555EDITIØN『 PARADISE・BLOOD 』   作:明暮10番

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お待たせしました。


薔薇の指先 2

 卒然に景色は変わる。

 少女の身体より放たれた、巨大な虹色の腕。

 それはファイズを殴り付け、天高く吹き飛ばす。

 

 

 衝撃でベルトが外れ、光と共に元の姿になった巧。

 失神し、無防備の状態のまま、硬い地面に落ちた。

 

 

 

 

「巧さんっ!!??」

 

 

 姫柊が即座に、倒れた彼の側に駆け寄る。

 装甲を通過したダメージにより、痣だらけの顔。肩を叩いても、目は覚まさない。

 

 

「はっはっはっはっ!!」

 

 

 哀れな二人の様子を眺めながら、オイスタッハは高らかに笑う。

 

 

「どうです? これが私の切り札です。呪われた悪魔の鎧と言えども、神の加護を受けたこの力の前では無力ッ!!」

 

 

 はだけさせたケープコートを直す少女こと、アスタルテ。

 彼女とオイスタッハを、姫柊は睨み付ける。しかし内心、驚きで満ちていた。

 

 

「……その子、『人工生命体(ホムンクルス)』ですか……!? どうして、眷獣を……!?」

 

「おや、看破してしまいましたか。先程の戦闘能力、判断能力を含め、貴女は普通の少女ではないようですね」

 

「一体、どう言うつもりですか!! 祓魔師が人工生命体を引き連れ、虐殺行動だなんて!!」

 

「聞かれた所で、話す義理はありませんよ」

 

 

 オイスタッハはアスタルテへ、再び命令を飛ばす。

 

 

「アスタルテ。彼女たちへ慈悲を」

 

命令受託(アクセプト)

 

 

 素足のまま、一歩一歩、彼女は近付き始める。

 人工生命体らしい無感情な瞳。その瞳には、窮地に怯む憐れな青年と少女が映る。

 

 姫柊は巧を抱え、アスタルテから離れようと後退る。

 逃げなくてはならないが、巧を抱えて逃げるのは困難だ。

 

 巧を放置すれば逃げ切られる……そんな事、一縷も彼女は考えなかった。

 

 

執行せよ(エクスキュート)

 

 

 アスタルテの肌に、蠕動する虹色の光。眷獣を解き放つ準備だ。

 雪霞狼が無い現状。何かないか、この状況を打破する何かがないか。姫柊は辺りを見渡した。

 

 

 

 

 

 彼女の後ろに、外れたファイズギアがある。

 

 

「……これしかないんですか!」

 

 

 ベルトのソケットからファイズフォンを抜き取り、即座に開く。

 確かこれを開き、何かボタンを押せば変身出来る流れだったハズだ。

 

 

「ふむ。それを使うのですか。慣れていない様子ですが?」

 

 

 芸を覚えたペットでも眺めるかのようなオイスタッハを無視し、ファイズフォンの液晶に表示されたコード表を見る。

 

 

 変身コードは『5・5・5』……だが、それよりも目に止まったコードがあった。

 

 

 銃のような形のアイコン。コードは『1・0・3』。

 

 

(こ、これ、銃にもなれるの……!?)

 

薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

「うっ……!!」

 

 

 アスタルテのコートを突き破り、虹色の腕……眷獣が現れた。

 もう時間がない、姫柊は直感的に操作する。

 

 

 液晶部分が、ガチャっと左に折れた。

 慌ててコードを入力。

 

 

 1・0・3・Enter。

 

 

『SINGLE MODE』

 

 

 音声が流れた瞬間、一か八かの状態のままファイズフォンを向ける。

 

 

 

 

 その先はアスタルテではなく、オイスタッハ。

 

 

「なに?」

 

 

 余裕のあった彼の表情が歪む。

 

 ファイズフォンの持ち手部分にあったトリガーを握り、一息で引く。

 電子的な射撃音が響き、電話で言うアンテナの位置から赤い光弾が放たれた。

 

 

「銃にまで……!」

 

 

 彼の前に、眷獣を従え攻撃態勢に入っていたアスタルテが即座に守護に入る。

 光弾は二人に直撃する事なく、アスタルテが展開した防御結界により消失。

 

 

 

 

「やはり守りに行きましたね」

 

