今回は、カロンはその間なにしてたの?という話になります。
視点変更って難しいですね。
そして、場面は僅かに巻き戻る。そう、まるで……
ただし
どれだけページを捲る手を遅めても、小説の内容が変わることが、決してないように……それは、不変の真理である。
★ ★ ★
「まさか、バルトスがアバンにヒュンケルのことを頼んでいて……しかも、バルトスを殺したのがアバンではなく、ハドラーだったとは……」
「先生は、仇として憎まれていることを知っていながら、ヒュンケルのことを見守っていたのね……」
魂の貝殻に入っていた、地獄の騎士バルトスのメッセージを聞いた俺とマァムは、衝撃の真実を前に驚愕していた。だが、このことを一刻も早くヒュンケルに伝えなければならない、という意見は、わざわざ確認するまでもなく双方一致している。
「とにかく、一刻も早くヒュンケルにこの事を伝えっ……!」
「きゃっ!?」
次の瞬間、通路の奥から攻撃の気配を察知した俺は、床に落ちていた剣を素早く拾って防御の姿勢を取った。直後、剣に何かが刺さったような感触が走る。
「これは……!」
剣に突き刺さっていたのは、一枚のトランプであった。それを見た俺の脳裏に、噂でしか知らない人物の名前が浮かぶ。
「カロン、大丈夫!?」
「マァム、逃げろ……何が目的かは分からないが……どうやら、ヤバイのが来たみたいだ」
魔王軍には、その姿を見たが最後、無惨に殺されるしかないと言われる存在がいる。ただの噂だと思っていたが、まさか実在するとは……
「どういうこと?」
「悪いが説明している暇はない、マァムはヒュンケルに真実を伝えに行ってくれ!」
「でも……!」
「早く!」
俺が鋭く叫ぶと、マァムは一瞬躊躇しながらも、俺が本気で言っていることを理解したのか、背を向けて走ろうとする。だが、彼女はその状態で首だけこちらを振り返り、どうしようもなく不安そうな顔をした。
「カロン……! 本当に、大丈夫なのね?」
「……心配するな、俺はよっぽどのことがないと死なない」
「……何があったかは分からないけど……ヒュンケルを説得したら、彼を連れて戻ってくるわ!」
そう言うと、マァム今度こそ走り去っていく。俺はマァムが去ったのを見届けると、通路の奥の虚空を睨む。
「ククク、女の子を逃がして自分が盾になるなんて、泣かせるじゃないか」
「……死神、キルバーン」
ゆらり、と現れたのは、大魔王バーン直属の殺し屋と呼ばれる……死神キルバーンであった。
「死神様が何のようだ? マァムを追わなかったのを鑑みると、勇者を殺しに来たってわけでもなさそうだが」
「今勇者クンたちにちょっかいを出したら、ハドラーくんどころか、バーン様も良い顔をしなさそうだからね……ボクが用事があるのはキミだよ、カロンくん」
「なに? どういう……!?」
問答の途中で、再びトランプを投げて攻撃してきたキルバーン。それを俺は剣で防ぐが……その直後、どこからかレイピアを取り出したキルバーンが、俺に突っ込んできた!
