絶望を焚べたその先へ   作:カキロゼ

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た、ただいま戻りました……遅れて申し訳ありません……(がくっ)


七話・ロスリックの高壁

 ロスリックの高壁。ロスリック城の周りにある城下街であり、ロスリック城への侵入を拒む高い城壁が特徴だ。

 はるか昔はさぞ華やかな街だったろうが、橙色に染まった曇り空の下には荒れ果てた建物のみ。

 そこらじゅうを見渡してもまともな人間はおらず、亡者がただただはびこっている。

 

 そんなロスリックの高壁の建物内で、俺たちは戦っていた。

 

 

 

 外の通路から直接つながっている暗い部屋。ちょっとした休憩所ほどの広さがあるそこには、俺たちの声と剣戟の音が入り混じっていた。

 

 「偽騎士さん、亡者もう一人きました!」

 「―—くそっ! ちびっこ、あと5秒持ちこたえろ!」

 

 目の前で立ち上がった亡者は、盾を下ろし俺へと右手の剣を振りかぶる。

 

 〈2秒後に直撃。パリィ可能〉

 俺が何かを考える前にその『認識と行動』が頭へと流れてくる。それに従って、俺は左手の短刀を振り上げて亡者の剣の軌道をそらした。

 と同時、右手の剣を亡者へと思いっきり突き出す。

 亡者が着ていた胸当ては全く役に立たず、俺のロングソードは深々と亡者へと突き刺さった。

 

 「ア”……ァ”」

 亡者は弱弱しい声を出しながら後ろへ倒れていく。しかし、俺は倒した亡者から目を離して後ろを振り向いた。

 視線の先には、少女へと剣を振り下ろす鉄兜を被った亡者。

 

 「――わっ!」

 しかし、亡者の剣は少女へと到達する前に盾によって防がれる。が、防いだ衝撃で少女の腕は痺れ後ろへたたらを踏んでしまった。

 その隙を逃さず、亡者が再び剣をふりおろす――。

 

 

 ―—前に、亡者の首に横からの投げナイフが突き刺さった。

 

 

 「っと。……これで終わりか?」

 二人の亡者からソウルが俺達へと入っていくのを確認し、俺はそっと警戒態勢を解いた。左手に持っている投げナイフをソウル化し、ロングソードも左腰の鞘にしまう。

 少女の方はというと、なぜか呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

 「……狭い室内でナイフ投げなんて。最悪私に当たりますよね?」

 「しゃーねーだろ、勝手に体が動いたんだから。……なんか少しづつ騎士から離れていってないか? 俺」

 「最初から、私はあなたを騎士だと思ったことは無いですけど」

 「ほう、あのホークウッドとの口論じゃ―—」

 

 そう俺がもらした次の瞬間、こちらへと杖が構えられていた。

 「そんなことは無かった。いいですね?」

 

 「……わかった」

 そもそも知識や頭の回転からして、俺がこの少女に口論で勝てるわけがないのだ。……これはただの脅しだったが。

 

 

 

 休憩所から下に続く梯子を降りて、地下室を歩きながら少女へと話しかける。

 「……人間の可能性って火守女は言っていたが、ちびっこはどう思う?」

 「どうって言われましても。考えるなら、ソウルを体に取り込む以外で強くなる方法があるんじゃないですか?」

 「それの見当がつかないから聞いてるんだよ。お前なら魔術や呪術を改良とかできるだろうからいいが、俺は剣しかねえからな」

 

 「魔術を……改良? そんなことできませんよ」

 俺の言ったことがあまりに予想外だったのか、少し目を見開きながら少女が答える。

 「そうなのか? てっきり魔術師ってのは自分が扱う魔術を自分好みに変えたりするもんだと思ってたが」

 「いえ、その魔術を習うので精一杯なのがほとんどですよ。絵を真似するのと、絵を一から自分で書き上げるのでは、どっちが難しいかわかるでしょう? 私はまだ経験が浅いですからね」

 「なるほど、魔術を大量に使う経験が無いといけねえのか。……どこか、ソウル化以外の術が無いかと考えていただけだが、無さそうだな」 

 ため息のように俺が言葉を吐き出す。しかし、それに少女は答えず急に足が止まる。

 

 「ソウル化……主なきソウル。そもそもどうやってソウルで身体強化を……?」

 「ん、どうしたちびっこ。このまま来ねえなら置いていくぞ」

 「いえ、なんでもないです」

 そう言って少女は俺についてくる。地下室の出口はすぐそこらしく、太陽の白い光が曲がり角からもれていた。

 

 

 

 地下から外の通路に出て道先を確認する。地下室出口から直進の道があるが、その左脇には上へと続く階段があった。

 「どっちから行きますか?」

 「……直進の道が順路だろうな。だが後ろからの不意打ちが怖い。確認のためにも階段を上るぞ」

 後ろの少女と共に階段を上がっていく。亡者を警戒し、二人共武器を構え音をたてぬよう慎重に進む。そのまま階段を上がって壁から先を様子をうかがった。

 

