最強のヒロイン(自称)   作:げこくじょー

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最近、忙しくて手がつけられなかったのでリハビリがてらにひと作品書いてみました。

方向性が違うものなので上手くかけているかはわかりませんが、息抜き程度にどうぞ。


序章で終章

「ずっと前から好きだったんだよ!」

 

愛を叫んだ男子の表情は真剣というより半ばヤケクソじみていた。元々整った顔立ちをしているだけに普段見せないその表情は当人の心境を如実に表していた。しかし、イケメンは何をやっても許されると言うが、多分それは違うのだと感じた。正しくはイケメンは何をやっても決まるだ。全部成功するんだから許すも許さないもない。

 

イケメンの話はさておき。

 

告白された当事者。つまりは私。

 

全く予期していなかった。降って湧いたような告白に面をくらい、大和撫子にあるまじき間抜け面を晒したに違いない私。

 

どうしてこうなったのだろう。

 

心当たりはありありありありアリーヴェデルチな私は過去を少しばかり振り返ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、メインヒロインとは本来約束された勝者であると俺は思っている、

 

物語上重要な役割を持っていたり、「メインヒロインに関する何か」が主人公の目的であったり、割と早い段階から最後まで主人公の傍にいたり(ただし例外としてサブに同居人や幼馴染がいる場合もある)、最終的には主人公と引っ付く。作者によってヒロインの勝者として扱われるべき存在である。

 

本来は。

 

昨今……というか、かなり以前からその約束されたはずの勝者であるメインヒロインはそうではなくなっていた。

 

いや、大部分は結果的に勝者となっている。

 

ただ、物語全てを通してみれば、なんと酷いことか。

 

サブヒロインの方が性格が良く設定されていたり、主人公との絡みが多かったり、挙げ句の果てにはメインヒロインを敗者に追い込むサブヒロインまで現れる始末。終いにはメインヒロイン(笑)だのと言われるものさえいる。視聴者や読者にもいらない子扱いされる可哀想な子もいる。

 

これは由々しき事態だ。

 

メインとは一体なんなのか、サブヒロインより大事にしろとまでは言わないが、ぞんざいな扱いをするのは断じて許されない。後、個人的には主人公にはメインヒロインとくっついてほしい。個人的な意見だが。

 

ともかく、メインヒロインなんだからメインヒロインらしい扱いにしてほしい……と常々思っていた。はい、ここ重要。思っていたということは、あくまでも一個人の意見なのだ。

 

つまり俺が言いたいのはーー

 

 

 

 

 

 

――誰もメインヒロインになりたいとは言っていないということだ。

 

俺はテンプレ的神様転生を果たした。

 

神様には会ったし、死因も事故死。神様のミスなどではなかったものの、まあテンプレだと思う。

 

テンプレでないとしたら、なんの能力もくれなかったこと。あ、いや。能力はくれなかったけど申し訳程度に身体能力だけ上げてくれた。記憶もそのまま。並大抵の世界ならこれで無双とは行かずとも悠々自適に暮らしていくことができる。

 

転生者として意識がはっきりしたのは五歳になって半年以上経った頃だ。でないと脳が耐えられないと神様に言われたこともその時思い出した。たった二十年程度でも一気に思い出すとなるとそこそこ脳に負担がかかるらしい。

 

で、五歳にして人生イージーモードになった俺だが、一つどうしようもない問題があった。

 

――我、女児ニ転生セリ。

 

転生したのは良かった。身体能力が向上し、記憶も引き継ぎ。チート能力もらって『俺TUEEEE!』も夢見たが、それは今の状態でも十分出来たのであまり未練はなかった。寧ろ、第二の生を充実させていただきありがとうございますとさえ言いたかった。

 

なのに、これは如何なものか。

 

最後の一つの前世と同じ性で転生するというある意味転生において最も重要なことが出来ていないのか。

 

ひょっとしたらランダムなのかもしれない、と思いかけたが自分の名前を見てそんな考えも吹き飛んだ。

 

『篠ノ之箒』

 

ライトノベル、インフィニット・ストラトスことISのヒロインであり、主人公の幼馴染み。ISの生みの親である篠ノ之束姉を持つため、重要人物保護プログラムの対象になり、小学四年生から日本各地を転々、一家離散になるわ、姉が失踪してからさらに執拗な監視と聴取を繰り返され、心身ともに負担を受け続ける羽目に。そのせいか、精神面がやや不安定で、ISに関しても最初は政府によって無理矢理入学させられただけで成績も決して良くはなかった。しかも昔から人付き合いが苦手で友達作るのが苦手。コンプレックスつけすぎじゃね?と思うほどに。これで貧乳だったら作者の性格が歪んでいるとさえ思う。あ、もちろん良いところもあるよ。努力家だし、ワールドパージの時は一人だけ偽物の主人公を自分の意志で消すメインヒロインの強さを見せつけたんだから。

 

さて、大まかに説明するとこうなるわけだが、それは別にどうでもいい。

 

俺が言いたいのは一つ。

 

メインヒロインじゃねえかよぉぉぉおおお!?!?

