異様な緊張感に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 男は携帯電話を開く。ニヤニヤ笑いながら、彼らを見ていた。

 

 

「攻魔官が来るまでに、終わらせますよ。貴重なモルモット諸君」

 

 

 ボタンを押す。軽快なプッシュ音が響き、四回鳴ったと思えば音声が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

『STANDING BY』

 

 

 

 携帯電話から、何かが流れ出したかのような、胎動のような不気味な音が継続的に鳴る。

 携帯を閉じ、男は襟を正し、こちらを見据えながら宣告。

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

 

『COMPLETE』

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話が、バックル部分のスペースに嵌った。

 そして「コンプリート」の音声と共に、ブラウン管テレビの電源を付けたような、耳障りなモスキート音が響く。獣人にはキツいらしく、顔を歪めて耳を塞いでいた。

 

 

 だが、男から目は離せない。

 バックルに嵌った携帯電話から、赤い線が登る。それはシンメトリーに上半身下半身、右半身左半身に這い上がって伸びて行き、彼の身体を囲んだと同時に、閃光に包まれた。

 

 

 眩く、その時ばかりは目を離したが、光が収まり再び視認した時には、そこに彼はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いなかった、と言うのは、影も形もと言う意味ではない。さっきまでの、スーツ姿の男がいなくなっていた。

 代わりに立っていたのは、黒を基調とした機械的なスーツに身を包んだ、無機質な存在だった。

 

 

 赤いラインがフレーム部分となり、心臓の鼓動のように鈍い明滅を繰り返す。

 頭部は円を、縦に半分に割ったようなレンズが付いていた。そのレンズからは、黄色い光が随時放たれている。

 

 

 

 

 

 

 

 全員が言葉を失った事は言うまでもない。

 男が一瞬で、妙な姿に変貌した。怪物の姿とは違う、また別の姿に。

 

 

「さあ。試験を開始します。掛かって来なさい」

 

 

 両手を雄々しく広げ、挑発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 PARADISE ・BLOOD 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女……姫柊雪菜は走っていた。

 辺りには避難勧告がスピーカーから響き、その音に促され人々は逃げ惑う。

 姫柊は、その流れに逆らっていた。

 

 

「こんな街中で魔力を行使なんて……人が死んだらどうするつもりなの……!」

 

 

 怯えでもなく好奇心でもなく、怒り。

 禁止されている、街中での攻撃魔力の行使。誰か人間が重傷或いは、死に至るかもしれない事態と言っても良い。だからこそ、姫柊は怒りを抱いていた。

 

 

 彼女は正義感の強い性格。騒ぎを感知し、攻魔官が向かっているとしても、見過ごす事が出来なかった。

 

 ギターケースを背負い、避難勧告の誘導を逆算し、目的地まで直走る。次の角を曲がればすぐか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 姫柊の身体が跳ね上がる。

 夏の暑さを算段に入れたとしても、異常な熱気が場を包んだからだ。

 

 

「まさか……!?」

 

 

 彼女は焦り、急行した。

 

 

 

 

 

 そして目を疑う。

 灰となり崩れた獣人と、悪鬼が如く怒りの形相の吸血鬼……そして、それに迫らんとする謎の怪人と、前に塞がる黒炎の馬。

 黒炎の馬とはその通り、炎が馬の形を取っていた。恐らく『眷獣』だ。吸血鬼は自身の血の中に眷獣と呼ばれる、強大な力を持った魔物を宿し、使役する。あの黒炎の馬は、膝を突いている吸血鬼の眷獣だ。

 

 

 眷獣の存在は、非常に危険。場合によれば一帯が消滅するほどの、凶暴性と力量を持っている。一番弱い個体でも戦車に匹敵すると言う話だ。街中で出現させるなど言語両断。

 

 

 

 

 だが、姫柊は眷獣などどうでも良かった。

 灰となり散った魔族と、眷獣を前にしても悠々と佇む、怪人に注目していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眷獣が壁になり、姫柊からは巧の姿が見えなかった。

