最強のヒロイン(自称)   作:げこくじょー

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幼馴染と幼馴染

「「……」」

 

「え、えーと、二人とも、麦茶飲むか? 飲むよな? ちょっと淹れてくるっ」

 

そう言うと一夏はそそくさと逃げるようにこの場を離れた。

 

離れたい、と考えてしまうのも無理はない。私も第三者の立場なら何か適当な理由をつけてこの場を離れようと考えるだろう。

 

というのも、かれこれ十分ほど、こうして無言の時間が続いているからだ。

 

私の向かいに座る訪問者――凰鈴音は私を見るばかりで一向に口を開かない。

 

よもや、いきなりIS学園に来たその足で私たちの部屋に突撃してくるとは思ってもみなかった。原作よりも早い邂逅というわけだ。

 

『ちょっと話があるんだけど』。

 

部屋に来て開口一番、鈴はそう言ったのだからなにか話(おそらく一夏関連)があるのだと思っているのだが、私の予想に反して、室内を静寂が支配している。

 

私から話を切り出すべきかと考えたのだが、一応鈴が話したいことがわかっていないので、私の憶測だけで話を切り出せないでいた。

 

「ほ、箒、鈴。麦茶持って来たぞ。そ、それとお茶請けに羊羹もあるからなっ!」

 

「ああ、ありがとう。一夏」

 

「……ありがと」

 

「っ。お、おう! ま、まぁ、俺のことは気にせず、話してくれていいからな? お、俺はISの勉強もあるし」

 

そう言うと、学習机の方に向かい、勉強を始めた。

 

……確か鈴が来る前に予習・復習は終わらせていたはずだが……追及しないほうがいいだろう。

 

「……やっぱりさ」

 

「?」

 

「……あんたも、その、一夏のこと、す、好き、なの?」

 

ようやく鈴の口から出た言葉は予想していた内の一つだ。

 

鈴がそう思う気持ちはわかる。

 

原作で一夏と出会った人間は敵対している人間を除いてほぼ全員が好意を抱いていた。そして小学生の時はまだしも、この学園に来てからも理由はどうであれ、既に一夏に対して好意を抱いている人間は多く存在する。

 

そしてそれは近しい者たちも当然と考える。

 

だが。

 

「ああ。確かに私は一夏が好きだ」

 

「やっぱり……」

 

「好きだが……これは愛している、という意味ではない。なんというか……友愛のようなものだ」

 

恋愛感情はない……はずだ。正直あまり自信が無い。

 

というのも、この数週間でちょっと一夏の印象が変わりつつある。

 

私の精神がほぼ女になっていること、作品としてではなく、一人の人間として織斑一夏を見ていることなど色々な変化があってか、告白されて以降、一夏を異性として意識するようになっていた。

 

……だから、将来的に一夏を好きでないという保証はない。いや、別に好きになるのは悪いことではない。ヒロインもしてはいいことだ。ただ、告白されたほうが最終的にベタ惚れって、それはそれで負けた気がする。

 

「そ、そうなの? 私はてっきりあんたも一夏を好きなんだと……」

 

意外そうに呟く鈴。そしてその表情はさっきよりも明るく見えた。

 

……その表情を察するに『両想いじゃないならまだ可能性はある』と思っているのだろう。

 

だが、そう上手い話があるわけではない。

 

「確かに私は一夏を愛しているわけではない……が、凰鈴音。お前の予想はあながちハズレでもない。お前がここを訪ねてきた段階でお前が最も危惧していたこと。願わくばそうあって欲しくないと思ったことは紛れもなく現実だ」

 

心を鬼にしても告げなければならないことはある。何事も初めのうちが肝心なのだ。後回しにすればするほど収拾がつかなくなる。

 

「…………ふーん。じゃあ、一夏は私との賭けに勝ったってワケね」

 

「……賭け?」

 

「そ。二十歳までに篠ノ之箒と恋人になれたら一夏の勝ち。なれなかったら私の勝ちってね。……まさか、こんな偶然が重なって、早々に決着がつくなんて思わなかったけど」

 

この世界の流れを知らない人間にしてみれば、一夏と私が恋人になるまでの出来事は偶然に偶然が重なった奇跡的な出来事のようにも思えるかもしれない……いや、現実なら奇跡か。

 

となると、一夏にとってはかなり分の悪い賭けだったはずだ。それでもなおその賭けに乗ったということは、一夏なりの覚悟の決め方だったのかもしれない。ラノベ主人公の決断力は計り知れないものがあるからな。一夏も例外ではない。