 

絶対狙ってやっただろ、これ!?あれか!?転生前にメインヒロインの在り方について語……ってないな、そんなに。ちょっと愚痴っぽく言っただけだな。でも、それぐらいしか思いつかないんですけど!

 

『メインヒロインの扱いに不満がある……つまりメインヒロインになれば自分で動かせるから解決するのでは?』みたいになってんじゃんかよ!完全に逝っちゃってる人の思考じゃん!それならせめてメインヒロインをサポートできる立場にしてよ!兄とか弟とか!本人にしてどうするよ!?目下最大の障害が自分の前世が男だったことじゃん!?

 

……と、まあこんな風に混乱した。当然の事ながら。

 

だが、そんな混乱も十年も経てばある程度は落ち着く……というか、どう足掻いても自立するまで性別を戻すこともできなければ、篠ノ之箒という立場上、そんなことも出来ないことを受け入れなければならなかった。そこ、諦めただけとか言わない。

 

冷静になった俺は考えた。

 

これからどう足掻いても篠ノ之家は一家離散。高校はIS学園行きは確定だ。それを回避するためには篠ノ之束にISを作らせないようにしなければならないし、そんなの無理。いくら篠ノ之束がシスコンでもそんなお願い聞いちゃくれないし、絶対怪しまれる。

 

何より、俺はISに乗りたい。

 

仕方ないよ、ロボット(パワードスーツだけど)は男の子のロマンだもの。

 

そんなわけで阻止できないしする気もない以上、大体は原作通りになるだろう。

 

――そう。篠ノ之箒以外は!

 

俺という人間がなったからには篠ノ之箒もまた原作とは変わった人間になる。

 

どれだけ似せたところで完全に一致させることは不可能だ。

 

だから俺は考えた。

 

だったら理想のメインヒロイン篠ノ之箒になればいいじゃない、と。

 

ISヒロイン不動の人気を誇るシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒを凌駕するほどのヒロイン力を身につけて、メインヒロイン(笑)の汚名を返上する!

 

目標を決めてから俺の行動は早かった。というか、他に目標らしいものもなかった。

 

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。大和撫子の体現者となるべく努力した。もちろん、篠ノ之箒成分は必須なので髪型はポニーテール。口調は女子というより男子よりの固めの口調。特技は剣道だ。

 

元が男だし、何度も面倒くさいとか、中身男だしボーイッシュ路線で行ってみるかなどと迷ったりもしたが、それらを乗り越えて俺――否、私はついに『メインヒロインの座に相応しい篠ノ之箒』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――までは良かった。

 

目標を達成し、政府からのお達しでIS学園へと入学。

 

晴れてあの息苦しい生活からも解放されて、ひと時の自由を手にした。いくら覚悟していたとはいえ、あの生活は本当に息が詰まりそうだった。そりゃ、原作の箒も精神不安定になるし、原因の束を嫌うわけだ。

 

さて、ここからいよいよ原作が始まるな。

 

女にも随分慣れて男だった頃の感覚はもはや知識レベルにまで薄れている。女の裸を見ても、なにも感じないし、当然欲情もしない。ここまでくれば正真正銘の女性といっても過言はないはずだ。これからはメインヒロインらしい立ち振る舞いを見せ、見事主人公こと織斑一夏とゴールインを……。

 

……待て。ゴールインしたらマズくない?メインヒロインとして主人公とゴールインするのは最高のエンディングだけど、ゴールインするってことはつまり幸せな家庭を築いちゃうことだよね?それってつまり未来を作る行為(意味深)をするということでは?

