555EDITIØN『 PARADISE・BLOOD 』   作:明暮10番

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待ち人に探し物 1

「ごちそうさまでした!」

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 八人前はあったと思われる量を、全て平らげた。汁までオジヤにした為、鍋はスッカラカン。

 満足そうな幸せの表情で、二人は暫しぼんやりしていた。

 

 

 

「…………ごっそうさん」

 

 

 巧に関しては猫舌によるハンディが祟り、本番ならオジヤまで半人前しか食べていない。辛酸を舐めたような顔で手を合わす。

 

 

 

「……速いんだよ食うのが! てか姫柊、お前食べ過ぎだろ!?」

 

「あ、たっくんの言う事は無視して良いよ。シチューにしてもカレーにしても同じ文句言うし」

 

 

 相当、巧がアルバイトを一日で切った事が腹立たしかったらしく、凪沙の風当たりが強すぎる。

 

 

「食べ過ぎの点は認めますけど、巧さんは食べなさ過ぎかと」

 

「だから熱いんだよって!」

 

「……相当敏感な方なんでしょうか。十分食べられる温度でも冷ましていましたし」

 

「俺には熱いっての! 白飯まで全部食べやがって……!」

 

 

 炊飯器の中は空っぽだ。五合くらいあったのに。

 

 

「ひゃ〜、これはもう晩御飯はいいかなぁ」

 

「ふざんけんな! 餓死するだろ俺が!」

 

「熊が冬の間ずっと食べなくても平気なのが分かるなぁ。多分、たっくんが熊さんだと冬を越せないんだろうなぁ」

 

「……へぇへぇ、結構結構! 熊のようにブクブク太っちまえば良いんだ」

 

「デリカシーがないですよ、巧さん」

 

「モテないよたっくん?」

 

 

 姫柊と凪沙の波状攻撃に、また怒りを爆発。

 

 

「今度は二人がかりかあ?! もういい、俺は部屋に戻る!」

 

「なんかサスペンスの死亡フラグみたいだねぇ」

 

「このオシャベリ! ちったぁはその減らず口治せ!」

 

「たっくんは猫舌治しなよ〜」

 

「こ、このッ……ちゅ、中坊がぁ……ッ!」

 

 

 なに言っても言い返される事を学び、不機嫌な顔で自室に戻る巧。

 

 

「お片付け、手伝いますね」

 

「あぁ、良いよ良いよ! あたしがやっちゃうし! お客様にそんな事はさせられないよ!」

 

「でも、ご馳走になりましたから……」

 

「なら、たっくん宥めて来てよ。意固地だから一回機嫌悪くなると、ネチネチ引っ張るタイプだからさ」

 

 

 そう言えば家にあげられ食事までノンストップだった。当初の目的は、巧とあの怪物や謎の機械についての情報交換だ。

 彼はあの怪物……オルフェノクについて何か知っている様子。自分が戦う相手があのオルフェノクと言う存在になるかもしれない現状、全くの無知は命取りになりかねない。

 

 

 巧の部屋へ向かう前に、彼女は凪沙に質問した。

 

 

「……所で、凪沙さんと巧さんは、ご家族で?」

 

「そうだよ。たっくんが兄で。あとお母さんがいるけど、仕事が忙しくてなかなか帰ってこれないんだ」

 

「その……巧さんは、血の繋がったお兄さんですか?」

 

 

 凪沙はキョトンとする。

 

 

「うん、同じお父さんとお母さんから……まぁ、全然似てないもんね。だらしないし人間嫌いだし猫舌だし、本当にあたしと真逆!」

 

「……そう、ですか」

 

 

 すると巧の言っていた事と一致しない。彼は自分の家族を「家族だ」と断言しなかった。隠しても仕方のない事なのに。

 なら『乾』とは何なのか。偽名を使う必要もないのに。

 

 

 

 

「……でも、すっごく優しいから。雪菜ちゃんもすぐ仲良くなれるよ」

 

「……はい」

 

 

 しかし、巧と凪沙の関係は、姫柊にとって憧れだ。

 

