555EDITIØN『 PARADISE・BLOOD 』   作:明暮10番

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仮面ライダー鎧武とまどマギのクロス、『縢れ運命!叫べ勝鬨!魔鎧戦線まどか☆ガイム』も宜しくお願い致します。


待ち人に探し物 2

 スマートブレイン本社前。攻魔官たちが撤収する。

 

 

「……やられましたね」

 

「あぁ。やられたな」

 

 

 歩きながら少女と、後輩の攻魔官が話し合う。

 事態は思った以上に複雑になっていた。

 

 

 

 

 

 

 時間は巻き戻る。

 社長室に隠されたギミックを解明し、立体映像越しのスマートレディーが登場した。

 映像は保存されていたものであり、逆探知は不可能だ。

 

 

『正解者の皆様には、とっておきの情報が与えられまぁ〜す』

 

 

 子どもに話しかける、保育園の先生じみた話し方は、少女にとって癪に障るものだった。

 苛つきを見せるも、これは保存媒体。動揺を見せる木場や他の攻魔官たちとは違い、感情を抑制し、静聴し、内容を記憶する事を重視する。

 

 

 

 

『なんとっ! 攻魔官の皆さんが見つけた「研究室」は、ほんの一部に過ぎませぇ〜ん!』

 

 

 彼女の言う研究室は、少女が村上を追い詰めた、あの幾多のケーブルが絡み合った紅い部屋だ。

 しかしその研究室は、そこ以外にもあると言う暴露。

 どよめく場だが、少女にとっては予想していた事だった。

 

 

(第一、天下のスマートブレインが一つだけの場所に研究を集中させるなんてしないだろ……しかし、あまり多く作っては情報の漏洩も出るハズだが)

 

 

 多過ぎず、少な過ぎず、情報の共有はされない独立された、或いは無関係組織に委託された場所と考えるのが妥当か。それならば芋づる式に判明されない。事実、本社の研究室以外で見つかっていない上、『第四真祖』は本社にあった為に別施設の存在は否定されていた。

 

 だが逃走した村上が一部の社員と共に行方不明である事を鑑みるに、スマートレディーの発言は信憑性がある。隠された研究施設に身を隠したと見て良いだろう。

 

 

 

 しかし何故……自分にしか解けないような難解なパズルの裏とは言え、そんな重大な事を暴露するのか。

 

 

 

 

(……奴ら自身から、我々を招いているような……?)

 

 

 嫌な予感が巡るが、スマートレディーは続ける。

 

 

『つまり、「ベルト」は他にも、開発されているって訳! きゃー! 言っちゃったぁ!』

 

 

 この一言で、場にいる全ての者の表情は固まった。少女さえも、木場でさえも。

 

 

「……なんだと?」

 

『どれだけ作られているのかは、残念ながら教えられませぇん……社長からきつ〜く、お口にチャックと言われていますぅ』

 

「……『アレ』が、まだあるのか?」

 

 

 保存媒体だと言う事を忘れ、つい問い掛ける。

 偶然か、彼女の問い掛けにスマートレディーは答えた。

 

 

 

『だ・け・ど、ここで良いお知らせ!「完全型」は一種のみで、他はプロトタイプ! つまり「別バージョン」! 良かったですねっ、攻魔官の皆さん!』

 

 

 とても良い知らせとは思えない。

 

 

『でも、早くしないと……ベルト、増えちゃうかも? 真祖が返されちゃっても、絶賛開発中でぇ〜す!』

 

「だと思った……」

 

『とりあえず、研究室の存在は教えましたがぁ〜……場所はひ・み・つ♡ 頑張って探してくださ〜い』

 

 

 この保存媒体越しでも教えられない点、ベルトの生産は難航していると見て良いだろうか。

 ともあれ、事態は複雑になってきた。少女は思わず、顳顬を指で押さえる。

 

 

 

 

『ではご一緒に! さぁ〜ん、にぃ〜い、い〜ち』

 

 

 意味深なカウントダウン。

 

 

「…………まさか」

 

 

 木場が呟くまでも、他の攻魔官たちも察知している。

 

 

 

 

『ゼロっ♪』

 

「離れろッ!!」

 

 

 彼女の警告よりワンクッション置いた後、ミュージックプレイヤーは火花を散らして爆発。

 机とパソコンを吹き飛ばし、上部のオブジェの柱を崩す。

 

 

