「だ、ダイーーー!」
突如その場に響く、焦りを帯びた声。その直後、どこからか飛んできた瓶状の物体がヒュンケルの剣にぶつかる。ぶつかった瓶は爆発を起こし、ヒュンケルの剣の軌道を僅かにずらす。
それにより、ヒュンケルの放ったブラッディスクライドはダイに命中こそしたものの、直撃はしなかった。
「ぬぅ!?」
直撃を免れたダイは、どしゃり、という音と共に地面に倒れる。
「あ……ま、マァム!」
ダイを救った瓶状の物体……それは、ギラの籠った魔弾を投擲しマァムによるものであった。
「ヒュンケル……あなた、何てことを……自分の後輩を斬ろうとしたのよ!」
「お前か……カロンはどうした?」
アバンの弟子など後輩ではない、と思ったヒュンケルだが、そのことは言わずに、マァムと共にいるはずのカロンの姿が見えないことを問いかけた。
「ヒュンケル、カロンについても話すことは山ほどあるのだけれど……これだけは言わせて、アバン先生はあなたのお父さんの仇ではないわ!」
「……なに?」
マァムの言葉を聞いて、怪訝な顔を浮かべるヒュンケル。
「俺の過去はカロンから聞いたのか?」
「いいえ、彼は話さなかったわ……私が知っているのは、地底魔城の隠し部屋で見つけたこれが理由」
そう言ってマァムが差し出したものは……綺麗な貝殻であった。無論、ただの貝殻ではない。
「こっ、これは、魂の貝殻……!?死にゆく者の魂のメッセージを封じ込めるという……」
「あなたのお父さん、地獄の騎士バルトスからの遺言状よ!」
「父さんの?」
ヒュンケルは兜を脱いで、自らの耳に魂の貝殻をあてがう。すると貝殻から、バルトスの声が聞こえてくる。
『ヒュンケル……我が子よ……』
「父さん!?」
「聞いて、ヒュンケル!あなたのお父さんの残した真実を!あの……地底魔城が滅びた日に何があったのかを!」
マァムの必死な説得を受けて、ヒュンケルは魂の貝殻のメッセージに耳を傾け続ける。
『我が最愛の息子ヒュンケルよ……お前に真実を伝えたいが故に、ここにワシの魂の声を残す……』
魂の貝殻に入っていたメッセージは、ヒュンケルにとって衝撃的であった。なんと、魔王の間へと続く門を守っていたバルトスは、アバンに敗北した後、ヒュンケルのことを人間の温もりの中で暮らせるようにとアバンに頼んでいたのだ。そしてアバンはそれを快く承諾した……父の仇として狙われるであろうことを知っていながら、である。
しかも、ハドラーは大魔王バーンの力によって生き永らえていたため、アバンがハドラーを倒した時点ではバルトスは死んでいなかった。バルトスを殺したのは、アバンを通したことに激怒したハドラーであったというのだ。
「それでは……父の命を奪ったのはハドラーだったというのか……!?そしてアバンは、俺が父の仇と恨んでいることを知りつつ……俺を見守ってくれていたというのか……!?」
今まで信じていたものが根底から否定されるような真実。それを知ったヒュンケルの声が震える。
「う、嘘だ……嘘だぁああああああ!!」
叫びながら魂の貝殻を地面に投げつけるヒュンケル。それと同時に、ポップの呼んだ雨雲が雷鳴を轟かせ……倒れていた勇者ダイが立ち上がった。彼の目は完全に据わっている。
「ダイ!?止めろ、行くな!殺されちまうぞ!」
しがみついて止めようとするポップを振り払い、ゆらゆらとヒュンケルに近寄っていくダイ。まるで、KOされた後も無意識に戦い続けるという格闘家のようだ、とポップは思う。
「……メラ!」
据わった目つきのまま剣を構えたダイは、突然剣に炎を纏わせた。
「な、なに!?」
それを見て、さしものヒュンケルも動揺する。なぜなら、如何に剣の腕を磨こうと、どれだけ魔法の研鑽を積もうと……剣と魔法を同時に扱うなど、不可能なはずの芸当だからだ。
もし、そんなことをできる存在がいたとしたら……それは、人間以上の種族にしかあり得ない。
「おのれ……!今度こそ成仏させてやる……!」
「やめて!」
再び剣を構えたヒュンケルに対し、マァムはその腕を握って止めようとする。
「聞いたはずよ!あなたのお父さんの言葉を!あなたが真に憎むべきなのは魔王軍だわ!もう……悪の剣を振るうのは止めて!」
「う、うるさいっ!」
バシッ、と音を立てて、ヒュンケルはマァムを突き飛ばした。マァムは壁に思いっきり叩き付けられる。
「あ、うっ……!」
「今さら……今さらそんなことが信じられるか……!オレは……オレはもう、魔王軍の魔剣戦士ヒュンケルなんだ!」