 

 

 姫柊は巧の部屋へと向かう。

 部屋に入れば、例の機械が収納されたアタッシュケースを睨む彼の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

{ PARADISE・BLOOD }

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い詰めたような、決意をしかねているような、そんな複雑な感情が見て取れる。

 姫柊はそっと話しかけた。

 

 

「……巧さん?」

 

「……ん?……おう。なんか、色々騒いで悪かったな」

 

 

 思いの外、自制が出来る人間のようだ。怒りっぽい人間かと思っていたが、それは親しさの裏返しなのかもしれない。

 

 

「それで、話を伺いたいんですが」

 

「その前にお前の……えっと、なんだ。獅子踊り機関の」

 

「獅子王機関です」

 

「剣崎ってのは」

 

剣巫(けんなぎ)です」

 

「なんだ? 職業か?」

 

 

 彼女の方も、何処から話すか決めかねているようだ。

 

 

「……剣巫と言うのは難しい言い方ですけど、凡そは獅子王機関に属する攻魔官の事です。なのでやる事自体は、攻魔官と変わりません」

 

 

 それを聞くと巧は話を遮った。

 

 

「攻魔官? そりゃおかしいだろ、だって……」

 

「えぇ。資格取得は中学卒業者から。私は今回の件で適任と判断され、四ヶ月前倒しで任命されました」

 

「適任? 強いって事か」

 

「さあ……」

 

「さあって……」

 

 

 ガクッとずっこけそうになる。

 

 

「……私より先輩で強い人はいるハズです。でも、『この件は君が適任』と言われまして。良く、分からないんです」

 

「大丈夫なのか? シシトウ機関ってのは」

 

「獅子王機関です。学生としてなら潜伏も簡単ですし、相手が中学生の女性ならば油断を引き出せるとか」

 

「神崎ってのは大変だな」

 

「剣巫です。しかし私としても、特別な任務にあたれると言うのは、非常に誇らしい限りです……私に出来るのかって不安はありますけど」

 

 

 こんな年端もいかない少女に、あんな怪物と戦わせようとする点は残酷なのか、それとも信頼と自信からなのか。

 だが巧からすれば後者のような気がする。確かに彼女の戦闘技能は高く、一蹴りで巨大な怪物を倒した。劣勢とは言え生身でこれだけ戦えるのなら上等ではないか。

 

 

 剣巫の強さは姫柊ほどがデフォルトなのか、彼女だけが特殊なのか。そこは分からないが、姫柊は強い点はよく分かる。

 

 

 

「任務ってのは? 誰を追っている?」

 

「………………」

 

「……ん? おい、どした?」

 

「すみませんが、私にも質問する権利があるかと思います」

 

 

 ちゃっかりした女だと、巧は肩を竦めた。

 

 

「あなた、あの……オルフェノクでしたね。オルフェノクと言う怪物を知っているようでした。関係があるのですか?」

 

 

 巧は考え込むように天井を見上げ、難しい顔のまま返答する。

 

 

「……知っているが、知らない」

 

「なんですかそれ……もう隠しっこ無しにしましょうよ」

 

「いや、名前とかそんなのはパッと浮かぶんだ。けど、知らねえんだ……」

 

 

 傍に置いていた、アタッシュケース。再び彼はそれを見やる。険しい顔付きだった。

 

 

 

「……たまにあるんだよ。信じてもらえないかもしれないけど。現実が嘘に見えて、嘘が懐かしく思えて……」

 

 

 言っている意味も、何を考えているのかも得体もしれない。

 しかし姫柊には、彼は本気で苦悩し、嘘ではなく本心で言葉を漏らしているようにしか見えなかった。

 

 彼女は特務員だ、人の表情や仕草には敏感だ。この人には嘘はない。

 

 

「……あなたの仰る意味は、良く分かりません」

 

「ストレートだなお前」

 

「けど、あなたは間違いなく善人だとは思えます。それは間違いありませんか?」

 

「…………まぁ、善人だと信じたいぜ」

 

「それで十分です」

 

 

