その騎士は、夢を見ていた。
どことも知れぬ暗闇。その中を、騎士は走り続けていた。
騎士というには、余りにもみすぼらしい恰好だった。ボロボロに破れていて、汚れにまみれた外套と袖。しかし、その中には黒鉄での鎧を着こんでおり、防御力は高い。さらに腰にはナイフや小物入れなどが備え付けられているベルトがあり、その外見に反して実用的な鎧だということが確認できる。
息は荒い。まさしく、全力疾走で騎士は目の前を走っていた。
その様子は、一見すると何かから逃げているように見える。
しかし、黒鉄の兜の奥から覗く目はどこかを見据え、真っ暗な闇の中に、遠い行き先を見つめていた。
後悔。罪悪感。焦燥。祈り。そして、絶望と小さな希望。
それらが入り混じったような目で、騎士はどこまでも走り続けていた。
その少女は、夢を見ていた。
どことも知れぬ暗闇。その中で、少女は座り続けていた。
幼いながらも賢さと素直さが垣間見える顔立ち。ふわふわとしていて僅かにカーブしている空色の髪は、いつもならその顔と
しかし、空色の髪は煤と灰で汚れ、恐怖で歪められた顔はその面影を完全になくし、少女は何かに耐えるように座り込みながら俯いていた。
恰好すら、惨劇の中逃げてきたようなぼろいフードとズボンを着ており、より一層絶望が漂ってくる。しかし、頭にかぶせられたとんがり帽子と、少女の傍らに置いてある杖だけは、その絶望に呑まれていないかのように存在していた。
それを証明するかのように、垣間見えた少女の瞳の中には、小さな光が宿っている。
後悔。罪悪感。焦燥。祈り。そして、絶望と小さな決意。
それらが入り混じったような目で、少女はいつまでも座り続けていた。
薪になれず、使命を果たせなかったが故の、呪われた不死。火の無い灰。
「何か」になる可能性がありながらも、それを果たせずただ無意味に死んでいった存在。
だからこそ、彼らは死んでも蘇る。
そう、「このままでは死ねない」と、死に抗うかのように。
—*——*——*——*——*—
それは唐突だった。
眠りから目覚めていく、独特の浮遊感。
覚醒していく意識の中、「俺」が初めて認識したのは鐘の音だった。
重く、暗く、誰かを呼ぶような鐘の音。頭に直接響いて、まるで急かしているかように頭のなかで反響する。
(なんだ……この音。いや、まず何がどうなって……)
その鐘の音に反応するかのように、徐々に五感が目覚めていく。
目覚めたばかりの体は重く、目を開いても一切の光がない。体を起こそうとしても、石のような壁と天井が邪魔して横たわることしかできなかった。どうやら、どこか狭いところに閉じ込めらているらしい。
石のような地面と体が動かせない狭さから察するに、今俺が横たわっているのは棺桶の中だろう。地面に埋まっているかどうかはわからないが、まずは蓋を開けないことには脱出できない。
重い右手を挙げ、棺桶の蓋に手を当てる。そのまま力を入れていくが、そこで俺は違和感に気付いた。
(左腕が重い? いや、そもそも棺桶だとしても狭すぎやしねぇか……?)