 

「……何をやっているんだ、私は……」

 

「え?」

 

「あ、いや……んんっ。なんでもない。忘れ物を思い出しただけだ」

 

それとなく誤魔化したものの、やはり溜め息が出る。

 

ここまで大和撫子を目指すために色々頑張ってきたが、その後の事を一回も考えていなかったのは最大のミスだ。

 

……いや、厳密には考えていなかったわけではなく、最強のメインヒロインになるということは即ち主人公と結ばれるということ、そこまで考えてはいた。ただ、それが最終的には子づく……子孫繁栄に繋がるということを失念していたなんて……これもゴルゴムの乾巧ってやつが変身するディケイドの仕業に違いない。

 

冗談はともかく、本当にどうしよう。

 

ここまで来てヒロインの座をぶん投げるわけにもいかない。そうするということはこの十年と少しの時間を全否定するということになるからだ。流石に並大抵の努力でなかったことを考えると捨てることなんてできない。

 

しかし、この努力が実を結ぶということは主人公と結ばれるということ、仮に他の男が相手だとしても行き着く先は同じなのだ。

 

いくら自己意識もほぼ女になっているとはいえ、はたして男を相手にそんなことができるのか。もちろん、女寄りの意識なので女より男の方がマシかもしれないが……ダメだ。何も思いつかないや、あはは(トオイメ)

 

現実逃避しているとパアン!と弾けるような打撃音が届いた。

 

「げえっ、関羽!?」

 

追い討ちをかけるように打撃音が教室に響き、女子が若干引いていた。

 

かくいう私も知らない仲ではないのに引いている。だってあれめちゃくちゃ痛そうなんだもん。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

ややトーン低めの声。一見すると苛立っているようにも見えるが、私は知っている。久々に弟に会ったもんだから、ちょっと嬉しいのを隠すために意図的に声のトーンを――。

 

ヒュン、という風切り音とともに出席簿が顔の横を通過し……た……。

 

「次は当てるぞ」

 

「は、はい……」

 

相変わらず自分の事に対して敏感すぎませんか、この人。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことはよく聞け。いいな」

 

凄まじい暴力発言。

 

けれども、教室内には困惑のざわめきはなく、黄色い声援が響く。

 

それを千冬さんは鬱陶しそうな顔で見ていた。うん、あれは本気で鬱陶しがっている。

 

「毎年よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。逆に感心させられる。それとも、私のクラスに集中させているのか?」

 

織斑千冬といえばIS界隈では超がつくほどの有名人。サッカーでいえばその年のワールドカップMVP選手がコーチとしているようなもの。こう言う反応になるのは当然だし、このクラスに限った話ではない。

 

その後も姉弟漫才を挟みながらもSHRは進んでいき、チャイムが鳴り、SHRが終わった。

 

締めの言葉もなかなかの鬼教官ぶりだった。例に漏れず好評だったけど。

 

さて一時間目まで十分の休憩があるわけだが、どうすべきか。

 

ヒロインとして、幼馴染みとして、ここは孤立無援の主人公――織斑一夏に話しかけるか、はたまた互いに牽制し合っている女子達に話しかけて友好関係を築いていくべきか。

 

前者を選べば『流石メインヒロイン箒ちゃん、サイコー!』となるわけだが、他の女子からしてみれば印象があまりよろしくない。全員が全員抜け駆けするなよオーラを放っているわけだから。対して後者は簡単だ。このIS学園はハイパーエリート校。同中とか幼馴染みとかいうのはかなりレアだと中学で出来た数少ない友達から聞いた。ただし、後者の場合は一夏を見捨てる事になる。ヒロイン力が下がるだろう。

 

むぅ……悩ましい。どちらを選んでも修羅の道だ。

 

メインヒロインという役目を蔑ろにしたくないが、かといってその為なら他のことはどうでもいいわけではない。いや、出来ることなら学生生活は充実したものにしたい。これでも頑張って小学四年生後半から中学卒業まで学生生活を充実させる努力はしてきたんだから。ここからは原作だからぶん投げてもいいわけじゃない。個人的に。

 

どちらを選ぶべきかと考えていると教室のざわめきが増した。

 

何事かと思い、顔を上げてみれば――。

 

「篠ノ之箒……だよな?」

 

――そこには主人公(織斑一夏)がいた。

 

ゑ?なに?強制Aルート突入?選択系と見せかけてどちらを選んでも同じ答えに行きつく類のものだったか……面妖な。

 

と、ふざけてる場合じゃなかった。強制なら仕方ない。後で私も質問攻めの嵐に晒されるだろうが、抜け駆けしたとは思われないだろう。

 

「……あれ?もしかして違った、か?だとしたら――」

 

「いや、合っているぞ。お前の知っている篠ノ之箒だ」

 

「やっぱりそうか!最後に会ったのが小四だけど、箒だってすぐわかったぜ!」

 

私の手を取り、テンション高めで言う一夏。

 

気持ちは大いにわかるが、周囲からの視線が痛い。いや、メインヒロインとしてはポイント高いんですけどね?ちょーっとボディタッチするのは早くないですかね?まあ、これしきでは動じませんけどね?なにせ、元男かつあの過酷な環境を乗り越えた鋼のメンタル(自称)の持ち主だから。

 

「そうか?そう言われると私も髪型をずっと同じにしていた甲斐があったぞ」

 

「?何言ってるんだ?髪型が変わっても、俺が箒を見間違えるわけないだろ」

 

そうだろうそうだろう。やはり髪型が……関係ない?