 太陽の白い光が照らすちょっとした広場には、六体ほど亡者がうろついていた。斧槍や大斧を持っている亡者も確認できる。相手取るには少々骨が折れそうな数だ。

 下から少女も広場をのぞき込み、小さく息を呑む。それを見つつ、俺は撤退の提案を出した。

 「さすがに殲滅はきつそうだな。幸い下の道からは距離がある。音に気を付けながら進んだら問題ない。戻るぞ」

 「……あの、偽騎士さん。あそこに突き刺さっているのって剣ですよね?」

 階段を降りようとした俺へ、未だ広間を見ている少女が声をかける。

 

 見れば広場の隅に、地面へと突き刺さっている大剣が確かにあった。所々亀裂が入ってはいるが、修理できる範囲だろう。

 祭祀場の侍女の婆さんでは、あんな大剣は売っていなかった。そのため、現在俺が使っている武器はロングソードのみだ。

 「ああ、確かに大剣だな。……おい、まさか」

 俺が嫌な予感を感じると同時、下でかがんでいる少女はこちらへ向きなおる。

 (……これは)

 

 

 「ええ、あの剣を取りましょう」

 

 

 

 「……いつでも行けるか?」

 「大丈夫です」

 俺が少女の説得を諦めてから、俺たちは突き刺さっている大剣を取る作戦を考えた。俺としては確実性は薄いと思うが、俺だってもっと武器は持っておきたい。

 (だけどこれはなぁ……。まあ、せいぜい頑張るしかねえか)

 眼を閉じて深呼吸を一拍。『認識』は働いている。体も重くは無い。

 準備はとっくに出来ていた。

 

 「それじゃあ数えるぞ。……3、2、1、――ゼロッ!!」

 作戦開始を宣言すると同時、俺は壁から亡者の群れへと走り出す。

 こちらへ背中を向けている大斧亡者へまずは一撃。右手のロングソードで深めに切りつけていく。

 

 「「「ア“ア”ア”ア”ッッ!!!」」」

 すぐさまソウルを求めてすべての亡者から声が上がる。そのまま、目の前の大斧亡者は振り向き大斧を振り上げた。

 

 〈防御不可能。回避推奨〉

 頭の『認識』に従って、上から迫る大斧を右へ回避。直後、大斧亡者の首へと左手の短刀を横から突き刺す。

 (……まず一人)

 大斧亡者が横へと倒れていくが、それを見ている余裕は無い。ロングソードで右からの攻撃を防ぎ、一歩だけ下がる。

 しかし引いた隙を狙ったかのように、残りの亡者達が一斉に突撃をしてきた。

 

 〈左から斧槍の振り下ろし〉〈正面から折れた直剣をもって突撃〉〈右前から直剣の突き〉

 あまりの多重攻撃に、『認識』も攻撃を見切るだけで精一杯らしく対処法は頭に流れてこない。

 (だが……これならまだいけるな)

 

 左からの斧槍振り下ろしを短刀で受け流し、正面を向いて迫ってくる亡者へ蹴りを入れて奥へ下がらせる。さらに、蹴りの勢いそのまま前へ移動し右からの突きをかすらせる。

 気合で体勢を維持し右回転。直剣で突いてきた亡者へ回転切りをお見舞いし、ロングソードを力任せに振り切った。

 

 「ア”ア”ア”ッ!!」

 と、ここで正面から俺の腹へと突きを入れようと亡者の斧槍が俺の体へ迫る。が、体を左へずらしてぎりぎりで回避。同時に左手の短刀をソウル化し、即座に物質化した投げナイフを手に取る。

 左へ体を振った勢いのまま、投げナイフを斧槍亡者へ投擲。が、首ではなく胸のあたりに刺さってしまう。

 「ちっ、浅いな。 ――くっ!」

 

 自分の胸にナイフが刺さったことなど気にも留めず、斧槍亡者は斧槍を右へと薙ぎはらってきた。

 〈直撃まであと3秒。回避不可能。直剣で防御推奨〉

 「んなことわかってる!」

 『認識』が流れるとほぼ同時に、右手のロングソードを持ち替え両手で防御態勢を取る。そう構えるな否や、両手と体に凄まじい衝撃が走り俺は後ろへ吹っ飛ばされた。

 空中で体勢を強引に整え、なんとか転ばずに着地。だが体へのダメージは確かに通っている。

 「……くそっ。もう少しか?」

 思わずそう呟いたそのとき、真後ろから少女の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 「――よし。偽騎士さん、ソウル化できました!」

 正面からの一撃を躱しながら振り向くと、そこにはこちらへ走ってくる少女が見える。すべて、作戦通りだった。

 

 作戦内容は単純で、俺が囮になり少女が大剣を取りに行く。だがこの作戦には不可能な部分があり、それは地面に突き刺さっている大剣を小さい少女が抜けるはずがないことだった。

 その問題は、『大剣を手に取りすぐさま形状を把握し、ソウル化して大剣を拾う』という方法で解決した。少女のソウル化速度が速いためにできた方法である。

 だからこそ、重要なのは俺だった。すべての亡者を相手にし、なおかつこちらへ意識を向け続ける。それを心配した少女だったが、そこへ俺はこう言った。

 「こういう囮とかの盾になるために、騎士はいる。ちびっこは自分の心配だけしていろ」と。

 