 

しかし……むぅ。あずかり知らぬこととはいえ、私まで負けた気がするのは何故だ。

 

「あー、残念っ! 一夏がIS学園に入学するって聞いた時は私にもチャンスあるかと思ったんだけど、そう上手い話はないかー」

 

「私が言うのもなんだが、随分サッパリしているな」

 

正直、泣かれるのも覚悟していたのだが……拍子抜けだ。

 

「そりゃ一回振られてるわけだしね。その時に出すものは出してるわよ。今回で完全にチャンスも無くなったわけだし、むしろ後腐れ無くなってスッキリしたわよ」

 

から元気……ではないようだな。

 

「だからこの話は終わり。でさ、他にも聞きたいことがあるんだけど」

 

「質問ばかりだな」

 

「別にいいでしょ? 減るもんじゃないし」

 

「……まぁ、何も言わないよりはマシだな」

 

どちらかといえば、という前置きがつくが。

 

だが、当の鈴はそんなことなど気にもせず、さっきとは打って変わって興味津々の眼差しでこちらを見て、問いかけてくる。

 

「中学の時さ、一夏が結構あんたの話をしてたのよ」

 

「私の話? たとえば?」

 

それには興味がある。

 

自分のこととはいえ、一夏が惚れた相手の話をするなんて原作では聞けなかったものだ。

 

「ぶっちゃけ自慢話よ」

 

「……」

 

思わず、勉強している(フリをして聞き耳を立てている)一夏の背中を睨んだ。

 

好きな相手のことを褒めたいのはわからなくはない。

 

しかし、そこはもっと言い方というものがあるだろう! 聞かされる側からすれば赤の他人なんだぞ!

 

「聞かされる身としてはうんざりしてたんだけど……」

 

「当然だな」

 

それも好きな相手が他の知らない女の話を楽しそうにするのだ。正直、キレても拗ねても恨んでも仕方ないと思う。

 

「でも、自慢話の中でも気になることがあったわけ。信憑性が高いのは……剣道の腕前が千冬さんクラスとか」

 

「……それは流石に言い過ぎだと思うぞ」

 

そもそも本気で戦ったことがない。年の差を考えると当然のことだ。小学生と高校生だしな。

 

「でも、千冬さんは合ってるって言ってたわよ?」

 

それを聞いて、椅子からずり落ちかけた。

 

あ、あの人……ひょっとしてあの時から私と本気で試合をする機会を虎視眈々と狙っているのではないか?

 

可能性は否定できない。昔、千冬さんが『お前と束が逆だったらな』とボヤいていたのを聞いたことがある。もちろん、聞いていないことにした。

 

「買い被りだ。千冬さんはあのブリュンヒルデ。それでなくとも身体能力が化け物じみているのは互いに知るところだろう」

 

「それは知ってるわ。だから、興味あるわけ……っ!」

 

「そうか。だが、こんなことではわからないだろう?」

 

「……あんたも千冬さんも同じくらい化け物じみてるってのはわかったわ」

 

鈴が引き攣った表情でそう答えた。

 

鈴はおそらく拳を顔の前で寸止めするなりなんなりで事の真偽を確かめようとしたことだと思う。表情が引き攣っているのは、鈴が椅子から立ち上がった段階で私は手刀を喉元に当てているからだろう。

 

化け物じみた身体能力、というのは否定しない。これは神が与えたものだ。本来の篠ノ之箒よりも努力し、元のポテンシャルも高いとくれば当然化け物じみた身体能力に……ん? これなら千冬さんと同等の可能性もなくはないのか?

 

「今のがホントのこととなると……頭が良いのも、家事全般がこなせるのも、趣味が多彩なのもホント?」

 

「……嘘か本当かで言えば、本当だな」

 

褒め殺されているみたいで気恥ずかしいが、その為の努力はしてきた。それもこれも最強のメインヒロインとして、決してメインヒロインが先に出てきただけの女だの、作者の趣味だの、はては他ヒロインの引き立て役だのと言われない為に努力は惜しまなかった。

 

「ふーん。なるほど。一夏が好きになるのも少しは納得できるわね。少しね」

 

「う、うむ」

 

後腐れがなくなった、という割には少ししか納得しないのか……気持ちは理解できるが、負けず嫌いなやつめ。

 

「まあいいわ。恋愛(この戦い)は負けたけど、ISは負けないから。あんたにも、もちろん一夏にもね!」

 

