最強のヒロイン(自称)   作:げこくじょー

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主人公か、ヒロインか。

好意を持つ側が逆転するだけで似たような展開でも立場が変わりますよね。

それはさておき……




ラブコメにバトルは要らないって言ってるでしょ!!(魂の叫び)


逆転→進展

 

クラス対抗戦第一試合。

 

対戦カードは原作通りに一夏vs鈴となっている。

 

原作通りでないとすれば、二人が喧嘩をしていないこと、ISの訓練を十分に行えていることの二点。

 

前者はこの試合においてさして影響のないこと。もしかしたら原作では少し冷静さを欠いていたかもしれない線が否定できないものの、あくまでたらればの話だ。

 

後者は一夏が原作よりも強いという証拠であり、この試合に多大な影響を与えている。

 

知識は突然入学させられた人間にしてみれば、優秀も優秀。操縦技術もセシリアのおかげでどんどん上達している。結果として、千冬さんからの直接指導が無くなったものの、そこは原作知識を持つ私がいる。

 

鈴への秘策として『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を提案した。

 

この技術は決して高等テクニックではない。何せ、千冬さんが指導したとはいえ、まだ素人も素人の一夏が原作で使えたのだ。代表候補生のセシリアが使えないはずもなく、一緒にレクチャーを受けた。

 

なのでまたもや準備は万端。ここまで上手くいくとイレギュラーが起きた時が怖い。

 

周囲の関係性が変わったことを除いて、特に変化はないが、油断はできない。私という人間が存在する以上、原作通りには絶対に行かない。

 

……IS絡みの事件でイレギュラーが起きたりしないことを祈るばかりだ。

 

「箒さん? 随分と険しい表情をなさっていますが、なにか心配事でも?」

 

どうやら表情に出ていたらしい。

 

隣にいたセシリアが尋ねてくる。

 

素直に話すわけにもいかないので、別の事を話す。

 

「セシリアももう知っていると思うが、一夏はスロースターターのきらいがあるだろう? あれが少し心配でな」

 

これは主人公としての性なのか、一夏はどうにもエンジンのかかりが遅い。最初のセシリアの試合はまだ慣れていなかったから仕方ないと思っていたが、そうではなかった。

 

模擬戦をすると、最初の方はキレが今ひとつなのだ。ここぞという時になるとフルスロットルになるのは間違いないが……癖が付いているようなので、不安要素になっている。

 

「そうですわね。このままだと一夏さんはかなり苦戦を強いられることになるでしょう。ただ……わたくしはそこまで心配することはないと思いますわ」

 

「なぜだ?」

 

言い切るセシリアに素朴な疑問をぶつける。

 

すると、セシリアはこちらを見て、きょとんとし、その後に笑みをこぼした。

 

「ふふっ、一夏さんが苦労された理由がなんとなくわかりましたわ。これでは確かに、しっかり言葉にして伝えなければなりませんね」

 

「……悪いが、そうしてくれ」

 

暗に鈍いと言われているような気もするが、わからないのだからしかたない。それに試合開始はもうすぐだ。一夏のスロースターターをどうにかする策があるなら、今するしかない。

 

「簡単なことですわ。―――です」

 

そう言って、セシリアが耳打ちしてきたが……。

 

「……本当にそんなことでいいのか?」

 

尋ねる私の表情は怪訝なものだっただろう。

 

けれども、セシリアは力強く頷く。

 

「はい♪ 一夏さんはきっといつも以上に張り切るはずですわ」

 

そう言って、セシリアは試合開始目前で集中している一夏の方へ行くよう促してくる。

 

……ここでセシリアが嘘をつくメリットはない。あるとすればセシリアが少し大袈裟な可能性だ。

 

しかし、だ。

 

仮に私がセシリアと同じ立場なら、似たような事を言う可能性は高い。というか、十中八九言う。

 

ならばやるしかあるまい。

 

ま、まぁ、なんだ。クラス代表を決める時とそう大差ない。

 

一度深呼吸をしてから、一夏の方へと早足で向かう。

 

「箒? どうしたんだ?」

 

接近に気づいた一夏が私の方に向く。

 

「い、いや? 別に用というほどでもないのだがな。一夏が緊張しているのではないかと思っただけだ」

 

