パプニカ王城、会議室。そこではパプニカの王及びその側近や大臣たちが難しい顔で円卓を囲んでいた。
「此度の敗戦での損害は計り知れません……大変申し上げにくいのですが、再び軍団を編成し、正面から魔王軍と戦うのは不可能かと……」
パプニカ王の側近の一人である、眼鏡をかけた老人が歯切れの悪い口調で報告する。普段であればもっとハッキリと報告するように注意が飛ぶような口調も、今回ばかりは誰も咎めはしない。
「不死騎団……恐ろしい奴らだった……特にあの鎧の魔物……」
あわやパプニカ王の首を取るかという所まで肉薄して来た鎧の魔物。当然ヒュンケルのことである。中に人間が入っているなどという発想を持たなかったパプニカ軍は、アムド状態のヒュンケルを鎧を纏った人間型の魔物だと認識していた。
「あれだけの猛者、しかも魔法も全く効かぬとは……打つ手はあるのか?」
パプニカ王が的確な指揮でヒュンケルと周りのガイコツ兵を分断し、軍団長である彼を孤立させたまでは良かった。だがそこからヒュンケルは予測できない行動に出た。
孤立させられたことを意に介さず、パプニカ王へ向けて突撃して来たのである。いくら鎧の防御力に自信があったとしても、単騎で軍団に突撃するなど正気の沙汰ではない。
まるで死を恐れていないかのように苛烈に、激烈に兵士を斬り殺し、どんどん陣中深くへと迫ってくるヒュンケル。頼みの三賢者は前線を荒らすもう一人の難敵に当たらせていたが、魔法を弾く鎧を前に、賢者がいても対応できたかどうか……
中の魔物も疲れ知らずではないはずだと、守りを固めて消耗戦を強い、その上で忠実な側近が身を挺してパプニカ王を凶刃から庇い、ようやく逃げることができた。そう、これだけの損害を出しながら、逃げるだけで精一杯だったのである。
「やはり、大魔導士マトリフ殿に頭を下げて助力を乞うしか……」
「率先してマトリフ殿を追い出したスコット殿は、王を庇って戦死なされた……今ならば戻って来てくださるのではないか?」
「どこにいるかも分からぬ男を探し出す間、魔王軍が待っていてくれるとでも思っているのか!?」
「今はマトリフ殿のことよりも、不死騎団への対応策を考えるべきではないか!?」
「その対応策がないからマトリフ殿を探そうというのではないか!」
会議は紛糾した。大臣が互いに責任を押し付けあうなどといった無様極まりない事態には辛うじてならなかったが、誰もが有効的な対策を考えることができず、参列者たちに鬱屈としたイライラが溜まっていくばかりであった。
それを見て、パプニカ王はある決意を固める。
「……レオナを呼べ」
その言を受けて、大臣の一人が会議室の外に待機している兵士に命令を飛ばす。それからしばらく後……
「お父様……」
扉を開けて現れたのは、今年14歳になるレオナ姫。流石にその表情は固いが、一国の姫として、国の危機にあっても必死に凛とした佇まいを保とうとするその姿には、指導者としての高い素質が感じられる。
レオナの後方には、三賢者の残り2人……アポロとエイミ、そしてお付きの兵士であるバダックが控えている。アポロとエイミは、先の戦いで三賢者の一人、マリンが敵によって囚われてしまったこともあって、かなり思い詰めた表情をしていた。
「以前話していたダイという少年のことだが……」
「アバン先生にダイ君の家庭教師になってもらう話!?」
それまでの固い表情を崩し、一気に年頃の少女らしい顔になるレオナ。その様子にパプニカ王は苦笑しながらも、やはりこの可愛い娘を死なせるわけにはいかないと決意を新たにした。
「うむ、我々パプニカでは魔王軍は手に余る存在であった……かくなる上は、勇者殿に頼る他ないのが実情だ」
「大丈夫よお父様! ダイ君がアバン先生に鍛えられたら鬼に金棒よ! 魔王軍なんて何とかしてくれるわ!」
「そうであるか、頼もしいな……」
疲労の色を残しながらも、パプニカ王は周囲に指示を出す。
「アバン殿に王家からの依頼状をしたためる。内容はデルムリン島にいる少年、ダイの家庭教師となって頂くことである!」
「はっ!」
指示を受けて、その場にいた大臣や側近たちは慌ただしく動き出す。会議室にはパプニカ王とレオナ、そしてそのお付きたちのみになった。
パプニカ王がアイコンタクトを送ると、老兵バダックは素早くその意図を察した。アポロとエイミを連れて部屋を退出する。これで部屋には、父娘2人だけとなった。
