マァムは少し背伸びして、彼女より身長の高い俺のことを、優しく抱きしめる。突然の行為に俺は驚いて、その場で身をすくめて固まってしまう。
「な、なにを……」
「強がってるけど……私に、許して欲しそうな顔をしてたから……」
ギュ、と俺を抱きしめる力を強くしながら、マァムが言う。許して欲しそうな顔。なんだその漠然とした、くだらない……それでいて、これ以上ないくらいに俺の心情を表している言葉は。
「はっ、なんだそりゃ……どんな顔だよ」
「……お父さんが、無茶して怪我して帰ってきて、お母さんに治療されてる時と、同じ顔……かな。本当は謝りたいのに、上手く謝れない時の……」
血は争えない……いや、この場合は骨は争えないと言うべきか。どうやら俺は、自分が思っている以上に、ロカと似てるのかもしれない。
「……ヒュンケルといいマァムといい……なんでもお見通しってわけか」
見透かされるのは嫌いだが……相手が彼らならば、それも悪くないと思える自分がいる。
「……その通りだよ、マァム……俺は、ロカを奪ってしまったことを申し訳なく思っていても、上手く謝る言葉が出てこないんだ」
マァムにロカを奪ったことを謝るということは、俺という存在を俺自身で否定することに他ならない。謝りたいと心の中で思いつつ、踏み切れていなかった……だから俺は、マァムに許して欲しかったんだ……俺という存在を。
「奪ったのはあなたじゃなくて、あなたを生み出した魔王軍よ……あなたは悪くないわ」
そう言って、俺を抱きしめる力を強くするマァム。よくもまぁ、父親の骨から生み出された、会ったばかりの化け物を、ここまで実の弟のように思えるな。
「ねぇ、あなたも魔王軍と戦いましょう!こんな残酷なことをする魔王軍に、手を貸すことなんてないわ!」
マァムが俺から少し身を離して、俺の目を真剣に見つめながら言ってくる。戦いたくない、という想いが痛いほど伝わってくる。でも、それでも俺は……
「……悪いが、俺はヒュンケルを裏切れない……俺を受け入れてくれたマァムには感謝してる……でも、これだけは譲れない」
バーンに生み出された以上、俺は魔王軍として戦うことを義務付けられているようなものだ。それに何より……あんなに良くしてくれたヒュンケルのことは裏切れない。
「ヒュンケルだってアバンの使途よ、話せばきっと……」
「あいつの人間への憎しみは、とても深い……話しても無駄さ」
「……ヒュンケルに、一体何があったの?」
マァムが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。
「……本人以外がペラペラ喋ることじゃない。ヒュンケルが俺のことを話さなかったように、な」
「そう……」
「だが、私利私欲だとか単純に暴れたいとか、そういう理由で戦っているわけじゃないってことだけは言っておく」
俺としては安心して欲しいからそう言ったんだが、マァムは複雑そうな表情をした。
「ならなおのこと、どうして魔王軍に……」
「月並みな言葉だけど……人にはそれぞれ事情があるのさ」
俺はそう言いながら、さりげなく、ゆっくりとマァムの腕を解いて彼女から離れる。
「ヒュンケルは裏切れないが、マァムも傷つけたくない……俺はいつもジレンマだらけだ……だから、今日はこうしよう」
「か、カロン?」
俺は先ほどマァムが捨てた魔弾銃を拾う。マァムの困惑したような声を敢えて無視して……俺は近くの壁に向けて発砲した。
ガラガラと音を立てて壁が崩れ、奥の通気口が見える。
「そっから逃げてくれ、マァム……俺の前を通らずにヒュンケルの所に行くなら、俺は止めない」
ヒュンケルはダイとポップの相手をしており、マァムの足止めを俺に命じた。そしてマァムは仲間である2人を助けに行きたい。