「く、何の真似だ!?」
「さてね! 死神は気まぐれなのさ!」
キルバーンの鋭い剣筋を受け止め、返す刀を浴びせる。が、レイピアでくるりと華麗に受け流される。俺は暗器を警戒して、大きく飛び退って距離を取った。
「……ロカの記憶が戻った俺を始末でもしに来たのか?」
「始末? むしろ再利用……リサイクルと言ったところかな」
レイピアをクルクルと回しながら、キルバーンは仮面越しでも分かるほどの不敵な笑みを浮かべる。
「バーン様は対アバンの保険、そしてカール王国の攻略に於けるお遊び……それらの為に君を作ったのさ」
「……だろうな、わざわざアバンの仲間を墓から掘り起こして……趣味の悪いことだ」
「でもアバンは予定通りハドラー君が殺したし、カール王国はあのバランが向かってるからね。つまり君は、用意したはいいけど結局使わなかったオモチャってことさ」
ピシィ! というオノマトペが聞こえてきそうな、胡散臭さに似合わぬ綺麗な構えを見せるキルバーン。
「君の記憶が戻るタイミングを読んで遊んでいたけど、それも終わった……ならせいぜい、ボクが有効活用しようと思ってね!」
そう言って再び向かってくるキルバーン。だが俺も、何合か渡り合ってキルバーンの太刀筋は多少掴めた。真っ向から迎え撃つ。
「はっ!」
「せりゃっ!」
レイピアは刺突剣だ。直線の動きにさえ注視していれば、躱すのはそう難しくはない。こちらの攻撃も的確に受け流されているが、そいつを見たら人生終了確定とか言われていた死神キルバーンを相手に互角というのは、我ながら悪くないのではないだろうか。
そうして何合目かの剣戟の後、俺とキルバーンは鍔迫り合いの体勢に移行する。ギリギリとせめぎ合いながら、互いの隙を探り合う。
「意外だな、死神はもっと暗器なり何なりを使うと思ってたが」
「確かに普段はそういうの使ってるけど……今はこっちの方が楽しめるからね」
「……なに?」
「どうして暗殺者であるボクが、わざわざ剣で真っ向勝負しているか……それはね、君の迷いを感じるためさ」
キルバーンの珍妙な言葉に、俺は眉をひそめる。
「だってキミ、ボクが攻撃してきたから『なんとなく』反撃してるだけで……本当は勇者クンやヒュンケル君たちに協力したい癖に、魔王軍を離れる決心はついてないだろう?」
「っ!」
図星だった。いくらマァムが俺を受け入れ……いくらヒュンケルが魔王軍に味方する理由がなくなり……いくら俺がバーンに勝手に生み出された恨みを持っていたとしても……バーンによって生み出された俺は、魔王軍を離れて生きていける気がしない。故に、もはやバーンに対する忠誠などないにも関わらず……魔王軍を離れる決心はついていないのだ。
「いくらキミが特別製だろうと、バーン様に作られた物であることには変わらない……レベルアップすれば目の上のタンコブくらいにはなれる勇者クンたちと違って、キミはどれだけ強くなってもバーン様の指先一つで消滅する、儚い存在なのさ」
「お、俺は……」
「キミのその中途半端でどっちつかずな迷い……ボクはね、それを直に感じたいのさ!」
そう叫んだキルバーンが、レイピアを押し込んで、鍔迫り合いを強引に終わらせる。そして、体勢の崩れた俺に剣を突き刺してきた。俺は体勢が崩れたのを逆に利用してバックステップして避ける。
戦ってみて分かったことだが……キルバーンの技量自体は超一流であるものの、正直、ガチれば勝てなくはない気もしている。
暗殺者故かは分からないが、キルバーンからはここぞという時に必殺の気迫が感じられない。本来真っ向勝負は不得手なのだろう。だからこそ、今の攻防でも俺を仕留められなかった。
しかし、俺も奴に対して攻めきれていない。その理由は……キルバーンの言う通り、迷っているからだ。魔王軍に正面から歯向かうことを。
「別に気に病むことはない、誰だって死にたくはないからね……キミの剣がブレブレなのも、仕方のないことなのさ!」
俺の内心を見透かしているかのように、キルバーンが煽ってくる。
「こ、の……! 馬鹿にしやがって!」
キルバーンのレイピアを紙一重で避けた俺は、愛剣「諸刃の剣」をキルバーンの左胸……心臓の位置に突き刺す。グザ、という小気味良い音と共に、剣がキルバーンの中に沈み込んでいく。
「しまった!? ……なーんて、ね!」