ちょうどそこまで考えたとき、ガコッという音とともに蓋が外れる。
蓋のふちに手を掛け、右にずらしていく。それと同時に、蓋の隙間から光が差し込んだ。
まず見えたのは、白く曇った空。そして。
「……はぁ?」
俺の左腕を抱き着きながら寝ている、空色の髪の小さな少女だった。
「ここは……一体どこだ? 墓地っぽいのはわかるが……」
俺と一緒の棺桶に寝ていた少女を、ゆっくりと左腕からはずし俺は外に出た。棺桶が地面に埋まっていなかったのが幸いだったな。
どこかの墓地なのか、棺桶の外はあまりに辛気臭かった。暗く垂れている柳の木、一面真っ白で青空が一切ない曇り空。
そして、周りに壁のように地面に埋まっている、大量の石の棺桶と墓石。
正直、こんなところにはあまりいたくない。何せ、生気がまるで無いのだ。感覚としては、死んだ空間に取り残されているようで薄気味悪かった。
そして、この状況で一番気味が悪いのは、
「クッソ……記憶が抜け落ちてる……のか?」
目覚める直前の記憶が、完全に無い。かろうじて自分が『騎士』であるということ以外、一切だ。
ただ、感情だけは微かに感じられる。
『
「後は、この黒い鎧か。武器はロングソードと騎士盾のみ……、いや、これは?」
ぼろぼろの外套とズボンに、顔が一切見えない黒鉄の兜を覆うフード。みすぼらしいが、黒鉄の鎧に小物入れ付きのベルトと実用性が高い装備だった。腰にはロングソードをひっかけ、背中には騎士が持つだろう鉄の盾を背負っている。だが、騎士の見た目(一見そうは見えないのだが)に反し、腰のベルトには武器がもう一つ引っ提げてあった。
「短刀? にしては、かなり分厚いな」
耐久力重視なのか、分厚い短刀をベルトの鞘から抜き出す。おそらく、逆手でもつのが前提の持ち手。どちらかというと、刺すより受け流す、という使い方のようだ。使っているのは盗賊ぐらいだろう。
「おいおい、まるで騎士っぽくねえな。ほんとに俺の装備かよ。……にしては、手に馴染みすぎてるな」
手の中でくるくると回したところ、手が勝手に動き滑らかに短刀が動く。かなり使い慣れている様子に半分呆れながら、俺は短刀を鞘にしまった。使うことはあるのだろうか。
さて、こういう時はまず、周りの観察……だったか。
勝手に出てきた謎の経験に従い、周りの地面を見渡してみる。すると、棺桶のすぐそばの柳の下に、妙に黒っぽいものを発見した。
腰を下ろして手に取ってみると、手のひらほどの大きさで手足が無い人の形をしている。まるで、
「燃え……ている、のか?」
黒い表面に生えている、ちょっとした割れ目。そこから、赤い火の粉が散っていた。
かがんで手の取ってみるものの、特に変化する様子はない。感触としては、木炭のように固まっていて同じようにもろいようだ。
『火を。残り火を求めよ』
そんな声が聞こえたと同時、俺は無意識に手の中のそれを握りつぶしていた。
「何をして、――ッ!?」
次の瞬間、頭の中に何かのイメージと、過去の記憶が瞬間的になだれ込んでくる。
田舎村、両親、隣の幼馴染、約束。そして、火の中の村。
即座にそのイメージは消えるものの、俺は驚きのあまりかがんだ状態のまま動けなかった。
「一体何がどうなってる……?」
思わずそう呟くのと同じくして、後ろから石がどかされるような音が響いた。
「……何が、起きて……」
少し高めのかわいらしい声が、すぐ後ろから聞こえる。
かがんだまま振り向くと、俺と一緒に眠っていた少女が棺桶から這い出ているところだった。
煤で汚れているぼろいフードとズボン。しかし、とんがり帽子からはみ出ている空色の髪はふわりとしていて、その恰好に似合わず賢さを感じさせる。顔立ちは、強気な性格と素直さが入り混じった目が印象的だった。
と、少し観察していた少女がきょろきょろ周りを見渡したのちに、真後ろの俺の姿を見つける。兜をしているため目があうことはない……はずだが、その目を見た瞬間反射的に後ずさった。
見た目に似合わず眼光が少し鋭いのもあるが、怯んでしまったのはその瞳の奥にある「決意の強さ」だ。
『もう二度と間違いない』。そんなことを訴えかけてくる目。
子供がするような目ではない。この子は一体……。
しかし、そんなことを考える前に少女は口を開いた。
「あなたですか? 私をここまで運んだのは」
「……え?」
少女の目に驚いていると、棺桶から体を出しつつ急にそんなことを訪ねてきた。こちらを睨め付けるおまけ付きで。
「その反応から察するに私が起きるとは思わなかったのでしょうね。仮にも私は魔女です。毒耐性は一般人より高い。まだ気絶させた方がましでしたね」
「いやいやいやいや、ちょっと待て」
目覚めたら薄汚れた防具の男。人目が一切ない謎の場所。何かから逃げて付いたであろう、衣服の汚れ。
まずい。この展開はまずい!
