不死騎団の副団長   作:ハルホープ

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抱擁

 そして、運命の日。俺が眠っている間にハドラーとザボエラが視察に来たようだが、ヒュンケルはすげなく追い返したらしい。正直、今の俺がハドラーと出会ったら『(ロカ)』が冷静でいられるか分からないので、その場に呼ばれなくて助かった。

 

 とにもかくにも、俺たちは地底魔城に来るであろう勇者ダイの一行を待ち構えていた。作戦は闘技場跡まで勇者たちをガイコツ兵で誘導し、そこをヒュンケルが叩くという単純なものだ。

 ヒュンケルが机に広げた場内の地図の一ヶ所を指差して、全体に指示を出す。

 

「クロコダインのタフさは軽視できないが、怪我が完治していないのは紛れもない事実……おそらくはあの3人で攻めてくるだろう」

 

 そう言った後、ヒュンケルは俺の目を見つつ、指を地図の一ヶ所にツゥと這わせる。

 

 「ガイコツ共には、闘技場へ奴らを誘導するように言い含めている……カロン、お前はこの位置で奴らを待ち構えていろ」

 「なるほど、勇者たちは俺を避けようとすれば、自然と闘技場に出ることになるな……」

 

 相変わらず手際の良い指示だ。

 

 

「……その際、マァムの相手を任せる。お前の好きなようにしろ、ただし……」

「分かってる、女は殺すな……だろ?それが不死騎団のルールだ……もう見失わないさ」

「そうか、ならいい……俺はダイの相手をする。お前は自分のことに集中していろ」

 

 過保護なことだ。少なくとも表面上は、いつも通りに振る舞っているつもりだが……ヒュンケルにはこれが空元気に見えているのかもしれない。

 

 それはそうと、俺たちナチュラルにポップとかいう魔法使いの事をスルーしているな。別に彼を侮っているつもりはないが、どうしても勇者ダイ以外のメンバーはインパクトが薄い。俺にとって一番インパクトがあったのはマァムだが。

 

「ヒュンケル様、カロン様!勇者たちが攻め込んで来ました!」

「来たか……カロン、手筈通りに行くぞ」

「ああ、了解だ」

 

 そうこうしているうちに、勇者ダイ一行が攻めてきたようだ。俺は愛剣を掴むと、指定された場所へ向かう。

 

「俺は……前世と決着をつける」

 

 きっと、マァムと正面から向き合い、打ち勝った時……俺は……俺は吹っ切れるはずだ。

 

 そう思って、地底魔城を歩いているうちに……ふと、自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 

 吹っ切れるとか決着をつけるとか……どうにも曖昧なことしか言えない。まるで、俺自身もどうしたいのか具体的には分かっていないかのようだ。

 

 いや、事実分かっていないのだ。マァムと会えば、きっと何か、大きなターニングポイントになる……そんな漠然とした、曖昧なことしか考えられていないのだから。

 

 まぁ、なまじ相手が前世という超然とした概念だから、仕方ないのかもしれないが。

 

 そんな、有り体もないことをつらつらと考えているうちに、指定の場所に着いた。俺は腕を組んで、勇者たちが来るのを待つ。

 

 

 どれだけ経っただろうか……ざわざわと騒がしい音が聞こえてきて、俺は組んでいた腕を解く。

 

 通路の奥から、ガイコツ兵に追われて現れたのは予想通り……勇者ダイ、魔法使いポップ……そして、僧侶戦士マァムであった。

 

 

 「よう、待ってたぜ」

 

 「げげ!?」

 

 突然声をかけた俺に声をあげて反応したのはポップ。ダイは警戒し、マァムは何とも言えない表情を浮かべた。

 

「よし、このままカロン様と挟み撃ちにするぞ!」

「逃がすな!追えー!」

 

 だが、そうこうしている間にも、ガイコツ兵士たちは勇者の後方から迫っている。正面から戦わないのは数の不利からか、あるいは本来の目的は隠密行動だったのか……確かなのは、ガシャガシャというガイコツ兵の鎧の音がどんどん近づいてきているということだ。

 

 

 「……昨日ぶりだな、マァム」

 「……カロン」

 

