絶望を焚べたその先へ   作:カキロゼ

3 / 7
三話・灰の審判者グンダ

 

 「つまり、偽騎士さんが囮になって私が魔法で援護する。これでいいですか?」

 「ああ。今は手持ちが少ないし、そうするのが一番安全だ。ただ、ちびっこに意識が向かないようにするから、最初はずっと逃げ回っとけ」

 「まさか戦闘が終わるまで、なんて言いませんよね?」

 「俺が一撃をもらうまで、だ。いつでも援護に回れるよう、集中は切らすなよ?」

 「……心配されることでは無いです」

 

 俺達の眼前にいる巨体の灰の審判者は膝をついていた。分厚そうな灰色の鎧だが、その胸からは螺旋状の剣が突き刺さっている。

 俺達が円形の闘技場みたいな広場に足を踏み入れても、こいつは動かなかった。てっきり近くまで来たら戦闘になると思っていたが、ただの杞憂だったようだ。

 警戒はといたが、これでは『試練』とやらが始まらない。どうするか、と右往左往しながら俺が考えていたら、少女は突如として胸に突き刺さっている剣に手を伸ばしていた。

 少女によると、『螺旋の剣を抜いたとき、試練は始まる』と頭に声が聞こえたらしい。

 文字通りこの審判者に突き刺さっている剣を抜けば、すぐさま『試練』が始まるだろう。

 それまでの準備として、俺達は最初の対応を話し合っていた。

 

 俺が審判者の動きを牽制、囮になり少女がその間に魔法を撃つ。

 文字にしてみれば単純極まりない作戦だが、今は武器も情報も何もない。さらに『確実に蘇るわけではない』ということを考えれば、必然的に安全策に走るしかなかった。

 しかし、シンプルだからこそ実行しやすいだろう。何せ俺が攻撃を受けて、少女が魔法を撃つだけだ。作戦が通用しない、なんてことにはならないはず。

 そう考えての作戦だったが……。

 

 「『わかってるじゃーか』、なんて啖呵を切っといてこんな作戦なんて……。正直、期待はずれです」

 「んなこというなよ。こっちだってわかってんだから……」

 広場の門へと少女が戻りつつ、そんなことをこぼす。そうして離れる少女に対して、俺は審判者の胸の剣へと手を伸ばしていた。俺は近接戦闘、少女は遠距離戦闘なのだから当然だ。

 少女の声に答えつつ、螺旋の剣の柄を握る。……なぜか、ほのかに暖かい。が、その感覚をすぐさま外へと放り出す。

 改めて両手で握りなおし、俺は後ろへと声をかけた。

 「ちびっこぉ! 準備はいいか!」

 「大丈夫です! あとちびっこ言わないでください!」

 

 返答を聞き流しながら、剣に力を入れる。

 

 

 少しずつ、ゆっくりと巨体から剣が引かれていく。

 

 

 

 大した時間もかからず、剣はすべて引き抜かれる。直後、手の中から剣が消えた。

 それに疑問を持つ間もなく。

 

 

 

 『灰の審判者・グンダ』

 

 頭に声が響くと同時、目の前の巨体は動き始めた。

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 並の相手ではない。そう思っていた。

 少なくとも、油断はしていなかったつもりだ。しかし灰の審判者グンダの強さは、俺の予想を軽く超えていた。

 正しくは『戦うような相手ではない』だ。

 

 グンダの斧槍が、その遠心力と共にこちらへと振り下ろされる。3メートル近くの巨体が振り下ろすそれは、もはや人が出していい速度ではなかった。

 絶対に喰らうわけにはいかない。しかし、俺はここで囮にならないといけないのだ。

 逃げようとする体を理性で押さえつけ、盾を構える。

 

 「——ッ!」

 

 重い金属がぶつかり合う轟音。

 力を込めたはずの左腕に、岩がぶつかったような衝撃が走った。それでもその衝撃は消えず、耐え抜いた姿勢のまま後ろに下がってしまう。全身に力を入れて、完全に防御したはずなのに、だ。

 重い。重すぎる。

 左腕のしびれが切れぬまま、盾を下げて前を見据える。

 そこには悠々と斧槍を緩く構えなおす、灰の審判者の姿があった。

 

 (くそっ、攻撃を……)

 

