「なぁモルグ、ちょっといいか?」
「おやカロン様、如何致しました?」
地底魔城を探索していた俺は、モルグとバッタリ会った。丁度良かったので質問する。
「ザボエラの奴が捕虜の女に魅了魔法を使ったみたいでさ、引っ付いて来てキモかったから思わず首に手刀をやっちゃったんだけど、大丈夫と思うか?」
戦闘に使われるメラやヒャド、ギラやイオならともかく、ザボエラの使った魅了魔法などの知識は俺にはない。ここは大人しく、物知りそうな奴に聞くに限る。
「そのような事が……魅了魔法は強い衝撃を与えれば解除されます故、カロン様が手刀をしたのならば、目が覚める頃には元に戻っていることでしょう」
モルグは一瞬驚いたような顔をするものの、すらすらと説明してくれる。流石は有能執事ゾンビだぜ。
「そうか、それを聞いて安心したよ……ずっとああだと尋問はおろか会話すらできないからな」
「ほっほっほ……カロン様もお優しい方ですなぁ」
「そう褒めるなよ」
その後は他愛ない世間話……まぁどこの国が滅んだとかどこの騎士団は手強いとか、他愛ないというには些か物騒かもしれんが……をいくらかした後、モルグとは別れた。
そろそろヒュンケルの奴も気持ちの整理がついた頃だろうし、王の間に行く。別にヒュンケルは王様ではないが不死騎団で一番偉いのだし、いるとしたら王の間だと思ったのだ。推測通り、王の間で、鎧の魔剣を傍らに携えたヒュンケルが、目を瞑り腕を組んで玉座に座っていた。
「……タイミングがいいなカロン、そろそろ呼ぼうと思っていたところだ」
「ああ」
俺の気配を察知して閉じていた瞳を開けたヒュンケルは、組んでいた腕を解いて俺を見据える。
「……アバンをこの手で討てぬのは口惜しいが、致し方ない……八つ当たりというわけではないが、今はパプニカを滅ぼすことに全力を注ぐ!」
「そうか……いや、そうだな。今の俺たちのやるべき事は、パプニカを滅ぼすことだ」
仕事に邁進して嫌なことは忘れる。古来から続く気持ちの切り替え方だ。
「カロン、お前はパプニカの都に、明後日総攻撃をかけると布告しろ。明日一日だけ非戦闘員が逃げる時間を与えてやる」
「……えげつないな、兵士共はパニックが起きないように市民を逃がすのに必死で、明後日は疲れ果ててるんじゃないか?」
「む、そういう意図はなかったが……だが、それも兵士の責務だ。それで疲れて力が出せないというのは言い訳にはならん」
天然でえげつないやり方を思いつく辺り、末恐ろしい男だ。末も何も現在進行形で恐ろしく強いのだが。
「逃げ遅れた女子供には手を出すなよ、家の戸を固く締めて中で怯えている者も捨て置け。狙うは王の首ただ一つのみ」
「……パプニカには姫が一人いたはずだが、そいつはどうする?俺としては女とは言え、王族を下手に生かしとくのは反対だが……」
俺がそう言うとやや眉をひそめるヒュンケル。だが、こればかりはちゃんと話し合わなければならない。
「例え捕まえたとしても、王族は生きているだけで反攻の旗標になりえる……分かるだろ?」
「……お前の言うことは尤もだが、俺は女は殺さん。姫はこの城の牢屋に入れて捕虜とし、表向きには死亡したと伝える」
「まぁ、それならいいか……」
騎士道もいいが、部下としてはもう少し融通を効かせて欲しいところだ。まぁ、頑なな騎士道がヒュンケルの強さを支えている一要素である以上、あまり悪くは言えないのだが。
「あと、お決まりのパターンとしては一部の者のみが知っている王族専用の脱出経路とかありそうだな……」
「ふむ、あり得るな」
「逃げた王族がレジスタンスやゲリラ化されても面倒だな……こういう事こそ、捕虜に聞くか」
「あの女か……手荒な拷問などはするなよ」
相変わらず騎士道精神旺盛なことで……と思ったその時、俺の脳に閃きが走る。天啓を得た俺は、ニヤリと口の端を上げて笑った。
「わかってるわかってる、手荒なことはしないさ、手荒なことは、な……クク」
「……何かくだらないお遊びでも思い付いた時の顔をしてるぞ、カロン」
「失敬な奴だな。まぁあれだ、こないだ吟遊詩人からロモス発祥の歌を聞いてな、偽勇者の仲間の女がくすぐりに根負けしてパーティの情報を敵に流すという下りがあったんだが……そういうのならヒュンケルも文句はないだろ?」
その時のヒュンケルは、まるで出来の悪い弟に呆れているかのような表情をしていた。
~~~
「う、ううん……はっ!」
マリンが目を覚ました時、そこは薄暗い地下牢だった。手の後ろ手にロープで縛られ、足首も同じく縛られて床に寝転がされていた。