「少しはするさ。でも、それ以上に鈴との試合が楽しみなんだ。二人との訓練の成果も見せられるしな」

 

なんだ、この頼もしさは。模擬戦はともかく、実戦はまだ二度目だというのに既にこの空気に慣れている。これまで幾度となく経験してきたと言わんばかりだ。

 

……いや、そういえば一夏はここぞという時はあまり緊張しないタイプだったか。必ず成し遂げなければならない時は『体が動く』と昔言っていたな。

 

「それにさ。俺が緊張して頭の中が真っ白になるなんて、箒関連のことぐらいだと思うぞ」

 

あっけらかんと一夏は言ってのけた。

 

「……」

 

完全に油断していた私は一夏の言葉を理解するまでに数秒時間を要し――

 

「っ……!?!?!?」

 

理解した途端、頬が急速に熱を帯びていくのを感じ、思わず変な声が出そうになるのをなんとか噛み殺した。

 

「お、おまっ、お前なっ! 試合前の、この真剣な空気で、そんな事を言うやつがあるか!?」

 

「いや、なんか箒が緊張してたみたいだから、和ませようと思って」

 

「別に和ませなくていいっ! というか、緊張とは別の意味で心拍数が上がったではないか!」

 

そもそもなぜこいつはあんな台詞を吐いた癖にけろっとしているのだ!? あれは確実に言った方も恥ずかしくなるやつだぞ!?

 

「一夏! だいたいお前というやつはだな! 少しは時と場合を考えろ! この前も――」

 

『試合開始五分前です。選手はアリーナへ入場してください』

 

「わ、悪い、箒。俺そろそろ行ってくるから」

 

絶妙のタイミングで入場を促すアナウンスが流れた事で、一夏は脱兎のごとく逃げ去る。

 

おのれ……ことごとくタイミングの良いやつめ。

 

「本当にお二人は仲がよろしいのですね。羨ましく思いますわ」

 

「……否定はしないが、この状況では揶揄っているようにしか聞こえないぞ、セシリア」

 

「はい。実は少しだけ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏が試合に向かった後、私とセシリアは管制室に向かい、千冬さんや山田先生とともに二人の試合を観戦していた。

 

内容でいえば試合は拮抗していた。

 

厳密にいえば、経験の差で鈴の方が上手く立ち回っているが、それはしかたのないこと。

 

むしろ、一夏はよく経験の差を補っていると思う。

 

「織斑くん、この一ヶ月で見違えるように上達しましたねー。オルコットさんの試合の時はまだ慣れてない感じがありましたけど、今はすごく堂々としてますね」

 

「周囲に恵まれているだけだ。それにまだまだ動きに粗が目立つ」

 

「き、厳しいですね、織斑先生」

 

「当然だ。……まぁ、ど素人だったことを考えれば、多少は評価してやらんこともないがな」

 

わかりにくいと思うが、これは千冬さんなりに一夏を褒めているし、それどころか褒められて少し喜んでいる。だが、それを指摘してはいけないし、揶揄うものなら照れ隠しになにをされるか――

 

「そんなこと言って、実は織斑先生も織斑くんの成長を喜んでるんじゃないですか?」

 

あ。

 

「そんなことはない」

 

「またまたー、隠すことじゃ」

 

「山田先生。私も完璧な人間ではない。あまり煽り立てられるようでしたら、知らず識らずのうちに手が出てしまうかもしれない」

 

暗に『それ以上言うなら強制的に口を封じる』と言っていた。

 

山田先生は顔を青くしているが、忠告しているだけマシだろう。山田先生の言葉次第では忠告なんてしていなかっただろう。まぁ、そもそも手を出す方が問題なのだが、千冬さんは基本豪胆な人だが身内関係になるとかなり繊細になるので間違ってもネタにしてはいけない。褒めすぎるのもいけない。

 

……まぁ、人間誰しもそういうところはある。

 

「そ、それはそうと! 織斑くん、さっきからなにかを狙っているようにも見えますね」

 

「そうだな。攻めあぐねているというより、隙ができるのを待っている」

 

これ以上はマズいと判断した山田先生が一夏の話題に戻した。千冬さんもそれ以上追及する気はないようで山田先生の言葉に頷く。

 