「違う、俺はお前と一緒に……」
「
こっちの言葉は一切届かなかった。もう戦闘は避けられない。
自称魔女の少女は、いつの間にか持っていた杖を俺に向かって構える。すると、杖の先に青い光が出現した。
「おい、話を聞け――「『ソウルの矢』!」
少女がそう叫ぶのと同時、杖の先からまっすぐ青い光が飛んでいく。
つまり、俺へと。
〈当たるまで約1秒。反応可能。首をずらして最低限の動きで回避〉
余裕をもってそう『認識』し、顔を横にずらして青い光……『矢』を回避する。
と同時、俺は膝をついた体勢から少女へと走り出した。
「ソ、『ソウルの矢』!」
俺の動きに驚いた少女は、しかし戸惑うことなく再度詠唱。
もう一回、杖から俺へと『矢』が飛んでくる。
「ッ!」
それを、走り出しながら装備した左手の盾で防ぐ。
もちろん、盾が邪魔になって少女が見えなくなるが、それでいい。
盾を構えたまま、少女の顔に当たらないようにして突撃していく。威力は倒れるぐらいで。
「そんなっ! ――っ!」
体当たりの勢いのまま、盾で少女を抑え込みながら押し倒す。
よし、これで冷静に話し合え……。あれ、これ状況悪化してねえか?
「離してっ! んっ、離してください!」
「待て、落ち着けって! 何もしないから!」
「こんな体勢では、まったく納得できません!」
「あーくそ! 落ち着け! とりあえず暴れるんじゃねえ!」
……結局、少女が俺の話を聞いてくれるまで、さらに数分を要することとなった。
—*——*——*——*——*—
「……つまり、あなたと私は知らぬ間に一緒の棺桶に閉じ込められ、記憶をなくし、気が付いたらここにいたと?」
「ああ、そうなるな」
少女が落ち着き、俺は誤解を持たせないように気を使いながら、ここまでの状況を説明していた。まったく、何度『矢』を撃ち込まれそうになったことか。常に警戒してたから気が休まらなかったぞ。
「で、今度こそ納得したか? ここまで言って戦闘は流石に困る」
黒鉄の兜をかぶってるから表情はわからないだろうが、動きと言葉のトーンで疲れ果てたのは伝わったらしい。
「……誤解して、すみませんでした」
不承不承、といった様子で謝ってくる。特に視線は合わせようとせず、魔女のようなとんがり帽子で顔を隠すほどだ。
「ああ、別にどうってことなかったからいいが……。今度はやめてくれよ?」
相変わらず、こちらへ顔を向けずに小さくうなずく。こんな様子で、これから大丈夫なのだろうか。
「……わかりました。さて、これからどうしますか?」
「ああ、まずは場所の確認だ。どこにいるのか、ということすら分からないなら話にならねえ。周りが一望できる場所へ向かうぞ」
そう。今、俺達がやることは情報を集めることだ。少女の機嫌を気にしている場合ではない。
振り返って棺桶の先にある道へ目を向ける。棺桶が大量にあり、荒れ果ててはいるが道もある。人間が通っている可能性は高い。
「さて、俺が先行するからそっちは魔法の準備をしとけ。正直、こんな辺境じゃ化け物がいてもおかしくねえからな」
少女は無言で杖を構え、目を細める。特に問題はなさそうだな。
ロングソードと盾を緩く構えつつ、道の先へと向かう。すぐそばに右へと道が続いていて、少し警戒しながら曲がり角へ。
(……?)
曲がった先には、ぼろいマントとズボンを着た人影が立っていた。後ろを向いていて、気付かれた様子はない。
右手にはなぜか折れた直剣らしきものを握っていて、その手足は小枝と見間違うほどに細い。
先ほど見た村のイメージがもう一度繰り返される。その結果、人影の正体に半ば気付いた俺は、
(ばかな。冗談だろ? だが……)
だけど、もしそうだとしたら。
それを確かめるべく、俺は武器と盾をしっかりと構えなおした。
「あの、急に止まってなにが——」
「何があってもこっちへ来るな。絶対にだ」
後ろから疑問を問いかけられる。確かに、進みだしてすぐに止まるのは違和感しかない。が、俺はその言葉を遮るように命令を言い放つ。
「えっ……」
少女の戸惑う声が聞こえると同時。
俺は人影へ向かって全力で走り出した。
足音に気付き、人影が振り向く。そこには。
一切の生気が感じられない、痩せこけて骨の跡が見える、
「ァ゛、ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
そいつは、かすれた声で奇声を発しながらこちらへ歩き出す。
足が細すぎるためよろよろだが、振りかぶった右手には先が尖っている折れた直剣。