「ヒュンケル……お願い、せめて今だけは戦うのを止めて!カロンが……あなたと私の弟が、今危機に陥っているのよ!」
「……あなたと、私の弟……?マァム、お前は……カロンを弟だと?」
「……ええ、彼は同じお父さんから生まれた弟よ……見た目は私の方が妹みたいだけどね」
父親の遺骨を利用して生み出された存在を、一点の迷いもなく弟と言い切ったマァム。その姿に、ヒュンケルは一瞬怯む。
「ヒュンケル、カロンを助けに行きましょう!ダイも止めて!」
「う、うぅん……あれ、マァム?」
マァムがヒュンケルとダイの間に入って止めると、ダイはぼんやりとした様子ながらも、ヒュンケルの方へ向かう足を止めた。
「……なぜ、そこまで……」
カロンに危機が迫っているとは何があったのかも勿論気になるが、それ以上にマァムの献身的な態度に心を揺さぶられたヒュンケルが問いかける。
「例え、彼がお父さんの骨で作られたんだとしても……他人には思えないわ。だから、助けたい……それだけよ」
「……そう、か……敵である魔物すら、お前にとっては……」
「敵なんかじゃないわ……カロンも、そしてヒュンケル、あなたも」
そう言ってマァムは、いつの間にか拾っていたのか……闘技場に落ちていたアバンの印を取り出した。
「それは……!」
「ダイやポップが捨てるわけはないし……だから、あなたのでしょう?」
ヒュンケルにアバンの印を差し出すマァム。ヒュンケルは躊躇いがちに、アバンの印に手を伸ばして……
「ククク……!クックックック!ヒュンケルゥ!まさか裏切るつもりかぁ!?」
突然、下卑た笑い声が辺りに響いた。
「き、貴様は……氷炎将軍、フレイザード!?」
「情けねぇなヒュンケル!そんな小娘に言い包められるたぁな!」
「な、なんだぁアイツ!?炎と氷がくっついてやがる!」
突然その場に現れたのは、魔王軍六大軍団が一つ、氷炎魔団団長、フレイザードであった。ポップの驚いている通り、炎の半身と氷の半身を持っている、強大な呪法生命体だ。
「な、何故貴様がここに……!?」
「クハハハハ!決まってんじゃねえか!てめぇの息の根を止めてやろうと思って来たのさ!」
さも当たり前かのように、フレイザードは一応は仲間であるはずのヒュンケルを殺しに来たという。
「大体てめぇは昔から気に入らなかったんだ。人間の分際で俺様の手柄を横取りしようなんざ、100年早ぇんだよ!」
フレイザードはそう叫ぶと、炎の体に貯めたエネルギーを、闘技場の地面に向けて放つ。次の瞬間、地の底からゴゴゴゴゴ、という何かがせり上がってくるかのような音が響いた。
「う、ううっ!?」
「こ、これは……!」
「クカカカカ!ちょいとここいら一帯の死火山に渇を入れてやったのさ!もうじきこの辺りは……マグマの大洪水になるぜ!」
「ええっ!?」
人間であるヒュンケルどころか、不死騎団全体を巻き込むような攻撃。そんな残虐行為を平然と行うフレイザードに、ヒュンケルは吠えた。
「フレイザード……!人間の俺を疎ましく思っていたのは知っているが、この城には他の団員も……カロンもいるんだぞ!」
「あ~?カロンだぁ?ケケ、まさか、奴との友情がどうとか言うわけじゃねぇよなぁ……?俺にはなぁ!そんな甘っちょろいもんよりも、勇者を葬ったという手柄の方が、何倍も重要なんだよぉ!ケーッケッケ!」
「お、おのれ……!フレイザードォ!!」
余りにも身勝手な言い分に、ヒュンケルは怒りを爆発させた。手に握る魔剣を、フレイザードへ向けて投擲した。
だが、ヒュンケルは剣の達人ではあっても、剣投げのような曲芸の枠に入る芸当は得意ではない。フレイザード足元の岩場にヒュンケルの魔剣が突き刺さった。
「おっと、危ねぇ……へへ、歓迎されてねぇみたいだな……じゃあここらでオサラバするぜ、せいぜい溶岩の海水浴を楽しみなぁ!ファッハッハッハッハ!」
それを見届けたフレイザードは、最後まで挑発を繰り返し、笑いながら去っていった。地底魔城の闘技場には、溶岩に囲まれたダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルだけが残る。
「だ、だめだ、もう逃げられない!」
「みんな!何とかあの上へ!私はカロンを迎えに……」
「ば、バカ言うなマァム!そんなことしてる場合かよ!?今すぐにでもマグマが……ってどわぁああああ!?」
ポップが声をあげている間にも、地面から溶岩が続々と噴き出してきた。足元の地面も崩れ、そこから数多の溶岩が、ダイたちを襲う……!