「織斑にしてはらしくない戦い方だ。十中八九、誰かの入れ知恵だろう。なぁ、篠ノ之?」

 

誰か、と言っている割には私だと断定している。

 

「……わかっているなら聞かないでください。それに提案したのは私ですが、教えたのはセシリアです」

 

「そうだろうな。難易度の高い技ではないが、かといって素人が独学で覚えたり、教えたりできるほど簡単な技でもない。……どうだった、オルコット。織斑は上手くものにしていたか?」

 

「完全、とは言えませんが、成功率は極めて高いはずです。一夏さんは大変飲み込みが早い方でしたので」

 

一夏の『瞬時加速』の成功率は八割弱。ここまでモノにできているのは、一夏の才能とセシリアの指導によるものだ。今のところ、実戦的な部分で私の出る幕はない。

 

「しかし、良い判断だな、篠ノ之。仮に私が短期間でも織斑に指導をするなら、最終的にはお前と同じように『瞬時加速』を覚えさせるつもりだった」

 

実際、原作ではそうしていた。私はそれを知っているからこそ、提案したに過ぎないが、もちろんこれも言うわけにはいかないので他の理由で誤魔化す。

 

「い、いえ、私は過去の千冬さんの試合からヒントを得ただけですので……」

 

「いやはや、義姉として誇らしく思うぞ」

 

涼しい顔してとんでもない爆弾を放り込んできた――っ!!

 

「へ? 義姉? それはどういう――」

 

「冗談! 冗談ですよね、織斑先生! そういう冗談はよくありませんよ! なんというか、こう、色んな人に!」

 

山田先生が食いつく前に即座に対応する。そしてすかさず千冬さんの方に詰め寄り、小声で訴える。

 

「織斑先生、正気ですかっ。セシリアはともかく、山田先生は私と一夏の関係を知らないんですよっ!?」

 

「隠すほどのことでもないだろう?」

 

「ひけらかすようなことでもありませんし、それにあの人に言ったら、どんなタイミングで失言するかわかったものではありませんっ」

 

「否定はせん。だが、全校生徒に知れ渡ったところでなにも問題は無いだろう。むしろ、一夏に他の女が下心を持ってすり寄ってこない分、お前も嬉しいだろう」

 

千冬さんの言い分は正しい。全校生徒に広がれば、一夏に言いよる人間はいなくなりはしないが、間違いなく減る。その事について私は嬉しいとも悲しいとも思わない。他のヒロインならいざ知らず、他の生徒なら勝つのは私だ(ドヤ顔)。

 

しかし……しかしだ。

 

もし全校生徒にバレれば、絶対に面倒な事になる。受け入れられるにせよ、嫌われるにせよ、なにかしらのアクションがあるはずだ。そうなればこの学園で私と一夏に安住の地は無くなる。寮? 交際している男女、それも将来すら見据えている男女を同室にするバカは身内以外いない。

 

やむを得ない。ここは――

 

「……一夏は私と二人きりの時間を大切にしたい、と言っていました。ですので、今の段階では一夏も周囲に知られるのは本意ではないと思います」

 

以前、一夏が私に告げた言葉を使う。

 

これはあくまで私の予想でしかない。もしかしたら、一夏は周囲に知られることを問題視していないかもしれないが、あの言葉を素直に解釈すればこうなる。

 

「……お前はどうだ?」

 

「私も同じです」

 

私も同意すると千冬さんは珍しく難しい顔をして考え込んでから、口を開く。

 

「…………やはりわからん。だが、今付き合っているお前たちが言うのだからそうなのだろうな。あまり余計な気を回す必要はなさそうだな」

 

千冬さんなりに私たちに気を遣ってくれているらしい。それ自体は嬉しく思う。

 

……ただ、この不器用な気遣いを考えると、やはり一夏と私を同室にしたのは確信犯なのではないかと勘ぐってしまう。もしそうなら、やはりブラコンを拗らせていると言わざるを得ない。

 

「あの……織斑先生? さっきの義姉というのは……」

 

「すまない、山田先生。少々誤解を招く言い方になったが、私と篠ノ之は昔からの知り合い。家族ぐるみでの付き合いもある。だから、まあ、私としては義妹のようなもの、という事だ」