 

あ、あれ?おかしいな。確か原作だと髪型が同じだからわかったって言ってたのに。

 

……ま、まあ、そういうこともあるな。うん。

 

「そういえば去年剣道の大会で優勝したんだよな。ちょっと遅いかもしれないけどおめでとう」

 

「それぐらいしか取り柄がない女だからな。私は」

 

大和撫子は謙虚であるべし。自分の実力を鼻にかけてはならないのだ。

 

正直な話をすれば、褒めてもらって嬉しくないわけはないし、全国優勝した時は叫びたい衝動に駆られたものだ。自分の作ってきたイメージを壊すからやめたけどね。

 

「そんなことないぞ。箒は昔から何だって出来たじゃないか。ほら、俺も昔はいろいろ箒に教わってただろ?箒からしてみれば大したことじゃないかもしれないけどさ。俺はすごいことだって思ってるぞ」

 

『謙虚だなぁ、箒は。ははは』ぐらい軽く流してもらえると思っていたらものすごい真剣な表情で返された。いや、確かに仲良くなってから勉強や家事を偶に教えることもあったけどね。それこそ私が教えなくても原作じゃ今頃普通に専業主夫クラスの実力を有してるからね、キミ。

 

後、顔が近い。

 

「あ、ああ。そう、だな……」

 

気まずくなり視線を逸らすと一夏も自分のしていることに気づいたのか、手を離して距離を置いた。

 

「わ、悪い。ちょっと熱くなった……」

 

「い、いや、大丈夫だ。その、なんだ。ちゃんと覚えてくれていて私も嬉しいぞ」

 

ここまでしっかり覚えてくれているのはヒロイン冥利につきるというもの。原作じゃ多少曖昧な部分もあっただけに今までの成果が如実に表れていると言えるだろう。こいつはすげえや、と言わざるを得ない。

 

「「…………」」

 

ただ、この微妙な空気はどうすればいいんだろう。

 

思いっきり聞き耳を立てていた周囲の女子に視線をやれば『私達は何も知りませんよ?話?聞こえてませんなぁ』とでも言いたげに顔を逸らす始末。いや、目が合いましたよね?その言い訳は苦し過ぎません?

 

と、その時一時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

 

少しだけ距離を置いて包囲網を展開していた女子達も素早く席に戻ったり、クラスに帰っていく。

 

「じゃ、じゃあまた後でな。六年ぶりだし、積もる話もあるから」

 

そう言うと一夏は席に戻っていく。

 

積もる話もある、か……はて、織斑一夏ってあんなやつだったっけ。

 

久々に会う幼馴染みで、知り合いが私しかいないからというのもわかるけど、あんなやつじゃなかったような気がする。

 

……まあ、こういうこともあるか。私のような転生した人間がいるわけだし、ちょっとくらい性格も変わってくるだろう。

 

「痛っ」

 

うんうん、と頷いているとパシンと頭を叩かれた。

 

「考え事をするのは勝手だが授業中だ。せめてバレんようにしろ」

 

「……すみません。織斑先生」

 

少しだけ痛む頭をさすりながら、大人しく授業を受けることにした。

 

――思えばこの時から一夏の反応はおかしかったのかもしれないが、この時の私は『ラノベの主人公にありがちな思わせぶり言動』だと高を括っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二時間目が終わり、クラス代表を決める話し合いでも原作通り一悶着起きた。

 

ただ、ここでも一夏の対応はとても原作で子どもの口喧嘩じみたことをしていたとは思えないほどの大人の対応だった。

 

『そっちが俺のことをどうこういうのは勝手だ。ただ、それ以上言うんなら聞き流すわけにはいかないぜ』

 

この時の一夏の様子は声を荒げるでもなく、努めて冷静に、静かに声音に怒りを滲ませるもので、対応としては及第点だった。

 

満点じゃないのは、それが一夏を罵倒してきた相手――ISのサブヒロインが一人。セシリア・オルコットだったことだ。

 

一夏の冷静な対応も彼女にとっては弱気な発言に聞こえたようでさらに拍車がかかった。

 