「……勇者、か……結局最後は他人任せになるのは、15年前と変わらんな……」
「お父様?」
尊敬する父王のただならぬ様子に、再び緊張した面持ちになるレオナ。
「……側近たちがマトリフ殿を追い出そうと画作していることは知っていた……だが彼らも、あまりに強大なその力を恐れていただけであったことも理解していた……だからこそ止めなかった」
尊敬する父に対し持っていた唯一の不満点……大魔導士マトリフを追放した件についての話が聞けるとなり、レオナは佇まいを正した。
「今思えば、アバン殿が各王家と距離を取り、どこにも仕官せずに家庭教師をしていたのも、魔王の脅威が去った後は、自分が迫害されることが分かっていたが故なのかもしれんな……」
アバンは故郷であるカール王国にすら帰らず、各地を放浪して勇者の家庭教師をしていた。レオナの尊敬するカール王国のフローラ女王は、そんな彼にやきもきしていたのをレオナはよく知っている。
だが適度な距離感を保ち続けていたおかげで、マトリフのように行方すら掴めないという状況にはならず、アバンにダイの家庭教師となるよう依頼することができる。
「側近たちも決して我欲を満たそうとしていたわけではなく、後に国の脅威となりえることを警戒していたのだ……私にもそういった警戒心がなかったと言えば嘘になる」
パプニカ王は淡々と、無感情に語る。
「その結果がこの惨状だ……彼がいれば、ここまで多くの兵士を犠牲にすることもなかったであろうな……」
「お父様……お父様はできるだけのことをなさったではないですか」
「確かに、私はできるだけのことをした……だが、結果は伴わなかった」
パプニカ王はゆっくりとレオナに歩み寄ると、その小さな両肩に手を置いた。
「レオナよ、ダイという少年は、きっと立派な勇者になるであろう……お前はその時、彼のそばにいてあげなさい……私のように、その強大な力を恐れ、遠ざけてはならない」
「……はい、元よりそのつもりです、お父様」
もう、ゆっくりと父と娘で会う事は何回もないかもしれない……そのことを理解していた2人は、その後は穏やかに、思う存分語り合った。
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「ククク……首を洗って待っているがいい、勇者アバン……血祭りにあげてくれるわ!」
「ヒョヒョヒョ、滾っておいでですな、ハドラー様」
「む、ザボエラか……何をしておった?」
「骨男に少々老婆心を……いえ、大したことではありませぬ」
地底魔城を後にし、本拠地である鬼岩城へルーラで帰還したハドラー。それから一泊置いてルーラで戻ってきたザボエラを見て訝しげな声をあげるが、ザボエラはのらりくらりと躱していた。
カロンの推測通り、ザボエラはハドラーに取り入り甘い汁を啜ろうとしているが、保険として人間でありながら大魔王バーンに気に入られているヒュンケルにも取り入ろうとしている。
だがヒュンケルは復讐と剣にのみ生きているような男で、取り入る隙がなかった。女に現を抜かすようであれば、自らの魅了魔法で女をヒュンケルの虜にでもして恩を売ろうと思っていたのだが、ヒュンケルの周りには女の影もない。
そこで、まずは人間の皮を被った骨男、不死騎団副団長カロンと渡りをつけることにしたのである。ザボエラはフレイザードから聞いた話により、カロンは人間の女賢者を気に入っているという事を知っていた。そして悪魔の目玉での情報収集の結果、カロンが先のパプニカ侵攻で女賢者を1人、捕虜にしている事を突き止めたのだ。
となれば後は単純だ。その女賢者に魅了魔法をかけて、カロンの虜にしてやればいい。あの女賢者は必死に抵抗していたが、たかが人間が妖魔師団団長の魔力に抗える道理はない。今頃カロンは感謝していることだろう……とザボエラは見当違いの策に溺れていた。
「……まぁよい、貴様は各地の悪魔の目玉でアバンを探せ。俺もガーゴイルに捜索の指示を出す。世界のどこに隠れていようと、数日で必ず見つけ出してやろう」
世界の主要都市などには悪魔の目玉やザボエラの水晶、それでもカバーしきれない田舎の島などには大空を飛ぶガーゴイル。数日で必ず見つけ出す、というのは大言壮語でもなんでもない、単なる事実であった。
だが、ハドラーは知らない……そのほんの『数日』、具体的に言えば3日間の空きが……とある少年を大きく成長させ、後々の最大の敵となることを……