 俺の役目は囮。こっちに意識を移すには、少しでも攻撃をしなければいけない。

 しかし、先ほどの衝撃で呼吸を整えることしかできなかった。足は少ししか動かず、グンダから僅かに離れるだけ。走るなど到底無理だ。

 数秒間の停止。そしてまた、グンダの斧槍が左へ構えられ、その巨体がねじられる。

 攻撃のする暇など存在しない。多少ましになった左腕で、もう一度盾を構える。

 

 そしてまた、右から死の斬撃が薙ぎ払われた。

 

 

 (攻撃する……暇がねえ……)

 戦闘が始まってからというもの、ずっとこの調子だった。グンダが一方的に攻撃し続け、俺が受け続ける。俺からの一撃なんて、グンダが構えるまでの不意打ちのみだ。

 俺が盾で受けると、あまりの衝撃で体が動かなくなる。その間にグンダは構えなおして再度攻撃。2、3回の連続突きやタックルも使ってくるので、受けきった後も油断できない。

 特に外傷こそないものの、いつか俺のスタミナが削られて一撃を食らうのは必然だった。

 

 

 「ぐっ!」

 

 何度目かの衝撃。衝撃を受けきれず、ブーツを地面に擦り付けながら体が後ろへと下がる。

 ちらりと少女の方を見ると、確かに俺の後ろの壁へと逃げている。その眼は不安そうで、しかし攻撃をためらっている様子が見て取れた。

 しかし、その眼が大きく開かれ少女が叫ぶ。

 「避けてください!」

 

 前を見ることなく、とっさに横に身を投げ出す。直前まで俺の兜があった場所には、恐ろしい速度で突き出される斧槍が見えた。

 

 (危なかった……だが)

 今度は、盾で受けていない。

 

 それを認識した直後。俺は即座に体を立て直し、片手でロングソードを構えなおす。力の限り地面を踏みしめ、とにかく前へと身を乗り出した。

 まだ斧槍を戻していない巨体へと、走り抜けざまに一撃。さらに振り返りながら、回転ぎみに灰の鎧へと二撃目の剣を振るう。

 浅い。しかし、刃は通った。

 これ以上は危険と判断し、後ろへとバックステップ。

 

 

 それと同時。俺の上から斧槍が恐ろしい速度で迫っていた。 

 

 

 とっさに構えた盾は、何とか間に合い斧槍の勢いを下へと受け流す。

 「がっ!?」

 目の前の地面へと、斧槍が深く埋まりこんだのが盾の下から垣間見える。

 

 

 しかし次の瞬間、斧槍の刃がこちらを向き、俺へと振り上げられるのが一瞬だけ見えた。

 左腕は、動かなかった。

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 「——ぐはっ!?」

 

 地面に叩きつけられる衝撃で、目が覚める。

 失神から目覚めたばかりで記憶が曖昧になるも、背中からの強い衝撃と痛みから一瞬で意識が覚醒した。

 (一撃で……これかよ……)

 斧槍に上へと突き上げられられ、吹っ飛ばされた。言葉にするとこれだけなのだが、体に走る痛みと衝撃は人体が受けるものではないと語っていた。

 

 呼吸がうまくできず、足に力は入らない。しかし、この状態を審判者が放っておくはずもない。手と肘をついて、無理矢理起き上がる。

 大丈夫だ。落ち着け。まだ一撃喰らっただけ。冷静になれ。そう言葉を並べるも、激しく鼓動する心臓が落ち着く気配は無い。

 まずは回復するために、俺は真後ろへと走り始める。その先には杖を構えている少女がいるが、後ろへ逃げる以外の選択肢は無い。

 不思議なことに、あんな攻撃を喰らった直後にも関わらず、この体は走り出すことが出来ていた。

 

 グンダは俺を追ってくるだろう。だが、今までの動きを見た限りでは移動速度自体は遅い。この広場の外周にたどり着くまでだったら、回復する時間は稼げるはずだ。

 「後ろです!」

 そんな期待は、背後に振り返った途端消えうせる。

 

 視界の先には、疾走しているグンダが斧槍を上に構えていた。

 

 「嘘だろっ!」

 盾を構える。直後、体が吹っ飛ぶような衝撃。

 

 左腕が痺れ、下を向いて動かない。それでも、俺は恐怖に負けじと前を見据える。

 

 

 

 グンダが右に体をねじり、斧槍を構えていた。

 そして力をため切った斧槍が加速。

 

 (避けられ——っ)

 

 残像を残す速度で、斧槍は俺へと直撃した。

 

 

 

 