 

苦し紛れに聞こえなくもないが、筋は通っている。実際、事情を知っているセシリアはともかく、山田先生は興味深そうに頷いている。

 

「じゃあ、さっき篠ノ之さんが止めに入ったのは……」

 

「知っての通り、篠ノ之の姉は『あいつ』でな。昔から姉という存在に苦労させられていた。だから私が身近にいる年上として代わりになってやれればと思っているのだが、どうも姉というものに辟易しているらしい」

 

……訂正したいところだが、そうすると収拾がつかないので黙っておくことにした。山田先生がやや憐憫のこもった眼差しでこちらを見てきているが。

 

千冬さんの放り込んだ爆弾を間一髪不発にさせたところで試合の方に意識を向けた瞬間。

 

凄まじい轟音と衝撃が響いた。

 

やはり来たか。

 

予想通りの結果だ。やはり止まらない。篠ノ之箒の言葉でも、姉さん(あの人)は止まらない。

 

良くも悪くもやると言ったらやる人だ。そこは尊敬できるし、自重して欲しいとも思う。

 

それはそれとして、妹として姉の尻拭いはせねばならない。非常に不本意であるし、この事件を解決するには篠ノ之箒が動くしかないのだ。

 

…………絶対、一夏に怒られるから気は進まないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事は原作通りに片付いた。

 

今回は原作の解決方法のままであったため、原作よりも楽に……とはいかなかった。一人のイレギュラーがいても、必ずしも全てを変えられるわけではないというのは既に理解しているので、不平不満はない。

 

ないが――。

 

「……箒。俺が怒ってる理由。わかるよな?」

 

「……わかる」

 

――キャラが原作通りではないので、当然こうなる。

 

ベッドの上に座る一夏は怒り心頭だった。

 

千冬さんと入れ違いで保健室に入った私を見るや否や……

 

『そこに座ってくれ、箒』

 

と、有無を言わせない威圧感を放ちながら、ベッドの横にある椅子へ座るように促してきた。

 

私自身、解決の為に止むなしと判断していたとはいえ、客観的に見れば、百パーセント自分が悪いと知っていたので、文句を言わず、椅子に座った。決して怒り心頭の一夏が怖くて、苦し紛れの言い訳すら頭の中から消し飛んだわけではない。

 

「箒のことだから、あれが最善の策だと思って行動したんだと思う。結果的には大した被害もなく済んだから、そこは素直に箒に感謝したい……けど、その為にあんな無茶な真似をしたことは許せない。いくら箒が強くても、ISの攻撃なんて喰らったらひとたまりもないんだぞ」

 

「……」

 

返す言葉もない。

 

私にとっては原作という前提があっての行動でも、側から見れば、無謀極まり無い行動。

 

第三者には勇猛果敢な行動に見えるかもしれないが、親しい人間。一夏たちは肝を冷やしたに違いない。

 

体を張るような事になったのはこれが初めてだったから、甘く考えていた。反省しなければ。

 

「だから俺としては、箒にはちょっとした罰が必要だと思う」

 

「今回の件は私に非がある。好きにしてくれていい」

 

「そっか。じゃあ遠慮なく」

 

すっと一夏の手が眼前まで伸びてくる。

 

半ば反射的に目を瞑ると、僅かに遅れて額に軽い衝撃と小さな痛みが走る。

 

どうやらデコピンをされたらしい。結構強めに。

 

「これで終わり」

 

「……いいのか? こんなもので」

 

「ああ。箒の無茶な行動は許せなかったけど、それもそもそも俺がもっと頼り甲斐のある男だったら、箒もあんなことしなかったのに、って思ったんだ。だから、俺ももっと強くならないと、ってことでこれでおしまい」

 

そう言うと、さっきとは打って変わって一夏は朗らかに笑ってみせる。

 

まったく……一夏自身には非があるどころか、褒められるところしかないというのに。

 

「そういえば、一夏。クラス対抗戦の事だが、今回の事件で今年は中止だそうだ」

 

「あー、やっぱりそうなるか。なんとなく予想はついてたけど」

 

残念そうに呟く。

 