これは自分も当事者なら声を荒げて言い返すぞって感じた辺りでついに一夏が軽く言い返し、そこからはヒートアップして原作通り。違うとすればハンデ云々の話がなかったことぐらいだ。

 

一、二時間目も一夏は普通に授業について行っている様子だったし、原作より少ししっかりしている。まだ一夏の全部を見たわけじゃないからあくまでも少しだけと言うことにしておく。

 

学食でひとまず落ち着いて……と行きたいところだったが、一夏がいる以上そんなことができるわけもなく、当たり障りのない会話しかできなかった。まぁ、それでも一夏にとっては良かったらしい。

 

で、ようやく放課後になったわけだが、女子の動向は相変わらず。

 

いや、ちょっとだけ変わったかな。一夏と同じように私も注目されている。

 

私達が知己であるのは既に学園中に知れ渡っている……というか、普通に聞かれたので幼馴染みだと答えたら、あっと言う間に広まった。

 

「なんか日本に初めて来たパンダの気分だな」

 

「パンダよりはマシだろう。見世物という点ではそう変わらんがな」

 

「だな。ホントに箒がいてくれて助かったぜ。俺一人だったら今頃どうなってたか」

 

「大袈裟だな……と言いたいところだが、今は似たような立場だ。気持ちはわかるぞ」

 

仮に自分が一夏と同じ立場で、頼る人間がいなかったとしたら気が滅入っていたに違いない。今の鋼のメンタル(自称)は重要人物保護プログラムによって培われたが、それとこれとは違うわけだし。

 

「あ、織斑くん。まだ教室にいたんですね。良かったです」

 

一夏を呼んだのは女子の包囲網をかき分けて現れた副担任の山田先生だった。

 

「えーと、俺になにか?」

 

「えっとですね。寮の部屋が決まりました」

 

「寮の、部屋ですか?でも、前に聞いた話だと一週間は自宅から通学するって話だったと思うんですけど」

 

「自分の状況を考えてみろ、一夏。入学してすぐに行方不明者の一人として名を連ねたくはないだろう」

 

ぶっちゃけた話、よくもまあISが動かせると判明してからも普通に生活が出来たなと思う。普通IS学園に入るまでは私と同じような扱いを受けるところだ。

 

「それは言い過ぎな気もしますけど……事情が事情なだけに一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したみたいですね」

 

その辺りから山田先生が一夏に耳打ちをしたので何を言っているかは聞き取れなくなった。内容は大体わかるけど。

 

政府がどうのこうのって話だろう。この辺りの重要じゃない話はうろ覚えだけど。

 

「部屋割りのことはわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないんで、今日はもう帰っていいですか?」

 

「あ、いえ、荷物なら――」

 

「私が手配しておいてやったぞ。ありがたく思え。生活必需品と着替え、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

疑問形じゃなく、確定系なんですね、千冬さん。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

引きつった笑みを浮かべて一夏は心にもない感謝を述べる。

 

気持ちはわかる。そりゃ仕事人間みたいなやつはそれで大丈夫だろうけど、普通の人間には日々の潤いも必要だ。かくいう私もアプリゲームから手を離さないのが現状です。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時。寮の一年生用食堂でとってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、織斑くんは今のところ使えません」

 

「え、なんでですか?」

 

ずっこけかけた。

 

原作に比べると幾分理性的になったかと思っていたが、どうやら天然なのは生まれつきらしい。鈍感な上に天然だから女子の告白にも気づかないわけだ。

 

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「あー……」

 

失言だったと言葉を濁す一夏。

 

と、その時、気まずそうな表情を浮かべながら、一夏がチラリとこちらを見た。

 

「?なんだ?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

自分がセクハラ紛いの発言をしたことを気にしているんだろうか。別にこの程度は全く気にしないけど。

 

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

 

「わ、わかってます!さっきのは失言ですから!ちょっとした勘違いです!」

 

「そ、それならいいんです。女の子に興味がある年頃だとは思いますけど、教師として不純な行為は見過ごせませんから」

 

一夏は失言に慌てふためく山田先生もなんとか宥める。一人で炎上するタイプの人を宥めるのって結構苦労するよね。

 

「はぁ……とりあえず途中までだけど寮に行こうぜ、箒。俺早くこの視線から解放されたいよ」

 

「ああ」

 

十中八九、途中までじゃないだろうけどね。

 

そんなことを思いながら、一夏と共に教室を出た。

 

よくよく考えたら、この時も一夏の言動には不審な点がいくつか見られたのに、私は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……1025号室っと、ここだ」

