俺、ヒュンケル、モルグ、その辺にいたマミー(マリンを縛った上で抱えている)は、奪取した地底魔城にぞろぞろと訪れていた。地底魔城はその名の通り、地の底にある城である。火山の火口から地下の城まで続いていると聞いた時はもしも山が噴火したらどうすんだと思ったが、流石にその辺は心配なく、とっくに火山の活動には寿命が来ているらしい。
外部から超強力な干渉を受けでもしない限り、この山は決して噴火することはないそうだ。そうでなければ、15年前にハドラーが居城にするはずもないか。
「ここが地底魔城か……中々良い城だな」
「ヒュンケル様にいたしましては、思い出深き場でございましょう」
「ああ、城の主はともかくとして、ここにいたモンスターたちはみな、俺を家族として受け入れてくれていた……」
15年も放置されていた地底魔城には既に不死騎団が先行しており、ある程度の補修作業を済ませていた。今もガイコツ兵やマミーが慌ただしく動き回っている。
戦闘中の鬼気迫る様子からは考えられないほど優しげな顔をしたヒュンケルが、そっと城の壁を撫でる。当たり前だ。赤ん坊の時からアバンがハドラーを倒すまでの間ずっと住んでいたのだ。思い出がないわけがない。
あまりにもヒュンケルが懐かしそうにするせいで、なんだかこっちまで懐かしいというか、センチメンタリズムな気持ちになってきた。
「感傷に浸っている暇はない……先ほど悪魔の目玉から連絡が来たが、ハドラーがここに視察に来るとの事だ」
「ハドラーが? なるほど、かつての居城を取り返したと聞いて、わざわざ出向きに来るってことか」
「ならば、お迎えの準備をしなければなりませんな……カロン様、捕虜は如何致しましょう?」
「治療だけして牢屋に入れとけばいいだろ」
俺がそう言うと同時に、縛られた状態のマリンを担ぎ上げていたマミーが彼女を連れてどこかへ行った。おそらくは医務室に行ったのだろう。その辺の作業は包帯だらけのマミーに任せた方がよさそうだ。なんせ連中は包帯の扱いに慣れている。
「じゃあ、ハドラーを出迎えるか」
「ヒュンケル様、カロン様、細々とした時間の調整などはこのモルグにお任せください」
「ああ」
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「おやおや、魔軍司令殿ではありませんか」
嫌味ったらしく慇懃無礼な口調で、ヒュンケルがハドラーを出迎える。そう言えば、ハドラーがしっかりしてればバルトスは死なずにすんだとか何とかで、ヒュンケルはハドラーのことを嫌ってたな。まぁかくいう俺もハドラーはなんとなく嫌いっつーか苦手だが。特に理由はないんだけど、なんとなくね。
「む!」
「なんじゃお主! 無礼じゃぞ!」
ヒュンケルの態度に僅かに眉をひそめるハドラー。その横には、何故か妖魔士団団長ザボエラの姿もあった。
「ふふん、ザボエラ殿も相変わらず腰巾着のご様子で」
「な、なんじゃとぅ!?」
「よさぬかお前たち」
副団長としてヒュンケルの後ろに控えている俺を置いてけぼりにして、険悪な雰囲気になる面々。だが、多少不機嫌そうながらもハドラーがその場を制した。
「ヒュンケルよ、地底魔城の奪取、誠に大義であった……最早パプニカ陥落は時間の問題であろう」
「……は、ありがたいお言葉」
ハドラーが組織人として、上司としての態度に徹している以上、ヒュンケルも一応は部下として接することにしたようだ。
「うむ、この城にいると15年前を思い出す……憎きアバンめにこの身を斬り裂かれた時をな」
だというのにハドラーと来たら、わざわざ自分から地雷を踏み抜いていった。ヒュンケルの表情が一気に険しくなる。
「此度ここに来たのは、かつての城に感傷に浸りに来たわけではない……ヒュンケル、お前には伝えておかねばならぬことができたのでな」
「……何でしょうか?」
険しい表情のまま次の句を待つヒュンケル。何がおかしいのやら、ザボエラはそれを見てニヤニヤと笑っている。
「俺はこの度、バーン様から重大な任務を拝命した……そう、勇者アバン抹殺の任務をな!」
「な!?」
なるほど、話が読めた。ヒュンケルがアバンを深く憎んでいることを知っているハドラーが、拝命した任務をダシに煽りに来たということか。