 即座に少女は結界を張り、爆風と衝撃、破片を回避させる。結界内にいた木場を含めた総員は、何とか負傷は凌いだ。

 崩落するオブジェ。破片は爆心地から広がるように飛び、いくつかは窓ガラスを貫く。

 

 

 

 

 

 衝撃が落ち着き、白煙の中。火事は発生せず。

 

 

「…………フンっ」

 

「ば、爆発した……!?」

 

「やり口が前時代的だ。プログラム式の爆弾と言う点だけは評価してやる」

 

 

 負傷者はゼロ。せいぜい、腰を抜かした木場が強く臀部を痛めたくらいだろう。

 ただ今までを勉学や経営に費やして来た人間にしては、反応が早い。誰よりも先に後方へ逃げていた。臆病者ほど、命の危機に敏感なのだろう。

 

 

 

 

 しかし損害は甚大だ。割れたガラスから隙間風が吹き荒み、破片や煙を巻き上げる。

 床や備品、オブジェ等を合わせたら、被害総額五百万は見積らねば。

 

 

「そ、それよりも……ぱ、パソコンが……机が……!」

 

 

 木場は慌てて立ち上がり、身体の痛みを忘れて破壊された机やパソコンの残骸に駆け寄った。

 パソコンは部品全てが吹っ飛び、机に関しては引き出しに入れていた資料やデータ等も破壊しただろう。

 

 

「ど、どうすんだよ……大事な顧客情報もあったのに……!」

 

 

 混乱からか、木場は年相応に言葉遣いが荒くなる。

 そんな彼に対しても、少女の不遜な態度は変わらない。

 

 

「別の部署にバックアップは取っているだろ。さっさと見つけ出して復元しろ」

 

「………………」

 

「それよりも株主総会の名簿だ。それも予備はあるだろ?」

 

 

 ショックを受けた一般人にその態度はどうなのかと、他の攻魔官が宥めようとした。

 しかし木場は必要以上に荒れる事なく、思い出したように冷静になる。

 

 

「…………経理部署がファイリングしています」

 

「それを渡して貰おう。またこの部屋は警察に検分させる。了承は?」

 

「…………はい」

 

 

 彼は若いながら有能な男だった。

 この事態の原因は彼女ではなく、株主総会の『裏切り者』だ。寧ろ彼女は、隠れた敵を暴くチャンスを見つけてくれた。目の前の存在にその場凌ぎの怒りをぶつけるなど、愚かな事はしなかった。感情のコントロールが出来るほど、成熟している。

 

 少女としても、事態が危険な方向に向かい出したと見て、切迫感を抱いていた。不遜な言い方は、最短で物事を進めようとする彼女なりの合理的な考えの結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は戻る。

 警察に引き継ぎをし、後に残る攻魔官へ指示を飛ばした後に彼女はスマートブレインを後にした。

 攻魔官の仕事と共に、学校教師としての顔もある。上への報告の他、補習を受ける哀れな生徒への課題の処理をしなければならない。正直この状況で教師の仕事は二の次にしたいが、表向きは平和で何の問題もない絃神市だ。平和を装う事も必要。

 

 それに、彼女には二つの仕事の他に『別件』も抱えていた。

 

 

「私は帰る。やる事が山積みでな……名簿が入手出来次第、即刻株主総会を当たれ」

 

「分かりました」

 

「あと、これを解析しろ」

 

 

 彼女は何も無かった手の平に、突然何かを出現させる。

 四角い黒い箱。それは外付けハードディスクだった。

 

 

「……これは?」

 

「爆破される寸前に、社長のコンピュータから抜いた」

 

「えっ!? ほ、報告しなくていいんですか……!?」

 

「イマイチあの新社長とやらも信用出来ん」

 

「でも、彼は無関係で……」

 

「何を言っている」

 

 

 垂れた髪を耳にかけながら、少女は呆気と信念を感じさせる曖昧な表情だ告げる。

 

 

「あの社長も、元々は『株主総会』だろ。筆頭株主が何も知らないなんて虫が良すぎる。調査が済むまでは、あの木場もマークしろ」

 

 

 

 

 

 それだけ話した後、彼女は車内から忽然と姿を消した。

 火が消えるかのように、この世から消えたかのように、突然消えた。

 

 

「政府が選んだのに、考え過ぎじゃ……」

 

 

 

 残された攻魔官は困り顔で、託されたハードディスクを見つめる。

 

 

 

「……あの人に相談しよっかな」

 

 