 

一夏は鍵プレートの番号と見比べて頷く。

 

「これでようやく落ち着けそうだな?」

 

「ああ。流石に部屋の中まで入って来ないだろうしな」

 

実際、一定の距離を保ちつつ後ろからついてきていた女子の集団も一夏の部屋を確認すると、各々割り当てられた部屋へと向かった。流石に一夏が部屋に入った途端、扉に張り付いて聞き耳を立てる、なんてことはしない……はずだ。それは私も困る。

 

「では、入るか。一夏」

 

「おう。………え?」

 

一夏と違い、既に渡されていた部屋の鍵を取り出して、鍵穴に刺して回すとカチャリという音が聞こえた。

 

何を隠そう……というか、隠してもいなかったが、原作通り一夏のルームメイトは私なのだ。まぁ、千冬さんなりに一夏に気を遣ったということだろう。あの人のブラコンぶりを考慮すれば十分あり得る話だ。私情を抜きにしても、知っている人間と同室にするのは妥当な判断ではある。

 

あくまで個室が用意できなかったという前提条件がある場合だ。

 

部屋に入って中をぐるりと見回す。

 

やはり凄いの一言に尽きる。

 

いくら国からの全面的な支援があるとはいえ、お金をかけ過ぎではないだろうか。使える身としてはありがたいことだが。

 

「さて、共同生活を始めるにあたっての線引きを……一夏?」

 

振り向くと一夏はまだ部屋の前で立っていた。

 

「一夏?入らないのか?」

 

「え、いや……ここって、俺の部屋、だよな?」

 

「今しがた確認したばかりではないか」

 

「じ、じゃあ、なんて箒が……」

 

「ここの寮は二人一部屋でな。ここは私の部屋でもある。つまりお前のルームメイト、というわけだ」

 

「は……はぁぁぁぁあああああっ!?」

 

一夏の絶叫が廊下に木霊する。

 

驚いたにしても、オーバーリアクションに過ぎるその叫びにはさしもの私も顔を顰めた。

 

「一夏っ。いくら防音対策がされているとはいえ、大声で叫ぶな」

 

「わ、悪い……じゃなくて!どういうことだ!?」

 

一夏は驚愕と焦燥をごちゃ混ぜにしたような変な表情でこちらに詰め寄って……くる前にドアを閉めた。相変わらず、変なところで律儀なやつだ。

 

「二人一部屋?箒がルームメイト?何がどうなってるんだよ!?」

 

「ど、どうも何もそういうことだ。一学年に百人を優に超える生徒が三学年分。全員分の個室を用意していてはキリがないだろう」

 

「だとしても、俺は男だぞ!?同性同士ならともかく、箒は女子だから同じ部屋で暮らすのはいくらなんでもマズいだろ?」

 

「男子がお前しかいない以上、ルームメイトは女子になるし、そうなると私しかいない。お前の言い分もわかるが、納得しろ」

 

まぁ、一夏としては周囲の目を気にしない時間が欲しいのはとてもわかる。いくら幼馴染みとはいえ、結局女だ。気心が知れた仲でも気を遣ってしまうだろう。

 

「そ、そりゃそうだけどさ……」

 

一夏にしてはえらく食い下がる。はて、原作では箒の方がいちゃもんをつけていたからか、一夏がこの状況に文句を言っているのは違和感を感じる。いや、別に原作の一夏に常識がないというわけじゃなく。

 

反応としてはこれが普通なのは間違いない……が、妙な引っ掛かりを感じた私はつい聞いてしまったのだ。

 

「それとも何か?私がルームメイトでは不都合があるというのか?」

 

「………………ある」

 

熟考の末、一夏は気まずそうに呟いた。

 

相手が女である時点で不都合がないわけはないのだが……それにしては随分気まずそうだ。

 

言いづらいことでもあるんだろうか……もしかして。

 

いや、十分に考えられる話だ。何故この考えが思いつかなかったのか。

 

「一夏。もしや、私が嫌いか?それとも苦手か?」

 

「……………は?」

 

原作よりも良くなった『つもり』でいただけで、その実、良いどころか、悪くなっているということに……っ!