「……15年前の二の舞を演じることになりませんかな?」
「ククク……よもや文句はあるまい? アバン抹殺は大魔王バーン様より直接拝命した任務……覆したくば、バーン様へ直々に掛け合う他ないが?」
「……バーン様のお決めになられたことに異を唱えるなど、そのような真似は致しませんよ」
表向きは平静を装うヒュンケルだが、その表情は苦渋に満ちている。内心はもっと複雑だろう。親の仇を横から搔っ攫われたのだから当たり前だ。
「アバンを憎むお前には伝えておかねばならぬと思ってな……では俺は準備がある故、そろそろ行くとしよう」
ハドラーは黒いローブを大袈裟にはためかせて振り返ると、そのままザボエラを引き連れて去って行った。マジでヒュンケルを煽りに来ただけだったんかい。
つーか俺一言も喋ってないな……いや、副官として後ろに控えてるんだから、必要がなかったら喋らないのは当たり前っちゃ当たり前だけどな。
ずっと黙ってるミストバーンってどんな気分なんだろうな……などと有り体もない事を考えつつ、俺はヒュンケルに声をかける。
「ヒュンケル……」
「カロン、アバンは弟子作りなんぞに現を抜かして弱くなっていることだろう……だがハドラーは以前よりも強くなっている……結果は火を見るより明らかだ」
「……勇者アバンも年貢の納め時ってわけか」
「ふん! 俺自身の手で引導を渡してやろうと思っていたのだがな、口惜しいものだ」
ヒュンケルの表情は複雑だ。怨敵を自身の手で討てないことへの悔しさ……だけではないように思える。
自分自身の手で討てないとは言え、ずっと憎んでいた親の仇がこれから死ぬのだ。普通ならもう少し喜色を浮かべていいだろう。だと言うのにヒュンケルは、全く嬉しそうにしていない。いや、むしろこの表情を喜怒哀楽でカテゴライズするとしたら……
「なぁヒュンケル、お前ひょっとして……」
────アバンが死ぬことを哀しんでるのか?
俺はそう続けようとして、止めた。あり得ない。ヒュンケルのアバンへの、人間への憎しみを一番間近で見てきたのは俺だ。あの憎しみに満ちた瞳をずっと見てきたのは俺だ。そんな俺が一瞬でも、ヒュンケルが哀しんでると思ってしまうなんてどうかしてる。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
……考えてみれば俺に人の感情なんて分かるはずないか。俺はバーン様によって作られた紛い物の命。骨が人間の皮を被って人間ぶっているだけだ。そんな骨人間がヒュンケルの感情を見誤っただけ。何もおかしいことなどない。
同じ魔法生命体同士ということで、結構話をすることが多いフレイザードは、自らの人格に歴史がないと嘆いていた。だが俺はその人格すらあやふやだ。アイツのように勝利と栄光だけを生きがいにして生きていくこともできない。バーン様に生み出され、言われるがまま不死騎団団長になろうとし、ヒュンケルに負けてからは漫然と副団長をしている。
自分でも自分がどんな性格なのかよく分かっていないのかもしれない。まぁ強いて言えば、女の趣味は賢者っぽいのが好きかもしれないが。
「カロン、悪いな……少し一人にさせてくれ」
「あぁ、まぁ、元気出せよ」
俺が自らを顧みている間、ヒュンケルも物思いに耽っていた。そして複雑な表情のまま、その場を去っていく。その背中が少し哀しそうに見えるのは、やはり俺の錯覚だろう。
俺もいつまでもここにいてもしょうがない。その辺にいたガイコツ兵にマリンの様子を聞いてみた。マリンは既に治療は終わり、今は牢屋に入れているとのこと。
他にやることもない、捕虜にダメ元の尋問くらいはやっておこう。まぁ別にパプニカにはゴリ押しで勝てると分かってるから、機密情報なんてあってもなくても変わんないだろうがな。
ということで牢獄へと向かっていたのだが……途中で意外な人物とすれ違った。
「ザボエラ? あんたまだいたのか?」
「ひょひょ……お主にプレゼントをやろうと思うてのう」
「俺に? あんたが? プレゼントだと?」
当たり前だが、俺とザボエラはプレゼントを送りあって「キャーありがとーうれしー! 今度お返しするねー! あたしたちゎズッ友だょ……!」とか言い合うような仲ではない。というかほとんど会話したことなかったんじゃないか?