 

 今のオイスタッハには、防御をしてくれる鎧はない。巧が破壊してくれたからだ。

 ならばそれを補うのは、使役しているアスタルテのハズ。彼女の読みは当たった。

 

 

 そして今二人は、身を寄せ合うように近付いている。

 姫柊は銃口を出鱈目な方へ向け、トリガーを引く。

 

 

「何処を撃って……!?」

 

 

 ここは倉庫だ。搬送待ちの積荷が満載され、縦に積まれている。

 彼女はそれらに連発して光弾を浴びせた。

 

 

 弾は着弾と同時に、破裂するかのように小規模のスパークを発生。それによる衝撃は積荷を固定するロープを切り、揺らす。

 

 

 

 

「アスタルテッ!! 一掃をッ!!」

 

 

 

 積荷の山が覆い被さるように、二人に倒れかかる。

 

 

命令受託(アクセプト)

 

 

 羽のように生えた腕が、襲い掛かる積荷を薙ぎ払う。

 轟音、衝撃音、破壊音と破片を撒き散らし、豪快に蹴散らした。

 

 

 それでも雨のような降り頻る木屑と鉄屑、粉塵と中身の品物に視界を奪われた。

 

 

「追撃しなさいッ!! 彼女はこれを狙っていたのですッ!!」

 

 

 邪魔な物を払いのけ、粉塵を掻き分け虹色の腕が姫柊と巧のいた場所に伸びる。

 蚊を叩き潰すかのように、有無を言わさずその地点に手の平を落とした。

 地面が割れ、振動が倉庫中を揺らす。発生した風は、落ちた破片を再び舞い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 煙が晴れる。

 

 

命令未遂(インコンプリート)。対象の消失を確認」

 

 

 気絶した巧も、銃を構えた姫柊も、忌まわしきファイズギアも無くなっていた。

 何処から逃げたかはすぐに分かる。アスタルテが入って来た、シャッターの上がった搬入口。

 

 

「逃した……ッ!! すぐに追跡をしなさい!!」

 

 

 アスタルテに命令するオイスタッハ。だが彼女は眷獣を消し、コートを羽織り直すだけ。

 

 

命令認識(リシープド)。ただし第三者の存在が確認されます。再度、命令の決定に一考を要求します」

 

「第三者……ぐっ……潮時ですか」

 

 

 遠方から響くサイレン。

 あれだけ暴れた上に、目撃者一人を前に逃してしまっていた。通報されてもおかしくはない。

 

 

「……仕方ありません、ここは引きましょう。着実に実験は進行しているのですから……」

 

 

 オイスタッハはそう呟き、倉庫から出ようと踵を返した。

 その後を続くアスタルテ。無感情な目に、憐れみが浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[ PARADISE・BLOOD ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この絃神島に於いて、一軒家を持つ事は多大なステータスとなる。

 人工島と言う以上、慢性的な土地不足の問題からは逃れられない。故に店も企業も学校も、縦に伸ばして何とか土地を確保している。

 

 つまりは地価が桁違いに高い。そんな絃神島で贅沢に家を構えられる事は、天井知らずの社会的地位と莫大な財産を持つ『成功者』の証明だ。

 まさに、世界的企業スマートブレインの現社長に相応しい称号だろう。

 

 

 閉社後、帰宅した木場は例のアタッシュケースを持ったまま自分の家に入り、そのままソファに倒れ込んだ。

 最近は朝早くに発ち、夜遅くに帰る生活が続いている。休日もあってないような日々だ。家にいる時間は、殆どない。

 住居を構えたが、正直無駄な買い物だったのではと、最近は思い始めていた。これなら学生時代のような、ワンルームで事足りる。

 

 

「……たった八時間の為のマイハウスか……」

 

 

 自嘲気味に呟いた後、彼は乱れた髪をそのままに身体をよじる。

 

 

 視線の先にはテーブルの上に置いた、アタッシュケース。

 少し考えた後に、木場は身体を起こしてケースを開く。

 

 

 

 白いベルトと、二つのアタッチメント。一つは拳銃のような無線機、もう一つは前時代的な分厚いデジタルカメラ。

 一緒に入れられていたマニュアルを読む。『デルタギア』と、名前があった。

 

 

「…………これを、俺がどうしろってんだよ……」

 