だが、キルバーンは心臓を貫かれたというのに、何事もなかったかのように再びレイピアを繰り出してきた。
「なに!? 馬鹿な、急所だぞ!?」
予想外の出来事に、俺は剣を抜き取って後方に大きく跳躍して、レイピアを避けた上でキルバーンから距離を取る。
「キミだって急所を斬られたくらいじゃ死なないだろう? ボクもそうだとしても、何もおかしなことはない……ハドラー君も心臓を2つ持ってたしね」
「ちっ……流石は死神ってところか……」
俺は毒づいて再び剣を構えたのだが……諸刃の剣の様子がおかしい。
「ククク……気が付いたかな? ボクの血は魔界のマグマと似た性質を持っていてね、超高熱かつ強酸性なのさ。そのボクの体に突き刺した以上、カロン君の剣はしばらく使い物にならないんじゃないかな?」
確認してみれば、俺の剣は切っ先がドロリと融解しかかっていた。これでは剣としてはナマクラ未満だ。
「いいねぇ、剣を失った剣士や、魔法力を使いきった魔法使い……強者が無力に成り下がった瞬間の表情は、やっぱり最高だよ!」
「ち、サディストが!」
「誉め言葉として受け取っておくよ!」
攻撃手段を失った俺に対し、キルバーンは勝利を確信したようで、ケタケタと笑っている。クソ、なぜロカはアバンから素手でも戦えるアバン流牙殺法を習わなかったんだ! おかげで俺が苦労する。
「さて、それじゃあ……バーン様のお下がりを拝借するとしようかな。キミでやってみたい遊びがあるんだよね」
「……お前にそんな権利があるのか? バーンの私物を勝手に利用する権利が」
「あるとも。なんせ、君の身体の元になった骨を手に入れたのは……何を隠そう、このボクなんだからね!」
それを聞いた瞬間、俺の身体は動き出していた。俺がオモチャだの人形呼ばわりされるのは、事実な面もあるから幾ら言われても構わない。だが、安らかに眠っていたロカを掘り起こした下手人……そう聞かされてしまえば、俺は激情を抑えることができなかった。
「貴様ぁああああ!」
俺はナマクラ未満と化した諸刃の剣を壁に叩きつけて、切っ先を力尽くで折る。
「生命の剣!!」
叫びながらキルバーンに向かっていく俺。生命の剣。それは自身の生命力を削り発動させる技であり、生命力そのものを闘気に転化させ剣の形に形成する。記憶の中のロカも数こそ少ないが使用していた。決して折れないこの剣ならば、キルバーンも倒せるはずだ。
……だが……生命の剣は、発生しなかった。
「キミ、何してるの?」
ああ、そうだ。頭に血が上って、肝心なことを忘れていた。まったく、本当にしょうもないミスだ。
「ひょっとして、自分が人間にでもなったつもりだったのかな?」
……アンデッドである俺に、生命エネルギーなんてあるはずもなかったのに。ヒュンケルやマァムに人間扱いされて……どうしようもない、勘違いをしていた。
★ ★ ★
武器を失った俺は、キルバーンに敗北した。
そんな俺は今、キルバーンの新たな武器である『不可視の剣』で四肢を壁に縫い付けられ、磔の状態で拘束されている。
「いい格好だねぇ、オモチャに相応しいよ」
「……どう、するつもりだ?」
「クク、こうするのさ!」
そう言って、キルバーンは……貫き手の要領で、俺の腹部に手を貫き通してきた。その後、内臓を掻き回すかのようにグリグリと手を動かし始めた。
「ぐっ! 何を……」
俺は不死身故に、痛みにはかなり鈍感である。この程度、少々不快なだけであったはずなのだが……
「ああ、見つけたよ……君を構成する術式を」
「……っぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」
その直後、俺の身体に凄まじい激痛が走り、思わず無様に大声をあげてしまった。
「さすがはバーン様の術式……いっそ芸術とすら呼べるような緻密さがあるね」
俺を構成する術式……つまりはバーンがロカの骨にかけた禁呪法。それは本来、ちょっとやそっとのことで崩れるようなシロモノではない。だが……相手が暗殺と呪法に特化した『死の神』である場合、話は変わってくる。
「キャハハ! でも壊しちゃうんでしょ?」
「もちろんだよピロロ、針の上に立っているような絶妙なバランスで構成されているもの……それをぐちゃぐちゃに壊すのは楽しいからね!」
キルバーンの悪意に満ちた、愉悦を孕んだ嘲笑……その笑い声が、徐々に徐々に遠くなっていき……俺は、意識を失った。