 足元のアスファルトが溶解するほどの熱さ。彼女よりも近い位置にいる巧はその殺人的熱気に顔を歪め、上昇気流による風に髪を靡かせていた。

 

 

「あっつ!? 俺が焼け死ぬ!!」

 

「よ、よくもぉぉぉぉぉ!!!! 仲間をぉぉぉぉ!!!!」

 

「し、死ぬ……!」

 

 

 巧は堪らず、眷獣から離れ、ビルに身を隠した。

 同時に、攻撃が始まる。

 

 

 

 眷獣は前脚を上げ、嘶く。それは威嚇だ。

 前脚が再び地に落ち、とうとう駆け出した。

 

 

 迫る眷獣、しかし怪人は余裕。

 

 

「上等なモルモットが増えました。さて、力を試します」

 

 

 怪人は四角い装置を右手に掴む。装置には窪みがあり、怪人は携帯電話の正面に付いていたチップを抜く。

 

 

 

 

『READY』

 

 

 そのチップを即座に窪みに嵌め、携帯電話を開いてボタンを押す。

 

 

 

 

『EXCEED CHARGE』

 

 

 バックル部分の携帯電話から赤い光が現れ、それは右半身のラインを伝って行き、肩、腕、手と向かい装置に到着。

 チップが発光し、準備が整う。

 眼前に迫る、黒炎の跳ね馬。だが怪人は臆さない。

 

 

 

「シッ!!」

 

 

 踏み込み、右手の装置で殴る。

 攻撃を胸部に受けた馬は、悶えるように首を下げた後、前方から後方へ吹き飛んだ。

 

 

 主である吸血鬼の元へ戻る頃には、霧散し、陽炎を残すだけ。

 

 

「……う、嘘だろぉ!?」

 

 

 彼は信じられなかった。自分の眷獣が、一撃で。

 

 

 

 

「ふん。完全に暴走していたものの……レートの低い眷獣なら一撃で仕留められますね」

 

「嘘……だろ……!?」

 

「貴方、魔力を全開で召喚しましたね? 立つ気力はあるのですか?」

 

 

 彼自身、眷獣を本気で出現させたのは初めてだった。

 身体は倦怠感を伴い、麻痺し、指先さえ動かない状態。真紅の目も牙も、収まってしまった。

 

 

「貴方には私の試験のお世話になりました。しかし、あまり広められては困ります。敬意を払い、灰に変えましょう……吸血鬼らしく」

 

「や、やめ……!」

 

 

 焼け爛れた街路樹、熱で曲がった街灯、溶けたアスファルト。怪人はその中心を歩く。

 それは悪魔に見えた。災厄を運び込む、死神にも見えた。

 

 

 吸血鬼は逃げようとするが、身体が魔力不足により動かない。恐怖なら逃れるべく、無様に目をキツく閉じるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まりなさい」「止まれ」

 

 

 その前に、立ちはだかる姫柊雪菜。

 

 

 

 

 

……と、乾巧。

 

 

 

 

「……何しているんですか!? 一般人は離れてください!!」

 

「いや、おめぇもだよ! 見るからに学校帰りの一般学生じゃねぇか!」

 

「私は『獅子王機関』の『剣巫(けんなぎ)』です!」

 

「……塩機関? 剣崎? なんじゃそりゃ?」

 

 

 巧はさっぱりだが、姫柊の言った『獅子王機関の剣巫』のワードに、怪人は興奮しながら顎を触る。

 

 

「ほぉ! 獅子王機関の剣巫!! 若い少女たちだとは聞いていますが、本当のようですね!」

 

 

 右手の装置からチップを外し、また元の場所に戻す。

 

 

「良いモルモットが増えました! さぁ、是非、お手合わせ願います!」

 

 

 両手を広げ、姫柊を挑発する。

 その間、彼女は巧に再度忠告。

 

 

「ここは私に任せてください! 太刀打ち出来る力はあります!」

 

「だけどなぁ! あいつは躊躇なく一人殺したんだぞ!!」

 