 車はまた、溶けたアスファルトの現場へ戻る。

 少女が帰ってしまった言い訳を、ぼんやり考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった社長室。

 割れた窓の破片が落ちたり、床に散乱していたり、別の爆弾が仕掛けられている可能性もある。立ち入りは禁止させられていた。

 

 

 しかしスマートブレイン社長、木場勇治は隙を見て、社長室に戻っていた。攻魔官らを名簿の受け渡しの為に何とか追い出し、警察が来るまで一人になる時間を作った訳だ。

 

 崩されたオブジェの、瓦礫の山の前に立つ。

 

 

「…………言っていたのは……!」

 

 

 瓦礫を身体全てを使って掻き分け、何かを探す。

 彼の脳裏には、社長就任前夜に見た……映像。

 

 

 

 

 

『……木場君』

 

 

 彼にとって見知った人物であり、恩人であり、故人でもあった。

 

 

『これを見ていると言う事は、村上は始めたと言う訳だ』

 

 

 瓦礫を掻き分ける、掻き分ける、掻き分ける。

 

 

『私には止めることが出来なかった。だから、君に託す』

 

 

 

 

 彼の手が止まる。

 幾多の板が組まれ上げられた、オブジェ。

 それらを束ねる中心柱。爆発の衝撃で、大きく曲げられた柱のヒビより、何かを見つけた。

 正確には、ヒビより伺える柱の中。急いでそれを、取り上げる。

 

 

 そうだった。このオブジェ自体、『前々社長』がわさわざ絃神島へ持ってきた代物だったろう。

 

 

 

 

『カウントダウンが始まったら、机より離れたまえ……スマートレディーは、「スマートブレインに尽くす」』

 

 

 

 

 

「切迫詰まっているとは言っても、ちょちょっと強引ですよねぇ? でもここまでしないと、前社長さん気付いちゃうそうで!」

 

 

 聞き覚えのある声。あの立体映像の女の声。

 木場は見つけた物を抱えながら、振り向いた。

 

 

 

「ども〜新社長さん♪『スマートレディー』、ただいま着任いたしましたぁ」

 

 

 木場の腕の中には、『ベルト』があった。

 白と黒の、ベルトだ。小さな銃のようなアタッチメントもある。

 そして、液体の入った注射器。

 

 白い社長室はだんだんと、斜陽の橙を受け始める。

 

 

 

 

 

 

 

〔 PARADISE・BLOOD 〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕暮れに差し掛かる。

 巧と姫柊は、それぞれファイズギアの入ったアタッシュケースと、マエストロが入ったギターケースを持って、市内の大型ホテルを巡っていた最中だ。

 

 

「……ここにも宿泊していませんか」

 

「だから言ったろ。相手は有名人だからホテル側も秘密にしているって」

 

「そんな! ギターを預かっているって言ったのに!」

 

「それを信じた奴はホテルマン失格だろ」

 

 

『ブルーエリジウム』。

 絃神島屈指のテーマパークであり、南国の島らしいリゾート地でもあり、海堂直也のコンサートが開かれる場所でもある。

 

 彼が演奏するホールは分かるが、それまでの滞在場所が分からない。

 恐らくは近くのホテルだろうが、ホテル側の守秘義務により教えてもらえない。

 

 

 よって、時間だけが食われて行く。

 

 

「うぅ……アレを無くしたなんて知られたら私、機関にいられなくなるかも……」

 

「だからって、俺も連れてくか?」

 

「当たり前じゃないですか。もしあの怪物が現れたのなら、対抗出来る人がいなければ……なんならそれを私に下さいよ」

 

「やなこった。これは俺のだ」

 

「じゃあ護衛役で来てください!」

 

「めんどくせ……バイトしてりゃ良かった」

 

 

 

 ここに来るまでの交通距離と、着いてからのホテル巡り、二つを合わせるとマラソン大会のコース分は行ったのではないか。

 足がもう、棒になっている巧。しかし姫柊は全然、元気そうだ。

 

 

「お前、タフだな」

 

「剣巫は攻魔官同様、魔族との戦闘を想定して鍛錬を重ねます。ただ歩くだけに苦痛なんて感じないですよ」

 

「アレだけ食ったもんな。俺はもう死にそうだぜ」

 

「……はぁ。仕方ないから奢りますよ。何か食べます?」

 

「情けで奢られてたまるかよ!」

 

「子どもですか……いや、子どもの方がまだ聞き分けありますよ」

 

 