「う、ぐぅ……ア、ガ……!!」
なんとその時、ヒュンケルがダイたちの乗っている崩れた地面を掴み、溶岩がかからないように守った!
「ヒュンケル!」
「ぅ、ああ、ググ……!」
「やめてヒュンケル!無茶よ!」
「こ、こんな所で、お前たちを死なすわけにはいかん!」
歯を食いしばって力を込めながら、必死に溶岩からダイたちを守るヒュンケル。その瞳は、正義への憎しみで濁り切っていた頃とは違い、澄んだ光を宿していた。
「ダイ、すまない……レオナ姫は、この城に幽閉している……」
「え!?そ、そんな、じゃあレオナが!」
「よ、寄せダイ、諦めろ!このマグマの海じゃもう手遅れだ!お前まで心中するつもりかよ!?」
慌てて身を乗り出すダイを、ポップが必死に押さえつける。
「ポップ……だけど、だけどレオナが……!」
「ご心配には及びませんぞ!小さき勇者殿!」
突然響いた声の後に、ヒュン、と何かを投げ渡したかのような音が聞こえてくる。その直後、ダイたちの乗っている地面の残骸の上に、どさりと何かが落ちる音がした。
「あ……レ、レオナ!」
地面の残骸の上に落ちてきたのは、気を失っているレオナ姫であった。また、彼女をマグマから少しでも庇おうとしたのか、パプニカ三賢者のマリンがレオナ姫を包み込むように抱きしめていた。
「ほほほ……ヒュンケル様、お探しの方は、こちらでよろしかった、ですかな……?」
「モルグ……!」
「女性を、見殺し、にしては、不死騎団の、名折れ……ですから、な……」
レオナ姫とマリンを投げ渡したのは、老執事ゾンビのモルグであった。彼はマグマに巻かれながらも、レオナ姫とマリンを救出し、ここまで連れて来たのである。
「ヒュンケル様、せめてこのモルグが、地獄の案内人となりましょう……」
その言葉の直後……モルグの肉体は、完全に溶岩の中に呑まれてしまった。
「モルグ……!お前の忠義、感謝するぞ!」
「ま、待ってヒュンケル!ダメよ!」
「うおおおぉおおおおおお!」
気合一閃。力を振り絞ったヒュンケルは、5人もの人間の乗った地面の残骸を、安全圏まで投げ飛ばした。
「うわぁあああああ!!」
投げ飛ばされた面々は悲鳴をあげて安全圏の大地に叩き付けられる。ダイはレオナに怪我がないか確かめ、マァムはすぐに地底魔城を確認する。
「ヒュンケル!?」
力を振り絞ってダイたちを救ったヒュンケルは、ゆっくりと溶岩の中に呑まれていく。
「ありがとう……最後の最後で目が覚めたよ……できるなら、お前たちの力になってやりたかったが……俺はもう、ここまでのようだ」
別れを告げるかのように、ヒュンケルは右腕を掲げる。
「さらばだ、ダイ、ポップ……さよなら、マァム……」
その右腕すら、溶岩に沈んで見えなくなっていく。
「カロン、お前まで道連れにしてしまって……すまない……」
「あ、あ……ヒュンケルーーー!!カローーーーン!!!」
魔剣戦士ヒュンケルは、マァムの慟哭を置き去りにして、不死騎団とともに、溶岩の中へと消えた……。
不気味な火山の響き……うず巻くマグマの鳴動……それはまるで死してもなお戦い続ける戦士たちへの子守唄のように、山々にこだましていた……。
いつまでも、いつまでも……。
前回、魂の貝殻を見つけたマァムと合流してから、カロンの身に何があったのか……待て、次回!