 ここに来るまで、ほとんどが予想通りに事が進んでいる。後は、少女から魔法の支援を受けつつ一体一体確実に倒していけばいい。

 それを伝えるため、俺は振り向いて少女へと声を張り上げる。

 「よし! なら、後は後ろで杖を構えて――」

 しかし、それは最後まで伝わらなかった。

 

 

 

 大きな物体が地面に落ちたような轟音が、ロスリックの高壁に響く。

 少女から亡者の方へ目を向けると、そこにはおよそ信じられない光景があった。

 その鱗は白く、その体は巨大。人を数人まとめて飲み込める口からは火の粉が漂っていて、黒い眼光は俺たちと亡者を見据えている。

 

 「まさか、ロスリックの竜……なのか?」

 目の前の竜は、それに答えるかのように咆哮した。

 

 

 

 

 「――偽騎士さん、早く脱出しましょう!」

 荘厳な白い竜に圧倒され、その場に突っ立っていた俺を動かしたのは少女からの呼び声だった。

 急に意識が現実に戻され、周りの状況が鮮明になる。

 前にいる亡者達は、竜の咆哮に気をとられて俺達の方を見ていない。逃げられる機会は、おそらくこの瞬間しかないだろう。

 だが、そんな俺達を嘲笑うかのように白い竜は口を高々と上げて、大量の空気を吸い始める。

 「あれはっ、まさか火の吐息(ブレス)っ!?」

 こっちへ走ってくる少女がそう呟き、俺は階段へ逃げるのは間に合わないと判断。一瞬だけあたりを見回し、一つだけある脱出路を見つけた。

 (……くそっ、逃げ道はあそこしかねえ!)

 一瞬だけ悩むが、どちらにせよそこに逃げなければ死ぬだろう。こっちへ追い付いた少女の手を捕まえ、俺は前へ(・・)と駆け出した。

 

 「えっ、ちょっと、偽騎士さん!?」

 「あの竜が乗っている建物だ! とにかく走れっ!」

 「わっ、分かりましたっ!」

 

 竜のほうを向いている亡者達の横を突っ切り、とにかく前へ走ろうと足を動かす。

 「ア”ア”ア”!!」

 しかし、逃げる俺達に気付いた亡者が叫び声をあげてこちらへと迫ってくる。上を僅かに見上げると白い竜は空気を吸い終わって口を閉じていた。

 さらに俺が振り返るのと同時に亡者の群れから一体の亡者が飛び出し、俺へ向けて斧槍を突き出してくる。

 

 〈2秒後に斧槍の突きが直撃〉〈3秒後に白い竜から火の吐息〉

 (~~くっそがぁ!!)

 

 建物まではあと3歩。前に少女がいて避ける選択肢は無い。僅かにでも足を止める訳には行かない。

 ここは俺が囮になるべきか――そう頭によぎった次の瞬間。

 

 

 

 「『ソウルの矢』っ!」

 少女の詠唱と同時、俺の頭の横を『矢』が通りすぎていった。

 青い『矢』はそのまま、こちらへ突っ込んできた斧槍亡者へ直撃する。俺へと当たる前に、斧槍は勢いを無くし地面へと落ちた。

 「――偽騎士さんっ!」

 その声と共に左腕が少女に捕まれ、建物の中へと引っ張られる。

 

 そして、視界の全てが業火に包まれた。

 

 

 

 

 

 「さて、と」

 「……」

 白い竜から辛くも逃げた後。俺達はすぐ近くで見つけた篝火へと身を寄せ、体と心を休めていた。

 俺は手で体を支えて楽にしているが、隣の少女は足を抱えて丸くなっている。見た限りだと、先ほどの恐怖が今になって蘇ってきたらしい。それほどにぎりぎりの攻防だった。

 静かな方がいいだろうが、いつの間にか俺は声をかけていた。

 「まあ、なんだ。あの時は助かった。ただ俺は騎士、誰かを守る側だ。今度ああいった状況になったら、自分の安全を優先しろ。いいな?」

 少女の安全を考えてという理由もあったが 騎士のほうが姫に守られちゃ、俺の立場が無くなってしまう、という理由が大半の注意だった。

 しかし、俺の注意に対して少女は弱々しくもしっかりとした意志を持って答えた。

 

 「嫌……です。私は、ちょっとでも助けになればって、思って……」

 『役立たずになりたくない』

 そんな思いが乗った声だった。少女も、自分の存在意義を作ろうと必死に強がっているのだ。

 「……まあ、次は気をつけろよ」

 だが、俺も今では『少女を守る』ということでしか存在意義が無い。俺ごときが火を継いで世界を救えるとは、まるで思ってない。

 

 その『守る』という意志も、いつまで続くかわからない。希望を持ち続けられるかわからない。

 

 「……」「……」

 重い沈黙とこれからの不安。その二つが、しばらくの間俺達と篝火を包み込むのだった。

 

 

 


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