「時が来れば分かるぞ、そう、すぐにな……ヒョヒョヒョヒョ……」
気持ちの悪い笑い声をあげながら去っていくザボエラ。なんだったんだ?
俺は首を傾げながらも、牢獄の前までたどり着いた。
「カロン様! お疲れ様です!」
「よぉ、捕虜の女はここだな? 何か異常はなかったか?」
「は、それが……先ほどザボエラ様がお見えになられ、中で何かをなさっていたようなのですが……」
「なに、ザボエラが?」
少々罰の悪そうな顔を(多分)浮かべている見張りのガイコツ兵士。勝手に捕虜のいる牢獄に誰かを入れて咎められると思っているようだ。だがまぁ、ザボエラは六団長の一人だ。無下に追い返すわけにはいかなかったのは理解できる。
「気にするな、奴が何を企んでるのかは知らんが、人間の捕虜に何をされた所で、俺たちには大して関係ないさ」
「はっ!」
俺はガイコツ兵士にそう言ってやると、牢獄の中に入っていった。
そこにはロープで後ろ手に縛られ、足首も縛られて床に座らされているマリンの姿があった。彼女は俺が入ってきたことに気付くと急に顔色を変えて……
「カロン様! おはようございます!」
……虚ろな目をして、なんかやたら馴れ馴れしく接してきた。事ここに至り、俺はザボエラの思惑にやっと気づいた。
「ははぁ、ザボエラの奴、この女の心を弄ったな……フレイザード辺りから俺の好みが女賢者って聞いたのか?」
「カロン様? 如何なさいまし……ゔ!?」
座らされた体勢のまま、ずいずいとこちらに近寄ってきたマリンは、その露出の多い身体をピッタリと俺に引っ付けきた。反射的に俺はマリンの首筋に鋭い手刀を叩き込んでしまい、マリンは濁った呻き声をあげるとその場に倒れこんで気絶した。
何というか、この女って不幸な星の下にでも生まれたんじゃないか……?
俺は倒れ伏すマリンを見下ろしながら、ザボエラの思惑を考察する。
ザボエラはハドラーの腰巾着をしていることからも分かるように、権力の虫だ。だが決して無能というわけではなく、その魔力と知恵で狡猾に立ち回るタイプである。
大方、予想よりも早く俺たちがパプニカ侵攻を進めているのを見て、ヒュンケルに取り入ろうとしたのだろう。相手が人間でも使えそうならば取り入り、甘い汁を啜ろうとする……あいつの考えそうなことだ。
だがヒュンケルは物で釣られるような人間ではない。そこで、将を射んとする者はまず馬を射よ、と俺を取りこみに見当違いのお節介を焼いた……というところだろう。俺が女賢者好きなのはフレイザード辺りから聞いたか? アイツは社交的とは言い難い性格をしているが、俺ともザボエラともそこそこ親交がある。
「あ、やべ……尋問できなくなっちまった……」
完全に伸びているマリンを見て、俺は自分の失態に気づく。でも俺は知的な感じのする女賢者が好きなんであって、あんな風に急にベタベタされたら嫌悪感の方が勝ったというか……。
「しょうがない、またあとでにするか」
水をぶっかけて無理矢理起こしてもいいんだが、流石にちょっと可哀相に思ったので止めた。どうせ尋問だって形だけのものだ。無抵抗の女に拷問なんかしたら、俺がヒュンケルに殺されてしまう。
「とりあえず、この城を見学でもするかな……」
原作よりも前倒しされたハドラーの地底魔城訪問でした