 

 御誂え向きの社長時と打って変わり、ややぞんざいな口調。

 ケースから装置を抜き取り、観察する。とても不思議な力があるように見えないが、前社長の事件を思い出し、丁重には扱う。

 

 

「……花形さんは一体、何を……」

 

「ご説明しまぁ〜す!」

 

「うわぁぁあ!?!?」

 

 

 背後から飛び出す、スマートレディーの声。

 不意を突かれた彼は身体を跳ねさせ、ソファから落ちる。

 

 

「驚かしてすみませ〜ん! でもぉ、これくらい慣れないと今後が大変ですよぉ?」

 

「き、君、どっから入って……!?」

 

「それは問題ではありませぇんっ! ぷんぷん! 今、社長さんは大事な選択をしなきゃいけないんですよぉ?」

 

 

 スマートレディーが取り出したのは、怪しい薬品の入った注射。

 破壊されたオブジェから、デルタギアと一緒に発見された物だ。

 

 

「それは今の状態だと、絶対の絶対に使えません。ですので、このお注射をしなきゃいけないんですぅ」

 

「だからそれは、何なんだよ! そんな不気味な薬、注射出来るか!」

 

「痛くないですからねぇ?」

 

「痛い痛くないの問題じゃないんだよッ!!」

 

 

 注射針を近付けて来るスマートレディーを払いのけ、離れた位置で立ち上がる。

 

 

「第一、これはなんなんだ!? 花形さんは何でこれを俺に託したんだ! 花形さんが村上前社長の事件に関わっていたのか!?」

 

 

 花形は五年前に亡くなっている。棺桶越しに、死に顔も拝見した。

 何故、今になってこんな話が来たのか。

 

 

 

「説明すると時間がかかりますけどぉ……うーん。まず、このデルタギアについては、花形さんご本人からの物でぇす」

 

「あのオブジェに埋め込んだのも……!?」

 

「ご名答! 流石は社長さんですぅ! 前社長さんの行動を止める為に残した物でもあります。あ、丁寧に末長く扱ってくださいね♡」

 

 

 一々可愛子ぶった話し方で苛つくが、それを追求しても仕方ない。質問を進める。

 

 

「じゃあ、おかしいじゃないか。五年前にはオブジェが爆破されるって、花形さんは予言していたって事かい?」

 

 

 カウントダウン云々の話はそうだろう。

 しかしその疑問は、簡単に解決された。

 

 

「予言も何も、あれは花形さんが考えた計画ですよ?」

 

「……なんだって?」

 

「爆弾の設置を花形さんから前社長に提案させ、あのギミックを作ったんです!」

 

「ま、ま、ま、待ってくれ。ちょっと待ってくれ! だから花形さんは五年も前に死んでいるって!」

 

「衝撃の事実! 花形さんは死んでいません!」

 

「は?」

 

 

 

 スマートレディーの言葉に、木場は二の句を出さない。

 死んだハズの前々社長、花形が生きている。それもあっさりと言われた。

 

 

「な、何言っているんだい。僕は花形さん葬式に参列したし、遺体も拝見した! 状態も知っている、心臓発作だ!!」

 

「スマートブレインでしたら、替え玉も簡単で〜すっ」

 

「でも、心臓発作で死んだ事は確かだ!! 危篤状態で搬送された時に病院に行ったし、医師からも説明を受けた! あれも替え玉だってのかい!?」

 

「まぁ、正確には前々社長は死んでいましたけど、死んでいなかったんですっ!」

 

「だぁぁもぉッ!! 意味が分からないよ君の言う事がッ!!」

 

 

 理解出来ず、頭を掻き毟り片足を揺さぶり、癇癪を起こす。昔から少し短気な性格だった。

 

 

 そんな彼を前にしても、スマートレディーは相変わらずニッコリ笑顔。

 

 

 

 

「そう! 前々社長は、『蘇った』んです。蘇り、動き始めたんですよぉ」

 

 

 大袈裟な動作を取りながら人差し指を立て、彼女は続ける。

 

 

 

「私たちはこの現象を、『神下転生(しんかてんせい)』と呼んでいまぁ〜す♪」

 

「……神下転生?」

 

 

 スマートレディーは満足げに頷いた。

 

 