「……その点を含めて……懺悔させますよ……!!」

 

 

 怒気が宿っている。そして、覇気が感じられた。

 巧は彼女が本当に力のある人物だと信頼し、吸血鬼の保護に移る。動けない吸血鬼に肩を貸し、離脱しようとした。

 

 

 

「逃がしてしまう……まぁ、貴女の存在と比べればなんてことない。データも入手しました」

 

「……貴方の行為は、攻魔特別措置法違反です。更にその力が魔族の物ならば、聖域条約違反にもなります。そして……私の捜査対象に近い人物……ですね?」

 

「……ほぉ。既に獅子王機関が動いていますか。尚更、負ける事は出来ませんね」

 

 

 姫柊は右手を背後に回した。器用にギターケースのファスナーを開き、中にある『武器』を掴む。

 

 

「……話は貴方を倒して、局で伺いますよ。本当は殺しても構わない状況ですが」

 

「殺すつもりならば尚、良いですね! 貴女が来なければ、あと十体の魔族サンプルを得なければなりませんでした!」

 

「…………最低」

 

 

 一思いに、彼女はギターケースの中を引き抜く。まるで鞘から剣を取り出すような、華麗な仕草。

 

 

 彼女が持つは、世界に数本しかない、『最上の逸品』。

 その名も…………

 

 

 

 

「『雪霞(せつか)…………ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…………『Maestro RFシリーズ』。

 日本が誇るギターの名工、桜井正殻による至高の作品。

 美しいブラウンの表板は、まるで水晶のように極限まで磨かれ、輝きを放つ。

 そのブラウンを裂き、天から地へと下る弦は黄金のように、太陽光を浴び綺麗な反射を見せる。

 

 力強く、されど儚く、されど調和に満ちた、芸術の域に至る美しい音色を奏でる。

 まさに最強の逸品。値段は百万になるほど、高級ブランド。

 全世界のクラシック・ギタリストの羨望を受ける。人間、魔族も関係なく惚れ込む、世界で一つの品。

 

 

 

 

 

 

「……ろ?」

 

 

 彼女は取り出したマエストロ……クラシックギターを見て、呆然とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクシーの中、目的地へ向かう海堂。

 

 

「……とするとお客さん、ギターも凄く高いのでは?」

 

 

 上機嫌でギターの話をする。

 

 

「あっっったりめぇだろぉ!?……しかもオーダーメイド! 注文から完成まで二年!! 最高の逸品!」

 

「信頼出来る空港とは言え、検品とかコンテナとかに入れられるのは、不安じゃないですか?」

 

「ばっかやろう! 不安に決まっとるだろ! ちゅうか、俺様のマエマエちゃんを他の奴に触れさせられるか! 絶対に!」

 

「では、どうしたんですか?」

 

 

 海堂は得意げに言う。

 

 

 

「プライベートコンテナ使ったんだよぅ! 選ばれし者の特権だ〜」

 

「あのお高い……少し神経質ではないですか?」

 

「何処が神経質か! あの有名な『ヨーヨーマッ』も、自分の七十万もするチェロをタクシーに置き忘れたなんて事もあったらしい! 俺様はそんなヘマはしなぁいッ!」

 

 

 タクシーは目的地に着いた。泊まる、ホテルの前。

 

 

「運ちゃん、特別に見してやるぜ。人間も魔族も惚れ込む……天才、海堂直也のギターを!」

 

 

 すっかり上機嫌な海堂はトランクに入れていたギターケースを取り、運転手を近寄らせファスナーを開いた。

 

 

 

 

 彼が持つは、世界に三本しかない、『最強の逸品』。

 その名も………………

 

 

 

 

「『マエスト……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………『七式突撃降魔機槍』、またの名を『シュネーヴァルツァー』。

 世界最高峰の金属精錬技術を要した、最新鋭の兵器。

 古代技術を応用し、その矢が放つ一撃はまさに一騎当千。

 強く、鋭く、されどそのフォルムは流麗で、黄金比に則った惚れ惚れするデザイン。

 