 その喧騒を敢えて無視して、俺はマァムに語りかける。

 

「俺とお前の今の望みは、多分同じだ……だから、そうだな……一騎討ちとでもしゃれ込もうぜ」

「一騎討ちだって!?」

 

 俺の提案に反応したのはダイ。

 

「俺はマァムと二人になりたい気分なんでな……もちろん、ガイコツ共に手は出させないさ」

「ふ、二人になりたい気分!?」

 

 ポップが素っ頓狂な声をあげる。何か変な意味にでも取ったのかもしれない。

 

「……ダイ、ポップ……私を置いて、早くレオナ姫を探してきて」

 

 マァムが意を決したような表情でそう言う。なるほど、ヒュンケルや俺と決着を着けに来たわけではなく、レオナ姫を救出しに来たというわけだ。その辺にいたレジスタンスからレオナ姫の情報でも手に入れたのかもしれない。

 

「カロンはきっと、ガイコツ兵を私にけしかけるようなことはしないわ……だから行って!」

「で、でもよぉ……」

「早く!」

「……ポップ、行こう!きっとマァムも、カロンと二人になりたいんだよ」

「ぐぐ……おいカロン!マァムに妙なことすんじゃねえぞ!」

 

 バタバタと騒がしくしながら、ダイとポップは去っていく。

 まったく、青臭いというか単なるガキというか……年齢的には一歳の俺が言うのもおかしな話だが。

 

 そしてその後、ガイコツ兵士たちが追いついてきた。

 

「カロン様!」

「勇者たちは向こうに行った。もうしばらく追いたてれば、ヒュンケルのいる闘技場まで着くだろう。引き続き頼むぞ」

「ははっ!」

 

 俺の命令……というより激励を受けた兵士たちは、ダイたちを追いかける。それを見て、マァムは少々焦ったような声をあげる。

 

「まさか、罠……!?」

「正面から堂々と戦うために広い場所へおびき寄せることを罠と呼ぶかは、意見が分かれるところだろうな」

 

 それを聞いてほっとした様子を見せるマァム。

 

「ヒュンケルもカロンも卑劣なことはしないとクロコダインから聞いていたけど、本当みたいね」

「……クロコダインから俺について聞いたか?」

「いえ、彼は話してくれなかったわ、本人以外がペラペラと喋ることじゃないって……」

 

 どいつもこいつも気を使ってくれてありがたいことだ。

 

「ねえ、今度こそ教えて……どうして私を見てレイラと言ったの?どうしてあの時急に様子がおかしくなったの?ひょっとして、あなたは……私の、兄さんなの?」

 

 「……年齢的に辻褄が合わないことくらい、お前も理解しているだろう?俺が兄だとしたら、ロカは何歳の時にレイラと出会っていなければならない?まさか、昔外につくった子供だとでも言う気か?」

 

 ……現実的な考え方をすれば、兄か何かだと思うのは決して不自然ではない。むしろ、真実の方が奇抜で、非現実的で……信じ難いことだ。でも、言わなければならない。俺の正体を教えなければならない。それが両者のためだ。

 

「だけど、そうじゃないなら、一体どうして……」

 

 「教えてやるよ……俺はバーン様の禁呪法によって産み出された、遺骨の剣士だ……ここまで言えば、分かるだろ?」

 

 「遺骨、禁呪法……?っ!?ま、まさか……!」

 

 

 頭が良いっていうのは、時に残酷だな。気づきたくもないことに気づいてしまう。

 

 「そうだよ、俺は……俺は戦士ロカの骨から生まれた剣士カロン!敢えて家族に当てはめれば、腹違いの弟とでも言うべきかな?勿論、お前の父であるとも言える」

 

 同じ父から生まれたと考えれば、腹違いの弟というのが一番近いが、俺自身がロカだと言うこともできる。そもそも、呪法生命体の俺を家族構成に当てはめること自体がナンセンスだが。

 

 「そ、そんな……嘘よ、だって、だってお父さんは……ネイル村のお墓に埋めたもの……!」

 

 「お前は墓参りの度に土を掘り返して骨があるか確認するのか?しないだろ?いつの間にかなくなってても、誰も気づかなかったのさ」

 

 「う、そ……だって……」

 