「つい十年前より確認された現象でしてぇ……条件は人間が死んだ時、『オルフェノク』として復活する事が前提でぇす」

 

「お、オル……?」

 

「あ、今は聞き流していただいて結構ですぅ。兎に角、花形さんは生きているって事で〜す! やったあ!」

 

 

 置いてきぼりの彼をそのままに、彼女はケースからデルタギアを抜き取り説明を続ける。

 

 

「でもぉ、緊急事態……前社長さんが第四真祖を発見したと同時に、欲を剥き出しにしたんですよぉ。え〜〜んっ!」

 

「……それが、例の……でも花形さんと関係は」

 

「関係はありますよ!『元々の用途』から、前社長が『アレンジした』んです! つまり乗っ取られちゃった♪」

 

 

 そんな可愛い言い方で軽く言われても困ると、木場は呆れて頭が痛くなって来た。

 

 しかしそうなると、結論はこうなってしまう。

 このベルトも、村上の事件の物も、花形が作ったのではないかと。

 

 

「……じゃあ! 前社長のアレも、花形さんの物って事かい!?」

 

「だからア・レ・ン・ジって言いましたよぉ? 前社長さんが全てを変えてしまったんです……と言うより、変えるのを待たれていたと言いますか〜……?」

 

 

 あやふやとした物言い。

 我慢ならなくなった木場がとことん追求してやろうと踏み込んだ瞬間、デルタギアを放り投げられてしまう。

 

 

「わっぷ!?」

 

「前々社長さんは、計画の『リスタート』を望んでいます」

 

 

 反射的に目を瞑り、スマートレディーを視界から消した。

 

 

 

 

「木場社長さんが、選ばれたんですよ! パチパチパチ!」

 

 

 デルタギアを受け取り、目を開ける。

 さっきまでいたスマートレディーの姿は、何処にもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅ……」

 

 

 陽の光を浴び、巧は目を覚ます。

 心地の良い波音が聞こえて来る、ここは渚だろうか。

 

 

「……お、俺は……?」

 

「あっ! 巧さん!」

 

 

 目を開くと、姫柊が傍まで近寄って来た。

 どうやら自分は気絶していたようだと、吹き飛ばされた記憶から判断する。

 

 

「姫柊……あ、あいつらは?」

 

「何とか逃げ切りましたよ。今はワンブロック先の湾岸にいます」

 

 

 辺りを見渡せば港の中、コンテナの後ろにいた。

 立ち上がろうとするが、身体全体に激痛が走り、顔を歪めて再び臥せる。

 

 

「無理はいけません!……でも、眷獣の一撃を食らっても重傷に至らないなんて」

 

 

 あれだけの攻撃に当てられた割には、彼の怪我は大きなものではなかった。

 本当にあのファイズギアはとんでもない代物だと、姫柊は改めて気付かされる。

 

 

「イテテ……あれは何だったんだ?」

 

 

 痛みのお陰で昨晩の記憶が蘇る。

 

 

 突如現れたインディゴの少女。

 その身体から顕現する、虹色の腕。闇を割いた暁。

 

 

 

「眷獣ですよ。それも、かなり強力な部類の」

 

「一撃で気失っちまった……じゃああの女も吸血鬼かなんかだったか?」

 

「いえ、あれは人工生命体です」

 

「なに? ホムンクルスぅ? なんだそれ?」

 

「ホムンクルスを知らないんですか? 人為的に生み出された生命体です」

 

 

 限りなく人間に近い、人造人間の事だ。

 思考、容姿、言語能力に至るまで人間と何ら変わらないが、そこまで至るには遺伝子からの創造が必須であり、その莫大なコストから今ではあまり製造はされていない。

 この魔族特区たる絃神島でも、見る事は殆ど無いだろう。

 

 

「限りなく人間に近い……って事は、眷獣なんか使えねぇじゃねぇか」

 

 

 無論、ほぼ吸血鬼の特権でもある眷獣の使役など、ただの人造『人間』である人工生命体には到底無理な所業だ。

 

 

「人工生命体の利点は、遺伝子レベルからの操作が可能と言う点ですが……だからと言って吸血鬼化なんて出来ませんし……」

 

「……考えても仕方ないか」

 

 

 軋む身体に鞭打ち、巧はゆっくりと立ち上がる。

 止めようとする姫柊だったが、彼自身がそれを手で制した。

 