 次に彼女はアタッシュケースを指差す。

 ファイズの話題に入るようだ。

 

 

「善人ならば正直に願います。あれについても教えてください」

 

「それも同じなんだよ……使い方とかパッと浮かぶが、何がどうとかまでは分からない。確か、ファイズだ」

 

 

 アタッシュケースに手を伸ばしながら彼は、「ただ」と続ける。

 

 

 

「……これの攻撃を受けた、オルフェノク以外の奴が灰になるなんざ知らなかった。俺の記憶と若干、性能が違うのかもしれねぇ」

 

 

 姫柊はその時の光景を思い出した。

 屈強な獣人が、青白い肌になり、膝から崩れ落ち灰となった姿を。

 

 思わず身慄い。この装置の力を受けた者は、この世に骨すら残せないのか。残酷で、悍ましい死。

 

 

「……そう言えば、もう一人いた魔族は」

 

「離れた場所に避難させた。気絶してたから放置したが……熱中症で死にそうだな」

 

「大丈夫ですよ。そんな柔じゃありませんし、今頃攻魔官が保護しています……それよりも」

 

 

 姫柊はアタッシュケースに恐る恐る手を伸ばし、慣れない手つきで開けた。

 中には変身デバイスのベルト、ポインター、デジカメのような装置、そしてご丁寧に『ユーザーズガイド』と言う取り扱い説明書まで一式揃っていた。不気味なほどに魔力を感じない、普通の無機物たち。

 

 

 なのに戦闘の素人でも、強力な魔力を有する吸血鬼に匹敵する力を得られる、危険な代物だ。獣人のカテゴリーでも特に強靭と言われるL種完全体を殺し、吸血鬼の眷獣を一撃で消し去った兵器。

 触れる事にも慄きそうなほどだ。今ここで破壊してやりたい気分でもあるが、何とか堪えた。

 

 

 

 彼女はそれらを見渡した後に、ある一点で視線が止まる。それは『スマートブレイン社』のロゴ。

 

 

「……スマートブレイン。こんな物まで作っていたなんて」

 

「あの大企業か……うさんくせぇな」

 

「…………まさか、これが……」

 

 

 これが、彼女に与えられた任務を完遂する鍵だろうか。

 姫柊はこの装置について、とても恐ろしい想像をしている。ゆっくり、ケースを閉めた。

 

 

 

 

「……巧さん。これを、私に預からせてください」

 

 

 彼女の頼みに、巧は若干眉を顰める。

 

 

「……なんでだ?」

 

「これは危険過ぎます。あなたは使い方を何故かご存知のようですが……これが世間に野放しにされている事は看過できません」

 

「………………」

 

 

 巧は装置の事を知っていた。何故か知っていた、初めてのハズなのに。

 知っていたからこそ、その危険性も分かっていた。自分が使う分には良いものの、これが敵の手にでも渡れば厄介だ。

 

 

 確かに、自分の中の『記憶』は、そうやって苦戦したと告げる。

 しかし、今彼自身の『感情』は、それを拒否していた。手放したくないと。

 

 

 

「……なぁ。これ、俺が使ってもいいか?」

 

 

 自分にしては、やけに執着が強い事に驚いた。

 

 

「……巧さん。これを使えるのは、あなただけではありません。敵に渡れば、私にも勝ち目はありません」

 

 

 姫柊は冷たい口調で切り捨てる。

 彼女が危惧するのも当たり前だし、妥当だ。

 

 

 

 

「俺なら、コレを正しく使える」

 

 

 だが、彼はこれが『欲しい』。

 欲しくて堪らない。

 

 

「しかし、スマートブレインが関わっている以上……」

 

「必要なんだよ! コレが、俺にはッ!!」

 

 

 アタッシュケースへ、衝動的に手を置いた。彼の急な動作もそうだが、ここまで激情を見せる巧にも姫柊は驚いていた。

 

 

「……巧さん、貴方……!?」

 

「……悪い」

 

 

 短く謝罪した上で、「けど」と巧は続ける。

 

 

 

 