ならば、これが俺にできる最大限の譲歩にして、ヒュンケルとマァム両方の意見を尊重する折衷案だ。
「……俺を受け入れてくれてありがとう……けど、俺は魔物で、不死騎団の副団長……マァムは人間で、勇者の仲間……姉弟以前に、決して相容れないんだ」
「カロン……」
「願わくば、戦わないでいられることを祈るよ……早く行ってくれ、見逃している所を誰かに見られたくない」
俺は魔弾銃をマァムに投げ渡す。それをキャッチしたマァムは少し迷っていたようだが、早くダイたちを助けに行かなければならない現状をちゃんと理解しているらしく、ゆっくりと俺が空けた穴に向かっていく。
「カロン……先生がアバンの印を渡したということは、きっとヒュンケルの中には正義の心があるのよ」
穴から通気口に入る直前に振り返ったマァムが、最後に語りかけてくる。
「どうせ祈るなら、戦わなくて済むだけじゃなくて……あなたもヒュンケルも一緒に、私たちの仲間になってくれる日が来ることを祈るわ」
穏やかな表情でそう言うと、マァムはサッと身軽に通気口の中に入っていった。
……俺はしばらくその場に立っていたが、ゆっくりとその場に座り込んだ。
不死騎団団長のヒュンケルが兄貴分として俺を受け入れてくれて、俺の実質的な姉であるマァムも、父親の骨から生み出された俺を受け入れてくれた。
俺はなんだか、周囲にものすごく甘やかされている気がする。
彼と彼女が受け入れてくれたならば、俺は俺として……アバンの仲間のロカから生まれたと言うことを事実として納得した上で、不死騎団副団長カロンとして生きていくことができる。
だが、俺は……ロカとカロンの中で揺れ動くことはなくなっても、今度はヒュンケルとマァムの間で苦悩している。どちらも俺は感謝しているし、どちらとも争いたくない。
マァムが言うように……ヒュンケルが勇者たちの仲間になるのが、一番幸せな結果だろうが……そんな、都合よくいくかは分からない。
それに何より、バーンから生み出された俺は、きっと……
「か、カロン!大変!」
と、俺が物思いに耽っていると、先ほど別れたばかりのマァムが、何やら血相を変えて駆け付けてきた。
「いやマァム、そこはもうちょっとこう別れの余韻を残してだな……」
「そんなこと言ってる場合じゃないの!これを!」
そう言ってマァムが差し出してきたものは……
「それは……魂の貝殻?」
「とにかく、これを聞いて!」
★ ★ ★
「はぁ、はぁ……!」
「ち、ちくしょう……」
「思っていたよりはやるが……この程度か」
勇者ダイ、そして魔法使いポップは、ガイコツ兵士に誘い込まれた闘技場にて、本気の殺意の現れなのか、前回の戦いでは見せなかった鎧姿で待ち構えていたヒュンケルを相手に苦戦していた。
「ポップ、ラナリオンは?」
「魔力はまだ余裕あるけどよ、いけるか?百発百中って程には練習してねぇだろ?」
「こうなったらやるしかない……!俺が何とかヒュンケルに剣を抜かせる……!」
つい先日仲間になったクロコダインから聞き、情報としてだけは知っていたヒュンケルの魔法を弾き返す魔剣の鎧。2人はその対策自体は考えていた。金属は電気を通す性質を利用して、ライデインでヒュンケル本人に感電ダメージを与えるのだ。
だがそのためには、2つほど問題点がある。
まず一つは、ヒュンケルが剣を抜いていなければ、鎧に電気を通せないこと。
そしてもう1つは、現在のダイのレベルではポップのラナリオンで雨雲を出現させなければ、ライデインを打てないことだ。
つまり、ヒュンケルを倒すには、上に空が覗いている場所で、ポップにラナリオンを使用させる魔力を残した上で、ヒュンケルに剣を抜かせなければならないのだ。
そして、ダイたちが戦っている闘技場には空は覗いているが……ヒュンケルは剣を抜いていなかった。