 とは言え、彼が疲れているのは見て取れる。

 仕方なく、休憩を取る事にした。海が見えるベンチに座る。

 

 

「何処にいるんでしょうか……海堂直也さんは」

 

「コンサート当日で良くねぇか?」

 

「それは私も、海堂さんも困りますよ。ギターがないと、向こうもリハーサルとか出来ないじゃないですか」

 

「律儀だなお前。どうせ予備のギターとかあんだろ」

 

「それはないですよ」

 

 

 傍らに置いたギターケースを、姫柊は優しく撫でた。

 

 

「特別な一つと言うのは存在します。同じ形で何十も量産されている物の一つでも、それを十年と使い続ければ、手に馴染んでしまいます。そうなれば同じ種類で買い換えても、全く使いこなせなくなってしまう。形は同じなのに、何故か上手く使えなくなってしまうんです」

 

「………………」

 

「それは同じ形であっても、同じ物じゃないからですよ。ほんの数ミリの歪み、コンマ数センチの重心の違い、僅かな触感の違い……作られた物にはどうしてもエラーが積み重なって発生します。そのエラーを深く理解して、エラーの積み重なりを総合して把握して、これにはこう動かすんだって、身体が覚えてしまうんです。一ヶ月二ヶ月じゃ足りません、沢山の時間が必要です」

 

 

 ギターケースから手を離し、ベンチに深く凭れる。

 

 

 

「ギターも同じです。彼の手には、このギターしか収まらないでしょうね……強い愛着と年季を、一瞬握った時に感じたんです」

 

 

 戦闘中にそれを感じ、だからこそしまい直して戦場から遠ざけた訳だ。

 

 

「……んなもん、握っても分かんねぇだろ」

 

「私には分かりますよ。剣巫は霊力を操作出来ます。霊力は感覚と密接に関わります……ギターからの、あの人の強い念が感じられるのです。だからあの人には、予備のギターはありませんよ」

 

「俺には分かんねぇな。愛着とか拘りとか」

 

「では、そのベルトは?」

 

 

 否定しつつも、彼はベルトを手放したがらない。

 その事実を突きつけられ、言い澱む。

 

 

「これは…………なんだろな」

 

「巧さんが示す執着は、何処か整合性がありません」

 

「ハッキリ言いやがんな」

 

「それを判明させる事は私にとっても必要ですが……貴方にとっても、馴染みの品って事になるのでしょうか」

 

「馴染み……」

 

 

 海を眺める姫柊の視線を気にしながら、彼はアタッシュケースを撫でる。

 全く記憶はない、記憶はないのに、このベルトを握ると胸が熱くなる。

 

 これを持って怒りに駆られたような、これを持って喜んだような。兎に角、このベルトは自分でも考えられないほど自分にとって、無くてはならない物になっているようだ。

 記憶がない為に不気味で不思議ではあるが、安心感と信頼感は確かだろう。

 

 

 

 

 

 

「……さっ。海堂直也さんを探しましょ」

 

「はぁ? もう夜になるだろ?」

 

「終電ギリギリまで粘れますよね?」

 

「やってられるかよ!? 日を改めろ日を!!」

 

 

 斜陽の橙が群青に代わり、段々と黒になって行く。

 街灯がポツポツ、灯り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、海堂直也は、二人のいるブルーエリジウムとは別の場所にいた。

 アイランド・ウェストは、絃神島屈指の繁華街。夜を迎えたとしても、街は眠らないだろう。

 

 

 

「俺は、もう……駄目なんだよぉおおお……」

 

 

 街をフラフラ、千鳥足で練り歩く彼の姿。

 ギターを無くし、ヤキを起こした彼は、ここで酔い潰れていた。

 

 

「マエマエちゃんがいないと俺は無価値な人間なんだぁあぁああぁうわあああん!」

 

 

 街灯に当たったり、三角コーンを蹴飛ばしたり、立入禁止の文字のついたパネルを倒したり、酔った彼は自分の立ち位置さえ気付けずにいる。

 

 彼は街の湾岸部に来ていた。一般人は入れない、ひと気のない暗い場所。

 

 

「グスっ……マエマエちゃあ〜ん……何処行っちゃったんだよぉぅ……俺を一人にしないでよぉおお……」

 

 

 繁華街には沢山あった街灯が、ここまで来れば点々としか見当たらなくなる。

 視界は最悪だ。だが彼はお構いなしに突き進む。

 酔って若干、気が大きくなっている彼だ。暗闇なんかマエストロの紛失と比べればアオダイショウよりも怖くない。

 