「俺がこれを使いたいんだ。これを取り返しに奴らが来るかもしれないし、スマートブレインが関わってんなら、誰が敵かも分からねぇだろ」

 

 

 掴んだアタッシュケースを自分の方へ寄せたのは、無意識の行動だろう。

 

 

「…………敵の規模が分かったら、お前の言う八王子機関に渡す。それか、武器を取り返したらで……」

 

 

 必死な様子とアタッシュケースを寄せる無意識行動を見て、姫柊は呆れたような表情を浮かべた。

 しかし同時に、異様なまでの執着と、言っている事と現状に整合のないこの男へ、例えようのないモノを感じた。

 

 隠しているのか、忘れているのか、或いは…………

 

 

 

 もしかしたら、自分の追う『対象』に近いのかもしれない。この男を監視する必要があるのかもしれない。

 姫柊はそう判断し、眉を顰めたまま口を開く。

 

 

 

 

「……確かに現状、敵の規模は不明瞭です。こちらでも計り知れておりません」

 

 

 息を吐く、溜め息のようだ。

 

 

「……分かりました。一旦、預けます。しかし、貴方がこれの力に溺れるようであれば、即刻斬ります」

 

「斬るって、物騒だなおめぇ……」

 

「あと」

 

 

 姫柊はギロッと、巧を睨む。

 

 

 

 

 

「……何ですか、八王子機関って。『獅子王』機関です。この訂正、何度目です?」

 

 

 そんな細かい事かよと、巧は髪を掻きながら思う。

 だがファイズの力を得られ、ホッとした自分もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の光を極力排除したかのような、真っ暗な部屋。

 室内には水を透過した人工の光が照らされ、天井に不気味に蠢いていた。

 

 

「……何を企んでいるのですか?」

 

 

 部屋の中央に置かれた、祭壇のような箱。それの前に立つ男が、背後に立つ者へ問い掛ける。

 疲れたように息を吹き、もう一人の人間が応答した。

 

 

「この島へ引き入れたのは、私ですよ。まさか、疑っている訳ではありませんよね?」

 

「その点は感謝を申し上げますが、貴方だからこそ疑っております」

 

 

 男が振り返り、視線を合わせた。

 

 

 

 

「……私は島を沈めます。貴方に報酬は出せません。全く、貴方へ対価はありません」

 

 

 もう一人は全く、動じる様子を見せず、傍らの水槽を眺めている。

 

 

「……何故、協力を?」

 

 

 質問に対し、一拍置いた後に返答される。

 

 

 

 

「私は既に、一部の人間から命を狙われている身です」

 

 

 両手を胸の前で組ませた。

 

 

「謂わば、リセットですよ。ここさえ沈めば、私の足取りを完全に見失う事になります」

 

「……狡猾、しかし理解のあるお方です。社長の座を降りられた事は残念ですよ」

 

「こちらも貴方のような、高尚な人物を万全な状態でお出迎え出来なかった事を残念に思いますよ」

 

 

 互いに笑みを浮かべた。

 邪悪な思いを孕ましているにも関わらず、穏やかで人当たりの良い笑みだった。

 これから行う事全ては、神の許しの元だと信じているかのように。

 

 

 

「貴方は既に、この島へ未練はないと捉えさせていただきますが……やはり、何か隠されている。行動自体は私と『この子』の二人のみで実行させていただきますよ」

 

「……ハッハッハッ!」

 

 

 高らかに、短く笑う。その声は建物内に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり貴方は、『上の上』の『殲教師様』……ですね」

 

 

 男の眼前にいたのに、いつの間にか消失していた。

 気配もなくなり、視線も消える。本当にこの場からいなくなったようだ。あの一瞬で。

 

 

 

 

「……怪物め」

 

 

 

 敵意を含んだ目を見せた後、慈愛に満ちた表情で水槽を眺めた。

 

 

 ライトに照らされる、液体に満ちた水槽の中には、少女が横たわっている。

 眠り、静止し、安らかな顔で。

 その時を待つかのように、その時まで時を止められているようで。


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