 衝撃と切られた痛み。それと一緒に、俺の体は後ろへ吹っ飛んでいく。

 地面に身を投げ出されても勢いは止まらず、外周にいるはずの少女の近くでようやく停止する。

 「偽騎士さん! 大丈夫ですか!?」

 少女が焦った声で聴いてくるが、それに答える余裕もない。そもそもあまりの衝撃で呼吸ができなった。肺から酸素が無くなり、余りの苦しさに手足が勝手に暴れまわる。

 「——かはっ!?」

 だが、直後再び呼吸が始まる。息を整えたいところだが、それよりもまずベルトに備え付けてある鞄からエスト瓶を取り出し、兜の隙間から無理矢理押し込んで一口分飲み込んだ。

 喉から暖かいものが入り、すぐさま体へと染み渡ってゆっくりとだが痛みを消していく。どうやらこの灰の体、行動の回復は早いが痛みはエスト瓶じゃないと治らないらしい。

 回復して意識が明瞭になると同時、隣から声が響き渡った。

 

 

 

 「『ソウルの矢』!」

 少女は杖をグンダに向け、魔法を発動。1秒ほど後、杖から『矢』が放たれる。

 

 グンダは特に避ける素振りを見せず、あっさりと『矢』は直撃。さらに、俺達へ向かう足が一瞬止まった。外からは確認できないが『矢』は効いているようだ。そして少女へとグンダの兜が向けられた。明らかに攻撃対象を変更している。

 

 「偽騎士さんはそこで回復していてください。それまでは私が囮を務めます」

 それを確認した少女は簡潔にそう言い放つと、円形の広場の外周を右へ走り去っていった。

 「おい待て——ぐっ!」

 俺はすぐに立ち上がって後を追おうとするが、回復しきっていない足から力が抜けて崩れ落ちてしまう。それでも、手放していなかったロングソードを地面に突き刺して何とか体勢を整えた。

 

 守る。守る。『守って見せる』。

 

 俺の中でそんな言葉が渦巻き始める。

 しかし俺の思いとは裏腹に、少女は4回目の『ソウルの矢』を走りながら発動。吸い寄せられるようにグンダに当たり、さらに注意を向けられてしまう。少女の場所は、もはや俺から一番遠い対面の外周だ。

 

 グンダは相変わらずゆっくりと歩いているため、少女へと追い付かない。それを見越してだろう。少女は動きを止め、杖を後ろに構え光を溜め始める。

 このまま魔法の遠距離攻撃で倒せるのではないか——。俺がそう感じ、おそらく少女もそう思っただろう。

 

 しかし、そんな期待を裏切ってグンダは突如足を曲げた。

 まるで飛ぶ準備動作のように。

 「「——ッ!!」」

 

 

 

 その足のばねの勢いそのまま、グンダは文字通り『飛び上がった』。その高さは、およそ5メートル。

 そして斧槍を下に構え、突き刺すように姿勢を整える。

 

 着地地点は、少女の真上。

 

 

 

 「ッ! 『ソウルの太矢』!!」

 しかし、落ちてくるグンダから少女は逃げることなく、その場でようやく溜め切った魔法を放つ。

 俺はその魔法が当たる前に少女へと駆け出し始めた。たどり着くまでは数秒間。叫ぶ余裕すら無い。

 

 一瞬だけ、グンダの体で青い光が散る。その直後、グンダと少女は着地の衝撃で舞い上がった砂埃に埋もれて、姿が見えなくなった。

 

 

 

 だが、砂埃はすぐさま払われる。そこからは見えるは、右へと横薙ぎされたグンダの斧槍。斧槍の下には、こちら側へ後ろに倒れるように回避した少女の姿。

 少女は無事のようだ。大方、当たった魔法によってグンダの体勢が崩れ、斧槍が少女へと当たらなかったのだろう。

 

 ただ、まだ死の追跡は終わっていない。

 地面に倒れた少女へと、グンダは斧槍を右手で上に振りかぶる。振り払われた斧槍が、上へと移動。

 そして両手で持ち直し、下へ何度目かの振り下ろし。

 

 「ひあっ。——ッ!」

 少女はそれを横へと転がって、ギリギリで回避する。

 斧槍は地面に埋まるが、それでも斧槍は止まることなく上へ振りかぶられ、そして下へともう一度急激に加速。

 「逃げろちっびこぉ!」

 

 少女への二度目の斧槍が振り下ろしの直前、俺は少女へとなんとかたどり着く。

 さっきと同じく、盾を上へ。左腕のしびれはもう無かった。

 