 

この可能性は大いにある。必ずしも、自分のヒロイン像が主人公にとってのヒロイン像と合致するとは限らない。否、もしかしたら正反対に位置するかもしれないのだ。

 

結果として、私は一夏と良い関係を築いていくどころか、敬遠される立場になろうとは。最初からあんなに詰め寄ってきたのは苦手を克服するためないし、幼馴染みに気を遣ったと言われれば納得もできる。とはいえ、さすがに同室になるのは無理、ということか。

 

まさかこれまでの努力が全て裏目にでるとは……今までの頑張りは一体なんだったのか。ちょっと泣けてきた。

 

「それなら仕方あるまい。ただでさえ息苦しいこの学園で、私のような相手と共同生活をするというのは酷な話だろう。明日にでも寮長の先生に相談してくる」

 

なるべく公私混同を避けている千冬さんといえど、この状況は望ましくないだろうから、話せばわかってくれるだろう。部屋割りはどうなるかわからないが、千冬さんならきっとなんとかしてくれる。

 

「私としてはお前がルームメイトで良かったと思っていたが……やむを得んな。私の都合だけでお前の学生生活を左右するわけには――」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんでそうなる!?」

 

と、その時。一夏が私の言葉を遮るようにそう言った。

 

「む。なにかおかしなことでも言ったか?」

 

「おかしなことだらけだ!そもそも俺は箒のことが嫌いでも苦手でもない!箒との共同生活だって、ちょっと緊張感はあるかもしれないけど、別に気まずいとか息苦しいとかそういうのじゃないし、俺も……その、他のやつより箒がルームメイトの方が絶対に良い」

 

そうか。嫌われてないのは良かった。

 

……しかし、そうなると一つの疑問が生じる。

 

「では、何が問題だ?今までの話だとやはり私がルームメイトで最善ということになるぞ」

 

「そ、それは……」

 

一夏の目が泳ぎ始めた。

 

気まずいわけではないのだろうが、何かを隠しているのは明らかだ。

 

こういうことは突っ込まず待つ姿勢がヒロイン力の高さを物語る。

 

だがしかし。幼馴染みヒロインにとってそれは悪手!

 

待ちの姿勢を貫いた結果。負け犬の烙印を押されるのだ。

 

つまり、この場合は攻めの姿勢を見せるべきなのだ。守ったら負ける。攻めろ!

 

「らしくないぞ、一夏。言いたいことははっきりと言うべきだ」

 

「ぐっ……で、でも……こればっかりは」

 

「はぁ……そこまで私を信用できないのか。一夏」

 

「い、いや。信用できないとかそういうんじゃなくて……」

 

「だったら言ってくれ。私はお前の幼馴染みだぞ?私にぐらい多少気を遣わなくても問題はあるまい。というか、建前を言うくらいなら本音で話せ。そういうものだろう。私達の関係は」

 

今度はこちらが詰め寄ると、一夏は後ずさる。それを追いかけてさらに詰め寄る。

 

これを何度か繰り返していると、ついに一夏はドアを背負う形で足を止めた。これでもう逃げ場はない。

 

何も言わず、ただ無言で一夏を見つめる。

 

一夏は目を逸らすが、息苦しさだけは誤魔化しきれず、顔を青くしている。

 

そしてそれが一分ほど続いたところで一夏は絞り出すように声を出した。

 

「……好き、なんだよ」

 

「好き?なにが?」

 

「ああもう!だから!篠ノ之箒の事が!ずっと前から好きだったんだよ!」

 

「………へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上。過去回想終了。

 

半ばヤケクソじみた告白をした一夏。そしてそれを受けたのは紛れもなく私。何せ名指しで言われたんだから。流石に同姓同名の別人に対しての告白をこの状況でするわけはない。さすがにそれは正気を疑う。

 

衝撃的な事実に思わず後ずさったのち、念のために一夏に問いかける。

 

「い、一夏。今のは……その、冗談、ではない、な?」

 

「……冗談でこんなこと言わないって。俺がそんなやつに見えるか?」

 

「み、見えない」

 

「はぁ……こういう空気になるってわかってたから言わないようにしてたんだよ……」

 

やってしまった、とでも言いたげな様子で一夏は頭をガシガシとかいた。

 

実際、この状況で告白するというのは一夏にとって悪手も悪手なのは事実。

 

断ってしまった場合、これからとても気まずい生活が始まってしまう。まだ初日だから周囲には気づかれないかもしれない(千冬さんを除く)が、自室に帰るたびに微妙な空気が流れ続けることになる。

 

「い、一応聞いておくが、いつ頃からだ?」

 

「……小学三年の春くらいから」

 

「キッカケは?」

 

「最初は純粋に憧れてたけど気づいたら……」

 

「……もしや、テストや剣道で私に勝負を挑んできたのは――」

 

「……ああ。勝ったら告白しようかと思ってた」

 

成る程。あの頃はてっきり一夏が負けず嫌いを拗らせていただけなのかと思っていた。負けん気が強かったし、私もまだ男としての意識が強く、年の近い弟の相手をしているような気分だった。