 

 

 

「……んえ?」

 

 

 路上を歩いている時、街灯の側で何かを見つける。

 大きな、黒い塊。酔っている彼には、自分のギターケースに見えた。

 

 

「マエマエ……マエマエちゃあん!! マエマエちゃあああん!!」

 

 

 駆け寄り、塊に触れる。

 しかし触れた途端、手の平のぬるりとした触感に気付く。

 

 

「……んぁ? なんだ?」

 

 

 手の平を見やる。

 

 

 

 

 その手は、真っ赤に濡れていた。

 鼻腔を突く、鉄の香り。気付いた彼はそれが何なのかを察し、同時に酔いが覚め始める。

 

 

 

「…………血? 血!?」

 

 彼が触ったのは、肉の破片だった。

 

 

 次の瞬間、暗闇は真っ赤な光で染め上がる。彼の背後を、炎の馬が駆け抜けた。

 

 

 

「ぎゃあああああああアッツゥ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湾岸近くの駅より、巧と姫柊が出て来る。

 

 

「もう明日にしようぜ!」

 

「明日じゃ見つからなくなりますよ! 折角、海堂さんがアイランド・ウェストに行った情報が聞き出せたのに……!」

 

 

 苦節の末、タクシードライバーより彼をアイランド・ウェストまで乗せた情報を得た。

 本当に偶然だった。帰りたいとゴネる巧に堪え兼ね、タクシーで駅まで行こうとした。その時、彼女の背負うギターケースを見た運転手が、同じギターケースを担いだ人を空港からホテルまで運んだと話してくれた。

 

 彼の泊まっているホテルを特定した上で、やさぐれた彼をアイランド・ウェストまで運んだとも教えてくれた。

 

 

 そして現在、終電ギリギリながらも乗り、ここに来た訳だ。終電は迎えているので、勿論、もう帰れない。

 

 

「今日どうすんだよ!」

 

「タクシーを見つければ良いじゃないですか。或いは、泊まるか」

 

「それもお前の金だろ! 嫌だね!」

 

「何の拘りなんですかそれ……交通費でギリギリなんですよね巧さん?」

 

 

 

 途端、辺りに爆発音。

 それは二人から近く、一キロもない湾岸倉庫地帯。

 

 

 巧と姫柊は互いに顔を見合わせた後、そこへ急行する。

 地下ケーブルが崩壊したのか、街灯が消えた。だが暗闇は侵食しない。代わりに明かりとなった、紅い火が見えたからだ。

 

 

 

「ぎゃあああああああアッツゥ!?」

 

 

 

 情け無い悲鳴が聞こえて来た。

 立入禁止看板を巧は蹴り、現場へ到着する。どうやら車か何かが爆発したようで、火事が起きているようだ。

 

 

 その中を必死に走り抜けて来る人影。青いベレー帽、青いジャケット、青いジーンズと青い靴の見覚えのある姿。

 

 

「海堂直也さん!?」

 

「アツアツアツアツアッツゥ!!??」

 

 

 彼の背中に、火が移っていた。

 気力で走っていたものの、熱量に耐えきれなくなり路上に倒れる海堂。巧は急いで近付き、上着で叩いて火を消そうとする。

 

 

「おい! どうした!? 何があった!?」

 

 

 火が収まった所で海堂の上着を剥ぎ、路肩に捨てる。

 火傷の脅威から逃れた海堂は息も絶え絶えに後方を指差しながら訴えた。

 

 

 

「け、眷獣……! 吸血鬼の、アレ、アレ!!」

 

 

 

 それだけで二人は、彼の身に何が起きたのかを予想出来た。

 アイランド・ウェストは眠らない繁華街……夜行性の多い魔族にとっての、憩いの場でもある。よって他の場所と比べ魔族の数が多く、それは夜になるともっと増加する。

 

 故に、何かトラブルが発生すれば、とてつもない被害が発生する危険の高い一帯でもあった。

 攻魔官らが特に重視して警備はしているが、個人所有の湾岸倉庫地帯にはいない。悪事を働くのにうってつけだろう。

 

 

「……巧さん!」

 

「あぁ!」

 

 

 巧はアタッシュケースを開き、ベルト一式を取り出す。

 それを肩にかけ、彼は倉庫地帯へ駆け出した。まだ、誰かが襲われている可能性があるだろう、急がねば。


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