 「ぐっ!」

 金属音。同時に衝撃。

 しかし、今回は衝撃をすべて受けきらず下へ『流した』。そのため、前よりは体の痺れが少ない。すぐさま残った体力で反転し、起き上がろうとしていた少女を抱える。

 

 とにかく後ろへひた走る。なぜか先ほどとは違い、グンダは走っても飛び上がりもしてこなかった。そのまま安全な場所まで下がり、少女へ自分のエスト瓶を飲ませる。幸いにも、俺と少女のエスト瓶は全く同じようで少女はすぐさま目が覚めたようだった。

 意識があることを確認して、少しだけ荒く地面に足を付かせる。すぐさま反転し、グンダへと盾を構えなおす。すぐにやってくるだろうグンダの連撃を、また受けきらないといけないのだ。

 だというのに、後ろの少女はあろうことか俺の方へと立ち上がってきた。

 

 「偽騎士さんは、危ないから下がってください!」

 「それはこっちのセリフだ! ちびっここそ早く下がれ!」

 言い争いをしている場合ではないのに、お互いに口調が荒い。どっちも気遣う余裕が無いのだ。

 「くそっ!」

 俺は仕方なく、少女を後ろへと回し蹴りして物理的に下がらせる。

 「ちょっと、何して——」「後で文句はいくらでも訊く! 今はそんな場合じゃねえだろ!」

 

 怒鳴りながら改めてグンダへと振り向いて構える。距離はまだ大丈夫だ。また走ってきても、今度こそ対処できるはずだ。

 (しかし、こっからどうする? 対抗手段が無い、隙が作れない、逃走もできない。まさしく、『手も足も出ない』状況じゃねえか)

 

 そんなことが頭によぎる間にも、一歩ずつグンダは近づいてくる。ゆっくりと、着実に。

 

 盾で受けたら、先ほどのように攻撃を喰らう。逃げようにも、後ろには少女がいる。

 今から逆転するには、間に合わない。

 俺がそう結論づけたときには、すべてが手遅れの状態だった。

 

 

 幾秒ほどの時間をかけ、ついにグンダは斧槍の届く距離までたどり着く。

 

 死が目前に迫る中。体の内側で炎が燃えて、小さな声が聞こえた。

 

 

 

 幾多の火の無い灰を屠ってきた斧槍が、両手で上に振りかぶられる。

 

 『違う』『それは間違っている』『お前には似合わない』。そんな本能のような声がする。

 

 

 

 その巨体のすべての筋力が振り絞られ、斧槍の先端が一瞬で最高速に到達。

 

 『力を緩めろ』。その声に従い、体から不要な力を無くし本能のような『何か』に身を任せる。

 

 

 

 直撃したら確実に絶命する威力を伴って、死の斧槍は振り下ろされていく。

 

 感覚が研ぎ澄まされ時間が緩く進む中、俺は迫ってくる灰色の斧槍へと視線を移す。

 『当たったら死ぬ』。それを理解した直後。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は『左腕から盾を捨てた』。

 

 

 

 

 —*——*——*——*——*—

 

 

 

 

 目の前の光景が信じられなかった。

 今まで私達を追い詰めてきた灰の審判者。その手が持つ斧槍が迫ってきているというのに、薄汚れた騎士は盾を地面へと捨てたのだ。

 そんなことにかまわず、グンダの斧槍は振り下ろされる。

 

 私は、ただ見ることしかできなかった。

 

 「——偽騎士さんっ!?」

 斧槍の衝撃で地面から砂ぼこりが舞い、偽騎士の姿が完全に見えなくなる。盾はこの目で確かめた通り持っていなかったはず。当たっていたら無事ではないだろう。

 「そんな……」

 また『守られた』。

 頭の中でそんな思いが反響し、次々と沸き上がってくる。感じるのは、罪悪感と後悔。それに耐えきれず、私はその場でへたれこんで動けなくなってしまう。

 晴れない砂ぼこりの先で、偽騎士を始末した審判者がこちらへと向き直る気配。怖くて前を直視できない。逃げなければいけないのに、足に力が入らない。

 そしてその恐怖から、ついに心の声が漏れてしまった。

 

 「誰か……助けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、わかってる」

 

 

 驚きで、うつむいていた顔を上げる。

 砂ぼこりが晴れたそこには右手に剣、『左手に短刀』を構えた薄汚れている騎士の姿があった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。