 決して砕けず、愚直なまでに獲物を狙う様は。餓狼のようでもある。

 だが雪のように冷たく、霞のように奥ゆかしい、妖精のようでもある。

 人間は絶対とし、吸血鬼、獣人、眷獣さえ打ち砕く、まさに世界最強の品。

 

 

 

 

 

 

 

「……ロ?」

 

 

 彼は取り出したシュネーヴァルツァーを見て、呆然とする。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 そう言うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫柊雪菜は窮地に立たされた。

 自分がシュネーヴァルツァーと信じていた物が、クラシックギターに変わっていた。

 

 

「……えぇぇぇぇえぇえ!?!?」

 

 

 そう叫ぶしかなかった。

 何故、獅子王機関が用意した秘奥兵器が、ただのギターになっているのか。カモフラージュの為にギターケースに入れていたが、本当にギターになっているなんて、あり得ないではないか。そも、奪取や情報漏洩、取り違えを避ける為にプライベートコンテナを使用したと言うのに、何故取り違えられているのか。

 

 彼女の脳はフル回転し、原因を探る。その間を待つほど、相手は甘くないが。

 

 

 

「……獅子王機関は、なかなかユニークな武神具を使うようですねぇ」

 

「え、やっ、これは違うん……!」

 

「……攻魔官がいつ来るか分かりません。こっちから行かせていただきますよ!」

 

 

 怪人は姫柊目掛け、突撃する。驚くべき走力だ、十メートルが一気に縮む。

 

 

「……ッ!」

 

 

 仕方なく彼女はマエストロをしまい、ギターケースを道路を滑らせ避難させた。持っているだけ荷物だ。

 

 

 怪人の拳が襲いかかる……しかし、彼女は難なくそれを避けた。

 顔を軽く倒しただけだ、軌道を読んでいた。

 

 

「ほぉっ!!」

 

 

 間髪入れず、怪人の回し蹴りが来る。

 変則的で人間には反応出来ない速さ。だが、彼女はそれすらも、バック転により回避。蹴りも読まれていた。

 

 

「反応が……」

 

「『若雷(わかいかずち)ッ!!」

 

「はぁっ!?」

 

 

 バック転からの着地、そしてそのまま身体を旋回させ、再び怪人の前へ。

 アスファルト上を滑り、愕然とする怪人の懐へ潜り込むと、空いた鳩尾目掛けて掌底をかます。

 

 

「ぐぅぉおっ!?」

 

 

 怪人は大きく、後方へ吹き飛んだ。受け身を取る事も出来ず、道路上を転がる羽目になる。

 

 

「……フゥッ!!」

 

 

 姫柊は息を吐く。

 吐ききったと同時に、怪人はやっと立つ事が出来ていた。彼女としては驚嘆に値する、あの一撃をまともに食らえば、獣人でも立っていられない威力のハズだが。

 

 

 

「…………お見事です。良きデータが取れるでしょう」

 

「……逃がしません!」

 

「いえ、逃げるつもりは更々ありません。こっちも本気を出すしかありませんね」

 

 

 再び二人は、接触する。

 今度は先ほどのように、相手も腑抜けではない。姫柊の蹴りを右手で防御し、左手で殴る。

 勿論、姫柊は身体を捻り避けようとする。

 

 

 だが、防御の為の右手が、彼女の足を掴んだ。身体の重心が変わり、大きくバランスを崩す。

 

 

 気づく前に彼女は、振り下ろされた拳を受け、地面に平伏した。

 

 

「ガッ……!!」

 

 

 飛びそうになる意識を、寸前で保つ。

 だが、そんな状態で次の攻撃を避けられる訳がない。

 地面に叩きつけられた姫柊は、次に繰り出される怪人の蹴りを受ける。

 

 

「うぁッ……!!」

 

「今度は、貴女が地面を転がる番ですよ!!」

 

 

 熱されたアスファルト上を、五メートルも転がり滑る。卸したての制服が、もうボロボロだ。

 

 

「ぐ……そんな……なんで……!?『霊視』が出来ない!?」

 