 

 

 

「……サンキュー。なんか、助けられたな」

 

 

 痣の出来た顔で微笑んだ。

 いつも仏頂面で滅多に笑わない巧だが、時折見せる笑顔は優しい。

 その笑顔を見せられたのなら、姫柊もどうこう言う気が失せる。

 

 

「……あいつらの目的はなんだ? 吸血鬼狩りか?」

 

「享楽的に実行しているようにも、怨恨にも思えません。別の目的があるに違いありませんが……アジトすらも分からない今、何とも」

 

「何にせよ、目撃者ってだけで人間にも手を出す奴をほっとけない。止めねぇと」

 

「巧さん」

 

 

 姫柊に呼び止められ、振り返り視線を合わせる。

 彼女は真剣な表情だ。

 

 

「……これは魔導テロの可能性もあります。ロタリンギアの殲教師、眷獣使いの人工生命体……何か大掛かりな事をするハズです」

 

「それは分かってる。だから止めるんだろ」

 

「魔導テロの阻止は獅子王機関の仕事。巧さんは、関わらなくても良い案件です」

 

「あ?」

 

「……危険なんです。貴方を巻き込みたくありません」

 

 

 彼には妹がおり、家族がある。ならば何もない自分が、全てを背負えば良い。そう彼女は考えていた。

 いや、実務的な意味もある。彼はオイスタッハに苦戦し、アスタルテの眷獣に負けた。戦闘経験がない者に協力させてはならないだろう。

 

 

「今更かよ……」

 

「……昨夜、つい貴方を戦闘に立たせてしまいました。結果、こんな怪我まで負わせてしまって……とても、心苦しいんです」

 

「………………」

 

「……貴方には、死んで欲しくはありません」

 

 

 姫柊の言葉を受けながらも、彼は足元を見遣った。

 ファイズギアの収納されたケースがある。彼女が丁寧に仕舞ったのだろうか。

 

 

 ケースの持ち手を握り締め、ゆっくり持ち上げる。

 

 

 

 

「……それは俺にも言える事だぜ」

 

 

 目線を、姫柊に戻した。

 水平線から昇る太陽が、瞳に宿っている。

 

 

「俺が足手まといなら切れば良いし、勝手にしてくれても構わない。それでも俺は俺で動く」

 

「巧さん、分かってくださいよ……下手をすれば、国際問題に発展するほどの事案なんです!」

 

「お前一人に背負わせねぇからよ」

 

 

 彼の言葉で、姫柊は絶句した。

 

 

「お前はボロボロに打ちのめされても、それを隠してんだろ?」

 

「ボロボロだなんて……」

 

「昨日、オルフェノクにやられた傷、治ってないだろ」

 

「……っ」

 

 

 彼の言う通り。服の下には、痣や傷跡が生々しく残っている。

 

 

「辛いのなんのひた隠して、一人だけで動く奴をさ」

 

 

 

 また彼は微笑んだ。先程とは違い、何処と無く不器用な笑み。

 奥底には経験のない、後悔の記憶があった。

 

 

「……ほっとけねぇんだわ。個人的に」

 

 

 

 アタッシュケースを持ち、足を引きずりながら先を行く巧。

 その後ろ姿を呆然と眺めていた姫柊だったが、少し歩いた所で振り返る彼とまた目が合った。

 

 

 

 

 

「なぁ、家まで送ってくれよ。金がない」

 

 

 真面目な顔で情け無い事を言う巧に失笑しつつ、呆れと安堵を含んだ表情で姫柊も歩き始めた。

 

 

 

 

 

「雪霞狼、どうしましょう。海堂さん、どっか落としたと言っていましたから……」

 

「探すか?」

 

「今の巧さんの状態で探せませんよ……届け出があれば良いんですが」

 

「こうも見つからねぇとお前、その雪霞狼ってのに嫌われてんだろ」

 

「そんな事ありません! 絶対!」

 

 

 互いに愚痴り合う帰り道。

 橙色の日の出が次第に、白くなって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃海堂直也は、昨夜飲んでいたバーの裏手である物を発見する。

 

 

「み、み、見つけた……!」

 

 

 ギターケース。

 中を開けば白銀の槍……雪霞狼。


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