一夏自身、気合いを入れて臨んだイベントだったわけなのだし、これまでの頑張りを考えると落胆してしまうのも無理はない。鈴ともかなり接戦だったのに決着がつかなかったわけだし。

 

…………ま、まぁ、試合自体に白黒はつかなかったし、対抗戦自体中止にはなったが、無人機との闘いを考慮すると大会に優勝するよりも難易度が高いものをクリアしたわけだ。

 

それならセシリアの時と同様。ご褒美があって然るべきだろう。

 

だ、だが……うむ。

 

前と同じ膝枕では芸がない。それに膝枕はあれ以降何度かしたが、同居生活を経て、多少の肉体的接触では動じなくなっていた。流石は私。

 

ヒロインに恥じらいは必要だ。それは同意する。

 

だが、あくまで適度な恥じらい。過度な恥じらいは照れ隠しというフィルターを作り、誤解を招く。うっかり手を出してしまうこともあるだろう。

 

人によってはそれもギャップ萌えになるかもしれないが、私は色々な意味で鍛えられたヒロイン! そんなことをするわけにはいかない。何故か? 一夏の顔が壁にめり込みかねないからな!

 

よって、私が取るべき行動は一つ!

 

「一夏。外を見てみろ」

 

「ん? なんかあるのか?」

 

言われるがまま、一夏は外を向いた。

 

当然、その隙を見逃す私ではない。

 

すかさず立ち上がり、一夏を抱きしめた。

 

「ほ、箒!? 急にどうしたんだ……?」

 

露骨に慌てる一夏。

 

ふふっ、以前の私ならば一夏と同じような反応をしていたが、今の私は違う。ハグ程度なら私が心を乱すことはない。

 

「試合は中途半端に終わってしまったが、一夏はよく頑張った。十分に褒められることだと思ってな。これは私なりの褒め方だ」

 

そう言ってから、さらに頭も撫でる。

 

一夏は「お、おう。ありがとう……」と言って抱きしめ返してきたきり、無言になった。

 

私からも何も言わないため、静寂が保健室を支配する。

 

恋人同士とはいえ、普通は無言の空間は気まずいはずだが、これが不思議と――

 

「やっほー、一夏! 怪我の具合は…….あ」

 

「……」

 

「え、えーと、ま、また日を改めまーす……」

 

勢いよく開かれた扉がすっと閉められた。

 

方向的に私は訪問者の方を見れなかったが、十中八九鈴だろう。

 

どんな顔をしていたのかは想像に難くない。さぞかしバツの悪そうな顔に違いない。

 

……私としたことが判断を誤った。寮の部屋ならいざ知らず、保健室ではノックをせずに入ってくる人もいる。偶々訪れたのが鈴だから良かったものの、他の生徒なら大騒動に発展するところだった。

 

「あー……一夏? ひとまず今はこの辺りでやめておくか」

 

「そう、だな」

 

続きは一夏が部屋に戻ってからにしよう……別に卑猥な意味ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お引っ越しです、篠ノ之さん」

 

私は失念していた。

 

本来なら一夏との同棲を終えるのが、今日だったということを。

 

「部屋の調整がついたので、篠ノ之さんには今日から別の人と同居してもらいます」

 

「はい……意外と早いんですね」

 

「実は部屋の調整自体はもう少し早い段階で済んでいたんですけど、織斑先生がクラス対抗戦が近いからそれが終わってからにって。移動するのは篠ノ之さんですから、私は問題ないと思ったんですけど……」

 

「そ、そうですか……」

 

あ、あの人……また強引な方法を……。それまでの間にあわよくば一夏と私が、とか考えていそうだ。交際が始まってからそんなに経っていないのにどうしてそこまで関係を深めさせようとするのか。千冬さんに限って、ネットに転がっているような統計データは信じないと思うが……。

 

「それじゃあ、私もお手伝いしますから、すぐにやっちゃいましょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それって今すぐでないとダメなんですか?」

 

と、ここで一夏が待ったをかけた。

 

原作とは真逆だ。私ではなく、一夏が私の引っ越しを抗議するとは。

 

「それは、まあ、そうですね。いつまでも年頃の男女が同室で生活をするというのは問題がありますし、お互い異性の目が気になってくつろげないでしょう?」

 