マリンは上体を起こすと、必死に意識を失う前の記憶を辿る。確か不死騎団との戦いでアポロとエイミを逃がす為に人間のような魔物をアストロンで足止めし、それから……
「ひょひょひょ、お目覚めのようじゃのう、人間の女よ」
「っ!誰!?」
「ワシは妖魔司教ザボエラ……妖魔師団の団長じゃ」
「妖魔師団?」
おかしい、自分が捕まったのは不死騎団のはずだ……とマリンは訝しむ。そんなマリンの困惑を知ってか知らずか、ザボエラは説明を始めた。
「なに、お主を捕まえた不死騎団副団長殿に、サプライズプレゼントを贈ろうと思うてのう」
「……サプライズプレゼント?私の知っている機密情報でも探ろうというの?」
妖魔師団団長と一対一で対峙しており、しかも自分は縛られていて抵抗もろくにできない……という絶望的な状況であるが、毅然とした態度を崩さないマリン。だがザボエラは、その体が僅かに震えている事を目敏く見つけていた。
「ほう?なぜそう思う?」
「……私からあの男に贈れるものなんて、命か情報しかない……そして私を殺すならいつでもできる……なら、プレゼントなんて情報しかないでしょう?」
「なるほど……泣き喚いて命乞いでもするかと思えば、中々生意気な女よ」
コツコツとマリンに歩み寄ったザボエラは、クイッ、と マリンの形の良い顎を持ち上げると、その瞳を覗き込んだ。
「な、なにを……」
「お主は若い女であろう?ならば、カロンに贈れるものがあるではないか」
ニタァ、という底意地の悪い笑みを浮かべるザボエラ。そして、その瞳が妖しく輝いた瞬間……マリンの全身に、言い知れぬ不快感が走った。
「んぐ!?」
「魅了魔法でお主の心を少々弄らせてもらう……何、カロンの虜になるだけ故、心配はない」
「な!?」
人の心を容易に書き換え、弄ぶ魅了魔法……御伽噺の中だけの魔法と思っていた恐ろしい魔法を当たり前のように扱うザボエラの凄まじい魔力と技量に、マリンは只々戦慄するしかなかった。
「ふざけ、ないで……!」
だが、マリンは屈するわけにはいかない。カロンの虜になる……マリンはそこから最悪のパターンを推測していた。自分の身が穢されるだけならばまだいい。だがもし、パプニカへの忠誠心すら消され、不死騎団にパプニカ秘蔵の気球や、火急の際の避難場所として決められているバルジ島のこと等を洩らしてしまったとしたら……考えるだけで恐ろしい。
「私は、こんな魔法になんて、負けない……!」
ザボエラと比べたら月とスッポンとは言え、マリンもパプニカ3賢者に数えられる程の実力者である。ザボエラの魅了魔法に必死に抵抗していた。
「ほう、人間にしてはそこそこの魔力を持っておるな……じゃが、それが却って苦しみを増すことになる……キィーヒッヒ!」
ザボエラが魔力の放出を強める。次の瞬間、マリンを凄まじい頭痛が襲う。
「あ、がっ……!?」
「大人しく魔法にかかっておれば、そのように苦しむこともなかったのにのぅ……」
マリンは鉄の意思と鋼の理性でザボエラの魅了魔法に抗っていたが、凄まじい頭痛のせいで意識が飛びかけたのを機に、ザボエラの魔力が雪崩れ込むかのように襲ってくる。
「ぐぁ、ううぐうぅあああああ!!!」
「キヒヒヒ!これであの骨男も、ワシに感謝することじゃろう!キーッヒッヒッヒ!」
耳障りなザボエラの笑い声を聞きながら……マリンは、気を失った。
~~~
「う、ううん……はっ!」
マリンが悪夢から目を覚ました時、そこは薄暗い地下牢だった。手の後ろ手にロープで縛られ、足首も同じく縛られて床に寝転がされていた。
マリンは上体を起こすと、必死に意識を失う前の記憶を辿る。確か不死騎団との戦いでアポロとエイミを逃がす為に人間のような魔物をアストロンで足止めし、それから……
「……ひゃ!?ちょ、ははは!や、やめ、あはははははは!!ひ、ひゃはぁ!?あはははは!」
気持ちの整理がつく前に、凄まじいこそばゆさに襲われた。
~~~
「なんか思ったより面白くないな……」
俺は吟遊詩人から聞いたロモス発祥の歌の再現として、マリンをキメラの翼のフサフサで擽っていたが、あまり面白いものでもなかった。
「お、面白くなくて、わ、悪かったわね……」
息も絶え絶えの様子のマリンが、恨めしげな視線を俺に向けている。正直すまんかった。
「まぁ捕虜を手に入れた以上、機密情報を吐かせる尋問はせざるを得ないからな」
「……尋問?ただの子供染みた嫌がらせじゃなく?」
子供染みた嫌がらせとは手厳しいな。いや、確か歌によれば偽勇者を懲らしめたのは子供だったとのことだから、その再現を受けた感想としては正しいのか?