頭に当たったら無事ではないだろう。
「くそっ! やっぱ
悪態をつきつつ、左の盾を構える。
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
亡者は叫びながら右腕を全力で振り下ろしてくる。痩せこけた体とはいえ、振り下ろす速度は速い。
しかし、俺にとってはあくびが出るような速さだった。
「――ッ!」
判断は一瞬。行動は直後。
俺の頭へと向かってくる折れた直剣へと、左の盾を思いっきり
必然的に相手の右腕は上へと引き上げられ、盾も持ち上げられた。
その先には、体勢が崩され胴ががら空きの亡者。
体勢を整えると同時に、右手を一気に引き剣先は相手へ。
そして、一拍。
「っらぁ!」
張った弓を、一気に放すような一撃。
直後、ロングソードが亡者の腹へ深々と突き刺さった。
核心の手ごたえが、剣を持つ手から伝わってくる。
「ア゛、ァ゛ァ゛ァ……」
腹へと剣が刺さった亡者は、ゆっくりと倒れこみ動かなくなった。
同時に、亡者から何か『白いもや』が俺の体へと潜っていく。
なぜか、
「ん?」
一瞬疑問がわくが、それを振り払い怯えた少女へと向かう。
少女は目の前で起こった戦闘に腰を抜かして、地面へとへたり込んでいた。俺が近寄って手を差し出すと、反射的に振り払われてしまう。
少女自身も自分の行動に驚いたようで、すぐに謝ろうとするも混乱で言葉が出ないようだ。
「あっ、えっ」
「いや、怯えるな。何もしねえよ。説明は後でするから、ひとまず移動したい」
「いえっ、あのっ。わ、わかりました。で、でも足が……」
見ると腰が抜けたようで、少女の足は震えていてとても歩けそうにはない。
「歩くのは……無理そうだな。しょうがねえ、ちょっと我慢しろ」
少女へとしゃがみこみ、肩と膝の間に手を入れて一気に持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょ、待ってください!」
「少しの
「いえ、そういうことでは無くて!」
俺は少女の言葉に耳を貸さず、道へそって真っすぐ歩き始めた。
薄暗い棺桶と墓石の森を抜けた先。
そこに広がっていたのは、雲で遮られた崖下とどこまでも続く山脈。そして、空を遮る薄く黄色がかった白い曇り空だった。
それを見て、俺と腕の中の少女は声が出なかった。感激にではない。『驚愕』にだ。
地平線まで山脈が連なり、雲で地面が見えないほどの高所。そんなところは『俺の世界にはなかった』。おそらく少女も同じなのだろう。
そしてそれは、
(まさか本当に、俺たちは選ばれちまったっていうのか……?)
俺は驚きと絶望を感じて、自然と口が閉じる。
ただ、少女は数十秒間の静寂に耐えられなかったのか、やがておずおずと口を開いた
「あの、ここはいったい……」
「……あ、ああ。ちょっと待て。まず安全な場所へ……いや、『ここ』がそうか」
少女の声に現実に戻され、慌てて周りを見渡す。しかし、お目当てのものはすぐ目の前にあった。
俺の視線の先をたどった少女は、不思議そうに疑問を口に出す。
「これは……『
「そう、この剣が刺さった篝火が唯一の安全地帯らしい。まずは座るぞ」
篝火の隣に少女をゆっくり下ろし、俺もどっかりと座る。
篝火の熱で、今までの緊張がほぐれていくようだった。少女の方もそうらしい。ほおが緩んで安心しきった顔だった。
(……こうしてみると。まだ14歳ぐらいのちびっこが、どうしてこんなところに……)
それも、今の状況を説明したら話してくれるかもしれない。
ちょうど考えもまとまってきた。俺は少女へと口を開く。
「なあ、そろそろこの状況を話していいか?」
「……ああ、はい。だいぶ休憩しましたし、大丈夫です」
確認を取る。俺はおそらくの話だが、と前振りをしながら、話し始めた。
「わかった。さて、まずはここがどこか説明してやる」
「ここは灰の墓所。伝説では、『始まりの火を継ぐであろう火の無い灰』がたどり着く場所だ」
「『火の無い灰』は、ロスリックという場所を探し回り『
「つまり、俺たちはその使命を果たす『火の無い灰』に選ばれた、というわけだ」
「本当はそんな使命ごめんこうむりたいが、俺たちはその使命から逃げられない。なぜなら」
「『火の無い灰』は死んでも蘇るからだ」
騎士の見た目は逃亡騎士。少女の見た目はカルラのとんがり帽子と火守女衣装に似たフードです。
妄想を我慢できずにいざ投稿。感想批評、評価をお待ちしています。