「そ、それは……そうかもしれませんけど……でも、箒以外にまた別の人が来るなら、俺は箒の方が……」

 

「ああー、そういうことですか。それなら安心してください。ちゃんと織斑くん一人用の部屋ですから。他の子よりも部屋は広く使えますし」

 

苦し紛れに放った言葉も粉砕され、一夏はがくりと肩を落とし、ちらっとこちらを見る。

 

うっ……そんな目で私を見るな。見られても残念だが、私にはどうすることもできん。

 

それにもう少ししたら一応男子が来る。ここで駄々をこねても意味はない。

 

ただ――。

 

「山田先生。好意はありがたいのですが、移動の準備は一夏に手伝ってもらいます。ですので、大丈夫です」

 

「えーと、私はそれでも構いませんけど……その、篠ノ之さんは女の子ですし、男の子に見られて恥ずかしいものとかあるでしょう?」

 

「大丈夫です。そういったもの以外を一夏に頼みますので」

 

流石に私も一夏に自分の下着を持たれているのは恥ずかしいが、一夏とした方が効率はいいだろう。それに一夏と話しながら準備もできるしな。

 

「そうですか。じゃあ、鍵は渡しておきますね」

 

そう言って、山田先生は私に新しい部屋の鍵を渡すと、部屋を出て行く。

 

一夏と話をしながら、部屋を移動するための準備を進めていく。

 

恋人兼ルームメイトとして生活をしていた時間は一ヶ月弱だったが、お互いに良いペースで心の距離を縮めながら生活をしていたような気がする。

 

これも相手が織斑一夏だからか、単に私と一夏の相性がいいのか。それとも両方か。

 

一般的な恋人同士がどれくらいのペースで関係を進展させているのかわからないが、いいペースだとは思う。

 

現に、こうして準備を手伝ってくれている一夏はさっきああ言った割にてきぱき動いているし、

 

「しかし、意外だったな。まさか、一夏が私が部屋から出て行くのに反対というのは。最初は男女が同室は問題がある、と言っていたというのに」

 

実際、気心が知れた仲でも男女が同室で住むのは大いに問題はあるが、まさか一夏からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった私は完全に虚をつかれたわけだ。

 

「最初はもし箒に変なところ見せて嫌われるのとか嫌だったし、それに……」

 

「それに……なんだ?」

 

「い、いや、なんでもない!」

 

「なんでもなくはないだろう?」

 

なにかあるが言えないという感じの言い方だったぞ。

 

「ほ、ほら、俺ってあの時まだ箒に告白する勇気が無かったのに、いきなり同室はハードル高すぎるなって思ったって話」

 

「本当にそうか……?」

 

「お、おう!」

 

なんか誤魔化しているような気もするが、これ以上つつくと最初の告白の時のような展開になってしまいそうな気がするので追及するのをやめておこう。

 

「ま、まぁ、最初はどうなるかわからなかったけど、ルームメイトが箒で良かったよ。なんていうか、擬似新婚生活みたいだった……って言うのは、ちょっと大袈裟か」

 

「そうだな。少し気が早いぞ、一夏。新婚までいくにはまだまだ私たちは日も経験も浅い」

 

とはいえ私も何度か、結婚したらこういうやり取りをするんだろうな、と思う時はあったので強く否定はできない。

 

まさか一夏も同じことを考えているとは思わなかったが。

 

「日も経験も浅い、か。だったら――」

 

「? どうした、一……夏?」

 

不自然に切られた言葉に違和感を感じて振り向いた次の瞬間、頬に何かが触れた。

 

「これで一歩前進、なんてな」

 

「い、一夏……? 今、お前……」

 

「本当なら口にした方がいいけど、それは……その、俺にも理想みたいなものがあるから、今はほっぺにってことで」

 

照れ臭そうに一夏は言う。

 

私は一夏の言葉を頭の中で整理して、さっきの状況をよく思い出し、何があったのかを理解して――

 

「っっっっ!?!?!?」

 

――ショートした。

 

意識を取り戻したのは朝の六時半のこと。ベッドの上で目を覚ました。

 

なし崩し的に移動するのが一日ズレたことで妙な誤解を招きかけた。






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