 「マァム……お前だって本当は分かっているはずだ……俺はお前の、父であり、弟でもある……魔王軍不死騎団副団長、カロンなんだ!」

 

 「いや……そんな、嘘……お父さんが……いやぁあああああああ!!」

 

 

 地底魔城に、マァムの悲鳴が響き渡った。その悲鳴を聞いて、俺の胸が痛む。俺だって、別に好き好んで女の子の悲鳴が聞きたいわけじゃない。それに……マァムは俺にとって特別だ。

 

 

「……マァム、悪いようにはしない……この城で捕まっていてくれ……姉を傷つけたくはない」

 

「……う、う……そ、れは……できない、わ」

 

 マァムは衝撃の事実を聞いて涙ぐみながらも、強い意志の籠った瞳で俺を見つめる。

 

「カロン、あなたは自分とお父さんの間で苦しんでいるのでしょう?だからあの時、あんなに様子がおかしくなって……」

 

 

 驚くべきことにマァムは、俺を気遣うかのようなことを言ってきた。俺は驚きのあまり、目を見開く。

 

 「……俺が、憎くないのか?安らかに眠っていたロカを掘り起こして、人殺しの道具にした魔王軍が憎くはないのか?」

 

 「辛いけど……!魔王軍は許せないけど……!でも、あなたを憎むことはできない!」

 

 不条理だ。マァムはあろうことか、父親の骨から生み出された俺を本気で心配しているようだ。普通ならば生理的嫌悪を抑えられないだろうに……。

 

 「人は、自分で生まれる場所を選ぶことはできない……あなただって無理矢理生み出された被害者よ、恨むなんてできないわ」

 

 「……俺が……被害者だと……?俺は魔王軍として、何人もの兵士を殺してきた!その俺が被害者だと!?」

 

 

 あまりに予想とかけ離れたマァムの対応に、俺は冷静さを欠き、大声をあげてしまった。

 

 「……苦しんでるのね、人を殺したことを」

 

 だというのにマァムは、どこまでも俺を受け止めようとする。

 

 「やめろ」

 

 「人の心を捨て去ることも、魔物になりきることもできずに苦しんでるのね」

 

 「分かったような口を……!」

 

 俺は、マァムに剣を振り上げて……振り下ろすこともできず、そのまま固まってしまった。ゆっくりと、俺の手から剣が滑り落ちていく。俺は、彼女を傷つけられない。ロカとしても、カロンとしても。

 

 「……最初はマァムもレイラも、ネイル村の連中も皆殺しにして、ロカの残照を消そうとしたさ」

 

 「……でも、できなかったのね」

 

 確かにできなかった。だがひょっとしたら、マリンを殺しかけた時にヒュンケルが止めてくれなかったら、俺はその選択肢を取っていたかもしれない。

 

 「ああ……俺がカロンとして生きるには、女や非戦闘員は殺しちゃいけないんだ……不死騎団のルールは守らなくちゃならない」

 

 魔物(カロン)として生きるには、人間(ロカ)の頃の思い出を消さなければならない。

 だが人間(ロカ)としての思い出を消すには、魔物(カロン)として生きる上でのタブーを犯さなければならない。

 

 雁字搦めだ。どうしようもない。

 

 「ヒュンケルは、俺の前世を関係ないと言ってくれた……けどな、ダメなんだよ……忘れようとしても、頭の中のロカが、レイラが、マァムが!俺の事をじっと見つめてくるんだ!」

 

「……辛かったのね」

 

「マァム、娘にして姉であるお前にもう一度会えば、何かが変わると、何かが分かると思ってた……でも、俺の心は変わらなかった、どうすればいいのか分からなかった……」

 

「カロン……」

 

「どうすればいいんだよ、人にはなれず、魔物にもなり切れない俺は……どうすればいいんだよ!!」

 

 

 俺の魂の慟哭を聞いたマァムは、決意を固めたような、凛としてた顔をすると……魔弾銃を床に放り捨てた。そして、ゆっくりと、俺に近づいてくると……

 

 

 

 「……大丈夫よ」

 

 

 

 穏やかに、優しく……まるで子を抱く母のように……俺のことを、抱き締めた。

 

 


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