仮にヒュンケルが剣を抜いていたとしても、ライデインの命中は万全ではない。練習が完璧であれば、何も憂うことなどなかったのだが……練習は万全とは言い難かった。
とは言え、それには理由がある。ヒュンケルが去った後に合流したパプニカのバダックから、レオナ姫はおそらく地底魔城に囚われているということを聞いたのだ。故に彼女を助ける為にダイたちは潜入したのだ。
そう、あくまでも今回の潜入の目的はレオナ姫の救出。ヒュンケルを倒すことは主目的ではない。
故に、ライデインの練習も決して手を抜いたわけではなかったが……気絶するほどやりこんだ訳ではないので、命中率に少々不安が残る結果となった。
なお、クロコダインは怪我が完治していないのと、巨体故に隠密行動には向かないため、別行動中でこの場にはいない。
「ダイ、こうなりゃ怒って紋章の力を使うんだ、そうすりゃあヒュンケルに勝てる!」
「でもポップ、無理矢理怒るのって難しいよ、あの力は使おうと思って使えるものじゃ……」
「何をコソコソ話している?」
紋章の力……ダイが怒りを爆発させた時に額に現れる、謎の紋章。これが出現している時のダイは、普段とは比べ物にならない力を発揮する。
だが、それはダイ自身も言っているように、好きに出したり引っ込めたりできるものではなかった。
「ヒュンケル!お前、なんだって魔王軍なんかにいやがるんだ!?」
ポップはダイポップはダイが紋章の力を引き出す間の時間稼ぎのため、ヒュンケルが魔王軍に協力する理由を聞く。あわよくば、その理由が自分勝手なものであり、ダイが怒ってくれることを期待もしていたが。
「……いいだろう、教えてやる……それは、それはアバンが……俺の父の仇だからだ!」
捨て子だったヒュンケルを拾った地獄の騎士バルドスのこと、彼の下で健やかに育っていったヒュンケルのこと……そして、バルドスがアバンのハドラー討伐の際に殺されたこと。
ヒュンケルの口から語られた彼の過去は、ダイとポップの予想を大きく裏切るものだった。
「たとえ正義のためだろうとなんだろうと、その力が俺の父の命を奪ったことに変わりはない……!それを正義と呼ぶなら……!」
ヒュンケルは、懐に持っていたアバンの印を取り出すと、遠くに放り捨てた。そして目を力強く開いて、ダイとポップを睨み付ける。
「正義そのものが俺の敵だ!」
「う、うぅ……!」
ヒュンケルの宣言を聞いたダイは、思わずたじろぐ。何故なら、ダイもまた魔物に育てられた少年だからだ。
もしも自分の育ての親であるブラスが、正義の名の下に勇者に殺されてしまったら……そう考えると、ダイは正義を憎まないでいられる自信がなかった。
「さぁ、トドメを刺してやるぞ……アバンに食らわせてやるつもりだった……俺の必殺技でな……!」
ヒュンケルはそう叫ぶと、鎧の魔剣の兜から剣を取り出す。
「兜から剣が……!?今だ、ラナリオーーン!」
「ぬぅ!?」
剣を構えるヒュンケルに対し、ポップは天候操作魔法ラナリオンで雨雲を呼び出す。
「ダイーー!今だーー!」
「ぅ、ううっ……!ライデ……」
作戦通り、ライデインを撃とうとするダイ。しかし、先ほどの話を聞いてヒュンケルが自分と重なってしまったダイは、一瞬攻撃を躊躇してしまう。そしてその一瞬が、ヒュンケルの前では致命的な隙となりえる。
「何を企んでいるか知らんが、たった今つまらん小細工もできんようにしてやるわ!闘魔傀儡掌!」
「う、うわぁあああ!?」
一度剣の構えを解いたヒュンケルの掌から伸びた暗黒闘気が、ダイの体躯を拘束する。
「う、ああああ……!ぐうぅうう!!」
「この技は暗黒闘気によって相手の自由を奪う……!本来は骸共を操るのに使う力だがな……」
身動きの取れなくなったダイに、再び剣を構えるヒュンケル。
「今度こそ終わりだ!ブラッディスクライドーー!」
ヒュンケルの必殺剣が、ダイに迫る!
「だ、ダイーーー!」