「ふっ。面白い。今はまだお前の方が強いが、私もすぐに追いつく……いや、追い抜いてやろう」

 

「ああっ! やるからには俺も絶対に負けないぜ!」

 

びしっと指をさして高らかに宣言する鈴に私と一夏も乗る。

 

最初はどうなるかと思ったが、これはいい感じに話を締める事が出来たのではなかろうか。

 

そう思って、ほっと胸を撫で下ろしていると――

 

「ところであんた達って付き合ってどのくらい? どっちから告白した……かはわかるとして、同棲状態だけど、どこまでいったの?」

 

――鈴の好奇心に任せた質問連打が再開した。

 

それを聞いて、鈴の中で完全に未練が断ち切られていることに安堵しつつ、鈴の質問に触発された一夏の大胆発言アンド行動に私はドギマギする羽目になった。

 

……釈然としない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

案の定、クラス内は転校生――鈴の話で持ちきりだった。

 

ただ、原作であった鈴が一夏に宣戦布告をしにくるということはなく、朝のSHRで千冬さんが鈴は国家代表候補生であり、専用機持ちであること。二組のクラス代表になったことを簡潔に述べたことですぐに噂話は鳴りを潜めた。

 

噂というのは謎だからこそ盛り上がるものだ。

 

その点、千冬さんはさっさと真実を伝え、クラスメイトの興味を一気に削いだ。おかげで放課後にはまるで朝の盛り上がりがなかったかのように慣れつつある日常に戻っていた。手際の良いことだ。

 

まぁ、鈴が一夏と接点のある人物であると露呈するとまた再燃しそうな気もするが、今はそれよりも重要なことがある。

 

鈴は専用機持ちでクラス代表。そして一夏もクラス代表。

 

二週間後にはクラス対抗戦が待っている。その最大の敵となるのが鈴だ。

 

……もっとも、順当に行くと一回戦で当たる挙句、どこかのバカ姉のせいで無しになるのだが。

 

しかし、だからといって鍛錬を疎かにするわけにはいかない。それにどこかで私と一夏の関係を把握しているであろう姉さんがひょっとしたら乱入してこないかもしれない。可能性は限りなくゼロに近いが。

 

どうなるかはわからないので、ひとまずは強くなるために頑張ろう、という方針の下、先日紆余曲折を経て、友人となったセシリアに教えを請うていた。

 

勝敗以外はほぼ原作通りだったにも関わらず、なぜセシリアが一夏を好きにならなかったか。

 

実は私も知らない。翌日には一夏と私にこれまでの発言を謝罪し、友人として仲良くしていこうと言われた。

 

とても聞き辛かったが、一夏の事について聞いても『そんなに心配なさらなくても、大丈夫ですわよ?』と答えるだけだった。結果として全てが丸く収まったわけだが……なんというか、私が知らないところで話が進んでいるような気がしてならない。こういうのは普通ヒロイン(私たち)の役目のはずだが。

 

腑には落ちないものの、ものすごく嫌な予感がするのであまり突っ込まず、今はセシリアの下で一夏と共にISの操作を教えてもらっている。

 

細かすぎるのが玉に瑕だが、寧ろそれだけ理解して実践しているということ。単に教え慣れていないだけで、流石は代表候補生というところだ。知識はともかく、操縦技術は素人レベルの身としては大変勉強になる。

 

「二組のクラス代表になられた方は一夏さんのご友人なのですか? 」

 

「ああ。小五から中二の途中までよく遊んでたんだ。まさか中国の代表候補生になってるとは思ってもみなかったけどな」

 

「……それに関してはお前ほどではないと思うがな」

 

仲が良かった相手が再会した時超絶エリートになっている、というのは確かに驚きだ。

 

しかし、一夏の場合は仲が良かった相手が今や誰もが知る有名人になっている、というわけだ。しかもあの織斑千冬の弟。結果を残そうと残すまいと歴史の教科書入りは確定だ。

 

一夏自身はまったくもって嬉しくないだろうが。

 

「まだ本国にいる時に噂を耳にしましたが、中国も第三世代型のISの完成が近いと聞きました。この時期で転入、それが専用機持ちとなれば十中八九、一夏さんのご友人の専用機は中国の第三世代でしょう」

 

「それって、セシリアのブルー・ティアーズみたいな?」

 

「はい。趣旨は違いますが、なんらかの特殊兵装はある。とみていいでしょう」

 