「やはり、霊視でしたか! 貴女のは反応ではなく、『未来予知』! だから私の攻撃を一瞬早く避けられた訳ですね?」

 

「……まさか、その機械……!!」

 

 

 姫柊へ迫る、怪人。マスクで見えないが、その下は下卑た笑いを浮かべているのだろう。

 

 

「貴女、人間ですねぇ。少しぃ、『試させていただきます』よぉ」

 

 

 迫る怪人。

 姫柊は立ち上がり、攻撃しようするが、一瞬早く彼が彼女の足を蹴る。

 再び彼女は、膝を突く。

 

 

「素晴らしい能力をお持ちな事で。我々の『仲間』になれる事を祈りますよ」

 

「だ、誰が仲間に……!」

 

「嫌でも、なる事になりますから」

 

 

 

 怪人はベルトを取り、肩にかける。

 すると一瞬の閃光の後、人間態の男が現れた。

 

 人間の姿もまた一瞬。人間から、最初の怪物へと変貌。姫柊は目を見開いた。

 

 

「ま、魔族……!? でも、なんの……!!」

 

『ははは! 魔族なんかではありませんよ……ふふふ!』

 

 

 姫柊へと、顔を近付ける。頭部をガッシリ掴まれ、逃げる事が出来ない。

 何が起こるのか理解出来ないまま、彼女は腕で引き剥がそうと抵抗している。

 

 

 

『さぁ。試験の時間ですよぉ?』

 

 

 怪物は鼻の奥から、触手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッラァ!!」

 

 

……その前に、動きが止められた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

 乾巧だ。巧が怪物にタックルし、姫柊から距離を離す。

 

 

『邪魔ですねぇ!! 人間風情がぁ!!』

 

「あ、あなたは……!」

 

「クソッ! 攻魔官、遅過ぎねぇかチクショウ!!」

 

 

 何とか怪物を押し出そうとするが、獣人すら吹き飛ばした怪力だ。腕で殴りつけると、巧は簡単に姫柊の前へ飛ばされる。

 

 

「いっつ……!」

 

「な、何をしているんですか! にげ、逃げて……」

 

 

 逃走するように呼びかける姫柊。

 しかし、巧の目には、希望が宿っていた。その輝きに驚き、彼女は言葉を飲み込む。

 

 

 

 

「……何でか知らねぇんだが……」

 

 

 巧を右手を上げた。

 

 

『なっ!? き、貴様ぁ!!』

 

「なんて手癖の悪い……」

 

 

 その手には、ベルト。タックルの時、かけてあった肩より掴み取った。

 抜け目ない。状況に反し、姫柊は呆れる。だが、この男に対し、初めて会ったこの青年に対し、謎の信頼感がある事に、彼女は気付いた。

 

 

 

 この男ならやり遂げられる……そんな信頼感と期待が。

 

 

 

 

 

「……こいつ見てると、戦うしかねぇって感じるんだよ。何でか知らねぇけど!」

 

 

 巧は立ち上がり、ベルトを腰に巻く。

 大事な物を奪われた怪物だが、冷静さを取り戻し、余裕を待って話しかける。

 

 

「そ、それ、使えるんですか!?」

 

『馬鹿め! それは人間が扱える物ではありません!』

 

 

 

 

 バックルから携帯電話を抜きとり、開く。

 

『五』のボタンに親指を添えた時、何故か懐かしい気分になれた。

 

 

 

「……そいつはどうかなぁ! 試験してやるよぉ!」

 

 

 操作を行う。初めて持つのに、ずっとやって来たかのように、身体が自動的に動いている。目を閉じても出来そうな、身体に染み付いた癖のような感覚。

 

 だが困惑はない。あるのは、強い闘志と『歓喜』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 5・5・5・Enter。

 

 

『STANDING BY』

 

 

 

 右手に握った携帯電話を閉じ、天に掲げた。

 

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 そして一息に、バックルに嵌め込んだ。

 縦から差し込み、横に倒して平行にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『COMPLETE』


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