「あんまりガチな拷問とかしたらヒュンケルに睨まれるからな、それともザボエラの魔法が効いてるうちに聞いて欲しかったか?」
そう言われたマリンは口を噤む。まぁあの状態のマリンに質問しなかったのはフェアな精神とかでなく、ただ単にキモかったからだが。
「最初からあんたが口を割るとは思ってないさ、今のはこれから襲撃予告しに夜勤確定の俺の憂さ晴らしも兼ねてたし」
「……襲撃予告?」
憂さ晴らしの方にツッコミ入れられると思ってたのに、襲撃予告の方に食いつかれた。
「明後日の正午、俺たちはパプニカに総攻撃を仕掛ける……その予告さ」
「……奇襲はしないの?」
「うちの団長様は、非戦闘員が逃げる為に一日待ってやるんだと」
それを聞いたマリンは、何かもの言いたげな、けれど複雑そうな表情で俺を見据えてきた。悪逆非道の魔王軍の癖にやたら騎士道精神旺盛な俺ら(つーかヒュンケル)に、思うところがあるのだろう。
「あんたもパプニカを落とした後はどっかに逃がしてやる予定だ、安心して待ってるんだな」
「……!く、私だけこんな、安穏としてるなんて……!」
敵の捕虜になってるのは世間一般では安穏としてるとは言わないと思うが……まぁ、責任感が強いんだろうね。
捕虜と話すのは結構楽しいが、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。そう、これから夜勤だからな、夜勤。
「……まぁ、元気出せよ」
雑な形だけの励ましをしてから、俺は牢獄を出て、そのまま地底魔城からも出る。
「さて、と……キメラの翼!」
さっきマリンを擽ったキメラの翼でパプニカ近くの平原まで飛んだ。
これから大声を出す魔道具でパプニカの都に攻撃予告をしなければならない。俺らは魔法の資質のない奴らばっかだし、敵への示威行為も兼ねているから水晶玉で手軽に済ませる、というわけにはいかないのが辛いところだ。
俺は歩いてパプニカの都の近くまで来た。もう夜だというのに、篝火がメラメラと燃えていて昼のように明るい。奇襲を警戒にいるのだろう。ご苦労なことだ。
「む?そこの男!止まれ!」
仕事熱心な兵士が俺を見咎めて鋭い声をかける。こんな夜分遅くに来るなんて怪しさMAXだし、そりゃ警戒されるよな。面倒くさいし手早く済ませよう。
俺は声を増幅させる魔道具……マジックメガホンを口に当てると、大きく息を吸い込んだ。
「『聞けぃ!!我々は魔王軍所属、不死騎団である!!我々は2日後の正午、貴国へ全面攻撃をかける!!慈悲深い我らは、非戦闘員が避難する為の時間を作ってやることにした!戦う意志のn……』おっと!」
口上を言っている最中に弓矢が飛んできた。普通こういうのって最後まで聞くのがお約束じゃないの?
「人相書きとそっくりだ!あの男は不死騎団副団長、カロンに間違いない!」
「たった一人でここまで来るとは笑止!戦友の仇を討たせてもらう!」
兵士がワラワラ沸いてきた。なんだか面倒なことになったな……もう伝えるべきことは伝えたし、さっさと帰っちまおう。俺は二つ目のキメラの翼を空に放り投げた。
「戦ってやってもいいんだが、これ以上夜勤はごめんなんでね……あばよ!」
こうして俺は締まらない形ではあったが攻撃予告を完了させ、地底魔城に帰還した。