むむ、と一夏が唸る。

 

「考えてもしかたあるまい。わからないのでは対策が立てられん。今は地道に努力あるのみだ」

 

私は私で知っているが、情報源を教えられないため、知らない風を装うしかない。そもそも、見えない砲弾を完璧に躱すとなるとそれこそ相手の攻撃パターンを把握するか、常に相手が予測できない動きをし続けるぐらいか。

 

「ですわね。僅差とは言え、このわたくしを倒すほどの素晴らしい才能を一夏さんはお持ちのようですが、まだ粗さが目立ちます。ですので、クラス対抗戦までにわたくし、セシリア・オルコットが完璧に仕上げて差し上げますわ! も・ち・ろ・ん! 箒さんもご一緒に!」

 

「お、おう」

 

「よ、よろしく頼む」

 

目を輝かせるほどやる気満々のセシリアに思わずたじろいでしまう。

 

ま、まぁ、原作通りにいけば、これから先にはおよそ普通の学生生活とはいえない波乱が待ち構えているのだ。多少スパルタじみていても、未来の自分のためになると思えば寧ろ良いことだ。

 

私に関しては姉さんが作っているであろう専用機が与えられる(強制イベント)までは訓練機。借りられる日も、使用できる時間も限られている。一夏に差をつけられないためにも精進しなければ。

 

そういえば、最近姉さんからの電話がないな。あの人なら私と一夏が交際を始めた瞬間に連絡を寄越しそうなものだが。

 

……待てよ。これ、フラグではないだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おめでとー! でいいのかな。箒ちゃんに恋人が出来てお姉ちゃんは嬉しいような寂しいような、でもいっくんが相手だから気持ち的にはやっぱり嬉しいよ、箒ちゃん!』

 

フラグだった。

 

某騎士王には遥かに劣るが、私の直感は大概当たる。そして私の直感が働くときは、決まって姉さん関係の事だ。

 

『あれれ? おーい、箒ちゃん? 聞こえてる?』

 

「聞こえてますよ。そしてありがとうございます。これで私も一夏も安泰なので、次は千冬さんと姉さんの番ですね」

 

冗談めかして言うと、電話の向こうからも笑い声が聞こえる。

 

『あははー、無理無理。私やちーちゃんに釣り合う男なんて未来永劫……は言い過ぎかな。少なくとも、私たちが生きてるうちは現れないよ』

 

「天才の遺伝子は残さなくていいんですか? ほら科学の発展のために」

 

『そりゃあ科学の発展には束さん並みの天才が必要だけど、束さんの子どもも束さん並みの天才である確率は低すぎるしねー。実験でも、どこの馬の骨ともわからないやつに抱かれるのなんて嫌だし。多分殺しちゃうよ?』

 

「……そうでしょうね」

 

自分で言っておいてなんだが、やはり千冬さんや姉さんと付き合える人間というのがそもそも思いつかない。釣り合いが取れるかというのは考えない。そんな男は探す方が難しい。それこそ私のようにこの世界に転生した人間でもない限り、能力的な意味で釣り合いを取りに行くのは不可能だろう。

 

だが、別に釣り合いが取れなければ付き合ってはいけないわけではない。ようは愛さえあればいいのだ。互いに愛があれば、周囲の評価など何の価値もないゴミだ。

 

『あり得ない話は置いておくとして、箒ちゃん。お祝いに欲しいものある?』

 

「祝いの品、ですか? いえ、別に結婚したわけでもありませんし、片想いが成就したのは寧ろ一夏の方で――」

 

『まあまあ、細かいことは気にしちゃダメだよ。ほら、箒ちゃんは滅多にわがまま言わないんだし、こういう時こそお姉ちゃんにおねだりしなきゃ。大概のことは叶えられるよ?』

 

「では、大人しくしていてください。素知らぬ顔でちょっかいを出すなんていうのは無しです」

 

割と真面目にそう言うと電話の向こうから口笛が聞こえた。……ああ、やっぱり。ちょっかいを出す気満々だったんだ、この人は。

 

「……では、どんなお願いならいいんですか?」

 

『箒ちゃん。私は『あの』篠ノ之束だよ? 私にお願いするとすれば、それはもう真っ先に思い浮かぶことがあるんじゃない?』

 

「……だから、さっき釘を刺しましたよね?」

 

『そうなんだけどね。箒ちゃん。私が言いたいことわかってて言ってるでしょ?』

 