 

……そういえば。私が転校して参加できなかった剣道の大会。

 

あの時も『俺以外のやつに負けるなよ』とか言ってたな。ライバル同士が言うかっこいいやり取りかと思っていたが、あの時もそう言う意味だったのか。

 

「でも、言ったものはしょうがないしな。変に有耶無耶にしてもお互い気まずくなるだけだ」

 

今度は一夏がこちらに詰め寄ってくると、私の肩に手を置いた。

 

「箒。好きだ。俺と付き合ってくれ」

 

先程とは打って変わって真剣な眼差し、表情、声音。

 

告白する顔としては百二十点。イケメン効果でさらに威力はアップ。これは男寄りのメンタルの時でも『一夏なら良いか』と考えてしまうほどのキメ顔だ。そして女寄りのメンタルな私は不覚にも今のキメ顔でうっかりときめいた。べ、別に落とされたわけではないので間違えないように。

 

私は冷静に考える。

 

メインヒロインとしてこの状況は願ってもない状況だ。

 

現時点で他のヒロインはまだ舞台に上がっておらず、主人公に告白されているのはメインヒロインたる私のみ。厳密には後で登場予定のセカンド幼馴染とかいるが、それでも現在は事実上敵が存在しないこの状況下において、邪魔するものはいない。いるとすれば、それは私自身の心のみ。

 

インフィニット・ストラトスのメインヒロイン。篠ノ之箒として転生した時からどう在るべきかは決めていた。

 

しかし、私の中にはまだ男を受け入れる覚悟が足りていない。もしも、今強引ないし不意打ちでキスされようものならうっかりぶちのめしてしまうかもしれない。否、絶対ぶちのめす。

 

だが、それだけの理由で一夏からの好意を無下にすることなどできるはずもない。ゴールが目の前にあるのに自分からレースを棄権するなどバカの極みだ。そんなの意識高い系(笑)がすることだ。

 

ここでもし断って、気まずい関係になった挙句、ヒロイン競争からリタイアなんてことになってみろ。私のこれまでの生そのものが全否定されることになる。他のヒロインが凄かったのならまだ納得のしようもある。私の努力が足りなかったんだと。だが、仮に私自身がその引き金を引いたと言うのなら、おそらく死ぬほど後悔することになる。

 

えーと、つまりは受け入れるのも、断るのもなかなか難しいわけで。前門の虎、後門の狼的な感じで……。どちらを選んでもその先は地獄だぞ、みたいな……地獄は言い過ぎたな。

 

「箒」

 

真っ直ぐに見つめられて、視線を逸らすことができず、息を呑む。

 

だ、ダメだ。思考がまとまらないっ。この状況を打開する策どころか、時間稼ぎの言い訳さえも。

 

「まだダメか?」

 

「うぇっ?!ど、どうしてそうなる!?」

 

「いや、箒が困ってるみたいだしさ。もしかしたら幼馴染みのよしみで断り辛いだけなのかって……」

 

「ば、馬鹿を言うな。わ、私がそのような気を遣うものか。そ、それに……べ、別にダメというわけではなくてだな……」

 

「ダメじゃないなら………そ、そのOKってことでいいのか?」

 

「ダメじゃないなら……う、うむ?そうなる、な……?」

 

あまりにもテンパった挙句、頭の中が真っ白になった私は半ば条件反射でそう答えた。

 

瞬間、一夏の表情が明るくなった。喜色満面とでも言えばいいのか。何度も見てきた一夏の笑顔だが、今回はそれらとは比較にならないほど輝きを放っている。ガッツポーズまでしてる。

 

「これからよろしくな!箒!」

 

「こちらこそよろしく頼む……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?これってつまりそういうことなのか?




プロフィール
名前:篠ノ之箒
身長:160cm
体重:ヒロインにつきトップシークレット
スリーサイズ:高水準
特技:ヒロインに要求されること大体全部
天敵:一夏
メインヒロイン像を話していたらメインヒロインに転生させられた憑依転生者。他のヒロインに負けない最強のヒロインを目指した結果、男だった頃の精神性はほとんど失われ、男性側に一定の理解がある程度となっている。ヒロインに求められる要素を身につけ、自身のことを最強のヒロインと信じて疑わないが、勢いに弱く、ピンチに弱いので攻められるとポンコツ気味(よってガンガン攻めてくる一夏が天敵)。本人は気づいていない様子。ただし、攻めに回ると強い(カウンターが効かないとは言っていない)。

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