「ええ、まあ」

 

即答すると、電話の向こうで『箒ちゃんが反抗期だぁ〜、くーちゃん慰めて〜』という声が聞こえてきた。この程度で反抗期なんて言っていたら、原作の箒なら絶縁状態なのではなかろうか。

 

……さて、軽くからかって姉さんのせいで溜まった鬱憤を晴らしたところで、話を戻そう。

 

「姉さん」

 

『つーん……』

 

拗ねてる。全く、本当に私相手だと精神年齢が酷いことになるな。

 

「なにを拗ねてるんですか。これから真面目に話そうとしているのに」

 

『ふーんだ。まるで私がいつも人に迷惑かけてるみたいな言い方してさ。箒ちゃんは私のこと本当は嫌いなんでしょ?』

 

事実でしょうに。第一、定期的に釘を刺しておかないとなにをしでかすかわかったものではないし。

 

しかし、これは面倒なことになった。

 

姉さんが臍を曲げると、口八丁だけで機嫌を直すのは難しい。昔は神輿を担ぐだけで良かったのだが、それももう効かない。

 

となると……あれをやるしかないか。

 

正直嫌だ。録音とかされていそうだし、なにより、今私は寮の部屋にいる。つまり、一夏がいる。勉強中でも、話し声は聞こえるはずだ。一夏に聞かれるのも、恥ずかしい。

 

だが……今は他に方法が思いつかない。

 

覚悟を決め、軽く咳払いをする。

 

深呼吸をして――

 

「……束お姉ちゃん」

 

『……へ? 今なんて……』

 

間の抜けた声が電話の向こうから聞こえた。そして一夏も驚いたように勢いよく振り返った。ええい、見るな。私とて恥ずかしいのだ!

 

「私が束お姉ちゃんのことを嫌いになるわけないよ。だって、今も昔も私は束お姉ちゃんの事が大好きだから」

 

私の持ちうる全力の妹パワーを総動員し、昔姉さんが呟いた『箒ちゃんに束お姉ちゃん大好き! って言って欲しいな』を再現する。

 

恥ずかしさで死にたくなった。

 

一夏はとんでもないものを見たかのような顔で固まっているし、電話の向こうからはなにも聞こえない。

 

静寂に耐えかねて、声を掛けようとしたその時、雑音が入り、別の人間が出た。

 

『急遽お電話をお借りしています。申し訳ありません、箒さま。束さまが幸せそうな顔で意識を失われていますので、また後日連絡をするということでよろしいでしょうか?』

 

電話に出たのはクロエさん。

 

姉さんがくーちゃんと呼ぶ人物で、この人も原作後半で関わってくる重要な人物だ。

 

原作では事実上敵対関係の人物だが、私はクロエさんと敵対するつもりはない。

 

会うのは月に一回程度だったが、何度か(政府にバレないように)顔を合わせていたのでそこそこ仲良くさせてもらっている。

 

あちらは私のことをさま付けで呼ぶ。別に呼び捨てで良いと言ったのだが、頑なにさま付けだ。それなのに私がさん付けで呼ぶと呼び捨てで良いと言う。……この話は長くなりそうなので省略するが。

 

「ええ、構いません。ところでクロエさん。姉さんは私になにをプレゼントしようとしていたんですか?」

 

『私程度では束さまのお考えを全て理解できるわけではありませんが、箒さま専用のISを作られておりましたので、おそらくそれかと』

 

「そうですか。クロエさん、姉さんにはありがとう。と伝えておいてください」

 

『承りました。束さまもお喜びになるかと思います』

 

「この辺りで失礼します。クロエさんもお元気で」

 

『はい。では、失礼します』

 

クロエさんの言葉を聞いて、電話を切る。こちらが切らないとクロエさんも切らない。

 

……専用機か。原作通りなら現行のIS全てを凌駕する第四世代のとんでもない機体だ。

 

それだけでも十分驚異的だが……姉さんがよりはっちゃけてもっと化け物じみたISになったらどうしよう。

 

チート性能は嬉しいが、それだけ高いスペックを誇るとなると扱うのも苦労しそうだから、願わくば原作通りの性能でいて欲しいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なぁ、箒。さっきの――」

 

「それ以上言わない方が身のためだぞ、一夏。私とて手をあげるのは本意ではない。だから、何も言うな」

 

「お、おう……」




クロエがどのタイミングから束のところにいるかわからなかったので、今作では箒が中学生の頃にはいたという設定にしています。


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